インフィニット・ストラトス -Supernova-   作:朝市 央

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■イタリアン・コネクション(2)

イギリス、ロンドン・シティ空港を発ってから数時間。

俺はイタリアのフィウミチーノ空港に到着していた。

 

(地図上ではロンドンとローマはそれほど離れていないようにも見えたんだが、意外と時間かかったなあ。またエコノミークラスだったし、移動だけでも中々大変だぜ……)

(それでも日本からイタリアまで行くのよりは楽だと思いますよ)

(まあそりゃそうだけどな。さて、イタリア空軍の人が迎えに来てくれるらしいが、どこにいるんだろうな)

 

「あ!あなたが紫電様ですね!」

「ん?」

 

俺が振り返ると、そこにいたのは美人というのが相応しい女の子だった。

やや高めの身長に柔らかなウェーブがかったピンクアッシュ色の髪、大きな丸い瞳に豊満な胸。

第一印象として優しそう、というような雰囲気を醸し出していた。

 

「ひょっとして君がイタリア空軍からの迎えの人?」

「はいっ、エレオノーラ・マルディーニっていいます!エリーって呼んでくださいね!」

「っ!?」

 

彼女は満面の笑みを見せてそう言った。

一方、俺は彼女の口から告げられた名前に驚愕していた。

彼女が本当にISパイロットランキング10位のエレオノーラ・マルディーニなのだとすると、想像していたよりもずっと若い。

ひょっとすると俺と同い年くらいではないだろうか。

 

「早速ですけど紫電様!私と結婚してください!」

「……は?」

 

思わず本日二度目の驚愕。

イタリアに着いたと思ったらいきなり求婚された。

それも対外試合の対戦相手らしき人物から。

 

「あらエレオノーラ。千道君を見つけたのね?私はこの子の上官のエミリア・アストーリよ。よろしくね」

「え、ええ、千道紫電です。よろしくお願いします」

 

そう言って俺はエミリアさんと握手を交わす。

こちらはエレオノーラ・マルディーニとは違って大人の女性、といった雰囲気だ。

 

「ああっ、エミリアさん邪魔しないでくださいよー!紫電様に愛の告白をしたところなんですから!」

「愛の告白というか、どう聞いても結婚の申し込みだったんですが……」

「えぇ!?エレオノーラ、あなた一体何をしたの!?」

「ですからー!紫電様に結婚してくださいって愛の告白をしていたんですよ!」

「……あなた確かお見合いが嫌っていう理由で入隊したんじゃなかったかしら?それがどうして千道君に結婚してください、っていう流れになったわけなの?」

「一目惚れです!ブリーフィングで写真を見たときに私の運命の人はこの人だ、ってはっきりとわかりました!」

「……ブリーフィングの時モニターを凝視していたのはそういうことだったのね。確かに千道君は男前だけど、いきなり求婚したのはなんでなの?」

「紫電様のことを思うと居ても立ってもいられなくて、思っていることを直接言うしかないな、って思ったからです!問題ありますか?」

「大ありよ!何でいきなり対外試合の相手に結婚を申し込んでるのよ!」

 

……ああ、やっぱりこの人がISパイロットランキング10位のエレオノーラ・マルディーニなんだな。

人違いじゃなかったんだな。

 

「それで紫電様!私と結婚してくれますか!?」

「……いきなり見知らぬ人から結婚してくれって言われてうん、と答える人はいないだろうよ」

「自己紹介したじゃないですか!もう見知らぬ人じゃないですよね!?」

「いや、そういうことじゃなくて、相手がどんな人物かも知らずに結婚はしないだろ?普通は」

「愛に普通も異常もありません!そこに愛があれば全て解決です!」

「……君から俺に対して愛はあるのかもしれないけど、今のところ俺から君に対して愛情は無いよ?」

「ガーン……って今いまのところって言いましたよね!?今後は愛情が生まれるかもしれないってことですよね!?」

「いいから落ち着きなさい、エレオノーラ。いつまでも空港で長話するわけにもいかないでしょ?」

「……そうですね、愛の告白ならもっとロマンチックな場所のほうが良いですもんね!」

 

なんだろう、この人根本的に話がずれている気がする。

本当にこの人がISパイロットランキング10位で合っているのだろうか?

国際IS委員会はISパイロットとしての腕前だけじゃなくてきちんとその人の性格も考慮してランク付けして欲しかったな……。

 

 

「あの、エレオノーラさん、近づきすぎじゃないですかね……」

「エリーって呼んでください!」

「エリーさん、近いので離れてくれませんかねえ……」

「さん、もいりません!」

「……エリー、近い。狭い」

「いいじゃないですか。紫電さんの腕、あったかいです」

「……エレオノーラ、あんまり千道君に迷惑かけちゃだめよ?」

「迷惑なんてかけてません!愛情たっぷりです!」

「……」

 

エミリアさんは運転席に座っているので後部座席はフリーダムである。

二人が座るには十分すぎるほどの広さがあるにもかかわらず、満員電車にでも乗っているかのような勢いでエリーは俺に迫って来ていた。

勝手に腕は組んでくるし、頭は肩に乗っけてくる。

流石、出会って即結婚を申し込んでくるレベルだけはあるなと思っていた。

優しそうという第一印象は撤回だ、行動力がありすぎる。

 

結果、俺は送ってもらった高級ホテルの部屋でベッドに突っ伏していた。

……車で移動したにもかかわらず、なんだかやたら疲れた気がする。

 

(ああいうタイプはIS学園にはいなかったな、シオン……)

(随分と押しが強いというか、感情表現を積極的にしてくる人物のようですね)

(アンジェラさんと会ったときはいかにもな強者のオーラがあったんだが、エリーは全く読めなかった……)

 

人を見る目には自信があったが、エリーに関しては自信を無くしそうである。

 

(しかし寝る時間にはまだ早すぎるな。まだ夕食すら済ませていない。……そうだシオン、()()()()()()()()()()()()はどうなっている?)

(そちらも準備は順調ですよ。紫電が無人機からISコアを強奪してくれたおかげでISコアの数に余裕ができたおかげですね)

(そうか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()は今までの人類の発明を超越した大規模なものだ。正直なところ、俺ですら正しく運用できるかはわからない。だがそれではいつまでたっても宇宙を冒険することはできないからな。試してみるだけの価値はあるだろう。そしてこの発明が完成したらいよいよ――)

 

コロニー・リトルアース・プロジェクト――

それは農作物に限らず畜産物、水産物の収穫までをも可能とする宇宙空間での食糧生産施設の建造計画である。

実はこのプロジェクトも宇宙船開発と並行して進めていたのだが、金属類のみで作成できる宇宙船開発と比べて資源調達にやたらと金がかかるのである。

そのためコロニーの概形だけ作成して放置しておいたのだが、デュノア社に金属を売却するルートが確保できたことで資金問題が解決できたのだった。

 

人類が今までスペースコロニーを作成するには大気、重力、放射線、温度管理といった様々な問題があった。

しかし、最大の問題である「重力」を俺は単一仕様能力でカバーすることができるようになったのがこのプロジェクトを劇的に進めた要因の一つだろう。

このコロニー・リトルアースの中心にはIS学園襲撃の際に無人機から強奪したISコアを設置しており、地球の環境と同じように重力を常時発生させることができるのである。

その他の問題も宇宙船開発のときと同様の手法で解決が可能であり、理論上ではこのプロジェクトは成功する見込みがあるのだ。

 

現段階では土や水を地球から少しずつ輸送し、リトルアースの環境を整えている最中だ。

地球以外の場所から土や水を手に入れることも考えたが、養殖対象のことを考えると地球からのものを利用した方が良いだろうという判断だ。

ただし空気、水質、地質などは全て機械で制御することで安全な環境を保つというのが地球とは違う点である。

ちなみに俺のほうではリトルアースを任せるためのピート君2号を開発中というわけだ。

開発室はIS学園の俺の部屋だったりする。

 

(しかしまだこのプロジェクトは世間に公表はできそうにないな……)

(もしこのプロジェクトが公になれば、紫電も篠ノ之博士と同じように世界中から追われる立場になるかもしれませんね)

(それだけは勘弁だな、研究開発に集中できなくなっちまう)

 

今度は仰向けの状態に寝返りを打つ。

宇宙開発のことを考えるたびに脳内に浮かぶのは篠ノ之博士のことだった。

 

(……篠ノ之博士は宇宙進出のことをどこまで考えていたのだろう。ISを開発した以上、俺のようにコロニー開発のようなことも検討していたのだろうか?)

 

篠ノ之博士とまともに会話したのは京都での一度きりのみ。

しかもその時は俺の問いかけに答えてはくれずに姿を消してしまった。

 

(こうして俺が宇宙への道を切り開いていけば、いずれまた会えるだろうか……)

 

そのときはあのときの質問の答えを聞かせてほしいものだ。

篠ノ之博士が宇宙に対してまだ思いを馳せているのかどうかを――

 

「っと、もうそろそろ夕食の時間だな。食堂に行こう」

 

気付けばもうそんな時間になっていた。

宇宙談義はやたらと時間がかかるので時間つぶしにはもってこいだな。

 

 

「それで、何で君は俺の対面に座っているんだ?エリー」

「一人で食事するのは寂しいんじゃないかと思いまして!」

「……しっかり君の前にも同じ料理が運ばれてくるところを見ると不安になるんだが、ちゃんとお金払ってるよね?」

「もちろんですよ!紫電様と一緒に夕食の時間が過ごせるなんて、私はとっても幸せです!」

「……まあいいか、一人で食べるよりはましか?」

「そうですよ!二人で食べれば料理も愛情でよりおいしくなりますから!」

 

それは食べるときじゃなくて料理をする際に言うセリフじゃなかろうか。

ただ意外なことに、食事中のエリーはほとんど大声を出さずに料理の感想を言うくらいだった。

高級レストランでの食事のマナーはしっかり押さえている、ということか。

正直、これには少し予想外だった。

 

その後は容赦なく部屋に押し入ろうとしてきたが、それは流石に阻止しておいた。

 

「いいじゃないですか!近い将来結婚するんですし、同じ部屋で寝ても問題無いじゃないですか!」

「だからいつ俺が結婚するって言ったんだ……」

「今言ってなかったとしても、近いうちに結婚することは間違いないんですから、開けてくださいよー!」

 

ドンドンと扉を叩くエリーをスルーしていると、やがて静かになった。

人の気配も消えている、諦めて帰ったのだろう。

 

(ただの移動日のはずだったのに余計に疲れた気がするぞ……でも寝る前に機体のメンテナンスはしておかなくては……!)

 

俺は疲れで眠くなった目をこすりながらも、なんとかフォーティチュードのメンテナンスを済ませてそのままベッドへと倒れ込んだ。

おそらく、今日がベッドに入ってから眠りに着くまでの時間がもっとも短かった日であったことは間違いないだろう。

 

 


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