インフィニット・ストラトス -Supernova-   作:朝市 央

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■シャルロット・デイ(1)

デュノア社のアリーナでエクレールの稼働試験を終えた後、俺とシャルは再びリムジンに乗ってデュノア社長が予約してくれたホテルへと向かっていた。

 

「なあシャル。明日午前中にエクレールの稼働データの採取が終わったら、午後は観光に行こうか」

「え!?うん、行くよ!もちろん行く!」

「それで、俺はルーヴル美術館くらいしか行ったことないんだが、シャルはどこか行きたいところとかあるか?既に行ったことのある場所とかに行ってもあまり面白くないだろう?」

「……!そ、それじゃ僕が行くところ決めていいかな?そっちのほうが紫電は楽だよね?」

「ん、いいのか?それじゃ頼もうか。俺はどこに行こうとも構わないからな?」

「うん、任せて!」

 

シャルは上機嫌だった。

まあ新しい機体も手に入ったし、ようやく俺たち1年の専用機持ちたちと同じ第3世代機の仲間入りを果たせたって感じなんだろうな。

そうしてシャルと何気なく話している内にリムジンが止まる。

 

「……最高級のホテルとは聞いていたが、なるほど、確かに立派なホテルだな」

「ここはフランスの中でも特に有名で、世界中の要人とかが泊まるホテルだよ。紫電はそれだけの人間ってことなんだよ」

「……気付かないうちに俺も随分と偉くなったものだな。……行こうか」

「うん!」

 

ホテルの中は外見に違わず豪華だった。

荷物も全てホテルマンが部屋まで持っていってくれたし、チップも不要だと言われてしまった。

 

「なるほどな、俺も流石にここまで高級なホテルに泊まったことは無かったぜ。こりゃすごい」

 

部屋の中も滅茶苦茶広く、置いてあるソファなんかはそのままベッドにできそうなほどの大きさだ。

またベランダからはパリの風景が一望でき、バスルームも驚くほど広い。

 

「……ところでシャルよ、俺とお前は同じ部屋なのか?ホテルマンはふつーに俺たちの荷物をそこに置いて行ったぞ」

「え、えっと……た、たぶん予約できたのは一部屋なんじゃないかな?ここって数か月も予約待ちすることあるらしいし……」

「……そうか、シャルは俺と同じ部屋でもいいのか?」

「え!?う、うん、大丈夫だよっ!?」

「声が裏返ってるぞ。……まあいいか。ところでベッドがダブルベッド一つしかないんだがこれはどうするかな……」

「えええええ!?」

 

そういえば海外では日本で言うシングルやツインの概念が無いんだっけか。

個人の尊重が大きいから基本的には部屋は個別になるんだった。

そしてこのようなスイートルームの場合は一つの大きなベッドが置かれる。

もちろん、夫婦やカップルが利用するためだ。

となるとデュノア社長からすれば俺とシャルはカップル扱いってことなのか?

 

「……まあベッドのことは後回しにして、食事にしようぜ。本場のフランス料理が食べられるんだろ?」

「う、うん!そうだね!食事、楽しみだなー!あはは……」

 

ほんとうにシャルはわかりやすくて面白いやつだな。

 

 

夕食はつつがなく終わった。

出されたのはやはり見事なフランス料理のフルコース。

まさに高級ホテルの名にふさわしいだけの絶品の数々だった。

 

「フランス料理って味付けが濃い目のイメージがあったが、意外とそうでもないんだな」

「うん、昔は遠くから食材を運搬してきたこともあって、濃い目の味付けにせざるを得なかったんだけど最近は輸送方法も進化してるからね。フランス料理の全てが味が濃いわけではないんだよ」

「あぁ、実に勉強になった。俺もここに負けないくらいの料理を作りたいものだ」

「紫電、いつの間に料理人になったのさ……」

「知らなかったのか?俺はISパイロット兼開発者兼農家兼料理人だぞ」

「役職兼ねすぎだよね!?」

 

シャルから鋭いつっこみが入る。

仕方ないだろう、全部趣味なんだから。

 

「さーて食事も楽しんだことだし、風呂にでも入るとするか」

「おっ、お風呂!?」

「ああ、シャル先に入るか?それとも一緒に入るか?」

 

俺は不敵に笑みを浮かべると、シャルを試すように意地悪な質問をした。

 

「いいい、一緒に!?」

 

またしてもシャルが動揺する。

本当に見ていて飽きないやつだ。

 

「あう……その、あの、……いいの?」

「俺は別にどっちでも構わないが?」

「じゃ、じゃぁ、……に……」

 

どんどんシャルの声が小さくなっていく。

 

「ん、何だ?聞こえないぞ?」

「一緒に入るよっ!」

 

シャルの顔は真っ赤になっている。

ほう、そっちを選ぶか。正直予想外だったぜ。

 

「おし、んじゃ風呂準備してくるからちょっと待っててくれ」

「……っ!?」

 

シャルは混乱しているようだがそんなことも気にせず俺は浴室へと向かっていった。

 

 

(一緒に入るってなんで言っちゃったのさ、僕!?)

 

僕の頭の中がパニックを起こす。

それでも脳裏に浮かぶのは紫電の顔だった。

いつからだろう、こんなに紫電のことを意識するようになったのは。

 

IS学園における紫電は至ってクールでストイックだ。

僕たち専用機持ちに対しては結構話しかけてくれるけど、大体は的確なアドバイスばかりで余計なことはほとんどしゃべらない。

そして授業や昼食時以外の自由時間はトレーニングルームで自身を鍛えているか、アリーナでIS技術を磨いているかどちらかのパターンが多い。

自室に戻っている場合でもおそらく勉強しているのだろうと噂されている。

もちろん織斑先生や山田先生に怒られている場面などは見たこともない。

 

そう、紫電はいつだって本気なんだ。それは紫電の眼がいつも語っている。

トレーニング中も、ISでの戦闘中も、勉強中も、紫電の眼は力強く前を向いている。

 

その眼は僕の眼とは全然違った。

IS学園に男子として入学したときの僕とは正反対だった。

スパイ行為を命じられてあらゆることに絶望していた僕はそんな紫電が羨ましかった。

紫電にあっさり女であることを見抜かれてからは全てが一瞬で変わっていった。

その辺りからだろうか、僕の眼に紫電しか映らなくなったのは。

 

「シャル、風呂湧いたぜ」

「は、はいぃっ!?」

 

ドクン――

心臓が強く高鳴る。これほど心臓の音を意識したのは初めてかもしれない。

 

「見ろよ、ご丁寧に蛇口からバラの花びらまで出てきたぜ。これがバラ風呂ってやつか」

 

紫電は既に浴槽に入り、バラ風呂を楽しんでいるようだ。

浴槽には乳白色のお湯が張られ、その上にバラの花びらが数枚浮かんでいた。

紫電は両手でバラの花びらの浮いたお湯を掬い上げて遊んでいる。

 

「も、もうっ!子供じゃないんだから!」

「そうか?シャルも早く入ってこいよ。丁度いい湯加減だぜ」

「……う、うん……」

 

何でこういうときも自信満々の眼なのさ。

こっちはこんなにドキドキしてるっていうのに。

僕はこっそりと柱の陰に隠れて服を脱ぎ始めた。

 

「お、お待たせ……」

「そんなに待ってないぞ。ほら、広いから二人くらい余裕で入れるぜ」

「う、うん……」

 

僕は体にバスタオルを巻いたまま紫電と一緒に浴槽へと入る。

まだ湯につかって間もないというのに僕の顔は真っ赤に染まっているだろう。

 

「あ、ほんとだ。いいお湯……」

「だろ?」

 

紫電は真っ直ぐにこっちの眼を見つめてくる。

いつも通りの自信満々の眼だ。

 

(……もう、なんで今もその眼をしてるのさ。少しくらい緊張したっていいんじゃない?)

 

目の前の紫電はいつもと同じ眼……とは少し違った。

よく見るとほんの少しだけど、いつもと違って何か迷っているような眼をしている。

 

「……なあシャル、俺とフランスに来て後悔していないか?」

「……えっ?」

「強い力にはそれ相応の責任が伴う。エクレールを手にした今、お前のその肩にのしかかる責任はラファール・リヴァイヴを持っていた時とは比べものにならないだろう。現に亡国機業はお前のエクレールを狙って襲撃を仕掛けてきた」

「……紫電?」

「……お前を勝手にエクレールのパイロットに任命してしまってすまなかった、シャル。俺がエクレールのパイロットにシャルを指名したのは俺のエゴだ。だが俺はエクレールに相応しいパイロットをお前以外知らない。今更になってすまないが、本当に申し訳なく思っている」

 

目の前の紫電が少し俯く。

 

「……そっか、紫電はそんなことを気にしていたんだね。でも紫電、僕はそんなこと全然気にしてない。むしろ感謝しているくらいだよ。……本当のことを言うと、ラウラや箒みたいに最新鋭の機体を持っているみんなのことが羨ましかった。僕一人だけ旧型の機体だったし、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)と戦ったときだってそう、僕はあんまりみんなの役に立つことができなかった。でも今度からは違う。紫電のおかげでみんなと同じ舞台に立てるようになるんだ。そのことで紫電を怒ったりなんてしないよ」

「……そうか。それならばいいんだ。だがシャル、これだけは覚えておいてくれ。強い力にはそれ相応の責任が伴うということを。賢いお前のことだからあまり心配はしていないが、今でも女子の中にはISをアクセサリーやオシャレのようなものだと思っているやつがいる。だがISはそんな甘っちょろいもんじゃない。兵器を扱っているものだと思って行動してくれ」

「うん、わかってるよ。紫電を見ていると生半可な気持ちでISに触ろうとは思えないもんね」

「……そうか?まあ、わかってくれればいいんだ。俺は先に出るぞ」

 

ザバッと音を立てると、紫電は浴槽から出ていった。

ちなみにちゃんと腰にタオルを巻いていたのを見て、ちょっと残念に思ったのは秘密である。

 

 

「いい湯だったな、シャル。こういうのを日本では裸の付き合いって言うんだ。風呂の中ではお互いの心に思っていることを包み隠さず話すんだぜ」

「へー、日本にはまだ知らない文化がたくさんあるんだなぁ」

「ちなみに風呂上りにコーヒー牛乳を飲むのも日本の文化だ。今飲んでるのはカフェオレだが、まあそれでもいいだろう」

 

俺とシャルはベッドに腰掛けてカフェオレを口にしていた。

やはり風呂上りはこれに限る。

 

「あ、あの、それで結局ベッドだけど……」

「あー、そっちのソファも悪くはないが折角のいいベッドなんだ。二人で使うとしよう」

「えっ!?」

 

そういうと俺はさっさとベッドの中に潜り込む。

うーん適度な柔らかさが最高だ。

時差の影響もあるし、テロリストとの余計な戦闘もあったせいで今日はもう疲れた。

ちょっと目を閉じただけであっという間に俺は深い眠りへと落ちていった。

 

 

(もうちょっとくらい意識してくれてもいいんじゃないかなぁ……もう)

 

一緒に入ったベッドの中で僕は思っていた。

一夏はデリカシーが無かったけど、紫電はあらゆることに強気すぎる。

動揺するそぶりなどはほとんど見せないため、こちらからつけ入る隙が全く見当たらないのだ。

 

(……それでいて寝顔だけは無防備なんだから。でも、今日はありがとうね。紫電)

 

僕はそっとと紫電の頬にキスをしてから同じベッドに入る。

相変わらず胸はドキドキしていたけど、緊張と疲労のおかげですぐにまどろみの中へと落ちていくのだった。

 

 


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