インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
俺は空中投影されたディスプレイから専用機持ちたちが福音と戦う姿を見物していた。
「全く、あいつらときたら勝手に出撃するとは……。千道、お前は一人残ってどうした?」
「織斑先生……。いえ、機体の性能不足のため出撃できなかっただけです」
「……?お前の機体が出撃できないとは意外だったな」
「俺からすれば一夏と箒に出撃させた方が意外ですが」
「……ほう?何が言いたい?」
「なぜ教員ではなくあの二人に福音を止めるように出撃させたのか、それがどうしても分からなくて」
「……専用機持ちで対処に向かえ、というのが学園上層部の決定だ。それに現時点で福音に追いつけたのは紅椿だけだ。オルコットのブルー・ティアーズは準備ができていなかったからな」
「……そうですか」
学園上層部からの命令、か。
確かに速度の面で見れば追いつけるのは紅椿だけだろう。
だが福音の進行方向を予測して教師陣で待ち伏せしたほうが作戦の成功率としては高いのではないだろうか?
性格にムラがあり、機体も受け取ったばかりの箒に対する責任が重すぎると思わなかったのか?
織斑先生としては作戦の成功確率よりも上層部からの命令の方が上ってわけか?
……まあ織斑先生についてはそれだけ分かれば今のところは十分か。
問題は篠ノ之博士だな。
そもそも俺はこの『銀の福音』を『紅椿』に撃墜させて『紅椿』の存在感をアピールすることが目的だと考えている。
また、最悪『銀の福音』が暴走したのも篠ノ之博士によるものではないかと疑っている。
アメリカ・イスラエル共同開発の極秘機体をこのタイミングで都合よく暴走させるなんて、篠ノ之博士ならお手の物なのだろう。
ならば『銀の福音』は紅椿によって撃墜されるだろう、というのが俺の予想だった。
「たああああっ!」
画面の向こうで箒が福音の両翼を切り裂く。
やはりこうなるか、と思ったが事態は思うようには行かなかったようだ。
「これは……!?一体、何が起きているんだ……?」
「まずい!これは――『
想定外の第二形態移行により、全員が意表を突かれた。
切り裂かれた翼からはエネルギー状の新たな翼が生み出され、瞬時に形勢が逆転されてしまった。
セシリア、鈴、シャル、ラウラは撃墜され、残るは紅椿を纏った箒のみ。
それも最初の内は押していたが、紅椿のエネルギーが切れて窮地に陥っていた。
「織斑先生、俺に出撃させてくれっ……!」
気付けば一夏が目を覚まし、こちらへと歩いてきていた。
「お、ようやく主役のおでましか」
「寝ていなくて良いのか?先ほどまで昏睡状態だったんだ、無理はするなよ」
「こんなときに寝ていられるか!俺は今すぐにでも出撃するぜ!」
「……織斑先生、俺も出撃させてもらって良いですか?病み上がりのこいつ一人向かわせるのも心配なんで」
「ほう?お前の機体は性能不足なんじゃなかったのか?」
「カスタム・ウイングは相変わらず未テストですけど、まあなんとかなるでしょう。無様に水没することだけはなんとか阻止して見せますよ」
「……はあ、分かった。織斑、千道、行って来い」
「よし、さくっと行くぜ一夏よ」
「ああ、ってなんで紫電は残ってたんだ?」
「さっきもちょろっと言ったけど機体の性能不足だ。これから未テストのカスタム・ウイング使ってなんとか性能を引き上げようって訳だ」
「そうか。まあなんにせよ急ごう、箒たちが危ねえ!」
俺と一夏は外に飛び出すと、ただちにISを展開して飛び立っていった。
「どうでもよいかもしれんが、一夏、お前のISなんか形変わってない?」
「ああ、これが俺の新しい白式・雪羅だ」
「……お前も『第二形態移行』していたのか。それならなんとかなるか……?」
「お前も、ってどういうことだ?」
「あの福音も『第二形態移行』したんだよ」
「げっ、まじかよ……。ただでさえ厄介だったってのに……」
「ま、うだうだ言ってもしょうがないさ。さっさと行くぞ」
完成したカスタム・ウイング「アメジスト」も今のところ調子は悪くない。
二対の大型ウイングから排出される紫色の粒子が特徴的であり、このカスタム・ウイングの全力を出せば紅椿だろうとをも凌駕するスピードを得ることだって可能なレベルだ。
ただ、今そこまでスピードを出してしまうと一夏を置き去りにしてしまうので、一夏と同程度の速度になるように調整しながら稼働させている。
「お、もう見えてきたぜ……って早速箒がピンチじゃねえか」
「っ!させるかあっ!」
一夏の腕から荷電粒子砲が放たれる。
おお、それはまた面白そうな武装だな。
のんきにそんなことを考えていると荷電粒子砲がヒットした福音が吹き飛ぶ。
「俺の仲間は、誰一人としてやらせねえ!」
「あ……ああっ……!一夏っ、一夏なのだな!?体は、傷はっ……!」
「おう、待たせたな」
「良かった……本当に……!」
「心配させて悪かった。もう大丈夫だ」
「し、心配してなどっ……」
「お二人さん、感動の再会してる所悪いけど、敵さんもう準備万端みたいだぜ」
「なに、うおっ!?あぶねっ!」
一夏に向けて福音から砲撃が放たれる。
「そう何度も食らうかよ!」
一夏の左腕、雪羅から光の膜が広がると、エネルギーを無効化するシールドが展開されて福音の砲撃が無効化されていく。
「さーて、こっちもぼちぼち反撃といきますか」
俺はもう一つの新武装であるライフルを右手に持ち出していた。
新武装、マークスマンライフル「エメラルド」はアサルトライフル「アレキサンドライト」との併用を想定して開発したライフルである。
弾幕の作りやすさと全体的なトータルバランスの良さに特化したアレキサンドライトに対し、エメラルドは射程距離、弾速、威力に特化し、狙撃銃としての用途も兼ね備えた選抜射手用ライフルである。
右手にエメラルド、左手にアレキサンドライト、そして両手には隠し持ったスイッチブレード。
俺の機体は今ようやく完成したのである。
「ようやく『プロト』も卒業だ。よろしく頼むぜ、フォーティチュード」
早速福音目がけてマークスマンライフル「エメラルド」の引き金を引く。
凄まじい弾速と共に飛び出した緑色の弾丸は見事に福音の腹部へと直撃した。
――状況変化。最大攻撃力を使用する。
福音の機械音声がそう告げると、今までしならせていた翼を自身へと巻き付けはじめる。
すると、たちまち福音はエネルギーの繭に包まれた状態へと変わった。
「紫電、危ないぞ!下がれっ!」
「……いや、この距離で十分だ」
突如福音の翼が回転しながら一斉に開き、全方位に対して嵐のようにエネルギーの弾幕を展開する。
――見える、これでもまだ遅いッ……!
俺は福音から放たれた弾幕一つ一つを丁寧に回避していた。
新しく追加したカスタム・ウイング「アメジスト」のおかげか、機体の最高速度、瞬発力、空中制御力が大幅に向上している。
そして自身の感覚もより研ぎ澄まされ、弾丸一つ一つの動きが手に取るように分かるのであった。
また、エネルギー弾幕を突っ切った一夏が雪片弐型を振りおろすのも見えた。
おお、片方の翼を切り落としたか。
中々やるじゃないか、一夏。
「くそっ、またエネルギーが……!」
「何、もうエネルギー切れかよ!?さっき接敵したばっかりだろうが!」
「そうは言ってもだな……」
「一夏!これを受け取れ!」
箒が近づくと、白式の体が光りはじめる。
あれは……エネルギーを回復させているのか?
「……ならエネルギーが回復するまで時間を稼いでやるとするかッ!」
俺はアレキサンドライトでフルオート射撃しながらエメラルドでの精密射撃を同時に繰り出す。
「……!」
回避しようにもアレキサンドライトの弾速が早すぎて中々思うように回避はできず、所々で高威力のエメラルド弾が直撃し、流石の福音も思うように動けずにいるようだった。
「紫電、ナイスカバー!いくぜ福音っ!!」
俺からの猛攻を受け、ひるんでいる福音へ向け、一夏は零落白夜の刃を突き立てた。
「おおおおおっ!」
それと同時に一夏は勢いよくブーストを吹かし、より深部へと刃を斬り込ませていくと、やがて福音のアーマーが消失した。
アーマーを失い、スーツだけの状態になった操縦者が海へと墜ちていく。
「しまっ――!?」
「……ほいっと、一夏。お疲れさん」
俺は落下していく福音のパイロットをキャッチすると、一夏の方へと向かって行った。
「はあ……。ようやく終わったか」
「ああ……。やっと、な」
一夏も箒も激しく疲労しているようだった。
時間はもうすでに夕暮れへと変わっており、午前中から出撃しっぱなしなんだから無理もないか。
「一夏、箒、疲れている所悪いが、撃墜された皆を回収しに行くぞ」
「ああ、わかった」
「私も問題ない、行けるぞ」
俺たちは先に撃墜された専用機持ち達を回収しに海面へと降りていった。
◇
「作戦完了――と言いたいところだが、お前たちは独自行動により重大な違反を犯した。帰ったらすぐ反省文の提出と懲罰用の特別トレーニングを用意してやるから、そのつもりでいろ」
「織斑先生、俺と一夏はちゃんと出撃の許可取りましたよね?」
「……そうだったな。織斑と千道は免除で構わん」
「やった……!ナイスだ紫電!」
「つーか当たり前だろ、出撃の前に責任者に報告するのは。お前ら織斑先生に何も言わずに出撃してたのかよ……」
「しょ、しょうがないじゃない、一夏がやられて居ても立ってもいられなかったんだから……」
というのは鈴の談である。
いや、それでもせめて作戦内容をちゃんと織斑先生に連絡しておこうぜ……?
「あ、あの、織斑先生。もうそろそろその辺で……。怪我人もいますし、ね?」
「ふん……」
「じゃあ一度休憩してから診断しましょうか。ちゃんと服を脱いで全身見せてくださいね。――あっ、だ、男女別ですよ!わかってますか、織斑君、千道君!?」
「あー、山田先生。俺は今回まったく被弾してないんで診断不要です。その分一夏を入念に見てやってください」
「あの弾幕の中で被弾なしって……まじかよ?」
呆然とする一夏を後に、俺は部屋を出ていった。
◇
(シオン、紅椿と白式・雪羅のデータは取れたか?)
(本日稼働していた分に関しましては問題なく)
(……篠ノ之博士が作った紅椿はまだ本調子では無いようだな。あの程度の実力で全力だったとしたら笑いの種にもならない)
(白式・雪羅についてもまだ全力は出せていないと考えます。ただ、両機ともエネルギー効率が悪すぎるような気がします)
(確かに、なんであんなにエネルギー切れが早いんだ?俺も開発者だから言えるが、どうやったらあそこまでエネルギー効率の悪い機体が作れるんだ?)
(そこは開発者の設計思想次第でしょう。それより肝心のフォーティチュードのカスタム・ウイング「アメジスト」についてですが――)
(……それについては何となく予想ができている。やはり俺の機体は……紅椿や白式・雪羅が全力を出した場合よりも速いな?)
(速いとかそういうレベルの話ではありません。速度においてはあの福音とも桁違いのスピードが出せます。なのでもっと高速機動に特化した訓練が必要ですね)
それについては前からずっと分かってる。
ただ相手がいないのだよ、シオン……。
俺のスピードについてこれるライバルってやつが――