インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
シャルルが女であることを確認してから翌日。
俺は早速シオンと共にデュノア社の資産状況を調査していた。
(……人件費が高すぎるな。特にこの役員報酬はアホじゃないのか?)
(この役員、デュノア社長の正妻も含まれていますね)
(役員に身内を置くのはいいが、ぼったくりすぎだ。経営難に陥れた根本原因が経営陣にあるということを全く理解できていないらしい。こいつらは全員クビにすることは必須だな)
コンコン、と控えめに部屋の扉がノックされる。
「シャルルです、紫電、言われた通りに来たよ」
「ああ、よく来たな。まあここに座ってくれ。今紅茶も入れるから」
学生寮の俺の部屋は完全に個室であり、内装も俺の趣味でできている。
中央にはシンプルながら実用的なウッドテーブルセットがあり、部屋内には小規模だがキッチンも内設してある。
紅茶を入れることなんて容易いものだ。
「さて、これから俺の計画を話すからよく聞いてくれ。俺の言うとおりに動けば、君は自由を得られ、このIS学園に残ることができるだろう」
「……えっ!?」
「逆にもし君がこの計画に乗ってくれなければ、俺は君がフランスから送られてきた産業スパイだとIS学園に報告しなければならない。これがどういうことかわかるな?」
「う、うん……」
「安心してくれ、君にとっても悪い話ではないはずだ。……君の父親はどうなるかわからないが、どうせそこまで君は気にしないだろう?」
「……」
「沈黙は肯定とみなすぞ。それじゃ俺の計画について聞いてもらおうか」
俺はシャルロットの前に紅茶を置くと、対面に座った。
「まず俺が新星重工のテストパイロット兼開発者をやっていることを知っているよな?」
「うん、それは聞いてる」
「この新星重工は社長こそ俺の親父だが、実質俺が一人で切り盛りしている。でもIS開発はできているし、昨日見せた機体、フォーティチュード・プロトは機体も武装も全て俺が三月から作り始めたものだ。その結果を見ればわかると思うが、ざっくりと言うがISの開発っていうのは言うほど難しくない」
「いやいや、随分簡単に言うけどそれは紫電がすごいだけだと思うよ!?僕だってIS開発の工程は知ってるし、実際に開発部署を見たことだって何回かあるんだ。実際にIS開発を行うのはそんな簡単じゃないって!」
「でも実際にフォーティチュード・プロトの強さは実感できたろう?自慢じゃないが、あの機体を使って負けたことはまだ一度たりとも無い。セシリアにも一夏にもな」
「……うん、確かに機体と紫電がすごいのは分かってるけど、それで何をするつもりなの?」
「新星重工とデュノア社とで業務提携を結ぶつもりだ」
目の前のシャルロットは驚愕すると、すぐに疑問を抱くような表情に変わった。
「……え、なんで?それが紫電の何の得になるの?そんなことしてもラファール・リヴァイヴを安く売ることくらいしかできないよ?」
「まあ焦らず聞け。こないだ聞いたが次のイグニッション・プランのトライアルで選ばれなかったら政府からの支援打ち切りになるんだろ?俺が技術提供すればそのイグニッション・プランに間に合わせることができると思わないか?」
「それは……フォーティチュード・プロトがそんな短期間で開発されたっていうのが事実なら不可能じゃないと思うけど……」
「それは事実だ。というか既にフォーティチュードに乗せそこなった未開発武装が二つあってね。そいつを使えば次のイグニッション・プランのトライアルに選ばれることはできるだろう」
「もしかしてその武装をデュノア社に譲渡してイグニッション・プランのトライアルに選ばせようとするつもり?そんなことしても紫電には何の得も無いんじゃ……」
「その通り、一見するとデュノア社にしかメリットが無いように見えるが、重要なのはそこ以外の話だ。ISの本体及び武装の設計開発を支援する代わりにIS開発に使用する資源を一部新星重工から買ってほしいんだよ」
「え?新星重工は紫電一人でIS開発とパイロットをやってるんだよね?資源の調達なんてどうやってるの?」
俺は紅茶を飲み干すとゆっくりと口角を上げて笑みを浮かべた。
「ハハハ、資源の調達元なんて誰にも話すつもりは無い。だからそれを一切聞かずに資源を買ってほしいんだよ」
「……紫電は調達元不明の資源を買わせるルートを求めてるってことなの?」
「理解が早くて本当に助かる。その通りだ。もちろん廃材やガラクタを売るつもりは無いよ。買ってほしいのはちゃんとした質のいい金属だ」
「それなら、まあ良いと思うけど、僕は何をすればいいの?」
「まずは俺とデュノア社社長とのパイプになってもらう。そしてデュノア社の次期社長になってもらう」
「……え?」
シャルロットは再び驚愕した表情に変わった。
「今の経営陣は無能すぎる。だから業務提携の条件には無能経営陣の刷新とシャルロット・デュノアを次期社長に据えることを加えさせてもらう」
「えええええ!?」
「どうせこのままだとデュノア社は倒産か身売りになるんだろ?なら俺の提案を受けた方が得だと思わないか?まあ後はシャルロットの親父の判断次第だが」
「う、それはそうだけど……」
「じゃ、早速親父さんに連絡をしてくれ。新星重工の開発者である千道紫電がお父さんに会いたがってます、って」
「えええええ!?本気なの!?」
「俺はいつだって本気だ。ほら、こういうとき日本では『善は急げ』っていうんだぜ?」
「わ、わかったよ……うぅ、本当に大丈夫かなあ……?」
シャルロットが電話をかけてからわずか二分ほどでデュノア社長は俺と会うことを承諾してくれた。
日本時間でちょうど日曜日に到着するようにフランスを出てきてくれるそうだ。
中々デュノア社長もアグレッシブじゃないか、こちらとしては非常に助かる。
「ほんとに来るなんて……僕がなんど会いたがっても反応すらしてくれなかったのに……」
「それだけ切羽詰まってるってわけだろう。あんまり過去のことは気にしない方がいい。まずはデュノア社長との会談が鍵なんだからよ」
「急転直下すぎてなんだかフラフラしてきたよ……僕はもう寝るよ」
「ああ、じゃあまた。会談にも同席してもらうからな」
「うん、わかったよ……」
そういうとシャルロットはふらふらと部屋を出ていった。
さて、デュノア社長はどんな人なんだろうなっと。
◇
日曜日、都内某所にある高級ホテルの一室にて俺はシャルロットを隣に座らせ、デュノア社長と向き合っていた。
「初めまして、新星重工のテストパイロット兼開発者をしています。千道紫電です」
「初めまして、ムッシュ・センドウ。私がデュノア社CEOのクロード・デュノアです」
互いに挨拶を交わし、握手を交わす。
「早速で申し訳ないですが、本題に入らせてもらいたい。新星重工が業務提携をしてくれるというのは本当なのですか?」
「ええ、御社の事情はシャルロットから既に聞いています。次のイグニッション・プランのトライアルに選ばれなければフランス政府からの支援が打ち切りになるそうですね」
デュノア社長がちらりとシャルロットのほうを見る。
その顔はやはりバレたか、と語っているように見えた。
「……そうですか、シャルロットがそう言ったのですか。ならば回りくどいことを話す必要はないですね。それは事実です。このままでは我がデュノア社からイグニッション・プランのトライアルに選ばれることは無いでしょう。技術も金も時間も不足している。しかしムッシュ・センドウ、あなたが開発した武装を我が社に提供してくれるというのは本気なのですか?」
「ええ、ですがもちろん条件はありますよ?まず一つ目は経営関係者を全て退陣させることです。申し訳ないですがデュノア社の経営状況を調査させていただいたところ、経営陣の報酬と実績が釣り合ってなさすぎます。正直言って、無能経営陣と言わざるを得ない。現役員にはあなたを除いて全員に退陣してもらいます。そして次期社長にはこのシャルロット・デュノアを据えること。そしてあなたにはシャルロットがIS学園を卒業するまでの間、代わりに社長を務めてもらいます」
デュノア社長は顔の前で手を組み、伏せがちになって呟いた。
「……一つ目ということは他にもまだあるのでしょう?聞かせてほしい」
「二つ目はうちの会社からIS用の金属資源を買ってくれること。もちろんぼったくりではありません、むしろ破格で売りますのでご安心を」
「……それは構いませんが、他は?」
「三つ目ですが世間に公表するのは新星重工とデュノア社が業務提携を開始した、という概要だけにしてください。あくまで俺が提供する武装はデュノア社で作ったものということにしてください」
「それは寧ろこっちが助かることですがいいのですか?」
デュノア社長の顔が少し上向きになる。
「構いません。どうせ使わない武装ですから。そして四つ目、イグニッション・プラン用に開発するISのテストパイロットはシャルロットにしてください。最後に、イグニッション・プラン用のISは俺が設計書を送るのでその通りに作ってください。以上です」
「……ほんとうにそれだけでいいのですか?随分とこちらが有利な条件のように聞こえますが……」
「ええ、ただ一つ目の条件を実行することはできますかね?経営陣の解散が果たしてあなたにできるかどうか――」
「それくらい簡単ですよ。もう誰もこの苦境を脱するプランを提案できるものはいないんですから。会社を守るためにはこの提案を飲むしかないのです。ただ、教えてほしいことがあります、ムッシュ・センドウ。なぜこんな良い提案をしてくれるのですか?」
「良い提案も何も、これが俺にとって良い話だからです。それにシャルロットが優秀なパイロットだったからですね。性格的にも真面目で、あれだけいい動きができるんです。埋もれたままにしておくにはもったいなさすぎる。……IS学園にはまだまだ俺と共に高みを目指してくれる友人が必要です。そこにシャルロットという存在が必要だっただけの話です」
デュノア社長は一言、そうですかと言うともう一度シャルロットのほうを向き、覚悟したように席を立つと、今度は俺に向かってはっきりと意見を告げた。
「ムッシュ・センドウ、あなたの提案をお受けします」
「そうですか。ご英断、感謝いたします」
俺はデュノア社長と再び握手を交わす。
「……ムッシュ・センドウ、あなたは私が考える以上に素晴らしい人間だったようです。私はこれからIS学園にシャルロットが女性であることを連絡します。……それと、これ以上迷惑をかけてしまい申し訳ないですがIS学園で何かあった時、シャルロットのことを助けてやってください」
「無論ですよ。むしろこちらの方がシャルロットに助けられることの方が多いかもしれません」
「そうですか……。シャルロット、お前は良い友人に恵まれたようだな」
「お父さん……」
「私は早速本国へ帰ってムッシュ・センドウとの約束を果たします。……シャルロット、お前には本当に迷惑ばかりかけてすまなかった。何一つ父親らしいこともしてやれなくて、本当にすまなかった……!」
「お父さん……私は大丈夫だよ。だけど一つだけ、お願いがあります。どうかお母さんの墓参りに行ってあげてください……!」
「……ああ、わかった」
そう言うとデュノア社長は部屋を出ていった。
果たして彼女は一体どれだけの時間を我慢してきたのだろうか。
今ようやくその我慢から解き放たれたせいか、シャルロットの眼からは涙が溢れていた。