【一時休載中】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

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※2018/12/31 誤字脱字、文章表現等を修正しました。
※2018/5/7 少し加筆修正しました


第4話 森の中の戦い! 炎の戦士の恐怖!

 ガサガサという音と共に、茂みの向こうから近づいてくる気配が、とりあえず邪悪なものでないことを察知したヒカルは、努めて心を落ち着けるように意識して、音と気配のする方向を見据えた。一応、何かあったときにすぐに動けるように注意していたが、危険はほぼないだろうとは思っていた。

 

「ご主人様ぁ~~♪」

 

 茂みの中から、聞き慣れた声がして、ほどなくしてよく見知った者がこちらへ駆けてくるのが見える。それはいつもと同じように、ヒカルに抱きついて、飼い猫が主人に甘えるときのように身体をこすりつけてきた。

 

「もう、ミミったら、せっかちなんだから。」

 

 やれやれ、といった表情で、茂みからもう1人が姿を現した。いつものエルフの姉妹はしっかりとヒカルの後を追いかけていたのである。ひとしきりじゃれついて満足したのか、ミミはヒカルから離れ、モモの隣へ歩み寄っていく。

 

「ご主人様、お一人で旅立つつもりでしたよね?」

 

 モモがいつもと同じような柔らかな笑みを浮かべて問いかけてくる。確かに笑ってはいるのだが、身にまとう雰囲気がいつもとは違っていた。声もわずかに低くなっているように思われる。よく見ると表情は穏やかな微笑みを浮かべているが、目が笑っていない。ヒカルは思わず2・3歩後ずさりした。気のせいなのだろうが『ゴゴゴゴ』といった擬音が聞こえてきそうな、背景に黒いオーラでも立ち上っていそうな、そんな状況を幻視してしまう。

 

「い、いや確かにそのつもりだけど、別に問題ないだろ、何を言って……。」

「うわ~~~ん! ご主人様がミミとお姉ちゃんを捨てたあぁ~~!!」

「え、いや待て、ちょっと、す、捨て……何言ってんの君たち。」

「ひどいですわご主人様、私たち身も心も捧げると誓いましたのに、しくしく。私たちの体だけが目的だったんですね?」

 

 ヒカルが答えるか答え終わらないかのうちに、ミミは大声で、モモはしくしくと泣き出した。――いや、あまりにもオーバーリアクションであり、モモに至っては手で顔を覆いながら『しくしく』などと自分で言っている始末で、嘘泣きであることを隠そうともしない。そもそも、ヒカルが1人で旅立つに当たって、捨てただの体が目的だのと、身に覚えのないことをネタにされて責められる理由などない。それにもかかわらず、心の奥がチクチクと痛むような感覚がするのは何故なのだろうかと、ヒカルは誰かに問いたくなった。

 

「……気をつけてくださいね。」

 

 そういえば、どこかでこんな状況に注意するように、誰かに忠告された気がする。しかし誰に言われたのか、そもそもそんなことが本当にあったのか、よく思い出せない。

 この状況にどう収拾をつけたものかとなやんでいると、先ほど姉妹が出てきた草むらから、先ほどよりも大きな草を踏みしめる音と共に、何かが近寄ってくる気配を感じた。

 

「はっ、向こうの茂みに何かいます!」

「まずい、邪悪な気配……!? 普通の動物やモンスターじゃないぞ!」

 

 振り向いたヒカルが言い終わるか終わらないかのうちに、全身が赤茶色の毛で覆われ、とがった口から長い舌をぺろ~んと伸ばした獣が現れた。ゲームでいうところの『オおおありくい』のようである。しかも、どうやら一匹ではなく、ある程度まとまった数で群れを成しているようだ。

 

「どうしますご主人様、数が結構多いみたいですよ……?」

 

 モモの言うとおり、ざっと数えても10匹以上は同じ気配を感じる。それに、おおありくいとは違う気配を群れの奥から感じる。このうっそうと茂る木々の間を、獣型のモンスターから逃げるのは分が悪い。迎え撃つしかないが、今まで戦闘を極力避け続けてきたヒカルは、実はあまり攻撃呪文を敵に使ったことがない。ゲームと同じ威力なのかは定かではないが、先手を取る方が有利と考えた彼は、使うべき呪文を選定する。

 

「風の精霊よ、刃となりて切り裂け!」

 

 手先に集まっていく光と、魔力とわずかな風の流れ。そのすべてを敵に向かって解き放つ。なるべく広範囲に広がるようにイメージして発動句を紡ぐ。

 

「バギ!」

 

 白い光が、ヒカルたちの前方に広がり、敵を包み込む。いつしかそれは小さな竜巻を作りだし、おおありくいたちを吹き飛ばし、あるいは切り刻んでいく。

 

「グワァアアア!!」

 

 何ともいえない嫌な断末魔とともに、破裂音のような音がしたかと思うと、次の瞬間、モンスターの群れの姿は消え、いくつもの宝石が散らばっていた。

 

「やっぱり、ふつうのモンスターじゃありませんでしたね。」

「ああ、バラモスの宝石モンスターだ。」

「ほほう、そこまで知っている者がいるとはな、それではなおさら、このまま生かして帰すわけにはいかないな。」

「……! やっぱり、まだほかにもいたか。」

 

 茂みから鎧に身を包んだ戦士らしき出で立ちのモンスターが現れた。数は2体。どちらも体にわずかに炎のようなオレンジ色の光をまとっている。これは、『炎の戦士』だろうか。しかし、原作にこのようなモンスターがいたという記憶はない。ただ、ここがアニメと全く同じ世界だという保証はどこにもない。加えて、原作の物語の中で世界のすべてを描ききっているわけでもなかったから、そういうものかと納得しておくよりないだろう。ドラゴンクエストに関係ない敵が出てこないだけ、まだマシというものだ。

 炎の戦士たちはこちらにゆっくりと近づいてくる。じりじりと間合いを詰められているようである。炎のブレスなどで攻撃された場合、周囲の木々に燃え移ってしまうと面倒なことになる。それ以前に現在ヒカルを含む3人は物理的な攻撃手段に乏しい。明らかに戦士系であろう敵に、直接的な攻撃を用いて戦ったのでは勝ち目がない。距離を詰められる前に可能な限り手を打っておくべきだろうと、ヒカルは考えた。

 

「……深き眠りの底に墜ちろ、ラリホー!」

 

 ヒカルが呪文を唱えると、炎の戦士のうち1体が急にその場に崩れ落ちた。そして、顔から鼻提灯(はなちょうちん)のようなものを出して眠りこけてしまった。

 

「お、おい、どうしたんだ? 貴様!こいつに何をした! おい、起きろ! おい!」

 

 残る1体の炎の戦士は慌てて仲間を起こそうとするが、揺すってもたたいても全く起きる気配がない。どうやら状態異常による睡眠は、通常の眠りとは異なり、そう簡単に目覚めるものではないようだ。そもそもゲーム的にいえば、ダメージを食らっても起きないことだってあるのだから、当然といえば当然なのかもしれない。しかしそんなことを親切に敵に説明してやる義理はない。問いかけを無視して、ヒカルは残り1体をどうしようか思案する。できれば多少混乱している今のうちに対策を取りたいところだ。

 

「ご主人様。」

 

 モモがヒカルに目で合図を送ってくる。何か考えがあるようだ。彼女に任せるという意味を込めて、頷きながら短い返事を返す。

 

「頼む。」

「はい。」

「くっ、こうなれば俺だけで、おまえたちを始末して……。」

「……光の精霊よ、邪悪なる者を遙か彼方へ消し去り給え!」

 

 敵の「お約束」なセリフを聞き終えることなく、モモは呪文を詠唱しはじめた。まあ、現実の世界なのだから、アニメのようにセリフを待ってやる義理などは当然ありはしないのだが、この世界をアニメ作品と重ねてみているヒカルには、その行動はなんともえげつないものに映るのだった。

 

「ニフラム!」

「な、なにぃ、この呪文はぁっ?!」

 

 モモが両手を広げるのと同時に、天から眩い光が降り注ぎ、ヒカルは一瞬目をつぶった。ほんとうに一瞬だったはずだが、次に目を開いたとき、炎の戦士の1体、眠っていない方の1体は浄化呪文(ニフラム)によって跡形もなく消え去っていた。そういえばゲームでは、特定の敵に一定の確率で効果のある呪文だったか、と思い出す。消された相手はどこに行くのだろう? この世界の呪文書にも『光の彼方へ消し去る』としか記載されておらず、その実態は謎に包まれている。どこかの漫画の黄金の聖衣をまとった眉毛が麻呂な人物の使うとある技に似ているなと、しょうもないことをヒカルは思い浮かべた。

 

「あら、私も1体仕留め損ねてしまいましたわ、まだまだ未熟ですわね。」

「いやいや、もともと成功率そんなに高くないはずだから、そんなもんじゃね?」

「そうですね、文献を読む限り、修行しても成功率が上がる類いの呪文ではないようですし……。」

 

 このとき、ヒカルとモモは油断していたのだろう。後から考えればとんでもない話だ。眠っているとはいえ、敵はまだ1体残っており、しかも無傷である。そんな状態で気を抜くなどあり得ない。

 

「きゃあああっ! い、いやっ、来ないでっ!」

 

 しまった、と思ったときにはすでに遅かった。知らないうちに残った1体の炎の戦士が目を覚まし、ミミに向かって攻撃を仕掛けようとしていた。しかもミミは恐怖で体がすくんでいるらしく、逃げることもできない。非常にまずい状況になっている。今からでは、ヒカルやモモの速度では間に割って入って攻撃を代わりに受けることさえできそうにない。ヒカルはとっさに思いついた手段を実行に移した。

 

「かああっ!!!」

「ヒャド!」

 

 ヒカルは両手に魔力を込めて、ミミと炎の戦士のちょうど中間あたりに向ける。炎の戦士がミミに向かって、口から火の玉をはき出したのと同時に、ミミの周囲から青白い光が広がり、氷の壁を形作っていく。ゲームでは当然、このような使われ方はしないが、だいたいのアニメや小説を読む限り、これで相殺できるはずだ。

 

「ば、馬鹿な、俺の『火の息』がっ?!」

 

 思惑通り、シュウッという音と共に、白い水蒸気を発しながら氷の壁と火の玉は同時に消え失せた。炎の戦士はさすがに驚いたのか、一瞬身動きを止めてしまう。そのとき、すぐ脇の草むらから植物のツルのようなものが伸びてきて、その左足に絡みつく。

 

「な、なんだとぉおっ?!」

 

 さすがにこれは意表を突かれたのか、炎の戦士はバランスを崩して倒れ込む。それとほぼ同時に、茂みの中からモモが飛び出してミミの傍らへ駆け寄っていく。

 

「ミミ、しっかりして、大丈夫?!」

「お、おねえ、ちゃん?」

「モモ、すぐに離脱しろ!」

「はい!」

 

 ヒカルはモモに指示を飛ばすと、彼女たちの待避状況を横目で確認しながら、右手を炎の戦士に向け、もう一度呪文を唱える。

 

「氷の精霊よ! 凍てつかせよ!」

 

 魔力の放出と同時に、右手の周りの空間から熱が奪われ、眼前に白く輝くいくつもの粒子が見える。右手を突き出し、魔力を塊にして相手にぶつけるイメージをする。先ほどはとっさだったために無詠唱で威力も数段落ちていたが、今回は十分に精神を集中し、完全に詠唱をしている。

 

「ヒャド!」

「し、しまっ!」

 

 炎の戦士はそこでようやく我に返り、状況を理解すると同時にその場を離れようと足を動かすが、先ほど足を取られたツルが、今度は絡みついてうまく抜け出すことができない。それでもなんとか足を外し、逃げの体勢を取ろうとしたとき、冷気の塊はすでにその目前まで迫っていた。

 

「う、ごああああ!」

 

 発動句が紡がれると同時にすさまじい勢いで放たれた冷気は氷の塊のようになり、炎の戦士どころかその周囲も白く染め上げていく。少々やり過ぎたか、とモモたちの方を見る。どうやら巻き添えにはなっていないらしいことが分かると、ヒカルはほっと胸をなで下ろした。

 

「すごいですわご主人様。冷気の余波だけで周りも凍らせてしまうなんて。あまりにも惚れ惚れして、見ているだけでイッてしまいそうになりましたわ。はあはあ。」

「あのね、あほなこと言ってる暇があったら、妹介抱してやりなさいよ君は。」

 

 ヒカルとモモがふざけ会っていると、ピシッ、バリバリ――という音とともに、炎の戦士を包み込んでいた氷にひびが入り始め、パラパラと崩れていく。そして数旬の後、ついには完全に砕け散った。

 

「う、ごああ、おのれぇ、人間やエルフごときがぁっ!」

 

 氷が溶けて炎の戦士が再びその姿を現した。今度はヒカルの方を向いて構えており、完全に彼を標的に据えている。しかしさすがに無傷というわけではなく、体中から白い湯気を出し、まとっていた炎も消えかかっている。それでも怒りと殺気に満ちた恐ろしい声を上げ、自らに抗う者を根絶やしにしようと歩み寄ってくる。ヒカルの頬を嫌な汗が流れる。脚が小刻みに震え、気を抜けば膝をついてしまいそうになる。彼はここへ来て初めて、死に対する本物の恐怖を感じていた。それは元の世界で、日常的な命のやりとりなどとは無縁だったただのサラリーマンの男が受け止めるには過酷すぎる現実であった。そもそも、彼はどこかで今置かれている状況を、現実のものと捉え切れていなかったのかもしれない。しかしそれは当然であり、誰も彼を責めることなどできない。

 ふと、炎の戦士のはるか後方の草むらでミミを介抱しているモモの後ろ姿が見えた。今、ヒカルがやられてしまえば、攻撃手段が乏しく非力な彼女たちでは逃げ切れるかどうかも怪しい。まして、今のミミの状態は走ることは愚か、立って歩くことさえもままならないだろう。ヒカルは奥歯をギリリとかみしめ、拳をぐっと握り心を強く持つ。そして現状を打破する方法を、頭をフル回転して考える。今の彼では戦士を相手に戦えるだけの肉体能力はない。となると、やはり呪文で迎え撃つしかないわけだが、もう一度氷結呪文(ヒャド)を撃つのはためらわれた。どうも系統別の得手不得手があるらしく、ヒカルはヒャド系の呪文が得意ではないようだ。それは、この呪文が弱点であるはずの炎の戦士を仕留め切れていないことからも明らかである。先ほど周囲まで凍ってしまったのは威力が強かったわけではなく、魔力を一点に集中させる技量が不十分であったため、収束し損ねた冷気が周囲に拡散しただけのことである。それに2度目ともなれば、今度は先ほどヒカルがやって見せたのと同じ方法を逆利用されて、火の息で相殺されるなどということも十分にあり得る。しかし、どの呪文を使おうか悠長に考えている暇もなさそうだ。ヒカルはひとつの推測を立て、やや危険な賭けに出ることにした。

 

「闇の雷よ、貫け!」

 

 ヒカルの手先に集まる魔力、それは漆黒の闇、次第にバチバチと音を立て、何か黒いものがほとばしる。手を握り込み拳を作り、相手に向かって突き出す。そのときには炎の戦士は彼の目前まで迫ってきていた。

 

「死ねぇっ! 人間!!!」

「ドルマ!」

「な、なにぃっ?!」

 

 ヒカルの手から離れた黒い物体は、次の瞬間には敵の体を貫いて、土手っ腹に風穴を開けていた。その場所からは火花のようなものがほとばしっているが、その色は黒で、闇の電撃とでもいうべきものだった。

 

「ぐわあああぁっ!!」

 

 炎の戦士の体は光となってはじけ、後にはいくつかの宝石が残されているのみだった。どうやら無事にとどめを刺せたらしい。ヒャド以外で有効な一撃を与えられる呪文を、ヒカルはこの闇雷呪文(ドルマ)以外には持ち合わせていなかった。しかし、ドルマ系の呪文はアベル伝説の放映当時には存在しなかった呪文で、実際炎の戦士に十分な効果があるかどうか確証が持てなかったのだ。呪文書を読む限り、ドルマ系はほぼ失われた系統で、もはやこの世に使い手がいるかどうかも定かではないと記されていた。故に、対処方法がとりにくい難しい呪文だろうと踏んで、これを選んだのだ。しかし、モンスターならば普通に使えたり、対処法を知っている可能性もあり、万一効かなかったり防がれてしまったりした場合は、確実に3人とも殺されていただろう。

 

「ふぅ、何とか勝てたな。モモ、ミミは大丈夫か?」

「はいご主人様、どこにもけがはないようです、ただ……。」

「う、ううっ、ぐすっ、怖いよう、火、こわいよう。」

 

 ミミは幼い子供のように――もともと見た目も言動も幼いのだが――ぐすぐすと泣きじゃくりながら、姉の豊かな胸に顔を埋めて、声をかけても答えようとしない。ヒカルは地図で近くの村を確認する。先ほど通り過ぎようと決めていた村の名前を確認すると「カザーブ」と記されている。リバーサイド同様に原作には登場しない場所である。とりあえずヒカルはミミを背負うと、モモとともに周囲に気をつけながらカザーブ村を目指して歩き始めた。

 

***

 

 その男が、リバーサイドという村に出入りするようになったのはいつ頃からだろうか。正確には覚えてはいないが、半年ほど前だったと記憶している。最初は特に興味もわかなかった。村の人々が世話になっているという、背後にそびえる険しい山の奥深くに住んでいる高名な賢者の新しい弟子ということで、概ね好意的に受け入れられていたようである。しかし、そんな新しい来訪者の話題も、彼女たち、エルフの姉妹の心を動かすことはなかった。彼女たちは、普段村人と接するときこそ平静を装っていたが、その心の傷は深く、本心では他人とは関わり合いになりたくないとさえ考えていたのだ。もちろん、他種族である自分たちを日頃から気にかけてくれて、助けてもくれる彼らのことを悪く思ったことなどない。しかし、彼女たちはある理由から、どうしても他者との間に壁を作ってしまいがちだった。それでも表面上だけでも村人たちと好意的に接しているのは、それこそ彼女たちなりの感謝の気持ちの表れであったのだろう。

 しかし、あるちょっとした出来事をきっかけに、彼女たちは新しい来訪者、魔法使いだという青年に心惹かれていくことになる。それはほんとうに、偶然が重なっただけの、よく考えてみればありがちな話で、特に珍しいものでもなかった。……内容など本当はどうでも良かったのかも知れない。彼女たちはその男の、ただまっすぐな心のあり方に動かされたのだろう。彼は一見、平凡で特に何の才も持たないように見受けられる。しかし、ほぼ初対面の、しかも美しい女性であるとは言え、エルフという他種族を、なんの躊躇もなく助けることなど、普通の人間はまずできない。リバーサイドの村人のように、平時であれば種族に関係なく接してくれる者たちもいるが、モンスターとの戦いともなれば命がけである。ほとんど面識のない他種族を何の見返りも求めずに助ける人間などそうはいない。エルフたちは精霊たちと心をつなぎ、世界のあり方をその心を通してみている。したがって接する相手の種族や外見などは全く気にしないことが多い。しかし、人間はそうではない。まず外見を気にし、自分たちと少しでも違っていれば、同じ人間であっても差別し、迫害する、そんな種族であると他種族からは認識されているのだ。

 いや、ここまで並べてきた理由も、本当はどうでもよいことだったのかもしれない。エルフの姉妹、モモとミミは青年、ヒカルに向けられた純粋な優しさが、ただ嬉しかっただけなのだろう。それにしても実は、村人と比べてもほんの些細な違いしかなかったのかもしれない。それでも、彼の行動が彼女たちの心を動かした、その事実だけは確かで、モモとミミはそれから、ことあるごとにヒカルの世話を焼くようになったのである。

 

「ミミ、気分はどう?」

「……うん、もう平気だよお姉ちゃん。」

 

 リバーサイドの村の、賢者が立てたという別荘、といっても、粗末な丸太小屋だが、その食卓テーブルに座ってぼんやりと窓から外を眺める少女に、彼女と同じ桃色の紙をした、姉の女性は心配げに声をかけた。少女の方は大丈夫だと答えたが、その瞳はどこか空虚で、姉の方を見てはいるが、その実はどこか遙か遠くを見ているようで、心の半分くらいはこの場所にはない、そういった状況に見受けられた。もっとも、先日まで泣き通しで、目を赤くして夜もろくに眠っていない、そんな状態だったのだから、これでもずいぶんとマシになったのは確かだろう。

 

「まだ少し休んでいた方が良いかしらね。」

「……ううん、泣くのは今日でおしまい、……ねえお姉ちゃん。」

 

 妹を気遣い、さらに言葉を重ねる姉に、少女は初めて目線をしっかりと合わせ、大きく首を振った。そして、多少弱々しいが、決意のこもった声で姉に話を切り出した。

 

「ミミも、私も一緒に連れてって。」

 

 姉、モモはその言葉を聞くと、穏やかに微笑み、静かに頷くと、丸椅子に腰掛ける妹、ミミをその胸に優しく抱きしめた。ミミも姉の体をその手で強く抱きしめ返す。二人のエルフの決意の抱擁はしばらく続き、その時間は長かったようでもあり、短かったようでもあった。ともあれ、2人は愛する主人の後を追い、旅に出ることを決意したのだった。現実には、戦闘能力に乏しい姉妹が旅をするのはかなりの危険を伴う。だとしても、主人と定めた者が危険を冒して一人旅する方が、彼女たちにとって許容できないことであった。

 

***

 

 なんとか、日の落ちるまでにカザーブに着いたヒカルたちは、民宿に部屋を取り、とにかくミミを休ませることにした。背負われている間に眠ってしまったミミを、モモと二人で交代して背負いながら、森の中を進むのはかなり疲れたが、幸いあの後はモンスターに襲われるようなことはなかったので、ケガなどはせずにたどり着くことができた。

 宿の部屋で目が覚めると、ミミも少し落ち着いたようなので、夕食をとって風呂に入り、その日は全員そのまま眠ってしまった。

 エルフの姉妹が、その胸に秘めた決意を、それに至るまでの思いを、ヒカルは知ることがないのかもしれない。しかし、彼女たちの向けるまっすぐな思い、――少々困った行動に出ることもあるが――それが彼を助けてきたことは紛れもない事実である。1人の魔法使いの『従者』となることで、彼の傍らにいることを選んだ二人の姉妹が、これからどのような未来を迎えるのか、それを知るものは誰もいない。

 

to be continued




※解説
バギ:真空の刃を敵にぶつける呪文。僧侶が扱える数少ない攻撃呪文で、魔法使いの呪文に比べると消費MPがやや少ない。ただし威力にばらつきがあるので敵を仕留めきれないことも多い。
ラリホー:敵を眠らせる呪文。うまく効けばダメージを与えた後も眠り続けるので一方的に攻撃できるが、逆に敵に使われるとやっかい。この呪文を使う敵が複数いた場合、眠らされ続けて一方的にボコられる場合もあり、序盤では遭遇したくないパターンだ。
ニフラム:邪悪な魔物を光の彼方へ消し去る。ゲーム的には特定の敵を一定の確率で倒せるが、消し去った扱いになるため経験値もゴールドも得られない。ある意味一撃必殺なので扱いにくいのか、アニメや漫画などではあまり使われない。
ヒャド:氷の塊を敵にぶつける呪文。初級呪文としてはダメージ量が大きく消費MPが少ない。これを覚えるとメラの出番はなくなる。Ⅴ(SFC版)では味方に使い手がいない。
ドルマ:初期のシリーズには存在しない系統の呪文。黒い雷を敵にたたき込む。漫画では黒いライデインが登場したことがあり、逆輸入であるともいえる。
火の息:炎のブレス系では最弱の特技。威力の低い炎を全体に浴びせてくる。初期のシリーズではMPを消費しないので、連発されるとそれなりにやっかい。

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