【凍結】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

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※2018/12/30 誤字脱字、文章表現等を修正しました。
※2017/10/23 加筆修正しました。
ヒカルが習得する呪文リストから、イオ系を削除しました。あまりにも何でも使えると話が進めにくくなるため、今後は使える呪文をある程度制限します。
※2017/4/9 誤字脱字等を修正しました


第2話 修行の日々 不出来な兄弟子ヤナック!

 『魔法』とは、己の中に眠る魔法力――つまりMP(マジックパワー)を用いて発揮される力のうち、特定のキーワードである『呪文』によって発動する類いのものをいう。これらは精霊という天地自然の力を魔法力によって引き出し行使するものであり、使用するに当たっては『契約』という特別な儀式を行わなければならない。契約できる呪文は生まれつき定められているといわれており、言い換えればどんなに修行を重ねても、決して使用できない呪文が存在するということだ。また、ごく限られた者にしか使用できない特別な呪文も存在する。それは勇者のみが使用できるデイン系などのいわゆる『勇者専用呪文』や、賢者の間にのみ伝えられるといういくつかの高等呪文、失われた古代呪文や、果てはあまりに危険すぎるために封印された『禁呪』と呼ばれるものまで様々である。

 現在、ヒカルが転移してきたこの世界には明確な職業体系がない。職業自体は無数にあるが、ゲームで言うところの『職業(クラス)」という系統立てられたものが存在しないのだ。したがって、転職を特別な神殿が管理しているというようなこともなければ、仲間を集める特殊な酒場も存在しない。よって、僧侶と魔法使いという概念が曖昧であり、僧侶系、魔法使い系といった分類も、明確には存在しないのだ。一応、主に回復呪文を扱う神父、神官、僧侶、シスターなどと、攻撃呪文、転移呪文などを扱う魔法使いや魔導士、魔術師などという分類はなんとなくあるが、個人によって契約できる呪文が定められているこの世界では、魔法使いが回復呪文(ホイミ)で傷を癒したり、僧侶が氷結呪文(ヒャド)で夏場にかき氷を作って子供たちに振る舞ったりといったことが普通にあり得るのだ。ただし、この世界の人間には呪文を扱える者が極端に少なく、仮に扱えたとしても初級呪文が2~3もできれば優秀で、5種類以上の呪文が扱える者はどこでも引っ張りだこである。また、中級呪文、たとえばベホイミやヒャダルコなどが行使できる者は英雄の領域で有り、王宮から非常に高額な給料で召し抱えられていたり、金のある商人と契約して専属の護衛をしていたりと、一般人とはかけ離れた生活をしている者がほとんどである。

 そのようなことを考えると、このホーン山脈で自給自足を営む賢者とその弟子は異端であると言って差し支えない。すべてはやがて訪れる魔王との戦いにおいて、青き珠の勇者と、赤き珠の聖女を助け、共に戦うためであるが、そのようなことを知っている存在はこの世界ではごくわずかである。

 それはさておき、良く晴れ渡った空に、青々と草木が生い茂るその場所で、今まさに魔法の修行が行われていた。周囲を木々に囲まれたこの場所は、人の手によって形作られたであろう事が見て取れる。ところどころに座るのにちょうど良さそうな切り株が残されており、中心部あたりには木とわらで作られたかかしのような物体が数体、設置されている。そのうちの一体に向けて、1人の青年が指を突き出し、神秘の力を発動すべく呪文を唱えている。

 

「……天と地の(あまね)く精霊たちよ、我に力を! メラあぁ~っ!」

 

 周囲に青年の大声が響き渡る、次の瞬間、その指先から火の玉が発生し、前方に据えられた的へと飛んで……ゆくはずであった。

 しかし、悲しいかな、火球は指から放たれる前に、プシューッと煙を立ててむなしく消滅してしまった。青年、ヤナックはがっかりしたような、困ったような表情で、火球が消えてしまった自分の指先を見つめていた。

 

「あらぁ~、こんなはずじゃあ……。」

「ばっかも~~ん!!」

 

 ゴキッといういやな音がして、ヤナックはザナックの持っている杖で殴られる。見るからに痛そうだ。確かあの杖は『賢者の杖』と劇中で呼ばれていた。ゲームにおいては杖にも攻撃力が設定されている。後半に出てくるランクの高い杖であれば、通常の剣も真っ青なくらい高い数値でもおかしくない。原作の終盤でヤナックに授けられたその杖の攻撃力を考えていると、殴られてもいない自分の頭まで痛くなるような、そんな錯覚を覚えるヒカルなのだった。

 

「まったく、この未熟者めが! 少しはヒカルを見習ってまじめに修行せんかい!」

「そんなぁ~~。お師匠様ぁ~~。」

 

 まあ、ヤナックにしても、よく修行をサボってはリバーサイドの村で若い娘の尻ばかり追い回しているのだから、殴られても自業自得というものである。もっとも娘たちは『いや~、やめて~♪』と笑いながら逃げ回っており、追いかけられるのを喜んでいる節がある。このあたりは原作でもそうだったような気がするが、細かいところはヒカルの記憶にはなかった。

 

「ほれ、ヒカル、ちょっとここへ来ておまえもやってみぃ。」

「いいんですか? 俺もまだ力の制御がちょっと……。この間も森、焼きかけましたし。」

「なに、ヤナックのように、発動せんよりはるかにマシじゃわい。大きすぎたら儂が止めてやるから心配せんでもええ、それにだいぶん、魔法力の調整はできるようになってきておるぞい。基礎訓練も怠けずにやっておるようじゃし、ほぼ、心配はいらんじゃろ。」

「はぁ、それでは……。」

「うむ、ヤナックに手本を見せてやってくれ。」

 

 新参者に対するありえないような高評価、そしてずっと前から鍛えているのだろう弟子に対する辛辣な評価。ザナックとしては大意はないのだろうが、あまり良い状況とはいえない。それでも、ヒカルは立ち上がり、的の方へ向けて歩き出した。的から数メートルのところに立ち、ちょうど反対側でへたり込んでいるヤナックに声をかける。

 

「ほらほらヤナック、どいてないと危ないぞ。」

「あ~はいはい、わかりましたよっと、なんでこんなやつが、ぶつぶつ……。」

 

 何か文句を言うヤナックを無視して、ヒカルは的を見据えて、その方向に手をかざす。ヤナックを差し置いてあまり目立つのも多少気が引けるのだが、自分も弟子という形で世話になっている以上、師匠の言葉に逆らうわけにもいかない。気持ちを切り替え、今日はどんな呪文を見せようか少し考え、初めての呪文を試してみることにする。魔法力の調節に多少の不安があるが、いざとなればザナックがなんとかしてくれると言っている。であれば、毎日の地道な修行の成果を見せておくのも悪くはないかと、彼は使用する呪文を決める。

 

「……炎の精霊よ、我の元へ集え! かの者を眩き閃熱のもとに蹂躙せよ!」

 

 詠唱が進むにつれ、手のひらにオレンジ色の光が集まっていく。同時に何か目に見えない流れが手先に向かっていくのを感じる。放ったときの形をイメージし、呪文を放つ合図である『発動句』を紡ぐ。

 

「ベギラマ!」

 

 その瞬間、ヒカルの手のひらから光が的に向かって一直線に伸びてゆき、次第にそれは炎の渦となって木とわらでできた的を包み込んでいく。最後に開いた手を握り込むと、炎は収束していき、それが消えたときには白い灰が残っているだけだった。

 

「ほほぅ、ベギラマとは、また新しい呪文を覚えたのか、これだけの短時間で、実に見事なもんじゃ。魔法力のコントロールもほぼ、問題ないようじゃの。」

 

 ヒカルの行使した閃熱呪文(ベギラマ)はどうやら成功したようで、ザナックが賞賛の言葉をかけてくれる。ヤナックはというと、はじめは灰と化した的を呆然と見つめていたが、そのうちず~んと黒いオーラをまとって、すっかりいじけてしまった。やはりまずかったかと、ヒカルは少し後悔した。どこかでフォローしておかなければ、万が一ヤナックが原作開始前にリタイアでもしてしまったら、後々アベル一行が魔法なしでバラモスに挑む無理ゲーになってしまう。この世界のためにも、それだけは何としても避けなければならない。

 

「しかし、おぬしは様々な術が使えるのう、特別な者を除けば、扱える呪文は限られてくるはずなんじゃが……。いったい今までいくつ、儂に見せてくれたかの?」

 

 ヒカルが今までにザナックに見せた呪文は多岐にわたる。初歩の火炎呪文(メラ)はもちろん、ギラ、氷結呪文(ヒャド)真空呪文(バギ)、一部ではあるがメラミや、先ほどのベギラマのような中級呪文、回復呪文(ホイミ)瞬間移動呪文(ルーラ)なども使って見せた。こうしてみると、この世界基準でみれば、彼の魔法職としての才能は疑うべくもなく優秀であった。

 

「ええと、10くらいですかね、たぶん。」

「おぬしがここへ来て半年ほどになるが、今までこんなスピードで成長した者はおらんかったぞ。子供の頃から使えたわけではあるまい?」

「使えたらいいなぁ~っって、思ったことはありましたけどね。まあ、とにかく魔法に触れたのはここが初めてですよ。」

 

 嘘は言っていない。そもそもヒカルの元いた世界では魔法なんてものはなかったのだが、ヤナックが見ているこの場所で、複雑な話になるのを避けるために、彼は言葉を濁した。それを感じ取ったのか、ザナックはそれ以上の追求はせず、ふむ、とあごに手を置いて考えるようなしぐさをした。そして、しばしの間を置いた後、こう言った。

 

「おぬしがなぜ、儂の元に現れたかはわからん。じゃが……。」

 

 ザナックが言うには、かつて滅びた古代人の都、エスタークの怨念が、邪悪な実態を形作り、徐々に世界を脅かしはじめているそうだ。その邪悪な存在の名は、大魔王バラモス。多くのモンスターを引き連れて、ゾイック大陸という場所から侵略の手を伸ばしてきているらしい。現在(いま)はゾイック大陸以外にはさほど影響は出ていないが、直接の影響がないところでも、汚れた水である『死せる水』による海洋汚染の影響が徐々に出てきているらしい。

 この時点でヤナックの年齢は24歳だと聞いている。原作開始時点で34歳だと言っていたから、現在は原作開始の約10年前ということになる。ゲーム『ドラゴンクエスト』に登場する要素が、先の呪文以外にも様々に確認されており、この山脈の名前、ザナックとヤナックの師弟、それにエスタークにバラモスとくれば、もはや疑うベクもないだろう。ヒカルは寝落ちする前に見ていたアニメ『ドラゴンクエスト 勇者アベル伝説』の世界に迷い込んでしまったらしい。いやそもそも、アニメの世界など実際にあるのかわからないので、よく似ているだけの世界ということになるのだろう。アニメに限っていうのなら、『10年前の世界』などというものは描写されていないため、今後何が起きるかは予想でしかなく、同じように歴史が紡がれていく保証もない。しかし、今後アベルやティアラ、モコモコやデイジィといった人物らが、原作と同じように物語を作り上げていくのだろうという確信をヒカルは持っていた。もちろん根拠など何もないが、形にできない自信のようなものが、彼の心には確かにあったのだ。

 

「バラモスは滅びたエスタークの怨念、ゾーマが造りだしたもの。しかし……。」

「しかし……? なんですか?」

「どうも、ほかにもなにやら黒い影が、この世界に迫りつつあるようじゃ、おぬしが現れたことは、ひょっとするとそれに関係があるのかもしれんの。」

 

 原作にはなかったバラモス以外の脅威がこの世界に迫っているらしい。それはひょっとしたら、ヒカルが転移してきたことによって起こった事象なのかも知れない。無関係ではない、ということなのだろうか。この説明できない現象も、すべては偶然ではなく必然、そういうことなのだろうか。そういえば自分の身に何かが起こると、誰かに聞かされた気もするのだが、思い出そうとしてももやがかかったように曖昧で、はっきりと思い出すことができない。その事実が、それこそ現状が偶然ではない証拠なのだが、具体的に説明できるようなことは何もなかった。

 

「ふん、ちょっとくらい呪文がいっぱいできるからってね、そいつがそんなたいそうな存在な訳がないでしょうが。」

 

 さっきまでいじけていたヤナックだが、話はきちんと聞いていたらしい。それこそ根拠のないひどいいわれようだが、ヒカルとしてはこちらの意見に賛同したい。異世界召喚系小説の主人公など、頼まれてもお断りしたい心境なのである。しかし、そんなヤナックの発言をただのやっかみと判断したのか、師匠ザナックは、そんな彼の捨て台詞のような言葉を無視し、重々しい口調で話を続ける。

 

「おそらく近いうちに、ゾーマはバラモスを使い、ゾイック大陸以外にも侵略の手を伸ばしてくるじゃろう。」

 

 そう、確かにその通りだ。原作の1話でアリアハンに現れたバラモスは、それから短期間に世界中に汚染水をばらまき、人々を恐怖に陥れていった。アベルたちが旅を続けている間も、人間たちの国が攻め落とされていったことが、後にバハラタの回想によって明らかになっている。もし、この世界でもある程度原作と同じような運命をたどるのであれば、バラモスが表立って動き出す前に何らかの手を打てば、被害はある程度抑えられるのかもしれない。心境としては、できることなら一般人は助けてやりたいと思うヒカルだったが、この世界に来て魔法の才能を開花させはじめているとはいえ、それこそ自分自身が一般人の彼にはどうすることもできないことであった。

 

「この世に邪悪な者が現れたとき、竜伝説に記された勇者が現れるはずじゃ。」

「お、お師匠様、それは軽々しく口にしては……。」

 

 珍しく、ヤナックが師の言葉を遮ろうとした。思い返してみると、ヤナックは原作でも最初のうちは、自分の素性を隠していた。勇者や聖女、それを手助けする者などの情報はいわゆる極秘情報なのかもしれない。しかし、ヤナックに対してかまわないというように手を挙げ、ザナックは話を続ける。

 

「よい、ヒカルはわしが認めた男じゃ。我らの一族ではないが、おそらく邪悪な者と相対する運命を持って生まれてきたのじゃろう。」

 

 この世界では才能があると、何か強大な運命に立ち向かわなければならないのだろうか? しかしヒカルは現代日本に生まれたただのサラリーマンだ。いかに治安が悪化してきているといっても、日常的に命のやりとりをしてきたわけでは当然ない。そんな彼が、悪に立ち向かう──それこそドラクエの勇者かその仲間のような運命があると言われたところで、実感などわくはずがなかった。できることならば全力でお断りしたい。選択肢の『いいえ』を迷いなく選び、決定ボタンを押したい心境である。

 

「ヒカルよ。」

「は、はい。」

「お主の中にはとてつもない潜在魔力が眠っておる。今、使っておる力はそのうちの、ほんのわずかじゃ。いつか、そう遠くはない未来に、儂などよりはるかに強力な術を、使いこなせるようになるじゃろう。」

 

 そんなことを、ひどく深刻な表情でザナックに言われたが、正直言ってまったく意味が分からない。目の前の老人はおそらく、この世界でもトップレベルの呪文の使い手だ。そんな人物の見立てだから、おそらく正しいのだろう。正しいのだろうが、そんな予測は当たってほしくないというのが、ヒカルの本音だったろう。

 

「いつか、もし、儂よりも強い力を身につけたなら、そのときは頼む、この世界に住まう者たちをその力で助けてやってはくれまいか。」

「……、はい。」

 

 ここで『いいえ』を選んだなら『そんなひどい』の無限ループにでも陥ってしまうのだろうか? 『はい』を選ばなければ先に進めないように、この世界でも運命の強制力が働いているのだろうか? いずれにしても、このときのヒカルは、ザナックに対して肯定の意を示すことしかできなかった。最期まで勇者を守る一族の使命を果たし、この世界を守るために自分の命さえかけた老人が、彼に真剣に頼んできているのだ、断れるわけがない。しかし、正直彼は怖かったし、ひどく戸惑ってもいた。実際、本当に、誰かを救うことなどできるのだろうか。元の世界でも、ブラック企業にいいように使われるだけの、何の能力もないさえないサラリーマンだった、こんな男に、本当にそんなすごい力があるのだろうか……? あったとしても、その力を使いこなすことができるのだろうか……? 考えても考えても、後ろ向きの思考のループに陥ってしまいそうだった。

 

「ところで、話は変わるがの。」

「はい?」

「おぬし、どんな女子(おなご)が好みじゃ?」

「は? 何ですか唐突に。』

 

 先ほどの重苦しい話はどこへやら、にたにたと笑みを浮かべながら、老人はヒカルを眺めている。外見と合わせるとなんとも不気味だが、それは失礼になるのでヒカルは口に出すのをぐっとこらえた。

 

「いやのぉ、リバーサイドへ行ったときに、例のエルフの娘らが、もっとおまえさんを村によこしてくれとせがんできてのぉ。おぬし、割と人外にもてるのぉ。」

「人間としてはあまりうれしくないんですが……。」

「よいではないか、……なかなかかわいい娘たちじゃし、ほれ、そういうことになっても儂はとやかく言うつもりはないぞい、もうすこし通ってやったらどうなんじゃ?」

「いや、別に俺は……。」

「娘たちが、おまえさんと夜を明かしたいと、身振り手振りを交えて熱弁しておったぞ。」

 

 モモとミミの姉妹がヒカルに好意を寄せているのは事実だろう。それが、例えば恋人や伴侶に求めるような感情かどうかは不明な点もあるが、少なくとも彼女たちがヒカルを慕い、そばにいたいと思う心は本物であり、それに答えることは男としてもやぶさかではないはずである。彼女らの多少、いやかなり行き過ぎた「奉仕」がなければの話、だが。しかしそれとても、端から見たのならまさに嫉妬全開で、目の縁に炎を模ったしっとマスクを被り、名前もそのままのしっとマスクが召喚されそうな状況である。

 

「あ~あ、モモちゃん、前からかわいいと思ってたんだよなぁ、がっくし。」

 

 人間でないとはいえ、似通った姿をしているエルフはこの世界では非常に美形が多い。だから美しいエルフの姉妹、特に姉の方は村の男たちに言い寄られることも多かったが、その誘いもことごとく断り、ヒカルの世話ばかりをやいていた。そんなわけで、密かにヒカルはリバーサイドの若い男たちに大いにしっとされていたのだが、本人からすれば良い迷惑だっただろう。

 

「ミミちゃんも成長したらいい女に……あ~畜生ヒカルの奴め、なんてうらやましい!!!」

「……声に出てるぞヤナック。」

「このバカたれが!! そんなことばかり考えとるからさっぱり修行が進まんのじゃ。とっととそこに座って瞑想じゃ瞑想! 基礎からやり直しじゃい!!」

「ひえぇ~、お師匠様、申し訳ありません~~!!」

 

 ザナックにどやされ、切り株のひとつに腰掛けて瞑想をはじめるヤナック。しかし時々気が散っているのか、そのたびにザナックにどやされたり、杖でポカリとやられたり、今日はいつもよりきつい修行になりそうである。

 ところで、いったい例のエルフの姉妹は、ザナックに何を語ったのだろうか。聞いてみたいような気もするが、どうせろくなことは言っていないだろうと考え、ヒカルはそのことについて、思考そのものを放棄した。

 

***

 

 それからも、ヒカルとヤナックの修行の日々は続いた。初級呪文を立て続けに失敗するヤナックとは対照的に、ヒカルは覚えた呪文を次次自分のものにしていった。それにともなって、ザナックのヒカルに対する評価が上がり、ヤナックに対する評価がさらに辛辣になるという悪循環が起こってしまい、2人の間には徐々に重たい空気が流れるようになっていった。ヤナックの抱えているコンプレックスは思ったよりも根深いようで、ことあるごとにヒカルに対抗意識を燃やして突っかかってくる。ヒカルとしてはその程度で落ち込んだりするようなヤワな精神構造は持ち合わせてはいないが、このまま自分がここに居座っていたのでは、ザナックとヤナックの関係にも変化が起こる可能性がある。それはザナックの人格を考えると限りなく低い可能性ではあったが、念には念を入れておいた方がよいだろうとヒカルは考えた。自分の今の強さとこの世界の情勢を考えると、多少危険ではあったが、レベルアップの良い機会になるだろうと考え、彼は老賢者の元を離れる選択をしたのだった。

 

「ふむ、旅に、のう。」

 

 日もとっぷりと暮れ、夜空には無数の星が瞬き、月明かりが窓から差し込んでくる。テーブルの上のわずかなランプの明かりだけが、室内に暖色の光をもたらしていた。ヒカルと向かい合って座るザナックは、彼の話を一通り聞き終えると、いつもの癖なのか顎に手をやってしばらく目を閉じて考え込んでいるようだったが、やがて静かに口を開いた。

 

「……いろいろと気を遣わせたようじゃの。まったくヤナックめ、できの良い兄弟弟子の1人でもできれば、少しは励みになるかと思ったが、まさかあそこまでひねくれるとはのう。」

「いや、しかしあれだけ扱いに差を付けたら、もともとコンプレックスが強い奴なら相当応えますよ。真面目に修行するようになった部分もあるみたいですし、もう少し長い目で見てやったらどうでしょう?」

「……そうじゃな、儂も多少急ぎすぎたかもしれん。心のどこかで、焦りがあったのじゃろうな。……魔王は強大じゃ。儂らが想像しておるより遙かにの。生半可な実力や覚悟では、到底太刀打ちなどできん。」

 

 ザナックはおもむろに椅子から立ち上がり、窓の方へ歩きながら、小さな声でつぶやくように言葉を発した。

 

「人を育てるというのは難しい。特に魔法というのは精神の鏡写しのようなものじゃ。邪悪な心や欲望が強ければ、どんなに才能があっても、自分自身の力で自分を滅ぼしてしまう。逆に、ヤナックのように自信がなさ過ぎるのもいかん。いざというときに本来の力が出せんからのう。ほれ、ちょうどお主に懐いとる、小さい方のエルフの娘のようにな。」

「え? ミミのことですか?」

「うむ。……と、まあそれはよい。お主が行くというなら止めはせん。元の世界に帰る方法も、ずっとここにいたのではわからんじゃろう。……くれぐれも気をつけて行くのじゃぞ。世界が徐々に、魔王によって侵されようとしておるからのう。奴の配下である宝石モンスターたちも、少しずつ数が増えておる。その中にわずかじゃが、少しばかり強力な個体も混じってきているようじゃ。」

「はい、俺まだ弱いんで、安全にだけは気をつけますよ。」

「うむ、そうじゃ、これを持って行け。」

「……これは、あのときの……!いいんですか?」

「構わん。儂も存在を忘れておったし、この年寄りにはもはや用のない物じゃて。」

「では、ありがたくいただきます。短い間でしたが、お世話になりました。……旅立ちは3日後くらいにしようかと思っています。」

「たまにはここへ戻ってきて、世界の情勢などを教えてくれると助かるのう。」

「はい、俺には分からないことの方が多いんで、たぶんいろんな事を相談しに戻ってくると思います。」

 

 ヒカルはザナックから受け取った袋を持ち、部屋を後にした。1人残されたザナックはしばらく窓の外に広がる満天の星空を眺めていた。どれくらいそうしていただろうか、やがてテーブルの上の明かりが消され、老賢者の住まうこの小屋も、完全なる夜の静寂に包まれた。空には半分よりも満ちた月が、宵闇(よいやみ)を優しく照らしているのみだった。

 

to be continued




※解説
メラ:皆さんご存じ、呪文の初歩の初歩。敵1体に火の玉をぶつけてダメージを与える。スライム以上のHPがある奴だと効果は微妙だが、魔法使いは他に攻撃手段がないので使うしかない。ゲーム以外の描写では火起こしやたいまつの着火にも使われる便利呪文。今回の修行シーンは少年Jの某漫画のオマージュ。杖で殴られるまでがセット。
ベギラマ:敵を閃光で包み込んで焼き払う、ギラ系の中級呪文。覚えたての頃は敵の一掃に活躍する人気の呪文。このお話では術者の意識により形状を変化できる設定。
ちなみに余談だが、ドラクエ初期では雷の呪文で、詠唱も「炎よ雷よ、我の元へ集え」となっている。閃光により炎を起こす設定になったのはⅢから。アベル伝説の中では初期は雷で、後期は炎の描写になっている。ちなみにさらに余談だが、初期にムーアが放ったベギラゴンは黒い雷だった。え? それ何てドルマ?

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