【凍結】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

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前回のラストで急に時間軸がすっ飛びましたが、これから少し巻き戻してお話を進めていきます。え? ティアラと風の翼? アベルとモコモコ? ミミちゃん何言ってんの?
それは、これから明かしていきます。
そろそろ、原作主人公サイドと接触しないと、何の二次創作だかわかんなくなりそうなので……(をい)。


第35話 弱虫エルフと優しい力持ち

 男が去ったあと、村はいつもの静けさを取り戻していた。しかし、その雰囲気は明るいといえるものでは無く、ものすごく暗いというわけではないとしても、どこかすっきりとしない、そんな空気に包まれていた。

 

――自分の子供が、モコモコのように空を飛ぶ実験に利用されて、大けがをしたら、あなた方はいったいどうするんですか?――

 

 広場で呪文を打つ前に、男が放ったその言葉は、村人達の、特に大人達の心の中にこびりついて、忘れようとしてもなかなか消え去ってはくれなかった。確かに何故、あんな危険なことを子供達にだけやらせて黙認していたのかと、後悔する者もいたし、よそ者が村のことに口を出したと憤る者もいた。しかしどちらが正しいのかといえば、男のいっていることの方が正論だ。それがわかっているからこそ、村の大人達は男に面と向かって言い返すことができなかったのだ。

 

「あ~あ、やっぱりなんかビミョーな雰囲気になっちゃってるなあ。一部私のせいなんだけど……。」

「気にすることないって、オイラ前にも言ったろ? あれはオイラ達の方が間違ってたんだって。」

 

 複雑な表情を浮かべているミミの肩を、あのときと同じようにぽんぽんと軽く叩きながら、アベルは笑って彼女を励ました。彼の言葉は、不思議と他者に力を与える。ミミは今は遠く離れた、懐かしい主人たちのことを思い浮かべていた。今日も空は青く、竜神湖(りゅうじんこ)から吹いてくる風は肌に心地よい。

 

「なんかアベルって、勇者みたいだよね。」

「え? いやいや、オイラなんてまだ弱っちいし、そう勇者っていうのは、アンさんみたいな人のことだよ、うん。」

「そうだね、あの人は多分、まぎれもない勇者なんだと思う。でもね、勇者の本当の力は、戦う強さにあるんじゃないんだ。」

「え?」

「お~い、2人とも~。」

 

 そんなことを話していると、村の方から呼ぶ声がして、振り返ってみると丸っこい人の姿が遠くに見える。次第に近づいてくるそれが見知った人物と知って、アベルとミミは顔をほころばせた。

 

「お、モコモコ、もう家の手伝いは終わったのか・」

「おうアベル、きっちり片付けてきたぞ、って、こらミミ、なんだよ、ま~た暗いこと考えてたな?」

「え、えっとぉ、だって……。」

 

 ミミはうつむいてもじもじと、何やら聞こえない言い訳をぶつぶつと口にし始めた。モコモコは苦笑しながら、彼女の桃色の髪を、その大きな手で撫でてやる。アベルも苦笑しながら、そんな2人の様子を穏やかに眺めていた。こんな風景も最近は見慣れたものである。大柄なモコモコと、小柄なミミは一見すると兄妹のようにも見えるが、ミミはエルフであり、モコモコの10倍は長く生きている。そんな彼女が、モコモコの家に住み着いて一緒に暮らしているというのは、端から見れば信じられないようなことだった。ミミは大多数の人間が持っているエルフに対するイメージ――プライドが高く他種族を、特に人間を見下している――からはかけ離れた存在であり、その点だけでもアリアハンの村人を驚かせるには十分だった。加えて、幼い外見ではあるが、間違いなく美少女と形容して差し支えないミミが、お世辞にも美形とは言い難いモコモコと生活を共にしていることに、村の者たちは首をかしげた。しかし、エルフ達は皆、人間から見れば整った顔立ちと抜群のスタイルを誇っているが、彼ら自身は自分たちの外見をさほど重要視してはいない。彼らは種族特性ともいえる膨大な魔力をコントロールするため、精神のあり方に重きを置いている。見た目をどうしても気にしてしまう人間とは評価基準がそもそも違うのだ。

 しかし、それにしても、内向的なミミが、いかにして、辺境の村の少年とここまで親密になったのか、それは気になるところである。

 

「何、笑ってんだよアベル。」

「あ、いっやあ、ずいぶんと中良くなったもんだなあってさ。ミミがこの村に来てからいろいろあったから、時間の感覚がおかしくなってんだよな。」

「オラもなんかいっぱいあったから、頭ん中わやくちゃだ。ミミがこの村に来てからどれくらい経ったんだっけな?」

「えっとね、だいたい三ヶ月、かな。」

 

 モコモコ、ミミ、アベルはその場に腰を下ろして、並んで竜神湖を眺めていた。今日もよく晴れた空は穏やかで、緩やかな風が頬を撫でる。隣に座る大柄な少年の体に身を預けながら、ミミはこの村に来てからのことを思い出していた。

 

***

 

 アリアハンの村の近くには深い森があり、モモが曰く薬草の宝庫だそうである。そんなうっそうと茂る木々の間を、とぼとぼと歩く小柄な少女がいた。桃色の髪を二つに結び、人間とは異なるとがった耳を持つ、彼女はエルフである。

 

「ううっ、やっぱり暗いし怖いよう。」

 

 薬草の採取くらい1人でできると張り切って飛び出してきたのは別にいい。彼女は見た目は12~14歳前後だが、もう百数十年を生きている。1人で薬草採取くらいどうということはない、はずである。

 

「ご主人様のためにも、がんばらなきゃ。」

 

 数週間前、ドムドーラの町が沈んでから、彼女の主人である夫妻には休暇が与えられていたが、彼らは数日休んだ後にすぐ、それぞれの成すべき事を定め、行動を起こした。アンは騎士団を鍛え直すため登城し、ヒカルは魔王についての新たな見識を広めるため、師匠ザナックの元を訪れた。数日間老賢者の住まいに滞在し、古文書など様々な資料を調べていた主人は、何か目的を定めたようで、一冊の本を師匠から借り受け帰路についた。

 、その帰り道、たまには景色でも見ながら帰ろうという気まぐれで、ヒカルと彼に同行していたモモとミミの姉妹は、歩いて山を下りることにした。後で考えれば、これがいけなかった。森に潜んでいたモンスターに不意打ちされ、強制転移呪文(バシルーラ)をもろに受けてしまった3人は、敵が何者かを確認するまもなく空高く放り出されてしまったのだ。幸い、とっさにヒカルが唱えた飛翔呪文(トベルーラ)により、墜落死は免れたものの、術者である彼自身の姿勢制御が上手くいかず、勢いを殺しきれずに着地と同時に気絶してしまったのだ。

 何とか付近の村、アリアハンまでたどり着いて助けを求めたモモとミミは、主人を村の宿屋まで運んでもらい介抱した。幸いたいしたダメージは受けなかったらしく、半日ほどでヒカルは目を覚ましたが、これまでの疲労が一気に出たらしく、ふらついてすぐには起きて活動できない状態になっていた。モモの見立てでは2~3日の静養が必要ということだ。どうも着地の時のダメージのほかに、積もり積もった疲労が一気に出たらしい。そんなわけで、主人の一日も早い回復のため、姉のモモが使う調合薬に必要な薬草を採取するため、ミミは森へとやってきたのである。

 

「ええと、これとこれと、あ、あれも必要っと。」

 

 薄暗い森の中を、目当ての薬草を集めて回り、必要なだけかごに入れると、彼女は道端に座り込んで休憩を取り始めた。お弁当にと持ってきた自前のサンドイッチをほおばる。周囲を見渡してみても、うっそうと生い茂る樹木と、その根元に生える多種多様な野草の緑色で視界が埋め尽くされている。それらはいくぶん、心を落ち着かせる色ではあったが、やはり、ミミは暗いところが得意では無かった。

 

「あれ? おめえこんなとこで1人でなにしてんだ?」

「え? あれ、あなたは、村の人?」

 

 声のする方に顔を向けると、丸っこい体に丸っこい顔をした、筋肉質の少年が、背中に(たきぎ)に使うのだろう大量の木の枝を背負って立っていた。おそらくアリアハンの村の住人なのだろうが、村に来てまだ数日しか経っていないので、この少年のことを、ミミはまだ誰かしら無かった。

 

「おう、そういうおめえは村の(もん)じゃねえな? ん? でもど~っかで、見たことはあるような気が……?」

 

 そこまで言われて、そういえば主人を運んできてくれた大人達に交じって、目の前の少年がいたことを、ミミはぼんやりと思い出した。確か子供ながら大人顔負けの腕力の持ち主だったと記憶している。そういえば今も身の丈に合わないような大量の荷物を背中に背負っているのに、平然としている。

 

「ええと、この間はご主人様を助けてくれてありがとう。私はドラン王国のシャグニイル伯爵様にお仕えするメイドで、ミミっていうんだ、よろしくね。」

「あ、ああこの間の人のところの、ええと、伯爵って、確か偉い貴族様のことだよな、ええっと、オラはアリアハンの村の、モコモコっていいます、よ、よろしくおねがいします?」

「あはは、そんなにかしこまらないでよ、偉いのはご主人様で、私はただの使用人だから。」

 

 何やら急にかしこまって、慣れない丁寧語で挨拶する少年に、ミミは思わず吹き出してしまう。そして、なんとなく感じる優しげな雰囲気に、今までこびりついていた暗所に対する恐怖心が、少しずつ和らいでいくのを感じた。少年、モコモコはてへへと照れくさそうに笑うと、改めて短くよろしくと挨拶をした。そして、その視線がミミの持つ食べかけのサンドイッチに向いたとき、彼の腹時計も昼時を継げ、ぐうと音を鳴らした。

 

「ははは、オラも腹減っちまったな。隣で食べてもいいか?」

「うん、どうぞどうぞ。実は初めての場所だから、なんとなく不安だったんだよね。一緒に食べよ♪」

 

 モコモコは荷物を降ろし、腰に下げた革袋からやたら大きな包みを取り出した。それを開くと、子供の頭くらいもあるかというほどの、大きなパンが姿を現した。

 

「うわっ、それ全部食べるの?」

「おう、母ちゃん特性の『大きなパン』だぜ。」

 

 そりゃ見ればわかると、突っ込みそうになって、ミミはこの少年と普通に会話している自分に驚いた。メイドとしての仕事なら別だが、内気な彼女はプライベートでは五句近しい人間としか話をしない。いや、仕事だという建前が無ければ、面識のあまりない相手と会話することができないのだ。それは、相手の性別や年齢とは関係なく、だいたい誰にでも同じである。何度も向こうから話しかけられることが繰り返され、それでようやっと少しずつ自分から話しかけることができるという具合なのだ。だから、目の前の少年が十代前半と推察できるような年齢の相手だとしても、こんなに自然に会話できているのは異例のことだった。

 

 

 

***

 

 アリアハンの村の、今は人が住まなくなったという空き家の一室で、ベッドに横たわる男を心配そうに――もっとも、表情の動きが少なすぎて、ごく近しいもの以外には変化はわからないだろうが――見つめている女性がいた。ベッドの反対側には、女性がもう1人、何やらテーブルの上ですり鉢に入った緑色のものを混ぜている。

 

「やれやれ、やはり無理をしていたのか。だからもう少し休んでいろと言ったのだがな。私と違って人間は疲労が簡単にはぬけないというのに。」

「そうですね……よほど、この間のことが心に引っかかっていらしたのですね。」

「……それは私もだよ。どんなに力を得ようと、およばないことはたくさんある。それでも、自分ができることを突き詰めていくしか、今の私にはできないがな。」

「ふふ。」

 

 女性は薬を調合する手を止めて、ベッドの上の男性、ヒカルと、その傍らで彼の手を握っている女性、アンを見つめ、おかしそうに笑った。本当に、表面的な性格はずいぶん違うように感じられるが、根っこの所では2人ともよく似ている。

 

「きっと、旦那様も、同じなのだと思いますよ。」

「……そう、なのか? モモがそういうなら、そうなんだろうな。……さて、私は職務に戻る。すまないがヒカルを頼んだぞ。」

「はい、かしこまりました。」

 

 アンは名残惜しそうに、ヒカルの髪を撫で、その唇に、自分の唇をそっと重ねた。薬が効いて深く眠っているのか、彼女の夫は起きるそぶりを見せない。部屋の隅に立てかけてあった剣を装備して、アンは静かに部屋を出て行った。

 

***

 

 昼間でも薄暗い森の中を、小柄な少女とやや大柄な少年が並んで歩いていた。昼食をともにした後、モコモコも帰るところだというので、2人で一緒に村までの道を歩いている。道といっても、森の中を通る村人によって踏み固められた、他の場所よりは多少歩きやすい場所といった程度のものだ。気をつけて歩かないとぬかるんだ地面や、木の根に足を取られてたやすく転倒してしまう。来るときに何度か転びそうになったため、少し慎重に歩いているミミとは対称的に、もう何度も通って歩き慣れているのだろうモコモコは足取りも確かだ。

 

「きゃっ。」

「ととっ、大丈夫か? この辺足もとが悪いからな、気をつけろよ。」

「うん、ありがと。」

 

 転びそうになったところを、太くがっしりとした腕が抱き留める。そんなことが何度かあって、2人はどうにか夕暮れ前に、森の入り口まで無事にたどり着いた。まもなく、太陽は白から黄金職に変わり、村はいつもと同じ夕暮れ時を迎えるだろう。

 

「……! な、何アレ?!」

「う、嘘だろおい?!」

 

 しかし、森の入り口から少し歩いたところで、2人は異変に気がついた。なんとなく焦げ臭いような臭いが鼻を突き、継いで黒色の煙が多数上がっているのが目に入る。

 

「う、そ。」

「む、村が燃えてる?!」

「た、大変、モコモコ、私に捕まって、キメラの翼使うから!!」

 

 何が何だかわからなかったが、ミミが道具袋から何かを取り出すのを見て、モコモコは背中の荷物を放り出して彼女の腰にしがみついた。図的にかなり妙なことになっているが、緊急事態ゆえにそのようなことを気にしている場合では無い。

 

「おねがい、キメラの翼よ、私達をアリアハンの村まで連れて行って!!」

 

 ミミがキメラの翼を天高く放り投げると、それは赤い光を放ち、光に照らされた2人の体はぐんぐん空へ押し上げられていく。そして、翼から炎が吹き上がりそれが燃え尽きるのと同時、人間の少年とエルフの少女は、薪の束と薬草の詰まったカゴを残してその場から消え失せた。

 

「くきききき、逃げられたか。」

「なあに、あの集落でも仲間達が暴れている、すぐに家もろとも黒焦げだ、げひひひひ。」

 

 いつの間にか、薪の束の上に赤い炎、いや炎の形をしたモンスターがゆらゆらと浮いている。燃える炎のような、人魂のような体に、黒く目と口のようなものが浮かんで不気味なことこの上ない。

 

「けけけけ、メラ。」

 

 2体のうち片方の体から分離するように現れた小さな炎は、モコモコの残していった薪の束に燃え移り、やがて大きな炎となって荷物全体を包み込んだ。バチバチとはじける火の粉が薬草の入ったカゴに燃え移り、2人が残した荷物は数分と立たずに灰と化した。

 

***

 

 アリアハンの村の、森の入り口に近い集落で、炎の魔物ーであるメラゴーストと、村人達が攻防戦を繰り広げていた。しかし、2体しかいないはずの敵に対して、金属製とはいえ農具を持っただけの村人では分が悪い。とりあえず、何とか倉庫区画の被害だけに食い止めているが、このままでは居住区に攻め込まれて大変なことになってしまう。

 

「い、いててて、死ぬかと思った。……って、なんだよあれ?!」

「いたた、ごめん、焦ってたから着地が……、あ、あれって、魔物?! め、メラゴースト!!」

「魔物だって?! あんなやつ見たことねえぞ?!」

「と、とりあえずなんとかしなきゃ、氷の精霊よ! ヒャド!!」

 

 着地の衝撃に顔をゆがめながら、ミミは目の前の状況に対処すべく、呪文を唱えた。発動句のみのため不完全なそれは、それでも威力は十分で、2体いるメラゴーストの1体に命中し、その体を見事に消滅させた。しかし、残る1体は仲間が倒されたことに動揺するでも無く、及び腰になっている村人に向かって襲いかかった。

 

「うわあぁあっ、来るなあっ!!」

「あっ、ダメ、そいつに武器は!!」

 

 ミミが慌てて叫ぶが、その時にはもう遅い。村人の振り下ろした伐採用の斧は、メラゴーストを真っ二つに分断した。――したのだが――。

 

「げえっ?! そんなばかな?!」

「「メラ。」」

 

 あろうことか、分断されたメラゴーストはそれぞれまた同じような形になり、何と2体に分裂してしまった。やや小さくなっているようなので弱体化しているようだが、たとえ初級の火炎呪文(メラ)であっても、に発同時に撃たれたら村人など即死だ。

 

「ヒャダルコ!!」

「ぐぬっ? おのれ、エルフめ、先ほどから邪魔をしおって……!」

「長引くと不利……! お願い、氷の精霊たち、凍てつかせよ! 我の行く手を阻むものを極寒の嵐によりて殲滅せよ!!」

「ぬうっ?! これはっ!!」

 

 氷結呪文《ヒャド》」を1体ずつに放っていたのでは間に合わない、そう判断したミミは再度、範囲攻撃できる上位呪文を選択した。彼女の手から放たれた魔力は周囲の温度を下げていき、いつの間にか凍てつく吹雪となってメラゴーストに襲いかかった。

 

「ヒャダルコ!!」

「グ、オオアアァッ!!」

 

 不気味な断末魔と共に、魔物たちは冷気の中で消え失せ、魔法の嵐が止んだ後には霜を被ったオレンジ色の宝石がいくつか、散らばっているだけだった。

 

「あ、あぶなかった。」

「ほええっ、おめえすげえなあ。呪文なんてオラ初めて見たよ。……でも大丈夫か?体、振るえてるように見えるぞ?」

「だ、大丈夫、一度に何発も魔法使ったから、ちょっと力が入らないだけ……。」」

 

 片方は魔法を連射した反動で、もう片方は戦いのあまりの衝撃に、ドサリと地面に尻餅をついて、ミミとモコモコは無事を喜び合うのだった。

 

***

 

 村外れの、今は空き家になっている家の一室、ベッドから無理矢理に体を起こし、ふらつきながら部屋を出て行こうとする男を、傍らで必死に止めている人物がいる。しかし、男は制止の言葉に耳を貸さず、ゆっくりとドアの方へと歩みを進めている。

 

「だ、ダメです旦那様、今の状態で魔物と戦うなんて!」

「わかっている、けど相手は宝石モンスターだ。……村人じゃ手に負えない……! 今、村の外からも増援らしき奴らが近づいてる、?! 何だ? 消えた?」

「どうしたのですか?」

「村にいた奴らが倒された、どうなってんだ……。くっ!」

「旦那様!」

 

 男は床に膝を突き、忌々しげに窓の外をにらんだ。外の様子が気にかかるが、今の彼の状況では、行っても助けにはならないだろう。しかし、このままでは村の居住区まで責めてこられる可能性は十分にある。

 

「モモ、悪いけど行って助けになってやってくれ、オレの道具袋にあるアイテムを使って構わない。ここまで攻めてこられたらこっちも危ないからな。」

「はい、かしこまりました。」

 

 主、ヒカルの命を受け、従者のエルフ、モモは壁にかけられていた道具袋を腰にぶら下げると、足早に部屋を出て行った。

 

***

 

 倉庫区画に出現したメラゴーストを見事に倒したミミだったが、襲撃はそれで終わりでは無かった。追加で数体が遅れて現れたのだ。それだけであれば、彼女の有り余る魔法力(マジックパワー)があれば、もう一発ヒャダルコでも食らわせてやれば済んだことだろう。しかし、事態は草還丹には行かなかった。

 

「や、やっべえ、囲まれてんぞ……!」

「くっそう、モコモコ、お前とその嬢ちゃんだけでも……!」

「ダメだあ、どこにも逃げ場なんてねえぞ!」

 

 あろうことか、メラゴースト達は倉庫に蓄えられていた干し草を燃やし、それで村人とミミ、モコモコをまとめて包囲してしまったのだ。最初の戦闘に勝利して、気が抜けたところを一気に襲われた感じだ。悪いことに、メラゴースト達はその身体自体も炎でできているため、干し草の上に乗るだけでそれらは一気に燃え上がり、たちまち炎の壁を作りだしてしまったのだ。

 

「お、おいミミ、どうしたんだよ?!」

「火……こわいよう、みんな、燃えちゃう、おとうさん、おかあさん……。」

 

 モコモコにしがみついて、ミミは振るえて動くことができない。あの日、家事で燃えさかる家屋の中から主人を助け出したとき、克服できたと思っていた。だが、現実はそんなに甘くは無かったのだ。彼女の力は未だに不安定であり、その安定化は主であるヒカルの存在に依存していたのだ。周囲を炎で取り囲まれているこの状況では、どこにも逃げ場は無く、それは精神的にも肉体的にもそうであって、今の状況では彼女は力を行使できない。

 

「ミミ、しっかりしろ、ちっくしょう、オラも体が動かねえ……!」

 

 恐怖に駆られているのは何も彼女だけでは無い。まだ十代前半の少年であるモコモコにとっても、こんな状況は恐怖でしかない。行動を起こそうにも、足がすくんで動かない。しかしそれは無理からぬ事だ。周りの大人達だって似たようなものなのだから、彼が特別臆病なわけでは決してない。

 

「キヒャヒャヒャ、もう逃げ場はないぞ。どうれ、今のうちにその厄介なエルフから片付けてくれるわ!!」

 

 メラゴーストの1体が、燃えさかる干し草の束の1つかみを、ミミへ向けて投げつけた。その動きがやけに遅く感じ、それでも動けない彼女は終わりを悟った。自分が力を完全に使いこなせれば、この状況を一瞬で覆すことも可能だ。それは彼女にもわかっている。それでも、燃えさかる炎の壁の向こうに、今はもう滅んでしまった村と、失われてしまった家族や仲間達を減資してしまい、彼女はその力を行使することができない。

 

「ぎゃああ、あちちちちっ!!!」

「?! えっ? 何……? きゃ、モコモコ?! 何してるの?!」

 

 突然聞こえる少年の悲鳴に、遠ざかりかけていたミミの意識は急速に引き戻された。自分を包み込んでいるがっしりとした何かが、見知った少年のものであること、悲鳴の主が彼、モコモコであることを認識した彼女の頭は、冷や水を浴びせられたように急激に冷めていった。

 

「だ、いじょうぶか? へへっ、ぐっ、あっちいなあ、くそっ。」

「どう、して。」

「わっかんねえよ、ぐっ! ただな……。」

 

 もはや、火傷の痛みにうめく声も弱々しくなり、苦悶に顔をゆがめながら、恐怖に自分自身も震えながら、それでも太い腕でしっかりとミミを抱きかかえ、モコモコは歯を食いしばった。

 

「お、おめえが、よ、助けて、って言ってるような、気が、したからさ。お、女の子にはやさしく、しろって、母ちゃんが……。」

「モコモコ!!」

 

 抱きしめていた力が緩み、年齢の割に大柄な少年はその場に崩れ落ちた。その背中は焼けただれ、焦げ臭い匂いと血の臭いが鼻につく。

 ――自分は何をしていたんだろう。目の前の少年には戦う力なんてない。彼だって怖かったはずだ。それでも、出会って間もない自分を守るため、彼は体を張ってくれたのだ――戦う力があったはず、なのに、いつまでも過去に引きずられて前に進めない、ミミはそんな自分が情けなく、腹立たしい。

 拳を強く握りしめ、震える足を叱咤し、ミミは何とか立ち上がった。そして、周囲を取り囲むメラゴースト達をにらみ据え、普段の彼女からは到底想像できないような低い声で、短く能力の発動を継げた。

 

「吹き飛べ。」

「ケキャ? 何だと?!」

 

 次の瞬間、立ちはだかっていた炎の壁が、一瞬にして崩れ去った。動揺するメラゴースト達と、驚く村人達の耳に、りんとした詠唱の声が響いた。

 

「氷の精霊よ、凍てつかせよ! 我の行く手を阻むものに、鋭利なる白刃の嵐となりて吹き荒れよ!」

 

 膨大な魔力が練り上げられ、術者自身と周囲のものだけを避けるように展開されていく。青白い光はやがて、無数の氷の刃となって、状況が飲み込めず混乱しているメラゴーストの群れめがけて襲いかかった。

 

「ヒャダイン!!」

 

 周囲は一瞬のうちに冷気で白く凍り付き、メラゴースト達も、崩れてもなお燃えさかっていた炎さえもすべて、その形をとどめたまま氷像と化した。やがて、それらは音もなく砕け散り、周囲に白い蒸気が立ちこめた。

 

「モコモコ……。」

 

 極度の緊張状態から解放されたためだろう。ミミはまるで糸の切れた操り人形のように、その場にドサリと倒れ込んだ。

 

「お、おい、嬢ちゃん!! しっかりしろ!!」

「だめだ気絶してるぞ! モコモコ?! こりゃあひどい火傷だ、早く手当てしないと……。」

「大丈夫だ、私が治そう。」

 

 村人達が声のした方へ振り返ると、革の鎧をまとった女性戦士らしき人物がこちらに歩み寄ってくる。その傍らで、緑色のスライムがはねながら付いてきているのを見て、村人は初めはぎょっとしたが、戦士の顔がはっきりと見えると、その表情は安堵のため息に変わった。

 

「は、伯爵さんの奥さん……?」

「助けに入ろうと思ったんだがな、余計なお世話だったようだ。」

 

 女性は村人達の横を通り抜け、焼けただれた背中をむき出しにして倒れている少年の傍らまで歩み寄り、その背中に手をかざした。

 

「君の勇気を、確かに見せて貰ったぞ。……モコモコの血肉よ、その傷を癒せ、ベホイミ」

 

 女性戦士、アンの右手から淡く緑色の光が放たれ、モコモコの全身を包み込んでいく。まもなくして光が消え去ると、彼の体から一歳の火傷の跡は消え失せていた。」

 

「奥様!!」

「モモか、ちょうどよかった。薬を持っているなら皆の手当を手伝ってくれ。」

 

 遠くから息を切らせ、走ってくるモモに声をかけながら、互いの手をしっかりと握り、何処か満足したような顔を浮かべている2人――ミミとモコモコを、アンは優しいまなざしで見つめていた。

 薄れていく意識の中で、モコモコの身体が癒されていくのを見届け、ミミは安心して目を閉じた。はっきり認識したわけではないが、彼女にはわかっていた。もう大丈夫なのだと。

 

***

 

 バシャバシャという水音で、ミミがふと我に返ると、湖面から大きな魚が顔をのぞかせていた。それを見たアベルは傍らに置いていた銛を手に取り、獲物めがけて湖に飛び込んでいった。

 

」お、ちょっとぼーっとしすぎたかな、オラも夕食、狩りに行ってくるか。」

「ん、じゃあモコモコのお母さんと、お夕飯の準備してまってるから、あまり遅くならないでね。」

「おう。」

 

 手を振りながら遠ざかっていく少年の背を見送りながら、自分に新しい勇気をくれたその大きな背中を、見えなくなるまで見つめているミミなのだった。

 

to be continued




※解説
メラゴースト:本来、攻撃はメラ一発ですが、それ自体が炎みたいな体なので、自身の身体を使って火をつけることもできる設定にしてみました。ある意味燃料があればメラより凶悪かも。ちなみに火薬とかに特攻した場合自分自身も爆発四散してしまいます。

ミミとモコモコのエピソードは初期の構想時点から考えていました。根の優しい彼が主人公カップルに振り回されて日の目を見ないのはあまり好きな展開じゃなかったので、このお話では彼に美少女をあてがってみました。まあ人外ですけどね。
次回は、なぜティアラの発明品が燃やされるに至ったかを書いていきたいと思います。

次回もドラクエするぜ!!

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