【凍結】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

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ドムドーラの町は一刻を争う深刻な状態になってしまいました。ヒカルたちは町を開放できるのか? そして、なにやら不気味な策略が、背後で動いている気配が……。
いったい、魔物たちの目的はなんなのか? それが見えないまま、戦闘へと突入していきます。


第31話 砂漠の町の師弟、それぞれの死闘

 ドムドーラの町には、王都ほどではないが、災害などの非常時に使用される地下通路が整備されていた。それは西側の区画に建てられている教会から、北側のアネイルへ向かう街道に設けられた小さな休憩所とを結ぶものだ。地下通路と行っても、大人が1人、どうにか立って歩ける程度の高さと幅しかないそこを、ヒカルの灯す魔法の光だけを頼りに、一行は街中へ向けて進んでいた。

 

「マーニャ、この道は途中で分かれたりはしていないんだね?」

「はい、この通路は教会まで分かれ道はありません。ただ、割と複雑に曲がりくねっていたり、段差がたくさんあるので、足下には注意してください。」

 

 おそらく、侵入者に通路を見つけられたときの時間稼ぎなのだろう、分岐もしていないのにやたらと曲がり角があり、意味も無く階段を上ったり下ったりしなければならないなど、決して楽には通れないように作られている。この道を足腰の弱い老人や病人を連れて通るのはかなり困難といえるだろう。

 

「この先の階段を上れば、教会の地下室に出ます。」

 

 マーニャの案内に従って通路を抜けると、少し開かれた空間に出た。壁に備え付けられた燭台のいくつかには火が灯っており、上へと続く階段が確認できる。ヒカルたちはゆっくりと、慎重に上階へと登っていった。

 

***

 

 状況は最悪だった。外の様子を確かめるため、建物の影に身を潜めながら町の中を確認して回ったが、獣型の魔物たちがそこかしこをうろうろ歩き回っており、地下道を通らずに進むのは至難の業だった。あの狭い通路を、自力で移動できない者を連れて通るのはほぼ不可能だろう。本当に大人1人分くらいの幅と高さしかないから、担架に乗せて運ぶとか、背負って通るというのは無理がある。必要な物資を運ぶにも、大型の荷車や馬車などは当然使えないし、背負うにしても幅を取るものはダメだ。小分けして運ぶには人手が足りない。魔物を排除あるいは撤退させるためには戦力が圧倒的に不足している。トビーたち兵士団が住人の避難を優先したのは、直接戦っても魔物たちに勝てる可能性が低かったことも大きな理由だった。実際、魔物に見つかって戦闘となり、重傷を負った者たちが少なからず鋳る。何か打開策を打ち出さなければ、備蓄されている物資が底をつき、魔物にやられなくとも自滅してしまうだろう。

 町にいる人々は、グリスラハール私兵団の全滅を知らない。何買うまい手段を思いついて、地下道から逃げおおせたとしても、大漁の暴れザルの軍団に取り囲まれて殺されてしまう可能性があることを、今の彼らはトビーも含めて、知るすべがなかった。

 それでは何故、町の住民のほとんどが避難に成功したのか? 何故、マーニャは見つからずにアネイルまでたどり着けたのか? 何故、ヒカルたちは無傷でドムドーラの町に入ることができたのか? これらはただの偶然だったのだろうか?

 

「おお、トビー、戻ったか。王都から救援が来てくれたぞ。」

「え?! それじゃあ……。」

「無事だったか、トビー、ルナが心配していたぞ。」

「アン様!! シャグニイル伯爵様!! 来てくださったんですね!」

 

 安堵のため力が抜けて折れそうになる自分の膝を叱咤し、新米兵士はよく見知った男女の元へ小走りで駆け寄っていく。――彼らが来てくれたのなら、なんとかなるだろう。それほど、トビーがアンとヒカルに寄せる信頼は厚かった。

 

「おお、ルナではないか、なぜこんな所へ……。」

「神官長さま、ご無事で良かった。私にもお手伝いをさせてください。」

「ルナ?! どうしてお前が……!!」

「兄さん……、生きてる……! 無事で良かった……。心配……したんだから……。」

 

 目尻に涙をにじませて、しかしそれでも、幼い妹は気丈に、兄の無事を喜ぶのだった。怖くないかと言われれば怖い。しかし、彼女にとってはモンスターよりも柄の悪い人間の大人の方がよっぽど恐ろしい。モンスターに占拠された町の方が、人買いの馬車よりもよっぽどましだと、そう思えてしまうほど、あの体験は彼女の心に深く刻み込まれてしまっていた。

 

「神官長様からだいたいの状況は聞いたよ。トビー、お前が知っていることを俺にも教えてくれないか?」

「は、はい。わかりました。」

「私達は町の様子を確認してこよう、副長。」

「はっ、了解しました!」

「それはやめたほうが良いと思うよ。」

「え?」

 

 町の状況を自分の目で確認しようと、アンは部下達を引き連れ、この場を離れようとした。しかし、どこからか彼女と部下達を引き留める声がする。驚いて周囲を見渡してみるが、声のした方には人は誰もおらず、整然と積み上げられたタルの山があるだけだ。やがて何かに気がついたのか、アンはゆっくりと声のした方へ歩み寄っていく。部下達も、神官達も、トビーとルナも未知の存在に警戒しているが、ヒカルだけは何かを察したらしく、穏やかな笑みを浮かべているだけだ。

 

「姿を見せたら銅だ? この国では法さえ侵さなければ、種族を問わず入国は自由だ。」

「いや~、そうらしいけどぉ~。」

「ちょっと不安といいますか~。」

「は、恥ずかしいじゃん?」

 

 そんな声が聞こえた後、ややあって、タルの底から何か、光るものが見えた。最初は何か判らなかったが、次第にそれは形を見せ始め、全貌を現す頃には、アンの足下まで近づいていた。

 

「は、はぐれメタル?」

「ルナ、よく知っていたな。ふむ、全部で3匹か、これは珍しいな。」

 

 アンの足下にいる彼ら(?)は、銀色の不定型な形をしたモンスター、スライムの亜種で、世界でも目撃例がまれな希少種だ。ルナがその存在を知っていたのは、ひとえに彼女の日頃の勉学のたまものである。

 

「モンスター、なのですかな? 彼らは。」

「ああ、邪悪な気配はしないから、魔王の手先ではないだろうね。」

「じょ、冗談じゃないよ~、ボクらはただの通りすがりのはぐれメタル、あんなおっかない奴らと一緒にしないでよ~~。」

「そ、そうですよ。それでなくても人間の中には私達を見ると、メタル狩りだとか言って問答無用で襲いかかって来る方々もいるんですから、私達の方がいつもおびえて暮らしているんです。」

「それにしても王国の騎士にモンスターがいるっていう噂、本当だったのか。オレっちびっくりしちまったぜ。」

 

 ヒカルと神官長の話に割って入るように、はぐれメタル達は自分たちが無害であるとアピールする。どうやら三者三様の口調と性格のようだ。

 

「おっと、今は時間が惜しい。それでお前たち、私達を引き留めた理由を聞こうか……っとその前に、私はアン、ドラン王国騎士団二番隊の隊長をしている。そこにいる鎧を着た人間達は私の部下だ。それから……。」

「ああ、その子は知ってるよ~、トビー君だよねぇ、子供なのにすごいよね、大人の兵士さん顔負けの大活躍だからねぇ。あ、僕ははぐりんっていうんだ。よろしくね。」

「ええと、そちらは兵士さん達と神官団の皆さんですね、いつも見回りと治療お疲れ様です。私はゆうぼうといいます。」

「そっちの女の子はさっきの話からするとトビーの妹だったな、おっと、オレっちはスタスタだ、よろしくな。んで、そっちの旦那は……。」

「ヒカルだ。肩書きは王立魔法学院の校長、職業としては魔法使いかな。」

 

 はぐれメタル達は半固形体の身体を器用に動かしながら、自分たちの自己紹介をしていく。どうも、彼らはどこかで町の人々の動向を見ていたらしく、それなりに状況を把握しているようだ。

 

「それでお前たち、行かない方が良いとはどういうことなんだ?」

「うん、町の皆はどう思ってるか知らないけど、今まで脱出や偵察なんかが何事もなくできてたのは、たぶん奴らが故意に見逃していたからなんだよね~。でも、アンや騎士さんたちみたいな、そこそこ以上に強い人たち相手だと、ちょっとまずいことになるかもしれないな、って。」

 

 はぐりんが言うには、魔物たちはある強力な個体、ボスに統率されていて、人間達の動きはすべて、ボスとその取り巻き達に逐一報告されているらしい。さらに、地下通路の出口付近には暴れザルの集団が待機しており、逃げる者もいつでも襲撃できるようにしていたということだ。実際にはぐりんがその様子を確認しているから間違いないのだという。

 

「いやちょっと待て、隠れていても宝石モンスターの気配なら判る。殺気来たときは気配なんてしなかったぞ?」

「う~ん、それはわかんないけど、本当のことだよ? 現に、助けを呼びに行った兵士さんたちはやられちゃったみたいだしね。それに、みんな気づいてないみたいだけど、今まであいつらにケガをさせられた人たちは、偶然ああなったんじゃないよ。それこそ、ある程度以上強い人を狙って、死なない程度に加減して攻撃していたんだ。」

 

 はぐりんの言葉に、ヒカルははっとした。そういえば、急展開に飲まれて意識の端に追いやっていたが、確かに違和感はあったのだ。この町から脱出する際、グリスラハール私兵団だけが最終的に全滅し、ほかはすべて無事に町を脱出できている。マーニャも自分たちも、襲われることもなく隠し通路を通れているのに、私兵団だけが殺されているのは違和感がある。グリスラハール私兵団は確か、この世界の基準では精鋭揃いで、王宮騎士団とまではいかないが、そこいらの兵士よりはかなり強かったはずだ。そう考えると、彼らも一定以上の戦闘能力を持っていたために襲われた、とは考えられないだろうか。

 暴れザルの方は本当にいるのか、ヒカルたちには判らない。ヒカルがここへ来る間に、少なくとも町の外には邪悪な存在は感知できていない。そうなると、私兵団はたまたま、通りすがりのモンスターに襲われたと考えるのが自然だが、そうするとはぐれメタル達の話とは矛盾が生じる。しかし、彼らが嘘をついているようには感じないし、そもそも嘘をつく理由がない。

 

「ふむ、ボスか、どんな連中か知っているか?」

「おう、アレはトロルだな。今じゃめっきり見なくなったが、まあマジで強いから戦うのはやめといたほうがいい。オレっちのメタルボディでも、受けきれるかわからないくらい馬鹿力だからなあいつら。」

「スタスタノ言うとおりですね。それに、トロル達の中に1体だけ、体の色が違うのがいました。私はあんな緑色のトロルは見たことがないんですが……。」

 

 ヒカルははぐれメタル達の話を聞いていくうち、背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。トロルと言えば、ゲームでは終盤の敵のはずで、下手な注ボスよりも凶悪なステータスを誇っている。まさに打撃特化のモンスターであり、いくら突出した強さのアンがいるといっても、現在の物理攻撃と物理防御に難があるパーティ校正では倒すのはかなりきつい。それに、ゆうぼうの話が本当だとすれば、さらに状況は不利だ。

 

「ボストロールか……。」

「知っているのかヒカル?」

「へぇ、知ってるの? 凄いね君、ボクらあんなやつ見たことないよ。でも、ものすごく強いって事は感覚で分かるかな。この中で一番強いのはアンでしょ? ええと他は……、ヒカルと、トビー君、騎士さんたちは戦えると思うけど、全員でかかってもあれに勝野は厳しいね。申し訳ないけど、兵士さん達じゃ力不足だよ。」

 

 はぐりんの言うとおりだろう。トロルはⅢで、ネクロゴンドに生息しているモンスターだ。倒すためにはゲームのバラモスに挑めるだけのレベルでないと厳しい。複数体を相手にするならなおさら、今のメンツでは火力不足だ。サマンオサで注ボスを貼っていたボストロールなどは、1体でも勝野は不可能かもしれない。トロル数体とボストロールの組み合わせであれば、結果は言わずもがな、である。加えて、現在アンや騎士達の持っている支給品の域を出ない武器では、多勢でダメージを一気に与えて倒すという力押しも期待できない。

 それに、そもそも、この状況は敵に誘い込まれた可能性が高い。誘い込んで何をするつもりなのかが不明瞭なところが不気味ではあるが、今までの経験からしてろくな事ではないだろうと言うことだけは確かだ。そして、この事件の裏には間違いなく、デスタムーアの関係者が関わっているのだろう。

 

「しかし、これはまずいな。一刻も早く、この町から魔物どもを排除しなければいけないというのに。」

「排除?? 無理無理、桁外れの力でごり押ししてくるような脳筋ばっかりなんだよ? あれだけの数がいたら、中級以上の呪文を何発もぶつけないと厳しいよ。」

「トビー、外を見てきたんだろう? どんなモンスターがいたか、私達に教えてくれ。」

 

 アンに促され、トビーは先ほどまで、先輩の兵士達と見回って得てきた情報を、その場の皆に話して聞かせた。話が進む度に、周囲の空気が重たくなっていく。

 

「ええと、オレの知っているモンスターは、お化けアリクイ、あばれこまいぬ、メイジももんじゃ、大ネズミあたりですかね。暴れザルはオレも見てません。他にもいたと思うんですが……。」

「後はなんかやたら耳がでっかい青色のネズミやら、金色?のミミズの化け物、毒々しい色をした芋虫みたいな奴、それから真っ赤なカニみたいな奴もいましたね。我々は今まであんな魔物は見たことがないので名前まではわかりませんが……。」

 

 トビーの説明を補足する兵士の言葉から、ヒカルは敵側の戦力を計算する。暴れザルが目撃されていないのが気にかかるが、それを除けば中級呪文でも片付かないような強力なモンスターはあまり見受けられない。しかし、単体でさほど強くないからと言って楽観はできない。おそらく、問題は個体の強さではなく、その数だろうと予測が付くからだ。

 

「う~ん、トビーや兵士達が知らなかったモンスターは、エアラットにサンドマスター、どくイモムシ、ぐんたいガニ当たりだろう。どくイモムシの毒と、メイジももんじゃのヒャドにさえ気をつければ、地道に攻撃していけば倒せるだろうが、数の方はどうなんだ?」

「はっ、1種族につき少なくとも10体以上は目視できています。……実際はもっと多い可能性の方が高いかと。」

 

 兵士の言うとおり、少なく見積もっても100体近くの魔物が侵略してきたことになり、スライム島の時ほどではないが、統率しているトロル達のことを考えれば、脅威はあの時以上だと考えた方が良い。ムドーのときはたいした数の魔物とは戦っていないから、あの時のように後先の考え成しに魔法力(マジックパワー)道具(アイテム)などのリソースを投入するわけにはいかない。しかし、中途半端な方法では雑魚の数を減らすことが出来ずに苦戦するだろう。ヒカルはこの場をどう切り抜けるか、頭を悩ませるのだった。

 現在、ヒカルたちがいるのは教会の地下倉庫だそうで、薄暗いがランプの明かりが灯っていて作戦会議などはどうにか出来る状態だ。教会の外は魔物たちが定期的に巡回していて外に出るのは容易ではない。動けない人々は町のあちこちに散在しており、何とか監視の目をかいくぐって、動けるものが交代で食料などを届けているが、かなりの危険を伴うために頻繁には行えない。もともとこの地下倉庫には非常時の食料などが備蓄されてはいるが、それも底をつき始め、このままでは魔物に殺されるか餓死するか、救いようのない最悪の二択を迫られることになる。

 教会の外はすでに日が落ち、夜空に浮かぶ月と星だけが、やけに静かな砂漠の町を照らしていた。しかし、その静寂がかえって不気味さを演出しているのは、追い詰められた人々の心理状態のせいなのだろうか。

 

***

 

 東の空が白み初め、夜の闇が開けようとする頃、ドムドーラの町を掌握している魔物達――ボストロールとトロル達は、どこからともなく聞こえる異様な声に目を覚ました。それは人間達のものとはちがう、こもったような、なんとも計上しがたい異様な声だと、彼らは思った。

 

「天なる轟きよ、裁きの雷となりて降り注げ! 邪悪なる魔の軍門に降りし愚かなる者どもに鉄槌を!」

「何っ?! 呪文だと?!」

 

 今まで聞いたこともないような言葉に、戸惑うトロル達。しかし、明け方の空に差し込む光を何かが遮り、膨大な魔法力が辺り一帯を包み込む。危ないと気がついたときにはすでに、その呪文の発動句が響き渡っていた。

 

「ライデイン!!」

「い、いかん、回避か防御を……! ぐわあぁああっ!!!」

「いったい何がどうなって……ぐぎゃあぁあ!!」

「うろたえるな、状況をほうこ……ぐげほぉおっ!!」

 

 トロル達は決して頭が悪いわけではない、他の悪魔たちに比べればやや脳筋ではあるが、平均以上の頭脳を持ち、主の命令を的確にこなす優秀な部下である。しかし、彼らにだって知らないことはある。夜明けと共に町全体が電撃呪文(ライデイン)の標的になるなど、予想して対処しろという方が無理というものだ。

 

「ぐ、ううっ、これしきの攻撃で、我らを倒せると思うなよ……!」

「じょ、状況を確認しろ、町の様子はどうなっている?!」

 

 さすがと言うべきか、ライデインに打ち抜かれてもなお、トロル達は健在だった。攻撃呪文の一発くらいでは仕留められないほど高い生命力(ヒットポイント)も、彼らの特徴のひとつである。それは、およそこの世界では他に類を見ないほどだ。勇者専用とされる正義の光でさえも、その半分も削ることができない。しかし、彼らはともかく、町に展開された魔物たちはそういうわけにはいかない。ほどなくして、トロル達は驚愕の事実を知らされることになる。

 

「ぼ、ボス、大変ですぜ!!」

「どうした、何があった?!」

「ま、町に配置していた奴らが、ほ、ほとんど倒されちまった。しかも、騎士や兵士の連中が生き残った奴らを片付けはじめやがった!」

「ぐぅっ、仕方ない、暴れザルどもを迎撃に向かわせろ、もうこうなったら向かってくる奴は全員、始末しちまえ!!」

 

 ボストロールの号令で、トロルの1体が暴れザル達に命令を下すため、その巨体を揺らしながら、図体に似つかわしくない速さで駆けだしていく。自らの体から漂う焦げ臭い匂いに顔をゆがめながら、トロル達のボスである魔物は身体に気合いを込めた。

 

「ふんっ!」

 

 するとどうだろう。体のあちこちがボコボコと泡立ち、焼け焦げた部分がはがれ墜ち、その下から新たな組織が再生していく。ボストロールの名にふさわしい自動回復のスキルが発動し、程なくしてすべての傷は何事もなかったかのように消え失せた。

 

「なるほど、やはり一筋縄ではいかないか。」

「むっ、……さっきの呪文はてめえだな、スライムナイトのくせに生意気な……!」

「はあっ!!」

 

 そびえ立つ岩山のひとつから飛び降り、スライムナイトは目にも止まらぬ速さでボストロールに迫る。さすがにスピードではアンの方に分があるらしく、その太刀筋は見事に、巨大な魔物の胸を切り裂いた。

 

「ぐっ、なんだこの威力は、てめえただのスライムナイトじゃねえな?!」

「ボスを守れ! あいつを抑えるんだ!!」

 

 ボスが敵の速さについて行けないことを察した部下達は、その巨体を生かしてアンを取り囲み、力任せに押さえ込もうと行動に出る。さすがに巨大なトロル達に囲まれては、彼女も逃げ場を失って苦戦することは必至だ。

 

「大地の精霊よ、絡みつけ、ボミオス!」

「ぐぬおぉ?!」

 

 突如、足下から発せられた魔法の光に囚われ、トロル達の動きが極端に遅くなる。しかし、素早さを下げる減速呪文(ボミオス)も、すべての敵に効果があったわけではないようだ。

 

「しゃらくせえっ!! このまま叩き潰してやる!!」

 

 呪文の束縛を逃れた2体ほどが、手にした巨大な棍棒をアンに向かって振り下ろす。彼女はそのすべてをかわし、いったんトロル達から距離を取る。しかし、この攻防は時間を稼ぐには十分だった。

 

「くっ、やはりか……。」

「自動回復、当然と言えば当然か。」

 

 アンが切りつけた胸の傷は、すぐにその周囲が泡立ち初め、数秒後には何事もなかったかのように塞がってしまった。アンの攻撃力をもってしても、自動回復を上回るダメージを与えることは難しいようだ。もっとも、彼女の装備している剣が未だに破邪の剣であることを考えれば、この結果は驚くべきものなのだが。

 トロル達から距離を取り、並び立つアンとヒカルは2人だけだ。二番隊の部下達も連れてきてはいるが、アンがあの状況では参戦してもたいした戦力にはならないだろう。わかってはいたことだが、この実力差はいかんともしがたい。アンの一撃でも、ヒカルの最大攻撃である火炎呪文(メラミ)でも、トロル1体を倒しきるためには数発を打ち込まなければならない。部下達でさえそうなのだ、自動回復を持つボストロールはメラミのダメージ程度なら瞬時に回復してしまう。仮にもう一撃ライデインを放っても、トロルのHPを削りきることは出来ないだろう。それ以前に、あまりにも広域にライデインを行使したため、元々たいして多くないアンのマジックパワーは底をつきかけていた。

 

***

 

 驚くべき光景が展開されていた。兵士達は皆、信じられないものを見たという表情をしている。それは半分に分かれてこちらについてきたアンの部下である二番隊の騎士達も同じようなものだ。彼らの眼前では疾風のごとき速さで剣を振るい、町のあちこちに散らばっている、ライデインの直撃を免れた魔物たちを次次と片付けていく1人の兵士の姿があった。それは、この世界の一般的な強さの基準をとっくに超えていて、速さだけならばもはや人外の領域だ。しかも、それがまだ12歳の子供によって成されているなど、到底信じられないことだった。

 

「せいやあっ!」

 

 目にも止まらぬ剣劇が、お化けアリクイの身体を真っ二つに切り裂き、小さな宝石へと変える。普通の兵士ならば2撃は与えないと倒すのは難しい。しかし、トビーはたった一振りで、そんな相手を瞬殺してしまったのだ。

 

「トビーばかりに無理をさせるな、周囲をくまなく警戒、敵は1体ずつ確実に始末しろ! 1人で無理なら複数でかかれ!!」

「「「「「了解!」」」」」

 

 先に動いたのはトビーの所属する兵士団だった。体調の号令で2~3名ずつの小さな集団をいくつか作り、トビーの回りに散会して警戒に当たる。もうかなりの魔物を倒したはずだが、あとどれくらい残っているかは未知数だ。

 

「我らも後れを取るな! 可能な者は呪文の併用とバスタード・ソードの使用を許可する! 時間をかけるな、一撃で仕留めろ!」

 

 二番隊副長の鋭い声で、何人かが杖を抜き、また何人かが背中の大剣に手をかけた。こちらは一気にダメージを与えて決着をつける方法を選んだようだ。

 

「ククク、バカな人間め、暴れザルどもよ、奴らを全員始末しろ!!」

「グオアァア!!」

 

 どこからか発せられた声に従うように、暴れザルが1匹、2匹と現れ、トビーたちを取り囲んだ。いったいどこに潜んでいたのか見当もつかない。しかし、その危険性は熟練した戦士である彼らには一目瞭然だった。

 

「て、撤退しろ、我らの手には負えん!」

「グルルルル……。」

 

 いつの間にか、トビーたちは皆、暴れザル達に取り囲まれ、じりじりと方位を狭められている。このまま接近を許せば、逃げることさえ不可能になってしまう。兵士団と騎士団の反応は速かった。全員が各々の判断で、暴れザル達の合間を縫うように離脱していく。巨体が反応するにはある程度のタイムラグがある、そう考えての行動だったが、それはやはり、魔物の本当の恐ろしさを知らないと言わざるを得ない行動だった。

 

「グワアァア!!」

「ぐはっ!!」

「な、速……! げほっ!!」

 

 振り抜かれた剛腕に弾き飛ばされ、何人かの兵士が地に服す。騎士達は何とか暴れザルの攻撃を回避し、輪の外へ抜け出している。しかし、兵士団の者たちとトビーは未だに暴れザルの包囲網の中だ。

 

「ば、かやろう、トビー、何で逃げなかった?!」

「すみません隊長、仲間を見捨てて逃げるなんて、オレには出来ません!!」

 

 隊長に向かって振り下ろされた暴れザルの腕は、トビーの剣によって阻まれている。しかし、剣が腕に食い込んでそこからダラダラと血を流しながらも、魔物は力任せに腕を振り抜こうとする。腕力だけならば今のトビーより、暴れザルの方がやや上だ。――やや上、ということ自体がすでに、驚くべきことなのだが。

 

「ら、ラリホー!」

「グ、オアァ……。」

 

 兵士団の中に、多少呪文の心得のある者がいたようで、彼が放った睡眠呪文(ラリホー)により、耐性を持たない暴れザルは戦闘中にもかかわらず意識を刈り取られ、その場にドスンと倒れ服し、大いびきをかいて眠りこけてしまった。しかし、トビーに向かってきていた1体以外は効果範囲に入っていなかったらしく、魔法を多少警戒して動きが遅くなっている物の、さらに包囲網を縮めにかかっている。

 

「隊長、剣、お借りします!!」

「お、おいトビー!! よせっ!!!」

 

 隊長の手からひったくるようにはがねの剣を借り受け、トビーは猛然と暴れザルの群れへ突っ込んでいく。それはやけになった無謀な突進かとも思われたが、決してそうではなかった。

 

「五月雨斬り!!」

「グ、オワァアッ?!」

 

 振り下ろされる無数の剛腕をかいくぐり、放たれた幾多の斬撃は暴れザル達を切り刻み、その体に傷をつけていく。あまりにも速すぎるために、巨大な魔物たちは対応が追いついていない。驚きの一声を上げた頃にはすでに、小さな兵士は先ほどと同じく、仲間達の前で剣を構え、魔物たちをにらみつけていた。

 

「グルルルル……!」

「やはり、威力が弱すぎるか……!」

 

 五月雨斬りによってつけられた無数の傷から血を流しながら、それでも魔物たちの動きが大きく衰えた様子はない。多数の敵に効果がある分、一撃一撃の攻撃が浅いため、決定打にならないのだ。しかし、だからといって、1匹に攻撃を集中したなら、残りの連中を自由にしてしまうことになる。現状、トビーには全体にちまちまとダメージを与えて、こちらに近づけないようにするしか策がなかった。それでも地道に攻撃していれば、いずれはダメージが蓄積し、倒すことが出来るだろう。――それまでトビーの体力が持てばの話だが。

 

「ホイミ。」

「ホイミ。」

「……ホイミ。」

 

「な、にっ?!」

 

 どこからか、回復呪文の発動句が聞こえたかと思うと、暴れザル達の身体を淡く緑色の魔法の光が包み、無数につけられた傷をみるみる回復していく。ほどなくして、トビーたちは再び、体力が全快した暴れザル達に囲まれることになった。

 

「ま、まずいなこりゃ、くそったれ……!。」

「おかしいですよ隊長、ホイミが使えるサルなんて聞いたことないですよ?!」

「トビーの言うとおり、暴れザルは呪文を使えないはずだ。いったいどうなってるんだ?」

「た、隊長、見てくださいアレを! 暴れザルの頭の上に、何か蒼くてちっこいのが……!」

 

 兵士の1人が指さす方を見て、トビーと隊長は同時に固まった。暴れザルの頭の上からひょっこり顔をのぞかせたモンスター、蒼いクラゲのような外見をしたそれは、この場ではこの上なく厄介な存在だった。

 

「ばかな、ホイミスライム、だと?」

 

 ドラゴンクエストのゲームをプレイしたことがあれば、誰もが知っているモンスター、ホイミスライムが、暴れザルの身体に隠れ潜んでおり、敵側の回復役(ヒーラー)を勤めていたのだ。ゲームのイラストではどこか愛らしい姿をしているが、今の彼らは邪悪な医師に支配され、赤く明滅するその目はどこを見据えているのか判らない。あまりにも不利な状況に、トビーは奥歯を噛み締めた。

 

to be continued




解説がない……だと?

ということで、トビー君とアンの両方にまたまた試練が……。回復持ちのアタッカーにどう対処するのか、ゲームでも悩まされましたよね。ホイミスライムなんて序盤はうざいことこのうえないです。
ちなみに、ボストロールの自動回復は100に設定してます。メラミのダメージが80程度なので、敵の回復力を上回ることができません。ちょっと強くしすぎたかな……どうしよう(汗)。

じ、次回もドラクエ、するぜっ!!

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