【凍結】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

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突発的に思いついたネタです。
あの世界にもクリスマス的な祭りがあったら、というお話。
作者がサーラちゃん推したいだけの外伝です。
時系列は現在の本編よりは前のお話になりますが、どこと明確に決め手は鋳ません。とりあえず別の時間軸のお話と思って読んでくださいませ。


外伝 姫様からの招待状(クリスマス特別編)

 シャグニイル邸の朝は早い。主人達が起き出すずっと前から、彼らの身の回りの世話が滞りなくできるよう、細心の注意を払い準備が進められていく。朝食の準備はもちろん、着替えの準備、それぞれの勤務先へ向かう馬車の手配など、数え上げればきりがない。主人達は元々、生まれついての貴族では無かったらしく、そんなにあれもこれもやらなくても構わないと常々言っているのだが、彼らに恩義を感じている使用人達は仕事の手を緩める様子はない。

 しかし、それにしてもずいぶんと早い時間から、屋敷十をせわしなく動き回る者達の姿が目立つ。今日は主人達はどこへも出かけないはずなのに、だ。精霊神(せいれいしん)がこの世界を想像するために降臨したことを祝い、感謝を捧げる「降臨祭(こうりんさい)」なるものがこの世界には存在し、前夜祭から本妻とその後始末のため、毎年3日間は祝日とされていた。それはドランの国だけでは無く、だいたい世界中でほぼ同じようなものだ。例外があるとすれば、遙か東の果てにあるというサムライの国倭国(わこく)では、独自の文化が栄えているらしかった。しかしそういったところは例外中の例外で、創造神が実在するとされるこの世界では、神に感謝を捧げる祭りは国を超え、世界中で最も尊いものとして重要視されていたのである。今日は前夜祭の日、当然ながらたいていの仕事は休みで、魔法学院も大多数の例に漏れない。王国騎士団はさすがに全員休暇というわけでは無かったが、シフトを調整し、最小限の人数で勤務できるよう取り計らわれていた。そんなわけで、アンの方も今日は一日出勤の予定はない。このように、主人達が休みの時は働く使用人の数も最低限で、動き出すのももっと後になってからだ。にもかかわらず、今日はいつにも増して人の数が多いような気さえする。

 

「う……ん。」

 

 薄明かりが差す部屋の中、巨大なベッドで大人二人に挟まれながら眠る幼い少女は、たまに寝返りを打ちながら何事か小さな寝言をつぶやいている。彼女を挟むように眠っている大人……男性と女性はまるで両親のようだ。女性の逆怒鳴りでは、少女よりもやや年齢が上なのであろう少年が、女性に背中をぴったりと寄せて眠っており、こちらは微動だにしない。そのうち、何かの拍子で伸ばされた少女の手が女性の胸元へ伸び、その柔らかい膨らみに軽く振れる。薄目を開けた女性は穏やかな笑みを浮かべながら少女を胸元へ抱き寄せ、再び目を閉じる。子供を授かることができないこの女性にとって、子供に求められるというのは戸惑うことも多かったが、この上ない幸せをもたらしてくれるものだった。屋敷内を人がせわしなく動いている気配がするが、もう少し眠っていようと思い、ほどなく彼女は再び浅い眠りに落ちていった。

 

***

 

 この世界における暦は、どういうわけかヒカルの元いた世界の太陽暦とほぼ同じものが採用されていた。原作で日付について明確に示されたのは第1話でアベルとティアラの誕生日が共に『青銅の年、赤の月、竜の日』であると明かされた一度きりで、それ以降は話題にすらならなかった。この世界の古文書に寄れば、青銅の歳云々というのは『|竜歴《りゅうごよみ』と呼ばれるもので、はるか昔には使われていたようだったが文言が長すぎて不便だったため、数字による表現に改められたようだ。暦年についてはそれぞれの地方でまちまちであり、テイル大陸はドラン王国歴が採用されていた。ちなみに現在はドラン王国歴1986年らしい。

 降臨祭は12月の23日~25日、ちょうどヒカルの世界でのクリスマスとほぼ同じ時期に当たる。この間、人々は仕事を忘れ、近しい者たちでパーティーを開いたりプレゼントを交換したり、教会で精霊神に感謝の祈りを捧げたり、死者の霊を慰めるために巡礼したりと、思い思いの時間を過ごすそうだ。ドランでは一般的に、24日は近しい者たちで会食などを楽しみ、25日はそれぞれが思い思いの形で精霊神に祈りを捧げるということだった。この日は王城の一角が一般開放され、王族とともに精霊神に感謝の祈りを捧げる催しが開かれる。催しと行ってもささやかなもので、短時間で住むものとなっており、城に勤めるものが家族や友人、恋人と過ごす時間をなるべく削らなくても良いように配慮されていた。ヒカルからすれば恐ろしくホワイトな、新品のシーツもかくやというほど真っ白な労働環境である。

 今日は12月の24日だ。王城の自室で、サーラは明日の式典の準備を済ませ、側近達と入念なリハーサルを済ませたところだった。時刻はもうすぐ昼、真冬でも暖かな太陽の光が降り注ぐバルコニーで、彼女はせわしなく動く町を眺めていた。

 

」姫様、婆やでございます。ご用命のものを滞りなく準備致しました。陛下からは、ご夕食をシャグニイル邸で過ごされても構わないとお許しをいただいております。」

「ありがとう、今年はまた人が増えたみたいだから、プレゼントの数を間違えないようにしなければね。」

「そちらは何度も数え直しましたので間違いないかと思われます。馬車はご昼食の後、出立できるよう手配しておきますが、それでよろしゅうございますか?」

「ええ、それで問題ないわ。よろしくお願いね」

「ははっ、かしこまりました。」

 

 老婦人はやや間借り気味の腰をさらに曲げてゆっくりと礼をすると、のろのろと退室していった。その後ろ姿を見送ってから、サーラは部屋の隅にある大きな姿見に全身を打つし、身だしなみを整えていく。鏡に映る自分の頬が緩んでしまっているのがわかり、彼女は少し顔を赤らめた。

 

***

 

 昼食を終え、食後の紅茶と茶請け以外はきれいに片付いた食卓テーブルを囲んで、数名が楽しげに談笑していた。シャグニイル邸の主であるヒカルと、妻であるアン、メイドのミミ、今日は料理長のマルトスの姿もある。アンの膝の上ではルナがクッキーをポリポリとおいしそうに食べている。時間の経過と共に彼女の精神状態も概ね落ち着いて、昼間であれば年齢相応のことができるようには成った。しかし、彼女の1日も早い回復を願い、アンは時間のあるときはいつもルナの傍らで見守っていることが多かった。ルナの方もアンといると安心するのか、彼女に抱っこをせがんだり、本を読んで欲しいと持ってきたりと、心を開いていった。兄妹を人買いから助けてから、まださほど時間が経過していないことを考えれば十分に早い回復といえる。兄のトビーの方も、最近は悪夢にうなされる回数もかなり減ってきているようである。

 

「いやあ料理長、昼飯から気合い入ってるね。もうお腹いっぱいだよ。」

「うんうん、すっごいおいしかった!」

「いやあ、旦那様やミミちゃんにそういってもらえると、こっちも作ったかいがあるってもんでさあ。夜はもっと気合い入れて作りますんでお楽しみに!」

「はは、あまり無理しすぎて倒れたりしないでくれよ。うちの厨房は料理長がいないと回らないんだから。」

「判ってますよ。去年は風邪引いて倒れちまいましたからねえ、今年はそんなへまはしません。」

 

 恰幅の良い体を揺らしながら豪快に笑うマルトスの姿に、ヒカルたちも楽しい気分になる。彼ほどの料理人は世界中探してもそうはいないだろう。もっと爵位の高い貴族からの勧誘もあったのだが、彼はそのことごとくを断り、信山社であるシャグニイル伯爵のお抱えとなったのだ。

 

「旦那様、お客様がお見えです。」

「ん? ああもうそんな時間か、どれ、お出迎えに行きますか。」

「そうだな、ルナもお出迎えに行こうな。」

「おでむ、かえ?」

「そうだ、とても大切なお客様が見えると、朝食の時に話しただろう?」

 

 部屋の扉に取り付けられたベルが鳴り、やや間をおいて入室してきたモモが来客を告げると、ヒカルはおもむろに椅子から立ち上がり、客を出迎えるため開いたままの扉に向かって歩き出す。アンはルナを抱いたまま、その後に続いた。

 

「ようこそいらっしゃいました、姫様。」

「出迎えありがとう、少しの間世話になります。」

 

 屋敷の門前に止められた豪華な馬車から、降り立った1人の少女は、存在するだけでその場の主役になれる、そんな不思議な魅力を持っていた。そんな彼女だったから、新しく伯爵家に加わった幼い同居人の視線は、自然と固定されてしまって、それに気がついたサーラはにっこりと笑って、ルナを抱いているアンに歩み寄り、幼子に声をかけた。

 

「はじめまして、お名前は何というのかしら?」

「あ、え……と、ルナ、です。」

「そう、私はサーラ、よろしくね、ルナ。」

 

 いっそう笑みを深くして、自分の頭を撫でるその姿に戸惑い、ルナはただじっと、サーラを見つめていることしかできなかった。

 

***

 

 昼時を少し過ぎた頃から、シャグニイル邸では夜の会食に向けて、使用人達がさらに慌ただしく動き回っていた。屋敷のエントランスホールには大小様々な箱が積み上げられ、食材だの装飾品だの様々なものが取り出されあちこちへ運ばれていく。そんな様子を楽しげに、ヒカルとアンは眺めていた。サーラもアンの隣で終始笑顔を浮かべ、使用人達の作業を見守っている。

 

「サーラ、ずっと立っていても何だ、上の部屋で休んでいても良いんだぞ?」

「いいえ、こんなおもしろいもの、お城では見られませんから。」

「おしろ? お姫様はお城から来たの?」

「そうよ。お城は大きくてきれいなところだけれど、とっても退屈なの。それから別にお姉ちゃんで良いわよ。」

「うん、サーラお姉ちゃん!」

 

 ルナは最初は緊張していたが、サーラが積極的に話しかけたためか、少しずつ受け答えをするようになってきている。姫の身分とか、立場とか、そんなものはよく分かっていないようで、言葉遣いもなっていないが、ことサーラに限っては、そのような態度をいちいち気にしたりはしない。ましてやここは彼女が父王と同じくらい信頼を寄せる夫婦の邸宅だ。ここにいる間だけは、サーラは姫では無く、ただの女の子として扱ってもらえる。使用人達もそのことをよく分かっているから、主を含めたこの館の者たちが仰々しい態度を取るのは門の外だけだ。粗い言葉遣いの中にも確かに感じる暖かさが、サーラは大好きだった。

 

「奥様、飾り付け用の木を運んできましたぜ、屋敷に入れるのを手伝ってもらえますか?」

「……また規格外に大きいのを持ってきたのか? そんなことは拘らなくても良いと言っているだろう。」

「いえいえそういうわけにはいきません。どの貴族様のお屋敷よりも立派な奴を、大陸十を駆けずり回って探してきましたんで。」

 

 やれやれ、とアンは苦笑しながら、男性使用人の後をついて外へ出た。そこにはどうやって運んできたのか、特注サイズらしい荷車に乗せられた巨木が幅をきかせていた。

 この世界では、降臨祭の時に精霊神が宿るための木を、敷地内に立てて飾り付けをするということが、特に上流階級の間で行われていた。その時に使用される木が大きければ大きいほど、御利益も大きいという。そんなわけで立派な木を立てて豪華な飾り付けをすることが、貴族にとって自らの権威を示すことに繋がっていたのだ。ヒカルもアンもそんなことには興味がまるで無かったが、毎年使用人達の方が盛り上がり、この有様なのである。

 

「しかしこれは……去年のものよりずいぶん大きいな。私1人では手に余るかもしれん。。」

「えっ、そりゃあ困ったな。」

「お、俺が手伝いますよ。」

 

 今回運ばれてきたものは巨木と言って良く、いかに常人離れした力を持つアンであっても、運び入れるのには苦労しそうだ。その時おずおずと、後ろからかけられた声に彼女が振り返ると、そこには大人が持つにも苦労しそうな大きな木箱を3つも重ねてしっかりと運んでいるトビーの姿があった。

 

「……よし、手伝って貰おう。その荷物をおいてきてくれ。」

「はいっ!。」

「急いで転ぶなよ。」

 

 先を急ごうとする彼に注意を促し、しっかりと大地を踏みしめるその後ろ姿を眺めながら、ようやく本来の元気を取り戻しつつある少年の姿に、アンは安堵のため息を吐くのだった。

 

***

 

 サーラは、1人の少年に見惚れてしまっていた。アンが主力だったとはいえ、巨木をエントランスに運ぶのを手伝い、立てられた木をするすると登って装飾品を手早く飾り付けていく。あっという間に美しく彩られたツリーが完成した。

 

「ふむ、トビーは身軽だな。疲れただろう、少し休んでいろ。」

「は、はい、そうします。」

 

 さすがに張り切りすぎたのか、トビーは崩れるように床に座り込み、肩で息をしている。

 

「ほれトビー、水漏ってきてやったぞ、今年はお前のおかげで早く片付いたよ、後で料理味見させてやるから厨房まで来いや。」

「は、はい、ありがとうございます。」

「はい、どうぞ、お疲れ様でした。」

「え、あ、ひ、姫様?! わざわざ、その、ありがとうございます。」

「まあ、そんなに堅苦しくしなくても良いのですよ? 私とあなたは同い年と言うではありませんか。」

 

 そんなことを言われても、姫様だという人に失礼なことはできない。それは一般人としては語句当然の感覚であり、悪い言い方をすればこの館の者たちの方が普通ではないのだ。トビーのその反応に、サーラは少し困ったような顔をしたが、すぐにまた柔らかな笑みを浮かべ、コップの中の氷水を飲むトビーの姿を見つめた。

 

「あ、えっと、俺の顔になんかついてます?」

「ううん、そうではないの、トビーはすごいのね、大人の人たちの手伝いをしっかりできるなんて。」

「ははは、体力だけは自信がありますから、親父に鍛えられたんで。」

 

 サーラはトビーが水を飲み終わったのを確認すると、それを受け取ろうと手を伸ばした。自分で持って行くと立ち上がろうとする彼から、やや強引にコップを受け取り、彼女は誰もが見惚れるような流麗な所作で、エントランスホールを後にした。残されたトビーは、サーラの後ろ姿をタダぼんやりと、見つめているだけだった。

 

***

 

 日が傾き始め、地面に伸びる影が長く伸び始めた頃、シャグニイル邸の大広間ではサーラが家中の者たちにプレゼントを配っており、ちょっとした騒ぎになっていた。王女から直接降臨祭のプレゼントを手渡されるなど、一般庶民はまず経験できないことである。この国における王族の国民的人気を考えれば、感動して泣き崩れるものがいたとしても不思議ではない。……まあこの館の者たちはサーラをある程度見慣れているから、さすがにそこまで大げさな反応をする者はいなかったが、それでも大喜びでプレゼント――中身は手作りクッキーだったらしい――を受け取る使用人達の姿を、ヒカルもアンも嬉しそうに眺めていた。一通りプレゼントを渡し終えて、非番の者たちの分を料理長がまとめてどこからか持ってきたこぎれいな箱に入れ、皆がそれぞれの仕事へ戻っていった後、サーラはヒカルとアン、トビーとルナの4名を呼び止め、それぞれに違う色のリボンがかかった小袋を手渡していく。

 

「これは私から、先ほどのものとは別に、ヒカルとアン、それからトビーとルナへの贈り物です。モモとミミには先に渡してしまいましたが……どうぞ受け取ってください。」

「サーラ、いつものことだが気を遣いすぎだぞ。」

 

 苦笑するアンに、サーラは静かに首を振ってみせる。そして、不思議そうに袋を見つめているトビーとルナに、優しく語りかける。

 

「トビー、ルナ、ヒカルとアンは私にとって、両親と同じくらい大切な人たちです。だから、この館に迎えられたあなたたちは、私にとって家族も同じ。だからそれを受け取ってくださいね。」

 

 自分の思いをもっと的確な言葉で語れたなら、とサーラは思う。彼女がヒカルとアンに寄せる信頼は、短い言葉では到底表せるものではない。かといって、言葉を並べすぎたのでは薄っぺらくなってはしまわないだろうか。それでも彼女は、新しくこの館に加わった住人に、自分の思いをいくらかでも知って欲しかった。そして、トビーとルナのことも大切にしたいと、本気で双思っていた。

 

***

 

 夜も更け、窓の外は深い闇に包まれ、町は静寂に支配されている。夕食をともにした後、サーラは城へ戻り、使用人達も今はほとんど帰宅して、館の中は昼間の騒ぎが嘘のように静かだ。ランプが灯る部屋で、同じテーブルに向かい合って、ヒカルとトビーが何やら話をしていた。

 

「そうか、サーラにそんなことを言われたのか。」

「どうしていいか判らなくて、あれでよかったんでしょうか?」

「ハハハ、サーラはちょっと突拍子も亡いことをすることがあるからな……。まあ、あいつが良いというならいいんだろうさ。」

「そんな、軽いですよ。姫様ですよ姫様。」

 トビーは、テーブルの上に置かれた封筒を眺めながら、はあとため息を吐いた。彼には経験が無いことばかりだったから、どうして良いか全く判らない。

 

「姫である前に、彼女も1人の女の子だ。」

「アン様。いや、まあ確かにそうですけど……。」

「ルナならやっと寝たぞ。今日は少し興奮していたようだったからな。トビーもいろいろと疲れただろう。」

「そりゃまあ、いろいろと。」

 

 アンは苦笑しながら、ヒカルの隣の椅子に座り、次いでテーブルの上の封筒に目をやる。。そして、中身を取り出して一読すると、さらに笑みを深くした。

 

「なるほど、確かにこれは驚くだろうな。おそらく前代未聞だ。」

「そう言いながら楽しそうな顔しないでくださいよ……。平民の俺にはもうどうしたらいいかわかんないんですから……。」

「サーラのことは嫌いか?」

「いや、そんなことないですけど……。」

「プレゼントも気に入ったみたいじゃないか。それははやてのリング、俊敏性を少しだけ揚げることができる、そこそこ優れもののマジックアイテムだな。」

 

 ヒカルの解説に、トビーはぎょっとしたように目を見開く。高価そうなリングだとは思っていたが、まさか魔法の道具(マジックアイテム)だったとは。魔法がかかったアイテムというのはそれだけで貴重品で、庶民が簡単に手に入れられるものではないのだ。

 

「なんで、そんな高価なものを……。ますます訳がわかりませんよ。」

 トビーが困惑するのも当然だろう。サーラとはほぼ初対面だ。一度、ヒカルが彼ら兄妹をシャグニイル家で保護するため、その許しを王に乞うために登城したときに会ったことはあるが、形式的に教えられた挨拶をしただけで、本当に"会ったことがある"だけである。それがなぜ、特別なプレゼントを渡され、このような手紙まで……。トビーの頭は混乱するばかりだった。

 

――春のはじめに、私の9歳の誕生パーティーが王城で開かれます。出席していただけますか?――

 

 一通の、お手製の招待状から始まる1人の戦士の物語は、まだその1ページ目すら、めくられてはいない。招待状を読み返し、少年が戸惑いながらも出席を決めたその時、運命は少しだけ、違う方向へ動き出したのだ。

 

***

 

 王城の自室で、お土産にもらったアップルパイを食べながら、夜空を見つめるサーラの心は穏やかだった。シャグニイル家に新しくやってきた兄妹は、サーラが想像もつかないような過酷な運命にさらされ、信じられないような奇跡の上に今があるのだと言うことを、つい最近まで彼女は知らなかった。確かに、最初に謁見の間で見たときの彼ら、特に妹の方は何かにおびえ、受け答えすらまともにできない状態だった。今思えば、人買いなどという非道な連中によほどひどい仕打ちをされたのだろう。それでも兄の、少年の方はしっかりと挨拶を交わし、まっすぐな瞳でこちらを見つめていたことを覚えている。そんな彼と今日は直接話せて、決して器用では無いけれど、言葉の端から感じられる暖かさに触れて、彼女は初めて、足りなかった何かが満たされたような気がしていた。

 サーラは王族として申し分の無い素養を持ち、それを磨く努力もしてきた。だからこそ多くの者に慕われ、皆の希望となり得たのだ。しかし、一方で彼女は寂しかった。王族としての特別な日々は、彼女に年頃の少女らしい喜びは何も与えてはくれなかったし、他者のように対等に語り合える友と呼べる存在もいなかった。何不自由ない生活をしていても、母親という大きな支えを失ってしまった彼女は、いつも1人でいるような感覚から、抜け出すことができないでいた。

 それでも、自分と同い年だという少年は、想像を絶するような運命にも心を折ることなく、どこまでもまっすぐに突き進んでいるように、少なくともサーラには思えた。だから、後から父王や側近達に何か言われるかもしれないけれど、どうしても彼を招待したくて、その場で髪とペンと封筒を借りて、即席の招待状を書いてしまったのだ。

 そもそも、勢いで普段はやらないようなことをしてしまったが、彼は来てくれるのだろうか。ずいぶんと恐縮していたようだったから、困らせてしまっただろうか? でも、トビーの中に感じた、自分にはない強さに、サーラは確かに心動かされていた。

 サーラは目を閉じ、心の中で精霊神に祈りを捧げる。彼女は知らなかったが、今は亡き母が、いつもそうしていたように、ドランの民達が幸せな降臨祭を迎えられるように、夜空に願いを込めた。

 ふと、ヒカルが言っていたことを思い出して、彼女は目を開け、シャグニイル邸がある方向を見つめて、彼が教えてくれた祝いの言葉を口にする。

 

「メリークリスマス。」

 

 それは遙か遠い異世界で、神の子の誕生を祝う風習が変化し、一般的なイベントにされたもの。ツリーを飾り、皆でごちそうを食べ……。眠りについた子供達の枕元へ、大人達はプレゼントを置いたりするのだ。

 サーラは知らない、自分の運命が、遠い遠い世界からやってきた1人の人間によって変えられていることを。それがこの先、彼女に何をもたらすのかは誰にも判らない。しかし、ひとつだけ確かなことがある。神聖な夜に込められるその願いは、たとえ世界が変わっても同じだ。大切な人を大切に思う、誰かの幸せを願うその心は変わらない。

 1人の王女が夜空に願ったその思いは、きっと届くだろう。今はまだ小さな思いでも、その思いを捨てないで、彼女が歩み続ける限り、支えてくれる多くの人々が、きっと、彼女の力になるはずだから。

 

Fin




初めて外伝を書きました。クリスマスに間に合わせるために大急ぎで書いたため、推考も校正もろくにしていません。読みにくい文章で申し訳ないです。
みなさんにも素敵なクリスマスが訪れますように。メリークリスマス!

って、25日ギリギリですやん(目そらし)。

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