【凍結】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

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ここから、原作キャラがぼちぼち登場しますが、アベルたち原作主人公組とはまだ出会いません。直接絡ませるかもまだ未定です。主人公1人が介入した程度では、彼らの物語の結末は変わらないので……。


第23話 雪の日の悲劇! せせら笑う悪意

 ドラン王都の入り口には、大きな関所が設けられており、朝から晩まで実に様々な者たちが出入りしている。人と表現しなかったのは、先の国王の布告によってこの都で暮らす者が人間だけではなくなったからだ。ピエール王は布告の後、時をおかずにスライム島のメダル王を国賓として招き、2人の王が友好条約を結んだことで、今まで正体を隠して行われていたモンスターたちの訪問が堂々とされるようになった。彼らのほとんどは戦いに不向きであり、人間に害を及ぼすのが難しかったこともあって、暴力的なトラブルは起こらなかったが、それでもモンスターに好んで近づこうとするものはあまりおらず、仕事として関わる役人や兵士、品物を売り買いする道具屋くらいが彼らの話し相手であった。

 その状況が変わったのは、ピエール王が2度目にメダル王を招いたときだった。メダル王のお供として、また移動のための瞬間移動呪文(ルーラ)の使い手として同行していたキメラのメッキーにサーラ姫が近づき、お友達になってと笑顔で話しかけたのだ。これにはメダル王やピエール王でさえも驚きを隠せず、メッキー自身もどう応対して良いか分からず一瞬固まってしまったほどである。

 

「え? おともだち? オイラと? う~ん、え~と、オイラは別に良いんだけど、……どうしましょうメダル王?」

「わっはっはっは、ピエール王よ、あなたのご息女はおもしろい子じゃな。サーラ姫、ぜひとも、メッキーとお友達になってやってくれ。」

「はい!! よろしくね、メッキー!」

 

 そんなことがあってから、王城ではサーラと一緒に遊ぶモンスターの姿がたびたび目撃されるようになった。最初はキメラ1匹だったのが、いつのまにかスライム、ももんじゃ、いっかくウサギ、ドラキー……など、その数や種類は1ヶ月のうちに十数種類、数にして30ほどにも膨れ上がっていた。もともと、公式行事以外であまり城外に出ることの無い彼女にはちょうど良い遊び相手だったのだ。彼女にしてみれば、その言葉通り友だちが欲しかっただけなのだろう。しかし、王女がモンスターたちと仲良くしているという噂は瞬く間に国全体に広がり、その頃から国民のモンスターたちに対する態度が少しずつ変わりはじめた。そして、年が明けて冬の終わりが訪れ、王女の8歳の誕生パーティの時、、城のバルコニーから民衆に手を振るサーラの姿に、人々は驚いた。彼女は胸元に1匹のスライムを抱いており、足下にはいっかくウサギが寝そべっていた。さらに頭上ではドラキーがパタパタと旋回し、背後には護衛の兵士と一緒に数体のおおきづちが並んで警護? している姿が確認されたのだ。そして驚くことに、どこからともなく現れたキメラの背に乗り、彼女は集まった人々の頭上をゆっくりと遊覧飛行して見せたのだ。

 この日のことが決定打になり、メダル王の関係者に限られるものの、モンスターたちは次第にドランの国民たちに受け入れられていくようになった。現在ではふつうに街中で人間とあいさつを交わしたり、子供と遊んだり、荷物運びを手伝ったりといった姿が散見されるようになった。式典でのパフォーマンスは大人たちが考えたものだが、サーラがモンスターたちに友だちとして接していたのは事実であり、他種族にも人間と変わりない態度で接するその姿は結果的に多くの国民の心を動かしたのである。

 しかし、いつの世も本当に恐ろしいのは怪物などでは無く、人間なのかも知れない。これから語られる話はそういう話だ。欲深く愚かで、同族さえ手にかける人間と、自然と共に生き、周囲に害をなさないモンスター、討伐されるべきは果たして、どちらなのだろうか?

 

***

 

 時が経つのは早いもので、魔法学院の開校から1年はあっという間に、それこそ飛ぶように過ぎていった。最初は何もかも手探りだった教育や学校経営も、翌年にはある程度形になり、二期生からは他国からの留学生も散見されるようになった。魔法の才能を開花させはじめた学生もちらほら現れ始め、そうでない者も膨大な魔法の知識を与えられ、学者の卵として一目置かれる者も出始めた。一度軌道に乗ってしまえば、あとは流れるように進んでゆくもので、もともとこの世界基準では国民の学問に対する意識が高かったことも手伝って、ドランにおいて魔法や魔法使いは広く一般に認知されていった。

 夏が過ぎ、秋も終わりに近づいた頃、ヒカルとアンはピエール王の計らいで7日間、つまり1週間の休暇を与えられることになった。結婚してからも仕事に明け暮れ、新婚旅行すらまともに行っていない夫婦を気遣った、ピエール王の配慮であった。

 そんなわけで、ヒカルとアンはとりあえず、ザナックの道場を訪れていた。テイル大陸は砂漠が多く、冬でもあまり寒くは無いが、中央大陸はだんだんと寒さが厳しくなり、暖かいものが恋しい気候になっていた。ザナックが昼食にと用意してくれた温かいスープを味わいながら、ヒカルとアンは久々に職務から離れてゆっくりとした時間を過ごしていた。

 

「いやぁ、こっちはやっぱり寒いですねえ。」

「ホッホッホッホッ、まあここは標高が高いからなおさらじゃの。ゆっくりあったまっていくと良い。まあ今でもお熱いお二人さんにはこの寒さもなんのその、かのう?」

「ぶっ、ザナック様、不意打ちでそういうネタをぶっこまないでほしいんですけど。」

「ほらほらヒカル、顔に汁が飛び散っているぞ、まったく仕方が無いな。拭いてやるからこっちを向け。」

「自分でやるからいいわ恥ずかしい!」

「ホッホッホッホッ、良い脳、若いというのは。」

 

 本人たちにはどの程度自覚があるか分からないが、端から見ればいかにも「新婚」なイチャつき具合を披露しながら、暖かい料理に満足し、二人は食後の茶を楽しむのだった。

 

「ときにヒカルよ。」

「何でしょうザナック様。」

「おぬしが前に言っておった、デスタムーアとか言う奴のことじゃが……やはりこの世界にはそれらしい記録は無い。」

「やっぱりですか。この世界に元々存在していたなら、過去の記録や伝承から不完全でも対抗策を考えられるかと思ったんですがねぇ。」

「おぬしはデスタムーアについて、知っておるようじゃの。

「はあ、知っていると行っても、俺の世界じゃ物語の中だけの存在ですからね。全く同じ個体とは考えにくい。もっとも、本当にデスタムーアがいるかどうかも、確証は無いんですけどね。」

 

 ヒカルはデスタムーアの存在する確率が高いとは考えている。しかし、それは予想の範疇を出ず、できればこの世界に少しでも情報があればと思ったのだが、そううまくはいかないようだ。

 

「ふむ、しかし、バラモスとは違う者が生み出した宝石モンスター、各地で起こる奇っ怪な事件、背後にうごめく影……、いずれにしても、本来の竜伝説とは異なる災いが、この世界に着実に迫っておる。それにの。」

 

 ザナックは一息に茶を飲み干すと、ふうと長めのため息を吐き、背後の窓を振り返りその先の景色へ視線をやる。抜けるような秋の空に、小さな雲がいくつか、ゆっくりと流れている。ほとんどの者たちは、いつもと変わらないように見えるこの空に、季節の変わり目を感じる程度だろう。

 

「この中央大陸でも、邪悪な気に充てられた者たちが何やら不穏な動きを見せて折るようじゃ。ヒカルよ、くれぐれも気をつけるのじゃ。特に、人間には、の。」

 

 向き直った老賢者の表情は、どこか愁いを帯びているような、そんな気がした。

 

***

 

 中央大陸の南に、ボンモールという小さな国がある。アリアハンの半分にも満たない小さな王都と、周囲に散在するいくつかの貧しい村からなるこの国は、立地が悪いこともあって通称も途絶えがちであり、住人は流出する一方だった。国民は貧困にあえぎ、王族や貴族ですら貧しい生活を余儀なくされており、この国の人々は誰もが、身を寄せ合うようにひっそりと暮らしていた。救いがあるとすれば、ボンモール王が圧政を敷かず、領民から税を搾り取るような貴族たちもほとんどいなかったことだろうか。だから、ボンモールの治安は国民の生活レベルを考えればかなり安定している方だと言えた。

 しかし、いくら為政者が圧政を敷かなかったと行っても、外から流れ込む悪意はどうしようもない。国力が弱っているような状況では、犯罪組織の取り締まりなどはおろそかになってしまうものだ。だから、現在この国が抱えているある問題がいっこうに改善しないのは、仕方ないと言えば仕方ないことだった。……当事者たちにとっては受け入れがたいものであったが。

 

「う、ううっ、なんでだ、なんでだよぅ……!」

「すまねえ、どうしようもなかったんだ、みんなが生き残るためにゃあ、どうしても……。」

 

 隣村へ続く街道に、がっくりと膝を落とし、地についた拳を握りしめ、しかし、少女の目だけは涙に濡れながらも、馬車の走り去ったその方角を見据えていた。まだ幼い彼女にとっては、あまりにも過酷な、受け入れることの出来ない現実だった。ほんの数ヶ月前まで、両親と、弟妹と、貧しいながらも幸せに暮らしていた彼女の傍らには、今や誰もいない。

 

「金、なのか……全部金なのか!! ……そうかよ、わかったよ、そんなにその金が大事なら、そんなもん、あんたにくれてやるッ!」

「お、おいよせ、やけを起こすな!!」

 

 男は慌てて少女の手をつかもうとするが、すばやい彼女を捕まえることはできずに、その手は空を切る。

 

「ば、馬鹿野郎!! 子供(ガキ)1人で何が出来るってんだ!!」

 

 男の悲痛な叫びが村中に響き渡り、さすがに何事かと村人たちが集まってくる。彼らは一様に疲れ果て、その表情には活力というものが全く感じられない。今年に限って不作、流行病などが続き、もはやこの村は明日食うものにも困る有様だった。だから、両親を失った子供たちの内、十に満たない幼子だけを高値で買い取るという人買いの言葉、提示された法外な金額に目がくらんだとしてもやむを得ないことだった。そう、それが幼い兄弟を引き離し、彼らの心に大きな傷を残すものだとしても、彼らにとってはやむを得ないことだったのだ。まだ8歳の男の子と、6歳の女の子、彼らは大好きな姉から引き離され、古びた馬車に乗せられて連れて行かれた。

 この日、村一番のお転婆娘、気は強いが気立ての優しい、十歳になったばかりの少女が1人、売られたわけでも無いのに村から姿を消した。

 

***

 

 ザナックの道場で1泊した後、ヒカルたちはホーン山脈を南へ下り、小国ボンモールを目指してゆっくりと馬車で旅をしていた。馬車と行っても商人が使うようなごくありふれたもので、仮にも爵位を持つ貴族が乗るようなものでは無い。それでも途中知り合ったピンク色の珍しいドラキー、ドラみを仲間に加え、それなりに楽しい道中を過ごしていた。

 

「う~ん、少し冷え込みが厳しくなってきたな。」

 

 ヒカルは馬車内に持ち込んだ火鉢に手をかざしながら暖を取っている。最初の2日ほどは季節の割には暖かい日が続いていたが、三日目から急に気温が下がり、いつの間にか空は白い雲で覆われはじめていた。

 

「ヒカル、それにしてもこの火鉢という奴は便利だな。これのおかげで馬車の中は外より数段暖かい。しかし、まだ少し寒いな。

「おい、さっきからどこを触ってるんだおまえは。それにスライムナイトは暑さも寒さも関係なく、雪の中でも問題なく活動できるはずだよなあっ?!」

「男の一番暖かいところはここだと思ったのだが、ダメか?」

「あのね、ドラキーとは言え、向かい側に女性がいるのですよアンさん。」

「きゃ~、新婚、ラブラブ、見てるこっちが恥ずかしいわあ~。」

「ドラみさん? その割には近寄ってきてガン見してますよね?」

 

 そんなやりとりをよそに、馬車はゆっくりとだが街道をボンモールへと進む。彼らは扉を閉めた馬車の中にいるためにまだ気がついてはいないが、いつのまにかちらちらと雪が舞い落ちはじめ、あたりは次第に冬の寒さに包まれていった。

 

「ちっ、ふざけててもやっぱ気分悪りぃわ、クソ人買いどもが……!」

「ああ、さっきの村もひどい有様だったな。両親が亡くなって身寄りの無い子供を買っていったとか。」

「人間ってほんとう、お金ないとな~んにもできない生き物だね、やんなっちゃう。」

 

ヒカル、アン、ドラみは昨日宿泊したテンペという小さな村のことを思い出していた。弱肉強食を基本とするファンタジー世界において、弱い者は死ぬ。病気だったり、モンスターや獣との戦いだったり、食糧難だったりと、原因は様々だ。病気以外は現代日本のサラリーマンだったヒカルにはなじみのないものだった。だから、そういう状況にさらされるというのがどういうことなのか彼には分からない。しかし、親を亡くした子供を金で売り払うという神経だけは、彼にはどうしても受け入れがたいものだった。

 

「旦那型、ちょいといいですか?」

「ん?どうかしたのか?」

 

 不意に馬車が止まり、御者の男が扉を開けて顔をのぞかせた。その身体にはうっすらと白いものが積もっている。

 

「そこの防寒具をとってもらえませんかね、こりゃあ本格的に降り出しそうだ。馬が寒さでうまく進まねえや。」

「ああ、悪いね1人で寒い思いさせて、どこか休憩できる場所はこの辺にあるかい? ほらこいつだろ? 防寒具。」

「おっと、こりゃどうも。もう少しで森の休憩所に着くと思いますが、馬がこの調子なんでちょいと時間がかかるかもしれません。」

 

 御者は防寒具を受け取ると、自分の体に付いた雪を払い落とし、手早く着込んだ。白い息を吐きながら持ち場に戻ろうとする男に、ヒカルは小さな袋を差し出した。

 

「んじゃこれ、馬に食べさせてみな。それからあんたも食べときな。休憩所についたら少し休んで暖を取ろう。」

「へい、そうしやしょう。……って、こいつは、炎の実じゃないですか?!」

「ああ、北方大陸からの輸入品だよ。念のために用意しておいてよかった。あんたもそれで寒さをしのぐといい。まだたくさんストックしてあるから、足りなくなったら言ってくれ。」

 

 御者の男は了承の意を告げると、扉を閉めて出て行った。程なくして馬車は再びゆっくりと動き始め、ヒカル一行は雪のしんしんと降る街道を進んでゆくのだった。

 

***

 

 少年は絶望しかけていた。降りしきる雪が馬車の中まで入ってくることは無いが、外との気温差はほとんど無い。粗末な毛布に包まれて縮こまるその体は、すっかり痩せ衰え、冷え切っていた。

 最初にこの馬車に乗せられたときはもう訳が分からなかった。自分と妹の名を叫びながら涙を流し、馬車を追いかけてくる姉。しかし、馬車の速度に追いつけるはずも無く、その姿は次第に遠ざかり、見えなくなった。いったいなぜ、自分と妹だけがこの馬車に乗せられたのか、まだ8歳の少年が理解するには少しの時間が必要だった。

 それを知ってしまったとき、少年は頭の中が真っ白になった。村人たちが生活に困り、身寄りの亡くなった自分たちを金で売り払ったのだと分かったとき、怒りよりも衝撃の方が大きかった。そして自分は捨てられたのだというどうしようもない事実が、彼の心を締め付けた。そこから先は、もうどうやってここまで来たのか覚えてなどいない。さまざまな町を経由し、同じく金で買われてきたのだろう子供たちと同じ馬車に乗せられたり、また別れたり、そんなことを繰り返した。そして、今この馬車の中は彼と、彼の幼い妹の2人だけになっていた。

 少年はこの年齢にしては強い心を持っていたし、身体も元々丈夫な方だった。彼1人であったなら、スキを見て逃げ出してどうにか1人で生きて行くことができたかも知れない。生き残れる可能性は高くは無いが、人間を売り買いするなどと言う同じ人間とは思えない連中に良いようにされるくらいなら、彼にとっては逃げ出してモンスターの餌食にでもなった方が何倍もましだったかも知れない。しかし、彼にはそんな一か八かの行動に出られない理由があった。

 

「しっかりしろ、大丈夫だからな。」

「おにい、ちゃん……。」

 

 彼の隣で体を横たえている幼い少女は弱々しい声でかろうじて答えるが、顔面蒼白、目はうつろで有り、一目見て健康体で無いことが見て取れる。もともとあまり体の丈夫では無かった彼の妹は病にかかり、その命の火はもはや、風前の灯火と言って良かった。

 少年は何度も、妹にだけでも温かい飲み物や食べ物を分けてくれるように、柄の悪い周りの大人たちに必死に頼み込んだ。しかし、そんな少年と、病に苦しむ彼の妹を見ても、大人たちは嘲笑するばかりだった。それでも諦めず、何度も何度も頼んだが、うるさいと怒鳴られ、殴られ、わずかに与えられていた食べ物さえも頻度が低くなり、少年はすでに、身も心もボロボロになっていた。

 

「くそう、どうすりゃいいんだ、どうすりゃあ……!」

「おにいちゃん、いいの……。」

 

 少女が諦めの言葉を発し、そのまぶたがゆっくりと閉じられていく。しかし、もはや少年の心は折れかけ、かけるべき言葉も口からは出てこない。度重なる肉体的、精神的疲労と暴行によるダメージで、少年の心は折れる寸前だった。

 

「ええ? 旦那型、本当にお買いになられるんで? さっきも言いましたけど、もう売れ残りの死にかけのガキが2人いるだけですよ?」

「……構わないさ、子供の体は死体でもその筋には高く売れるからな。」

「そうですかい、へへっ、お代の方はぐんとお安くしときますんで……。」

 

 不吉な会話が終わると同時に、馬車の扉が開き、小柄な男が乗り込んでくる。旅人の副の上からコートを羽織った、何の変哲も無い優男のように見える。しかし、少女は言わずもがな、少年の方にももはや、これ以上運命にあらがうだけの気力はほとんど、残されてはいなかった。

 

「おい、買取は確定だが、身体の状態を確認させてもらうぞ、少し魔法を使うから、集中するために扉を閉めさせて貰うからな。おい、連中に代金を渡してやれ。」

「ああ、わかった。」

「こ、こりゃあずいぶんと重てえな、な、中身を確認しても構わないですかい?」

「ああ、構わないよ、よっこらしょ、と。」

 

 小柄な男は馬車の扉を閉め、薄暗いその空間の済の方で身を寄せ合うようにして振るえている子供たちに近づいた。先ほどの話の内容は聞こえていたのだろう、少年はびくりと肩をふるわせ、恐怖に染まった表情で男を見ている。

 

「……心配するな、必ず助けてやる。ただし、奴らに気づかれると面倒だからな、そっちの女の子の方は急がないと死んでしまう、無駄な時間はかけたくない。」

「え、あ……。」

「答えなくて良い、奴らに感づかれないように、指示は最低限しかしない。……その子はお前の家族か?」

 

 小声で話す男の言葉に、少年は目を見開いた。何とか応答しようとするその声を遮り、男は少年の傍らの少女の身元について尋ねてきた。少年が小さく頷くと、男は優しい笑みを浮かべ、懐から小さな袋を取り出し、その中から小さな木の実を2つ取り出し、少年の手に握らせた。

 

「それを食べれば少しの間寒さをしのげる。その子はもう飲み込めないかも知れないが、かみ砕いて口移しすればまだ何とかなるだろう。出来るな?」

「はい。」

 

 弱々しい声だが、その返事は男にはしっかりと届いていたようだ。少年は炎の実を一つ口に入れ、咀嚼すると、傍らに横たわる妹の体を優しく抱き起こし、口移しでゆっくりと飲ませていく。少女の喉が何度か動き、実が飲み下されたことを確認すると、少年は残るもう一つを口に含み、今度は自分が飲み下した。それを確認した後、男は少女の傍らに座り込むと、その体を抱きかかえ、右手をかざす。そして、わざとらしい大きな声で、外に聞こえるように言い放った。

 

「おおっ、小さな女の子かぁ、こりゃあ拾いモンだぜ。あそこの旦那はこういうのがお好きだからなぁ、へへっ。」

 

 外の男たちの何やら話す声と、下卑た笑い声を背に、男は小声で何やらつぶやきはじめた。

 

「少し眠っていろ、後で回復してやるからな。慈悲深き大地の精霊たちよ、小さきものにしばしの休息と平穏を与えよ……ラリホー。」

 

 男の手からかすかな光が放たれ、苦しそうだった少女の息づかいがわずかに落ち着き、小刻みにけいれんしていた体が脱力する。驚きで目を見開いた少年を落ち着かせるように、男は柔らかい口調で現状を説明する。

 

「ああ、大丈夫だ、ラリホーって知ってるか? 睡眠の呪文を弱く賭けた。体力を無駄に消費しないようにな。……さて、ここからが正念場だ。正直悪党の演技は慣れないんだが、まあなんとかやってみる。適当に合わせて付き合ってくれ。……俺を信じろとはいわないが、付いてきた方が今よりましになるのは確かだと思うぜ?」

「あ……なたは、いったい?」

「説明してる時間が惜しい、今はここから逃げることだけ考えろ。」

「は、はい。」

 

 男は馬車の扉を開け放ち、少女を抱き上げると、再び口調を荒っぽいものに変えて男たちと話し始めた。

 

「いい品物だ。確かに買い受けたぜ。オラ、お前も出てこい!」

「ちくしょう、何だってんだよ……!」

「いいからついてこい、お前たちは俺が金で買ったんだからな、もう俺の所有物だ。」

「へへっ、旦那、お買い上げありがとうございます。馬車まで運びましょうか?」

「いや、いい、自分で買ったものくらい自分でもっていくさ。」

「へえ、んじゃ寒いんでお気を付けて。」

「ああ、お前らもな。」

 

 少年が馬車から降りると、外で待っていたフルプレートの戦士らしき人物が近寄ってきて、彼と人買いたちの間に割り込むようにして入り込み、少年の身体を押して向かい側の馬車に向かわせた。全員が乗り込むとまもなく扉は閉じられ、馬車はゆっくりと動き出した。

 

「ぐへへぇ、思いがけず儲かっちまったなぁ、おい。」

「ああ、後でゆっくり勘定しようぜ、さすがにゴールド金貨じゃねえが、金塊がごっそり入ってやがる。」

「なんかやたらと冷てえ気がしねえか?」

「ばっか、これだけ寒いんだぞ、金属なら冷えてて当たり前だろうが。」

 

 男たちはゆっくりと離れていく馬車を見送り、暖を取っているテントの中へ引き返した。その中では火にくべられた鍋が、そろそろ良い具合に温まっている頃合いだ。温かい食事でも取りながら金塊を勘定しようと考えたの男たちは、鍋を囲んで丸くなるように腰を下ろした。。

 鍋の中では具材のたっぷり入った温かなスープがくつくつと煮え、食欲をそそる良い匂いを漂わせている。彼らはとりあえず、雪をしのぐために貼ったテントの中で体を温め、先ほど思いがけず手に入れた金塊の勘定に心躍らせるのであった。

 彼らはまだ知らない、渡された金塊は真っ赤な偽物で、彼らが食事を終えて革袋を開く頃には、そこには袋一杯の水に浮かぶ氷の欠片が淡い光を放っているだけであることを。そして、それがたった2つの呪文によってもたらされた魔法の産物だったということを。

 いや、それよりも何よりも、彼らは知っておくべきだったのかも知れない。困っている者、特に弱い者を何の見返りも求めずに助けようとするお人好しが、この世の中にはいるということを。

 

***

 

 ゆっくりと移動する馬車の中で、身体を温める魔法の木の実の力を実感しながら、少し冷静になった少年は改めて、現状に困惑していた。馬車の中には先ほどの小柄な男、鎧と兜を脱いだ戦士……と思われる女性、ピンク色をした、たぶんドラキーの一種だろうモンスターが、自分の妹を囲んで難しそうな顔をしている。

 

「これは、ひどいな。」

 

 最初に口を開いた女性は、忌々しそうに顔をゆがめ、膝の上で拳を握りしめた。表情こそあまり動いてはいないが、明らかに憤っているのが分かる。隣に座る男は腕を組み、何かを考えているように見える。

 

「ほんっと、人間って怖いわぁ、ある意味凶暴なモンスターよりタチが悪いわね。」

 

 小さな翼をパタパタと小刻みに動かし、座した大人の顔くらいの高さをキープしながら、ドラキーはため息交じりに現状を嘆く。

 

「お前も、大丈夫か? まあ急なことで驚いただろうが、とりあえずここにはお前たちを傷つけるような奴はいないから安心しな。」

「しかしヒカル、これは次の町まで待っていたら、手遅れになってしまうかもしれんぞ。回復呪文(ホイミ)で体力の回復を試みたが、回復した傍から弱っていく。おそらく病気の姓だろうが、そうなるとモモに診てもらったほうがいい。」

「そうだな、よし、迷っている場合じゃ無い。本当は奴らを泳がせて、元締めを突き止めてやろうと思ったんだが、どうもこの子の状態が気になる。ここからドランまで一気に飛ぼう。」

「それが良いだろう。ヒカルと別れて奴らを追っても良いのだが、どうも何か嫌な予感がする。私も一緒に帰ることにしよう。」

 

 少年は相変わらず状況が完全に飲み込めてはいなかったが、妹が危険な状態で、助けるためにどこかに向かおうとしているらしいことだけは、会話の内容から察せられた。

 

「あ、あの。」

「ん?」

「どうして、俺たちを、助けてくれたんですか?」

 

 弱々しく問いかけられたその言葉に、金髪の女性は優しい笑みを……そう、ちょうど少年たちの母親が、彼らに向けてくれたような表情を浮かべて、穏やかな声で言った。

 

「大人が子供を助けるのに、何か理由が必要か?」

「え?」

「かなりひどい目に遭ったようだな、周りが信じられなくなりかけている、そんな顔をしているぞ。心配するな、私達はお前と、お前の妹を助けるために来た。」

「そうだぜ、けどな、お前の妹はここじゃあたぶん助けられない。これから俺の国へ飛んで、もっと詳しい奴に診てもらうことにした。時間が無いからな、黙ってついてきて貰うぞ?」

 

 男の強い口調は有無を言わさないものだったが、それは威圧したり、服従を要求したりするものではなく、緊急事態のために即、行動が必要だからだ。そのことだけは、少年にもわかったらしく、彼が短く頷いたことを確認すると、男は馬車を止めさせ、御者の男に何か話を始めた。御者は最初は驚いていたようだが、やがて真剣な顔になると、深く頷き了承の意を示す。

 

「よし、話はまとまった。これから馬車ごと魔法で転移させる。アン、その子をしっかり抱いてろ。おっちゃん、あんたも馬車の中へ。」

「へい、わかりやした。」

「ねえヒカル、ちょっといい?」

「ん? なんだドラみ?」

「あのさ、あいつらのこと、気になるんでしょ? あたしあいつらを追っかけてみようと思ってるんだけど、ここで離脱していいかな?」

「……お前の戦闘力の弱さを考えたら、かなり危険だと思うが、何か考えがあるのか?」

「えっとね、私、戦うのはてんで弱いし、攻撃呪文もからっきしダメなんだけど、レムオルとかマヌーサとかメダパニとか、そういうの得意なんだよね。何か調べて分かったら教えるから。この大陸に知り合いとかいないの?」

 

 ドラキーの提案に、男は短く考える仕草をした後、道具袋から翼の形をしたアイテムを取り出して、彼女に手渡した。

 

「キメラの翼?」

「ああ、これで俺たちと最初に出会った、ペルポイの町の近くの森にいてくれ。1週間後に迎えに来る。いいか、何があっても深入りするな。何かが分かっても、分からなくても、1週間後にはそこにいて待ってろ。」

「OK、分かったよ。じゃあ……行くね、レムオル。」

 

 その言葉と友に、ドラキーの姿はかき消え、女性が扉を開くとパタパタという翼を動かす音だけが通り過ぎ、遠ざかっていった。御者が扉を閉めると、ヒカルは全員を見渡して心の準備を促した。

 

「さあ、行くぞ、みんな、念のため衝撃に備えてくれ。こんな大きいものを動かすのは初めてだからな、着地の時に何かあるかもしれん。おっちゃん、そっちの坊主たのむわ。」

「よっし、坊主、こっちこい、おじさんにしっかりつかまっとけ。」

「は、はい。」

 

 全員が1箇所に固まったことを確認し、男は目を閉じ、精神を集中し詠唱をはじめた。

 

「天の精霊よ、翼を持たぬ我の翼となりて、彼の地へ導け、進むは天の楼閣、強固なるその門を我らのために開け放て……天よ繋がれ!」

 

 男を中心に、青白い光が放たれ、それは次第に広がりやがて馬車全体を、馬を含むすべてを包み込む。魔力の調整を完了した術者はゆっくりと目を開き、最後の発動句を口にする。

 

「ルーラ!」

 

 次の瞬間、馬車は不思議な力で天へと押し上げられ、その速度はぐんぐん増してゆく。そしてあっという間に再び降下し、ゆっくりと速度が落ちていく。やがてトスンという軽い感触がした後、動きは感じられなくなった。

 

「ふむ、無事についたみたいだな。」

「なかなかうまい着地だったぞ。この子にも悪影響はなさそうだ。」

 

 少年が女性の方を見やると、彼女の胸には妹がしっかりと抱かれて眠っている。表情は未だ苦しそうではあるが、どこか少し安心しているような、そんな顔をしていると、少年は思った。

 

「さあ、俺のイメージ通りなら屋敷の前のはずだけど、とにかくこの子を家の中まで!」

「よし、先に行くぞ!」

 

 馬車の扉が開かれ、目に飛び込んできた景色に、少年はただ驚くしかなかった。先ほどまでの冷え切った空気とは異なる、ぬるく乾いた空気に包まれたそこには、彼が今まで診たこともないような、大きな屋敷がそびえ立っていた。

 後になって、少年はこの日のことを思い出し、ここが自分の運命の分かれ道だったと、周囲に語ったという。後にドランに名を轟かすことになる英雄の歩みは、未だ1歩たりとも踏み出されてはいない。

 

to be continued




※解説
原作イベントの時期:トビーとルナが人買いに連れて行かれたのはデイジィの回想では彼女が10歳の時で、原作開始時17歳ですから、原作開始7年前と言うことになります。原作開始時点でトビーは15歳、ルナは13歳になる予定です。トビーとルナの年齢設定は原作で明確な言及がないのでこちらで設定しています。しかし、私の設定だと人買いに連れて行かれた時点で8歳と6歳というかなり幼い年齢になっています。子供たちに過酷な道を歩ませすぎだな……自重しないけど。
レムオル:姿を消す呪文。消え去り草と同じ効果だが、ゲームでは持続時間がやや短い。モンスターには効果がないらしく、姿を消して歩いても普通にエンカウントする。この呪文を使えば、消え去り草を持っていなくてもある城に侵入できるが、それだけの呪文である。現実に存在したら悪用されること間違いなしだ。Ⅲ以外のナンバリングでは登場しない。
偽の金塊:あるものをある魔法で光り輝かせ、金塊に見せかけています。さあ、皆さんにはタネがわかるかな……? ちなみに、雪が降っていて視界が良くなかったことと、周囲が低温であったことが、相手をだませたポイントになります。まあ、人買い連中(下っ端のチンピラ)の頭が悪かったのも、一つの要因ではありますね。

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