【凍結】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

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かなり時間が空いてしまいました。
ついに、ドラン王城に突入します!
ヒカルたちを待ち受けるものは一体?!
そして、サリエルとマムオードの目的とはいったい……?

※2017/11/26 ソフィア 様、誤字報告ありがとうございました。


第16話 取り戻せ! 囚われの魂

 王宮の最深部といっても良い場所に、王族の居住区は設けられている。そのうちの1室、王と王妃の寝室で、大臣であるサリエル公爵と、ローブに身を包んだ小太りの男が、何やら話をしていた。部屋にいるのはこの2人だけではない。ほかにも位の高い貴族と思われる幾人かの男たちが、不安を隠せない表情で2人の話に耳を傾けていた。

 

「やはり、目覚めさせる方法は見つからないのか、マムオードよ。」

「まことに申し訳ございません。王様とお妃様にかけられた呪いは非常に強力なものでございます。しかも、どこからか術者が邪悪な力を送り続けており、その力を退けるだけで精一杯でございます。あれをご覧ください。」

 

 マムオードが指さす方向には、小さな一つのテーブルと椅子が有り、テーブルの上に置かれた白い布の上に、小さな、黒い球体が鎮座していた。

 

「なんだあれは、魔法の道具(マジックアイテム)……宝珠(オーブ)とかいうものか?」

「さすがはホメット伯爵、よくご存じで。あれは暗黒のオーブと申しまして、暗黒の力を吸い込むことのできるマジックアイテムでございます。現在、あれの力を使って王様とお妃様に送られ続けている邪悪な呪いの力を吸い取り、これ以上の害が及ばぬように食い止めているのでございます。」

 

 ホメット伯爵と呼ばれた貴族は、ううむとうなり声を上げながら、きれいに整えられたあごひげに手をやる。その表情は険しく、どこかの映画に出てくる悪の総裁のような恐ろしい顔になってしまっているが、本人は気がついていないようだ。無理もないだろう。国王が目を覚まさなくなってから国政は停滞しがちで、大臣を初めとする貴族たちが手分けして取り仕切っているが、複数に分散された権力はうまく噛み合わず、現状を何とかしようと必死に努力している彼らの焦りはさらなる混乱を呼んでいた。

 

「私は引き続き、王様の治療を続けながら、弟子たちに呪いを解く方法を調査させます。」

「うむ、それしかないじゃろうな。貴族でもない1人の人間に背負わせるにはあまりに重責じゃが、引き受けてくれるか、マムオードよ。」

 

 貴族たちの中で最年長の、長い白鬚を蓄えた老人が進み出、魔導士を静かに見据えている。もはや吹けば飛んでしまいそうな程に痩せ衰えているが、それでもなお、鋭いその眼光は、ローブに身を包んだその男を射貫くように捉えている。

 

「私は他国の者ではありますが、それなりに腕の立つ魔導士であると自負しております。この魔導士マムオードと、数多の精霊の御名にかけて、私のすべてを持って事に当たらせて頂きます。」

「すまぬな、よろしく頼む。」

ははっ。」

 

 マムオードが深々と礼をし、それを見届けた貴族たちは順に部屋から退室していく。ほどなくして扉が閉められ、部屋には眠り続ける王夫妻と、サリエル公爵とマムオードが残された。

 

「サリエルよ、問題は起こっていないようだな。」

「ははっ、すべてはマムオード様の仰せの通りに。」

「まもなくすべての準備が整う。この、暗黒のオーブを満たす人間どもの負の感情を、一気に集める準備がな。そしてそのとき、この国は絶望に支配されるのだ。」

 

 狂気にゆがむ魔導師の顔を、大臣は感情のこもらない瞳で見つめている。雇われているはずの男にまるで部下のような態度を取るこの国の大臣の姿を見たなら、王夫妻はどのような反応を見せるであろうか。しかし、今なお眠り続ける彼らは、自分たちの国がいかなる状況に陥っているのかを知ることはできない。サリエル公爵が進めていると言われる隣国との戦争でさえも、本来の目的を隠すための偽装でしかないのだということを、立場が逆転しているこの主従のほかには、誰も知らない。

 

***

 

 彼らは戸惑っていた。井戸に吸い込まれるようにして落ちた彼らが気がついたとき、そこは元いたドランの城下町であった。ただ一つ違うところがあるとすれば、町は活気にあふれ、行き交う人々にも笑顔が絶えない、ということである。ちょうど、王夫妻が眠らされるまでの、この国の在りし日の姿を写しているようでもあったが、ヒカルたちには知らぬことである。

 

「どうなってんだこれ。」

「にぎやかで楽しそう~、でもなんか変な感じ?」

 

 ヒカルは人々を観察しながら、先ほどまでの町の様子と比べてあまりに違うことに驚きを隠せないでいた。その傍らであたりをキョロキョロと見渡しながら、若干の違和感を感じたのかミミが首をかしげている。

 

「先ほどまでとは違うことは確かだな。それに何かおかしなものを感じる。」

「私も同じだな。こう、どこか狭いところに閉じ込められてしまったような、そんな感じがする。」

「……確かに、周りを循環している魔力の流れがおかしい。それにここにいる人たちの生命力、あんなに活発に動き回ってるのに、まるで病人みたいに弱っているものが多い。」

 

 アンとアーサーが感じる違和感は、多かれ少なかれすべての者が感じているようだ。ヒカルはとりあえず町の中を調べてみることを提案し、危険があるといけないからということで、人間1人とエルフ2人、スライムナイトのパーティは、手分けすることなく固まって周囲を探索しはじめるのだった。

 町の中は外見上だけ見れば、特に変な所はなかった。どうやら王夫妻が目覚めない状況は同じらしく、国民がそれを心配しているという所も同じらしい。今までの暗澹とした都の雰囲気を考えるのであれば、この状況はすでにおかしいといわざるを得ないだろう。一通り町中を見て回り、宿に戻ったそれぞれの発言からも、それが見て取れる。

 

「異常だな。」

 

 最初に口火を切ったのはアンだ。すでに武装を解いており、その整った素顔には不快の色がうかがえる。その発言はここにいる全員の意見を代表するものでもあった。

 

「そうですわね。そもそも、ここは現実の世界ではないような気がします。どこまで行っても町の出口がありませんし、同じ所を無限に歩かされている感じがしました。」

 

 モモのいうとおり、ここには出口がない。どこまで行っても同じような町並みが続いている様は一種異様で有り、ここが現実のドランの都とは異なる場所であるということだけは確かなようだ。

 

「人々の生命力のこともそうだが、行動や言動についてもおかしなところが多い。あれだけ暗澹としていたのがまるで嘘のようだ。王夫妻を心配はしているようだが、危機感がまるでない。その上、新しい魔法の道具を研究していて店を閉めている道具屋や、伝説の戦士に憧れて職務そっちのけで訓練してばかりいる兵士、恋人と肩を寄せ合って公園の噴水をずっと見つめている若い男女……。それを見ても周囲の者は気にとめる様子すらない。」

「ああ、しかも1人や2人じゃないからな。現実の世界ならとっくに行政や経済が止まって大混乱だ。それなのに何事もない。。」

 

 アーサーの分析に頷きながら、ヒカルは現実離れしたこの都の状況は一体何なのかと考えを巡らせていた。現実ならば許されない、自分の思うままに行動するという生き方。それが叶ってしまう世界。ここが現実の世界でないのは確定事項として、ではいったいどのような世界だというのか。

 

「う~ん、よくわかんないよねぇ。みんな周りのことはまるで目に入っていないみたい。まるで同じ世界にいても、バラバラに自分の夢でも見ているみたいな……?」

 

 窓から通りを行き交う人々を眺めながら、ミミが発した一言、その中の「夢」という言葉に、ヒカルの中のある記憶がよみがえった。

 

「待てよ……、夢、井戸、目覚めない王、マムオード……? マムオード? 魔王、ムドー!?」

「何? 魔王だと?!」

「そうか、そういうことだったのか……!」

 

 ヒカルはドラクエシリーズの6作目、夢と現実の世界を行き来する物語を思い出していた。状況はかなり違うが、この世界が夢の世界で、マムオードが魔王ムドーならば、この世界を脅かすバラモスとゾーマ以外の脅威とは、すなわち。

 

「すべての元凶はデスタムーア、ということになるのか……。」

「デスタムーア? 聞かない名前ですわね。」

「ああ、元々この世界の存在ではないからな。

 

 頭に疑問符を浮かべている面々に、ヒカルはゆっくりと語りはじめた。彼の世界でいうところのドラクエ6作目「幻の大地」の物語を。それは夢と現実を行き来する果てしなく長い冒険の物語で有り、ある意味で、自分探しの長い旅ともいえる物語であった。

 

「ふむ、確かに、ここが夢の世界ならば、それなりに説明がつく、が……。」

 

 アーサーはううむと唸りながら、自分の考えをまとめようとしているようだ。ミミはきょとんとした顔を浮かべ、アーサーの体をつついたりしている。モモとアンは顔を見合わせ、やはり何かがしっくりこないという表情をしていた。

 ヒカルは全員を見渡して、まあこの反応は当然だろうと考えていた。そもそもドラクエⅥでいうところの「夢の世界」は寝ている間に見る夢という意味ではない。それは、かなえたい願望のほうの夢で有り、王夫妻が眠り続けていることとこの世界との関連性は、納得のいくような説明ができないのである。

 

「ひとつ、これは可能性の話だが……。」

 

 アーサーが重々しい調子で語りはじめた。その内容は、この世界が不完全ではないかということと、王夫妻を幽閉する目的で、何かまだカラクリがあるのではないかと、おおむねそういう意味の内容だった。ヒカルは確かにそれはあり得るはなしだと考えたが、問題は王夫妻がどのような方法で幽閉されているかということだ。

 

「本来、夢の世界とは現実の世界の鏡写しのようなものだ。マムオードが魔王ムドーで、その背後にいるのがデスタムーアなる大魔王ならば、このような狭い世界に王夫妻を閉じ込めなくとも、夢の世界全体を侵略するなど、もっとスケールの大きい手段がいくらでもとれたはず。それを行わないということは……ここからは私の推測に過ぎないが、奴らの力も十分ではないのかもしれんな。そうであれば、この世界が中途半端であることにも説明がつく。」

 

 確かに、アーサーの説明はある程度筋が通っているように思われた。敵の力が十分でないのなら、王夫妻を眠りから冷ますことができるかもしれない。ヒカルたちはお互いの意見を交換しつつ、これから先の方針を話し合うのだった。窓からはさんさんと照りつける太陽が、幻のドラン王都を明るく照らしている。現実ではないこの世界の太陽は、あれからかなりの時間が経過したにもかかわらず、人々の頭上に鎮座したまま動くことはなかった。

 

***

 

 深夜、王都が夜の闇に閉ざされ、ほとんどの者が眠りにつく時間帯、王宮でも起きて活動しているのは夜警をしている巡回の兵士くらいのものである。最奥部のフロア、王族の居住区があるこの場所でも、1人の兵士が見回りを行っていた。といっても、一兵士が王族の部屋に立ち入ることはなく、彼は廊下から異常がないかを確認する程度であった。

 

「ん?」

 

 不意に、何かが通り過ぎたような気がして、兵士の青年は振り返るが、彼の持つカンテラの明かりに映し出される廊下には、人の姿はもちろん、気配も何も感じない。末端とはいえ正式な訓練を受けている彼であれば、侵入者の気配くらい簡単に気づけるはずである。何か良からぬ事を企むような者は、独特の気配を持っているから見つけ出すのは容易なことだ。

 

「気のせいだったか?」

 

 彼は不思議に思いながら、再びカンテラをかざして長い廊下を進んでいった。そしてこの場には静寂のみが残された。しかし、彼が一瞬だけ感じた違和感は実は気のせいではなかった。特殊な方法で姿を消しているため、通り過ぎた小さな存在に気がつかなかったのだ。姿の見えないその存在は、真っ暗な廊下をわずかな燭台の明かりと、手探りの感覚を頼りに進んでいく。その歩みは決して早くはなかったが、足取りは確かで、1歩1歩目的の場所へ進んでゆくのだった。

 

「た、大変でございます、大臣閣下!」

「何事だ、騒々しい。」

「ひ、姫様が、また部屋から抜け出されました!」

「……またか、あれほど申し上げたのに困ったお方だ。落ち着け、子供の足でそう遠くへゆけるものではない。まだ場内にいるはずだ、落ち着いて探すのだ。」

「承知いたしました!」

 

 サリエル公爵は冷静な言葉で兵士を落ち着かせ、寝泊まりするために間借りしていた部屋から執務室へと移動した。そして姫を探すため、場内の兵士やメイドなどに矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。いつものように、ほどなくして姫は見つけ出されるだろう、誰もがそう考えていた。しかし、だ。

 

「見つからない、だと?」

 

 もうすでに、夜が明けかかっており、東の空がわずかに白みはじめている。捜索をはじめたのは深夜だったはずである。大臣は姫の行きそうな所はたいてい目星を付けていたし、いままでそこに彼女がいないなどということはなかった。大臣は多少迷ったが、姫の部屋を直接捜索する指示を出し、自らもそこへ向かうべく、執務室の椅子から立ち上がるのだった。

 

***

 

 ドラン王城の内部には、いくつかの庭園が存在している。それぞれ違ったコンセプトで造園されており、たくさんの花が咲き乱れる花壇や、広葉樹で埋め尽くされている小さな森のような庭園、一面がサボテンの丘など、庭という範疇を超えたものが敷地内のあちらこちらに点在していた。それでも庭の全面積は城の敷地面積の1/4に過ぎず、世界に名を轟かせるドラン王国の王城は、その巨大さでも世界に知られた名所であった。

 

「ようこそドランの城へ! 今なら花壇の庭園が見頃です!」

「2階は関係者以外立ち入り禁止です! 間違って入ったりしないように気をつけてくださいね!」

 

 ヒカルたちは城の入り口で、まるで観光施設でも案内するかのような兵士の軽い対応に戸惑っていた。とりあえず、怪しまれないように2階には立ち入らず、1階で数ある庭園を巡りながら人々に話を聞き情報収集をすることにした。場内は広く、8つもあるという庭園を3ほど回った頃には、もはやかなりの時間が経過していた。しかし未だに日は落ちる気配がなく、人々を明るく照らし続けていた。

 

「やはり、2階に何かあるのは間違いないようだな。」

「そうですわね、でも、これだけ監視の目が厳しくては簡単には侵入できそうにありませんわよ?」

 

 アンとモモがどうしたものかと思案顔を浮かべている。ヒカルも先ほどからどうやって2階へ侵入したものかと考えを巡らせているが、階段を塞ぐように兵士が立って周囲に目を光らせており、立ち入ることができそうにない。

 

「あの階段にいる兵士、どいつもこいつも宝石モンスターだ。」

「君も感じたのか。……私なら倒して突破するのは簡単なのだが、やめておいた方が良いだろうな。」

「え~、ここは現実の世界じゃないんだから平気なんじゃないの?」

 

 ミミの発言に、ヒカルは首を振り、否定の言葉を返す。

 

「ダメだな。騒ぎを起こせば、王様に繋がる手がかりをつかむことが難しくなる。そもそも王様が眠り続けてることと、2階にある何かの関連性も分からない。暴れるのは得策じゃないだろうな。しかし……。」

 

ではいったいどうしたものかと、ヒカルは思案を巡らす。その間にも怪しまれないように全員が散歩を装って歩き回っており、目の前にはたくさんの木が生い茂る森のような庭園の入り口が見えていた。

 

「あそこなら、中に入って多少立ち止まっていても怪しまれませんわね。」

「そうだな、とりあえず少し休憩するとしよう。まだ先は長そうだからな。」

 

 モモの提案にアンが同意し、ミミとアーサー、ヒカルもそれが良いだろうと賛同したため、一行は庭園の中に入り、そこでしばしの休息を取ることにしたのである。

 

「なあ、何かおかしくないか?」

「おかしいな、まあ、現実ではないらしいから問題はないのかも知れないが。」

 

 大きなリンゴの木にもたれかかりながら、ヒカルがぽつりとつぶやいた言葉に、アンが同意を返す。ほかの者たちもそれぞれ木の根元に腰を下ろして休憩しているが、やはり何か違和感を感じるのか、あたりをキョロキョロと見渡している。しかし全員、その違和感の正体がなんなのか、すぐには気づけないでいた。

 

「庭にしては広すぎると思わない?ここ。」

「ああ、違和感の1つはそれか。どう考えても森かなんかだなこれは。空間認識がおかしくなりそうだ。」

 

 確かに、ミミが言うように、庭にしては広すぎる。入り口からのぞいたときは生い茂る木々を取り囲むように石造りの壁があるのを目視できていた。ところが中に入った途端、どこを見渡しても壁などはなく、どこまでも木々の緑と色とりどりの果物の色が続いている。今まで歩いてきた方向に目をやれば入り口こそかろうじて目視できているが、それも、まるで森の中に扉だけが設置してあるような、ツッコミどころしかないような光景だった。それに、違和感はそればかりではない。

 

「それにもうひとつ、多分、さっきから誰かに監視されてるな。はっきりとは分からないけど、見られているような感覚がある。」

「……お気づきでしたか、これは驚いた。」

「?! 何者! モンスターか! 私のヒカルに危害を加えると容赦しないぞ!」

「これは申し訳ない。旅の方々。気配は消していたつもりでしたが、なかなかうまく隠せるものではありませんな。……ご無礼はお詫びいたします。異国の勇者様。何卒剣を収めてはいただけませぬか。」

 

 突如、背後からかけられた声に、敵襲かとアンは身構え、たんかを切って腰の剣を抜き放った。最後の方の台詞はどこのバカップルかと言われるような内容だが、突如声をかけられるという事態に皆が困惑し、そのような些細なことに反応するものはいなかった。

 

「落ち着けアン、敵意は感じない。とりあえず剣を治めるんだ。」

「あ、ああ、すまない、驚いたのでつい……。

「……ちょうろうじゅ、でよかったよな? まさかリンゴの木がモンスターとはね。」

 

 ヒカルになだめられ、アンはようやく構えをとき、ヒカルが見ている方向に目をやり、次いでわずかに驚いた表情を見せる。

 

「これで違和感しか感じなかったとは、この庭全体に高度な幻術を施しているようだな。」

 

 今まで、ヒカルとアンが身を預けていた大きなリンゴの木は、頭部に緑色の葉を茂らせ、手のような枝と、足のような根を持ち、幹の部分に不気味な顔のあるモンスターの姿へと変わっていた。

 

「驚かせてしまってすまんですのう。ですが、どうしても皆様方に、姫様をお助け頂きたく、こうして姿を現した次第でございます。」

」え、姫様?」

「さあ、姫様、こちらに来て勇者様方にご挨拶を。」

 

 ちょうろうじゅが枝で手招きをすると、彼の背後にある一本の木の陰から、5歳くらいの小さな女の子が、おそるおそるといった感じでゆっくりとこちらへ近づいてくる。整った顔立ちに、戸惑いや恐れを見せながらも、どこか気品を感じさせる優雅な動き、煤で汚れているが明らかに庶民のものとは違う高級な布地で作られたであろう衣服。そのどれをとっても、この場にいる者たちとは明らかな別世界に生きる人種であろう事が見て取れる。彼女はちょうど、アンの目前数十メートルのところで停止し、その小さな唇を動かして自分の名を名乗った。

 

「ドラン王国第一王女、サーラと申します。」

 

***

 

 時は、ヒカルたちが城内で情報収集をしていたあたりに遡る。当直の兵士をやり過ごしたサーラだったが、場内の隠し通路のひとつに入り込んだ後途方に暮れていた。彼女は決して道に迷ったわけではない。彼女の記憶力や理解力は、一般人が考える5歳児のレベルを遙かに上回っており、父王より直接教えられた数多の隠し通路のルートは、彼女の小さな頭脳の中に寸分の狂いもなく記憶されていた。彼女はこれから、いったいどこへ逃げたら良いか分からずに、困り果てていたのである。というのも、城の外にろくに出たことのない彼女には、脱出できたとしても、城下に協力してくれる者がいるかどうかも分からなかったからだ。庶民はおろか、貴族たちともある意味隔絶された日々を過ごしていたのだから、それは無理からぬ事であった。しかし、このままずっと途方に暮れているわけにもいかない。おそらく城内では、姫がいなくなったと気がついた大臣以下、家臣たちが血眼になって捜索をしていることだろう。無数にある隠し通路をしらみつぶしに当たっていけば、時間はかかっても彼女を見つけ出すことは可能であろうし、彼女の身を隠す役割を果たしている「消え去り草」の効果も、いつまでも続くものではない。

 

「姫様……サーラ姫様……。」

 

 どこからともなく聞こえる誰かの呼び声に、彼女はびくりと肩をふるわせた。もう見つかってしまったのだろうか。しかし、思っていたよりもあまりにも早すぎる。それに、何か困ったときに開けなさいと言われた、消え去り草の入っていた木箱には、母の字で効果について詳しく記されていた。それによると、この道具(アイテム)によって姿が消えた者は、気配も薄くなるため野生の動物やモンスターのような勘の鋭い相手でなければ見つけ出すことはできないと書かれていた。だから先ほども当直の兵士をやり過ごすことができたのだ。

 

「さあ、姫様、そこから儂の声に従って、ゆっくりと前へお進みくだされ。……心配はいりませぬ。儂は貴女の味方でございます。……ただ、故会って今いる場所から動くことができないのでございます。……さあ、お急ぎください、追っ手が隠し通路を探し始める前に……。」

 

 姫は多少迷ったが、今更引き返すわけにはいかないのもまた事実である。それに、聞こえてくる声はどこまでも優しく。不思議と初めて聞くような感じはしなかった。いくら常人離れした頭脳を持っていても、5歳児の精神ではこれ以上の複雑な思考は最早限界であった。彼女は声に引き寄せられるように、複雑な通路をほとんど感覚だけを頼りに、ゆっくりゆっくりと進んでいった。

 

「ようやくお会いできましたな、サーラ姫様。」

「えっ、どこ? どこにいるの?」

 

 時間をかけて通路を出た先は、数ある庭のうちサーラが最も気に入っている果樹園であった。しかし、声はすれどもその主らしき者の姿はどこにも見当たらない。不思議に思いあたりをキョロキョロと見渡すが、人影らしきものさえ見つけることはできなかった。

 

「……そうでしたな、姫様には儂の姿は見えないのでございましたな。私はいつも姫様が実りを楽しみにしてくださっている、今あなた様の目の前にあるリンゴの木でございます。」

「ええっ?! この、リンゴの、木?」

 

 サーラはわずかに差し込む月光に照らされる巨木に目をやる。光度が足りないため明確にはわからないが、甘いリンゴの香りには覚えがあった。目の前の木に近づくとその香りは一層強くなり、彼女は記にもたれかかるように崩れ落ち、その目を閉じた。

 

「う~ん、はっ!!」

 

 彼女が目を開いたとき、そこには見渡す限り広大な森が広がっていた。記憶している限り、城内にこんな所はなかったはずである。しかも、先ほど空を見上げたときは月が出ていたはずなのに、今は木々の間から木漏れ日らしき光が差し込んでおり、どうも時間は昼間のようである。そんなに長く、眠っていたのだろうか? 彼女は身を起こし、あたりを見渡して、かわいらしく小首をかしげて見せた。しかし、今その仕草に反応するような存在は、誰1人としていないはずだった。

 

「お目覚めになりましたか、姫様。」

「え? きゃっ!」

 

 急に後ろから声がして、驚いて振り返ったサーラは、さらに驚くものを見てしまい、驚愕で硬直してしまった。今まで、自分がもたれかかって眠っていたであろう巨木の幹には、不気味な顔が浮かんでおり、そこからまるで手のような枝が生え、ユサユサと動いていたのだった。

 

「驚かせて申し訳ありませんな。儂は果樹園のリンゴの木、長く生きております故、少しばかりほかの者と違う姿と、力を持っておりますのじゃ。」

 

 サーラは不気味なリンゴの木、ドラクエのモンスターでいうなら、じんめんじゅ系統のモンスターである、ちょうろうじゅの姿に驚きこそしたが、不思議と恐怖は感じなかった。根拠などは何もなかったが、彼女の直感が、目の前の存在は味方であると教えていた。

 

「ふむ、多少驚かせてしまいましたか、しかし、このような見た目の儂が、怖くはないのですかな? こちらから呼んでおいて何なのですが、この見た目ですからのう。」

「ううん、ちょうろうじゅさんは怖くない、です。きれいなお顔をしていたり、きれいな服を着ていても、良い人ばかりではないですもの。」

 

 サーラの応えに、ちょうろうじゅはふむと軽く返して、それから葉の生い茂った頭部らしき部分に手のような枝をツッコミ、真っ赤に熟したリンゴの果実を取り出し、サーラの目の前に差し出して言った。

 

「とりあえず、これでも食べて一息ついてくだされ。食べながらゆっくり話をしましょうかのう。」

 

***

 

 森のような庭園の中で、ちょうろうじゅを囲んで、彼から振る舞われたリンゴにかじりつきながら、ヒカル一行とサーラはこの国が置かれている現状についてと、これからどうするべきかという話し合いをしていた。ちょうろうじゅはドラン城の果樹園に植えられているリンゴの木が、夢の世界で力を持った存在であり、現在の森のフィールドは彼の力で展開されており、ここだけはほかの場所から隔絶されているということだった。また、ドラン城下町は現在、何者かの力により夢の世界から一時的に切り離されており、王都に出口がないのはそのためらしい。また、王夫妻はこの世界で眠りの魔法をかけられ、城の南にある一番高い塔の最上階に幽閉されているそうだ。夢の世界に魂をとらわれて眠らされたため、外の世界から起こしても目覚めることはないという。目覚めさせるには夢の世界で直接2人の魂と対面して覚醒させるほかはないそうだ。ほかにも、魔導士マムオードがおそらく人間ではないことや、大臣であるサリエル公爵が何者かに操られているだろうということも、ちょうろうじゅはヒカルたちに話して聞かせたのだった。

 

「どうやら、これから王様を直接起こしに行かないといけないらしいな。」

「しかし、当然妨害されるだろう。姫がいなくなったことや、ひょっとしたら私たちのことも、敵に感づかれているかもしれない。」

 

 この空間から出て行動を起こせば、当然敵の方もそれに気がついて対抗策を講じてくるだろう。王夫妻の魂がある城の南側へ行くには、どうやっても兵士の塞いでいた階段を通って2階へ行かなければならないらしい。それ自体は難しくないが、構造がわからない城の中を、目的の場所を探しながら突破するのでは、敵に対して後手に回ることになる。それは現状では非常にまずい選択であった。

 

「あ、あの、私も一緒に連れて行って頂けませんか? 隠し通路なら、その、全部覚えています。」

「それは本当か?」

 

 聞き返すアンの言葉に、サーラは力強く頷いた。しかし、幼い彼女を連れて行くことをためらっているのか、アンは次の言葉を発しようとはしない。そんな彼女の様子に不安を感じたのか、サーラは目に涙を浮かべながら、アンにすがりつくように懇願するのだった。

 

「お願いです、勇者様、父と母を、どうかお助けください! 私にできることは何でもします! だから、だから……どうか……。」

 

 最後の方は途切れ途切れの言葉で、彼女が泣き出したいのを必死にこらえているのが分かる。年相応に感情を表すことも、王族には許されないというのか、堅く拳を握りしめ、歯を食いしばって、小さな彼女は声を上げるのをこらえていた。

 

「こら。ガキが背伸びしてんじゃねえ。」

 

 不意に、サーラの頭にぽんと誰かの手が置かれ、優しく言い聞かせるような声が耳に届いた。それは、普段彼女を取り巻く大人たちの誰とも違っていて、ただ単純に、子供に対する大人の態度だった。そのことを、幼い彼女は理解できなかったが、頭に置かれた手がゆっくりと髪を撫でてゆく旅、張り詰めた何かが解けてゆくような安堵感が、サーラを包み込んでいった。そうなるともう、こみ上げてくる感情の波にあらがうことは、幼い彼女にはできなかった。

 

「う、うえぇええん! おどうざまぁ、おがあざまぁ、うえぇええん!!!」

 

 泣き崩れる小さな小さな身体を、ヒカルは優しく抱き留め、その背中をとんとんとたたいたり、さすったりしている。アンはふっと小さく息を吐くと、金属製の兜と小手を外し、ヒカルの傍らに腰を下ろして、その手をサーラの頭に優しく置いて、静かな口調で告げた。

 

「姫様、いや、サーラ、もう不安やさみしさを我慢しなくとも良い。私と私の仲間たちが、お前の父上と母上を魔物の手から取り返してやる。」

「うっ、ひっく、ほんとう……? ゆうしゃ、さま……?」

 

 頭を上げて、涙でくしゃくしゃの顔で、自分を見つめてくる幼子に優しく笑いかけながら、アンははっきりとした声で返答を返す。

 

「ああ、私が勇者なんてたいしたものかは分からないが……戦士として、この剣にかけて誓おうじゃないか。だから、サーラも力を貸してくれるな?」

「はい!」

 

 アンの瞳をまっすぐ見つめて力強く応えるサーラ、彼女の頬は未だ涙に濡れていたが、その表情には最早不安の色はなかった。

 

「さて、んじゃ改めて、と。俺はヒカル、旅の魔法使いだ。」

「私はアン、ヒカルと旅をしている。一応騎士だが、馬ではなくスライムに乗っている。それと、今は誰にも使えてはいないな。」

「私はモモです。ヒカル様にお仕えする薬師ですわ。……そして……。」

「モモお姉ちゃんの妹のミミだよ! よろしくねサーラちゃん! 私たち2人はエルフなんだよ!」

「お初にお目にかかる。スライムモギのアーサーだ。アンを乗せている、馬のようなもの、かな。」

 

 少し落ち着いたところで、ヒカルたちはサーラにそれぞれ自己紹介をする。それは一国の王女を相手にするような態度ではなかったが、サーラにとっては何よりの救いだったろう。彼らはサーラを王女としてではなく、大人が庇護すべき子供として扱った。それは普段から周囲の大人に心を許せずに張り詰めていた彼女の精神を、少しずつ解きほぐしていったのである。

 

「改めまして、サーラです。どうかお父様とお母様を助けてください、お願いします。」

 

 だから、サーラも少しだけ、家臣やほかの王族など、あるいは客人に対するような態度ではなく、父や母と会話するときのように、できるだけ、ただの子供として振る舞おうとしたのかも知れない。ヒカルは小さな姫を抱いたまま、彼女の目をしっかりと見つめて答えを口にする。

 

「ああ、確かに頼まれた。もう時間がなさそうだから行くとするか、しっかり案内してくれよ。」

 

 そして、元来た方向に小さく見える入り口に向けて、幼子を抱いたまま歩き始めた。そして、その背に続いて仲間たちが歩き始めたとき、後ろから声がかかる。

 

「どうか、姫様をよろしくお願いいたします。」

「ああ。」

 

 ヒカルは短くそう答え、振り返ることなく入り口へ向けて歩き続ける。ただ、父と母を求めてさまよう小さな子供が、これ以上小さな胸を痛めることがないように、彼が願うのはそれだけである。

 

「ギャハハハハハッ! そう簡単に行かせるわけにはいかねえなあっ!」

「?! 敵か!」

「くっ、俺たちが入ったときに紛れ込みやがったか、今まで襲うチャンスを見計らっていたのか……!」

 

 アンは剣を抜き構えを取り、ヒカルはチッと舌打ちをする。茂みの中から紫色をしたピエロのような格好の魔物が飛び出し、こちらに向かって得物を構えて向かってくる。かなりの速さが有り、あれこれ考えてから迎撃している暇はない。呪文を詠唱するどころか、発動句をギリギリ言い切れるかどうかと行ったところだろう。しかし、ヒカルが何か考えるよりも早く、事態は動いていた。

 

「覚悟しなぁっ!!!」

「ふんっ!」

 

 そんな短いやりとりの後、高速に動く2つの影が交錯し、次の瞬間、ヒカルは驚きに目を見開くことになるのだった。

 

to be continued




※解説
消え去り草:姿を消すアイテム。Ⅲでとある城に入るために必要。原作ではドラン城に入るためにヤナックが道具屋で購入した。ただし使用期限?が切れていたのか、すぐに効果が切れて姿が見えてしまった。同じく姿を消す方法として、レムオルの呪文を使う方法があるが、消え去り草よりも効果は短い。また、これらの方法で姿を消しても、モンスターとのエンカウントは防ぐことができない。

あ~、なんとか魔物との遭遇まで書いたけど、また文字数が……。
どうしましょうコレ。
次回はもう少し戦闘シーンに力を入れたいです。
サーラちゃん5歳は無理あったかなあ(汗)

じ、次回もドラクエするぜ!!(強引)

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