【凍結】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

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タイトルは、うしとらアニメからのオマージュです。
とうとうバラモス様に目をつけられたか弱き者たちの島。はたしてヒカルは皆を守り切れるのか?
そして、ここに戦いの決意をする者がもうひとり……。


第13話 迫り来る敵 負けるな小さき者よ!

 朝、といってもようやく太陽が顔をのぞかせた頃合いであり、周囲はまだ薄暗い。ヒカルが謁見の間に入ると、すでにキングスが玉座に座して待っていた。

 

「待たせちゃいました?」

「気にするでない、年寄りの朝は早いのだ。して、準備は良いのか?」

「もらった島の地図にポイントを書き込んでみました。ここに皆で手分けして魔石を埋め込み、俺がこの城から呪文を唱えます。成功すればある程度強い奴でも結界の中へは入ってこられませんよ。」

 

 破邪呪文(マホカトール)は邪悪な意思を持つ者、この世界の場合はバラモスの宝石モンスターを寄せ付けない強力なバリアを展開する呪文である。しかし、この呪文が登場する漫画の描写から考えて、中ボス以上の実力があれば突破することは可能であろうと思われる。バラモスが直接出てきてはいないのと、今までに遭遇したモンスターが一定レベル以下であることを考えると、敵の側も未だ世界に進出できる状況にはないと考えられる。その推測が正しければ、マホカトールで島全体を覆ってしまえば、本格的な世界征服が始まるまではとりあえず安全は確保されると考えて良いだろう。

 

「では、よろしく頼んだぞヒカルよ。」

「はい、頼まれました。」

 

 こうして、ヒカルは島に住むモンスター達と協力して、巨大な五芒星の魔法円を作り上げるべく動き出したのだった。

 彼らはまだ知らない。魔王バラモスが世界中に散らばっていた配下を呼び戻し、ゾイック大陸の支配をより強固なものにすべく動き出したことを。そしてその最初の標的が、このスライム島であることを。

 スライム島はゾイック大陸の南に浮かぶ小さな島である。上空から観察すると1匹の緑色のスライムのようにも見えるため、この島を知る者達からはスライム島と呼ばれていた。もっとも、人間達の中でこの島の存在を知る者はおらず、人間以外のごくわずかな者たちが知る程度である。そんな島で会ったから、弱い獣やモンスター達が身を寄せ合って暮らすにはちょうどよかった。ここには強いモンスターや人間や、エルフなどの亜人種、大型の獣などにすみかを追われた者たちが隠れ住んでいた。

 しかし、その城がいつからそこにあったのか、それを知る者はだれもいなかった。また、王冠を戴いた巨大なスライム、キングスライムがいつからそこに住み着いていたのかも、誰にも分からなかった。しかしそのキングスライム――キングスは不思議なモンスターだった。自然と周囲の者を従わせるというか、生まれついての上位者というのか、そういった雰囲気が身体からにじみ出ているのである。気がつけば多数のモンスターがキングスに付き従い、彼を護り、身の回りの世話をしていた。彼はいっさい、何も求めたりしなかったのに、である。

 この島はいったい何なのか、なぜ弱い者たちが集まるのか、謎の城の主であるキングスライムは一体何者か――。いつものヒカルであればそういった疑問をまず持ちそうなものだが、今回に限ってはどういった訳か、彼でさえも周囲の状況を違和感なく受け入れていた。

 

「なんと、この世界の者ではなかったか。どうりで、な。」

 

 ヒカルが去った後、ぽつりとつぶやかれたキングスの言葉は、誰に聞かれることもなく謁見の間の静寂に溶けていった。

 

***

 

 スライム島には小さな森があり、そのほぼ中心部にぽっかりと口を開いた洞窟がある。しかし木々に覆われていて、上空からは見つけ出すことは困難であろう。そんな洞くつの前に、1人の人間が立っていた。鎖帷子(くさりかたびら)に身を包み、腰に剣を携えているその姿は戦士であろうか。褐色の肌に青い瞳、整った顔立ちと短く整えられた金髪。一見すれば美しい少年のようにも見えるが、丸みを帯びた体つきと胸部の膨らみから、この人物が女性であることがわかる。彼女は手にしたたいまつに火をつけ、それを掲げてゆっくりと洞窟の中へと歩を進めてゆく。一本道の単調な通路をしばらく進んでゆくと、少し開けた空間に出た。その空間は最奥部から水が湧き出しており、わずかに通り過ぎる風は少し肌寒い。湧き水がたまってそこそこ大きな泉になっている場所には、明らかに人の手で作られただろう四角形の祭壇のようなものがあり、その四隅にある燭台には明々と灯がともっていた。

 

「やはり決心は変わらぬか、アンよ。」

「うん、私は儀式を受けて、力を手に入れたい。その思いは変わらないよ、ルイド」

「人間のそなたが、異形に成り果ててまで、力を求める理由を、今一度問おう。」

 

 彼女、アンと呼ばれた女性は、たいまつを消して後処理を済ませると、ルイドと呼ばれた異形の者、モンスターであるドルイドの方へ顔を向け、決意のこもった瞳で彼を見つめた。そして薄桃色で形の良い小さな唇は、しかしはっきりとよどみなくその心の内を告げた。

 

「私は、皆を守る剣になりたい。この島に1人で流れ着いて途方に暮れていた、人間の私を助けてくれた、皆の力になりたい。でも今のままじゃ、いつか大勢の敵に、みんなやられてしまう。だからどうしても、力が欲しいんだ。」

 

 あまり上手な表現とは言い難いが、それでもまっすぐに決意を述べる彼女の様子に、ルイドはひとつ、小さなため息を吐いた。

 

「こりゃ、キングスの奴にぶっ飛ばされるかもしれんな。」

「……ごめんなさい。」

「いや、もはや何も言うまい。どのみち今のままでは、邪悪な宝石モンスターどもにこの島が制圧されるのも時間の問題だ。私もおぬしの決意にかけてみよう。こちらへ来るがよい。」

 

 アンは祭壇へ続く橋を渡り、ルイドの元までたどり着いた。そしてほぼ正方形をしているそれの、ちょうど中央に来たところで、跪き頭を垂れる。動作の完了を見届けると、儀式の言葉をルイドが朗々と紡ぎはじめた。

 

「すべての生命(いのち)を創造し、見守りたまいし偉大なる精霊神(せいれいしん)よ、その尊き御力(みちから)をもってかの者の願いを叶えたまえ。求めるは力、捧げるはその生命(いのち)。純粋にして高潔なる誓いのもと、その偉大なる力のひとしずくを、かの者のために分け与えたまえ。」

 

 ほぼ密閉状態にある洞くつの奥深く、祭司であるドルイドの詠唱は、未だいつ終わるともなく続いていく。はたしてこの儀式は何であるのか、執り行う彼らは何者か? それらの謎をひもとく時間もなく、この島に迫り来る邪悪な力の片鱗は、今までにないほどの速さと質量を持って、か弱くも懸命に生き抜こうとあがく小さき者たちに迫り来る。それに彼らが気づく頃、それはもはやすべてが始まった後になる。そのことを、並々ならぬ決意を持って禁断の儀式に臨む彼らは未だ、気づかない。時は残酷にその音を刻み続け、黒い足音は着実に、この小さな島へと近づいているのだった。

 

***

 

 ヒカルが異変に気づいたのは、魔石の半分ばかりが所定の場所に設置されたという報告を受けたときだった。宝石モンスターが近くにいるときの嫌な感覚が、まだかなり遠くの方から感じられる。しかし、まだはっきりとはわからないものの、何かとてつもなく強力な敵が迫っているような気がしていた。ヒカルが宝石モンスターを感知できる能力は、その強さまで正確に測れるものではない。おおまかな力は邪悪な気配の大小で推測することはできるが、ゲームでいえば雑魚と中ボスが判定できる程度で、自らのレベルが低いであろう現在の状況では、あまり当てにできるものではない。しかしこのときヒカルは、迫り来る気配がおそらく、自分たちにとって苦戦を強いられる相手だろう事を、直感のようなもので感じ取っていたのだ。

 

「……どっちにしても、やることは変わらない……か。」

 

 そう、要するに敵が攻めてくるより早く、最悪間に合わなくても、できる限り早期に結界を発動できれば、被害は最小限で済む。どのような状況でも、彼の役目は一刻も早く、結界を完成させることなのである。

 キングスの城はちょうど島の中央に建てられており、その城の中心地であるある1つの部屋に、ヒカルは座して禅を組んでいた。別に仏教に造詣が深いわけでもないが、巨大な術式に挑むに当たり、心を落ち着かせるために、彼は日本古来からある精神の統一法を選んだのだ。

 魔石の位置は精神を集中すれば大まかに把握はできるが、細かい位置まではわからない。よって、正確に設置されたという報告をすべて受けてからでなければ呪文の詠唱には入れないのだ。島には魔石を抱えて高速で飛び回れるようなモンスターはあまりおらず、作業の完了までに思ったより時間がかかっていた。それでも、もりおが島中を飛び回っているため、小さな飛行型モンスターだけで立ち回るよりはまだましなはずだ。一定時間ごとに、ドラきちの仲間のドラキー達が作業の進捗状況を報告に訪れている。

 

「……!! なっ、もうこんなに近づいてきてる、いくらなんでも早すぎだ!」

 

 しばしの時間が過ぎ、魔石の3/4ほどが配置し終えた頃、宝石モンスター達の位置はヒカルの想定より春香に早く、スライム島に近づいていた。この調子だと、敵が上陸するまでにマホカトールを発動させるのはおそらく不可能だろう。それでもヒカルは動くことができない。敵を迎撃するために攻撃呪文のひとつも使おうものなら、マホカトールを行使するのに必要な魔法力(マジックパワー)を確保することができなくなるからだ。強大な魔石に蓄積された力を用いてなお、破邪の呪文は術者であるヒカルに相当の負担を強いるものだった。本来であれば、熟練の賢者でもなければ発動できないような高度な呪文であるから、使用者が未熟であれば当然といえば当然なのだが、それでも現状でこの呪文をまがりなりにも行使できる彼は、間違いなく世界有数の魔法使いであった。

 

***

 

 モモとミミの姉妹は、キングスの計らいで城の奥にある一室に避難していた。彼女たちのエルフとしての能力はともかく、直接的な戦闘力は乏しいため、大群との戦いでは数少ない戦闘要員が彼女たちを護りながら戦えないと判断されたためだ。加えて、多数のモンスターに襲われるという状況は、彼女たちにとって過去の恐怖を呼び覚ますのに十分であり、現にこの瞬間も、彼女たちは部屋の片隅に身を寄せ合って、震えていたのだ。

 モモは思う、妹だけでなく、自分自身も未だあの日の惨劇から立ち直り切れていなかったのだと。そして、自分たち姉妹がどれだけ、主である魔法使いの男に守られていたのかということを。これではいけない、自分も皆の、主の役に立たなければと思う、しかし今日に限って体がいうことを聞いてくれない。モモは震える妹を抱きしめ、自身も恐怖に身を震わせながら、同時にやり場のない悔しさに唇をかみしめた。

 彼女たちはまだ知らない。その恐怖は決して、ただ単に過去のトラウマからくるものなどではなく、エルフ特有の鋭敏な感覚が、迫り来る敵の邪悪な力を正確に感知したが故であることを。そして、その邪悪な存在達は、彼女たちの主が考えるより遙かに早く、小さき者たちがひっそりと暮らすこの島に近づいてきているのだ。

 

「2人とも、無事ですか!?」

 

 急にドアが開かれ、ドラきちがものすごい勢いで部屋に飛び込んできた。驚く2人を気遣う余裕もないらしく、彼は一方的に話を続ける。

 

「五芒星が完成する前に、敵にこの島に上陸されました! しかも、今まで見たこともないような恐ろしい奴らばかりです! これからこの城にこもって守りを固めるとキングス様がおっしゃっています。お二人もここから移動してください!」

 

 モモとミミはまくし立てるドラきちの話に、十分について行けてはいなかったが、現状がヒカルの想定したものよりもはるかに悪いということだけは理解できた。彼女たちはドラきちについて部屋を移動し、島中から集められたモンスター達と身を寄せ合って成り行きを見守るしかなかった。

 

***

 

 島のとある一角では、今まさに、最後の魔石が設置されたところだった。ドラキー達ともりおは、作業を終えると迅速にその場を離れ、ヒカルの所へ完了を報告するため城へ引き返そうとしていた。彼らは現在の島の状況はある程度把握しており、侵入者達に見つからないように身を潜めながら、それでもできる限り急いで城へと向かっていた。

 

「もりおさん、私もう飛べません、どうか先に行ってください!」

「でも……おなごを置いていくなんておらには……、い、いやわかったべ、飛べないならここから動くんじゃねえぞ!」

 

 もりおは一瞬躊躇したが、一刻を争う現状において、迷いは命取りになる。彼は覚悟を決め、メスのドラキーが隠れたのを見届けると残りのドラキー達と共に再び城へと飛び立った。

 この島にはおおよそ不釣り合いな、純白の荘厳な城が目に入ったとき、そこではすでに戦闘が繰り広げられていた。割と大きいはずの堀は緑色のカニのようなモンスターに埋め尽くされ、城門の護りを固めるさまよう鎧たちは多数の羽根つきの虫のモンスターと、猫とこうもりを足したようなモンスターと交戦していた。それはそれぞれじごくのハサミ、キラービー、キャットフライと呼ばれるモンスターだ。もりおは状況を見てすぐに、別の場所から城に入ることを選択し、キラービーとキャットフライのいない、彼らの死角になる部分から窓を通って城へ入り、ヒカルのいる部屋へ一目散に飛んでいく。翼が疲労で悲鳴を上げているが、そんなことにかまっている余裕はない。一刻も早く魔石の設置完了を報告せねばならないのだ。

 ようやくヒカルのいる部屋まで続く一本道の廊下にたどり着く。たいした距離はないはずだが、やけに遠いように感じられるのは、彼の疲労と焦りによるものなのだろう。もはやフラフラになりながら、それでもかなりの速度で、彼は部屋にたどり着き、勢いに任せて扉を開け放った。

 

「ひ、ヒカルさん、魔石の、配置が、終わっただ、はあはあ。」

「もりおさん! ありがとう、そこで休んでいてくれ。」

 

 ヒカルは短い言葉でもりおの労をねぎらい、休息を進めると、一度開いた目を再び閉じて精神を集中し詠唱をはじめた。

 

「聖なる力を(つかさど)りし五芒星の光よ、清浄なるその輝きをもって、邪悪なる者の忌まわしき力を打ち払え。」

 

 地図に書き込んだ五芒星の形を思い浮かべ、魔石の大まかな位置を確認していく。それらを魔力の糸でつなげ、五芒星を形作っていく。完全にそのイメージができあがったとき、今までとは比べものにならない強大な魔力が、ヒカルの中に流れ込んできた。自身の魔法力とそれを混ぜ合わせ、島全体を覆う光のドームを形作っていく。

 

「……邪悪なる威力よ、この島より退け!」

 

 ヒカルの目が再度開かれ、その口が最後の発動句を紡ぐ。

 

「マホカトール!!」

 

 次の瞬間、術者であるヒカル自身と、島の各所に埋め込まれた魔石から青白い強烈な光が天に向かって立ち上り、周囲にいた敵も味方も、その輝きに一時、視力を奪われ動きを止める。それはこの部屋の片隅で成り行きを見守っていたもりおも例外ではなかった。

 

「ほええ、やっぱヒカルさん、すっごい人なんだなぁ。」

 

 そんなのんきな感想をつぶやきながら、周囲を照らす魔法の光が収束していくのを、もりおは呆然と見つめていた。程度の差はあれ、現在この島で戦っている者、また島に上陸しようとしている者、皆一様に同じ状況であったろう。

 

「な、何だこの光は、ぐわっ!!」

 

 バチバチという電気が走るような音とともに、今まさに島に侵入しようとしていたキラービーの一体は、突如現れた光の壁に阻まれた。海から上陸を目指していたじごくのハサミたちも、同じように阻まれて先に進むことができない。無理に通過しようとすれば、ダメージが蓄積されて宝石に還ってしまう。マホカトールの結界はヒカルのもくろみ通り、島全体を覆い尽くし、邪悪な力を阻む結界を形作っていた。この結界の前では、現在バラモスが地上に解き放てる程度の弱小モンスターではどれだけの数を束にしても突破することはかなわないだろう。結界の外にいるモンスター達は、これ以上決して進むことはできない。

 

「けっ、やっかいなものを作りだしてくれたニャ。しかし、今更結界など手遅れなのニャ。今まで上陸した手勢だけでも、ここにいるよわっちい奴らなんて簡単に始末できるのニャ~~、ギャハハハハハ!」

 

 キャットフライの1体があげる高笑いに、ほかの者たちも同調するように不気味な笑い声を上げる。それは決して負け惜しみなどではなく、キングスの城の守りはもはや、風前の灯火となっていた。

 

***

 

「……創造の奇跡を今ここに顕現し、新しき命と力をこの者に与えたまえ!」

 

 洞窟の中で、通常の魔法などとは明らかに違う長い長い詠唱をすべて負え、ドルイドが杖を振り下ろした瞬間、跪く女性の足下から彼女を包むような光が放たれた。それは目がくらむというほど強くもなく、彼女を優しく抱くように収束し、彼女の姿はその光の中で徐々に形を変えてゆく。光が収まったとき、そこには緑色のスライムに乗った、フルプレートの騎士らしき姿のモンスター、ドラゴンクエストでは最早おなじみの『スライムナイト』となったアンの姿があった。

 

「これは……私の新しい姿?」

「うむ、転生は成功したようだな。……信じられないようなことだが、精霊神様から直接にお言葉をいただいた。まず、本来はスライムナイトの本体はスライムだが、お主の場合は特別に、別行動を取れる、スライムモギという相棒をいただけるそうだぞ。」

「え?それじゃあこのスライムは……。」

「うむ、初めましてだな。私はアーサーだ。種族はスライムモギ。精霊神様の命により、これから君と行動を共にする。」

 

 ルイドから説明を受け、騎乗するスライムから自己紹介を受けたアンは、彼、アーサーから飛び降りると、その体に触れながら初対面の挨拶を返す。

 

「ああ、これからよろしく頼むぞ、アーサー。」

「それからアンよ、スライムナイトの鎧の中は本来空洞だが、おぬしの肉体は元のままの美しい姿で残されておる。身につけている鎧は精霊の鎧といって、装備品として精霊神様がくださったものだそうだ。それと……。」

 

 途中まで流れるように説明を続けていたルイドが口ごもったのを見て、アンはフルフェイスの兜をとり、元と何も変わらない美しい容姿で微笑んだ。

 

「良いんだ、ルイド。失ったものは私の記憶、ここへ来る前の、思い出だ。それが何だったのかさえ、もはやかけらも思い出せないが、心配するな。たとえ過去を失っても、私はみんなと生きる現在(いま)を守るため、この力を手に入れた。」

 

 そして、再び兜を装備したアンは、アーサーに騎乗すると、どうやって前進しているのか物理的には全く説明のできない高速な動きで、洞窟の入り口へ向かっていった。その場には、杖を持って立ち尽くすだけのドルイドと、彼女がここへ来たときに使用していた、すでに火が消えて冷たくなったたいまつが残されているだけだった。

 

***

 

 それは、まさに生き地獄というよりほかはないだろう。城の守り手である、数少ないさまよう鎧達が戦闘不能にされ、城の一室に集められた者たちも再び移動せざるを得なくなった。十分な防御陣が敷かれているならば、度重なる敵の攻撃にもびくともしないこの城は安全だと言えただろう。しかし、数えるのも馬鹿らしい緑色の化け物達に囲まれ、迎撃できる者がほぼ皆無であるこの状況では、追い詰められて逃げ場のない袋のネズミである。キングスは自分だけしか知らない秘密の隠し通路を使い、城にかくまっている者たちを森へ逃がすことを決断した。結界を張り終わったヒカルたちも合流し、避難作業は黙々と進んでいった。そしてなんとか、敵が城になだれ込んで来る前に、全員が隠し通路を無事に通り、森の入り口に立てられた建物、隠し通路の出口まで到達することができたのだ。だが、それで終わりではなかった。そこからが、さらなる苦難の始まりであったのだ。

 

「……手遅れ、か。」

「くっ、こちらの動きを分かった上でここまでおびき出したのか? 予想以上に頭が回る。」

 

 ヒカルとキングスは瞬時に状況を把握すると、悔しげに顔をゆがめる。結局の所、城に立てこもろうが、外へ逃げようが、大量の敵に取り囲まれるという結果は変わらなかったのである。

 周囲を見渡すと、あたりに広がる草原と同じような色をしたカニのモンスターが地上を取り囲み、空からはキラービーとキャットフライが、その目を邪悪な色に輝かせて獲物達を見下ろしている。

 

「くっそ、ぐんたいガニでも倒せるか怪しいのに、よりによって上位種かよ、しかもキャットフライがセットなんて、完全に魔法使い殺しじゃねえか。」

「あ、ああ、どうしましょうご主人様。」

 

 それは俺が聞きたい。ヒカルは自分が誰かに教えて欲しいと本気で思った。守備力が異常に高く集団守備力上昇呪文(スクルト)を唱えるカニと、攻撃力が高く急所を狙ってくる上に呪文封じ(マホトーン)まで唱えるこうもり猫。おまけに麻痺攻撃を得意とする虫までついている。前衛をつとめていたさまよう鎧達が倒された今となっては、直接的な打撃で彼らと渡り合える者はいない。レベルの高い攻撃呪文で一気に倒してしまう手もあるが、先ほどのマホカトールの行使により、ヒカルのMPはほぼ枯渇状態となっていた。

 

「ギャヒャヒャヒャ、もうこれまでのようだなぁ、どうれ、どいつからいたぶって殺してやるかなあ。」

「ひいっ。」

 

 誰の悲鳴だったのだろう。その声を聞いたキラービーの1体は嫌な羽音を立てながら弱き者たちを物色する。ほかのモンスター達もじりじりと、包囲網を狭めてきている。

 

「く、くっそう、これまでか、俺の身体能力じゃあいつらにダメージすら与えられない。」

 

 ヒカルはここへきて初めて、自分の判断を後悔した。今、島へ攻め入っている連中を片付けてから、改めて結界を張れば良かったのではないかと。しかし、仮にその手段をとったとしても、すべての敵を倒しきる前にマジックパワーが尽きてしまっただろう。未だに、マホカトールの魔法円の外では多数のモンスター達がこの島を取り囲んでいるのだ。おそらく交戦を選んだ場合は、その圧倒的物量に押しつぶされ、今よりもっと早い段階で皆やられてしまっていただろう。彼の判断は決して間違ってはいなかった。間違ってはいなかったが、どうしようもない、抗えない現実というものは、確かに存在する。今がまさにそうである。それを悟ったとき、彼の頭を初めて、諦めという言葉がよぎった。

 

「ゲヘヘ、決~めたまずはそこのちっこいスライムベス、お前からだあっ!!」

「う、うわぁつ! ピキー!!」

 

 叫ぶと同時、キラービーは高速な動きで、ほこらの入り口付近に固まって震えているスライムベスの群れに突っ込んだ。このモンスターの尻尾の針は非常に強力で、刺されると毒で全身が麻痺してしまう。その間に捕獲され食い殺されてしまうのだ。スライムベスの移動速度ではキラービーに遙かに及ばず、当然ただの人間であるヒカルにも追いつける速度ではなかった。

 

「ぐっ、な、に?」

 

 誰もがもうだめだと諦めて目をそらそうとしたそのとき、信じられないことにキラービーは動きをピタリと静止ししてしまう。何事かと、敵を含めすべての人間が固まる中、1人の人物がゆっくりとキラービーの方へ近づいてゆく。その姿をはっきり視認したとき、ヒカルは絶句した。

 

「み、みんなを、いじめると、許さないん、だからっ!」

「ミミっ!!!」

 

 モモの悲鳴のような叫びがあたりに響き渡った。ミミが震える小さな手をキラービーに向け、おそらく念動力(サイコキネシス)でその動きを封じたのだ。手だけではなく、体中が恐怖に震え、歯をガチガチと鳴らし、目に涙をためながら、それでも小さなその身を突き動かすもの、それは怒り。弱者をしいたげる傲慢な強者に対しての怒り、いやそれ以上に、何もできずに怖がって震えているだけの、自分に対する強い怒りが、彼女を前に進ませている。

 魔法とは精神力に大きく左右される力である。彼女の限界を超えて張り詰めた精神は、周囲の者が思う以上にその眠れる力を引き出し、エルフとしての本来の力を一時的に、不完全にではあるが引き出していた。

 

「……これ以上、やら、せない! 氷の精霊よ、凍てつかせよ! 我の行く手を阻むものに、鋭利なる白刃の嵐となりて吹き荒れよ!」

「ば、ばかニャ、体が、動かん!」

「ヒャダイン!!」

 

 キャットフライの1体が仲間に加勢すべく飛び込もうとするが、なぜか動くことができない。ミミのサイコキネシスによる拘束はキラービー1体にしか効力を及ぼしてはいない。にもかかわらず、じごくのハサミやキャットフライまでも、まるで何かに縛り付けられるようにその場を動けないでいた。それは強大な力に対する恐怖、野生の本能と言い換えてもいい。氷結呪文(ヒャダイン)などという高等呪文を使い、1体とはいえキラービーを完全に動けなくするような訳の分からない力を持つ存在に対して、生き物としての直感が警鐘を鳴らしているのだ。

 果たして、完全に詠唱されたヒャダインの冷気は、硬直して動けない敵モンスターの軍団に襲いかかり、それらを飲み込んで周囲を白銀に染めてゆく。そして冷気の嵐が収まったとき、ヒカルたちの眼前には、宝石モンスターの氷像が多数転がっていた。地を這っていた者も、空を飛んでいた者も、等しく吹き荒れる冷気の嵐に当てられ、無残な氷塊となって倒れ伏していたのだ。

 

「つっ、すごい余波だな……、ミミは……無事、なのか?」

「ふうっ、しかしすごい娘じゃな、氷結呪文特化に特殊能力持ちとは……。」

 

 ヒカルとキングスはいち早く立ち直り、周囲の状況を見て唖然とする。それほど呪文のもたらした結果はすさまじく、やがて止まった時間が動き出すように、無数の氷像はガラガラと崩れ、光となって消え去った。後には無数の光り輝く宝石が散らばるのみだった。

 

「はあはあ、やった……?」

「い~や、まだだニャ!」

「きゃあっ!」

 

 ミミが声に反応するより早く、彼女の背後に現れたキャットフライは全身から奇妙な魔力の波動を放った。ヒカルがその意味に気づくより早く、呪文の発動句は紡がれた。

 

「マホトーン。」

 

 ミミを黄色い魔法の光が包み、しかしそれは彼女の体に溶け込むようにすぐに消えてなくなった。一見、彼女の体には何も異常はないように見える。しかし、マホトーンは彼女の肉体ではなく、精神の方に作用し、呪文の発動を封じてしまうのだ。

 

「ま、まずい!」

「! よすんじゃヒカル! 今のそなたでは!」

「ご主人様!」

 

 ヒカルはマホトーンの結果を見届けると、はじかれるようにミミとキャットフライの間に割って入った。訳が分からなくなっていたミミの目前で、彼女の主はキャットフライの鋭利な爪により、その腹部を切り裂かれた。

 

「ぐっ! ああっ!!」

「ご、ご主人様!?」

 

 彼女が我に返ったとき、目の前では自分をかばい、腹からおびただしい血を流して倒れ服す男の姿があった。勢いをつけて飛び込んできたことで、振るわれた爪はより深くヒカルの体を傷つけ、内臓にも到達する深刻なダメージを与えていた。キャットフライの恐ろしいところは、生物の急所を見極め、たとえ防御に優れた存在であっても大きなダメージを与えることのできる攻撃力にある。今の一撃は痛恨とまではいかないが、並の人間1人を一瞬で行動不能にするほど強烈なものであった。

 

「ご主人様、なんで、どうして、私、なんかの、ために……。」

 

 ミミは倒れ服す主人にすがり、ぽろぽろと涙をこぼしながら問う。どうして、自分なんかを助けたのかと。

 

「バカな、ことを……聞くんじゃねえよ。お前が、大事だからに、決まって……んだろうが。いいから、さっさと、逃げ……ろ!」

「ギャハハハハハ、これは良い見世物だ。弱い奴がいくらあがいても、何一つ変わらない。」

「そうニャそうニャ、お前達は全員、我らバラモス様の軍団の前に滅びるのだニャ~!!」

 

 いつの間にか、ミミが数を減らしたはずであるのに、周囲は再び敵に囲まれていた。おそらく、城の包囲に回っていた連中が加勢に来たのだろう。……ミミは見事な高等呪文で敵を一掃したが、それとても襲撃者の半数に過ぎなかったのだ。しかし、半数がやられるというのは相手にとってもかなりの痛手であるはずだが、敵は動揺することもなく、ただ目的を果たさんがため、再びその爪をエルフの少女に向けて振り下ろす。

 誰1人、その場を動くことはできなかった。先のヒカルの行動は、ミミに対する攻撃を予測できたからこそ、それを彼女の代わりに受けることができたのである。しかし、行動が起こされてからでは、キラービーやキャットフライの高速な動きに反応できる者など、この中には誰1人としていなかった。誰もが、少女が切り裂かれる瞬間を直視すまいと、無意識に視線をそらした。その時だ。

  何かが衝突するような音がして、ミミは恐る恐る目を開いた。そこには、キャットフライの爪を盾で受け止めている、スライムに乗った騎士の姿があった。

 

to be continued




※解説
ヒャダイン:冷気の嵐を呼び起こすヒャド系の高等呪文。最高位のマヒャドが敵1グループを対象とするのに、この呪文は敵全体に効果がある。なぜか、ヒャド系だけ4段階あったのは謎である。FCの3では、設定ミスでマヒャドより後に覚えてしまうことがある。後のシリーズでリストラされたりとかなり不遇な呪文。だが、貴重な全体攻撃呪文であるのは間違いない。
マホトーン:敵の呪文を封じ込めるおなじみの呪文。レベルが低いときに使われると大変危険。特に魔法を主力にしている、つまり現在のヒカルたちのようなパーティにとっては鬼門である。僧侶のようなヒーラーがいる場合にも、その喪失は特に痛い。
痛恨の一撃:防御無視で大ダメージを与えてくる、敵側の会心の一撃。キャットフライは序盤の敵としては、攻撃力が高く危険。レベル10~15程度の魔法使いだと2撃で確実に死ぬ。ほか、3では暴れザルなども使ってくるので印象深い。

ええと、ついにやっちまいました。呪文封じ+高攻撃力でのアタック。前衛のいないパーティでは致命的です。しかも守備力特化スクルト持ちと、麻痺攻撃持ちがおまけについてます。
さあ、次回はついに知る人ぞ知る、スライムナイトのアンさんが大活躍だ!

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