【凍結】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

12 / 43
温泉回です。
旧作の焼き直しですが、キャラが増えすぎると話を回せないので、今作では馬は出てきません。


第10話 秘湯 シオン温泉へようこそ!

 マイラの町での騒動から数週間が過ぎ去った。ヒカルたちは船で竜海峡を渡り、プラウという港町に来ていた。世界はバラモスの本格的な侵攻前ということもあり、一応の平和を保ち続けている。しかし、海上でも時折弱い宝石モンスターに襲われることはあって、その頻度が少しずつ増してきているように感じる。これから9年とすこしの間に、可能な限り敵の戦力をそいでおきたい。できれば死せる水攻撃にも対抗できるような何かを作れればと、ヒカルは考えていた。しかし、ヒカルはこの世界のことをほとんど知らないといって良い。テレビアニメ『ドラゴンクエスト』で明らかになっているのはごくわずかな部分だけだ。バラモスの軍勢にしても、アベル達と相まみえたのはほんの一部であり、実際はどれほどの規模なのかまったくわからない。相手を知らないうちに目立つ手を打つのは、現状では悪手と言って良いだろう。まあ、焦っても仕方がない、というのもまた事実である。大魔王バラモスが勇者アベルに倒されるという大きな未来はある程度決まっているはずだから、自分がやることは影からの『お手伝い』と、バラモス以外の脅威に対する備えだろうと、ヒカルは何となく考えていた。そもそも、勇者でもない彼が、魔王と直接対決するなど死にに行くようなものだ。彼はなるべく目立たないように、慎重に事を進めようと決めていた。

 

「ただいま戻りました、ご主人様。」

「おかえりモモ、それで、どうだった?」

「はい、どのお薬も高い値段で売れましたわ。これで当分、旅の資金には困らないです。」

「そうか、いつもありがとう、モモ。」

 

 モモがにこにこしながら、ずっしりとゴールドの入った革袋をテーブルの上に置いた。相変わらず彼女の調合する薬や、採取してくる珍しい薬草は非常に高額で売れているようだ。常に収入が支出を上回っているような状況なので、現在一行はかなりの大金を所持していた。さすがに実金貨であるゴールドを持ち歩くのは困難なため、最近ゴールド銀行に口座を開き、貯蓄を管理している。

 

「……ごほうび、ご褒美がほしいですわ。」

「え? ご褒美、って、おい、ちょっと。」

「あ、うっ、ぷはぁ、ご主人様ぁ……。この唇と舌の感覚がたまりませんわぁ、うっとり……。」

 

 しかし、困ったこともある。こうやって一仕事終えて帰ってくるたびに、『ごほうび』という名の過激なスキンシップ……男女逆なら完全なセクハラをされている状況なのである。今だってこうやって、唇を重ねられた上、ねっとりと舌をからめられ、豊満な胸を押しつけられている。繰り返すが、ヒカルが元いた世界で、立場が男女逆ならば訴えられて完全にアウトな案件である。

 

「ぷはっ、っておい、いきなり何す……。ってうわあぁ?!」

「そ、そんな大胆ですわいきなりそんなところを揉んだりして……、あっ! そ、そんなに強くしては痛いです、もっとやさしく、あ、そうです……うんっ。」

「ってなにやってんの君は、これは手が当たっただけでしょう、何勝手に俺の手を自分の手で押さえ込んでいけないことしてるの、ご褒美ってなんでこういうこと限定なわけ?!」

 

 口が離れたと思ったら、今度は手を胸に押し当てられ、勝手にぐりぐり動かされている。見る者が見れば歯ぎしりをして悔しがりそうだが、皆が皆、そのような状況で喜ぶわけでもない。

 モモがこうして資金稼ぎをしてくれるおかげで、路銀に困ったことはない。……ないのだが、別なことで、ヒカルが困っているのはご覧の通りなのである。

 

***

 

 翌日、朝早く目が覚めたヒカルは1人で村を散歩していた。プラウはマイラに比べると小さな町だが、漁業に携わる者たちがせわしなく動いているのが分かる。それ以外の住民達も次第に起き出してきて、朝飯前の一仕事をしているようだ。

 

「うわ~ん、痛いよう~!!」

「まあ、たいへん! 危ないからそこにあるものをさわっちゃいけませんってあれほど言ったのに……どうしよう、なかなか血が止まらないわ。」

 

 そのとき、ヒカルは民家の軒先で、泣いている子供とその母親らしき人物を見かけた。子供の足下には鎌が転がっていて、どうもこれでケガをしたらしい。押さえている腕からけっこうな量の血がしたたり、地面へ落ちている。布で押さえてはいるが、止血がうまくいっていないのか真っ赤に染まってしまっている。

 

「おや、ケガをしたんですか?」

「え、ええそうなんです、なかなか血が止まらなくて、血止めの薬草を切らしていて困ったわ。」

「うえええん! 痛いよう!」

「どれ、坊や、ちょっと見せてみな。」

 

 傷口は腕のやわらかい部分に斜めにスッパリとできていて、確かに止めどなく血が流れ出てくる。何かの拍子に変な勢いがついて切れたのか、経緯は良くは分からないが、このままでは止まるまでにかなりの出血をしてしまいそうだ。そう判断したヒカルはおもむろに子供の傍でオロオロする女性に問いかけた。

 

「この子のお母さんで?」

「え? は、はい。」

「この子の名前は?」

「ランドといいますが、それが何か……?」

 

 子供の母親は不思議そうな顔でヒカルを見ている。確かに、この状況で子供の名前など聞いてどうするのだろうか? 母親がそう考えたとしても不思議ではない。しかし、ヒカルのこの質問にはきちんとした理由があった。これから使う呪文は対象者の名前がわからなければ効果が極端に落ちる。何故か理由は不明であるのだが、詠唱するならば対象者の名前を入れた詠唱をせねばならず、詠唱しないにしても、対象者の名前を思い浮かべる必要があるのだ。ヒカルは右手を子供の傷口の上にかざして呪文を唱える。

 

「ランドの血肉よ、その傷を癒やせ、ホイミ。」

 

 ヒカルの手から淡い緑色の光が放たれ、ランドの傷口を少しずつふさいでいく。ザナックであれば、ほぼ一瞬で傷口を塞ぐことが出来るのだが、ヒカルの場合は少し時間がかかってしまう。やはり同じ呪文でも、使い手により得手不得手があるのは仕方のないことのようである。それでも数秒で傷はきれいにふさがった。ヒカルはさっき母親が傷口を押さえるのに使っていた布の汚れていないところで、腕に着いた血をぬぐってやった。

 

「ほれ、もう大丈夫だぞ。」

「あ、痛く……ない。ありがとうお兄ちゃん!」

「あ、ありがとうございます!」

「あ~、いいって、気にしないで。」

 

 ヒカルはひらひらと手を振って、何でもないよと言う意思表示をして、その場を離れた。モモがいれば適当な薬を持っていたのだろうが、まあこれはこれでいいかと納得しておく。魔法で傷を治したり、毒を消したりするのも、日常生活の役に立つ。魔法を広めていくのであればそういった面をアピールするのは悪くない手段だ。

 

***

 

 プラウの港町で数日を過ごし、ヒカルたちはシオンの山を目指して出発した。それから3日後くらいに、大きくそびえ立つ山の麓にたどり着いた。しかし思ったよりも高い山で、なおかつかなりの部分が断崖絶壁ときている。まるで天然の要塞のようにそれは彼らの行く手を阻んでいた。上れそうな道もないので、とりあえず周りをぐるっと確認して歩くことにする。どこにモーラがあるのか皆目見当がつかない。作中で目印になり得るものといえば、確か温泉があったはずだが、それにしても1カ所だけとは限らない。結局、ほぼしらみつぶしに探すしかないような状況だ。今回は大量の保存食を持参してきている。少し長旅になりそうな感じがして、始まったばかりだというのに疲れてきているヒカルだった。

 

「それにしても、大きな山ですわね。」

「おっきいね、あの中から今は滅んだ都を探すなんて、本当にできるの?」

「わからん、もし食糧が尽きたらルーラで戻って作戦の練り直しだな。」

 

 我ながらなんといい加減なことかと、ヒカルは心の中で苦笑いを浮かべる。彼は旅行好きで、元の世界でも少ない休みをうまく使って様々な土地を訪れていた。しかし行動が行き当たりばったりというか、計画性がないというか、とにかく大雑把だった。そのために同行者を振り回したことも多々ある。まあ、そんなこと後になって考えれば良い思い出だとは思っている。

 かなりの時間を歩き、ミミが疲れを口に出し始めた頃、ヒカルたちは休憩のため、適当な場所で大きな木の下に腰を下ろした。そして大木に背を預けると、ヒカルは道具袋から人数分の干し肉と水筒を取り出し、ミミとモモに手渡した。3人で食事を取りながら、陽光が所々から差し込んでいる森の木々を眺め、鳥たちのさえずりを聞きながらしばし無言の時を過ごす。

 

「そういえばご主人様、食べ物とお水をいっぱい買ったけど、ぜんぶその小さい袋に入ってるの?」

「ん? ああ、そうだよ。この袋は特別製でね、ザナック様のところでたまたま見つけたのをもらってきたんだ。」

 

 ヒカルが食料を取り出した袋は、腰に下げて歩ける程度の小さなものだ。とても、買い込んだ数週間分もある食料を入れておけるとは思えない。しかし、これはヒカルの言うとおり、特別なものである。ゲームで言うところの『ふくろ』コマンドと同等の機能を持った、見た目よりもはるかに大量の持ち物を入れておける大変便利な代物なのである。さらに、重さも片手で楽に持ち上げられるほど軽く、手を突っ込むだけで中に入っているアイテムの名前、個数などが頭の中に浮かんでくる。そればかりではなく、取り出したいものを頭の中に思い浮かべるだけで取り出せるという、帽ネコ型ロボットのポケット顔負けの多機能ぶりときている。ザナックのところで物置の整理をしていたら、隠し部屋を見つけ、冗談半分で唱えた解錠呪文(アバカム)によって開かれた扉の先にあった小部屋から、ヒカルはこの袋を見つけ出したのだった。旅立つ際に、ザナックがこの袋といくつかのアイテムを持たせてくれたため、ありがたく使わせてもらっているのだ。

 冬に近い季節のためか、森の木々から色とりどりの葉が落ち、冷たい風にあおられている。3人は防寒のために毛皮のコートをそれぞれ着込みながら、体を温めるために自然と身を寄せ合っていた。

 

「……ご主人様、気づいていますよね?」

「ん? まあね。」

 

 モモの言葉に、ヒカルは周囲を見渡しながら返答する。先ほどから、こちらを伺っている複数の気配がある。ただ、それはモンスターのものであろうと思われたが、邪悪な宝石の力を感じない、悪意のないものだった。3人が食事を終えてしばらくしてから現れたその気配は、木陰に潜んで様子をうかがっているようだったが、ここへきて動き出し、少しずつこちらに向かってきているようだ。

 

「あ~、ちょっといいべかな?」

「はい?」

 

 急に話しかけられて、ヒカルはとっさに返答したが、何とも間の抜けた返事であったろう。気配に気づいていたのだから、声をかけられたこと自体には、別段驚くはずはない。声のした方を向いてみると、バンパイアのような……いやたぶんそのものだろう姿のモンスターが空中にプカプカと浮かび、ヒカルたちを物珍しそうに見ている。ほかにもスライムや、いっかくウサギ、ももんじゃが一緒にいるのが見える。

 

「おめえさんたち、この辺のもんじゃあねえべ、見たところ悪い気配も感じねえし、こんな所に何の用だべ?」

「あ~、ええと、その……。」

 

 ヒカルが驚いたのはその口調だ。体色からおそらく『こうもり男』であろうそのモンスターは、いったいどこの田舎かと思われるような訛りのある口調で話しかけてきた。彼に対する反応に若干戸惑いながら、ヒカルは自分たちの行き先である、今は滅んだ都のことを知らないかと、尋ねてみることにした。

 

「あのさ、こうもり男さん?」

「ん? 何だべ?」

「このあたりに、モーラの都ってありません?」

 

***

 

「はあ、いい湯だ……。」

 

 あれから数時間後、ヒカルたちはシオンの山の麓にある温泉にきていた。なんと魔法でちょうど良い温度になるように調整されているらしい。とはいえ、手が加えられているのはそこだけで、あとは自然のままにしてあるそうだ。天然にできあがったとは思えない立派な岩風呂はありえないくらい広く、ヒカルはふと元の世界……日本のことを思い出していた。あれから結構な時間が経過してしまった。今更帰っても仕事はクビだろう。そもそも帰る手段などあるのだろうか。元の世界の暮らしは決して楽なものではなかったが、ブラック企業に勤めている割には、上司以外の同僚には恵まれていたし、気の置けない友人もそこそこいた。こちらの世界に来てから驚くことばかりで、元の世界のことなど思い出す余裕がなかったと、ヒカルは誰もいない浴室で苦笑を浮かべるのだった。

 

――休みになると昼まで寝てんなおまえ、あんまり無理すんなよ。

――友だちが事業やってんだけど、こないだ俺んとこにいい人材はいないかって相談しに来たんだ。……転職してみない?

――いいかげんに意地張るのやめろよな! お前そのうち体壊して死んじまうぞ!

 

 この世界に来る前に、友人が自分を心配してくれていたっけと、ふとそんなことを思い出す。1人で考える時間が出来ると、いろいろなことが改めて頭をよぎる。そういえばブラック企業なんか辞めてしまえ、仕事なら紹介してやると言っていた親しい友人のことも、久しく忘れていた。これから自分はどうなってしまうのか、彼には自分自身の未来を見通すことなど、できるはずがなかった。……いや、人の未来を見通せる力のある者でも、自分の未来だけは見ることが出来ないと言われている。そうであるからこそ、人は悩み苦しみ、それでも決断していくのかも知れない。

 

「大きなお風呂ですわね~。」

「そうだな、自然にこんなものができちまうんだから驚きだ。……ってあれ?なんか背中にや~らかいものが……それに初めてじゃないようなシチュエーション……。」

 

 ふと、自分の背中に奇妙な重みを感じて、振り返って確認しようとしたヒカルの首に、細くてしなやかな手が絡みつく。そして、うわずった甘ったるい女の声が、彼の耳元で何かをささやきはじめた。

 

「ああっ、ご主人様の背中に私の胸が……あんっ、気持ちよすぎて気絶してしまいそうですわぁ。」

「うわぁああっ!? おいこら変態エルフ! ここは男湯だぞ、おまえはあっちだあっち!!」

 

 動揺している場合ではない。この場はなんとしても彼女に即刻、お引き取り願わなければならない。ここは公衆浴場、今はほかに誰もいないが、いつ誰が入ってきてもおかしくない。家の風呂場のように女性が突撃してくることなど許されないのだ。しかし、正論を盾にこの場を切り抜けようとしたヒカルの目算は、変態エルフの次の言葉でもろくも崩れ去った。

 

「大丈夫ですわ、お金払って貸し切りにしてもらいましたから、2時間ほどだ~れも来ませんわ。ミミが疲れてねこけている今がチャンスですわあ……。」

 

 こともあろうに有り余る財力を振りかざし、宿の主人であるガーゴイルを買収し、モモは敬愛するご主人様にその身を捧げるために産まれたままの姿で浴場まで欲情むき出しでやってきたのだ。当然、積極的な女子に免疫などないヒカルは大いにうろたえた。いや、ヒカルでなくてもこの状況であれば、男なら誰もが多少はうろたえるというものだろう。

 

「や、やばいって、目つきが、目つき!!」

「ご主人様ぁ……あふう~ん。すりすり。」

「ちょ、何を俺の背中にすりすりしてるの君は、柔らかくて大きいものとその先端が背中を這い回ってるんですけど?! ぎゃ~、誰か助けて~!!」

 

 妹のものよりはるかに大きい、女性としての象徴たる2つの膨らみは、ヒカルに体をすり寄せるモモの動きに合わせて彼の背中を這い回る。興奮で存在感を増した先端が肌をくすぐるたび、なんとも言えないぞくぞくとした感覚が、ヒカルの背中に走る。意識を飛ばしそうになりながら、渾身の力で拘束を解き、ヒカルは一目散に浴場を後にした。

 

***

 

 静かに物思いにふけっていたはずが、結局エルフ姉の変態行為によりいつもの突っ込みを入れ、前回のよく似た場面と同じく、その場から離脱を図ったヒカル。幸いモモにはミミのような呪文は使えなかったらしく、なんとか振り切って食堂まで逃げてくることが出来た。ここはシオンの山の麓にある温泉宿。名前もそのまま『シオン温泉』というらしい。原作にこのような場所は出ては来なかったが、まあ天然の温泉があったし宿くらいはあって当たり前……なのかもしれない。

 食堂内は夕食時を過ぎており、客はまばらである。しかし、客といっても人間はほとんどおらず、獣型を中心としたモンスターばかりである。人間にはあまり知られていない温泉らしく、利用していくのはモンスターや妖精、エルフなど森に住み着いている者がほとんどだそうである。

 

「おんやあ、ヒカルさん、もう上がっちまったんか? さっき、めんこいおなごが風呂場を貸し切りにしてったけんども、あれぁおめえさんのツレじゃなかったべか? オラてっきり、2人で貸し切っていいことするんかと思ったべ、な~んてうらやましい。リア充爆発するべ。」

 

 適当に座る席を探していると、ここへ案内してくれたこうもり男に声をかけられた。彼は名前をもりおといい、普段は自警団として森の安全を守っているらしい。

 

「いや、もりおさん、普通の女の子ならちょっと喜んじゃうかもしれませんけどね、うちの使用人は変態でしてね、変態。」

「あんれぇ、あのお嬢さん、恋人とか奥さんじゃないんだべか? 使用人って、んじゃあヒカルさんは彼女のご主人様なんだべか?」

「ああ、そういうこと、ほら、いっしょにつれてたちっこい方のエルフは彼女の妹でね、2人とも俺の使用人ってことなのさ。

 

 ヒカルはもりおの向かいの椅子に腰掛け、先ほど遭遇した災難について説明していた。エルフ姉妹はモンスターから見ても美しいらしく、ヒカルがそんな美女の誘いを断る理由を、もりおはよく分からないというように首をかしげながら聞いていた。

 

「ふ~む、ヒカルさんえらい人なんだな~、でもそんな人が、モーラなんかに何の用だべ? あそこはもうはるか昔に滅んじまって、今じゃあ誰も住んでねえだよ?」

「ああ、実はね……。」

 

 ヒカルはもりおのさらなる質問に答え、自分の旅の目的を大まかに話して聞かせた。

 

「……こりゃあおったまげたな、あんた魔法使いだったべか。しかも大魔王に嫌がらせするって、そんな伝説上の、ホントにいるかどうかもわからん奴相手に、変わった人というか、すごい人だべ。……わかったべ、場所はオラが案内してやっから安心するべ。」

「本当? そりゃあ助かる、よろしく頼むよ。」

 

 大魔王のことは信じていない殴打が、とにかくもりおはモーラの都までの案内を申し出てくれた。これであたりをしらみつぶしに探すような面倒なことはしなくて済みそうだ。思わぬところから救いの手が差し伸べられ、喜ぶヒカルであった。

 

「お、おいどうした、しっかりしろ!」

 

 もりおとヒカルの話が一区切りして、お互いに何か食べようと、注文のため席を立とうとしたとき、急にドサリと音がして、何かが食堂に転がり込んできて、周りが騒然となった。入り口の方を見てみると、小さな濃紺の塊が転がっている。駆け寄って声をかけたいっかくウサギもどうしたものかと困っているようだ。ヒカルは濃紺の塊のように見える何者かの元へ近づき、状態を確かめるために声をかける。

 

「お、おい大丈夫か?」

「は、はい……飲まず食わずで飛んできたもんで、お腹が減ってしまって、もう動けないです……。」

「おい、しっかりするだべ、食いもんなら今、持ってきてやるから。」

「すみません、ありがとうございます……。」

 

 近づいて良く確認してみると、1匹のドラキーが倒れていた。ヒカルともりおは、とりあえずドラキーを支えてやって自分たちの座っていたテーブルの空いた席へ座らせ、それからすぐに食べ物を持ってきた。それを見たドラキーは、よっぽど空腹だったのだろう、ものすごい勢いで食べ始めた。しばらく無言の状態が続いたので、その間に残る1人と1匹?も夕食をとることにする。ふと外を見ると、いつの間にか日が落ち、あたりは夜の闇に閉ざされていた。

 しばし無言で食事をとり、一息ついた後食後の飲み物を楽しみながら、どうやら落ち着いたらしいドラキーに、ヒカルは尋ねてみた。

 

「んで、何を慌てていたんだ? 飲まず食わずで飛んでくるとか、明らかに非常事態でしょ?」

「はい、それが……。」

 

 彼、ドラキーのドラきちの話によると、彼らの故郷が宝石モンスターの軍団に脅かされているらしい。彼らの故郷、小さなモンスターが身を寄せ合って暮らす『スライム(とう)』というのだそうだが、そのスライム島はゾイック大陸の片隅にあるという。そんなところからここまで飛んできたのかと思えば、どうもそうではないらしく、島にある旅の扉を通って、モーラの都経由でここまできたそうだ。モーラにそんなものがあったかとヒカルは不思議に思ったが、原作はモーラの都について、いやそのほかの場所についてもあまり詳しく説明してはいなかった。旅の扉はおろか、スライム島などという場所も原作には登場しない。ゲームならば、スライムの形をした島はどこかで出てきた気はするが。

 

「それで、今はどういう状況なの? 助けを求めに来たんだろ? とりあえず話してみなよ。ただ、俺も連れもあんまり強くないから、力になれるかわからないけど。」

「はい、今は海からマーマンとかがたまに攻撃してくる程度ですが、たまに上空から大ガラスや、さそりばちなんかが襲ってくることがあって、その頻度と数が少しずつ増えてきているんです。奴ら宝石モンスターはきれいな水に弱いらしくて、海に囲まれたスライム島にはなかなか近づかなかったんですが、最近嫌なにおいのする汚れた水が、だんだんと海を侵食していまして、海の汚れがひどくなるにつれて、その……敵が襲ってくる頻度も増えています。」

「なるほど、死せる水、ね。」

 

 さて、どうしたものか、とヒカルは思案する。助けてやりたい気持ちはある。しかしヒカルたちはあまり強くない。かといってあまり戦わないでいるのも、いつまでもレベルアップしないということになり、それはそれであまりよろしくない。いざとなればルーラ1回分のMPを残しておけば逃げられる。ゲームのように数値がはっきり浮かぶわけではないが、感覚で自分のMPと、使う呪文の消費MPはなんとなくわかるのだ、なんと便利なことか

 話がそれたが、モンスターズなどのシリーズがわりと好きなヒカルにとって、善良なモンスターをも苦しめるバラモスの方針は気にくわない。できれば害のないモンスター達も味方に引き入れられれば、対抗する戦力になるかもしれない、とも考えた。

 

「よし、わかった。とりあえず俺が助けに行こう。ただ、やれるだけはやってみるけど、うまくいくかはわからないぞ?」

「本当ですか?! ありがとうございます!」

「じゃあ今日はとりあえずゆっくり休んで、明日の朝出発することにしよう。あ、でもモーラにちょっと用事あるから、寄り道していくよ? そんなに時間かからないと思うけど。」

「それでいいです、お願いします。」

「じゃあ決まりね。」

 

 とりあえず、モーラ経由でスライム島に向かうことを決めて、ヒカルは部屋に戻るために席を立った。もりおに追加の食料の手配を頼むと、快く引き受けてくれた。ヒカルはいくらかのゴールドをもりおに渡して、自分たちの部屋に戻るために歩き出した。さあ、また明日から忙しくなるぞと気合いを入れてみるが、何かを忘れているような気もする。しかし、まあたいしたことではないだろうと、彼は深く考えることもなく食堂を後にするのだった。

 

***

 

 暗く、深い水の底。地上からの光が十分に届かないその場所は静かで、外界からは隔絶されているように思われる。そんな暗く深い水の底に、大きな岩山のようなものがいくつもひしめき合っていた。それらはよく見ると、元は人工的に作られた建造物だったようにも見える。事実、はるか昔にこの地には、反映を極めた文明が存在していた。『エスターク文明』と呼ばれたそれは、名前も同じ都を中心とした一大国家であったといわれている。そこに住まう者たちはヒカルの住んでいた世界の水準からみても明らかに高度な文明を築き上げ、世界にその名を轟かせていた。

 しかし、盛者必衰、おごれるもの久しからずとはよく言ったもので、自らの力に溺れたエスターク人たちは、次第に世界を手中に収めるという壮大な夢を抱き、それを叶えるために様々な研究を始めた。だが、幸か不幸か、その研究が軌道に乗るより早く、彼らの文明は崩壊を迎えた。急速な発展は水の汚染を招き、それによりエスターク人たちの住まうゾイック大陸は、その大半が微生物すら存在しない死の大地へと変えられてしまったのである。

 そんな時代から数千年という月日が流れ、ゾイック大陸にも豊かな自然がよみがえり、世界は平穏を取り戻していた。しかし、エスタークのあった場所だけは未だに汚染水が充満する広大な沼地のままであり、生物を寄せ付けない邪悪な気配に包まれていた。

 そんな沼地の底には何もなかった。魚はおろか、微生物の類いですら、生存することがかなわない水、死せる水に満たされたその場所はよどんだ『無』の世界であった。だが、そのような世界にあってもなお、無数の白く光る物体がその中を動き回っていた。それは人魂と呼ばれる者に酷似していた。だが、それは人の魂などではなく、残留思念。それも世界征服などという馬鹿げた野望を未だ諦めきれない、愚かな古代人達の執念のなれの果て。次第に集まった有象無象のそれは、やがて明らかな意思を、そして力を持って動き始める。過去に沈んだ栄光にすがりつくように、今、光の世界を歩むものを妬むように。

 古文書にはこう記されていた。『かつて栄光を欲しいままにし、野望叶わず散っていった哀れな者たちの魂。それが寄り集まるとき、深淵の闇より災厄をもたらすもの来たり。その名をゾーマと呼ぶ。』と。

 だが古文書を記した偉大なる先人達も、これから起きる世界の危機を、何一つ予想できてはいなかった。いま、真なる暗黒の闇より、新たな脅威が現れ、古代文明の怨念を受けてよみがえろうとしていた……。

 

to be continued




※解説
ふくろ:おもにSFCのリメイク版から導入された、パーティ共通のアイテム入れ。預かり所に行かなくても大量のアイテムを放り込んでおくことができる優れもの。今回は小型軽量ということで、腰にくくりつけて歩いても邪魔にならない。決して「やくそうぅ~~。」とか言いながらアイテムを取り出してはいけない。また、中から竹とんぼや扉によく似たアイテムなどは出てこない。
毛皮のコート:主に寒い地方で常用されている防寒服。現在は冬ということで、旅人の服やマントでは寒すぎるだろうと思い、装備を変えさせている。作者が面倒くさがったから全員同じ防具だとか、そんなことを言ってはいけない。
シオンの山と温泉:原作では無人だったが、本作ではガーゴイルが経営する温泉宿がある。ここでは旅に役立つアイテムがいろいろ売っているらしい。また、温泉まんじゅうなどおみやげも充実しているとか。とても温厚な主人で、種族にかかわらず客はすべて平等に扱うそうだ。ちなみに、何故かわからないが、太ってヒゲを生やした商人が来ると急に臨戦態勢に入るという噂がある。また、店で盗みなど悪事を働くと、魔王も真っ青な戦闘能力を発揮して、地獄の底や魔界の果て、はるか天界までも追いかけて捕まえに来るらしい。

あんまりサービスできてない温泉回でしたw
なかなか話が進みませんな。
ヒカルと対を成す敵側の正体も徐々に明かしていこうかと思います。
さて、何が出てくるやら。

次回もドラクエするぜ!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。