俺の名は。   作:a0o

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 終わりが始まります。


祭りが終わるまで

 

 そして糸守に帰還後、駅には流と四葉が待っており微笑みながら嬉しそうに口を開く。

 

「ただいま」

 

「お姉ちゃん、なんか良い事あったん?」

 

「ははあ~」

 

 流のお見通しだと言わん顔に四葉が服の裾を引っ張って説明を求めるが、ニヤニヤするだけで何も答えず姉を見ても頬を染めて俯くだけだった。

 

「ま、こうしていても仕方ないし、早く要件を済ませに行こう」

 

 流は歩き出し四葉と三葉が続いていき、役場を目指している途中に声を掛けられる。

 

「みーつはー!」

 

 声の方角を見てみると自転車に乗ってテッシーとサヤちんが一緒に近づいて来た。

 

「相変わらず仲良いなあ」

 

「「良くないわ!」」

 

 全く同時に言葉を放つ二人に流と四葉も同意だというように肯く。

 

「いや、それよりも突然何日も学校サボって何しとったんや?」

 

「そうや、心配し取ったんやんよ」

 

 良き友人達の言葉にささやかな感動を覚え胸がつまらせていると、流が前に出て口を開く。

 

「それは俺から説明しよう」

 

((え!?))

 

 宮水姉妹が驚きながら顔を向けて成り行きを見ている中で、流は彗星が分裂して隕石が落ちてくること、50%以上の確率で糸守に落ちてくる可能性がある事を包み隠さずに説明していく。その姿に呆れながら、一笑されるかドン引きされると思い当事者たちの反応を窺うと斜め上の返事が返ってきた。

 

「そりゃ・・・一大事だ!」

 

「ちょっとテッシーなに真に受けてるの!」

 

 あっさり信じるテッシーと窘めるサヤちん、そう言えばこう言う人達だと失念していた。

 

「けど糸守湖が隕石湖だってのは俺も聞いたことあるし――――――」

 

「ああ、その手の話はまた今度!

 確か若茶さんでしたっけ?こんなんと違って何か根拠があるみたいだけど、それでももしもの話でしょ?」

 

「ああ、その通りだ。もしもで済んでくれれば良いんだが」

 

 サヤちんの常識人的見解に流水の如きスムーズに応える。東京を訪ねた日から今日までを知っている身として何度もそう思い繰り返してきたのが改めて察せられ、援護するように口を開く。

 

「でもそうじゃないかも知れん・・・そして一番危険なのは糸守なんよ」

 

「三葉・・・あんたまでどうしてしまったのよ!?」

 

「正気なのは自分だけかと言わんばかりだな。まぁ無理に信じんでいい」

 

「若茶さん!?」

 

「ただ・・・事が終わるまでいいから、妄言と切り捨てて忘れるのは待ってくれ」

 

「俺は信じるぞ!んで、どうすんだ?防災無線ジャックして町中を避難させるか?」

 

「う~ん、現時点で落下予測は大雑把過ぎて逃げ場所が割り出せない・・・・が、当日になれば予測の確実性はグッと上がる。想定の一つとしてはありだな」

 

「じゃあ、その為の計画を――――」

 

「あくまで案の一つだ。それも込みで町長殿に話してみるか。

 勅使河原くんだっけ、君、結構話が分かるな・・・君の案は俺の策のバックアップに組み込めそうだぞ」

 

 意外に有意義な時を得て流の気分は僅かに軽くなり、謝意を込めてテッシーの肩を叩く。

 

「バックアップってもう対策考えてるのか?」

 

「上手くいけば良いが、そうも言えないの世の常だからな」

 

 男・・・危うし思想を持つ同士で盛り上がる会話に女子達は付いて行けず途方に暮れそうになるが話は直ぐに終わってしまい、互いに握手を交わしていた。

 

「ここに来て味方が増えるのは心強い、頼りにさせて貰うぞ」

 

「ああ、任せとけ」

 

「さて、それじゃまず、この事を一番知っとかなきゃ行けない所に説明に行こう」

 

 その言葉に三葉は無言で肯き友達と別れ役場まで歩いて行く。

 

 

 ***

 

 

「馬鹿も休み休み言え、それになんだ50%とは?」

 

 糸守町長にして三葉達姉妹の父、宮水俊樹は重い声で一蹴する。

 

「お父さん、このままじゃ皆が死んじゃうかも――――」

 

 三葉が興奮して声を上げるのを流が制して話を代わる。

 

「仰るとおり、彗星が割れて姻せきとなり50%の確率で糸守に落ちるなど、馬鹿げています」

 

「・・・・分かっているなら――――」

 

「しかし、これは科学的根拠に基いて割り出した予測であり、妄想じゃない」

 

「そこまで言うならその根拠とやらを提示して貰おうか」

 

 苛立ちを押えた声での要請に流は荷物からファイルを取り出して差し出す。

 

「俺が研究している〝ある電気物質〟の資料です」

 

 流に対し町長は苛立ちに呆れが入り混じり眉間に指を当てる。

 

「すまないが学生のレポートをじっくり読んであげるほど暇じゃないんだ。それが根拠だと言うなら担当教諭の是非を貰ってきなない。その上でなら話を聞いてやる」

 

「う~ん。じゃ、話の向きを変えましょう。あなたの奥様、宮水二葉さんについて、一緒に居る中で不思議だと感じる時はありませんでしたか?」

 

「・・・宮水やこの町の空気に触れて妄言に取り憑かれたか」

 

 病人を見るような目で言う仕草に流は笑みを浮かべる。

 

「心当たりはありそうですね。ではその現象をオカルトでなく科学で説明できるとしたら?」

 

「・・・・・・・」

 

 町長は無言だがその目の色は変わり、食い付かせた手応えを感じた。

 

「俺はそれに対する確証を得る為に糸守に来ました。聞けばあなたも元々は民俗学者として糸守の伝説を調べに来たと、ならば学者(・・)としてどれだけ馬鹿げていようと、その目で見た事実(・・)を私情で否定はしてないはず。ここには俺が調べた研究を下にした仮説も入ってます」

 

ファイルに手を置いて更に続ける。

 

「だけど、これはもう直ぐ紙屑になる・・・確証を示す為に必要なモノを手放さなきゃいけないから」

 

「最初に言っていた隕石の事で?」

 

「ええ、そしてあなたも糸守を預かる町長(・・)として何らかの志があるなら、せめて彗星が通り過ぎるまでは頭の片隅でもいいから俺の言葉を留めて頂きたい」

 

 流は手を放して一方白に下がり、腰を曲げて頭を下げる。

 

「よろしくお願いします」

 

「わ、私もお願いします!」

 

 三葉が続くように頭を下げる。

町長は溜息を一つ付いて、口を開く。

 

「・・・・・・町長として最善は尽くす。これで納得しなさい」

 

「ええ、充分です。それでは」

 

 流と三葉は頭を上げて部屋を去り、役場を出て暫く歩いた時に三葉が訊ねる。

 

「あれで良かったの?」

 

「想定内だ。まともな思考を持ってる反応だ・・・あとは聞く耳を持ってるかだが、確かめてる時間は無い」

 

「でも、もっとちゃんと話せば・・・と言うか悔しくないの?子供の戯言みたいな扱いで」

 

 流は三葉に顔向け苛立った声で言った。

 

「悔しくないと思うか・・・理屈では尤もだと分かってれば何も感じてないと?」

 

「うっ!・・・・」

 流の目は据わっており失言を悟るも気休めにもならない言葉しか浮かばず言い淀んでいると何も言わずに顔を戻して歩いて行く。黙って付いていくも空気が重く、されど気の利いた言葉が出てこず頭を悩ませながら時間が過ぎていくと電子音が鳴り二人の足が止まる。

 

「待っていたぞ」

 

 流はタブレットを取り出し着信ボタンを押すと画面にずぶ濡れになっている瀧が映った。

 

『あ、最後のポイントでの作業終わったんでデータ送ります。で、説得の方は?』

 

「伝えるだけ伝えといた・・・それにしても酷い格好だな」

 

『突然ドバッと降ってきたからね・・・・・今日中に俺も糸守にと思ってたけど、明日になりそうだよ』

 

「別にいいけど、来た所でする事ないよ。データの受信は完了したから後は当日まで彗星を観測し続けるだけだ・・・・・・寧ろ三葉ちゃん達を連れて糸守を出た方が生存率上がるぞ」

 

『46.2%で逃げても同じなんでしょ?それにここまで着たからには最後を見届けるくらいはしたいです』

 

「なら気が済むようにしてくれ。だけどこっちに来てから風邪でぶっ倒れるなんてことは勘弁してくれよ」

 

『分かってますよ!』

 

 流はタブレットを三葉に渡す。

 

『って三葉・・・は居るよな当然』

 

「瀧くん、本当にいいの?」

 

『約束しただろ、今度は俺が糸守(そっち)に・・・三葉に会いにいく』

 

 三葉は嬉しさで胸が一杯になり、小さく肯いた。

「うん。待ってるから」 

 

 通信を切り、タブレットを抱きしめようとしたが肩を叩かれ顔を上げると流が無粋な声を掛ける。

 

「恋心に浸るのは後、データ洗い出さなきゃいけないから返してくれ」

 

 瞬間、三葉は顔を真っ赤にして慌ててタブレットを差し出す。

 

 

 ***

 

 

 そして日にちは過ぎ、ティアマト彗星再接近のニュースが日本中に駆け巡る。

 

「日本中はお祭り騒ぎ、糸守(ここ)はホントに祭りだし・・・・・なのに俺はどうしてこんなヤキモキした気持ちに苛まれなきゃいけないの?」

 

 宮水のご神体の窪地で一人ニュースを見ていた流は誰に言うわけでもなく呟いた。

 瀧と三葉に回らせたポイントとのデータリンクは完了し、分刻みで彗星の軌道と発生するナーマズの共鳴する分裂の時間、分裂した後の角度の割り出しと連日休む間もなく作業しているが、出て来た結果に安心できる要素は皆無であり発狂したい気分だった。

 

「今日ここで俺は終わるのか・・・明日を迎えて次に進めるのか・・・」

 

 空を見上げるもまだ彗星は見えず、日暮れが近づいて行く時間まで作業に没頭していると通信が入る。着信を受けると画面に瀧と三葉、テッシーとサヤちんがそれぞれ別の画面に映り打ち合わせ通りに待機しているのが分かった。

 

「さて、最終ブリーフィングと行こうか」

 

『ホントに落ちるんですよね・・・彗星が?』

 

 まずテッシーが口を開く。

 

「ああ、さっきまでの観測の結果、53.8から91.3%で糸守に落ちると出た」

 

『91って・・・殆ど確実じゃん・・・・』

 

 サヤちんの顔が青ざめる。

 

「ああ、今からでも逃げた方がいいかも知れんぞ」

 

『それじゃ、何の為の一週間だったですか?』

 

『そうよ、私たち色んな人たちから異常だとかおかしいとか思われながらも―――――』

 

「ああ、無粋だったな」

 

 瀧と三葉の文句を遮り、改めて二人を見ると既に運命を共にすると言わんばかりの絵であるが、それは自分とではないことも悟り惚気に移行しそうに鳴る前に話を進める。

 

「では改めて、隕石はほぼ糸守に落ちるが正確に何処とは割り出せない。分かるとしたら衝突する一時間前かそこらだろう・・・それも100%じゃないが」

 

『だから落ちる前に砕くと』

 

『私たちの行動って結局役に立たんかったね』

 

 瀧と三葉はあくまで保険だと割り切っているようだが、そうでないと説明を加える。

 

「そんなことは無い。隕石はナーマズに共鳴して引き寄せられるが何処に行くかは未知数、計算よりずれたとしても取りこぼしを防げる」

 

『おお、バッチリじゃん』

 

『対応方法も非常識ですね』

 

 テッシーが声を上げるがサヤちんは疑問を拭えず不安な声を出す。

 

「仰るとおり、だから真っ当な方法での対応は君達に任せることになる。

 衝突の約二時間前に分裂した隕石を再度共鳴させて塵も残らないように砕く。その時はどデカイ花火が発生することだろうが、出力が足りなかったり、電波が届かなかったりと失敗の可能性は拭いきれない」

 

 不安を掻き立ててどうすると皆が思ったが、そもそも前例などある訳が無い手法に大丈夫と断言しろと言うのも酷であることも分かるので、それぞれが緊張した面持ちで続きを聞く。

 

「もし花火が見えなかったら、俺を待たずに即座にバックアップ案に移行。

 勅使河原くんは防災無線をジャックし、名取ちゃんは放送で避難勧告、瀧君は消防の方に命令を届けるように」

 

『でも・・・その命令って・・・』

 

「言うまでも無く俺が町長さんの声を録音して捏造した物だ。いくら田舎の消防でも直ぐにバレるだろうから、それを本当にする為に三葉ちゃんにはもう一度、町長・・お父さんを説得してもらいたい」

 

『はい!』

 

「いい返事だ。ではこれで通信は終了、各自健闘を祈る」

 

 それらしく締めて通信を切って直ぐにナーマズの鉱石を手に取る。

 この鉱石だけでことが済むに越したことは無いし、思わぬ所から出て来た予備案もある。だが、全ては『理論上の話』であり、嫌な考えが付きまとい離れない。

 

(我ながら嫌な性分だな)

 

 自嘲を通り越して嫌気が差す中で沈んでいく夕日に目を向け一葉の話を思い出す。

 

(確かカタワレ時だったか?そしてこの場所はあの世とこの世の境がある)

 

この鉱石を始めて手にした日を思い出し、もしもアレが神だと言うならこの気持ちをなんとかして欲しいと切に願う。子供や孫が居るような未来まで心安らかに生きたいと・・・  

そもそも何故自分に鉱石(コレ)を託したのか?知らなかった父と糸守との因縁に隕石を予想できる知識をつけさせた事といい、全ては今日の為に仕組まれていたとさえ思えてしまう。

 

(それとも神の意思など関係なく只の偶然か?アンタの意思じゃない、これには無関係・・・そうだとするなら俺の願い聞き届けてくれ)

 

 馬鹿げていると思い作業に戻ろうとした時、何かに摩られた様な感覚が襲い鳥肌が立つ。

 

(気の所為か?無意識が何かしたのか?)

 

 いずれにしても祈りが聞き届けられたとは思えない。何故なら発狂したい気分は離れないから・・・

 

(・・・いや変質しているみたいな感覚だよな)

 

 答えの出ない疑問に何かを間違えたのかと冷や汗が浮かんでくる。それを振り払うようにより集中して作業に没頭していった。

 

 

 ***

 

 

 カタワレ時が終わり、すっかり暗くなった糸守では秋祭りにティアマト彗星の話題も相まってより一層で賑わっていた。

 

「ねぇ、テッシー・・・本当にやらないかんの?」

 

 そんな中で夜の学校の放送室で祭りを楽しむことも出来ず、泣きそうな声を出すサヤちんにテッシーは空を見上げ指を刺して空々しい声で言う。

 

「ああ・・・やらなきゃいかん。じゃないと死ぬ」

 

 その言葉に空を見上げると美しく幻想的な彗星の尾が二つに分かれていた。

 

 

 ***

 

 

 

「花火って・・・まだか?」

 

 瀧が焦りながら完全に分かれた彗星の片方を凝視しているとスマフォからメールが届く。

 

〝瀧へ、彗星が分かれてロマンチックだってテレビじゃ大盛り上がりだ。いっそ、彼女に告ったら良いんじゃね。司〟

 

「ああ、そうしてた方が良かったかも知れないな」

 

 スマフォからタブレットに目を移し指示されていた命令(偽造)が発信できるように確認、同時に三葉の顔を思い浮かべて役所の方角を見た。

 

 

 ***

 

 

 分かれた彗星の一端が迫ってきているのを感じ、その周りに無数の小さな流れ星が現れるも大きな花火は表れない。

 

「逃げなきゃ・・・・みんな死んじゃう」

 

 三葉は高鳴る心臓に役所の扉をくぐろうとした時、かつて東京で見た淡い緑色の光が立ち昇っている光景を目にする。

 

「あれって・・・・ご神体の・・・」

 

 心臓の高鳴りが激しさを増して膝を着く。この時、三葉は恐怖で竦んでいた訳でないことを悟り、神楽舞と口噛み酒の奉納の儀が脳内にフラッシュバックされた。そして極限状態に近い頭は瞬時に理解する。1200前の隕石の影響を受けてきた宮水の家系、己が一部と言われる口噛み酒、その近くで淡く光る石を解放している流、全てが最悪の形でムスビ付いて三葉のナーマズ(たましい)を通して身体にまで影響を及ぼし追い詰めていた。

 

(どうして・・・?)

 

 三葉は無念を抱えて倒れこみ、完全に意識が落ちた。

 

 ***

 

 

 そして与り知らない誤算が生じている中で、流はスティックから鉱石を取り外して掌に載せて機械のように言葉を紡ぐ。

 

「全セーフティを解除、出力を最大値に固定、目標はティアマト彗星より割れた隕石」

 

 緑の光は勢いを増すが物理法則から外れている故に周囲の草木や流れる川、大気は穏やかなままであり変化は無い。しかし祠の中に奉納されている二瓶の口噛み酒はカタカタと振るえ砕け散る。

 

「出力臨界到達・・・さよならだ!」

 

 流は鉱石を握りしめて手を高く上げ、勢いよく地面に叩きつけた。

 鉱石は砕け光の勢いは霧散し、一筋の閃光が隕石に向って昇っていった。

 

「さあ、どうなる?!」

 

 流は目を見開き近づいて来る隕石を見る。

 大気圏からの熱で赤く灯っていた隕石は淡い緑色に染まり、完全に染まりきった瞬間に巨大な光を発しながら爆発した。

 

 

 ***

 

 

「おお、やったぞ!」

 

「信じられない・・・」

 

 薄暗い校舎にいたテッシーとサヤちんは、昼間以上に明るい空に興奮と驚愕を隠せず魅入られる。そこに流から貰ったタブレットに着信が入り確認する。

 

 

 ***

 

 

「よっしゃ!これで一件落着だ!!」

 

 瀧は喜びの余り立ち上がりガッツポーズを取る。それも束の間、スマフォから着信が入り確認すると流であり、笑いながら通話ボタンを押す。

 

 

 ***

 

 

「・・・・・・クソッ!!」

 

 窪地で隕石の破壊を見ていた流はタブレットからメールを送り、スマフォを取り出し連絡を入れると直ぐさま瀧が出る。

 

『やりましたね、若茶さん!』

 

「喜んでる場合じゃない!まだ終わってない!!」

 

『え?』

 

「やり切れなかった、すまん・・・」

 

 その言葉通り、隕石は砕かれたが想定どおりに塵にまではならず、相応の質量を持った欠片が次々と糸守に降り注ぐ。

 

『あ・・ああ・・・あああ・・・・』

 

「事は一刻を争う、直ぐに出動させろ・・・聞いてるか!」

 

『は、はい!』

 

 通話を切って町に向い走っていく。すると『慌てずに所定の場所まで避難してください』

との放送が響いている。想定とは違う形で機能する予備計画に何が幸いするのか分からないものだと思いながら、三葉に連絡を入れるがコールするだけで一行に出ない。

 

(あー、もう・・・役所(そっち)はどうなってんだ?!急がないと下準備が台無しになるぞ!!)

 

 コールする度に焦りが増す思考の中で山道を必死で走りぬける。

 

 

 ***

 

 

 暗闇の中で宮水三葉の意識は覚醒し、薄っすらと目を開けると朝日が差し込みゆっくりと起き上がり見渡すと役所の待合室のようだ。

 

「おお、やっと起きたか」

 

 声の方向に目を向けると若茶流が和やかな表情でそこに居た。その瞬間、三葉は意識が途切れる前の事を思い出し詰め寄ってくる。

 

「わ、若茶さん!・・・・私・・・」

 

「落ち着け、もう全部終わったよ」

 

 終わったという言葉に三葉は慌てて立ち上がり走って窓の外を見ると建物やアスファルトの道が破壊された光景があった。

 呆然とする三葉に追いかけてきた流が声を掛ける。

 

「隕石砕ききれなくてな。でも、幸い死人は出なかった」

 

「え!?」

 

 驚き振り向く三葉に説明を続ける。

 

「俺も直ぐに役場に駆けつけたんだが、とっくに対策本部が出来上がっててな。先にしといた放送と動かした消防も上手く使っての迅速な対応で最悪の事態は回避できた」

 

 聞き終わった三葉は安心の余り力が抜けて膝をつく。

 

「それにしても昨夜は俺も不安が拭えなかったが、人の話にちゃんと耳を傾けられる、いいお父さんじゃないか。今も忙しくアチコチ奔走してるってよ」

 

「あ!四葉やお祖母ちゃんは?」

 

「ちゃんと無事だし、ここに居る。それと」

 

 流が部屋の隅を指すとソファーで寝ている瀧の寝顔があった。

 

「心配だって一晩中付いてたんだぞ・・・てか何時まで寝た振りしてんだ?」

 

「!?」

 

 流は苦笑しながら部屋を出て行き、残された瀧と三葉は双方頬を染めて目を合わせる。

 

「瀧くん・・・ずっと其処に?」

 

「ああ・・・お前さあ、ホントに心配させんなよ、連絡付かないわ、道端で倒れてたわって聞いた時は驚きすぎて心臓破裂しそうだったぞ」

 

「むう、それなら私だって・・・・」

 

 訳が分からない反論で顔を横に背ける。

 三葉のその姿が可笑しくて可愛らしくて思わず笑いが込み上げてくる。

 

「「ぷっ、ふふふふ、ハハハハハハ!」」

 

 三葉は両手で腹を抱え、瀧は片手を顔に当てそれは楽しそうに笑い続ける。

 

「なんにしても無事でよかったよ、三葉」

 

「うん。心配してくれてありがとう、瀧くん」

 

 

 ***

 

 

 そんな風に二人がいちゃついている最中、流は一人役所の外に出て鉱石が無くなり穴が開いたスティックを取りだす。

 

「はあぁ~」

 

 緊張が完全に切れたのか、今更ながらに鉱石が無い事実に残念だと言う思いが込み上げる。

 

(人の命にはと、分かってるけど・・・これからどうしよう?)

 

「何黄昏てんの?」

 

 未練がましい感情に浸っていると、後ろから声がかかり振り向くと四葉が居た。

 

(なんでだろう?何かが違うように感じるな・・・)

 

 顎に手を当てて怪訝な目で注目すると四葉が口を開いた。

 

「どうしました、()くん」

 

 その声は間違いなく四葉だ、しかし出て来た言葉と子供とは思えない口調、母親を感思わせるような感覚に流は直感的に悟った。

 

(まだナーマズの不安定化の影響が残ってるのか・・・そして四葉(この子)の中に居るのはおそらく・・・・)

 

 しかし、それは口に出さずに顎から手を放して胸に手を当てる。

 

「前にも言ったけど、それは父さんの名だよ。

               ―――――俺の名は」

 

                          完

 

 




 短い間ですがご愛読ありがとうございました。

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