俺の名は。   作:a0o

7 / 8
 挑む相手が天災でなければ、どうしていたか・・・・


もがいている最中に

 

 

 すっかり真っ暗になった糸守、眠い目を擦りながら歩く流と心配そうに続く三葉は、宮水家に辿り着くと一先ず安堵し引き戸を開ける。

 

「ただいまぁ~」

 

「おかえり、お姉ちゃん。流お兄ちゃんも短いお別れだったねぇ」

 

 四葉がはしゃぎながら流に抱きつき、奥から一葉がゆっくりと出て来る。

 

「ほいで、発見の方はどないやったん?」

 

「これまでの研究を全てパーにしなくちゃならないって結論に達した・・・すこぶる最悪の気分だよ・・・」

 

 吐き捨てる流に抱きついていた四葉は顔を上げて残念そうに言う。

 

「あんなに頑張っとったんに、なんで?」

 

「そうじゃなきゃ、俺は安心して寝れないからさ」

 

 頭をポンポンと叩きながら答えるも疑問は晴れず三葉に目を向ける。

 

「え~と・・・・・・」

 

「いいんじゃないか。家族になら話しても」

 

 事情を説明できずに途方にくれるが、見かねたのか助け舟を出す。

 

「でも~」

 

「ま、それは三葉ちゃんの任意に任せる。もう眠いから俺は寝る」

 

 するべき説明の内容に逡巡し助けを請うが、さっさと奥に引っ込んでしまい祖母と妹の視線を受け、観念するように口を開く。

 

「やっぱり三葉も夢を見とったんね」

 

「え!お祖母ちゃん知ってたん!?」

 

 頭がおかしくなったと思われると覚悟していたが、出て来た以外な反応に驚愕する。

 

「実はワシも少女の頃、不思議な夢を見とってな。流くんが来て直ぐにそんな話しが出て思い出したんよ」

 

 その時、最初に来た日の夜に流が言っていた事を思い出す。

 

「けど、それは突然終わってしまったんさ。おかしな夢を見てたのは薄っすら憶えとってもどんなんかは消えてしまった・・・・」

 

「消える?」

 

 三葉自身は入れ替わっていた時の事を克明に覚えており差異はあるが、そこは流の介入によるものだろうと妥当な結論に至る。その時、四葉が珍しく静かに手を上げて言った。

 

「私も最近なんやけど・・・誰かになっとる様な夢見たんよ。どんなんかはさっぱり忘れたけど・・・」

 

「四葉も?」

 

 更なる告白に面を食らうが、自分の体験と流の仮説を照らし合わせると不思議じゃないと思いなおし、二人に近づき話を詰める。

 

「だったら、彗星が落ちてくるってのも―――――――」

 

「そんなこと誰も信じんって」

 

 一葉は即行で否定し四葉は考え込んだあとで提案する。

 

「だったら、お父さんに相談しよ。町長だし、ちゃんと話せば――――」

 

「それこそ信じんよ。あんなバカは・・・・・もういいから寝」

 

 不機嫌な声で部屋に戻って行く祖母を見ながら、妹の肩に手を乗せる。

 

「一応考えておくけど、やっぱり望みは薄いと思う。けどこのまま手を拱いているつもりないから、まだしばらく学校休む事になるけど・・・いざとなったらお祖母ちゃん連れて逃げ出さなきゃいけないかもしれないから、それは憶えてといて」

 

 出来る限り優しく言うが、四葉の不安は拭えずに夜は更けていった。

 

 

 ***

 

 

 翌日、流は糸守に残り御神体近くの窪地でデータの解析を進め、瀧は東海道線に三葉は北陸線に乗り込み指定されたポイントに向っていた。

 

 瀧は昨夜の内に着替えなどを準備して司にバイトのシフトとアリバイ作りをお願いし、三葉は訪ねに来たテッシーとサヤちんに〝どうしても行かなきゃ行けない〟とごり押しして心配そうな妹の頭をなでて家を出た。

 

 双方、急な事で怪しまれた事間違いなしだが、自分達が動かなければ多くの人間が死ぬ。その使命感と責任感に回りを配慮する隙など無く、移動中の景色や駅弁の味も楽しめず時計と地図を繰り返し見ていた。

 

「一体こんな処になにしに行きなさん、何にも無い辺鄙な場所だよ?」

 

 ローカル線の駅から道を尋ね、タクシーを拾い目的地を言うとそんな反応が次々に返ってくる。言葉通り、行った先には山の斜面に沿って建てられた家々、糸守とも変わらない田園風景が並んだ土地、偶にそこそこ大きな町に赴くが指定場所はやはり変哲も無い住宅街や倉庫街など旅行にも適さず、少ししたら直ぐに引き返す姿は人を訪ねに来たとも思われずに、苦笑しながらお茶を濁すしかなかった。

 

 そんな目まぐるしい一日の後、瀧と三葉は予定通りに観測結果を送信して手配していた宿に泊まり、流は窪地にテントを張り受信したデータを追加して彗星と糸守湖のデータを照らし合わせて、より詳細な落下地点や確実に共鳴破砕するシミュレーションを割り出す作業をしながらビデオチャットで今後の話し合いをする。

 

「さて二人とも今日はご苦労さま。でもまだ折り返しにもなってない、分かっているだろうが無理にでも寝て明日に備えて欲しい」

 

『私たちより若茶さんこそ大丈夫?ご飯とかちゃんと食べてる?』

 

「四葉ちゃんが律儀に届けてくれる。用意もしてあるからいいと言ったんだが、やっぱり不安みたいだな」

 

『それも当然だ。今更ながら言う必要なかったじゃ』

 

『瀧くん・・・それ言わないでよ。今朝だって私、スッゴク心苦しくしながら出てきたんだから』

 

『いや俺は別に非難するつもりは・・・と言うかこの手のフォローは若茶さんの仕事じゃ』

 

「悪いけど俺も言葉が出てこない」

 

 あっさりと切り捨てて作業に没頭する姿に話題を変える。

 

『だけど若茶さんにその石をくれた人って何者なんだろうな?』

 

『うん。ファンとか言ってたって話しだけど若茶さんホントに心当たり無いん?』

 

「んーーー。強いて言えば父さんが学生時代に書いたって言う未完の小説ぐらいだけど、明らかに同級生って感じには見えなかったしな。実を言うと俺も長年の謎なんだよな」

 

『未完の小説?』 

 

『お父さん、作家志望だったんですか?』

 

「結局芽は出なかったがな。その小説だって終わりが思いつかないって投げ出しちゃったし、誰にも見せてないと思うんだが・・・・・・あ~~、考えれば考えるほどこんがらがる」

 

 顔を歪めて頭を掻く姿は年の割には老けて見えて、画面に映らないように二人は苦笑する。

 

『誰にも見せてない物を知ってて、未だに人類の技術世代だと解明できない資料を持って来たか・・・・・ひょっとして未来人とか超能力者とか?』

 

『瀧くん、そこは神様とかの方が良いと思うけど』

 

『神様って・・・流石は本職の巫女だな』

 

『あ、ちょっとバカにしたでしょ!』

 

「夫婦喧嘩は俺の居ない所でやれ」

 

『『違う!!』』

 

 初々しい反応に笑みを浮かべて優しく(面白そうに)諭す。

 

「いい加減自覚しろよ。惹かれあってるんだろう、二人とも」

 

『誰がこんな他人の金を無遠慮に使って自分は使わないケチ女なんか』

 

『なにを!こっちこそ毎朝、胸を揉んでくる変態なんかに』

 

「やっぱり仲良いじゃんか」

 

『『どこが!!』』

 

「そう言うところ、それに瀧君は惚れた女の為に体張って、三葉ちゃんは惚れた男の為に奥寺とのデートを取り付けたんだろ。

 ま、それより今は謎のファンの話しだったよな」

 

 ニヤニヤしながら言う姿に二人の顔は真っ赤になり、取り繕うとするもその前に話題を戻され封じられてしまい、モヤモヤしながらも話を進める。

 

『その人、若茶さんのお父さんの知り合いなら、私のお母さんともひょっとして――――』

 

「それは無いと思う。村が無くなってからは完全に縁が切れてたみたいだし、そもそも知り合いかどうかも疑問だしな」

 

『となるとやっぱり未来でお父さんの小説読んで感動してタイムスリップしてきたとか?』

 

 瀧の推論に三者三様で思考を巡らす。言っていること事態は荒唐無稽だが、自分達が知っている〝ありえない技術〟を考えると一概に捨て去る事が出来ない。或いは体は無理でもナーマズ(魂)が時間を越えてこの時代の誰かに乗り移ったとも考えられるが、あの鉱石を精製するのは現代の科学では一朝一夕では不可能であり、現代に来た未来人と言うのはどうにも思えない。

 

「なんだか三葉ちゃんの神様ってのが、信憑性を帯びてきた気がする」

 

『だったら四葉やお祖母ちゃんのも?』

 

『全部は今日の為に、神様が警告してたとか?』

 

「だとしたら、こんな雲を掴むような解決策しか見出せないデータじゃなくて、何処に落ちてどれだけの範囲に被害が出るかも教えるか分かるようにして欲しかったよ、未来人の場合なら尚更にな」

 

 流の顔から愉快な笑みが無くなり、声に不愉快な怒りが宿る。そして右手には取扱説明書と証したUSBメモリがあり、中身を徹底的にチェックした事と何も解決の手掛かりが無かった事を物語っていた。

 

『もし失敗したら・・・過去の俺達に知らせて確実に―――――』

 

「そんな余力は残せない。鉱石の機能は全部使い切ったって成功するかは未知数なんだ。それとも災害が起こるのを黙って見てて、それからデータや意識を過去に飛ばす方法でも考えるかい?」

 

『―――――――――――――』

 

 黙りこんでしまう瀧に三葉もつられて顔に影が差し、流は溜息を一つ付く。

 

「すまない、言い方に配慮が無かった。けど俺達は今、綱渡りや崖っぷちじゃない事態に直面している。実感は伴わないだろうが、楽観は抱かないように心掛けよう」

 

『うん。絶対に誰も死なせない!』

 

『俺達でやるしかないんだ』

 

「いい返事だ。じゃあ、今日は寝よう、備えなきゃいけないのは明日だけじゃない」

 

 そのまま通信を切りその日はお開きとなった。

 

 

 ***

 

 

 次の日も瀧と三葉は道行く人や尋ねる人に怪訝な目をされながら指定ポイントに行き、糸守の流にデータを送り、流もそのデータから落下予測とその際の共鳴させるシミュレーションを繰り返し、どの状況になってもカバーできるように計算に計算を重ねる。

 

『こっちはなんとか順調だし、明日には回りきるけど三葉の方は?』

 

『私も順調、午前中には終わってしまうんやないかな』

 

 内容そのものは軽いが昨夜の終わりが効いているのか声の質はやや重い。

 その原因は悪びれるつもりもなく淡々と話しに入る。

 

「それは何よりだ。それじゃあ、三葉ちゃんは終わったら直ぐ糸守に戻って来てくれ」

 

『何か手伝う事が?』

 

「ああ、役場に言って町長であるお父さんに隕石が落ちてくる可能性、その際に避難か災害に対応する準備をする説明を一緒にして貰いたい」

 

『・・・・・・・私が言ったって取り合って貰えないと思います』

 

「誰が言ってもそうだろさ、しかし50%超の確率で隕石は糸守に落ちる事は僅かな予断も許さないんだ。巫女である君にこんなこと言うのはどうかと思うが、座して神頼みじゃなく人事を尽くし尽くさせる事に力を注がなきゃいけない。何かしら確執があるのは知ってるが今は押し殺して欲しい」

 

『分かてます。私の意地なんかどうでもいい、出来るかどうか分からないけど説得します』

 

『俺も終わったら糸守に行って説得の手伝いを―――――』

 

「話が拗れる可能性があるから遠慮してくれ」

 

 ばっさりと切り捨てられ納得できないと噛み付こうとするが続く言葉に挫かれる。

 

「三葉ちゃんとのお付き合いの許しを貰うなら、もっと身なりを整えてお父上の心を掴む事だけに集中できるようにした方がいいと思うぞ」

 

『な・・・・だから・・・』

 

「あー、俺みたいな恋愛未経験者の意見は参考にならないか・・・すまん、これは君達の恋路だった、またしても配慮が足りなかったな」

 

『話を混ぜ交わさないで―――――』

 

『~~~~~~~~』

 

 いいように弄られていると分かっているのに流す事も出来ず、刺さる言葉に瀧と三葉は昨夜以上に顔を真っ赤にしてしまう。

 

 その様子を心底楽しみながら研究に費やした青春を振り返り、自分ももっと色々(・・)なことに目を向けるべきかなと思い、理性が不謹慎だと囁く一方で想像すると心地良い感覚にモチベーションが上がっていくのを実感する。

 

(そうだな。この子達の為にも絶対に成功させなきゃな!)

 

 自らの心の中だけで締めくくり、もごもごとしょうもない会話を続けている少年と少女に愉快に言う。

 

「それじゃ、おやすみ。二人だけに水刺す気はないが、ほどほどにね」

 

『あ、ずるい!』

 

私達(こっち)を引っ掻き回すだけしといてそれ!』

 

 抗議に取り合わず通信を切り、残された二人はどんな雰囲気でどんな思いでいるのだろうと想像しながら眠りについていった。

 

 

 ***

 

 

 行動開始から三日目の午後、ノルマを達成した三葉は糸守に戻る途中で瀧と話をしていた。

 

「こっちは無事に終わったけど、そっちは大丈夫?」

 

『うーん。正直空模様が怪しいけど急げば天気が崩れる前に全部終わるさ、心配するな』

 

 ちなみにこの会話の場に流は居らず、簡素なメールで三葉には〝ご苦労さまと言いたいが、次があるから早く戻ってくるように〟瀧には〝データの送受信に天気は関係ないから無茶をしないように〟とだけ本文(・・)が綴られており、題名(・・)には〝邪魔になるから〟と羞恥心を刺激する内容に『変な気使いするな!!』と叫んだ余談があった。

 

『まあ、俺のことより帰ったら親父さんに会いに行くんだろう。本当に平気か?』

 

「ぶっちゃけ、かなり気が進まないよ。ずっと気まずい関係のままだし、話す内容も内容だかね」

 

『娘のお前がちゃんと話せば、ってのも気休めにならないよな』

 

 思いのほか冷静な意見に重々しく肯く。

 

「うん。それを思えばお祖母ちゃんと四葉が信じてくれた方が意外やったし」

 

『そのまま信じたら、それはそれで問題だって思っちまうんだから、変な話しだよな』

 

 いっそのこと若茶流がおかしくなっていると考えた方がしっくり来てしまうぐらいだが、そんな事は当人が一番思っていることは、隕石の話を聞いたときから察している。そんな流からのずれた配慮に昨夜から悶々とした思いを抱いていた二人は事務的な会話が尽きてしまったことで無言になってしまい無為に時間が流れていった。

 

「・・・・・じゃあ、私そろそろ時間だから」

 

『待って!』

 

 立ち上がり通信を切ろうとするが、その声に手を止めて次の言葉を待つ。

 

『俺・・・やっぱり終わったら糸守に行く。画面越しじゃなくて直接話がしたい』

 

「え・・・それって?」

 

『今は聞くな。絶対に行くから・・・待っててくれ』

 

「うん。待つ、約束だよ」

 

『ああ、約束だ』

 

 誰が見ても初々しい遣り取りを終えて、通信を切り三葉は糸守行きの電車に乗り込んでいった。

 

 




 終わりが近いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。