ACE COMBAT 04 -Across the sky- 作:OMV
2004年12月 リグリー近辺空域 AM10:06
「[カーサ·クリスト]よりレイク、スパルタン1、ポイント29に敵と思われる飛行物体2つを補足。迎撃に向かって」
後方で待機している空中管制機[カーサ·クリスト]の要撃管制官[レイク]からの指示を受けたコールサイン[スパルタン1]ことMig-35Eのパイロット、[クローバー]は左側のキャノピーから見える青空を眺めながら、操縦桿を捻った。
軽い旋回Gを身体に受けながら、クローバーが駆るSファルクラムは進行方向をレイクが示した所属不明の飛行物体へと変えた。
「こちらスパルタン1、飛行物体に進路を合わせた。敵の情報は?」
「何も無いわ。解るのはエルジア軍の戦闘機、って事くらいよ。敵にECM持ちが居る可能性があるわ」
「それしか情報は無いのか?」
「悪く思わないで。レーダージャミングが掛かってるの」
確かに、レーダーは常にフラッシュしていて使い物にならない。きっと敵のどちらかの機体にECMが積まれているのだろう。
レイクが搭乗している空中管制機、E-767のレドームは強力で、ジャミングを専門とし、大型のECMを搭載した電子警戒機ならともかく、一般の戦闘機が搭載できる程度のECMならば、強引に探知することが出来る。一方、こちらのレドームは所詮戦闘機のレドームだ。探知性能と探知距離には雲泥の差がある。
結局、レイクに対してはいはい、と生返事を返して通信を切った。
敵との距離はE-767のレーダーを通じてHUDに表示されている。それは大体30km程だ。相対して飛行しているため、このままだと一分もしない内に接触するだろう。
クローバーは両足でラダーペダルを蹴って進路を微調整し、敵との進路をヘッドオン…真正面から突き合わせる進路へと変えた。
それを行いながらタッチパネル式のHUDを操作し、武装を選択する。
選択したのは、機首下に固定装備されている機関砲の9A1-4071K。他の戦闘機に搭載されているGAUやM61の様に、数丁の銃身を束ねた物ではなく、銃身が一丁の為、分間1800発と発射レートは低いが、レーザー照準システムを用いることによって、わずか3-5発ほどで目標を破壊できる強力な破壊力だけでなく、高い命中精度を得ている等、クローバーにとっては西側の戦闘機に搭載されているGAU等よりも使いやすい物だ。
段々と距離が近づく中、距離が20kmを切った所でスロットルレバーを目一杯倒し、アフターバーナーを点火させた。相対的に敵機との距離の縮まり方がものすごいスピードとなる。
アフターバーナーによる急加速でクローバーの身体はシートに押し付けられるように圧力が掛かり、クローバーは座席に縫い付けられるような感覚を味わっていた。
15…10…5…と敵との距離を数え、その数が9A1の射程である3kmを数えた瞬間、
ボウォォォォォォ‼‼
操縦桿裏に付いているトリガーを引き、9A1を発射した。その獣の咆哮の様な発射音はキャノピーを通り越し、クローバーのヘルメットで覆われている耳へと爆音を届けた。
発射された9A1の30mm弾は敵編隊の右側の機体コックピットへと直撃し、そのキャノピーを血で真っ赤に染め上げた。主を失った機体は、白い尾を引いて山間部へと墜落し、山の麓で爆発四散した。
形状からF-16系統と思われる機体の撃墜を確認すると、操縦桿を倒して高度を取り、態勢を整える。
(あの機体は…ファルコンか?)
先程ヘッドオンでニアミスした二機の機体のうち、撃墜していない方の機体は筒の様に細長く、カナードは付いていなかった。尾翼も一つだけだ。相変わらずECMによるフラッシュは続いているため、その機体が外付けECMポッドを装備していると思われる。その情報から察するに敵機は戦闘機兼電子戦機のマルチロール、F-16S"シギント・ファルコン"だと推測できた。
相手はマルチロールのファルコン。こちらの機体は空戦に特化した"Sファルクラム"。ドッグファイトに持ち込めば、こちらが有利だ。
逐次レイクから届けられているレーダーの情報によると、ファルコンはニアミスから10km地点でターンし、こちらに向かってきている。どうやら一機になっても撤退はしない様だ。ECMを装備しているため、探知されていないとも思っているのかどうかは知らないが、こちらにとってはキルスコアを伸ばす良い機会だ。おびき寄せるか。
スロットルレバーを調節してエンジン出力を巡行速度までに落とし、相手の接近を促した。どうやらファルコンはアフターバーナーを点火している様で、ぐんぐんとこちらに迫ってきていた。
こちらとの距離は25km程。相手はECMポッドを搭載している為、ウェポンベイの兵装は無いか、AAM一本くらいしか装備していないだろう。だから20kmを切るまでは安心できる。
20kmを切った途端、敵機からのミサイルロックを告げるアラートがけたたましく鳴り響いた。
「スパルタン1、ミサイルロック確認。発射と同時にフレア射出」
そう宣告すると同時にミサイルロックのアラートがミサイル発射のアラートへと変化した。
「フレア射出、ディスペンサー解放」
ファルクラムSの腹から数十個のフレアが射出された。
ファルコンが発射したAAMのシーカーはファルクラムEでは無く、フレアを補足した。そのままフレアに吸い込まれる様にして着弾し、爆発した。
「これで手持ちの武装は機銃だけか。どう出てくる?」
なおもファルコンはアフターバーナーを点火しているのであろうスピードのまま、こちらに近づいている。このままならば、1分後には接触するだろう。相手はドッグファイトを仕掛けるつもりのようだ。
HUDのタッチパネルを操作し、ウェポンベイにスパローをセットし、発射モードを四発から二発発射へと切り替える。
「スパルタン1、敵機との距離3000を切った」
「アイマム。近接戦闘へと移行する」
スロットルレバーを巡行から高速飛行の所へと倒し、機体を加速させ、180度のロールに入った。敵はそれでも直進を続けている。ヘッドオンでの機銃攻撃を狙っているつもりなのか。
クローバーの予想は外れ、相手は上昇。高度を取って、上から攻める算段か。
ならば、と180度ロール時に得た推力をそのまま生かし、ズーム上昇をした。狙うはファルコンの背中だ。
付いてくるこちらに気付いたのか、ファルコンは慌てた様に右へブレイク。ファルクラムもそれを追いかけるようにして右へと旋回した。
ファルコンは旋回時推力が足りなかったのか急に失速し、機首が下を向いた状態になった。
推力が弱い単発の戦闘機が高高度で上昇を続け、旋回したらどうなるか。ー失速して、無防備な背中を相手に晒す事となる。
ファルコンは懸命に機体を立て直そうとしているが、如何せん両翼の脇にあるECMポッドが空気抵抗となって全く安定していない。
シーカーダイヤモンドをファルコンへと重ね、ロックオンを知らせる電子音がなった瞬間、クローバーは親指で発射ボタンを押していた。
「スパルタン1、フォックス2」
ファルクラムの鋼鉄の翼から発射された二本の白線は落下を続けるファルコンへと向かって行き、そして爆散した。ファルコンのパイロットが脱出した様子は無い。
「スパルタン1、エネミーデストロイ。これより帰還する」
「お疲れ様、スパルタン1。こちらも引き上げる。リグリーまでのエスコートをよろしく頼む」
………
「こちらリグリーコントロール。スパルタン1、聞こえますか?聞こえます?」
「聞こえてるよ。こちらはノーダメージ、天候も良好だ」
「分かりました。L32滑走路への着陸許可を認めます。お帰りなさい、クローバーさん」
基地管制塔・リグリータワーの航空管制官、シンディー・パーカー管制官からの通信を切って、着陸準備へと入った。
主脚、フラップ、エアブレーキ、速度、距離、高度、進入角度。すべてOKだ。
何も失敗すること無く、鮮やかにタッチダウン。そのまま誘導路までファルクラムの足で歩く。
誘導路まで行くと、トーイングカーと数名のメカニックが迎えに来てくれていた。敬礼を交わし、機体を彼らに預ける。
コックピットから降りると、下にいたメカニックの一人が声をかけてきた。
「どうだい? この機体は悪くないだろう?」
「ああ。強いて言うのなら索敵機器が脆弱な所かな」
「その分有視界戦闘はどの機体にも引けを取らないよ。君の空戦技術に付いていける機体だ。さぁ、どうする?」
「うーん......取り敢えずキープだ。が、こいつは良い機体だ。それは間違いない」
「でしょでしょ?」
ふふん、と自分の目の前で何故か得意げになっているメカニックの名はエミリー・メーウィック整備兵。ファルクラムの整備チーフをしてもらっている若干二十歳の整備兵だ。彼女はノースポイントの工業大学を飛び級で合格し、十八歳で航空機の整備資格を手に入れた天才で、また物流面にも理解が有るため、部品の調達などは彼女に任せれば問題ないという認識が基地内にはあった。
「とりあえず、点検を頼む。今回はノーダメージだからな。大きな傷は無いはずだ」
「分かったよー」
クローバーはタラップから地上に降りて、牽引車に引っ張られていくスーパーファルクラムE…Mig-35Eの姿を見送って、基地本棟がある方向へと歩き出した。
少しすると、レイクが乗ったE-767も滑走路に着陸し、巨大なレドームの付いた巨大な機体から数名の搭乗員が降りてきた。
「クローバー!」
自分を呼ぶ声が聞こえた。誰かと振り向けば、レイクがその豊かに蓄えられた金髪の束を揺らしながら駆けてくる所だった。
「お疲れ様。データは?」
「まだ採ってないわ。あとで提出するから、待ってて」
いつもは機体を降りた直後に戦闘データの書類を渡してくれる彼女なのだが、今日は珍しくそれが無い。
「…最近、忙しくてね」
そう思えば、彼女はここリグリー基地の人事も取り仕切っている筈だ。大体人事で忙しくなるとすれば、転属で誰かが異動すると言う事だろう。
「誰か転属するのか?」
「逆よ、逆。ここに来るの」
「どんな奴が?」
「ラジエルってTACのパイロット。レサス出身よ」
「ラジエル…天使か。きっと神々しい程にきれいな美人さんなんだろうな……」
レイクはうっとりとした表情を浮かべるクローバーに対してジト目で睨み、呆れた様な表情をした。
「まぁ、そんなところよ」
多分、とレイクが小さな声で呟いた。
今回の戦闘結果を報告しに基地司令の所へ行ったレイクと別れ、クローバーはまた一人、基地へと向かっていった。
基地には、自分の乗っているMig-35の他、Su-30、Su-35、Su-34、Mig-31等、多種多様な航空機が配備されている。
二ヶ月前、ここはエルジア軍の爆撃機基地だった。そこへ、現ISAF最強の傭兵【メビウス1】所属する攻撃隊が来襲。爆撃機と基地設備を破壊し、基地の継戦能力を喪失させた。それから一日経たずに陸軍の制圧部隊が送られ、基地はISAFへと奪還された次第である。
クローバーがリグリーへと赴任したのはつい二週間程前だが、最近は転属がとても多いため、着任からたったの二週間でも中堅の扱いをされる。
「あんたがクローバーか」
突然声を掛けられ、地面に向いていた顔を上げると、そこにはフライトジャケットを着込んだ黒人系のタフガイがにこやかな笑顔でこちらの方を向いていた。
誰だ? このプロレスラーみたいな奴は? すげぇ筋肉だな、ヒグマ二匹くらい素手で倒せるんじゃないか? もしかしたら霊長類最強のヒトかもしれんぞこいつ。
彼のその筋肉で覆われた巨体を見ての感想が、頭の中に次々と浮かんだ。
しかし、彼の口から出た自己紹介は、プロレスラーでもヒグマ二匹を素手で倒せる奴でも霊長類最強でも無かった。
「本日付を持って、リグリー空軍基地に着任した、ラジエルだ。スパルタン2として、お前に付いて行く。よろしくな」
「はぇ?」
彼の言葉を理解するのに数秒かかった。いや、それ以上の時間を掛けたかもしれない。
このガチムチマッチョがレイクの言っていた"ラジエル"なのか?
クローバーが想像し、期待し、夢に見ていた天使のイメージは完全に粉砕されていた。
「あぁ…クローバーだ…よろしく…」
「どうした?テンション低いぞ。人生落ち込んでたら損するぜ、ハッハッハ!」
テンションが下がり、うな垂れるクローバーを尻目に、ラジエルは馬鹿みたいに高いテンションを醸し出しながら去って行った。
「…苦労しそうだ」
これが、以降十数年に渡って僚機を務める男との、ファースト・コンタクトだった。