二度目の召喚はクラスごと~初代勇者の防衛戦~ 作:クラリオン
そろそろ催促されるかも知れなかったヒロイン(偽)サイドのお話です。どうぞ!
セラシル帝国に入国し、啓斗が<防衛者>代理として<勇者>に同行するために、さくら・セレス・理沙と別れた夜の事。
「さて、どうする?」
「どうするってのは?」
「このあと、このまま徹夜で走り続けるか、今日はこのくらいにしてゆっくり休むかの二択。あ、ただ徹夜で進む場合は途中で理沙に代わってもらうわよ」
「ゆっくり休むでお願いします」
「いやどっちにしろ明日からは交代で運転する事になるんだけど……」
「なら尚の事休むことを希望します!」
「なんで敬語……まあいっか。セレスもそれで構わない?」
「はい。ゆっくり休むという事はあのテントで休めるの?」
「あーそっか、セレスは一回使ったんだっけか。そうよ」
「やった!」
「あのテントって?」
「見てからのお楽しみ。じゃ早速準備ね。さてどこに入れたかしら」
<空間収納>の中を探る。
「あったあった」
そういって彼女が取り出したのは、一枚の布切れ。かなり大きい。取り出すというよりは引っ張り出すという感じだ。
「あ、ごめん理沙、そっち持っといて。私が動くから」
そう言って動くことでズルズルと<空間収納>から引き出された布は、最終的におおよそ十メートル四方サイズになった。
「んで、<
次の瞬間、角の部分と、辺の中点、そして中央に魔法陣が展開され、柱が立ち、直後には家が建っていた。
「……え?」
「凄いでしょ? 千年前、当時最高クラスの魔導師と<勇者>組で作り上げた持ち運びテント」
才能と能力の無駄遣いも良い所である。なお啓斗もシュレスタもひっそりと感じていたが口には出さなかった。快適な旅が出来るならそれに越したことは無いからだ。
そしてこの道具の存在は、当時の彼等がどれだけこの世界に順応し、魔法と言う物を理解していたかを示していた。
「車庫あるよ。馬車用だけど大きめに作ったから普通の車も入る」
「えぇ……」
「魔道具付けてるから洗濯機、冷蔵庫、水洗トイレ、調理場、お風呂もある。全体に設置型魔法掛けてあるからエアコン付きと同義。それから……ああ、そうそう八人分の寝室もあるよ。電気じゃないけど照明もある」
ぶっちゃけ多分今まで泊まった宿屋より良い。持ち運び式のテントとは一体何だったのか。理沙の頭の中には疑問符が溢れかえっていた。
「あんまり使った事無いけどね。何せ完成したのは魔王戦終わって先輩との戦闘の前だったから。<管理者>として動く時に時々使ったくらいかな」
勿体ない、という一念が理沙の頭の中を駆け巡った。
「ちなみにこれ発案者は?」
「春馬さん。あー、先代の<防衛者>。当時大学一年の彼女持ち。理由は水洗トイレが欲しかった、ってのと……あれ、それしか浮かんでこない。ケイに聞けば多分全部分かると思うけど。アイツ変な事覚えてる事多いから」
ちなみにほかの理由は、畳の間で寝たい、と、日本の生活が懐かしくなった、である。
「なるほどね……」
「あ、忘れるところだった。最後にもう一個。<
<神威>は<神光>の下位互換的なスキルで、個人でも発動できる。威力はかなり下がるが、この場合連発が可能なので大抵の魔物は滅ぼせる。つまり魔物に襲われても自動で粉砕できる、持ち運び式テントの完成。
「これで大丈夫。後は車を突っ込んでおしまい。見た目は狭いけど<空間拡張>かけてあるから中は広いよ」
さらっと言ったがそもそもこの世界の現在において、空間魔法を扱える者は多くない、というかぶっちゃけ少ない。それも使えて<空間収納>が限界であり、<
つまり理沙の前にある巨大テント(仮)は、伝説級の魔法の結晶体みたいな物。まあそれを言うと目の前で装甲車を車庫入れしている少女は生ける伝説そのものだが。
「ほら、何アホ面晒してボーっとしてんの。入るわよ」
さくらに肩を叩かれて、理沙はようやく自分が延々とテントを見上げていた事に気づいた。
「あ、アホ面って……」
「口ぽかんと開けて上を見てる顔をそれ以外にどう表現しなさいって言うの」
伝説の秘宝とも言える代物を見せられて驚くなというのが無理な相談だろう。
とはいえ、驚いてばかりでは始まらない。とりあえず中に入る事にした。
その後ろで野良湧きした一体の<
取り敢えず入るとそこにはリビングがあった。大きなソファがいくつか設置され、端の方には畳の間が見える。奥の方にはキッチンと八人掛けのテーブル。
「あ、そこで靴脱いで」
靴箱もあった。発案<防衛者>で制作<勇者>パーティーともなればやはり和式であったらしい。
「テレビもゲームもスマホも漫画も何も無いけど、まあくつろげる空間ではあるわ。今日はケイも居ないしね」
そう言いながらさくらは既にソファの一つに寝っ転がっていた。セレスも苦笑いしながら別のソファでくつろいでいる。
「ケイが居てもあまり変わらなかったじゃない」
「私はね。理沙は流石にケイが居たらそこまでくつろげないでしょ?」
「それは確かに」
「私は別に気にしないよ?」
「そうなの?」
「うん」
「まあ実際に気にするのはケイの方でしょうね。あ、お風呂はそこの部屋よ」
お風呂と書かれたプレートが下がった扉を指す。他の扉は、と見てみると、啓斗、さくら、春馬、陽菜乃、そしてトイレと書かれたプレートが下がった扉と、何も掛かっていない扉が四つ。
「個室使うなら名札が掛かってない場所か私の部屋使って良いわ。私は、今日はここで寝るから。あ、着替えは付属してないはずだから、自分の使ってね。タオルはあるはずだけど」
「はーい」
「どうだった?」
「凄く良かったけど、今日からは普通のテントにしよう、じゃないと多分次入って籠り始めたら出て来られなくなるから……」
「あと日本が思い出されるから、かな?」
「! 何で分かって……」
「そういう風に作られたテントだから、よ。これは。見たでしょ? これはまあ娯楽系はともかくとしても、日本でのと同じような生活が出来るくらいの設備がある。多分そう設計してあるの。実際私も初めて使った時はちょっとホームシックになりかけたから」
<勇者>パーティー全員の知識と魔力、のちに加わった<魔王>まで協力すれば、根本的に不可能なこと以外のほとんどを再現できた。ほとんど日本と同じ生活が出来るくらいに。説明されてないが、個室もだいぶ広く、個人個人自由に作ってあり、さくらと啓斗の部屋は畳の間も存在する。それはちょうど彼等が召喚される前に元の世界で暮らしていた家と同じような構造であった。
起きた時に母親を呼び、ここが異世界であり帰れるかの確信がない事を思い出した時に泣いた事は、彼女と陽菜乃の一生の秘密である、とさくらは思っている。まあ彼女がそう思っているだけで実際には心配した陽菜乃は春馬や啓斗にも伝えていたのだが。
「だから、あまり気にしなくて大丈夫よ。明日から普通のテントにするから。あのテントの困った点はもう一つあるの」
「困った点?」
「便利過ぎて普通の宿屋に泊まれなくなるのよ。一応今の私達はただのCランク冒険者。多分大陸渡るときは街に泊まらざるを得ない。お金もあまりないし、そこまでグレードの高い宿屋に泊まれるわけじゃないから」
「……そうだね、確かにあれに慣れたら後で困っちゃうね」
「でしょ?」
おかしそうにクスクス笑う二人の少女の間には、先ほどまであった、張り詰めた重い空気などとっくに消え去っていた。
以上です。
感想批評質問などお待ちしております。
【予告】多分数日後にこんなほんわかしてない閑話ぶん投げると思います。