「フゥ…」
タチの悪さでいうならトドに勝る男、ダストに苦労させられた翌日。オルガはタンクトップとダボついたズボンの作業着姿であぐらをかき、アゴに手をやって考え事をしていた。
知らない人が見れば、鋭い目付きと相まって作戦を立てているヤクザのようにも見えるだろう。背景が馬小屋でなければもっと完璧だった。
オルガが悩んでいるのは、この世界に生まれ変わらせ、『前に進み続ける』チャンスを与えてくれた女神アクアについてだった。
そのアクアの下につくアクシズ教徒の末端として、オルガは頭を悩ませていたのだ。
「一体、どうすりゃ売れんだかなぁ…」
目の前にある石鹸洗剤の山、それが三つ。それらが減らない事にオルガは頭をかいていた。
「これじゃいつまでも見習いのまんまだぞ…」
1ヶ月前、オルガは自分を助け、住み処となる馬小屋を提供してくれたセシリーの言葉を思い出す。
『入りたての貴方はまだ見習いです。正式にアクシズ教に入信するなら、石鹸洗剤を100個売り、100万エリスを稼ぐこと。それが見習いから信徒になる唯一の方法です。それでは頑張ってくださいね』
そう言って微笑みを浮かべた彼女は、山ほどある石鹸洗剤とアクシズ教についての
「まさかこんな事になるなんてな…。物を売るってのは難しいもんだな…」
だが頭にシワが寄り、険しいオルガの顔から察せるように、その活動は難航した。
販売方法やアクシズ教の行動方針は、セシリーが与えてくれた
この世界の文字が読めないオルガでも分かる《絵》が基本の内容は、知識を必要とする宗教の先入観をうち壊し、オルガを驚かせた。これなら文字が読めないヤツでも理解できると、アクシズ教の配慮に感心したものだ。
前世の世界のように、周りの状況が悪いのではない。問題はオルガ自身にあった。
「なんで町の奴らは、オレのことをアクシズ教徒って信じてくれねぇんだ…?」
いくら言っても、いくら宣伝しても、このアクセルの町に信じてくれる者が出てこないのだ。
セシリーにパンと寝床をもらった夕暮れ時。オルガはそれで力を振り絞り、5件の仕事を手に入れた。
すぐに販売を初めていたら違ったのかもしれないが、恩義ある人の仕事を全力でやりたいと考えたオルガは、ポテンシャルを上げようと生活圏を整える方を優先した。
その結果。
「おいおいテメェがアクシズ教徒だと!?働いているオメェがなに言ってやがる!悪い夢を見てんなら教会でお祓いして、ポーション飲んで寝てやがれ!!」
「ひどい…!ひどいですそんなこと言うなんて!いくらお金がないからって自分を乏しめないでください!」
「お前それ他のヤツに言いふらすんじゃねぇぞ!?オレの終生のライバルがアクシズ教徒なんてエイプリルフールでもゴメンだからな!?」
「オルガ君。弱みでも握られて言わされてるんだろう?大丈夫だ。そんな言葉を信じるヤツなんてこの町にはいないよ。君は頑張りやさんだからね。所で今からダストハンバーグを焼かないか?」
「ふざけんじゃねぇよオルガの兄ちゃん!ウソはだめだって…、スジをとおすのが男だって言ってたじゃんか!そんなウソついてもオレはオルガ兄ちゃんのこと信じてるからな!それがスジだ!!」
女子供からあのダストに至るまでが、オルガがアクシズ教徒だというとメチャンコ否定してくるのだ。これでは石鹸洗剤を売っても、オルガがアクシズ教徒ととして評価されるか怪しい。
このままでは恩義を返すどころか、アクシズ教の名前もろくに使えない。
こんな八方塞がりな状況では、オルガも頭を抱えたくなるだろう。
「なんでだ、どうしてこうなったんだ?わけわかんねぇぞ…!」
見知らぬ人にパンを与え、食事を与え、果てまでは仕事を与えてくれるアクシズ教徒。
見返りは戦いの捨て駒でもなく、危ない手術をさせるでもない。ただただ力を貸してくれと手を伸ばすだけ。
CGSから汚い所を除いて倍クリーンにしたような組織なのに、なぜみんなして邪険にするのか?この町に住むものが基本善人なだけに、オルガは
「待てよ…?セシリーの姐さんが女だ。タービンズみたく女しか入れない組織じゃねぇのか?いや、それじゃあオレが勧誘された理由が分からねぇし、町の奴らの反応に納得いかねぇ…」
オルガは少ない知識をフル回転させて、様々な可能性や理由を思案する。しばらく考え込んだ後、オルガは一つの可能性に突き当たった。
「もしかしたらテイワズのトコみたく、組織が一枚岩じゃねぇのかもな」
その予想とは、一般的に知られているアクシズ教徒の人格が最悪という考えだ。
かつてオルガは、テイワズの傘下であるタービンズと兄弟盃を交わし、世話になっていた事がある。そこのリーダーである名瀬・タービンは、未熟者である自分に真摯に語りかけ、未来を案じてくれた初めての『大きい大人』だった。
自分たちを白い目で見ず、正面から向き合い、テイワズの傘下に入る事を、そして仲間たちとの関係を『家族だ』と教えてくれた最高の恩人だった。
しかし、彼は殺された。同じテイワズの傘下であるジャスレイ・ドノミコルスという男によって。つまらない考えの踏み台として謀殺されたのだ。
あとでその男を殺し、仇は取ったものの、名瀬が喜んでくれたかは分からないが……。
話を戻すと、この町、もしくは世間にそんなジャスレイのような奴がアクシズ教徒のスタンダードとして認識されているのかもしれない。
オルガも、初めてあったテイワズの傘下がジャスレイ率いるJTDトラストだったら、間違いなくいい印象は抱かなかっただろう。
「オレは、セシリーの姐さんに会えて運がよかったのかもしれねぇな」
無論、今オルガが推測している考えは予想に過ぎない。だが、そう考えると一番現実的でありうる話だ。
真実を確かめるためには、上に登って見渡す必要がある。そこでもし、自分の考えが正しければ――――
「ちょっと待て。オレはまた上に登って…、どうすんだ?」
そこでオルガの指針が揺れる。
「今のオレには、ミカやユージンも、昭弘もいねぇ。それどころか鉄華団もねぇんだぞ…?」
額を抑えるオルガの言葉は、先ほどと比べて弱々しかった。
上に行く。その結果起こった様々な憂き目を思い出してしまったのだ。最高の上がりだとして『火星の王』を目指した、あの日々のことを。
ろくに知りもしない上を目指して、結果あったのはなんだ?
テイワズの縁切り、無造作に詰められた家族の死体、大量に潰れたモビルスーツ、居場所、ホタルビ―――
シノの死―――
「―――――――くッ!!!」
ギリリッと歯が軋み、脳に歯が擦れる音が響く。また性懲りもなく同じ事を繰り返し、全部失うのかと警告するように。
「だから…、だからって見捨てんのか!?もし考えが正しけれりゃオレは…、オレはアクアさんやセシリーの姐さんを見捨てろってのか!?」
溢れ出した過去のトラウマは行き所を失い、オルガを憤らせ叫ばせる。
「うるせぇぞ!!」と後ろで怒鳴り声が響いたが、オルガには蚊帳の外だった。
「クソ…!ちくしょう…!!違うだろ…!オレは、オレは…!」
オルガは、自分が知らない間に立ち上がっていた。そこから空気が抜けるように、干し草ベッドへと腰を預ける。
その時だった。
―――パァンッ!!―――
「うおっ!?」
オルガの腰かけたベッドから、甲高い射撃音が響いたのは。
「なっ…!?なんだ?」
オルガは、不意の事態に片足を上げたまま硬直する。下を見てみると、何個か落ちている石鹸に小さな風穴が空いていた。
「まさか――!」
即座にアレを思いだし、オルガは先程まで腰かけていた干し草を掻き分ける。するとそこには、護身用に隠していた三日月・オーガスの拳銃が口径から細い煙を吐いて横になっていた。
おそらく、トリガーに折れ曲がった茎が入り込み、オルガが腰かけたことで指のようにしなって拳銃を引いたのだろう。どこかの誰かのように軽い引き金だ。
「はっ、ははは…!全く、悩む事も許してくれねぇのかよお前は…」
まさかの暴発という偶然に、乾いた笑いが漏れるオルガ。いつでもコイツはオレの想像を越えていきやがると、今まで悩んでいたことが吹っ飛んでしまった。
「悪かった…。悪かったよミカ。立ち止まるこたぁねぇ、オレは『進み続ける』。オレが立ち止まってちゃ、お前らが先行けねぇもんな」
足元に転がる一つの石鹸を拾い上げる。体の臭いや汚れを取り、緊急時には食べられるという代物。
これを作った者は飢える苦しみを知っていて、食べられるようにしたのだろうか?
とすれば、こんなものを作り出すのにどれぐらいの道のりがあったことだろう。
自分も負けてはいられない。先にあるのは何かは知らないが、進み続けると決めた以上、降りるわけにはいかない。
オルガ・イツカは歩き続ける。
「その為の一歩だ…!」
オルガは、石鹸を強く握りしめる。四角いマークが刻一されたソレは、銃弾によって風穴が開けられていた。
――こ~の~す~ばbyオルガ――
それからしばらくして十分後…
「ビッ…!ビスケットォォオオオオオ!!!」
「んまい…!んまいわねカズマ!もっとちょうだい!」
「おうち帰りたい…」
どうしてこうなった。
ミカの拳銃。3発から2発に。
次回『ビスケット死す』デュエルスタンバ…《パンパンパン!!》