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対してオルガは200
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「ハァ!!?」
「ッ――!」
オルガの頭上に青い空と太陽の光が差す。眩しさからその光に手をかざすと、指の間から鳥の影が見えた。
続いて出迎えるのは川のせせらぎと人の賑やかな声。首を左右に向けると、西洋風の家々が建ち並んでいた。
「ここが新しい世界ってヤツか…。地球に似てるな」
オルガは不毛の土地である火星に生まれ、そこで生きてきた。地球に来たのは鉄華団が誕生してしばらくの事で、その時も諸々の事情で周りの風景などロクに見ていなかった。
改めて火星を思い出しながら見てみると、地球に似たここがどんなに恵まれているかよくわかる。
水は透明で泥色ではなく。風も優しく砂が混じっていない。子供は銃を持たず遊び回り、大人はみな暖かい笑顔を浮かべている。
自分をここに転生させてくれた人物、アクアは『魑魅魍魎の世界』と呼んでいたがとんでもない。オルガには、ここが平和な楽園のようにも思えた。
「―――良いトコじゃねぇか」
オルガは目を細め、どこか穏やかな顔で呟いた。
―――「あ~…。このすば」byオルガ――
「なんかこの町、モビルスーツみたいな奴がわんさかいるな…」
しばらくポケットに手を入れ、この世界に見とれていたオルガだが、今は奇抜な格好をした人々に紛れてこの町一帯を散策していた
理由は単純。腹が減ってきたのだ。
この世界がどんなにいい所であろうとも腹は減る。ポケットマネーもあるし、ここがどんなものか見るついでに何か食べようと、オルガは人混みの中を歩いていく。
「よぉコワモテの兄ちゃん。ウチは道具屋だよ。よかったらなんか見てかないかい?」
「そうだな。なぁオッサン。ここらで食える店知らないか?」
「それならまっすぐ行って右だよ」
「やだ、レア物なワイルド系男子っ!よかったらウチよってかない?」
「すんません。オレ男には興味なくて」
「残念ねぇ~」
「ほぉ~、その仕立てなかなかいいねぇ。貴族の人かい?」
「いや、そう言うわけじゃないんですが、珍しいんすか?」
「そりゃあ目利きできる奴にはわかるね。そんな質のいい服貴族くらいしか着ねぇし、始まりの町アクセルにはめったにそんなのこねぇからなぁ」
「アクセルの町…か。わかりました。気ぃつけます」
「おかぁさんヤクザ~」
「こらっ!見ちゃいけません!」
「……ヤクザ?」
こうして地元の住民と言葉を交わしたのち、飲食店らしき店を発見。入店したオルガは従業員からお客として明るく歓迎される。
しかし、金を出したオルガはここで致命的な問題に直面することになる。
「これで適当なモン見繕ってくれ」
「あの~、すみませんお客様。この町ではこのお金は使えません。どこの国のお金なんでしょうかコレ❔」
「―――は?」
そう。ここではオルガの世界の通貨・ギャラは使えないと拒否されてしまったのだ。
店の前に出たオルガは唖然とする。
(金がねぇ…だと…!?)
そう、その問題とは長い間、鉄華団を悩ませてきた資金難である。
古くは設立当初の資金盗難・退職金・補修の三連星に始まり、犯罪者の金として口座を凍結される事で終わるこの問題は、下手をすればギャラルホルンよりも因縁深い宿敵。
それが世界の垣根を越え、オルガ・イツカに襲いかかってきたのだ。
「おいおいシャレになんねぇぞ…!とにかく働き口を見つけねぇと!」
幼少の経験で空腹の怖さを知っているオルガは、鬼気迫る顔で近場の人間を……、気弱そうな黒髪の少女を捕まえて話しかける。
その顔はこれからの事も関わっているのと相まって、餓えた狼を思わせた。
「すまねぇそこのアンタ!!一つ話を聞いてくれねぇか?」
「ひっ!?すみませんごめんなさい殺さないで売らないで!」
「殺しもしねぇし売らねぇよ!ここのどこかで戦って金の手に入る…。そんな仕事ここらにねぇか!?」
「えっ?戦ってお金が入る…?あっ…!それならえっと、この先に《冒険者ギルド》があるんだけど…」
黒髪の少女はプルプル震えながらも、控えめに指を指して《冒険者ギルド》のある方向を指す。
オルガはその先を振り向き、一際大きい建物を確認した。
「そうか…!あそこに冒険者ギルドがあるんだな。悪い助かった!」
「あっ、あのよ…ヨロシければ私と一緒に登録して――いいえ違うわこれじゃお誘いみたいになっちゃう!もっとフレンドリーにここはこう…!」
少女は何か話そうとしてたが、オルガは急ぎ故、すぐさま差した方向に走り去り、残っているのは土煙だけ。
そしてその土煙も、目をつむったままの少女…、「ゆんゆん」に見られることもなく、空しく消えていった。
――あれ…?あの人どこ?byゆんゆん――
「くそ…このままじゃヤベェ、せっかく生き返ったってのに死んじまう…ッ!」
空は夕焼け。帰る家もないオルフェンはカラスの鳴き声をBGMに、人の少なくなった広場を歩いていた。
冒険者ギルドに辿り着いたはいいものの、そこでは《冒険者カード》という物が必要不可欠らしく、それの発行にお金がかかるため、結局冒険者にはなれなかった。
いろんな所に雇ってもらおうと走り回ったのだが、見返りはゼロ。どこも間に合ってると雇ってもらえず、今ここでさまよっている。
思い出してみると、最後に食べたのはいつだろう。ギャラルホルンから逃げている間様々な対処に追われて、全く食べていなかった気がする。
「ツっ…!」
空腹で倒れそうになるものの、膝に手をつけ、意地で耐え抜いたオルガ。
このスーツは兄貴分である名瀬・タービンから昇進祝いとして贈られた品だ。本来ならすぐ着替えたい所だが、金も服もないオルガにはそれすらできない。
今出来るのは、この服を汚さないよう噴水の縁を手で払い、腰をかける事くらいだ。
「仕方ねぇ、また明日職探しだ…」
ガキの頃は何も食べられないのが普通だった。そう自身に言い聞かせながら息をつく。
すると、だんだん眠くなってきた。
(なんか、こんな感じ前にもあったな。そうだ。この感覚はアクア…さんに会う前にあった…切れる感覚…)
意識が遠のく。眠るように視界が細くなって、力が入らなくなっていく。そして――――
「おっと」
女性の胸に、顔を受け止められた。
「……悪りぃ」
強烈な間を置いて、オルガの額に一筋の汗が流れる。
女性経験のないオルガでもこれがマズイのは分かる。だが起き上がろうにも力が入らない。
「いえいえ。お疲れですか?」
胸に顔を埋められたというのに柔らかな笑みを崩さない女性は、オルガの肩を持ち、倒れた姿勢を元に戻す。オルガは朧気でも女性の姿を覚えておこうと、目を動かした。
年齢は20~30代辺りに見える金髪の女性で、顔のパーツはなかなか整っている。濃い青色に金の淵がある帽子と肩掛けが特徴で、体を覆う白のローブが神聖さを感じさせた。
オルガはその包容力と相まって、ぐずった子供たちをあやしているメリビットさんやクーデリアを思い出す。
彼女らは今、無事だろうか。
「ああ、腹が減って力がでねぇんだ……」
「そうですかそうですか。これも何かのお導き。それではコレを貴方に」
女性がオルガの手を取り、何かを手に置く。その人肌ではない温かさと匂いに、オルガの目は見開かれた。
「っ!コイツは…!」
それは紙に包まれたパンだった。拳大の温かさが紙を通して、心を震わせる。
「食って…、いいのか…」
「ええ。思う存分食べてください」
「……!!」
芳ばしい匂いを放つパンは、たったの二口でオルガの中に沈んだ。
何日ぶりかの食事で力がみなぎるのを感じたオルガは立ち上がり、パンをくれた女性に礼を言う。
「すまねぇ…飯を食わしてもらって助かった。この恩は返す!」
「いいえ、私は何もしていません。全てはアクア様のお導きのままに…」
「…アクア様?」
「知らないのですか?貴方が座る噴水に象られている女神像こそ、水の女神アクア様なのですよ」
オルガは後ろに振り返る。
そこには夕日に照らされた壺を高く掲げ、そこから水を噴き出している彫像の姿があった。
自分が出会ったアクアとは髪型や服装、身長などまるで違うが、その像はただ壺だけを見つめている。
「そういえば貴方、仕事を探しているんですよね?」
「は?何でそれを?」
「アクセルの町では噂が広がるのも早いんですよ?ぐうぐうお腹を鳴らしながら仕事を探し、歩き回る男がいるってね」
「んなっ…!?」
そんなに腹をすかせていたのかと、オルガは恥ずかしさの余りに頭を手で被い、染まった頬を隠す。
そこに愛らしさを感じたのか、クスリと笑った女性は続ける。
「そんな貴方に朗報です。我らがアクア様を信仰する《アクシズ教》に入りませんか?」
「アクシズ教?」
「はい。今ならアクア様の素晴らしさを説くだけでお金を貰える仕事を募集中です。いかがですか?」
「…いや、悪りぃがオレは教養がなくてな。そういう仕事はオレに勤まらねぇよ」
「アクア様の素晴らしさなら、私がそれについての本を貸してあげます。勉強の間に石鹸洗剤を売る仕事も受け付けているのですよ?配れば良いだけです」
「んん……っ」
オルガは、神に対してなんの意識もすることはなかった。姿も見せない者に頼るなど、毎日を生きるのに精一杯な自分には考えられないものだったからだ。
だが、この世界の神は実際に姿を表し、死んだ自分にもう一度進み続けるチャンスを…、得た答えを試すチャンスをくれた。
神に祈る気はさらさらないが、何かあの人に恩を返せる時が来たら、近い方がいい。
恩を返せずに別れることもあるのだから。
(そうだな…。受けた恩を返さなきゃオレらしくねぇ…!)
「なぁ、アンタの名前は何て言うんだ?」
「!っ……私の名前はセシリーです!受けてくださるのですか?」
「頼むのはこっちの方だ。金もいるし、アンタやアクア…、さんに恩を返してぇ…」
オルガは、自身のこだわりである筋を通すため、神との契約を結ぶ。
かつて、三日月・オーガスという《悪魔》に乗り込んだ少年と、同じように。
「オレを…、アクシズ教徒に入れてくれ!!」
「はいっ!ではその紙にサインを!」
「紙…?は!?この包み紙サイン書かよ!」
自分が入ろうとするのを予測していたのか?オルガは思わず苦笑いしながら、ヨレヨレになったサイン書に自分の名を書き込んだのだった。
その後、アクセルの街を後にしたセシリーの叫び
「ヒャァァァアアアはぁぁぁああああ!!!やったったぞエリス教徒どもめ!貴方たちが我々の契約書を包み紙にしてくれていたお陰でェ、アクセルの町に記念すべき一人目のアクシズ教徒が生まれたわぁぁああああ!!あっ、そういえばエリス教徒から配給されてたパンを使ってしまったんだったわ!ヤツらにイタズラするついでに新しいの貰わないと!」