継ぎ接ぎされたソレが外に出るまでの、
始まりの話。
継ぎ接ぎされたソレが外に出るまでの、
始まりの話。
文字数は4400くらい。
どうということもない話ですが、
よろしければどうぞ。
目の前の鏡に映るコレは誰だろうか。
少なくとも自分ではないことは確かで。しかし「鏡」がどういうものか知っている故に、コレが自分であるということは紛れもない事実だった。
だが自分はオッドアイではなかったはずだ。
髪は闇のような黒ではなかったはずだ。
鼻はもう少し低かったはずだ。
前歯が一本折れてていたはずだ。
そもそも部分ごとに肌の色が違っていたわけがなかったはずだ。
体の各部位の長さが違うこともなかったはずだ。
全てが自分の記憶とは食い違う。
顔も、肌色も、毛質も、重心も、感覚も、距離感も。
そして、自分が自分であるという記憶にさえも。
自分が何処の誰かはほとんど思い出した。
しかし自分とは関係のない記憶の欠片のようなものの存在も感じている。
それもこれも、全て「彼」のせいなのだろう。
自分を「パッチワーク君」と呼び、他と継ぎ接いだ人物。
何処の誰だかは分からないがマッドサイエンティストだろう。
そんな彼が言うには、今の自分は各地の戦場で死んだ人間を寄せ集めて作ったものらしい。
目覚めた当初は記憶の混乱があって信じられなかったが……なるほど。確かに自分は戦場で敵にやられ、死んだはずだった。
生きていられる傷ではなかった。なにせ首を切り落とされたのだから。
それでもこうして生きている以上、彼の言葉を信じざるを得ないのだろう。
鏡に映る自分が今の自分であるということも含めて。
……いや、果たして今の自分は記憶にある自分と言えるのだろうか。
記憶が正しければ自分はアセンクトゥク王国の一等兵士、メフ・グラトン。
両親健在、兄弟無し彼女無し。酒は苦手だが酒蒸し好きの27歳。
そんな男であったはずだ。
だが彼の言葉を信じるのであれば、自分が使われているのは脳のみで。他の部位はすべて別人達のものだそうだ。
果たして、記憶だけしかないソレは自分と言えるのだろうか。
記憶が自分を構成するのであれば、死んで記憶がなくなればその死体は自分ではないのではないか。
記憶が自分を構成しないのであれば、今の自分はいったい何ものなのか。
一番使われている割合のものか、誰でもないのか、やっぱり自分か。
今は考えても分かりそうにない。
「やあやあ、パッチワーク君。調子はどうだい? 記憶は戻ったかな?」
閉ざされた扉の向こうから加工された呑気な声が聞こえる。
この声の主が自分を継ぎ接いだ人物だ。男か女かは分からないが、男と想定しておこう。
分かることと言えばマッドサイエンティストなことと、料理好きらしいこと。
一週間(おそらく)前、扉の下から出される料理を美味しいと言ったら「そうかい、それは良かった! 実は料理が好きでね、喜んでもらえたようで何よりだよ」と言っていた。
「記憶はだいぶ思い出した。ただ、まだ距離感やバランスがうまく取れない」
「それは君の記憶と体が違うからね。慣れるまでの辛抱さ。他にはないかな?」
「…………」
他に、と言われれば記憶に関してなくもないが……さて、言うべきかどうか。明確なわけではないし、調子に影響しているわけでもない。
仮に言うのだとしても、もっと鮮明になってからでいいのではないか。
「おや、どうかしたのかな?」
そんな自分の沈黙から何かあると踏んだのか、彼が問いかけてくる。
…………まぁいいか。別に今更どうなるわけでもないし、話しておくとしよう。
「記憶に若干違和感がある」
「ほう?」
自分の言葉に彼は興味深そうだ。
この感じは一番最初に目覚めた時以来かもしれない。そこまでのことだろうか。
「こう……なんて言えばいいのか。自分の記憶とは違う記憶の欠片みたいなのがあるような、そんな感じだ」
「それが本当なら素晴らしい結果だ! なにせ今回の実験の目的がソレを確かめることだったのさっ!」
今までにないテンションの高さで彼が言う。
しかし実験の目的がソレとはどういうことだろうか。自分のような寄せ集めの存在を作ることが目的ではなかったと言うのか。
「『脳以外にも記憶は宿る』。数々の事例はあれども、本当にそうなのか自分で確かめたくて仕方がなかったんだ! 故に! 君を作った!」
どんどんテンションの上がる様に初めて、
……確かに、そういった話は聞いたことがある気もする。だがそれをこういった形で実験しようなどというのは、発想がイカレている。
「ありがとう! パッチワーク君。君のおかげで私はまた1つ知識を得、この結果がさらなる実験へと繋がるだろう! そうして私の知識欲は満たされていくのさっ!!」
「そうか」
さらなる実験とは一体何なのか。自分には想像もつかないが、ろくでもないことは確かだろう。
これは言わない方がいいことを言ってしまったかもしれないな。
「…………こほん。すまない、喜びのあまり取り乱してしまったようだ。しかし君に感謝しているのは本当だから、そこは素直に受け取ってくれたまえ」
「そうか」
少しして、落ち着いた彼に感謝を述べられる。
勝手にされたことに感謝されても反応に困るのだが、そう言ったところで意味はないだろう。
「それで、その記憶の欠片のようなものに関しては後日聞くとして。今、君に聞くべきなのは今後のことについてだ」
「どういうことだ」
「君には2つの選択肢がある。このままここで死ぬか、外の世界に出るか、という選択肢がね」
「外に……出られるのか」
「君が望めばね。私は実験体に対して敬意を持つのがポリシーなのさ。だから結果を出したら廃棄処分なんてことはしないよ? そのために顔も隠して、声も変えているのだからね」
「…………」
てっきりさらなる実験に付き合わされるか、用済みとして消されるかだと思っていたが……どうするべきか。
死にたいわけではない。しかしこの体で外に出たところで、例え母国でも受け入れられることはないだろう。
「まあ時間はまだある。今すぐに答えを出すこともないさ」
「……1つ、聞きたいことがある」
「何だい? 私の素性以外なら知っている範囲で答えてあげるよ」
「自分の国はあれからどうなった」
日の光が入らないこの場所では時の流れが分からないが、出された食事の数的に一週間は少なくとも経っているはずだ。
だとすれば、何かしらの動きがあってもおかしくはない。
「君の国というのは『脳の記憶』という意味でのことかい? それとも各部位たちの国かな?」
「アセンクトゥク王国についてだ」
「つまり『脳の記憶』のほうだね。その国なら一昨日に敗戦したことを表明したよ。それに従って各地の争いも収まってきているみたいだ」
「……そうか」
自分がやられたときも劣勢だからこその無茶な作戦だったし、予想はしていた。
…………していたが、敗戦か。
「私としては、戦争中は『人体』という実験体が手に入りやすいという点に関してはいいのだけどね。反面、それ以外の材料だとかが手に入りにくくなってしまうから、終わってくれてよかったよ。実に助かる」
「外に出ることにした」
まだ戦っていたり、勝利したというのであれば迷っていたところだ。
しかし敗戦したというのであれば、自分はその光景を目に焼き付けるべきなのだろう。脳だけになったとはいえ、その国の敗残兵として。
「ん、そうかい。なら数日後には出られると思っていてくれたまえ。記憶についてはそれまでに聞くから、分かる範囲で整理して教えてほしい」
「ああ」
外に出るのなら、もっとこのバランスの悪い体に慣れないとな。でなければ有事の際にまともに動けず、再び死んでしまうかもしれない。
そんなことでは外の世界に出た意味がなくなってしまう。
「――――さて、そろそろ食事を作ってこようかな。では、またそのときに」
言葉とともに、足音で扉の前から離れていくのがわかる。
まあ、部屋に設置されているカメラで映像も音声も筒抜けなので、そのことに大した意味はない。
とりあえず自分は記憶の整理をしつつ、軽く体を動かしていくことにしよう。来るべき日に向けて。
「君にはいい実験結果をもらったし、今から君を外に出そうと思うんだけどいいかな? 心の準備は」
「問題ない」
外に出られると聞いた日からおそらく4日後、ついにその日が来た。
…………意外に早かったな。
「君に必要なものは用意しておいたから、当分の行動に問題はないはずさ」
「そうか。感謝する」
ホントに感謝するべきところなのかは分からないが。
「いやなに、前にも言ったけど君には感謝しているんだ。ならば、このくらいは当然のことだよ」
「……そうか」
「それじゃ、今から君を外に運ぶよ。ただ私も顔や声を知られるわけにはいかないし、なによりこの場所もバレるわけにはいかない。だから君には眠ってもらって、その間に運ばせてもらうけど……そこは我慢してほしい」
「まぁ……そうだな」
やっていることを考えれば仕方のないことだろう。
それでも外に出してくれるあたり、まだマシというものだ。そういうことにしておこう。
「ではさっそく催眠ガスを流すから、横になってリラックスしておくれ」
「…………」
言われた通り床に横になる。
するとすぐに何かの気体が噴出されたような音がし、自分の意識は遠のいていった。
「君は私を知らないけれど、私は外の世界で君と再び出会うことを楽しみにしているよ。その時はまた、有意義な話を聞かせてほしいな」
「ん……」
意識がゆっくりと覚醒していく。
どうやら自分は何かに寄りかかって眠っていたようだ。自然の匂いを感じる。
「……ここは」
目を覚まし、少しボーっとする思考で周りを見回す。
どうやらここは何処かの森の中のようだ。木々の隙間からもれる太陽の光が随分と懐かしい。
そして自分の体を見ると、あの部屋にいた時の服ではなくなっていた。
全身を覆う服に、マント。手袋にブーツ。さらに頭には
これら全て、自分の体を隠すためのものか……若干怪しい気もするけど。
さらに手元に中身の入ったバックがあったので中身を出してみると、そこにはこれからに必要そうなものがいくつも入っていた。
充分すぎるほどの金貨銀貨に、日持ちしそうな食料。オッドアイを隠すためと思われる眼帯に、護身用のナイフ3本。自分の顔を見るための手鏡に、地図。薬。付け髭。そして着替え。
「何から何まで……随分と揃えてくれたな」
出したものをしまい、立ち上がって草を払う。
とりあえずの目的はアセンクトゥク王国に行くことだ。その為にもまずは現在位置を確認するために森を抜けないといけない。
まずはそこからだな。
「……行くか」
そうして自分は外の世界での一歩を踏み出した。
これは一度死んだ自分達にとっての再スタートであり、まだ何者かも分からない今の自分にとってのスタートでもある。
全てが今、再び、新しく、始まった。
(re)start(s) 完。
この話は始まらず、ここで終わりです。
最初はこの設定で話を作れないかなーっと思ったのですが、
先を思いつかなかったのでやめました。
自分の構想しているほかの作品のキャラ設定として使えないかとも思いましたが、
思いつかなかったのでやめました。
そのような感じで短編として投稿しました。
タイトルは新たな1つの個体としてのstart。
そして使われた個体たちにとっては再びなのでrestart。
それに複数形のsを付けてrestarts。
そんなイメージです。
では最後にキャラの設定などを。
アセンクトゥク王国(悪戦苦闘→アクセンクトウ→アセンクトゥク)
メフ・グラトン(欠片→フラグメント→メフ・グラトン)
・男。
・27歳。
・両親健在、兄弟無し。彼女無し。
・酒は苦手だが、酒蒸しは好き。
・アセンクトゥク王国の一等兵士。
・戦闘中に敵国兵士に首を切られて死んだ。
・「パッチワーク君」の脳の部分、主要な記憶として使われている。
彼
・マッドサイエンティストでパッチワーク君を作った人物。
・顔や声、性別などほとんどが不明。
・料理が得意なようだ。
・実験体には敬意を持つのがポリシーらしい。