がっこうぐらし! 日常と非日常   作:空の青

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 学生生活において輝かしい思い出を作るにはどうすればよいか。

 

 友人を作る、それが第一歩であろう。

 その一歩を踏み外したものには、マリアナ海溝よりも深く暗い恐ろしい未来が待っているのである。そこでは常人は一瞬たりとも耐えること敵わず発狂し、「まんどりもんどり」と素っ頓狂なことを発しながら実体のない何かから逃げ回る羽目になる。

 

 そうなってしまった戦友を、俺は何度も目にしてきた。そのたびに思った、こうはなるまい、と。

 

 回避するにはどうすればよいか。簡単である。

 

「周囲と迎合せず己を貫き、何があっても動じない強い精神を持てばいいのです。その点、丈槍、お前はいい線いってるぞ。俺が保証する」

 

「わーい!」

 

「もう、そんなことで喜ばないの」

 

 放課後の教室には三人の人影があった。問題児として名高い俺と丈槍、そして現国教師の佐倉さんである。

 

「でも、お友達がいた方が楽しいでしょ? 折角の学生生活なのよ?」

 

「甘いですな。俺は理解しているのですよ。集団行動には致命的に向いていないと言うことをね」

 

「そうだそうだー」

 

 隣に座る丈槍に目を配れば、にこにこと腕を伸ばしている。楽しんでやがった。弁解するのは決まって俺なので、こいつにとってはちょっとスリリングなおしゃべり位の認識なのだろう。

 俺の視線に気づいた丈槍が首を傾げた。

 

「なにー?」

 

「お気楽ものめ」

 

 デコピンをしてやった。「うにゃ!?」と奇声を上げて額を押さえると、呻きながら睨みつけてきた。

 

 俺と丈槍は、問題児と言うか周囲に馴染めない社会不適合者と言うか、そんな括りで仲良くなった不思議な関係だ。これは友人と言えるのだろうか。

 

「大体ですね、もう三年ですよ、我々は。今更友人を作ってどうしろと」

 

「最後の一年だからこそ、楽しまないと損よ」

 

「そうだそうだー」

 

「どっちの味方だこんにゃろう」

 

 いつの間にか復帰していやがった。もうにこにこ笑顔だ。切り替えの早い奴め。

 

「それに、友人など作らんでも今を楽しんでますよ」

 

「う~ん……でも……」

 

 佐倉さんは良い人である。それはもう良い人である。

 

 こうして頭ごなしに否定するのではなく、出来る限り生徒の目線に立って考えようと努力してくれる。そのせいでもっと教師らしくしてください、と他の教師から言われたりやや仲が悪いようであった。苦労しているだろうにこうして俺たちの面倒も見ようとするのは、この人が善人であるからに他ならないだろう。

 

「分かったわ、うん。今日はここまでにしましょうか」

 

 そう言って佐倉さんは席を立つ。

 

「まだ次があるんですか」

 

「また明日ね」

 

「やる気満々ですね」

 

「先生だもの」

 

「なるほど」

 

 この人らしい理由だ。

 

「じゃあね、めぐねえ!」

 

「めぐねえじゃなくて、佐倉先生でしょ?」

 

「はーい」

 

 小さく手を振って、佐倉さんは教室を出て言った。俺も帰ろうかと席を立とうとすると、丈槍に制服の袖を引っ張られた。

 

「ねえねえ、てるくんて友達いないのー?」

 

「ええい、その名で呼ぶんじゃあない。俺には吉野照彦と言う良い名前があるんだ。吉野、もしくは照彦と呼ぶように」

 

「分かったよてるくん」

 

「はは、何もわかってないじゃないか」

 

 思わず笑ってしまった。俺は笑みの少ない硬派な男だと言うのになんたることだ。

 

「んん、まあいい」

 

 改めて席を立つ。軽く背伸びをして息を吐いた。

 

「じゃあな、丈槍。帰り道気を付けるんだぞ? 足元をよく見て歩くが吉だ」

 

「てるくんは帰らないの?」

 

「吉野、もしくは照彦だ。厄介なことに先約がある。すまんがまた明日だな」

 

「そっか、じゃあねー」

 

 丈槍は飛び上がるように椅子から立つと、良い笑顔を残してミサイルの如く走り去っていった。

 

「さて」

 

 ††

 

 グラウンドとは運動部の聖域だ。すなわち俺のような人間には全く縁がない場所である。体育の授業で仕方なく使う以外には、その土を踏むことはまずないと言っていい。

 

 そんなところに俺は足を踏み入れた。

 

 そこでは今まさに陸上部の奴らが走り回っていた。直視できぬほどに眩しい光景である。

 汗を流し、笑いあい、時には涙を流す。青春そのものであった。

 

「ん」

 

 立ち去りたい気持ちを必死に抑え、目当ての男を見つけた。何やら女子の部員と話している様子である。早く話し終わらないかと待っていると、俺の視線に気づいたらしく彼が駆け寄って来た。

 

「彼女は良かったのか?」

 

「大丈夫だよ、ちょっと話してただけだからさ」

 

 彼は俺の友人と言うわけではない。知人と言ったところか。

 偶に話すことはあるが、他愛もない世間話位だ。

 

「ほら、これでいいだろう」

 

 俺は持ってきていた袋を渡した。

 中には、以前に彼からもらった買い出しメモに書いてあった通りの物が入っている。

 

「うん、ありがとう。助かるよ。お金足りた?」

 

「問題ない。学食一食分だぞ」

 

「任せてよ」

 

 練習だから、と彼は去って行った。

 俺も帰るとしよう。

 空は少しずつ暗くなってきていた。

 

 ††

 

 正門まで歩いていくと、見覚えのある帽子が目についた。獣の耳のように尖ったあの帽子は、間違いなく丈槍のものであろう。背中を塀に預けてつまらなそうに俯いている。下校する生徒の中で、その姿は浮いていた。周りの生徒も近づこうとしないから、そこだけ周囲から切り離されたようだ。

 

 丈槍は子供っぽい。

 高校生ともなるとそれが異常に映る。

 異常は人間関係を構築するのに多大な影響を及ぼす。

 待っているのは孤立だ。

 分かりやすい話だった。

 

「何をしているこのお馬鹿さん」

 

 俺はゆっくりと近づき、奴の頭にチョップを叩きこんでやった。びくっ、と体が震え、顔を上げた。

 

「ぁ……てるくん!」

 

 花が咲いたような笑顔だ。先ほどまで悲しそうに下を向いていた奴とは思えん。

 

「吉野、もしくは照彦だ。……帰らんのか」

 

「てるくんは?」

 

「吉野、もしくは照彦な。俺ももう帰る。用も済んだからな」

 

「じゃあ一緒に帰ろうよ!」

 

「そうするか」

 

 断る理由もなし、俺たちは一緒に歩き始めた。

 こうしていると、俺たちは友人同士のように思えた。今度はこの方向から反論してみよう。

 佐倉さんは明日もやる気のようだし、このままだといつまでも続きそうだからな。

 

「? なんだか楽しそうだね」

 

「そうか? まあ、そうだな」

 

「ふっふー」

 

 なぜドヤ顔なのか。しかしどうにも微笑ましいこいつに、俺はまた笑みがこぼれる。くやしい。

 

 

 

 ――こんな日常が何よりも大切だと気づいたのは、それから少し経ってのことだった。

 

 


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