その嶺上牌、取る必要なし!(一発ネタ)   作:金木桂

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ランキングに乗るとは驚きの一言です…、皆さんありがとうございます。
そろそろ折り返しですが、のびのびと楽しんでいただければ幸いです。


普通のリンシャンさせてーな

 

中学三年生になった、七月。

 

今日も今日とて嶺上修行とブイブイ言わせていきたいところではあるが、残念なことに、誠に遺憾ながら遂に高校受験が差し迫ってきている。

なので七月を過ぎたら麻雀は暫く改装閉店、嶺上ゲージ蓄積期間に突入するわけである。ーーーまあ嶺上修行は続けるのだが。大いなる嶺上の根源への到達を目指すリンシャンリストからすれば嶺上開花と麻雀は全く別物なのである。

 

まあそんな訳で、受験のために今日は今まで務めていたバイト先の最後のシフトということで。

 

現在のバイト先は「Roop-top」という雀荘で、家から何駅か離れた場所にあるものの非常に好待遇(中学生にしては、だが)で雇ってくれている。元々は麻雀教室に通うために中一の冬からここで働いていたのだが、資金が貯まりきった後も惰性と、後居心地の良さからそのままダラダラと働き続けて気づけば中学三年生。いやはや時が過ぎるのは早いものである。

 

しかしこの雀荘、不思議な事に私が働いたこの約二年の間で満員御礼となったことは数えるほどしかない。そのおかげで業務は色々と楽で仕事中も嶺上道に励むことが出来たけれども、今後の経営が危ぶまれるところではあるかもしれない。ほんと、客に軽い飲食提供と麻雀の代打ちをするだけの簡単な金蔓アルバイトーーーもとい仕事だったので、本当に残念である。

 

 

 

「こんにちわー」

 

私はそう挨拶しながら既に見慣れた店内の中へ入ると本日もやはり閑小鳥がムンクもかくやと言った大絶叫を繰り広げているようで、客は自動卓で麻雀を打っている青年集団4人組しかいない。因みにこの4人組も常連で、休日も平日も朝から夕方まで居座っている、言ってしまえばニートなのだろう。事実、私が中学二年になった辺りからシフトの入っている日には大体見かける。…最早私よりもこいつらの方がこの雀荘の顔なのではないだろうか。

 

その他にもそんなニート集団を多少気にしながら、飲食スペースにあるカウンター席の奥のキッチンで洗い物をするワカメみたいな髪の毛をした女の姿があった。

ーーーこの雀荘を経営する親の一人娘であり、私の先輩にもあたる染谷まこである。そう、原作では私や和がメインに闘牌描写されているのに対してキンクリ要員扱いされている、染谷先輩である。

 

染谷先輩は洗い物をしながらもこちらに気付くと、

 

「お、今来たんか。早いじゃけん」

 

「はい、まあ最後のシフトなので」

 

「そうか…もうそんな時期か」

 

染谷先輩はそう呟くと、少し寂し気に眼鏡を掛け直す。確かにこの雀荘で染谷先輩と同年代のバイトと言うと、一つ下である私くらいしかいない。まあ普通に考えて幾ら世間が麻雀ブームと言っても来る人間の多くが半ば歳の行ったおっさんであるこんなローカルで個人経営の雀荘店じゃ、女子高生のバイトも中々集まらないだろう。現実に私と染谷先輩とそのご両親を除けば、この雀荘で働いているのは男子大学生か専門学校生かフリーターかのどれかである。

…何だかこれだけだと女っ気のない上麻雀漫画でよくある荒々とした無法地帯の雀荘に思えるかもしれないが、しかし店内は非常にアットホームで流れる空気は穏やかである。女性のお客さんも来るしーーーまあ極稀にだけど。月一に一度くらい。

 

「咲、アンタが来てから結構色々あったなぁ」

 

「そんな何かありましたっけ?私、普通に働いてただけですけど」

 

…ぼんやり思い出してみるけど何も浮かばない、うん。特に何かあったとかはなかった気がする。いや嶺上開花のバースト力は高められたとは思うけども…まあそれは違うだろう。

 

染谷先輩は懐かしむように、

 

「あれは一年前の春頃じゃったか…?ガラが悪い客が来たの覚えているか」

 

「いえぜんぜん」

 

「…まじ?」

 

「はい」

 

ガラの悪い客なんていただろうか…?

ついでに何か、ニート四武衆の肩がビクリと大きく跳ねるように動いた気がしたがするが…こっちは気のせいだろう。

 

「まあ覚えてないなら仕方ない。…あれは殊に寒い日じゃったーーー」

 

「あ、もしかして去年の4月15日の事だったりします?」

 

「ーーーわしより俄然詳細に覚えてるじゃんけ!!」

 

ハッと脳裏に思い浮かんだんだから仕方ないじゃん。だから唾飛ばしながら叫ぶな藻類先輩。

 

ともかく、確かあの日は平日で、学校帰りにこの雀荘にバイトしに来たはずだ。

それで普段と同じように嶺上修行しながら仕事に打ち込んでいると、何かこれまた気持ち悪い程に髪の形がひん曲がっている派手な格好の男たちが入店してきた。それだけなら文句はないのだが、他の客にまで迷惑をかけていたので思わず嶺上拳で黙らせた上で説教、更生させたのだ。強制的に。

 

「あの人たち、今は何しているんですかね?」

 

「さ、さあ?どうしているんじゃろうなぁ?」

 

何だか目を泳がせながらあからかさまに動揺する染谷先輩。…もしかして何か知っているんじゃないだろうか?

 

「染谷先輩…?」

 

「い、いや!わしは知らんぞ!……まさか咲の説教が原因で本当に更生した上にファンクラブまで作って、どこから知ったのか咲のシフトに合わせて来店しているとは言えんしなぁ……」

 

何だか小声でぶつぶつ呟いているが声が小さすぎて聞き取れない。そこまで教えたくない自分に不都合な事なのか…清澄高校に入学した後、覚えていろよ…?

 

「そ、そういや去年の夏から秋までシフトあんまり来なかったが、何をしていたんじゃ?」

 

「露骨に話題をそらしましたね?」

 

「何をしていたんじゃあの期間は…!?」

 

…まあいい、乗ってあげようじゃないか。だが本当に来年、覚えてろよ…?

憤りを抑えながら、私は一年前当時を振り返る。

 

「…あの時は麻雀教室に通ってましたね。嶺上道を極めるために」

 

「嶺上道ってなんじゃ…にしても、なら随分短期間じゃったな」

 

「まあ破門されましたから」

 

「破門!?」

 

染谷先輩は信じられないと言った形相をしているけど、全く同感である。

 

「本当にあり得ませんよね。私はただ同じジュニアプロコースの同志に「カンこそ正義!嶺上開花こそが麻雀における神秘の源なのだ!」という嶺上開花の教えを広めただけなのに」

 

「ああっ成程」

 

何だそのすんなり納得が行った、みたいな表情は。ゴッ殴るぞこら。

 

「教室通ってた時は結構順調だったんですよこれでも…」

 

「麻雀の実力向上がか?」

 

「いえ、リンシャンリストの育成が」

 

「駄目だこりゃ…」

 

そう、嶺上道の布教をしている最中のある時店長の鷹野さんがスタスタとやって来て「咲くん、君、他の生徒さんに良からぬことを教えているね…?」と言われたので明々白々と正直に答えたら破門されたのである。今でも本当に納得いかない、鷹野さんの脳内にはウジ虫が湧いているのではないだろうか…?この邪教者め。

 

「まあそう言う訳で基本的には恨んでるわけですが、感謝しているところもあるんですよ?」

 

「ほお」

 

「教室のおかげで私、カンをしたらカンドラが全部乗るってオカルトがある事が分かりました」

 

「それ、わしも一年前から知ってたが」

 

「あと、これまで嶺上開花がまだ一度も和了出来てないだろうことも牌符を書き始めてから分かりました」

 

「それも何となく知ってた」

 

……。

…………。

………………。

 

「ーーー何で教えてくれなかったんですか!?」

 

それ教えてくれていたなら私、高いお金払ってまで教室行く必要なかったじゃんか!

 

「自分でもう気付いていると思ったんじゃって!てかそもそも麻雀たくさん打ってたら普通気付くじゃろうに!」

 

「言ってくれれば即座に気付きましたよ!?でも言われなきゃ気付かないじゃないですか!?例えば染谷先輩、お客さんと打ってるときにお客さんの顔を見ずに麻雀卓を親の仇のように凝視してること気付いてるんですか!?」

 

「ーーーえっそれ本当なんか!?まじなんか!?」

 

「卓の光景を覚えようとしているのか何なのか分かりませんけどお客さん怖がってるんですよ、いい加減にしてください。まあ私も言っていいか分からなかったので言わなかったんですけど」

 

「いやいやそれは下手をすれば店の経営にも差し障るから注意して欲しいんじゃけど…!」

 

いやいや、先輩を注意するとかかなりの勇気がいるじゃん。中世では臣が王に諫言する時は命がけだとも聞いたことあるし、そんな勇気私にはありましぇん。

 

「まあとにかく分かりましたよね、言ってくれないと分からないことも世の中には数多にあるんです」

 

「…不承不承じゃが、一応は」

 

「だからこれからは何かあれば言ってもらいたいです」

 

「今日が最後のシフトだろうに…」

 

そういえばそうだった。

 

「ともかく、最後のシフトも気を緩めずしっかりやってくれ」

 

「客、いつもの四人しかいませんけどね…」

 

「…言うな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閑話 須賀京太郎の新たな趣味

 

 

気付くともう中学三年生になっちまって、しかも部活の夏の大会も終わって引退。時が経つのは早いなぁ…去年の今頃、部活と勉強で四苦八苦してたのが昨日のことのように思い出せるのに。

 

ただそれまで当然のように存在していた部活の練習という束縛からの解放感からか、何となく勉強には身が入らない。

いや、もう俺も受験だしやらなきゃまずいのは分かってる。分かってるんだが…、外は暑いし体は何か怠いし、まあ仕方ない。自分で言うのはアレだが、仕方ない。

そこで照さんからテレビゲームの誘いが来たりするんだけど(と言うか彼女は俺が受験生という事を分かっているんだろうか)、流石に親の目もある上に俺自身の良心も痛むのでお断りしている。…別に断ったからと言って勉強するわけでもないのにな、人間の心ってのは摩訶不思議だ。

 

そこで最近手持ち無沙汰になったから、ネットで麻雀を始めてみた。咲が狂信的に入れ込んでいる、例のあれに。

 

身近に麻雀狂人がいるからか、「麻雀って滅茶苦茶ヤバいゲームなんだろうな」と偏見を持ちつつ始めてみたのだが、ーーーしかしこれが面白いのなんの。

最初はルールや役を覚えるのに苦労したのだが、一旦覚えると点数計算やその他の処理は勝手にやってくれるからか凄い楽で楽しい。ここ最近のマイブームになっていたりする。

 

だがしかし麻雀を打てば打つほどに咲への謎は深まるばかりだ。

 

何せ奴が興味があるーーーというか信仰しているのは麻雀というより嶺上開花という役そのものである。ネットで調べてみれば和了率は一般に0.28%だと…普通に和了無理じゃないか?かく言う俺も一度だけ和了したことはあるが完全に偶然で、もう一度やれと言われても出来ない自信しかない。咲は何やらその嶺上開花を自由自在に出来るようになりたいらしいが、頭で考えて一瞬で無理って分かるだろ。「もう一人の私が出来たんだから私だって出来るに違いない」とか前言ってた時は危ない薬でもやってるんじゃないかと思ったんだが、今じゃ一周回って咲はナチュナル狂気に呑まれてると思うようにしている。…幼馴染が真人間になる日って来るのかこれ…?

 

…頭が痛くなってきた。この件は考えるのを止めよう。

 

そういやまだ初心者だけど国士無双や四暗刻みたいな役満や槍槓も和了出来たんだがこれらもどうやら珍しいことらしい、特に槍槓が出る確率は0.05%程らしく自分でも二度も偶然和了で来たのは驚くばかりで。

…もしかして咲の毎度言ってるような嶺上開花よりも凄いんじゃないか、これ。言ったら切れられそうだから言わないけど。

 

「お、咲からメールの返信来た」

 

思わずそんな独り言を呟いてしまう。因みに送ったのは最近麻雀にハマった、という日常的な内容のメールである。

 

「えっと…リンシャンリストの集いに入りませんか?貴方には隠れた才能があります、それを開花させるためには私たちの作った特別な修行を積む必要があります。私たちと一緒に嶺上の頂を覗きに行きませんか?老若男女問わずメンバー募集中、今なら嶺上まんじゅうを1箱プレゼント。ーーーこれ、私の作ったグループの紹介文のコピペなんだけど、京ちゃんもどう?メンバーには京ちゃんの大大大好きなお餅の大きい女の子もーーー」

 

俺は最後まで読まずにメールを削除した。

 




咲のキャラがめぐみんのようになっていく事実。
ギャグだから仕方ないか(諦め)

次回から漸く高校生ですかね。

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