その嶺上牌、取る必要なし!(一発ネタ)   作:金木桂

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僕は親リー相手にカンする人が嫌いですが、皆さんはどうですか?


カンせずにはいられないな…!

 

七月。

 

定期試験が終わったので、更なる嶺上成長を遂げる為に私は数駅先にある麻雀教室へと通うことにした。

 

もともと麻雀教室には興味があったのだが、如何せんお金が無かったからバイトしてお金を貯めたのだ。両親にもそのことを話したのだが、「咲も偶には麻雀以外に興味持ったらどう?」という内容を遠回しに30分間話され、テルテルは怯えながら自分のお小遣いを渡そうとしてきたので思わず拒否した。

…何でだろうか、世間は麻雀ブームなのに私の周りはどうにもその真反対な気がする。

 

 

夏の長野のじんわりとした暑さに耐え忍びながら、地図を頼りにその教室の場所まで行くと、どうやら普通の一軒家を少し改装しただけの外装からして個人での経営らしい。いや、チェーンの麻雀教室があるかは知らないけど。

 

ともかく、麻雀教室の扉を恐る恐る開けてみるとそこには麻雀の自動卓が6つほど所狭しと均等に並べられており、その周囲では私と同じか少し幼いくらいの子どもが数人ほど麻雀で遊んでいた。

 

ただの麻雀教室にしては自動卓が多いなぁ…。

 

思った以上に整った設備に少し感心していると、この教室の教師と思われるまだ若い、20歳前半くらいの優し気な男がこちらへと歩いてきて、

 

「初めて見る子だね。…もしかして君が宮永咲ちゃんかな?」

 

因みに、既にお金に余裕が出来た時点でアポイントメントは公衆電話から取っている。リンシャンリストに抜かりはないのだ。

 

「はい、今日からお願い致します」

 

「うんそうか。今日から頑張ろうね」

 

そう言ってガッツポーズをすると、この麻雀教室でやる内容やその他の注意に関する説明を簡潔にされる。そのあたりは完全に事前に知らされていたことや常識的な事柄だったので、特に障害はなく流す程度に聞き流す。

 

「ーーーそれで咲ちゃんは確か…、ジュニアプロコース志望だったよね?」

 

嶺上道を歩みし者として、また超絶美少女雀士の和と肩を並べる人間として、当然の選択である。

 

「はい。間違いないです」

 

「じゃあ申し訳ないんだけど、プロコースに入る為にはテストがあるんだ」

 

「そうなんですか。じゃあお願いします」

 

「おっ。やる気だねー…じゃあ早速やろう、って行きたい所なんだけど…」

 

おっ?何だ?もしかして女子中学生はプロコースに入会出来ないとでも言うつもりなのか?されば私の嶺上開花が火を噴くぞ?

 

私の不穏な空気を感じ取ったのか、その男は申し訳なさそうに間延びした声で

 

「いやぁ、まだあと二人先生が来てないんだよ。実を言えば僕ともう一人はバイトで、鷹野さんって強面のおじさんがここのオーナーなんだ。…ここだけの話、鷹野さんは街中で良くヤの付く黒服の怖い人と良く間違えられててね?咲ちゃんも初対面ではビビるかも知れないけど、本当は普通のおじさんだから挨拶してあげてね」

 

「ん?誰がヤクザと見間違えられる強面だって?」

 

「た、鷹野さん!?」

 

先生の背後からぬるりと現れたのは、確かにその先生の言っていたように子供には中々に恐ろし気な風貌にも見えるだろう、中年のおじさんだった。

それを見た先生はあわあわとしながら、

 

「鷹野さん、ちょ、チョリース!今日のウェザーもすこぶるハッピーハッピーですね!?」

 

…何でそんな、若者かぶれしちゃったおじいさんみたいな言葉遣いになってるんですか先生…。

 

「君のその、慌てた時のそれ、どうにかならんのかね…」

 

「い、…いや…あの…すいません」

 

溜息をつく鷹野さんに、正気に戻った先生が落ち込みながら謝った。

 

「…まあ良いさ、君がそう言う人間だと分かった上で私は雇っているのだからね。治れば一番ではあるが…」

 

「鷹野さん…」

 

「あの、ホモっぽい空気を醸し出している所申し訳ないんですが、テストを早く受けさせて頂けませんか?」

 

「…どうやら君も大概な生徒のようだね。そこまで言うのなら今すぐやろうじゃないか、うん」

 

「鷹野さん、まだ天海さんが来てません」

 

「」

 

麻雀教室と言われて来たものの、何だか幸先から不安になってきたなぁ。

 

そのまま数分、同年代の子たちが麻雀を打っているのを遠目に見ながらちょこんと待っていると、「カランコロン」という軽快なベルの音と共に、こちらは女子高生…にしては少し幼いような気もするけど恐らく女子高生で、ついでに多分これが天海さんと言う最後の先生なのだろう。

 

天海先生は能面な表情でドアをくぐるとこちらへと歩いてくる。

 

「天海さん、おはようございます」

 

「…」

 

先生の挨拶に無言で返す天海先生。

 

「…あれぇおかしいな、いつもなら掠れるような小声で「うん」って呟くんだけどなぁ…」

 

何この麻雀教室、何でこんな濃いキャラ多いの?

 

「まあまあ、ともかく天海君。今からジュニアプロコースの試験をやるから君も早く着替えてきなさい」

 

そんな鷹野さんの言葉を受け取ったのか受け取ってないのか、天海先生はやはり無言で店の奥へと行ってしまう。これもう、寡黙ではなくコミュニケーション不全ってレベルですらある気がする。

…こういう人って裏ではメンヘラだったりするんだよね。もしかしたらリスカ痕とかあるかも知れないし、あんまり近寄らないでおこう。

 

 

そんな若干失礼なことを考えていると、店の制服に着替えた天海さんは五分もしない内に裏から出てきて、

 

「あ、初めての子ですね!私は天海春乃っていうの、気軽に「はるるん」って呼んでね!」

 

「…あの先生、誰ですかこれ」

 

ーーー何かさっきの無表情な女子高生とは似ても似つかないんだけど。

 

先生は微妙な、苦笑いをしているのかしていないのか判断の付かない表情で、

 

「…天海さんはね、普段は大人しいんだけど仕事の時だけは何故か人が変わったようにテンションが上がるんだ」

 

「飯塚先生!そんな誤解話招くような表現しないでくださいよぉ!」

 

きゃっきゃと、まるでアイドルのように話しかける天海先生。…だから何でこの麻雀教室の教師陣はこんなに濃いの。

 

「まあ揃ったことだし、まずは試験の内容を説明しよう」

 

鷹野さんは二人を無視してそう告げると、一枚の要項がプリントされた紙を見ながら読み上げる。

 

「ジュニアプロコースは…そうだね、私たち三人と半荘戦を三回打ってもらって、一度でも二位以上になれれば認定だよ」

 

「そんな簡単でいいんですか?」

 

「いやそれが達成できる生徒さんが少なくてね…」

 

後ろでなんかしらを言い合っている二人を一瞥すると、

 

「ーーー私はこれでもシニアリーグを引退した身でね、後ろの二人もバイトではあるがプロ志望なんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとうございました」

 

そう言うと、今日からジュニアプロコースになることに決まった咲ちゃんは店を出て行った。

それにしても多少毒舌があるとは言っても、フリルの付いたワンピースを着たあんな可愛い女の子がまさかあそこまで強いとはね…。

 

「鷹野さん、どう思います?」

 

「ありゃあ完全に原石だよ、それも磨きかけのだ」

 

「鷹野さんもそう思いますか」

 

一応プロを目指して麻雀をやっている僕からしてもかなり難敵だったけど、現役を引退したとはいえ元一線級のプロの鷹野さんまでそう評価するとは…。

鷹野さんは神妙そうに、

 

「そりゃそうだよ。東1局に私が親リーをかけて同じ巡目で咲くんがカンをした時は駄目かと肩を落としたんだけどね…、まさかカンドラが全部乗った上でタンヤオを和了するとは思わなかったよ。ーーーそれに何だかそれを残念そうな表情で眺めていたんだ」

 

「ええっ!?それ本当ですか!」

 

カンドラが全部モロ乗りするとかそうそうないし、そのおかげでタンヤオが満貫手になったって言うのに…!?普通は喜ぶ場面なはずでしょ…!

 

「しかも以降彼女はカンをするたびにカンドラがモロ乗りしてる、完全に能力持ちだよ。咲くんは」

 

「…やっぱりあれ、そうですよねぇ」

 

確か三半荘やってその内十回以上のカン全てでカンドラが乗っていたしね。ああいう能力を持った雀士はプロ、特に女子プロに多いけどもこうしたところで見かけると驚きも一入だ。

 

そう思っていると鷹野さんは紙を一枚取り出す。

 

「…もしかして牌符取ってたんですか?」

 

「まあね、咲くんが異常だと思って二局目以降からは取るよう言ったのさ。そしたら面白い事が分かったよ」

 

「えっと…全く想像できないです」

 

「まあだろうね。彼女にカン材が沢山流れ込んできている事くらいは気付ていただろうけど、まさかその全てのシチュエーションでカンをしているとは思わなかっただろう?」

 

「全てのシチュエーション…ってことはもしかして聴牌崩してもカンしていたのですか!?」

 

「それだけじゃあない。向聴数が繰り上がる場面でも、カンによって点数が安くなる時でも、咲くんは必ずカンを選択していた」

 

それを聞いて思わず驚嘆する。

なんだそれ…、完全に向こう見ずなカンじゃないか。幾らカンドラが全部乗るかも知れないとは言え、和了できなかったら意味が無い。闇雲なカンは身を滅ぼすことを知らないのかもしかして…。

 

鷹野さんは冷静に言葉を続ける。

 

「…ただカンばかりするだけなら、ただの初心者かも知れない。しかし咲くんは牌符を読むとちゃんと牌効率を分かっている節もあるんだ。その証拠に生牌と切れた牌を常に意識して打ってる、カンをした後の打ち回しも動揺してぶれていることもない。それに何局かに一度程度だが、私たちの和了牌を読んで浮牌になるのも厭わず手牌に止めている。何より、一回とは言えトップを取っているのも事実だろう?」

 

そう、咲ちゃんは二度三位を取った後に三戦目で一位を取っているのだ。これは紛れもない真実で、それほどに咲ちゃんの実力が熟しているのだとも言えると思う。

 

「まあ、そうですけど…しかし何で咲ちゃんはあれほどにカンに拘るんでしょうか?」

 

「…さてねぇ…、それほどの重い何かを、咲くんはカンに抱えているのかもしれないねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閑話 須賀京太郎の休日

 

 

咲の助力もあって無事に迎えた7月。

部活のハンドボールの大会も無事終わり(三回戦で負けちゃったが)、ようやくゆっくりと家で休めると思っていたのだがーーー

 

「何で俺、またここにいるんだろう…」

 

ーーー今俺は宮永家、つまり幼馴染で変人の咲の家、のリビングにいた。しかし別に咲に会いに来た、と言うわけではなく。

 

「京太郎君いらっしゃい、外暑かっただろう?ジュースでもどうだい?」

 

「えっと、…はい。じゃあ頂ます」

 

咲のお父さんからオレンジジュースを受け取り、恐る恐る飲む。

 

「じゃあ京君、咲の中学校の様子とか、普段の様子を教えてくれる?」

 

告げたのは咲のお母さんだ、もう40代後半のはずなのに凄く若く見える、ってそうじゃなくて。

 

そう、今日俺が何のために呼ばれたかと言えば咲の様子を報告するためだ。麻雀と嶺上開花に憑りつかれて友達のいない咲の、唯一の友人である俺は何故かこうして偶に宮永家に呼ばれるのである。

…これ完全に貧乏くじだよな?幼馴染の両親と1対2とか普通ないだろ…。

 

妙な緊張感の漂う一室の中、俺は口を開いた。

 

「えっと…そうですね…、中学2年のクラス替えの自己紹介あるじゃないですか」

 

「ああ、そういうのもあったねぇ…必ずクラスに一人は笑いを取りにボケてくる人がいるんだよねぇ」

 

「そこで咲はまず「私は宮永咲、特技は嶺上開花、趣味は嶺上修行です」と言いました。真顔で」

 

ガタッと椅子と床が擦れる音が聞こえてきたけど、気にせず続ける。

 

「そこで困った先生が「他には何かありませんか?あの、部活とか、好きな食べ物とか」って聞きました。すると咲はこう答えました、「部活は嶺上部、好きな食べ物は嶺上にぎり」と」

 

「咲ー…!」

 

思わず咲のお父さんが頭を抱える、無理もないだろう。自分の娘があんな変人になったら誰でもああなる。

 

「…そう言えばこの前咲が珍しく台所でおにぎり作ってたけど、そういうことだったのね…。と言うか具が全部ほうれん草で思わず目を背けたけど、あれ食べてたのね…」

 

中身全てほうれん草のおにぎりを「嶺上にぎり」と名付けていたのか…俺、ますます咲の事が良く分からなくなってきたんだが…。

 

「きょ、京太郎君…今回は他に何かあるかい」

 

「あります。滅茶苦茶」

 

「だよねぇ…」

 

因みに今回でこの報告会は10回目を迎えているが、咲はその間何も変わっていないのでその奇行も減らず、毎回報告する内容にいとまがなかったりする。

 

「後凄い印象に残ってるのは国語の個人発表ですね…」

 

「それはどんなことをやるのかしら」

 

「授業で文章の書き方を習ったのでじゃあ何か文を書いてみましょうってことになって、後で発表したんですけど…。……咲の書いた文章、と言うか論文は「嶺上牌に対する研究と考察、そしてその応用」ってタイトルの全100ページにも及ぶ大作でした」

 

「ああっ……!」

 

あ、遂に咲のお母さんまで崩れ落ちた。まあ仕方がないけど。

 

「因みにその論文、国語教師が麻雀好きだったようで何か全国ジュニア麻雀理論連盟?みたいなところに推薦したらしくて、すると見事に優秀賞獲得。今じゃ学校の職員室の前にケースに入って飾られてます」

 

「…………さ、…咲…」

 

そこまで話すと、咲の両親は何だかノックダウンされたボクサーのような沈んだ面持ちでただただ茫然としている。因みにこの光景ももう10回目なのだが、全く慣れる気がしない。

 

 

「あ、京太郎…?」

 

「あ、照さん。こんにちわ」

 

「それより、暇ならゲームでもしない?」

 

「いいですよ、今日こそ勝ち越しますからね…!」

 

「望むところ…!」

 

こうして、照さんと夕方までテレビゲームをするところまでが俺の宮永家に来た時の決まった流れである。

 

 

 




オリキャラばっかで新しい原作キャラが全然出なくて申し訳ない。
原作突入するなら次の次くらいなんで、多分。

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