その嶺上牌、取る必要なし!(一発ネタ)   作:金木桂

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衝動で書いた。


リンシャンリストは挫けない

 

「咲‐saki‐」という漫画を知っているだろうか。

 

これは従来、地味で荒々しく煙草臭いのが常であった麻雀漫画に革命をもたらした作品で、その登場人物の多くが可愛い女子高生であり、賭博ではなくスポーツとして熱く闘牌する姿を描いたものである。

また他にも特徴なファクターとして、トップレベルの女子高校生雀士となると何らかの特殊能力を持っていたりして、一部では超能力麻雀と呼ばれていたりもする。事実、作中で出てくる卓の全てがリアル麻雀からすれば低確率な役や役満がでまくる魔物卓だ。

 

そしてその主人公である宮永咲は普段は大人しい文学少女なのだが、麻雀をやると一変、たちまち笑顔で対戦相手の女子高生を粉砕・玉砕・大喝采する大魔王へと変貌する。

そんな彼女の得意役は嶺上開花ーーーこれは成立率が0.28%と一般的には言われる役であるが主人公の場合はそれはもうじゃんじゃん和了する。まるで喰いタンで和了するようにボンボンバンバンと和了する。これが主人公が魔王と呼ばれる所以だったりするが、まあそれは置いといて。

 

 

俺が咲と言う漫画に出会ったのは高校生の時だった。初めは原作表紙に描かれた、原村和というピンク髪のお餅大き目超絶美少女に目を引かれて読み始めたのだが、読んでいくうちに麻雀そのものに引かれ始め、最終的には主人公の嶺上開花に憧憬を抱くようになった。

 

そうして友達がいない俺がネット麻雀を始めるのは最早必然の理だったのだろう。そのネト麻では勝つことが目的ではなく、ただただ赤子のような純粋な想いで嶺上開花を目指して毎日毎日カンを続けた。

手牌が良くてもカン、悪くてもカン、聴牌を崩してもカン、親リーが入ってもカン、相手が役満手だというのが分かってもカン……、そう、いつ何時だって俺の頭の片隅には四枚の同じ牌から生まれるデスティニードローを夢想され、感謝の嶺上開花一日一万回は一度も欠かさなかった(しかし努力は虚しく達成されることはなかったが)。

 

そんなことを続けていたからか、当然俺のアカウントはネット麻雀の掲示板に晒されたりもした。害悪扱いもされた。アカウント凍結まではいかなかったが、対戦相手が俺だとわかるとすぐに回線を切る奴まで現れたくらいだ。

 

それでも俺はめげずに嶺上開花の担い手となるために勇往邁進し続けた。半年くらいするとそれは少数ながらグループとなり、さらに半年すると会員数200人にも膨らんだ一団となり俺はその会長に就任した。俺はその団を[リンシャンリストの集い]と適当に名付け、その同志たちと共に更なる嶺上の高みを駆け上って行った。

 

しかし良く言われて困ったのは、確かに俺たちは宇宙の遍く真理にただ一辺と煌めく嶺上を自由自在に操ることが目的としているが、だからといって麻雀という崇高なる嶺上咲く土壌を蔑ろにしている訳ではない、ということである。

土壌に花を咲かせるためには酸素、水、日光の三条件が必要不可欠であるように、嶺上開花を極めるためには麻雀の基礎的なルール、牌の扱い、そして牌効率を体系的に学ばなくてはならないからだ。特に基本が終わった者に対しては常に牌効率を意識し、学ぶように言いつけた。これは嶺上開花の為でもあるし、何より忘れてはならないのは俺が咲で好きなキャラクターは変わらず原村和で彼女がデジタル打ちのスペシャリストだからだ。…それはまあいい。

 

兎にも角にも俺はそうして生涯嶺上街道を進み続ける。…はずだった。

 

 

 

だが気付いたら何だか良くわからないが、死んでいたらしい。

 

その場で偉そうに座っていた自分の事を神様と呼ぶ恐らく薬中の話だと、俺はオフ会の役制限麻雀大会(嶺上開花以外の役は不成立)の際、麻雀の自動卓に思い切り頭をぶつけて脳震盪を起こし、更に自動卓がその衝撃でどういうわけか爆発。俺はその爆風をもろに食らい自動卓の破片や牌が全身に突き刺さって死んだとのこと。薬中曰く「偶然お前の両目にイーピンがゴッ刺さったときはワロタ」らしく、思わず殺人嶺上開花を放ちそうになったがそこは何とか自重。

 

…やっぱり薬中は薬中だな、関わらんとこ。

 

と思っていたら何だか慌てて「次に転生できるならどこに行きたい?」とこれまた良い感じに左脳と右脳がストライキを起こしたような痴呆染みた質問を投げかけられたので、「んなら俺を咲にしてくれよ、小林先生の」と吐き捨てながら言ったら、これまたどういう世界の因果律か、本当に宮永咲になってしまったのである。大体、まだ物心があるかないか分からないくらいの幼い咲に。

 

昔から「女児かJKかJKのブラジャーになってみたいなぁ」という密かな願望があった俺は良くネットで見るようなTS小説で描写される苦悩など一切なく即座に順応、少し疑われたりはしたがそれでも日々を慎まやかに過ごしている。一人称だってすぐに「俺」から「私」になった……ただまだ気分的には昔やってたネカマを現実でロールプレイしている感じだが。だからかまだ心の中での一人称は変えられていない。

 

そう言えば咲がトラウマを背負うきっかけとなった家族麻雀で思い切り勝って、叱られても論理的に反論したりして姉の宮永テルテル(勝手につけたあだ名)に怖がられたりもしてるが、まあそれも特に問題はない些事である。それと他の家族全員に少し引かれてる気もしたが、多分それは気のせいだろう。大人しく、子供らしくエルフェンリートを見ている俺に隙など無い!

 

 

 

ーーーだがしかし、こうしてすーぱーな魔王少女、宮永咲となった俺だがただ一つ、決定的な問題を抱えていた。

 

 

 

ーーー咲なのに、嶺上開花ができないのである。咲なのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

咲として転生(憑依?)してから随分と時が経ち、中学二年生となった。

 

原作ではこの時点で既にテルテルは長野の地からお引越して大都会東京の白糸台高校に入学しているはずだったのだが、なぜか清澄高校に入学していた。何故だろうか?後両親も別居するはずだったのが未だどちらも長野で平和に暮らしている。本当に何故だろうか?

 

まあ、「私」は原作遵守とか興味はないのでそれについては思考停止し、現在は前世からの嶺上修行をひたすらに続けている。なにせこの咲の器には嶺上開花をする能力が無いのだ。その理由は未知数ではあるが、しかしきっと嶺上開花の能力発現の芽は残っているのだろう。もし全人類が嶺上開花の出来ない咲に転生したらその99.9%が嶺上開花するための修行を喜々として取り組むに違いないからして、私のこの行動は完璧なものであると言えるだろう。

 

 

そして時期は6月の、梅雨も本番に入る頃となり。

 

前世の中学時代ではある程度勉強はできたため、間近に迫った定期試験は多少の復習のみで大丈夫だと思い今日も今日とて教室の自分の席で嶺上街道を爆進していると、髪色ではっちゃけちゃってる金髪爽やか幼馴染が何だか勢いよくこちらへと向かってきた。

 

…何かもう、時期的にこの時点で用件は分かってしまうが、一応「どうしたの京ちゃん」と尋ねてみる。

 

「咲!頼む、勉強を教えてくれ!」

 

「ええっまたかぁ」

 

「最近大会近いから部活の練習が忙しくてさ」

 

そうそうこの男、須賀京太郎は定期試験の度に地元の小学時代からの幼馴染という横の繋がりを利用してこちらに教えを請いに来るのである。原作では何であんな影が薄かったんだと思わずにはいられないずうずうしさだ。

 

そして私も社会的な体裁として、一般的な女子中学生としてのイメージを保全するためにそれを断らず、意気揚々とそれを受け入れている。実際中学生レベルの問題なら雀カス落ちこぼれ高校生と前世で兄に呼ばれていた私でも片手間で教えることが出来るからノーモンタイといったところか。

 

「まあいいけど、試験もう明後日だよ?」

 

「分かってるって、これから基本的な暗記事項を授業中に詰め込むんだよ」

 

「でも数学と社会は今日の授業内容も試験に入るって先生が」

 

「まじかよ…咲、それも併せて頼んだ!」

 

「面倒くさいなぁ…んで今回の報酬は?」

 

因みに何だか毎回無償で引き受けるのも癪なので、こうして対価を要求している。

 

「そうだな…じゃあこの間二つ先の駅にできたケーキ屋の絶品苺ショートケーキ10個!もってけ泥棒!」

 

「いいや要らない。それよりも新しい麻雀教導本買ってきて、すこやんの」

 

「…いやお前な?もう女子中学生なんだから、何というか、もう少しそれっぽいものをな…」

 

「すこやんの本で」

 

何といっても無駄だぞ京太郎、なにせ私は嶺上道を歩む者。その上この先永遠の私の推しキャラである和と同じ釜の飯を現実で食える事が分かっているんだ。そんな夢みたいな光景を目の前にしているのに、人生を総舐めするかの如く甘々な劇物を食べている余裕なんてあるはずないじゃないか。

 

「…まあ分かった、分かったよ。じゃあ放課後、宜しく頼むからな」

 

「りょーかい、そっちこそ頼むからね」

 

 

さあ、私の嶺上街道はこれからだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閑話 須賀京太郎の老婆心?

 

 

 

俺には宮永咲という、少々風変りな幼馴染がいる。

 

咲と出会ったのは小学生の時だった。確か、当時は2年生か3年生くらいだったはずだ。

 

その頃の咲は何だか毎日麻雀牌を握りしめて「…これは……七索かな」とかやっていた。今から思えば多分盲牌の練習だったのかもしれない…、だがまあ当然周りの同級生はその不気味な様子を怖がったり気持ち悪がったりしていたし、俺もあんま関わりたくはないなとは幼いながらに思ってたな。

 

まあだから、とどのつまり咲が虐めのターゲットになるのは割と自然な流れだったんだろうなぁ。

 

 

最初は物を隠すだとか、ノートにいたずら書きするだとか、小学生らしい陰湿な虐めからスタートしたんだ。

俺も放課後に偶然その光景を見つけて、その時は勇気が無かったから注意できなかったけど翌日に咲にそれをやった面子を教えたんだ。

それで返ってきた答えが「もう知ってるよ」の一言、曰く小型カメラや盗聴器を自分の机の近くにしかけていたらしく、証拠が出揃ったら先生に報告すると無感情に言っていた。そう、宮永咲は昔から無茶苦茶な奴だったさ。

 

それからすぐに席替えが行われて、その咲を虐めてた面子と咲の席が遠く離れた。多分水面下で解決したんだろうなぁ、とか思っていたら今度は俺の隣になったんだ。それをきっかけになんか適当に話してて気付くと、こんな長い付き合いになっちまった。

 

 

だから俺は小学生から全く変わらないあいつのことが心配なんだ…!

別に幼稚ってわけじゃない、むしろあいつは小学生の頃から良く言えば論理的、悪く言えば少し理屈っぽい人間だったさ。

 

けどな…けどな!

いくら何でも中学生になっても麻雀一筋すぎるだろ!教室では相変わらず麻雀に関することばかりで友達は居ないようだし、最低限私服には気を使ってるっぽいけどもそれ以外は全くの無頓着…、幼馴染としてはあまり放置できない問題だぞこれは…!特に新学期の自己紹介で「趣味は嶺上開花、特技は嶺上修行です」って何だよマジで!

 

それに何であそこまで嶺上開花に魅入られているのかも謎すぎる、偶にテレビで見た新興宗教の教祖と似たような狂信的な瞳をしてる時とか本気でビビるから勘弁してくれよ本当に!

 

「…そうだな、次はショートケーキじゃなくてぬいぐるみみたいなアクセサリー路線で行ってみるか」

 

こうして俺の、咲を真人間女子中学生に戻す戦いは続く。

 

あ、後取り敢えず全世界から嶺上開花は廃絶してください、本当に。

 




短時間で書くとこんな基地外染みた内容と文になるのか、勉強になるなぁ(白目)

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