ソードアート・オンライン~知られざる天才剣士~ 作:モフノリ
夜の暗闇のなか、レインはビルの間を駆け抜けぬけていた。
そんな彼は本人にとっては大した量でないが、日本人の常識から考えると尋常ではないほど服は血で濡れている。
そのほとんどはレイン自身の血なのだが、傷はすでに治癒魔法で塞がっているため、これ以上血濡れることは無い。
全身黒服ということもあって目立つことはないが、これほどにも血を流したのはそれほどにも焦っていたからだ。
キリトを信じていないわけではない。彼がいるならシノンは大丈夫だろうし、どうにかしてくれるだろうと思っている。
むしろ、仮想世界では自分よりキリトの方が頼りになることの方が多い。
それでも焦っているのは、シノンが狙われた事実があるからだ。
レインは死銃が1人ではないというのは死銃のアバターの中身が変わっているの気配で感じ取っているから知っている。
そして、そのうちの一人がシノンの友人でもあるシュピーゲルだということもだ。
レインがダイブしていた部屋にシノンとシュピーゲルがあの部屋に来たことがあるので、死銃がレインの仮住居を知っていても違和感はない。
そして、もちろんシュピーゲルがシノンに対して好意抱いていることも知っている。
だからシュピーゲルの刺々しい態度に対してもめんどくさいとは思うものの仕方がないと放置していた。
むしろ、だからこそシノンは大丈夫だと思っていたのだ。
しかし、今回シノンは狙われた。殺されかけた。
シュピーゲルには言わずにもう一人が殺そうとしていたのかもしれないが、そんなことは関係ない。
シノンが死銃の標的になったことに変わりはない。
急いでいたため、組織のアジトに奇襲を仕掛けてきた奴らからの攻撃の致命傷以外は避けなかったが、間違いだったかもしれないと、少しだけ鈍る身体にムチを打ちながら少しだけ思う。
少しといっても、日本人の基準で見ると常軌を逸しているのだが。
『レイン!』
耳につけていた通信機からVoVを見てもらっていた剛の声が聞こえる。
「終わったか?」
『VoV自体は終わった。キリトって子もシノンって子も両方生き残ってる。そのままログアウトになってるはずだ』
剛の言葉を聞いてレインはスピードを上げた。
なにせ実際に殺しをするのは現実に家にくる何者かだ。それがシュピーゲルだという可能性だってありえる。
この世界の人間の悪意はひどく捻じ曲がっててなにをどうするかはわからない。好意ですらも。
シノンの無事を確認するまで安心などはできない。
黒衣の戦士は暗闇の中をかけづづけた。
◆
なぜ彼が、という思いと早く逃げなければという思いが頭の中でぐちゃぐちゃとかき混ぜられながらも詩乃は玄関に向かってはしり抜ける。
襲いかかってきた新川は一般男性より細いと言っても男性であることは変わらない。VRの世界なら勝てるかもしれないがここは現実だ。捕まってしまっては逃げることなどできないだろう。
ドアまでたどり着いたが、鍵をかけてしまっているのですぐにあけて逃げることができない。チェーンまで付けている自分の習慣がこの時ばかりは憎らしく思う。
震える手を叱咤して鍵を開ける。チェーンに手をかけ大丈夫だと、逃げられると思った。外に出れば、出れなくてもチェーンをはずすことさえできればこの部屋から聞こえるであろう騒がしい音に誰かが来てくれる。
しかし、そんなにもあまい訳では無いようで、チェーンを外すまで後一歩のところで腕を掴まれ床に押し倒された。
「朝田さん」
名前を呼ぶ彼が、彼の目が怖いと思った。
場違いにも程があるかもしれないが、彼の目をしっかりと見たのは初めてかもしれない。こんな怖い目をしていたのだろうか。もっと弱々しい印象がどこかにあったが、あくまでも印象で今までの彼のことをはっきりと思い出すことはできない。
もしかすると、自分が新川恭二という人をこれほどにも歪めてしまったのかもしれないとふと思う。自分のことで手一杯で、彼のことはあまり見ていなかったせいで歪めてしまったのかと。
ならば、彼に殺されるのは仕方のないことなのかもしれない。
そう思った瞬間に、不敵な笑みをしたレインと優しく微笑むキリトの顔がよぎった。
リアルで不思議な出会い方をして、もう出会わないとおもっていたらGGOに出没し始め、なんだかんだつるむようになり謎に包まれいて、本戦の時に死銃に襲われときに助けてくれた男。
死銃に襲われたあと、パニックになった自分を落ち着かせて話を聞いてくれて、受け入れてくれた男。
彼らに感謝の言葉を伝えなければいけない。
だから、ここで今殺されるわけにはいかない。
詩乃は緩めかけた抵抗を強くした。
「やめて!やめて新川くん!」
叫んだ瞬間、がちゃりとドアが開く音した。
「シノン!くそ、チェーンが!」
レインとは違う少年のような声に顔も見えていないがキリトが来てくれたのだということがわかった。
「キリト!来ちゃダメ!」
助けに来てくれたと分かっていても、思わず止める言葉をかけてしまう。
キリトが来たことに反応した新川の力が強くなる。
どうにか、どうにか自力で逃げなければ――
「どけ」
キリトが来たことに反応して新川が叫ぶ声がうるさいのにも関わらず、低く静かな声が耳に届いた。
次の瞬間、何かが砕け散った音と大きな影が新川の向こう側に見えた。
「来たのは間違いじゃなかったようだな」
息を吐くように呟いたと同時に大きな影――レインは新川の首を掴んで詩乃から無理やり引き剥がした。
「お前は!!はなせ!」
「お前を拘束するか気を失わせたら離してやる」
新川の抵抗などないかのようにレインは何をされても微動だにしない。
「レイン」
「すまん。仕方ないことではあったがチェーンを壊した。すぐに直してもらうから安心してくれ」
あまりにも自然で荒事に慣れている様子のレインは片手で新川を掴んだまま、反対の手でスマホをいじってどこかに電話をかける。
「あー、おい。他人の家のドアのチェーン壊したから直しに来てくれ。女の子の家でない訳にもいかん」
ドアのチェーンをこんな夜遅い時間に直しに来てくれる人がいるレインの人脈は一体どうなっているのかと思っていると、新川がポケットに手を突っ込み、注射器を取り出した。
あれは、最初に襲いかかってきた時に見せられたもので、人を殺すことのできるもので。
「だめ!!レイン!」
慌てて体を起こして必死に手を伸ばす。
死んでしまうと。あれほどにも強いレインが、自分のせいで死んでしまうと、泣きそうになりながら手を伸ばした。
「死ね!」
それでも世界とは非情で、間に合うことはなかった。
注射器はレインの胸に当てられ、空気が抜けるような軽い音を鳴らしながらレインに薬が打ち込まれた。
「ん……?」
眉間に皺を寄せたレインはその場に膝をついた。
駆け寄ろうとしたがレインが手でこちらを制してくる。
「大丈夫だ」
微笑んで言うレインだが、新川の抵抗をものともしていなかったのに徐々に力が拮抗していっている。
「大丈夫なわけがないだろう!!この化け物が!!!お前用に強い薬品を持ってきたんだぞ!!」
「お前からしたらの話だろう。俺からしたらお前達が貧弱すぎるんだ」
どこか吐き捨てるように言ったレインは、新川の頭を引き寄せ頭突きをくらわした。
ゴスッという鈍い音を鳴らした頭にシノンは思わず目をそらす。
「おい!レイン!」
キリトの鬼気迫る声に逸らした目をすぐに戻すと、ぐったりと項垂れるレインがいた。呼吸もかなり浅い。
その時、詩乃の視界に気絶した新川はすでにうつっていなかった。
「レイン?!」
「大丈夫だ。多少力が入らん程度だから心配しなくていい。しばらくすれば動けるようにもなる」
「信じていいんだな?」
「もちろんだ。この程度では死なん。正直、腕が千切れた時の方がやばかった」
「「腕がちぎれた?!」」
詩乃とキリトの声が重なって夜遅いというのにひどく空気を揺らした。仕方のないことだろう。昨今この日本で腕が千切れるなどということがおきる事体は普通ない。
「いや、それはないだろ。お前の腕、両方ちゃんとあるし」
「そりゃ自分でくっつけたからな」
「くっつけたって・・・・・それって、アレか?」
「まあ、お前が想像してるようなもので大体あってるだろうさ」
詩乃には二人の会話を完全には理解することはできないが、GGO同様にレインが想像もできないようなことをしでかしたのだろう。
いや、もしかしたらSAO内での話かもしれない。なにせあのゲームの中では本当に死ついてまとう現実と変わらない場所だったのだから。
そんな風に考えている詩乃であるが、実際は本当に現実――といってもレインが住んでいたものと世界の話だ――で腕がちぎれ、魔法をつかってどうにか腕をつなげなおした。ということのなのだが、レインが異世界から来ているということも、ましてや魔法を使えることを知らない詩乃がその真実にたどり着くことはできない。
その後、めんどくさいから警察を呼ぶのは少し待ってくれ、というレインの言葉になんとなく従い、体を休めているレインと一応ということで新川を縛り付けて動けないようにしてくれたキリトにお茶を出したりしていると、ばたばたと知らない大人が数人やってきて、レインが壊したチェーンをすぐに直し、動きの鈍いレインをつれて帰っていった。
その後、キリトが警察を呼んだりとあわただしい夜を過ごした詩乃は、数日後、結局二人に感謝の言葉を伝えることができていないなとGGO内でヘカートⅡを担ぎながら一人ごちたのだった。
お久しぶりでございます。
極寒の地でマンモスと戦ったり、古戦場で武器集めをしたり、執行されたりしておりました。
きっと私はまた執行されに行くでしょう
さて、今回でGGO終わり、のはずだったのですが、次回エピローグで本当の終わり、とさせていただきたいとおもいます。
ちなみにでありますが、この後シノンが同級生の前で缶を撃ち落としたり、ダイシーカフェでの話はざっくり割愛させていただきます。
エピローグはあくまでもレイン側のエピローグです。
今度は!!!そんなに時期をあけないつもりですので!!
がんばります!!!