ソードアート・オンライン~知られざる天才剣士~   作:モフノリ

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予選

 戦場への転移を待つ間、慣れた手つきでウィンドウを操作し、剛健パラドックという名前のナックルを両手に装備したレインは自分が本来はいないはずの世界での問題に首を突っ込んでしまっていることに少し顔をしかめる。

 

 

 もともと、GGOを始めたきっかけはSAOのときと同じく、剛に進められたからだ。

 魔法なしでのレインの銃撃戦を見てみたい、ということで、さすがに現実世界で銃撃戦を派手にぶちかますわけにはいかないので仮想世界で、ということになった。

 律儀に剛のお願いを聞かなくても良かったのだが、こちらの世界で自然な表情を作る間の良い暇つぶしになるということでSAOで使っていたデータをいつの間にかALOに移植していた過去のレインのデータをGGOにコンバートさせたのだ。

 容姿はランダム生成でSAOやALOのように自身と全く同じになることはないと聞いていたのにもかかわらず、いざアミュスフィアを使ってログインしてみれば、ランダム生成のくせに見た目がほとんど変わらなかったときは、本当にランダムなのか疑いたくなった。

 現実世界との差異といえば、貧相な体躯ぐらいだろう。

 久しぶりの仮想世界を懐かしくおもいながら、不慣れな手つきでウィンドウを開くと、SAO時代に鍛えた数値らしいものがずらりと並んでいた。

 これが当時の自分の強さと似た数値であるならば、弱い数値であることは間違いない。

 適当に操作してみれば、当時ステータスをあげることを途中でやめた名残りがあり、現状でも多少数値を上げることができるようだったので、とりあえず筋力値に全部振り分けた。

 速さに関しては体の運びでどうにでもなる。命中率だって自身の技量の問題だ。防御力は攻撃に当たらなければ良い。運など自分で生み出すものだ。

 その結果の筋力値への極振りという行為だった。

 こちらの映像は現実世界で見れるようにいろいろいじったらしいので、特に何を気にするでもなくそのままフィールドに出たレインが、初期に配られる拳銃の装備をすっかり忘れたせいで肉弾戦をするしかなくなり、これはこれでいい修練になると肉弾戦しかしなくなり、仮想世界でのほうが表情が作りにくいとわかってからというもの、ドラゴンスレイヤーになったことで超人的な肉体と半永久的な寿命を手に入れた彼が長時間GGOにログインしっぱなしになるまではそう時間はかからなかった。

 その後、がむしゃらに強さを求める少女――シノンと出会った。

 理由は知らないが彼女が強くなろうとしている姿が他人事のように思うことができず、深く関わってしまっている。

 そんな彼女が強くなろうとしている世界で卑怯な手をつかって人殺しをしていることがレインには気に食わなかった。

 正直なところ、元の世界であれば卑怯と揶揄われる暗殺であろうと毒殺であろうと罠にはめることでさえも、それは一つの戦略であり、それに引っかかり死んでしまったほうが弱いだけだと一蹴する。

 しかし、この世界は違うし、絶対に意識を戻すことができない状態の人間を何かしらの方法で殺すという行為は間違いなく卑怯だ。

 自身の技量など関係ない殺しはレインは納得できるものでなく、一人の少女が強くなろうとしている世界でそんなことをするのを容認できるわけもなく、とことん邪魔をして痛い目にあわせてやろうと今回のBoBへの参戦を決めたのだ。

 実力者ばかりを狙い目立ちたがる死銃のことだ。こんな目立ちやすいBoBに参戦しないなんてことはないだろう。

 

「とりあえず、今は目の前の戦いに集中するか」

 

 ぐっと体を伸ばしたレインは、試合開始のカウントダウンがゼロになったと同時に、控えの空間から戦場へと転移した。

 

 

 

 転移が終わった感覚に閉じた瞼を開けると、岩肌が視界に広がった。

 どうやら、この岩山谷間が今回のフィールドらしい。

 岩山が主体となったこのフィールドには巨大な岩石もごろごろと落ちている。

 両サイドは岩壁に囲まれているため、敵は正面か背後、もしくは所々岩壁にできている足場のような場所からレインを狙うしかない。

 もっと複雑な地形、たとえば荒廃したビル郡のある場所であればもう少し幅を利かせた戦闘ができただろうが、そこは相手の運が悪かったとしか言いようがない。

 後ろからくるか、前から来るか、上からくるか。

 変に動いて相手と遠ざかったり、だからといっていつまでも相手を待ち続けるのも面倒だ。

 無駄にログインし続け、フィールドで戦い続け、肉弾戦用の装備を見つけたこともあって、今のレインの一撃はシノンのヘカートⅡと大差ない威力がある。

 つまり、一撃食らわせればそれで終わる。

 本番は本戦なので、こんな所で無駄に時間をかける必要性は全くない。

 ならばすることはただ一つだろう。

 近場にあった大岩の上に飛び乗ったレインは大きく空気を吸い込んだ。

 

「逃げも隠れもせんからさっさと狙え!」

 

 これでもかと大声を発するが、システムの影響なのか現実世界よりも遠くまで響いたようには聞こえなかったので相手が見つけてくれるか不安になる。

 まあ、これだけ目立つところに立っていればそのうち来るだろうと、周りの気配を探りながらレインはその場で立ったまま相手が来るのを待つ。

 目を閉じ、全神経を気配を探ることに集中させる。

 あいかわらず、仮想世界でエクシードが読めるわけではなく、純粋で希薄な気配を探るしかなく、それなりに集中しなければならない。

 それでもわかるのはせいぜい五十メートルが限界だ。

 しばらくそのままだったレインが不意に首を前に傾けた瞬間、レインの頭があった場所を銃弾が通り過ぎた。

 

「やっときたか」

 

 まるで、待ち合わせ場所に友人が来たときのように緊張感など感じない呟きをもらしたレインは弾が飛んできた方向に向かって駆け出した。

 レインが感じるとこができたのは飛んでくる弾だったので相手はそれ以上に遠い場所にいるということがすでにわかっている。

 岩の合間を駆け抜けるよりも岩の上を飛んで移動したほうが速いと判断したレインは、身を隠すということもせずにすさまじいスピードで相手との距離をつめる。

 対戦相手は無駄に乱射するタイプではなく、シノンと同じようにスナイパーらしく、的確にレインの額目掛けて一弾ずつ撃たれる。

 しかし、すでに弾道予測線は見えているのでサイレンサーが付いていようと避けることは容易い。

 最小限の動きで全ての弾を避け、相手との距離を詰めるレインの速さは変わらない。

 レインのシステム外スキルの索敵範囲に敵が入り、さらにスピードを上げると、今までの一本だった弾道予測線が突然何本もこちらに向かって伸びてきた。

 それと同時に鳴り響く銃声に、相手が手段を変えてきたことを理解する。

 一応不意打ちのつもりなのだろう。

 いろんな意味でレインは有名なので、レイン相手に普通に戦っても勝てないのは理解しているはずだ。

 常勝無敗であるレインが相手と分かっているのにリザインせずに銃口をこちらに向けているだけでも根性がある奴だということになる。

 しかし、

 

「この世界じゃ、数撃って当たれば勝ちってわけじゃないだろ」

 

 一度だけ、現実世界で銃弾を受けたことがレインにはあった。

 今でそこリアルで銃弾を受けたところで簡単に死ぬことはないが、普通の人間であれば一つでも直撃すれば死ぬことが容易い。

 だが、ここは仮想世界で、HPという名の命の残量が全てだ。

 しかも痛覚すら遮断されているのでデバフを食らわなければ動きが鈍ることはない。

 そうなれば、レインのとる行動は実に単純になる。

 弾道予測線の先を見据えたレインはそのまま直進した。

 そのまま、雨のように降り注ぐ弾丸を、黒衣の戦士は踊るように躱していく。

 HPの残量を視界の隅にうつしながら、当たってもいい弾と当たってはいけない弾を判断し、スピードを落とすことなく相手へと突き進んだレインは、その後一分もかけることなく、予選の一戦目を終わらせた。

 

 

 

 

 

「キリトの奴、ここをどこだと思って戦ってるんだよ」

 

 試合を終え、次々と不戦勝を重ねたレインは呆れ顔を浮かべながらモニターを見上げていた。

 視線の先には、銃で戦う世界で光剣を振り回す黒衣の少女――に見える少年、キリトが戦っている映像がある。

 ここをどこだと思っている、というレインの発言に対して、GGOをしている全世界の人間がお前が言うなと口をそろえて言いたいだろうが、幸いというべきか、レインのつぶやきは誰の耳にも届くことがなかった。

 不戦勝を重ねているせいでレインが残す試合は半数をきっているが、まともに戦っているほかの参加者はいまだに三割程度しか試合を終わらせていない。

 キリトはコンバートしたばかりだし、レインのように理不尽なほど強いわけでも、ここでの戦いに慣れているというわけでもなく、ただ申し訳程度に片手に銃を持っているおかしな光剣使い、というように思われているだけのようで、始まった直後にリザインされるようなことはされていない。

 本戦で戦う前にこの世界での戦いに慣れておく、という点で言えば丁度良いだろう。

 

「にしてもあいつ、ちょっと馬鹿みたいに突っ込みすぎじゃないか?」

 

「キリトもアンタだけには言われたくないと思うわよ」

 

 今度のつぶやきは誰かに届いてしまったようで、レインは背後からの声に振り向いた。

 

「よっ。シノンも順調そうだな」

 

「不戦勝重ねてるあんたに比べたら苦労してるけどね」

 

 笑顔で言ったのにもかかわらず、シノンが返してきたのは仏頂面だった。

 普段からレインと話すときは不機嫌そうな表情なのは常なのでいまさら気にすることでもない。

 

「そんなに苦労しとらんだろ」

 

「まあ、予選だし苦労って言うほど苦労してないけど、決勝で当たりそうなアイツに関しては苦労しそうよ」

 

 アイツ、と言いながら、シノンは光剣で銃弾を弾いて無理矢理接近戦に持ち込んているキリトをじっとりと見た。

 

「俺もキリトに光剣持ち出されたら獲物がないときついが・・・・・・」

 

 そこでレインは言葉をとめた。

 彼の視線の先には高野を駆け抜ける黒衣の少年が今も戦っている。

 それはまさに鬼神と言っても過言ではないほどの強さだ。

 それでも――

 

「あんな状態のアイツなら装備なしでも勝てるな」

 

 どこか呆れたような、覚めたような視線をただ我武者羅に何かを振り払うように光剣を振り回すキリトに向ける。

 

「・・・・・・ねぇ、キリトって普段からあんなふうに戦うの?」

 

 突然の質問に驚いたレインはちらりと隣をみると、どこか心配そうにシノンはモニターに映るキリトをみていた。

 レインは少し考えた後、口を開いた。

 

「もう少しまともに頭使って戦うぞ。本気でやばい時は本能で剣を振り回すみたいだが、もっとまともだな」

 

 グリームアイズを相手したときは間違いなく本能で身体を動かしていただろうが、基本的にはレインとデュエルする時のように頭を使ってキリトは戦う。

 馬鹿そうに見えるが、あれでもSAOの最前線で戦い抜いた戦士なのだ。

 ただの脳筋バカではない。

 

「そうなんだ・・・・・・。一回戦終わったあとのアイツの様子見た時はてっきり初めての銃撃戦にびびってあっさり負けると思ったんだけどね」

 

 その言葉に、レインは多少なりとも驚いた。

 

「キリトはそんなんでびびるようなやわな根性しとらんと思ってたが、平和ボケでもしたのか?」

 

「私に聞かないでよ。ただ、初戦から戻ったらキリトのやつ、凄い怯えた様子だったわ」

 

 私には関係の無いことだけどね、と言いながらも立ち去ったシノンは、きっとわざわざ伝えに来てくれたのだろう。

 皮肉こそ多いが、本来は本当に優しいだけの少女なのだ。

 だからなおさら、彼女が強くなろうと必死になっている世界を汚している奴らが

 

「気に食わんな」

 

 そう呟いたレインの表情は、キリトが知っている少年時代のレインそのものだった。




またしばらくあくと思います

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