ソードアート・オンライン~知られざる天才剣士~ 作:モフノリ
剣風が巻き起こる度、青い光が帯を作る。
それは本当に光がそこに残っているわけではなく、光が通った場所に残った残像でしかない。
不意に、美しいとおもってしまうのは剣技のすごさだけではないだろう。
無駄な動きが完全に排除された動きは、アインクラッドでみた動きよりも、アルヴヘイムでみた動きよりも間違いなく磨きがかかっている。
「おい、見たいといいながらぼけっとしてるんじゃないぞ」
呼吸も忘れて見入っていた和人は、いつの間にか剣を鞘に収めていたレインに声をかけられて我に返った。
「悪い。にしても、なんだよその動き。それでちょっとなのか?」
道場の中心で剣を振り回していたレインを、危ないから離れとけと言うことで道場の出入口付近で見ていたキリトは、いかにもファンタジーな剣、レインの愛剣である傾国の剣を興味津々に見る。
抜けば青いオーラを纏い、ブゥウウウンという羽虫のような音を発生させる魔法剣。
アルヴヘイムでレインが持っていたものだ。
ずっと何か担いでいるとは思っていたが、まさか銃刀法のある日本で剣を持ち歩いているなんて思っていなかった。
あれを持ち歩いている、というのとは一見平和な日本でも剣を使う場面があるのだろうかと考えてしまうのは仕方の無いことだろう。
「うーん。まあ本気ではないな。いろいろあって今は力加減が上手くできなくてな。下手をするとこの建物を壊すかもしれん」
さすがに言い過ぎだろう、と思うものの、レインが言うのであれば本当に道場が吹き飛ぶのかもしれないとも思ってしまうのが不思議だ。
自分の中にいる剣士キリトがレインの底知れない力を感じ取っているからだろうことは和人には分かっていない。
「なんか、ほんとにお前は俺より長い時間を過ごしたんだな」
「まあな。って言っても俺はまだ傭兵やってるし大して変わってないさ」
大人になり、強くなり、表情が出るようになり、発する言葉にも抑揚があるレインは、自分は大して変わっていないという。
和人からしたらレインはかなり変わったようにしか見えないのに、当の本人は変わっていないという。
アインクラッドとアルヴヘイムで彼とすごした時間はそれほど長くはないが、決して浅い付き合いではなかったため、レインが本気で自分は何も変わっていないと言っているのがわかる。
「お前がそう言うなら変わってないのかもな」
「・・・・・・」
なにも言わないレインを不思議に思った和人はレインの方を見ると、彼はキョトンとした様子でこちらを見ていた。
「な、なんだよ」
「あー、いや。変わったくせにとか言ってくると思ってたから」
「そりゃ、俺からしたら変わったように見えるけど、本人が変わってないって言うなら変わってないんだろ」
「ガキが生意気言ってんじゃねぇよ」
「はぁ?!お前が自分の事変わってないっていったんじゃないか!」
「どうみても変わったようにしか見えないだろ。元からかっこよかったがさらにかっこよくなったし、今じゃ世界最強の男だぞ。数年前のクソガキ時代の俺と比べたら雲泥の差だ」
どや顔で言ってくるレインにイラッとするが、実際冷たい空気はなくなったし、身長も伸びているし、身体つきだってさらによくなっているし一つ一つの動きに無駄がないせいかちょっとした仕草すらもかっこいいと思える。
世界最強の男、という言葉も先ほどの剣技をみれば否定などできない。
非の打ち所のない目の前の男に何も言い返せない和人は直葉が帰って来る前にさっさとレインを返してしまおうと道場から出るために背後にあった扉に向き直った。
「そんなことより、そろそろ――」
「お兄ちゃん」
レインに直葉がもうすぐ帰って来るであろうことを伝えようとした瞬間に道場の引き戸は空けられ、引き戸の向こうには直葉が立っていた。
ここにレインを連れてくる前に言ったとおり、和人は誰にもレインの事を伝える気はさらさらなかった。
レイン自身、嫌がるとおもっていたというものの他に、再びレインとあったレインを慕う女性陣に変な期待をさせたくなかったからだ。
ここに永住する、とレインが言うのであれば会わせたが、帰るといっている以上会わせるつもりはない。
にも関わらず、直葉は帰ってきてしまった。
どうしようと和人が悩んでいる間に直葉の視線が和人の後ろに行き、もうダメだと和人は諦めた。
「あれ、明日奈さん来てたんですね。でも、なんで道場?」
「っ?!」
直葉の意味のわからない言葉に和人は勢いよく振り向いて後ろを確認する。
「お邪魔してます。道場ってそこまで見たことなかったからちょっと興味があったの」
先程までレインが立っていた場所には、微笑む結城明日奈がいた。
何が起きたのかわからない和人は頭を混乱させることしか出来ない。
それでも服装が彼女にしては珍しく真っ黒でラフな服装だなという感想が出たのは明日奈のことが好きな和人だからだろう。
「そうだ。明日奈さんも晩御飯たべていきます?って言っても今から作るんですけど」
「うーん。お言葉に甘えちゃおうかな。いいよね、キリト君」
「へ?」
「お兄ちゃんの許可なんていりませんよ。そうと決まれば晩御飯の準備しなきゃ。明日奈さんはゆっくりしてってくださいね!」
和人の思考が復活する前に話はまとまってしまい、明日奈と晩御飯を共にすることなり、思わず突然現れた彼女をまじまじと見た。
「違和感なかったか?」
「へ?」
明日奈から出た口調に思わず固まる。
「馬鹿かお前は。いや、馬鹿だな」
眉間にしわを寄せて呆れた様子の彼女の表情と、先程までそこに居たレインの表情がかぶる。
「え、まさか。え?!レインなのか」
「それ以外に何が考えられるんだよ」
「なにもわかるわけないだろ!」
「これだから馬鹿は」
「・・・・・・頼むから明日奈の姿で馬鹿にするのはやめてくれ」
それだけしか言えなかった和人が、その後も明日奈を演じるレインにそわそわとしてしまったのは言うまでもない。
◆
暗くなってしまった夜道を和人とレインは無言で歩く。
和人はレインを見送る気など無かったのだが、明日奈を最寄り駅まで送っていかないのは直葉に怪しまれるため、仕方なくこうして二人で歩いている。
すでに冬に差し掛かっていて肌寒いのにもかかわらず、先ほどは魔法で変装していたらしいレインはすでに明日奈の姿から本来の彼に戻っていて、薄手の黒いワイシャツしか着ていないくせに全く寒そうにしていない。
仮想世界であれば薄着に見えてもパラメーターで補正されていたりして、実は暖かいということはあるが、ここは現実世界であり補正などはない。
もしかしたら、魔法で防寒でもしているのかもしれないが。
「そういえば」
突然口を開いたレインの視線はまるで何も気にしていないように前を向いたままで、とくにそれを変えることも無く話を続けた。
「ユイは元気か?」
いかにも別に気にしてるわけじゃないんだぞ、というように視線はあくまでもどこでもないところを向いている。
それが逆に不自然なのは、レインがユイの事をかなり気にしているからなのだろう。
「あぁ。元気だ。仮想世界にいけばいつでも会える。ユイもレインのこと気にしてるみたいだったぞ」
仲間内でレインの話が持ち上がることは滅多にない。
思い出したら寂しいとか、話すことのほどでもないとかいうわけでもなく、ただ単に話題に上げれるような人物ではないだけだった。
突然現れ、突然消えたレインに対して思っているのもは各々違っていて、だれもそれを言葉にすることができないだけだ。
強く印象に残っているし、忘れられるわけもないがうまく言葉にできない人物。
そんな彼のことをユイはたまに空を見上げながら考えているのは、空を見上げながら何を考えているのか聞いたアスナとキリトしか知らない。
「そうか」
和人の言葉にそれだけ返したレインに和人は、変わったようで変わっていない彼に、なんとなくレインの知り合い達の他愛のない話をすることにした。
またみんなと一緒に仮想世界でつるんでいる事や、シリカが強くなったこと、それからリズベットの鍛治の技量がさらに上がったこと、リーファがさらに速くなったこと。
そんなごく普通の会話をレインは駅に着くまで興味津々に、しかしまるで興味の無いような表情で聞いていた。
「お前、ほんとこの世界に馴染んでるよな」
駅に着き、スマホで帰路を調べているレインをみて思わず言ってしまう。
銀座から川越まで来る時も電車を使ったので、レインがICカードを使うことも知っている。
「そりゃ、短期間とはいえここにいることにしたからな。坂崎に変な仕事頼まれるときのためにもこの世界に馴染むことは当たり前だろ」
にしても、馴染みすぎではないかと思ってしまう。
なかなかアインクラッドのシステムに慣れなかったレインを知っているせいで尚更違和感しかない。
「あー、そうだ。GGOにコンバートするなら一つ忠告しておく」
「なんだ?」
「絶対に自分がいる場所を誰にも気取られるな」
よく分からない言葉に和人は首を傾げる。
GGOは銃のゲームだし、戦闘でのアドバイスなのだろうか。
遠距離が基本の戦闘になるだろうし、敵に先に自分の居場所を知られたら自分に風穴があくのは間違いないだろう。
「まあ、善処するよ」
レインが銃相手に戦ったことがあるのだろうことは、やばめの組織を壊滅させたことがあるという発言で察しはつく。
「一応忠告はしたからな。あとは知らんぞ」
そのまま別れの挨拶をするでもなく背を向けて歩き始めたレインに変わらない彼らしさを感じて、和人は苦笑してから自宅に足を向けた。
「ユイにはレインのこと教えとくか」
そのつぶやきは誰の耳に届くこともなく、夜の街の喧騒の中に紛れ込んだ。
すみません
仕事やばすぎてかなり遅れると思います