ソードアート・オンライン~知られざる天才剣士~ 作:モフノリ
十一月が終わるころ、ガンゲイル・オンラインは二つの騒動が起きたせいで騒然としてた。
一つは、死銃を名乗るマントの男の出現。
彼がモニター越しに打った有名プレイヤーが苦しみ、強制ログアウトしたのち、姿を現さなくなったという。
こちらはただの偶然、おふざけ、とまともに受け取る者はおらず、ネタ程度の事柄だ。
もう一つは先の死銃なるものよりも目立つ騒動で、今や知らない人はいない。
それは、化け物の出現だった。
最初、その化け物はチーターだと騒がれた。
なにせ化け物は、初期装備でフィールドに繰り出し、基本銃で戦うGGOで肉弾戦を行い、それなりに名の通っていたスコードロンを一人で壊滅させたのだ。
チートと疑われても仕方が無いだろう。
しかし、今ではそんな彼をチーターなどと呼ぶ者はおらず、合法チート、バーサーカー、冷徹脳筋、など呼ばれている。
というのも、彼のアバターが他のゲームからコンバートされてきたものだということが広まったのと、チーター撲滅のために集められた計百人ものプレイヤーをそれもまた肉弾戦で征したからだ。
そのときの戦いが、チートのそれではなく、彼自身の格闘センスと技術によるものだというのが誰からみても明らかなもので、百人ものプレイヤーもそれを認め、彼はチートではなかった、となった。
そんなこんなでたった一週間で有名になった前代未聞の筋力値全振り脳筋プレイヤーの名前は――
「脳筋ゴリラのくせにっ!」
「はっ。残念ながら俺は脳筋ゴリラではなく、ただの天才だ。そんな俺に勝とうなんて十万年早い」
「あんたってほんとふざけたやつね。そのくせ勝てないからほんとむかつく」
GGO内にあるバーで両手を握り締めたまま机にたたきつけたシノンは少し前の決闘を思い出して悪態をついていた。
そして、全身を黒衣に身を包んでいる本人を前に言ったものだから、クソほど癇に障る返しつきだ。
その本人の口調は楽しげなのにもかかわらず、ほぼ無表情のせいで本音なのか何なのかは全く読み取れないのだが、リアルでも知り合ってしまっているシノンには、こいつが本気で言っているのを知っている。
長身であることは変わらないが、リアルではがっしりとした体格の彼とは違い、痩躯なアバターから繰り出される拳の威力を思い出したシノン盛大に顔を顰める。
「うるさいわね!肉弾戦用の装備とはいえ対物ライフルの弾丸を殴り飛ばすやつを脳筋ゴリラ以外のなんていえばいいのよ」
「天才」
かっこつけた仕草をしながら無表情で言う彼にシノンが愛銃のへカートⅡの銃口を男に向けてしまったのは仕方が無いことだろう。
「それ以上言ったら脳天ぶち抜くわよ」
「ほほう。ぜひともしてみてもらいたいな」
これもまた無表情で返されるが、シノンにはリアルでは表情豊かな彼の不敵な笑みがちらつく。
そのせいでつい先ほどまでの彼に向けてではなく、弱い自分に対してのイラつきが急に冷めてしまう。
戦意の削がれたシノンは息を吐いてヘカートⅡを机に立てかけなおした。
「あんたの表情のせいでやる気なくしたわ」
「あぁ・・・・・・また無表情だったか?」
「気付いてなかったの?いい加減そのバグ、どうにかしなさいよね」
「いいんだよ、これで」
そう言った彼の表情は無表情ではなく、リアルと同じように不敵な笑みになっていた。
ランダム生成のアバターなはずなのに、リアルとは大差ない精悍な顔立ちの彼にそんな表情をされると本来であればどきりとするだろう。
シノンもはじめてその顔をされたときはどきりとした。
しかし、傲岸不遜な態度を重々知っているシノンにとってそれはいつもの彼でしかない。
変わり者な彼に苦笑をもらしながらも時計を見ると時刻はすでに夜の十時を回っていた。
明日は普通に学校があるのでさすがに寝支度を始めなければいけない時間だ。
「今日はもう落ちるわ」
「そんな時間か」
彼の視線がシノンからはずれ視界の右上にあるであろう時計に動く。
「まだ筋力値上げたいが、今日は俺も落ちるかな。明日は仕事あるし」
「あんた仕事してたの?」
まだ筋力値を上げようとしている脳筋ゴリラっぷりよりも、GGOにログインすれば必ずいて、リアルで外を歩いていてもふらふらと歩いている彼に遭遇することもあるため、仕事をしているということのほうに驚いてしまう。
「これでも一応な。俺の優先順位的にはGGOが上なんだが、俺をこき使いたがるやつがいてな」
二十歳らしいくせに仕事よりも優先順位がGGOのほうが上とはまたとんでもないことを平気で言うやつである。
「ここで稼いでくつもり?」
思わずそんなことを聞いてしまう。
GGOでは、ゲーム内のお金をリアルマネーに変えることが出来るため、少数であることは間違いないが実際にそれで生計を立てている人だっている。
彼の強さであれば不可能なことではない。
「んなわけないだろ。っていうか、俺は別に金がいるわけでもないしな。数日なら寝なくても食わなくても平気だ。それに、面倒を見てくれるやつもいる」
いわゆるヒモと呼ばれる人種にしか聞こえない発言にシノンは顰め面になるしかなかった。
「お前、なんか変な想像してないだろうな」
「今の発言でしない方がおかしいでしょ」
「まあ、それもそうか」
弁解するわけでもなくあっさりと納得してしまった彼は苦笑して立ち上がった。
基本的に名残惜しいなどの感情もなく行動の早い彼のことだ、ログアウトすると決めたからログアウトするのだろう。
「あんた、明日はインするの?」
「んー、どうだろうな。明日中に仕事を終わらせれればいいんだが、俺が天才だからってめんどうな案件を寄越してきたから無駄に時間がかかるかもしれん。下手をすると明後日まで仕事かもな」
眉間にシワを寄せてかなり嫌そうな顔をするので本当に嫌なのだろう。
にしても、そんなにも続くという彼の仕事が一体何なのか気になる。
クリエイターのような仕事なのだろうか。
いや、普段の彼からすればそんな椅子にずっと座っているような仕事をする性質ではないだろう。
気にはなるが、元々謎しかない彼なので、今更彼の秘密を必死になって知ろうとも思わない。
「仕事があるだけありがたいと思いなさいよ。今時は職につけなくて困ってる人だって多いんだから」
立ち上がりながらそういうと、気軽に頭に手を置かれる。
「まともに仕事したって無駄だからいいだよ」
そんなクソみたいな発言をしながらもシノンの頭を撫でる理由がわからない。
いつもこうだ。
別れ際には必ず彼はシノンの頭を撫でる。
初めて会った時も頭を撫でられた。
まるで恒例行事のようなそれにシノンはいつもどうする事もできない。
普段であればヘカートIIの銃口を向けてでも止めさせるだろうに、彼の手から離れることができない。
何も言えずにされるがままにされ、不意にその手が頭から離れる。
見上げれば、初めてあったときとは違い、忽然と姿を消すことはしていない。
「じゃあな。気をつけるんだぞ」
何に気をつけろというのか。仮想世界は犯罪防止コードに守られているし、アミュスフィアも家で付けている。
気をつけなければいけない場面は特にない。
そんなことを考えているシノンを放置して男はバーから出ていった。
「ほんとむかつく」
そんなシノンのつぶやきは脳筋プレイヤーの青年に届くことはなかった。
◆
馬鹿高いケーキを貪り食うが、味は全くしない。
それは勿体ない行為ではあるのだろうが、味がしないものはしないし、ケーキを食べるほかない状況なのだ。
和人としても、おいしいケーキをちゃんと食べたいと思っている。
しかし、味がしないのだ
それは目の前でニコニコと笑う菊岡誠二郎がGGOの死銃なるものについての話が終わった後に持ち出してきた話のせいなのはまちがいないだろう。
「で、実際のところどうなんだい?」
「・・・・・・いつも言ってるけど、俺も詳しいことわからないから」
菊岡誠二郎が和人に聞いているのは、一人のSAO帰還者であるはずの男の情報。
その男は、SAO帰還者の情報を管理している菊岡の所属する部署で知らぬ間に情報が削除された人物で確かに存在した、10001人目のプレイヤー。
もちろん、彼が途中参加してきたことを菊岡が把握していなかったわけもなく、件の彼の行動も特別体制でモニタリングされていた。
そんな彼の情報を英雄キリトである和人に聞いていなかったわけもなく、SAOから開放されてから会うたびに質問されている。
今も絶賛その真っ最中で、彼について知っている和人が誤魔化してケーキを食べているというわけだ。
「詳しいことがわからないっていうけど君、彼がログインしてからかなりの頻度で一緒に行動してたじゃないか」
「いや、まあ・・・・・・なりゆきで行動はしてたけど」
「君みたいな人が途中参加者の話を本人から聞かないわけないよね?」
もちろん和人は聞いている。
彼が何者でどうしてログインしてきたのかも知っている。
さらにいえば一度だけリアルでも遭遇した。
それ以来は全く会っていないし、おそらく彼はもういないであろうことも察しているし、彼の知人からもいなくなったと聞いている。
それだけわかっていても言えないのは、内容が濃すぎるうえにこちらとしても厄介ごとに巻き込まれたくもないからだ。
彼については知らない、で通すしかない。
「いつも言ってるけど、あの馬鹿が教えてくれなかったんだって。俺があいつについて知ってるのは、プレイヤーネームとふざけた大馬鹿野郎ってことぐらいだ」
彼に振り回された日々を思い出すだけでどっと疲れを感じるのは無茶をする彼を止めるのがそれなりに大変だったからだろう。
「あいつの戦闘センスは一流だし、俺だって勝てないぐらい強いけど、まず基本的に無表情だし不機嫌だし無茶するしステータスだって一定値からあげようとしない意味わからないやつだし」
そんなことを口に出しながらも思い出すのは、微笑む優しい彼や頼もしい背中だったりするのは、やはり彼を相棒だとおもっているからだろう。
しかし、そんな事をいえばさらに聞き込みが激しくなるのは間違いないので絶対に言わない。
変わりにできるだけ暴言を吐く。
「とにかく、あいつは馬鹿でだいぶ苦労させられたんだ。俺も会えるなら会って一発ぶん殴ってやりたいぐらいだよ」
そこまで言った瞬間、突如和人は頭をがっちりと捕まれた。
何事だ、とおもう前に後ろからぬっと顔が和人の顔のすぐ横から出てくる。
「黙って聞いていれば、誰が無表情で不機嫌で無茶する大馬鹿野郎だって?ん?しかも、そいつを殴りたいと?」
その声を聞いた途端、和人は頭を動かそうとしたが、わりと強い力で掴まれている頭はびくりともしなかった。
うろ覚えの記憶の声とすぐ横から聞こえた声は間違いなく同じ。しかし、覚えている彼の喋り方にしては抑揚があるせいで本当に本人かどうかが判断できない。
というか、後ろに人はいただろうか。存在感は全くなかったし、途中で後ろに人がやってきたらさすがに気がつくし、最初からいればまず気付く。
混乱し始めている和人は何かいいたくても何も出てこない言葉のせいで水の中から餌を食べようとする鯉のようにただ口を開閉させることしかできない。
「たしかに、昔の俺がクソガキであることは間違いない。だがな、お前にいろいろと言われる筋合いはないとおもうぞ、キリト」
頭から手が離れ、先ほどまでは全く感じなかった背後の人物が立ち上がる気配を感じ、和人はあわてて後ろを振り向いた。
そこにいたのは相変わらず全身真っ黒で背が高く、精悍な顔立ちで不敵に笑う青年が立っていた。
「・・・・・・レイン」
「久しぶりだな」
どこか楽しそうに笑うレインに、基本無表情だった彼の面影はどこにもなかった。
本当はGGOが繰り広げられていた時系列と同じタイミング、
つまりは11月末ぐらいに投稿するつもりだったのですが
レインの新刊が発売されたのでこれは投稿せねばと・・・・・。
少年レインの15歳よりも年上で、青年レインの25歳よりも年下の20歳レインでGGOはやらせていただきます。
19歳でも良かったんですが、お酒飲ませるために20歳にしました。
まだ予選まで書き終わってないんですがね!!!!
1日あけで投稿していきますが、次までに書き終わらなければ
数日あきますが、よろしくお願いします!!!
そして、余談ではありますが
アリシーゼーションもやっちゃいます☆