ソードアート・オンライン~知られざる天才剣士~   作:モフノリ

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謎の多い初心者

 キリトはなぞの青年、レインのことを考えながら、一匹目のドラゴンエイプを屠っていた。

 先ほどここに上空から落ちてやってきたという青年。

 デスゲームであるSAOへの途中参加をさせられたという彼が何者なのかを考えるのは当たり前のことだろう。

 彼の口ぶりからは本当に実在したのかよ、といいたくなるような闇の組織的なものが背後にはあるような感じだった。

 キリトが一撃で三匹現れたドラゴンエイプのうち一匹を屠っている間に、シリカはきちんと一匹の対処をしており、ゲージはすでに半分になっている。

 残った一匹も本当は先ほど屠った一匹と同時にキリトが対処する予定だったのだが、いかんせん三匹とも離れた距離に出現したので、仕方なく放置という形でレインにはキリトの近くにいてもらうつもりだった。

 そう、近くにいてもらうつもりだったのだ。

 にもかかわらず、あろう事かレベル一の彼はふらふらと残りの一匹に近づき、攻撃を避け始めたのだ。

 ついさっきここに放りだされたばかりのレベル一であるはずのレインが、だ。

 剣を渡さなければ無茶はしないだろうと思い、そのまま放置したことをキリトは後悔する必要もないほどに、レインはすべての攻撃を最小限の動きで攻撃を避けていた。

 そのうえ、モンスターを翻弄させていたのだから本当にお前は何者なんだと聞きたくなる。

 しばらくの間、あっけに取られてみていたものの、避けるだけでは敵のヒットポイントは減らないのであわててキリトが一撃をあたえて屠る。

 そして、レインは会ったときから変わらない大して感情のこもっていない顔で

 

「剣を持っていないのを忘れていた」

 

 と、つぶやいた。

 

「いや、そういう問題じゃないから!」

 

 キリトの叫び声は迷いの森で悲しく響いた。

 

 

 

 

 

 ところ変わって、シリカお勧めのレストランに三人は来ていた。

 最前線に比べればだいぶ下の層に来ているにもかかわらず、キリトは無駄に疲れを感じていた。

 言わずもがな、目の前でシリカにウィンドウの扱い方やスキルなど、根本的にわかっていないと強くなることすらできない部分を教えてもらっているレインのせいだ。

 あまりの無知っぷりとレベル一とは思えない動きをする彼をNPCで何かしらのイベントかと思ったが、ウィンドウを開けたということはプレイヤーで間違いないだろう。

 つまり、本当に彼は何者かによってこのデスゲームに放り込まれたプレイヤーということだ。

 むしろ、一番最初に彼のウィンドウを開いてレベル一という絶望的な数字をみたのはキリト本人だ。疑いようがない。

 だからこそ、自分が彼を守りながら街までつれてこようと思ったのだが、ここまで疲れることになるとは思わなかった。

 というのも、レインが全くおとなしくしないのだ。

 ドラゴンエイプへの対処をみて、剣だけはとりあえず持たせておこうと渡したのだが、それが間違いだった。

 森を抜けるまでは、キリトが誰よりも早く動くことでレインは何もしなくてもいいようにしていたのだが、そこから街に来るまでの間で、突然目の前にポップしたモンスターにレインがいち早く突っ込みに行ったときは肝が冷えた。

 レベル一とは思えない動きで敵の懐に入ったレインは、キリトが渡した剣で切り付けたのだが、レベル差というものは理不尽にも大したダメージを与えなかった。

 あわててキリトが駆けつけることで大事には至らなかったが、そのときレインはキリトに向かって

 

「お前はやっぱり強いんだな。後で手合わせしてくれないか?」

 

と言い放ったのだ。

 はぁ?

 と返すしかできなかったキリトを誰が責めようか。

 キリトとの決闘はレインのレベルがある程度上がったらということで収まり、レインがモンスターを見るなり飛び込んでいくのはシリカのお願いによってどうにかなくなった。

 そこまでならまだここまで疲れることはなかっただろう。

 精神的にさらに疲れたのは町に戻ってからだ。

 初期装備ということをすっかり忘れて町に連れていったことで、レインのことをちらちらと見る人が多かったのは、気が回らなかったキリトのせいでもあるので仕方がないといえよう。

 レイン自身も人目のことなど全く気にせず、キリトたちについて歩いてきていた。

 疲れさせたのは、中層ではそれなりに名が通っているらしいシリカに声をかけてきた人たちへの対応だ。

 シリカに対しては時折優しい笑顔を見せたり、シリカの押しに困った表情を見せたりしていたし、無茶な行動をしたりしているを見たりしているので、キリトからすれば世話の焼けるお兄さんのような感じだった。

 しかし、百七十以上はあるであろう身長にガタイのいい体つきをしていて、精悍で整っている顔は表情がかなり乏しいしせいで、何も知らない人からは相当威圧感があるようで、初期装備ということも相まってシリカに声をかけられた人にやたらと騒がれた。

 

「初期装備のやつがなに粋がってんだ」

 

「かっこいいだけで何しても許されると思うなよ」

 

 などといわれているときは、軽くあきれた様子だったのだが

 

「弱くて誰も守れないくせに一緒に行動するな」

 

 といわれた瞬間、かすむ様なスピードで動いたレインの右手は喚いていた男の顔面をわしづかみにしていた。

 

「誰が誰も守れないだと?」

 

 と底冷えするような声で言ったときは先ほどまでのレインと同一人物かと疑うほどに豹変し、ただでさえ乏しい表情はさらになくなっていた。

 呆然とすることしかできなかったキリトと違って、咄嗟に飛びついたシリカによって正気に戻ったレインはあっさりと手を離し、すまなかった、と一言小さく言って、男の顔をわし掴みにしていた手と同じ右手でシリカの頭をなでた。

 結局その場は、シリカが丁重にお断りをして事なきを得たが、どっと疲れを感じた。

 そしてさらにその後だ。

 キリトとシリカが出会う前にシリカがパーティを組んでいた人たちと遭遇したときのことだ。

 ぐだぐだとシリカに嫌味を言っていたロザリアが、レインを見た瞬間に目の色を変え、そんな可愛いだけのお子様じゃなくて私と一緒にパーティを組まないかといってきたのだ。

 レインがかっこいいのはキリトも認めてしまうので誘われるのは自然な流れだった。

 めんどくさいことこの上ないが、適当にやんわりと断っておけばいいものをレインはというと

 

「申し訳ないが性格の悪い女より優しい女の子と俺は一緒に行動したいので断る。あんたも見た目はいいんだから性格を改めたほうがいいぞ」

 

 などと褒めてるのか貶してるのかよくわからないことを言ったせいで、今度はキリトがフォローを入れる羽目になった。

 おかげさまで無駄に疲れているというわけだ。

 底冷えするような声を出していたときの怖い表情と、人を貶しているときの飄々としている表情と、現在シリカに教えてもらっているときの優しい表情は、本当に同一人物なのかと思ってしまう。

 ぼけっとしながらそんなことを考えていると、先ほどNPCに注文した料理と飲み物が来た。

 

「パーティ結成を祝して」

 

「かんぱーい」

 

 キリトとシリカがこつんとコップをあてる。

 次はレインと思いコップを差し出した。

 

「もしかして俺もか?」

 

「当たり前だ。というか、あんたにはシリカとの用事が終わってもしばらくは俺といてもらうぞ」

 

 明らかに、なぜだ、という顔をしてくるレインに思わずキリトはため息をついた。

 

「あんたみたいなのを放っておけるわけないだろ。詳しい話はシリカとの用事が終わってから話すから」

 

「だが――」

 

「これは強制だからな?四六時中俺と一緒にいろとは言わない。あんたがこの世界に慣れるまでだ」

 

「・・・・・・わかった」

 

 不服でしかなさそうな顔ではあるが、一緒に行動してもらうしかなかった。

 レベル一だということ以外に、レインはこの世界のことを知らなさ過ぎる。

 どこかのギルドに連れて行って面倒を見てもらうことも一度は考えたが、ここまでのレインの行動を考えると、集団の中に入れるのはやめておいたほうがいいのは明らかだ。

 だからといって知り合いに渡すには気が引ける。

 いろいろ考えた結果、レインの面倒を見るのはソロで行動している自分が最適だと判断したのだ。

 

「んじゃ、乾杯」

 

「乾杯」

 

「キリトさんがついてくれるなら安心ですね。レインさん、少しの間ですがよろしくお願いします」

 

「よろしく頼む」

 

 シリカとレインもコップを合わせる。

 ひとまずはどうにかなりそうで安心する。

 

「おいしい。あの、これは・・・・・・?」

 

 シリカが不思議そうな顔をする。

 おそらく、この飲み物をこのレストランでは飲んだことがないからだろう。

 それは当たり前のことだった。

 

「NPCのレストランはボトルの持ち込みもできるんだよ。俺が持ってた《ルビー・イコール》っていうアイテムさ」

 

 キリトは自慢げに話しながらレインの口にもあっているか不安におもってを見る。

 彼は特に気にすることなく、普通に飲んでいる。仏頂面からはおいしいと思っているのかそれともまずいと思っているのかはまったく読み取れない。

 普通に飲んでいるということは、まずいわけではないのだろうと思い込むことにした。

 

「カップ一杯で敏捷力の最大値が一も上がるんだぜ」

 

「そ、そんな貴重なもの・・・・・・」

 

 申し訳なさそうな顔をするシリカをみてあわててフォローを入れる。

 

「酒をアイテム欄に寝かせてても味が良くなるわけじゃないしな。俺、知り合いもいないから、開ける機会もなかなかないし・・・・・・」

 

 自分で言いながらも悲しくなったが、涙をこらえておどけたように肩をすくめただけに抑えた。

 

「・・・・・・酒?」

 

 レインがつぶやきながら盛大に顔をしかめた。

 その視線はコップにまだ残っているらしいルビー・イコールに注がれている。

 

「まあ、酒って言ってもデータの世界だから酔うわけでもないし、ただのジュースみたいなものだよ」

 

「しかし、日本という国は未成年は酒を飲んではいけなかったんじゃないのか?」

 

 意外にもお堅いレインに驚きつつもキリトは特に気にするわけでもなく会話を続ける。

 

「まあな。でもこんな世界では誰も気にしてないよ。お前も自分は飲むくせに未成年には飲むなって言う質なのか?」

 

「誰が何を飲もうが、それで後悔しようが人の勝手だと思ってるが、自分が飲むのはまた話が違うだろ。成長の妨げになるものは極力避けてきているからな。俺は飲んだことはない」

 

「確かに、お酒って成長期に飲むのは駄目だって言いますもんね」

 

 シリカがそういいながらもルビーイコールを飲む。

 

「成長期だけだろ? レインはもう特に気にすることないんじゃないのか?」

 

 レインは身長も高く、筋肉もしっかりついている。ゲームのままであればそれは嘘のものだろうが、この世界では自分の体つきも顔も、茅場晶彦のせいで現実のものと同じにされているのだから途中参加といえど、現実と同じものになっているはずだ。

 つまり、目の前にいるまるでデザイナーが作ったような精悍な顔立ちも、程よく鍛え上げられている身体も本来の彼なのだ。

 彼の容姿と落ち着いた雰囲気があいまって二十歳は超えているだろうとキリトは思っている。

 そんなキリトの推察をレインは容赦なく木っ端微塵にする。

 

「キリトよりは身長はあるが、まだこれからも成長するつもりだぞ。俺はまだ十五歳だからな。ここで止まるつもりはない」

 

 と、レインが拗ねるようにそっぽを向きながらルビー・イコールを呑む。

 キリトはというと、開いた口がふさがらないという言葉を体現していた。

 数秒後、我に返ったキリトは立ち上がって食い入るようにレインに向かって叫ぶ。

 

「待て待て待て待て。嘘だろ?!」

 

「うるさい」

 

 盛大にしかめられた顔を向けられたキリトは思わず、怖いと思ってしまう。

 

「ま、まあまあお二人とも落ち着いて」

 

 シリカが慌てて仲裁に入る。

 おかげで少し落ちつたキリトは椅子に座りなおす。

 

「わ、わるい」

 

「俺もなのか」

 

「レインさんもです!」

 

「そうか」

 

 妹にしかられているようにしか見えないレインをキリトは自分のことを棚にあげてにやりと見る。

 それに反応したレインは眉間にしわを寄せてこちらを見返す。

 なるほど、こういう反応は同年代なのを納得できた。

 

「てっきり二十歳ぐらいだと思ってたよ。もしかして、その性格は作っているのか?」

 

「作ってない。俺は元々こんなものだ」

 

 SAOどころか、ゲームの知識すら全くない彼が第一層の迷宮区で知り合った少女とかぶる。

 そう思うと、標準装備が無表情というレインとも仲良くやって行けると思え始めた。

 むしろ、彼女とは違い同性だということもあるので、彼女よりやりやすいかもしれない。

 同年代だと聞いた瞬間、レインとの距離がぐっと近くなった気がしたキリトはふっと笑ってしまう。

 

「むしろ、さっきの性格が悪い女の方が作ってるとしか思えんだろう」

 

「確かにそうですね。なんであんな意地悪言うのかな」

 

 あんな、とは先ほどのロザリアの事だろう。

 

「君は、MMOはSAOが?」

 

「初めてです」

 

「そうか。――どんなオンラインゲームでも、キャラクターに身をやつすと人格が変わるプレイヤーは多い」

 

 キリトは従来のMMOと今のSAOをくらべて、自分が感じる差異をシリカに吐露する。

 

「でもな、他人の不幸を喜ぶ奴、アイテムを奪う奴ーー殺しまでするやつが多すぎる」

 

 彼女が妹に似てるからなのか、また違う理由なのかはわからない。

 理由が何なのかはわからないが、思っていることを口から吐き出すことを何故か止めることはできなかった。

 

「俺はここで悪事を働くはやつは、現実でも腹の底から腐ったやつなんだと思っている」

 

 ふと、シリカを見ると気圧されたような表情をしている事に気づく。

 すまない、と軽く笑う。

 レインは腕を組んで話しを聞いているだけだった。

 その佇まいは同年代とは思えない。

 

「俺だって、とても人のことを言えた義理じゃないんだ。人助けだってろくにしたことないしな。仲間を見殺しにしたことだって」

 

 今までのことを、まるで走馬灯のように思い出す。

 見捨ててしまった人、見殺しにしてしまった人、そして、助けることの出来なかった人たち。

 

「キリトさんは」

 

 ふいにシリカにコップを握りしめていた手を両手で包まれる。

 そこでようやくキリトは自分が力を込めてコップを握っていたことに気がついた。

 

「キリトさんは、いい人です。あたしを、助けてくれたもん」

 

 反射的に手を引っ込めようとしたが、シリカの顔を見てそれはやめた。

 

「俺が慰められちゃったな。ありがとう、シリカ」

 

 微笑みながらそう言うと、一瞬固まったシリカは直ぐに手を話した。

 

「ど、どうかしたか?」

 

「いや、あの、えっと、レインさんはこの世界についてどう思いましたか?」

 

 シリカは突然まだここに来たばかりのレインに話しをふったが、まともな答えは帰ってこないだろうとキリトは思う。

 しかし、今日何度目になるかわからないが、またもやそれまで閉じていた目を開けたレインにキリトは驚くことになった。

 

「俺には、この仮想世界の人たちは現実逃避をしているようにしか見えないな。もともと、ここの人達は死との距離がある。もちろん、現実世界での話なんだが。ここでは、基本的に病気で死ぬ。あとは事故とかもあるが、それもどこか他人事だ。だから、この世界の現実世界では死というものが遠く離れた場所にある」

 

 淡々と低音の効いた声が耳から入って身体に染みるように入ってくる。

 レインの話は淡々と続く。

 

「だから、さっきの女も突然近くに来た死に受け入れられていないのだろうと、俺は思うな。まあ、例えゲームじゃなくてもクソみたいなやつはいるがな。自分のテリトリーに入るだけでキレる奴、種族が違うだけで嫌悪する奴。それから、弱者だけを狙う卑怯な奴とかな」

 

 怒りを孕んでいるわけでもない声と、無表情ではないのにも関わらず読み取れない表情をしているレインを見ていると、何か口を挟むことも、言い返す言葉も何も思い浮かばなかった。

 

「キリトには勝手にしとけと言うが、シリカの様な女の子が気にすることではないさ」

 

「俺には勝手にしとけってあまりにも酷くないか?!」

 

 とんでもない毒と優しい言葉を吐くレインに思わずキリトは突っ込む。

 思わずシリカが小さく笑い出し、重たかった空気は消え去った。


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