ソードアート・オンライン~知られざる天才剣士~ 作:モフノリ
二人の反応を見て、ああ、やってしまったなとレインは思う。
レインの元の世界では魔獣は基本的にいたので、今乗っている邪神モンスターといわれるこいつに関しても、そういう生き物でしかない。
鳥や馬などの動物がいないわけではないのだが、キリトの言うゾウとクラゲについての知識はない。
水辺で戦うのが得意というキリトの話を聞くにどちらも水中に生きている生物なのかもしれない。
ということを考えながらも、レインはごまかすためにため息をついてから口を開いた。
「さっきキリトが、俺は裏社会的事情でここにいるということをいっていただろう」
後はご想像にお任せする。といわんばかりにそこで言葉をとめる。
間違ったことは言っていないし、変に言いすぎて墓穴を掘るのもあほらしい。
リーファは顔を引きつらせ、キリトはなにやら言いたそうな顔をするが、レインは完全に無言を決め込み、その話はここまでだ、と意思をこめてその場に座って目を閉じた。
巨体なのにも関わらず、大した足音を立てない真っ白な邪神の歩き方はきっと滑らかなのだろうと思いながらレインは、冷水をかぶったせいで冷たさで痛い身体から意識を逸らそうとする。
しかし、律儀に現実を再現されているのか、地味に布が凍り始めていることに気がついたレインはマフラーだけでもと脱ごうと手をかけた。
「あ、もしかして凍結してる?」
白い邪神の毛並みを堪能していたリーファがこちらの様子に気がついたようだった。
「そうみたいだ。魔法が使えればいいんだが」
現実世界であれば炎の魔法を微調整して乾かすのだが、それはここではできない。
仮想世界の不便さには相変わらず悩まされる。
「スー・フィッラ・レイズ・ヴィンド」
どうしたものかと思っていると、リーファの声がその場に響いて自身の体がほんのりと温かくなった。
それと同時に、じんわりと固まってきていた服が溶け始める。
MPというものを知らないレインは魔力を使わずに何かしらの言葉を言うだけで魔法が使えると、シルヴィアが知ったらなんと言うだろうか、とふと思う。
呪文の詠唱すら必要としない彼女のことだ。むしろ、めんどうね、と一蹴するかもしれない。
「どう?」
何も言わなかったレインにリーファが心配そうにこちらを見てくる。
「暖かいし服も元に戻ったみたいだ。ありがとう」
「痛むところとかはないのか?」
真剣な顔でそういってくるキリトはリーファもレインの現状を知っているということもあいまって遠慮なく聞いてくる。
「問題ない」
実際は先ほどの冷たさから来る痛みが少しではあるが残っているものの、体もリーファのおかげで温まっていて、その痛みもすぐになくなるだろう。
これ以上の痛みも経験してきているレインにとってこの程度は大した痛みではない。
本当に大したことでもないのに、キリトがいまだに疑いの目を向けてくるので小さくため息をついてしまう。
この程度のことを気にされていては面倒でしかない。
「俺だって好き好んで痛い思いをしたいわけじゃないぞ」
「でもお前って危ないことするときほど何も言わないじゃないか」
「それはお前もだろ。クリスマスのときの無茶話、俺も知ってるんだからな」
あれはアルゴに愚痴のように聞かされた話だ。
レインはあのときのキリトにそっくりだと。だからキリトもクラインも自分もレインを放ってはおけないのさ、と言われた。
レインの言葉を聞いたキリトは苦虫を噛んだような顔で押し黙ってやけくそのようにその場に座る。
話についていけていないリーファもどこかよそよそしくその場に座る。
静かな世界でぼふぼふと白い邪神が雪を踏みしめる音だけが小さく聞こえる。
「リーファ」
沈黙を破ったのはキリトだった。
彼の真剣な表情をみて、レインは目を閉じる。
白い邪神がどのように歩いているのかを、音と振動で感じ取るという意識の逸らし方でレインはキリトがリーファに謝っているのを聞き流す。
世の中には聞いてほしいことと聞いてほしくないことがあるものなのだ。
「レインさんは何かいい名前ない?」
「名前?」
急に話を振られたので意識を二人に戻したレインはゆっくりと目を開けながら聞き返した。
「そう。この子の名前付けようって話になったの」
「そういうことか」
実に女の子らしい発想だなとおもう。
さてどうするか、と思ったが、自分の名前の由来を思い出して顔をしかめてしまう。
自分の名前をつけた父親の血を受け継いでいる自分がまともに名前をつけられるだろうか。
「トンキー」
そう思っていると、キリトが一言だけ口に出した。
おそらくそれがキリトの考えた名前なのだろう。
「それって絵本の?」
「お、リーファも読んだことあるのか」
「あるけど・・・・・・縁起悪くない?」
なにやら何かの絵本に出てくる何かの名前らしい。
「ゾウっていう鼻の長い動物の話なんだ。そいつは人間の勝手な理由で食べ物に毒入れられてころされることになるんだけど、それに気がついたらしいそいつはご飯をたべないんだ」
話についていけていないレインに気がついたキリトが説明をしてくれる。
「でも、結局餓死で死んじゃうんだけどね」
リーファが付け加えるように言ったことで、縁起が悪い、という意味を理解できた。
確かに縁起が悪い。
しかしである。
「頭の良い名前じゃないか。俺は好きだな」
「でもなぁ」
「このトンキーと出会ったのは俺たちだ。その絵本の非道な人達とはちがう。俺のこの使っているは剣は、この一本だけで国を滅ぼしたと言われて傾国の剣と呼ばれて忌み嫌われているが、俺が使っている限りそんなことはしない。つまり、それ自体は悪くはなくて、それに関する周りが悪いだけなんだ」
アインクラッドの最後の戦いで姿を現し、この仮想世界に来た直後も姿を現し、そして今はオベイロンからレインを守ってくれているらしい傾国の剣にそっと触れる。
「おい」
キリトに声をかけられて何事かと思うと、キョトンとした様子のリーファがいた。
「そういう設定の剣なんだ」
この誤魔化し方はさすがに雑すぎだろうか、とも思ったが、無理矢理と言った感じではあるものの、眉間にしわを寄せながらもリーファはどうにか理解してくれたようだった。
それからしばらく他愛のない会話をユイも含めた四人でする。
それはリーファが初めて空を飛んだ時の話だったり、キリトが初めてモンスターを倒した時の話だったり、キリトとリーファの出会いの話だったり。
もともと自分の事を語らないレインは、語れないことが多いということも相まってほとんど聞いているだけではあったが、楽しいと思える時間を過ごした。
「あれはなんだ?」
ヨツンヘイムの中心に向かっていたらしいトンキーに乗っていたレインの視界に天上から垂れ下がる無数の曲がりくねっている筒が見えた。
「あれは世界樹の根よ」
「世界樹」
ぼそっと呟いたキリトを横目でちらりと見ると、彼がアスナのことを想っているのがよく分かるほど、真剣でいて恋焦がれる表情をしていた。
その様子にリーファも気がついたようでどこか心配そうにキリトを見ている。
「空を飛べたらすぐにでも世界樹に着くんだけどなぁ」
キリトが自分の本心を隠すように苦笑いでそう言う。
「ほんとにね。トンキーからは降りれないしどうなっちゃうんだろ」
されるがままにトンキーに乗っているのはキリトとリーファがトンキーの背中から降りることが出来なかったからだ。
邪神モンスターであるトンキーはなかなかに大きく、ここから飛び降りようものなら落下ダメージは避けられない。
彼に乗っていれば邪神に狙われることは無いというのもあるので甘んじて乗っているが、目的地はさっぱりだ。
ただ、川沿いに北に向かって進んでいるということしか分かっていない。
いつになったらこの先の見えない放浪は終わるのだろうかとぼんやりとおもっていると不意にトンキーの動きが止まった。
「トンキー?」
心配そうにリーファが上からトンキーの顔をのぞき込む。
前方に何かあったのかと確認すると、断崖絶壁の崖があった。
のぞき込んでも底は全く見えない。
「底、あるのかあれ」
「私のマップデータには底の定義は存在していません」
「底なしの崖ってことね」
リーファとキリトは顔を引き攣らせながらトンキーの背中の中心まで戻った。
おそらく、落ちないためだろう。
「なにかイベントか進むのか?」
そういえば、トンキーに乗った直後に二人がそんな話をしていたのを思い出す。
「イベントってなんだ?」
「報酬も何も無いお話だけのクエストみたいなやつだよ。ハッピーエンドかバッドエンドかは最後まで付き合わないとわからないの」
私も参加したイベントで散々な目にあったわ、と付け加えたリーファはその時のことを思い出したのかげんなりとする。
「ひゅるる」
トンキーが急に小さく鳴くと、モゾモゾと身体を動かし始めた。
こんな底のない崖の近くで動き出したこともあり、キリトとリーファの顔は面白いぐらい血の気が引いていたが、崖に落とすためだけにわざわざこんな所まで運ばれるとは思わないレインは静かに成り行きを見守る。
ようやく、動きが止まると、歩き出した時よりも高さが低くなっており、キリトとリーファでも降りれそうな高さになっていた。
レインたちのはトンキーから降りて彼の様子をみると、長い足と鼻を内側にしまい込んで雪玉のようになっていた。
「おまんじゅうみたい」
おまんじゅうとはなんだろうかと思うが、もう墓穴をほるつもりのないレインは現実世界にいってからおまんじゅうについて調べておこうとぼんやりと思った。
「どうする?」
完全に沈黙してしまったトンキーが動く気配が全くない。
ミュールゲニアで魔獣がこのような行動を起こすとしたら、使役されてる者であれば自分の主に自らを捧げるためだったり、そうでなければさらに強くなるためだったりするのだが、それがこの仮想世界に当てはまるのかは分からない。
まあ、友好的だったトンキーのことなので、突然襲ってきたりなどはしないだろう。
「さすがに、このまま放っておけないよ」
だいたい予測した返事がリーファから帰ってきたので思わず微笑んでしまう。
「ま、ここじゃどうすることも出来ないしこのイベントに最後まで付き合うさ」
仕方ないなという空気を出しているつもりだろうキリトだが、楽しんでいるのが伝わってくる程度には困った顔の中に笑顔が出ているのを本人は気がついていないのだろう。
穏やかな空気が流れていたが、キリトの胸ポケットに入っていたユイが突然とびだして崖とは反対側を警戒して注視した。
「パパ、こちらに近づくプレイヤー反応があります」
「数は?」
「二十八です」
それなりの人数を告げたユイの言葉でその場に緊張が走る。
通常であれば、一緒に行動させてもらい、ヨツンヘイムから出れるのだろうが、レインたちはトンキーと共に行動をしている。
二十八人という数から察するにそのパーティは邪神を狩っている人たちだろう。
そして、そんな彼らの狙いは後ろにいるトンキーなのは深く考えなくてもわかる。
「二人は隠れてろ。戦わないようにどうにかする」
トンキーを助けたときのように言い合いをしている暇もないのをキリトも理解しているようで、すぐにリーファの手を引っ張って近場の雪が多く積もっているところに隠れた。
それを確認したレインは今から来るパーティを待ちつつ、トンキーにそっと触れる。
触れた部分はほんのりと暖かく、たとえ作られた世界のデータと呼ばれるトンキーも生きているのだと感る。
「あんた、もしかして噂の鍵か?」
やってきたパーティのうち一人にそんな風に声をかけられ、とりあえずは思惑がスムーズに動いてくれそうなことにほっとする。
「そうだ」
レインはトンキーから手を離すことなくパーティの方を向くと、全体的に水色で統一されている人たちがいた。
何の種族かは知らないが、おそらくどこかの種族のパーティなのだろう。
「こいつも狩るのか?」
「まあ、もちろんそうしたい。で、鍵は俺たちと一緒に来てくれないか?」
「遠慮する。俺は他人とつるむつもりはない」
レインが即答すると、隊長格らしいやつが眉間にしわを寄せ、仲間となにやら相談し始める。
そういえば、NPCとの会話はある程度わかりやすい言葉を選ばないといけなかったり、決められた言葉を言わないといけないことを思い出した。
おそらく、レインをNPCだとおもっている彼らはどういう風に話を進めればレインを連れて行けるのか話し合っているのだろう。
こちらからはあまり何もしないほうがいいかもしれないとおもったレインは彼らの話し合いが終わるのを黙って待った。
五分ほど待ったところでようやく話が終わったようで隊長らしい男性がこちらに向き直る。
「えっと、その邪神モンスターをどうにかしたらいいのか?」
「いや、何もしなくていい」
「じゃあ、俺たちも一緒にその邪神が動き出すのを待つのはだめか?」
「だめだ。俺はこいつを見守ると決めたが、あんたたちをこいつが襲わないとも限らない。あんたたちの安全のためにもここから立ち去ってくれ」
地味にしつこい目の前の男にレインは顔をしかめないように意識して会話を続ける。
「こいつを見守った後のあんたの予定はなんだ?」
「・・・・・・特にないが、あんたたちと行動することはありえないし、そろそろどこかに行ってくれないだろうか。正直邪魔だ」
さっさと諦めてどこかにいってくれと思っていると隊長格のやつが小さくため息をついて腰につけていた険をすらりと抜いた。
「やっぱりこいつは強制的に連れて行く系のNPCみたいだ」
彼のその言葉を聞いたメンバーも剣や杖を構える。
穏便に済ませようと思っていただけのレインは眉間にしわを寄せる。
「戦うつもりはないんだが」
「俺たちはあんたを連れて行きたいんだ」
話が通じないとは相手のほうがむしろNPCではないのかと思ってしまったのも仕方がないだろう。
どうやら目の前のやつらは蹴散らさないといけないらしく、戦わないようにするといったのにと思いつつもレインは剣を抜いた。
「抵抗はさせてもらうぞ」
ふと、キリトたちはどういった反応をしているだろうかと思ったが、隊長格が支持を飛ばしているのを見て、すぐに戦闘に意識を戻した。
隙の多いうちにといわんばかりにレインは地面を蹴り、一瞬で隊長であろう人物の眼前の飛び込む。
「なっ!?」
隊長が驚きの声を上げているのをかすかに聞きながらもレインは容赦なく剣を一閃する。
余韻なのか、それともレインの速さについていけなかったのか、ワンテンポ遅れてから隊長は粒子となり、その場に隊長がいたことを伝えるように小さな炎が残った。
しかし、そこでレインが止まっているわけもなく、隊長がリメインライトになっている間にもう一人を切り終わっている。
「っ!!全員距離をとれ!こいつの強さは邪神レベルだ!どんな攻撃パターンがあるかわからないが、それぞれ連携を意識して動け!」
隊長がやられたのにもかかわらず、大して崩れることはなく統率の取れているパーティを見て、レインは気を引き締める。
「メイジ隊、魔法準備!」
誰かの号令が聞こえたレインは周りのやつらの相手をしつつ、どこからか飛んで来るのであろう魔法に警戒する。
相手の攻撃がこちらにあたることはないが、人数が多いのと連携が取れているせいで、かなりの戦い辛さを感じる。
「発射!」
その号令と共に、レインの周りにいたメンバーがレインから距離をとった。
本当に連携が取れてて面倒だ、と内心で悪態をつきつつ、レインが魔法詠唱が聞こえていた方角を向くと、こちらにいくつかの氷のつぶてが雨のように飛んできていた。
「そんなもので俺を仕留めれるとおもうな!」
自分を鼓舞するようにそう叫ぶと、レインは飛んで来る氷に向かって剣を振るう。
トンキーと三つ顔の邪神が暴れていたときに飛んできた氷よりももちろん速度が速いが、レインにとってそんなことは些細でしかない。
こんなものよりも速い攻撃と、現実世界では触れ合ってきていたのだ。
大上段に構えたレインは勢いよく剣を振り下ろして一つ目の氷を切る。
その動きから剣を振った遠心力も使って時にはバック宙をするように、下からの切り上げで氷を剣でくだき切り、一振りで同時に二つの氷を切る。
相手に通用しないことを見せ付けるために、レインはわざわざ氷を避けることなく全て剣で切り刻んだ。
レインの周りではきらきらと砕けた氷が光り、その中で踊るように剣を振るっているレインにその場にいた誰もが彼に見とれてしまっていた。
しばらく続いた氷の雨はレインがはじいた氷が最後の氷に直撃して砕け散り、そこでようやく止んだ。
「終わりか?」
一息つくことなく、レインは口を開く。
正直なところ、こちらも必死で全ての氷を叩き切ったのだが、余裕があるように見せないと意味がない。
さっさとどこかにいってくれという気持ちしかないのだが、うまくいかないということは良く続くことは稀にあり、今回もそれだった。
「くそっ、次の作戦に変更だ!」
今回ばかりはレインもため息をつくしかない。
諦めるという言葉をこいつらは知らないのか、と世界樹攻略の鍵であるレインはげんなりとしながら思う。
「何をされようと俺はあんたたちと――」
「メイジ隊、攻撃開始!」
またか、とレインは再び飛んで来る魔法のほうに向かって視線を向けるが、炎の魔法や氷の魔法の軌道はレインではなかった。
その魔法の目的がわかったレインはすぐに魔法の着弾地点に――いまだうずくまっているトンキーの元に駆け寄った。
魔法とトンキーの間に滑り込んだレインはすぐさま魔法を剣で相殺するために振るった。
しかし、守るトンキーの大きさと、飛んで来る魔法の量をレイン一人で捌ききれるわけもなく、半数以上の魔法がトンキーに直撃する。
そして、トンキーを守ることに徹しているレインに当たらないわけもなく、何度も当たるが、それでもレインは気にすることなく降り注ぐ多種多様な魔法を剣でできる限り叩き切り続ける。
後ろでトンキーの悲痛な声も聞こえるが、レインだけではこれ以上どうすることも出来ない。
「お前ら一体?!」
「なんだ?!」
突然ざわめき始めた場所に意識を向けると、キリトとリーファがメイジ隊と呼ばれていた魔法を使う人たちに斬りかかっていた。
正直なところ助かる。
二人のおかげで徐々に減りつつある魔法を先程までよりも自身のスピードをあげて自身とトンキーの急所に当たる魔法だけ切っていく。
「化物かよ」
誰かがそう漏らすのが聞こえたが構うことなど出来なかった。
そこまで長い時間ではなかっただろうが、体感時間的には長い時間が過ぎた当たりでキリトたちが反撃にあっているのが視界に入ってくる。
「くそっ」
自分の弱さに悪態をつく。
魔法を使えないだけでこうなってしまう自分の弱さに耐え難くなる。
「ひゅるるるるるる」
背後でトンキーが今までになく力強く鳴くのが聞こえて、飛んでくる火球も無視して振り返る。
たとえ背中に当たったとしても痛いだけだ。なんの問題もない。
振り返ると同時に美しい光とその中で力強く翼を広げるトンキーがいた。
思わず微笑んでトンキーを見ていたレインに向かって飛んできた火球は、まるで何でもないかのようにトンキーが腕を一本振るってかき消す。
「助けてくれたのか」
レインの言葉に反応するようにひゅるると嘶いたトンキーは、最初のときのように長い鼻をレインに伸ばし、甘えるようにレインの頬に鼻先を擦り付けた。
すぐにそれをやめてしまったトンキーの視線がレインではなく、周りの敵に向けられたのを感じ取ったレインは、敵に向き直って剣を構える。
目に見えて恐怖を見せる水色の敵にレインは不敵な笑みを向けた。
「さあ、後半戦だ」
レインの言葉に反応してひゅるると力強く嘶いて腕を振り回す。
「まじかよ」
「か、勝てるわけねぇ」
「全力で逃げろ!!」
叫ぶように走り回りながら三々五々に逃げ始めた人たちを見て、レインはようやくか、と息をはいた。
トンキーのおかげで殲滅するまで戦うことはなくなったが、結局自分は何度か攻撃を受けたせいでキリト達に何か言われるのは決定事項だ。
かなりめんどくさい。
どうしたらキリトの小言を回避できるか考えている間に完全に敵は視界から消え去った。
「レイン!」
「レインさん!」
警戒を解いて鞘に収めた瞬間、ユイとリーファが駆け寄ってくる。
どうやら余程心配されていたようで、二人共今にも泣きそうな顔をしていた。
「心配かけてしまったようですまないな」
「身体は痛くない?」
「またレインは無茶をして!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ二人に思わず微笑んでしまう。
本当に彼女達は優しい子達だ。
レインは微笑んだままそれぞれの頭を優しく撫でる。
「ありがとう。たが、俺はそれなりに痛みには慣れているしこの程度ならかすり傷みたいなものだからそんなに心配しなくていい」
「とりあえず、魔法で痛みが消えるみたいだからリーファ、頼んでいいか?」
「うん!」
助け舟と言わんばかりにキリトが珍しく小言を言ってこないことにレインは不思議に思った。
どうやら、それが表情に出てしまっていたようで、キリトとリーファに魔法をかけてもらっているレインと目が合うと、小さくため息をつかれた。
「さすがに、今回のはなんも言わない。あいつらがしつこすぎたんだ。仕方ないさ」
「なんだ、意外にも寛容なんだな」
「お前は俺をなんだと思っているんだ」
「口うるさいガキ」
「なっ!お前とほとんど年齢変わんないじゃないか!」
「精神年齢と見た目はお前のほうがガキだろ」
いつも食ってかかってくるキリトが面白くてついつい言い返してしまう。
「治癒終わったよ」
「ありがとう」
そういって確認するように全身を伸ばすと、完全に痛みは消えていた。
一体どういう原理になっているのかはさっぱり分からないが、痛みが消えるのはいいことなので深く考えることをやめたレインは、ようやく、といった様子で一息ついているユイに微笑みかける。
「ところで、トンキーがすごいことになったみたいだけど・・・・・・」
「そういえばそうだったな」
あわただしかったこともあり、翼が生えた程度しか確認できていなかったレインはもう一度ちゃんとトンキーをみる。
一回りほど大きくなっただろうか、と翼とそれぐらいしか見た目ではわからない。
いつものように伸ばされた鼻に触れると、毛並みも良くなっているのがわかった。
そんなことをおもっていると、ぐるりと鼻が三人を同時に巻き取って持ち上げられる。
さすがに苦しさを感じるが、少しの辛抱だと思って我慢していると、すぐにトンキーの背中に足がついた。
それからあっさりと鼻は離れて、トンキーが羽ばたき始める。
「まさか飛ぶのか?」
キリトがつぶやくように言った瞬間、ふわりとトンキーの身体は持ち上がった。
「そのようだな」
底のない崖の上へと飛んでどんどん上がっていこうとするトンキーにどうすることもできない三人は、再びトンキーの背中に乗って行き先のわからない旅に身を任せることにする。
現実世界では深夜らしく、キリトはかなり眠いようでこくりこくりとふねをこいでいる。
レインは寝ないこともあったし、寝付けない日もあるので問題はないが、キリトだけではなく、リーファも眠そうに欠伸をしている。
二人のためにも早くログアウトできるところに行きたいのだが、トンキーはというとどんどん上に上っていくので今更降りるなんてことができるわけもなかった。
世界樹の根もすぐそこにあるほど高くまで来てしまっている。
どうしたものか、と思いながらふと世界樹の根元を見ると何かがくっついていた。
「なんだあれは」
逆ピラミッドのようなものが見える。
そしてその先端をとくみると、黄金に輝く剣が突き刺さっていた。
レインの声に反応したリーファがレインのすぐ横まで来て、レインの視線の先を見る。
「もしかしてエクスキャリバーじゃない?」
「エクスキャリバー?」
「それって伝説的なあれか?!」
いつの間に覚醒したのかリーファとは反対側のレインの隣で興奮気味でキリトも覗き込んでいた。
伝説的な、という言葉を聞いて自身の持っている傾国の剣のように有名なものなのだろう。
しかし、残念ながら見た目が黄金ということもあってレインの趣味ではない。
が、キリトはかなり気になるようでそわそわとしている。
アインクラッドでもすぐに使いもしない剣を買っていたキリトに、そういうところがガキだと思いつつもいわないのは、レインの優しさなのだろう。
トンキーが進む方向を見てみると、あの剣が刺さっているところにいけそうな道が見え、そしてそれよりも先の壁にも道があるのが見えた。
壁にある道はおそらく上へと続くのだろう。
どちらかしか選べないのは目に見えていて、いかにも遊びという感じだ。
「キリト、地上とあの剣、どっちか選べ」
そういいながら二つの道を指差して教える。
「お、お前は興味ないのかよ」
「残念ながらお前みたいな浮気性じゃないんでな。今はこいつがいるから他に興味はない」
「う、浮気性って」
「あと、身の丈にあった武器を持つことも勧めておこう」
めんどうで今まで何も言わなかったが、キリトの背丈にはかなり不釣合いな両手剣とも言えそうな剣が背中に背負われている。
どうせ、重い剣を好むキリトのことだから重量重視で選んだせいでそんなことになったのだろうが、先ほどちらりと見た彼の戦いでは彼の持ち味であるはずのスピードが損なわれていた。
「仕方ないだろ。急いでたし、重いほうがいいし」
子供がすねるようにぶつぶつといい始めるキリトは、エクスキャリバーと地上に続くであろう道を交互に見比べる。
「早く選ばないと、エクスキャリバーに続く道を通り過ぎちゃうよ」
あきれた様子でリーファが追い討ちをかけるように言うとキリトはぎゅっと目をつぶってから地上へと続く道を見た。
「リーファ、またここにはパーティ集めてこよう。それまであれのことは秘密で頼む」
「はいはい」
そういいつつももう一度ちらりとエクスキャリバーをみたキリトはまだ未練があるようだった。
「今のお前には先にするべきことがあるだろう」
レインが静かにそう告げると、キリトは力強くうなずき、もうエクスキャリバーのほうを向くことはなった。
ヨツンヘイムがようやく終わった!!
なんか地味に長かった!!!
さて次はとうとう・・・・・・