ソードアート・オンライン~知られざる天才剣士~ 作:モフノリ
軽く食事をとる暇もなく、レインとキリトはリーファから事情を聞いていた。
彼女がいうにはシグルドという名の男がリーファが属しているシルフの領主を裏切り、今出かけている領主のところにサラマンダーという種族が襲うために向かっているらしい。
この世界のことをあまりわかっていないので種族間の問題や、グランドクエストという全ての種族が攻略しようとしているクエストについてもどんなものかわからないレインだったが、リーファという少女が属している種族が危ないということはわかった。
聞くところによれば、身体の痛みをなくしてくれたのも彼女が魔法を使ってくれたかららしいので、レインにとってリーファを助けるのは決定事項になっている。
つかまったシェルファのことも心配だが、彼女のことだ。オベイロンに好き勝手されることはないだろう。
当たり前のようにこのまま、キリトも一緒にリーファを助けるものだと思っていたのだが、リーファはそう思っていなかったようで少し声のトーンが落ちる。
「これはシルフの問題だから、二人が一緒に来てくれる理由はないよ」
キリトとリーファの後ろを走って着いているレインは成り行きを見守る。
「会場にいったら大勢のサラマンダーと戦うことになって生きていられないとおもうし、レインさんはどうなるかわからないけど、私とキリト君はスイルベーンから出直しになっちゃうしね」
走りながらもうつむいたリーファをレインは後ろから見続けた。
「むしろ、君たちが世界樹を目指すならサラマンダーについていったほうがいいとおもう。だから私をここで斬って行っちゃっても」
とうとう立ち止まってしまったリーファは俯いたまま、服の裾をぎゅっと握る。
結構なスピードで走っていたので、レインは止まったリーファを少し追い抜いて、キリトの隣あたりまで来てしまう。
そんなレインに見向きもすることなくキリトはリーファをみていた。
しばらくの沈黙の後、キリトの静かな声が響いた。
「所詮、ゲームだから何でもありだ。普段の自分とは違う自分を味わえるロールプレイなんだから普段できないことをしたい。人から物を奪ったり、殺したり。現実世界じゃないのに真っ当に生きて馬鹿みたい。そんなことを言う奴とは嫌っていうほどでくわしたよ」
真剣に一言一言いうキリトをリーファは俯いていた顔を上げて、しっかりと聞いている。
「一面ではそれも真実だって昔は俺も思ってた。でも、仮想世界だからこそ守らないといけないものがある。俺はそれを大切な人に教わった。この世界で欲望に身を任せれば、それはリアルの人格にかえってくる」
ふわりとした笑顔に変えたキリトは言葉を続けた。
「俺、リーファのこと好きだよ。友達になりたいって思う。だから、どんな理由があったとしても、君を自分の利益のために斬るようなことは絶対にしないよ」
「キリト君・・・・・・」
話は纏まったかと見守っていたレインが思ったが、次はレインの番だといわんばかりにキリトとリーファはレインに視線を向けた。
一瞬眉間にしわを寄せた後、レインは小さくため息をついた。
「俺は俺が守りたいものを守るだけだ。そのためなら同じ種族の奴だって敵に回す。現に俺はヴァンパイア達と一緒に俺と同じ種族のやつらと戦ったことだってあるしな」
「ばっ?!」
「ば、ヴァンパイア・・・・・・?」
「あっ」
現実世界の地球ではヴァンパイアは空想上の生き物だったと思い出したときにはすでに遅かった。
説明を丸投げするべくキリトに視線を向ける。
俺?! という顔をするキリトだったが、レインが真顔で見続けると観念したようで適当に理由をつけ始めた。
「ほら、NPCだし。そういう設定なんだよ。たぶん」
「でも、知り合いみたいだし・・・・・・」
「えっと・・・・・ほ、ほら!!俺、リーファと会うまで迷子だって言っただろ?そのときに一回会ったんだよ!」
先ほどまでの真剣な空気はどこに行ってしまったのか。
あわてるキリトとそんなキリトをじと目で見るリーファに、元凶なのに我関せずなレイン。
そんなときに助け舟のようにキリトとリーファの前に通知が来る。
レインのところに通知がないのは、もともと開くウィンドウすらないからだろう。
「なんだ?運営から?」
どうやら運営からのメッセージらしく、話を逸らすのにはうってつけだとキリトはそれを開く。
嬉々としてそれを開くキリトをレインはみていたが、読むにつれてキリトの表情は険しくなっていった。
「どうかしたのか?」
「レイン、これ読んどけ」
すばやく可視化したウィンドウをキリトはレインの前に出す。
リーファも気になったようで読み始めた。
首をかしげながらそれを読んだレインは盛大に顔をしかめる。
『グランドクエストの鍵、ついに実装!
いつもALOを遊んでいただきありがとうございます。
このたび、グランドクエスト攻略の助けとなる"グランドクエストの鍵"を実装いたしました。
グランドクエストの鍵。
それは、妖精王オベイロンから罰を受けて飛べなくなった妖精、通称"堕ちた妖精"のことです。
"堕ちた妖精"はこのALOの世界にたった一人しか存在せず、その妖精を連れて行けば、ガーディアン達が堕ちた妖精を排除すべく、ターゲットの大半がそちらに行きます。
そんな彼を連れて行けば攻略が楽になることは間違いないでしょう。
HPも設定されていないので死ぬことはありません!
ただのNPCとの見分け方は簡単。
HP表示のない白いカーソル。
そして、"堕ちた妖精"という名にふさわしい黒い容姿!
グランドクエストの鍵を捕まえて連れて行きましょう!』
これは明らかにレインのことを言っているのだろう。
他にも、敵であるはずのヴァンパイアに加勢して同種族を倒したということや、世界樹から逃げ出したことなども設定として書かれている。
これなら適当に突っ立っているだけでも誰かが世界樹まで連れて行ってくれるだろう。
「これってレインさんのことだよね・・・・?」
リーファが恐る恐るといった様子で聞いてくる。
それに対してレインは特に変わらない表情で返す。
「俺のことだろう。ただ、先にリーファのほうの問題をどうにかしよう」
正直なところ、この通知が来たからといってレインとしてはどうでもいいことだった。
どちらにしろシェルファを救うためには世界樹にいかなければいけないのだ。
「そうだな。ユイ、出口までのナビ頼めるか?」
「お任せください!」
ユイが可愛く敬礼して、キリトの胸ポケットに入った。
「レイン、全力で走るぞ」
「わかった」
「では、お手を拝借」
「え?」
リーファの手をキリトがきちんと握った瞬間、レインとキリトは全力で走った。
突然のことに驚いたリーファの叫び声が洞窟内で木霊する。
洞窟の道案内はキリトの胸ポケットに入っているユイがしているのでレインはキリトの後ろをついてはしった。
キリトに手を握られているだけのリーファは地面と並行して宙に浮いてしまっている。
もう少しまともな持ち方はなかったのか、とレインも思わざるを得ない。
そんなことを考えながら走り続けていると、突然リーファがレインの前に飛び込んできた。
「きゃぁああ!!」
「ん」
叫ぶリーファを何とか受け止めて横抱きにする。
ぞくに言うお姫様抱っこというものになるのだが、そういうことに対して大してどうも思わないレインはそのまま走る。
しかし、顔の整っているレインにお姫様抱っこをされているリーファは顔を赤くして、無言になってしまう。
急に叫ばなくなったリーファに首をかしげながらもレインは特に気にするでもなく、キリトの横に並んだ。
「悪い悪い」
「悪い悪い、じゃないわよ!あんなスピードで走り出したくせに手を滑らして離すなんて!」
騒ぎはするものの、暴れはしないリーファは暴れたら落ちてしまうことを理解しているのだろう。
どこかニナという女性に似ていて思わず微笑んでしまうが、キリトとリーファがそのことに気がつくことはなかった。
そして、二人がモンスターも無視して走り続けたおかげですぐに出口が見えた。
最初は眩しくてよく見えなかったが、近づくにつれて出口はすぐ向こうは崖になっているのか道が途切れていた。
「キリト」
「わかってる。そのまま飛ぶだけだ」
こいつは俺が飛べないの知らなかっただろうか、と思う暇もなく、すぐに出口から二人は飛び出し、空中に飛ぶ。
リーファとキリトは羽を出現さしてそのまま飛ぶが、飛べないレインは落下するしかない。
地面から二人を確認しながら走るしかないか、と思って着地体勢に入ったレインだったが、急に誰かに抱きとめられて上昇した。
「すまん、わすれてた」
レインの胴を抱え込んでいるキリトが笑いながら謝ってくる。
「走ってついてくだけだから別によかったがな。むしろ、男に抱かれてるのが屈辱的だ」
「急いでるんだから少しぐらい我慢しろ!」
「仕方ない。この距離ならリーファに聞かれることもないだろ。お前はなんでこの世界にいるんだ?」
密着している理由でもなければやってられないので、話を聞くためにこの体勢になっているということに無理矢理する。
一瞬、レインを抱くキリトの腕の力が強くなった。
人が空を飛び、幻想的な風景が広がっているにも関わらず、先程まで明るかったキリトの周りは色を失っていく。
「クリアした後、俺は現実世界で目を覚ましたんだけど、アスナは目を覚ましていない。そんなアスナがこの仮想世界にいるかもしれないんだ」
キリトの声は震えていた。
怖いのだろう。大切な人を失うことが。
レインはとくに考えることもなく口を開いていた。
「生きているなら、大丈夫だ。それに、お前が助けに行くんだろう?」
「でも、早く助けないとアスナは他のやつと結婚するんだ」
「それだけのことでお前達の気持ちは離れるのか?」
どこをみるでもなく、レインは独り言のように言う。
自分は変わらないと断言できる。フィーネへの気持ちは天地がひっくり返ろうと、世界が変わろうと、たとえ自分も死んだとしても絶対に変わることはない。
「離れたりしない」
しばらく黙っていたキリトはしっかりとした声で断言する。
キリトの周りの空気は色を取り戻していた。
「なら問題ないだろ」
「・・・・・・ありがとう」
ぼそりとつぶやくようにいうのは恥ずかしからなのだろう。
誤魔化すようにキリトは話題を無理やり変える。
「ところで、お前はなんでログアウトしてないんだ?お前が捕まってたところに仲間がきてお前を助けるなら普通転移じゃなくてログアウトだろ」
「よく分からん。GM権限というものがないとだめらしい。あいつらはお前がこの世界にいるのも、所在も目的もわかってる感じでな。俺の知り合いのところに転移させるからそいつについていけ、僕らと彼の目的は同じだろうからついていけば君もログアウトできるだろう。っていわれたんだ」
それが本当なのであれば、アスナは自分と同じようにオベイロンに囚われているのだろう。
キリトの言う、もしかしたら、ではなく、本当にこの仮想世界にアスナがいるということになる。
「あと、俺の変わりに捕まった女性を助けないといけない。だから、たとえ今すぐログアウトできるとしてもしないさ」
「いや、でもログアウトしなくてもお前の身体は大丈夫なのか?」
キリトの言葉でレインはすっと目を細める。
正直、ここまで長く仮想世界にいるとはおもってなかったので身体のことは一切考えていなかった。
今いる仮想世界に来てからどれぐらいたったのかはわからないが、アインクラッドの頃から計算すると仮想世界に入ってからすでに一年はたっているだろう。
一年間も寝たきりの身体がずっと同じ肉体のはずはなく、それ相応に衰えているだろう。
まあ、また鍛えなおせばいいだけのことだ。
いまさら少しもとの世界に帰るのが遅くなってもどうということでもない。
戻ったら同じだけ時間が進んでいるかもしれないし、向こうでは全然進んでいないかもしれないし、逆に何百年も進んでしまっている可能性だってある。
「生きてるなら問題ない」
そう、生きていればいいのだ。
どれだけ傷を受けようとこの世界はでは死なない。
ならむしろそれは――
「だからってこの世界でお前が傷付いていいってことにはならないからな」
キリトのそんな言葉にレインは一瞬、思考が停止する。
「俺にHPはあるけど、ここじゃ全損しても死なない。HPが全部無くなってもセーブ、ってわからないか。えっと途中で記録した場所に戻るだけなんだ。それに俺はお前と違って痛みだってない。だから、俺のことを変に守ろうとはするなよ」
自分を抱きかかえるキリトのほうを振り向くがキリトは前を向いていてあまり顔が見えない。
その後、レインはキリトからユイの説明を、リーファからはアルヴヘイムという世界について説明してもらったことで大体の把握すぐにできた。
それと同時に、そんな人が楽しむための世界の誰も知らないところで非人道的なことをしているオベイロンにレインは憤りを覚える。
たとえ現実世界でも非人道的な実験を許していいということにはならないが、それは結局その世界の一部でもある。
しかし、このアルヴヘイムはゲームとして、娯楽として作られている。中には非道な人間もいるかもしれないが、それはあくまでも遊びだ。
そんな仮想世界に現実世界の実験を、しかも明らかに許されない実験をしているということが、レインは許すことができない。
「パパ、前方に大集団のプレイヤー反応です!サラマンダーの強襲部隊だとおもわれます!さらにその向こうに十四人。こちらはシルフ及びケットシーの方々になるとおもいます。双方が接触するまで五十秒です」
AIというデータの中で生きているというユイの正確なナビゲーションにレインは関心しながらどうするべきか考える。
ここまでで聞いた話ではサラマンダーはグランドクエストである世界樹攻略を目指しているらしく、そのためにシルフとケットシーの領主を狙っている。
それを阻止するために自分たちが向かっているところだが、そこに自分が突入してよいものかと考える。
なにせ、オベイロンによって自分はグランドクエストの鍵にされてしまったのだ。
キリトとユイはレインのことをしっているのでNPCではないことを知っているが、他の人からすればただのNPCだ。
実際、リーファにもレインのことはオベイロンから罰を受け、飛べなくなってしまった堕ちた妖精、という設定のNPCだとおもわれている。
いろいろとややこしい事情もあり、急いでいることもあるので元々誤解を訂正する質でもないレインはそれを肯定をしているわけでも否定しているわけでもなく、誤解させたままにしている。
この世界を聞いたときに、世界樹にいたから地上のことを良く知らない、といってどうにか聞き出した。
キリトから聞いても良かったのだろうが、この世界のことはリーファのほうが良く知っているようで、キリトも一緒に聞いていたので、なんだかんだリーファに聞いてよかったのだろう。
リーファにいろいろ聞いたおかげで、グランドクエストの鍵というものに設定されてしまった自分はサラマンダーにとっては喉から手がほしくなるほどのアイテムだということもレインにもわかった。
そんな自分が三種族が集まりつつある場所に飛び込むとさらにややこしくなることのは目に見えている。
「キリト、いい案はあるか?」
「あるにはある。だけど・・・・・・」
ちらりとキリトが自分を見たのでレインはすぐに口を開いた。
「俺を使うなら使え、邪魔なら降ろせ。今は事体を収拾させることだけを考えろ」
レインが口早にそういうとキリトは少し悩んだ顔をした後、決意したように顔を前に向けた。
「俺があそこに猛スピードで突っ込んでどうにかする。お前はサラマンダーがどこかにいったら来てくれ」
「わかった。降ろすのはここから手を話すだけでいい。俺が高所からの着地ができるのはお前も知ってるだろう」
ぎゅっとキリトが自分を抱く力が強くなり、不安なのが伝わってきた。
「ユイ、レインに付いていって道案内を頼む」
「わかりました」
ユイは可愛く敬礼をするとキリトの胸ポケットからレインのマフラーの隙間に移った。
「リーファはシルフとケットシーへのフォローを頼む!」
「了解!」
四人は目線をあわすとうなずきあい、キリトはレインから手を離して今まで飛んでいたスピードとは桁違いの速さで飛んでいった。
それを落下しながら見ていたレインは、自分の不甲斐なさに眉間にしわを寄せる。
本当に、自分は無力だとおもってしまう。
「レイン、今は着地に専念してください」
そっと優しく、レインの頬に手を添えたユイが優しく声をかけてくる。
小さく頷いたレインは近づく地面に視線を変えた。
眼下には森が広がっていて真下も木が密集していて、枝でする傷ができるのは考えなくてもわかることだった。
この世界では現実とほとんど変わらないようにとオベイロンがレインの身体を設定している。
おかげで、といっていいのかわからないが、オベイロンの謎のこだわりのおかげでエクシードに似た何かを使えるようになっている。それもあって、ヴァンパイアの並々ならぬ筋力を持つシルヴィアとも戦えていたのだ。
魔法を使えればさらに喜べるのだが、それはさすがに使えるようにはしてくれなかった。
レインは枝を切るために剣を抜き、それと同時に着地に備えて足にエクシードを集中させる。
「ユイはマフラーの中で隠れていてくれ」
「はい」
レインはぐっと傾国の剣を空中で構える。
本来であれば、自分の中にある魔力を傾国の剣に流し込むのだが、この世界では構えるだけで発動してしまう見えない斬撃による遠隔攻撃を剣を思い切り振ることで地面に向かって放った。
ある程度地面に近づいてから放ったそれが地面に当たったと同時に轟音が鳴り響いて空気を揺らす。
地面に近づいたこともあって、レインはその衝撃をまともに受けるが、それがレインの狙いだった。
自分が作り、受けた衝撃によってレインの落下スピードは少しではあるが減少する。
今度は剣を構えることなく無造作に振り、ごうごうと立ち込める土煙をはらう。
クリアになった視界にはレインの斬撃によって倒れた木とそれのおかげで少しではあるがレインが着地するにが十分の開けた場所が入った。
一応ユイがいる辺りを優しく手で多い、レインは静かに着地をした。
両足に多少の衝撃を感じつつも久しぶりの地面にほっと胸をなでおろす。
自分で飛んでいないということもあるのだろうが、ずっと空を飛んでいるのはやはり落ち着かないのだ。
剣を鞘に収め、きょろきょろとあたりを見回しながら、アインクラッドのときから使っていてすでに感じ取ることに慣れた仮想世界では希薄な気配が周りに無いことを確認したレインは、マフラーの端をつかんで引っ張った。
「ユイ、出てきていいぞ」
声をかけたと同時にユイはレインのマフラーからするりと出て、ピクシーの姿からリーファの前ではさらすことの無い、アインクラッドではじめて出会ったときの白いワンピースを着た本来の姿のユイになった。
「いいのか?」
「はい。私も回りに注意を配っているので誰かが来たらわかります」
にっこりと微笑みながらユイはレインの左手をぎゅっと握った。
一瞬困惑したものの、レインは優しく微笑んで手を握り返した。
「頼もしいな」
ふふんと鼻を鳴らしながら胸を張るユイはとても可愛かった。
レインとユイは手をつないだままキリトたちのところにのんびりと歩きながら向かう。
その間に何度か敵に遭遇したが、レベルの無いこの世界ではレインのかすむようなスピードで振られる重たい剣で全て一撃でほふり、特に時間がかかることは無かった。
上空ではなにやらキリトがプレイヤーと戦っているらしく、剣と剣がぶつかり合う音が時たま聞こえる。
「レインは・・・・・・どうしてそんなにも強いんですか?」
ぼんやりと空を見上げていると、ユイが戸惑いながら聞いてきた。
それに対してどう答えるべきなのかレインが考えていると、ユイは話しにくそうに、しかしはっきりとした声で再び口を開いた。
「私は元々SAOではメンタルヘルスプログラムとして存在していました。今もその機能はほとんど変わりません。はじめてレインと会ったとき、あなたの感情に触れた私はあなたをひとりにしてはいけないと思ったんです」
その言葉をレインは静かに聞く。
「レインはなんでもないような顔をしていましたが、ずっと悲しみと後悔、そして自分への怒りであふれかえってました。それは今も変わってません。なのにあなたは人に優しくて強い意志をもっています」
今にも泣き出しそうなユイの頭をレインは自然となでていた。
そして、言葉も自然と口から出ていた。
「ユイが悲しむことじゃない。俺はこれでいいんだ」
「レインのことを知らない私にはあなたの心を癒すことはできませんが、せめて寄り添わせてもらえないでしょうか?」
悲しそうでいて、縋るようでいて、こちらのことを案じていて、そして暖かいユイの言葉と瞳に、レインは固まる。
自分だけが幸せになるのは間違っている。
一番最初に思ったのはそれだった。
次に思ったのはこれを断れば、彼女に、フィーネに似ている目の前の少女が悲しむということだった。
「君が・・・・・・ユイがしたいようにしたらいい。俺には返せることができないかもしれないけど」
そう言うことしかレインにはできなかった。
それでもユイは喜んでくれたらしく、満面の笑みを咲かせてレインの手をぎゅっと握った。
◆
飛ぶことを前提として作られているらしいこの世界で、飛べないというのはこれほどまでに面倒なのかと、崖をよじ登りながらレインはおもっていた。
もう少し段差でもあれば跳んでいけるのだが、ほぼ垂直になっている崖はさすがにそんなことはできない。
それが大変なのかといえば、別にそうでもないのだが、とにかく時間がかかって面倒なのだ。
「サラマンダーの方々が飛んでいきました」
あと少しというところでユイにキリトたちの情報をもらう。
キリトたちがいるであろう頂上はすでに目と鼻の先で、ここからならとレインは両手と両足に力をこめて飛び上がった。
ぎりぎりで届いた頂上の端をつかんだレインはぐっと腕に力をこめて体を持ち上げる。
這い上がって一息ついたレインは疲れた様子を見せることはなく、まだ自分が上ってきたことに気がついていないキリトたちのところに向かった。
キリトがなにやら集団の中心にいるせいもあり、怖気づいて待っているはずもないレインは堂々とその集団の中心に向かって足を進める。
その場にいた人たちは突然現れたレインに驚きながらもレインのかもし出す空気になにも言わないものの、ひそひそと話したりレインが何なのか探るような視線をレインに注ぐが、レインがそれを気にするわけがなく、堂々と足を進める。
モーゼが海をわったがごとく、自然と人がレインに道を開ける。
「キリト」
きゃいきゃいと女性二人に腕を組まれて楽しそうにしているキリトにレインは何の遠慮もせず声をかける。
勢いよくレインに向いたキリトは助かったと言わんばかりの安堵の表情をレインに向けて、二人の女性の腕からするりと抜ける。
「やっときたか」
「サラマンダーが飛んでってからそんなに時間かかってないとおもうぞ」
「こ、細かいことは気にするな。そんなことより、また飛んでいくけど――」
「キリト君」
キリトが無理やり話を変えようとしていたときに、女性のうちの一人がさえぎった。
緑色の服を来た女性は先ほどまでキリトで遊んでいたときのふざけた様子ではなく、真剣な表情でこちらを見据えている。
「えっと、何か?」
「それは鍵、であっているかい?」
それといいながら女性はレインを指差す。
NPCとしてこの世界では突き通すとキリトとの話で決まっているので、物扱いされたところでレインは大して気にすることはなかった。
事実として、レインの希薄な表情は人間のそれとはかけ離れていて下手をすると機械に近い。
なにやら答えにくそうなキリトに変わってレインが女性に返事をする。
「俺が鍵であっている。俺のような者があなたたちのような人の前に現れるのは申し訳ないとおもっていたんだが、キリトに用があったので姿を晒させてもらった」
「そんな言い方・・・・・・」
リーファがなにやら悲痛な表情だが、レインは女性と向き合った。
「もし、あなた方が俺を無理やり手に入れようとするなら俺は全力で抵抗する。俺はキリトと共に行動すると決めているからな」
静かにではあるが、しっかりとしたレインの言葉に女性は一度目を閉じて、次に開いたときには穏やかな表情をしていた。
「いや、申し訳ない。あまりにも突然君が現れたから驚いてしまったんだ。それ、だなんて言葉を使ってすまなかった」
「こちらも無礼をはたらいてしまって申し訳ない」
ぺこりとレインが頭を下げると、興味津々と言った様子で獣の耳としっぽの生えた女性がレインの顔を覗き込んでくる。
「この子が鍵ねぇ」
じっと見つめられるが、気にすることなくその目をレインは見つめ返す。
しばらくそうしていると、不意にぐっと腕を引っ張られた。
「す、すみません!俺たち急いでるんで!」
何事かと振り返ると、あわてた様子のキリトが視界に入る。
そんなキリトに反して、緑の服の女性がくすりと笑う。
「まあまあ、そんなにあわてなくていいよ。私たちは君に助けてもらった恩もあるからね」
「それに、サラマンダーの連中はどうかわからないけど、世界樹攻略にそこの鍵君を使うつもりはないよ」
そんな二人の言葉に、レインとキリトはきょとんとする。
二人のそんな様子に、今度は女性二人とリーファが笑う。
レインとキリトは一体なんなのかわからず、眉間にしわを寄せることしかできなかった。
「キリト君、その子はほんとに鍵なのかい?君の兄弟にしか見えないんだが」
笑いながら緑の女性が言った言葉にレインは盛大に顔をしかめて、キリトはげんなりとした。
リーファも同じ意見らしく、隣でこくこくとうなずいている。
気持ちを切り替えるためにレインは一度咳払いをしてから口を開いた。
「すまない、自己紹介がまだだったな。俺はレインだ。俺はともかく、キリトは普通のプレイヤーだから兄弟なんかじゃないぞ」
レインの様子に緑の女性と獣の耳の女性はなにやら驚いた様子を見せる。
「あまりにも見た目も似ていたものでな、すまなかった。私はシルフの領主、サクヤだ。隣にいるのはケットシー領主、アリーシャ・ルー。にしても、最近のNPCはほとんど人と変わらない受け答えをできるようになったんだな」
サクヤの言葉にピクリとキリトが反応する。
まあ、レインはNPCではないので人と変わらない受け答えができて当たり前だ。
しかし、レインはNPCと突き通すためにレインは無言を突き通す。
ちらりとキリトをみてみると、どう答えるか悩んでいるようであわあわとしている。
レインもNPCのやっぱりどこか人と違うというのは感じた事があったし、そこに住んでいるNPCは外の世界のことを認知した言動をしないというのも知っており、プレイヤーという言い方もしないだろう。
まあ、NPCじゃないとバレたところで詳しい話をしなければいいだけだと思っているレインはキリトのように慌てることは無い。
仕方ないという様子でレインは口を開いた。
「俺は高性能だからな」
無表情でそう言ったレインに誰も何もいえなかったのは言うまでもないだろう。
レイン漫画発売日ですね!!!!!
クソかっこよくてほんと、ほんと;;;;;;;;;;;;