ソードアート・オンライン~知られざる天才剣士~ 作:モフノリ
レインが一日攻略をしなかったせいか、七十五層のボス部屋を一番最初に見つけたのは血盟騎士団だった。
ボス戦に参加することのないレインは普段であれば、ボス攻略が終わるまではいろんな層にいって観光のようなことをしていたのだが、今日は血盟騎士団の本部に来ていた。
鉄の都といわれるだけの事はあって、他の層に比べると寒々しい空気が流れている。
レインがここに来たのは観光ではなく、ヒースクリフに呼び出されたからだった。
今まで面識もなければ、《知られざる天才剣士》という二つ名は有名になり始めているが、それが誰だというのはアルゴのおかげで出回っていなかったため、なぜヒースクリフがレインのことを知っていたのかは不思議だった。
しかし、アルゴの元にヒースクリフからレインと話がしたいというメッセージが届いたのだ。
レインとしても攻略を進めるつもりもなかったので断る必要もなく、こうして出向いているというわけだ。
血盟騎士団の本部の門に着いたレインは臆することなく、門番に声をかける。
「すまない。ヒースクリフに呼び出されたんだが」
きちんと話は通されていたようで、怪訝な顔をされつつもレインを通してくれた。
門番に案内されたとおりに階段を上っていき、ヒースクリフがいるらしい部屋の前に着く。
一瞬、いきなり扉を開けようとしたが、一応ノックしてから返事は待たずに扉を開ける。
システムによって扉は開かないかとおもったが、意外にも普通に扉は開いた。
「よく来てくれたね。レイン君」
扉の正面に座っている学者のような雰囲気をまとっているヒースクリフがそこにいた。
近くに行くでもなく、ドアから少し離れただけのレインは話を進める。
「で、俺をここに呼んだ理由はなんだ?」
アインクラッドにいる人であれば、ヒースクリフを前にするとどこか緊張してしまうのだが、レインはいつもと特に変わる様子はなかった。
「いきなり本題とは。すこし雑談もしたかったんだが」
苦笑したヒースクリフはすぐに真剣な面持ちになる。
「君をここに呼んだのは次のボス攻略に、君も参加してほしいとおもったのだよ。七十五層はクウォーターポイントといわれていてね。他の層に比べると強く設定されているんだ。そして偵察部隊を出したんだが・・・・・・」
「帰ってこなかったのか」
口ごもったヒースクリフの変わりにレインが言う。
「その通りだ。いつもよりも慎重に行ったのにもかかわらず、ということも付け足しておこう」
「で、なぜ俺を?」
「君のうわさは私も聞いているからね。今までボス戦にきたことがないとはいえ、君も迷宮区を攻略できるほどの実力者なのであれば参加してほしいとおもったのだよ」
微笑みながら言うヒースクリフをレインはいつもと変わらない表情で見た。
目の前の男は中身の読めない男なのは確かだ。
何を考えているのか、腹に持っているものがレインにもさっぱりわからない。
「俺はこの世界での連携があまりできない。そんなやつを連れて行くのは得策じゃないとおもうが」
「かまわんよ。君には一人で遊撃隊の役割をしてもらうつもりだ。どんなボスでどんな攻撃をしてくれるかわらんからね。短時間で、しかもソロで急激に力をつけた君ならできるだろう?」
できなくもない、というのがレインの率直な意見だった。
しかし、とレインが考えていると、ヒースクリフは思い出したように口を開いた。
「ちなみにだが、キリト君とアスナ君にも参加してもらう予定だ」
その言葉に、レインは眉をひそめる。
ヒースクリフは二人が来ることをレインが知れば参加するだろうというのをわかって今の情報を伝えたとおもわれる。
しかし、レインは元々《知られざる天才剣士》といわれるだけの事はあって、ほとんどの人に素性をしられていない。
素性を知らなければ交友関係すらも大して広まるとは思えない。
にもかかわらず、ヒースクリフはキリトとアスナが来ると言えば、レインも来るということをわかっている。
ヒースクリフの思惑にはまるのは癪に障るものの、キリトとアスナが来るのであれば、レインは行くしかないとおもった。
あの二人に、自分と同じ思いをさせたくないと、そうおもったからだ。
「わかった。今回のボス戦は参加させてもらう。ただ、俺は自由に動かせてもらうぞ」
「かまわんよ」
「なら俺は失礼する」
「待ちたまえ」
話は終わったとおもい、レインはすぐに踵を返そうとしたが、ヒースクリフはなぜかとめる。
特に用事のないレインだったが、いけ好かない人物と好き好んでいるタイプでも、相手のことを気にして内心を隠すタイプでもないので、盛大に顔をしかめた。
「そんなあからさまに嫌そうな顔をしないでくれないかね」
そこまで嫌そうな顔をされるとも思っていなかったヒースクリフは苦笑をしたが、すぐに真剣な面持ちに戻る。
むしろ、先ほどのボス戦うんぬんの話よりも真剣だった。
「さきほどのお願いは血盟騎士団団長としての話だったんだが、ここからは私個人からの質問だ。――君は一体誰なんだね?」
「それはどう意味かよくわからんな。俺も一プレイヤーでしかない」
堂々とそう答えたレインだったが、ヒースクリフはまるでレインを見定めるように目を細めた。
鋭い視線をレインは涼しい顔で受け流す。
「確かに君も一プレイヤーなのだろう。しかし、君は突然現れた。君のうわさが流れはじめてから一年もしないうちに最前線で戦えるほどの剣士になっている。そしてなにより、君の名前は《生命の碑》にない。私が直接確認しに行ったので間違いはない。さて、それを踏まえてもう一度君に問おう。君は一体誰なんだね?」
ヒースクリフのかもし出す雰囲気に本当のことを話すまでこいつはしつこいだろうということを理解したレインはため息をついて正直に話すことにした。
元々、キリトに口止めされているだけで、レインとしては隠す気はたいしてないのだ。
キリトやアルゴに怒られるかもしれないが、まあ知ったことではない。
「俺はこの仮想世界に途中から参加している異邦人、地球ではない世界から来た者だ。元の世界でも剣を振るって戦っていたというのもあって特に苦もなく進むことができている。《生命の碑》とやらのことはよくわからんがな」
レインの話を聞いている間、ヒースクリフは目を閉じていて、何を考えているのかはわからない。
しばらく、ヒースクリフは黙り込んでいたが、静かに目を開けた。
「なるほど」
つぶやいてからも、ヒースクリフはしばらく何かを考えているようだった。
瞳は少年のように輝いているような、大人が葛藤しているような揺らぎ方をしている。
その様子をうかがっていたが、最終的にはしずかな大人の目に戻った。
「アルゴ君やキリト君が君という存在を秘密にしていたということは本当のことなのだろうね。もちろん、このことは秘密にしておくので安心してくれたまえ」
「話はもう終わりか?」
「ああ。聞かせてくれてありがとう」
意外にもあっさりと理解を示したヒースクリフに疑念を抱きつつも、レインからは特に何も話すこともなく、その部屋から出た。
血盟騎士団の本部からレインが出る間、本部にいた団員たちはレインに忌避の視線をとばしてくる。
彼らも最前線で戦っている戦士たちで、レインを全く知らないというわけではない。
むしろ、《知られざる天才剣士》という二つ名は最前線で言われたはじめたものだ。
つまり、天才剣士とつけるほどにはレインの実力を認めているということになる。
実力を認めているからこその視線だった。
キリトと変わらないほどの実力を持ちながらも、ボス戦には参加しないレインにいい気持ちを持っているものは少ない。
しかし、レインはいつものように涼しい顔でその視線を受け流して、血盟騎士団の本部を後にした。
◆
「聖騎士様直々にお呼び出しされて何事かとおもったガ、レインがとうとうボス戦に参加カ」
KoBの本部を後にしたレインはいつものカフェでアルゴにヒースクリフからボス戦に参加してほしいということを言われたことと、それを承諾したことを話していた。
キリトとアスナの名前を出されたことや、異邦人だと言ったことは伝えてはいない。
「まあ、一人で自由にやってもいいと言われているから連携とかはしないけどな」
のんびりと紅茶を飲みながらレインはいつもと変わらない様子で話すが、アルゴは不安な気持ちになっていた。
一人で連携もなしに動き回るということは、危ないときに援護をしてもらえないことでもある。
遊撃であれば、隙を見てどうにかポーションを飲むことぐらいはできるだろう。
それでも、偵察すらできないボスに援護がないというのは、レインの実力を知っているアルゴでも不安は残る。
「死ぬ気はないから安心しろ」
まるでアルゴの不安を取り払ってくれるように優しい声でレインは告げた。
そんなにわかりやすい空気を出していただろうかとおもい、レインの顔をみたが、アルゴのほうを見ることすらしていなかった。
何も気にしていないような顔をして、他人のことをちゃんと気にかけていて優しくする彼に思わず微笑んでしまう。
にやにやとしているアルゴに気がついたレインは顔をしかめるがそれ以上特に何かを言うことはなかった。
そんなレインに少し安心する。
彼ならどうにか生き残るだろうと、漠然とアルゴは思った。
「レインがちゃんと帰ってきたらいい情報をタダでやるヨ」
「アルゴがタダで情報をくれるのならがんばるしかないな」
「帰ってこなかったら、キリトとデキてたって噂流しといてやるヨ」
「それはそれで面白いことになりそうだな。キリトが」
嫌がる様子のなかったレインに思わずアルゴは顔をしかめる。
「レインは嫌じゃないのかヨ」
「知り合いに変な目でみられたりするのは多少は嫌・・・・・・だな。ちゃんと帰ってくることにするよ」
レインはへらっと苦笑する。
彼にしては今日は感情が表に出ているな、と思いながらアルゴはしばらくレインとの会話を楽しんだ。
◆
七十五層のボス部屋の扉の前に一人の黒衣の戦士が佇んでいた。
いわずもがなそれはレインで、他のボス戦に参加する人たちよりも先にこの場に来ていた。
集合時間と場所を教えられたが、一人で先に来ていた。もちろん、先に行くことはヒースクリフに伝えているので、問題はないだろう。
今、この扉をくぐり、今までにない強敵だといわれているボスに単身で挑むのもレインとしては捨てがたかった。
それでも、行動にうつさないのは物足りなくなってしまってきている身体のことを考えているからだった。
現実世界では、剣の技術に合わせて筋力や自身の速さも上がっていったし、鍛えることもできた。
しかし、この世界では現実世界での自分を再現しているだけで、それ以上の成長はさせていない。
この剣の世界で剣の技術は上げることができても、現実世界で成長するはずの肉体に関しては何も手をつけることができなかったのだ。
そのため、技術だけ上がり、それについていけない身体に不満を持っていた。
ステ振りをすれば技術についていける身体にできるが、現実世界のことを考えてそれはすることができなかった。
現実世界の身体と仮想世界の身体を合わせることをどうするか考えるために、剣を万全な状態にしてから七十四層のボスに挑むつもりだったのだが、結局それどころではなくなってしまったので保留になってしまっている。
現実世界なら深く考えずに戦っていただろうが、仮想世界だとHPという命の器がある。
たとえ、自分が戦える状態でもHPがなくなってしまうと死んでしまう。
ヒースクリフの真剣さ、アルゴの心配の仕方、そしてキリトとアスナがやってくるということもふまえると、単身でいくのは得策ではないとレインは判断した。
レインが一人で先にここに来たことに関しては深い理由はとくになく、ただ単に他の人たちと関わりあうことを避けただことだった。
しばらく待っていると、青い回廊がボス部屋の前に現れた。
そこから続々とボス戦に参加するらしい人たちがでてくる。
最後に出てきたキリトとアスナをみて、レインは二人の元に近づいていった。
こちらに気がついた二人はレインが参加するとは聞いていなかったのか、少し驚いた様子を見せた。
「お前も参加するのか」
「ヒースクリフに頼まれてな。戦には参加したことがあるし、邪魔にはならんようにするさ」
戦とはいえ相手は人間だったし、多対多だったということもあって、多対一というボス戦とは勝手が違うだろうが、何か経験をしていることを言っておいたほうが多少は安心してくれるだろうと思っての発言だった。
そんなレインの言葉にキリトとアスナは顔を引きつらせたが、レインはなぜ二人がそんな反応をしたのかわからなかった。
「そういえば、ユイはどうなったんだ?」
ふと思い出したレインが聞くと、二人はやさしく微笑んだ。
「ユイは今この世界にいないけど、必ず俺がまたユイと会えるようにするよ」
よくわからないことを言われ、レインは眉間にしわを寄せる。
その様子のレインにくすりとキリトは笑う。
「ボス戦がおわったら詳しいこと話してやるよ。だから生き残れよ」
「この俺が負けるわけないだろ」
不敵に笑うレインとキリトは互いの拳をぶつけあった。
「そういえば、俺が帰らなかったら、アルゴが俺とキリトがデキてたって話を広めるそうだぞ」
「はぁ!?」
「えっ、キリト君・・・・・・?」
嘘でしかないのだが、レインが真剣な――いつもと変わらない無表情で言い、アスナはキリトから一歩はなれた。
もちろん、アスナも嘘だとわかって行動している。
「ちょっと、アスナ?! おい、レイン!」
あまりのことにてんぱっているキリトは、レインに嘘だといってもらうために助けを求めようとするが、
「クラインもきてたのか」
「おうよ! レインには期待してるぜ」
すでにクラインとの雑談を始めてしまっていた。
その様子にキリトは呆然とすることしかできない。
そんなキリトにクラインが気がつく。
「ところでキリトのやつ、何かたまってんだ?」
「ああ、俺とキリトがデキてたって話を広めることを伝えたらあわてだしてな」
「えっ」
いろいろとはぶいて説明をするレイン――もちろんわかっていやっている――のせいで新たな誤解が生まれた瞬間だった。
「待て待て!嘘だからな!嘘だからなクライン!」
「いや、まあ二人の仲が異様に良いとは思ってたけどよぉ・・・・・・大丈夫だ。たとえキリトが同性愛者でも俺達はこれからもダチだからな!」
「違うって!頼むから話を聞いてくれ!」
アスナとは違いクラインは本気だったりするあたり、彼の良さがにじみ出ている。
そこにエギルが寄ってきて、アスナがことのいきさつを丁寧に説明してくれたのはキリトにとって唯一の救いだろう。
そんな緊張感のくそもない会話のおかげで、ボス戦に挑む全員がまとっていた張り詰めていた空気は消え去っていた。
「皆、準備はいいかな?今回はボスの情報がない。基本的には血盟騎士団が前衛で攻撃を食い止めるので、各々柔軟に対応してほしい」
ヒースクリフの言葉で全員が気を引き締める。
ほどほどの緊張感に包まれ、これから戦いだという空気に変わる。
今まで戦ってきた彼らの切り替えは早かった。
「では――行こうか」
ボス部屋の大扉が重々しく開かれ、全員が慎重に中に入っていく。
最後にレインが入ると扉は強制的に閉められ、ここにいる全員が死ぬか、ボスを倒すまで開くことはなくなった。
レイン以外の全員は中央に向かって歩を進めるが、レインは扉の前から動くことはなかった。
いきなり単身で動くわけもなく、他のメンバーの動きを見てから自分も参戦しようと思っているからの行動だった。
いまだに現れないボスにも警戒しつつ、レインはルインソーサリーをだらりとぶら下げてそのときをまつ。
「上よ!」
アスナが叫ぶと同時に全員の視線が上に行く。
それはレインも例外ではなく、上を見上げる。
天井にはとてつもなくでかい、足の多い骸が張り付いていた。
それを見てもレインの表情に恐れが現れることはない。ただ冷静にそれを見上げているだけだった。
敵を注視したことでアイコンと《The Skullreaper》という名前が表示される。
人間でもない骸骨の目に赤い光がこちらを見る。
その視線がキリト達のいるところに向くとスカルリーパーは天井から足を離して彼らの真上に落下する。
「固まるな!距離をとれ!」
突然のことと、巨大で凶悪な姿をしているそれに固まっている全員にヒースクリフの声が響き、我に返った彼らは壁に向かって走り出す。
それとすれ違うようにレインは走り出した。
「レイン?!」
それに気がついたキリトは振り返りながら叫ぶ。
気にすることなくレインはスカルリーパーの両手についている鎌を駆け抜けながらも避け、スカルリーパーの眼前に飛び上がる。
後ろで誰かが死んだようでパーティクルがはじける音が聞こえるが、かまっていることはできない。
身体を捻りながらありったけの力をこめて、頭蓋骨めがけて斬撃を食らわせる。
硬い石に剣を叩きつけるような衝撃が走る。
下手をすると剣が折れてしまうのが直感でわかった。強化はされているおかげと、レインの強さのおかげで最前線でもまだ使うことができているが、レインの大してあげていない筋力パラメータにあわせているので、耐久値はそれほど高くないのだ。
頭に一度着地したレインは、背骨を滑り降りてスカルリーパーの背後に降り立つ。
それと同時に、レインの背後で激しい衝撃音が響いた。
音のするほうをちらりとみると、ヒースクリフが巨大な鎌を盾で受け止めているところだった。
しかし、鎌を受け止めているせいでがら空きのヒースクリフの横を狙ってもう片手の鎌を振りかぶる。
さすがに今の位置から助けに行くことはできないが、キリトが鎌とヒースクリフの間に滑り込み、二振りの剣をクロスさせてどうにか受け止めた。おされ気味のキリトをアスナが助けに入るのを見て、レインは自分のするべきことに集中する。
「大鎌は俺たちが受け止める!皆は側面から攻撃してくれ!」
キリトの声に、それまで固まっていた人たちが動き出す。
レインももう一度敵の弱点であろうの関節を狙うために飛び上がろうとしたが、視界の端で尾の先についている槍状の骨のきらりと光った。
それも敵の武器であると気がついたレインは他の人に向かって振られているそれに向かって駆け出す。
「ふんっ!」
狙われていた人と槍の間に滑り込んだレインは、剣で受け止めはじき返す。
キリト達が受けている大鎌よりも軽いおかげで何とか対処することができた。
突然のことで止まっている後ろの人物にレインは声をかける。
「固まっている暇があるなら動け!お前もこの世界で戦う一人の戦士だろ!」
叫ぶように言い放ったレインはすぐに他のところに向かって振り下ろされようとしている槍に向かって駆け出す。
敵の攻撃を味方にあたらないように受け止めるために縦横無尽に駆け回るレインの動きは人間離れしていたが、それを見る暇は他の人にはなかった。
そして、それが起こってしまったのは幾度の槍をはじき返して耐久値が削られていたさなかだった。
人が密集しているところに振り下ろされようとしている尾の先の槍をはじくには彼らの上空を飛びながらはじく方法以外ないと判断したレインはスカルリーパーの足を駆け上がって背中にのぼり、槍に向かって飛び掛った。
地面に足をつけて踏ん張るということができないのでレインは剣を振る力だけではじくしかなく、力いっぱい剣をスカルリーパーにぶつける。
槍をはじくことに成功はしたが、ルインソーサリーがパーティクルとなって消失してしまったのだ。
レインは眉間にしわを寄せる程度で終わらせ、地面に足がついたと同時にスカルリーパーから距離を取る。
スカルリーパーから目を離すことなく、心のそこから傾国の剣を欲した。
傾国の剣であれば壊れることはないと、何でも切り伏せれると、思わざるを得なかった。
そのとき、ふわりとレインの右手に青い光がまとう。
気がついたレインはしばらく考えた後、やけくそのように叫んだ。
「お前の主は俺だろう!俺のところに来い!」
次の瞬間、よりいっそう青く光ったレインの右手には多数の羽虫が出すようなブゥゥゥンという音を発し、刀身には青いオーラをまとっている魔剣――傾国の剣が現れた。
現実世界の傾国の剣にくらべると、刀身が薄く透けているが、レインはそれを見て微笑を浮かべると、スカルリーパーへと駆け出し、尾を切らんとばかりに根元に斬りかかった。
そこには、本来の姿の知られざる天才剣士があった。
それからどれ程の時間がたったのだろうか。
久しぶりに傾国の剣を握ったレインとしては短いような、しかし長いような時間だった。
しかし、終わりというものはくるもので、それは突然で、しかしようやくといったところでスカルリーパーのHPはゼロになり、青いパーティクルになって消失した。
高鳴ってる鼓動を落ち着かせると同時に右手の傾国の剣は消えた。
いまだ残る戦いによる高揚感と傾国の剣とルインソーサリーを失った虚無感の間をレインはさまよいながら立っていた。
周りの様子を伺ってみると、自分のほかに立っているのはヒースクリフだけで、他の全員は疲れて座り込んでいた。
キリトとアスナも無事のようで二人は背中を合わせて座り込んでいる。
キリトの視線がヒースクリフに注がれているが、レインの頭は消滅してしまったルインソーサリーの代わりをどうするか考えていた。
筋力値をあげてより良い剣をもてるようにするかと考えていると、キリトが突然ヒースクリフに向かって駆け出して剣を振り下ろした。
何事かと思ったが、ヒースクリフの前に《Immortal object》という紫色の文字が表示される。
あれは基本的に壊せないものに表示されるはずのもので、人に現れるものではない。
「システム的不死・・・・・・どういうことですか、団長」
アスナが問いかける。
キリトがヒースクリフがこのデスゲームを作り上げた茅場晶彦だと正体を看破している間、なるほど、とレインは納得していた。
最強と称されるものに今まで挑んできていたはずのレインがヒースクリフに興味をなくしてしまった原因である、キリトとヒースクリフの決闘で、レインはヒースクリフが何か不正を行ったことをわかっていた。
それまでのヒースクリフの動きを見て、明らかに彼の動きではない動きでキリトの攻撃を盾で受けていたからだ。
不正が何によるものなのかはわからなかったのと、システムについてよくわかっていないレインは深く考えることもなく、ただ、不正をするやつに興味はない程度にしか思っていなかったのだ。
レインは成り行きを傍観する間も会話はすすむ。
逆上した血盟騎士団がヒースクリフに襲い掛かったが、途中で動きを止める。
何事かと思ったが、突然レインの身体も動かなくなりその場に倒れこむ。
首をどうにか動かして周りを見てみると、キリトとヒースクリフの二人以外はレインと同じように倒れこんでいた。
「どうするつもりだ。ここで全員殺して隠蔽でもするのか?」
アスナを抱えながらキリトはヒースクリフをにらみつけた。
それに対してヒースクリフは飄々とした様子で答える。
「麻痺状態になってもらっただけだ。だが、こうなってしまっては致し方ない。途中で放り出すようで不本意ではあるが予定を早めて私は最上階の《紅玉宮》で君らを待つ。だが、その前に・・・・・・」
ふわりと微笑みながらもヒースクリフは言葉を続ける。
「君には私の正体を看破した報酬として私と一対一で戦う権利を与えよう。無論、私の不死属性は解除してだ。オーバーアシストも使わない、正真正銘の決闘。私を倒せば、その時点でゲームはクリア、全プレイヤーがログアウトされる。これが、君に与える報酬だ」
レインはただ静かに成り行きを見守る。
周りからキリトをとめる声が聞こえるが、レインはただキリトを見ていた。
ちらりとこちらを見たキリトと視線が合う。
目が合った瞬間は瞳が揺らいでいたが、一回目を閉じて開いたキリトの瞳は何かを決断した瞳に変わっていた。
お前なら大丈夫だ、とレインは小さくうなずく。
「いいだろう。決着をつけよう」
つぶやくように言い放ったキリトは抱きかかえていたアスナを優しく地面に寝かす。
「駄目だよ!キリト君!」
今にもなきそうなアスナにキリトはやさしく微笑んだ。
「ごめん。ここで逃げるわけにはいかないんだ」
「死ぬつもりはないんだよね?」
「もちろんだ。必ず勝つよ。勝ってこの世界を終わらせる」
「信じてるよ」
キリトは立ち上がってヒースクリフと向き合い、背中の鞘に収めていた二振りの剣をすらりと抜いて構える。
「やめろ!キリト!」
レインの視界の外でクラインが叫ぶ。
そんなクラインに対してキリトは声をかけて何か謝っている。その次にエギルにも何かしら声をかけていた。
その後にレインをちらりと見やる。
しかし、何か声をかけるわけでもなく、ただレインを見たキリトはぐっと力強く剣を握りなおしてヒースクリフに向きなおした。
「悪いがひとつだけ頼みがある」
「何だね?」
「簡単に負けるつもりはないが、一日だけでいい。アスナを自殺できないようにしてくれ」
「よかろう。彼女はセルムブルグから出られないように設定しておこう」
その言葉を聞いたアスナが叫んで止める。
レインはその様子のアスナを見て絶対にキリトを死なせてはいけないと思った。
キリトがヒースクリフに負けるかはヒースクリフの本当の実力を知らないレインにはわからないが、もしもという場合がある。
しかし、動け、と念じても麻痺状態になっている身体が動くことはない。
そうこうしている間にもデュエルの準備が整ったようで、二人の間にカウントダウンの数字が表示される。
今までにないほどに緊張に包まれる。
キリトなら大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせるように思いながらレインは目を離すことなく二人を見る。
「殺すっ!」
数字がゼロになったと同時にキリトは地面を蹴った。
一瞬でヒースクリフとの距離はなくなり、キリトの右手の剣の横薙ぎをヒースクリフが盾で防いでからふたりの攻防が始まった。
久しぶりに見た、人同士の本気の殺し合いをレインはただ見つめる。
剣と剣、剣と盾がぶつかり合い、火花を散らしながら二人の世界はどんどん加速する。
それを見ていたレインの視界の端で何かが動いた。
その何かがアスナだと気がついたとき、レインは背中につめたいものを感じた。
彼女もレイン同様からだが動かないはずなのに、どうにか立とうと必死に身体を動かしている。
キリトがソードスキルを発動したタイミングでアスナは立ち上がり、キリトに向かって駆け出した。
完全に身体の自由が戻ったわけはないようで、動きはゆっくりではあるが、着実にキリトに近づく。
だめだと、動けと、レインは全身に力をこめる。
ヒースクリフは涼しい顔でキリトのソードスキルをすべて受け止めている。あのままではソードスキルが終わったあとの硬直時間の間にキリトはヒースクリフの攻撃を受けて死んでしまう。
それではだめだと。二人に自分と同じ思いをさせてはいけないと、レインは強く思う。
キリトのソードスキルが終わり、硬直時間に入った隙を狙うためにヒースクリフは剣を振り上げた。
「さらばだ、キリト君」
しかし、ヒースクリフが剣を振り下ろす前にヒースクリフとキリトの間にアスナが滑り込んだ。
それを見たレインは、何かを考える間もなく、全力で駆け出していた。
動かなかった身体が嘘のように一瞬でアスナとキリトのところにたどり着いたレインはかばうようにヒースクリフに背を向けて自分の身体で剣を受け止めた。
仮想世界のおかげで痛みを感じることはないが背中に剣を切りつけられた不快感を感じる。
「レイン・・・・・?」
突然飛び出してきたアスナを受け止めたキリトが驚愕の目でレインを見つめる。
「まさか、解けないはずの麻痺状態で動くものが二人もいるとは」
そんな呟きが後ろから聞こえるが、レインは二人を守れたと安堵していた。
自分の視界が赤くなり、キリトの泣きそうな表情を見て自分のHPがなくなったことを悟る。
そして、レインはキリトとアスナに微笑みかけ、
――レインは青く輝く光の粒になってその場から消失した。
レインが消えた場所を、キリトはアスナを抱えながら呆然と見ていた。
いつも仏頂面で、不敵に笑うことしかなく、この世界で誰よりも強く死なないと思っていた人物が、キリトとアスナに向かって今までにないほどやさしく微笑みかけ、この世界から消えた。
彼は絶対に死ぬことがないと思えるほどの強さを持っていたおかげで、キリトは安心して彼と一緒にいることができた。
黒猫団を失ったキリトはレインの底知れぬ強さに救われていたのだ。
「キリト君」
放心していたキリトに向かってアスナは声をかける。
彼女はキリトにとってレインが心の支えになっていたことを知っている。
「キリト君、戦わないと」
やさしくキリトの手に触れ、力強く光る瞳を向ける。
うなずきあった二人は、ヒースクリフに向かって剣を構えた。
その様子にヒースクリフは目を細めて微笑む。
「なかなか面白い展開だ。受けてとう」
キリトとアスナはアイコンタクトをするわけでもなく、同時に動き出した。
スカルリーパーの大鎌を二人で受け止めていたときのように、言葉を交わさなくても意思疎通ができる感覚が再びやってくる。
今までにないほどに連携の取れた白と黒の剣舞がヒースクリフを襲う。
ヒースクリフはまるでそのことを喜ぶかのようにキリトとアスナを笑顔で相手取り、最後はキリトとアスナの同時に繰り出された斬撃を身体に受け、満足したように笑みを浮かべる。
「見事だった」
そして、ヒースクリフもパーティクルとなって消失した。
「終わったのか・・・・・・?」
消えたヒースクリフが本当に死に、ゲームがクリアされたのか不安に思っていると、デスゲームが開始されたとき以来鳴っていない鐘の音が鳴り響いた。
クライン達の麻痺も解けたのか全員が立ち上がり、呆然と空の見えない天井を見上げる。
「ゲームはクリアされました」
世界に無機質なアナウンスが流れ始めた。
◆
レインは気がつくと空にいた。
地面を感じてたっているので透明な足場がそこにはあるのだろう。
周りの様子を伺うと、空に浮かぶ城のようなものが崩れて落ちている様子が見えた。
「あの世界は、君にとって異世界だったかね?」
突然聞こえた声のほうを見るとそこには坂崎という研究者が着ていた白衣と同じものをまとった男が立っていた。
「自己紹介はまだだったね。この姿は君は知らないだろうが、私はヒースクリフだ。そしてあの世界を作った茅場晶彦という異世界を夢見た一人の男でもある」
レインはもう一度崩れ落ちている世界、アインクラッドを見てから口を開いた。
「俺にとってアインクラッドもひとつの異世界だったよ。すべてが仮想でそこには存在しないものなのかもしれないが、人はそこで生きて、戦士として育っていた」
レインの言葉を聞いた茅場晶彦は目を閉じて、その言葉を噛み締めているようだった。
「そうか。それだけを聞ければ満足だ」
「ところで、キリト達はどうなった?」
レインがそう聞くとふわりと茅場晶彦は微笑む。
「君は自分の生死よりも、キリト君たちの安否の心配をするんだな。安心したまえ。彼らはこの私を破ってあの世界を終わらせたよ。そして、君も死んではいない。時期に目が覚めるだろう」
そうか、とだけ崩れゆくアインクラッドを見ながらレインは返した。
「では、私はキリト君とアスナ君のところに言ってくるよ。さらばだ異世界の戦士、レイン君」
レインがもう一度茅場晶彦がいた所をみたが、すでにそこに彼はいなかった。
一人になったレインはぼんやりと崩れゆく一つの世界を見続けた。
世界が全てそこからなくなり、レインも光に包まれ、この世界から姿を消した。
さて、今回、最終話となります。
SAOのセリフをはしょりまくったり
すごい勢いで話を進めてしまった感が否めないですね!!
まあ、そのあたりはSAOの原作を知っている方は脳内変換をしていただき、
SAOの原作を知らない方は原作を読んでください。
そして、レインの原作読んでおられない方は読んできたいただければと。
クソほど誤字とか脱字とか多いうえに
ぐだぐだと長く描写するところもあれば
クソほど飛ばして書くところもあったのにもかかわらず、
ここまで読んでくださった方
感想をくださった方
評価をくださった方
お気に入りと登録をしてくださった方
ほんっっっっっっとうにありがとうございます!!!
感謝感激です!
意外にも大して減ることのなかった閲覧数や
なぜか伸びている4話や6話などにまじで驚きました
特に4話とか原作には関係シーンですし、戦闘の描写とかもあったりしたので
3話の閲覧数超えたときは嬉しかったです!
スライディング土下座不可避です
本当にありがとうございます;;;;;;;;;;
さて、キリトもアスナもレインも現実に無事帰還を果たしましたね(棒)
アインクラッド編メインのお話はこれで終わりになりますが、
少しだけ馬鹿みたいな話を番外編の感覚でぽいぽいできればなとおもっています
いつになるかわかりませんがね!!!
本当に今までありがとうございました!
後日談?なにそれおいしいの?