ソードアート・オンライン~知られざる天才剣士~   作:モフノリ

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過去の記憶

 アルゲードで目立つ黒い剣士が一人、ベンチに座って黙々となにやらパンの様なものを食べている。

 ちなみに、先程までは見た目は焼き鳥だが、おそらく鳥ではないなにかの串焼きを食べていた。

 ここ最近、彼の座っているベンチは彼の特等席で、昼頃にどこからか現れた彼は食料を調達して現在のように黙々と食べ続けている。

 人目を気にすることなく食べるその剣士は座っていても分かるほど足が長く、精悍な顔立ちにとくに表情が伺えないのも相まって大人びて見える。

 しかし、黙々と食べ物にがっつく様や、食べ物に付いていたのであろうなにかのタレが口元には付いていて、子供っぽさが伺える。

 そんな彼がアインクラッドでは数少ないイケメンだと言うのは、彼を眺めている女性の多さで分かることだろう。

 アルゲードに住んでいる人たちの中ではすでに有名人となっている彼は迷宮区でも出没しているらしい。

 しかし、ボス戦には現れず、交流も少ないせいで巷では《知られざる天才剣士》と呼ばれていた。

 もちろん、今も黙々と食べ続けている彼はそんなことを知らない。

 そこに、彼に小走りで近づく小さな影が一つ。

 

「レインさん!」

 

 ぴょこぴょこという擬音がぴったりの走り方でやって来た少女の横を小さな竜が飛んでいる。

 

「ん?シリカか。」

 

 先程まで美味しいと思って食べてるのか分からないほど無表情で食べていた知られざる天才剣士、レインがふわりと微笑む。

 

「キュルルー」

 

「ああ、ピナもこんにちわ」

 

 レインはベンチの隅によって、シリカが座る場所をあける。

 開いた場所にシリカはちょこんと座り、ピナはレインの膝の上に乗った。

 そんな光景は、カップルというよりも兄妹に見えるのは二人の間に流れる空気が色恋など関係の無いものだからだろう。

 シリカは、最前線から離れているキリトに頼まれてレインの様子を見に来ている。

 キリトの周りで色んなことが起こりすぎたのが原因だといえるだろう。

 七十四層であったことはレインもその場にいたので知っている。

 その後に一悶着あったらしく、ヒースクリフという人物とキリトがデュエルをすることになり、SAOの中で最強だと言われるヒースクリフに興味があったレインは二人のデュエルも見に行った。

 その後からレインはヒースクリフに興味をなくしている。

 結果的にはキリトが負けて血盟騎士団に入ることになってしまったが、あまりレインには関係の無いことだと事件が起きた日もいつものようにソロで攻略をしていた。

 普段なら数日帰らないのだが、珍しく一日で主街区に戻ってきたレインの元にキリトから結婚したという報告としばらく前線から離れるというメッセージが届いた。

 その理由を知ったのはそのメッセージが届いた次の日だった。

 あの時に、二十一人の犯罪者を殺した時に全員殺しておけばと、今もクズを殺すことをしておけばと、思った。

 しかし、この世界で人を殺すと親しい人は怖がるどころか近づいてきた。

 そして悲しい顔をする。

 だから、できるだけしないようにしてきた。

 そしてこれからも人を殺せば悲しい顔をする人がいる。

 考えたレインは早くこの世界を終わらせるために動き出した。

 本来戦いに身を投じるはずのなかった人たちがこれ以上悲しまないようにと。

 そうして無茶なレインの攻略のが始まったのだが、どこからかそれを知ったキリトがレインを知っている人たちに声をかけているという経緯になる。

 女の子のお願いには弱いということを把握しているキリトはシリカに頼んで、せめて毎日食事は取らせるようにとしてほしいと頼んだ。

 結局は仮想世界。食べなくても生きていけるという理由で基本的に食事をレインは抜いている。

 食べる暇があればレベリング。

 それがレインの日常だ。

 たまに食事に行けば、大量に食べ、また食事を抜く。

 が、アルゴの情報でここ最近はその大量に食べることすら頻度が減ったというのだ。

 そこで、シリカが料理スキルを上げるために料理を作るからレインに試食をしてもらう、という形でどうにか食べてもらっている。

 その結果、いまの兄妹が仲良くしている光景や《知られざる天才剣士》の二つ名が生まれたのだが、仕方がないだろう。

 そんなことを知らないレインはいつものようにシリカから貰ったお菓子を美味しいと言って食べる。

 

「レインさんはこのあとどうするんですか?」

 

「今日はストレージがいっぱいになってきたからエギルのところに行くつもりだ」

 

 ピナにもお菓子をおすそ分けしながらレインは淡々と言う。

 レインさんは何しても絵になるなぁ、とぼんやりとシリカは思いながら、荒んでいないレインとしばらく世間話を楽しんだ。

 

 

 

 

 最近の日課である、シリカの手作りお菓子の試食を終わらせたレインはエギルのところにやって来ていた。

 素材を捨てて歩いていたところをリズベットに怒られて以来、こうして売りに来るようなっているレインはこの世界に馴染んできているのだろう。

 

「らっしゃい。おっ、最近頻繁に来るようになったな」

 

 ドアを開けると、気さくに話しかけてくるスキンヘッドのその人物は、元の世界でもいそうな人だとレインは思っているのもあって、不思議な感覚になる。

 おそらく、傾国の剣の在り処を教えてくれた騎士に空気が似ているからだろう。

 

「最近は街に一回帰ってきてるからな」

 

「相変わらず、自分の寝泊まりする場所とか持ってないのか?金には困ってないだろ」

 

 トレードをしながら二人の会話は弾む。

 

「まあ、別に困ってもないが基本的に安全地帯で仮眠とる程度だからな」

 

「仮眠って。仮想世界だからってちゃんと寝ないとやってけんぞ?」

 

「死なないようにはしてる」

 

 店の中にある椅子に座り、エギルの鑑定が終わるのを待っているとメッセージが届いた。

 差出人はキリトということもあり、眉間にしわをよせながらも開いてみる。

 

「ん?」

 

 そこには不思議な事が書いてあり、もう一度読み返した。

 

『すまん。もしよかったら俺たちが住んでいる二十二層のログハウスまで来てくれないか?もしかしたらお前と同じ異邦人かもしれない子を保護したんだ』

 

 同じ異邦人という言葉に首を傾げる。

 レインが実際にやって来たのは地球という世界だ。

 この仮想世界に異邦人がやって来るとは思えない。

 

「どうかしたのか?」

 

 突然無言になったレインにエギルが声をかける。

 鑑定も終わったようで、トレードウィンドウも閉じられていた。

 

「キリトに呼びだしされた」

 

 たとえ同じ異邦人だとしても、だからどうしたというのがレインの率直な意見だ。

 地球で出会った異邦人たちは皆違う世界から来ていた。

 仮想世界に異邦人が来るとは思えないし、ましてや同じ世界から来ているとも思えない。

 なぜ自分が行かなければいけないのだろうか。

 

「行ってこればいいんじゃないか?いい気分転換になるだろ」

 

「気分転換?」

 

「攻略するのもいいが、たまにはこの世界を楽しめってことだよ。キリトとアスナが前線から離れてるし、お前が頑張ってくれてるおかげで攻略のほうも順調らしいじゃねぇか。お前がちょっと休んだぐらいじゃ誰もおこらねぇさ」

 

 顔に似合わないウィンクをされて思わずしかめっ面になる。

 

「でもな、俺が行ったところで邪魔にしかならないだろう」

 

「じゃあ、こいつをあいつらに届けてくれないか?あいつら、さっさと今の家に行っちまったからな。結婚祝いってやつだ。俺は店から離れられないし。頼む」

 

 にやりと笑うエギルはどうしても行かせたいというのが伝わってきた。

 

「・・・わかった」

 

 ため息混じりに承諾したレインはアイテムを受け取り、のんびりとした歩調でエギルの店を出た。

 

 

 

 

 二十二層にやってきた時、レインは故郷を思い出していた。

 木こりが多かったレインの故郷の村はミュールゲニアの北端にあり、そんな小さな村に傭兵の父親と優しい母親と共にレインは住んでいた。

 そんな故郷に似ている主街区である村をでて、キリト達が住んでいるという家に向かう。

 森の中を抜ければ小さな家があったらな、なんてがらにもなくぼんやりと思ったレインの目の前に、思い出した家とは規模も違えば造りも違うログハウスが見えてきた。

 それでも、さらに思い出してしまう。

 思い出さなかった日などないが、いつもよりも鮮明にあの雨の日を思い出す。

 自分が戦士になると、誰よりも強くなると誓った日を思い出す。

 しかし、今から行くのは血に濡れてしまった小さな家ではなく、この世界で戦いを続け、ぼろぼろになってしまった二人の憩いの場所だ。

 首を左右にふって気持ちを切り替えたレインはドアをノックする。

 

「どうぞ」

 

 中からキリトの声がきこえたので遠慮なくレインはドアを開けた。

 

「しつれいする」

 

 一応一言告げてからドアを開けると、小さな女の子が出迎えに来てくれた。

 

「いらっしゃい、レイン」

 

 にこにこと可愛らしく笑ってレインを出迎えたその少女は

 

「フィーネ」

 

 レインが愛した少女に似ていた。

 フィーネではないとすぐに自分自身で否定する。

 それでも、森の中の小屋から出てきた目の前の少女が彼女と被る。

 彼女ではないとわかっていても、ただ呆然と少女を見ることしかできなかった。

 呆然としているレインを不思議そうな表情で見ながら、少女はレインに近づいてくる。

 無意識にしゃがんだレインはフィーネよりも間違いなく幼い少女と目の高さが一緒になる。

 

「大丈夫?」

 

 少女の小さな手がレインの頬に触れた瞬間、自分が涙を流していたことにレインは気がついた。

 気がついたからと言って止められる理由でもなく、むしろレインは感情を溢れ出させることしかできなくなった。

 なにも気にせずその少女を力強く、優しく抱きしめる。

 

「ごめん。弱くてごめん」

 

 せめて嗚咽は漏らしたくないという思いだけで、涙を流すだけでとどめる。

 力いっぱい抱きしめているからもしかしたら痛いかもしれないとか、こんな情けない姿をみて呆れられているかもしれないとか考えたが、それでもレインは少女を離すことができなかった。

 不意に頭を撫でられる。

 

「大丈夫だよ」

 

 その一言でレインはさらに溢れ出す涙を隠すために少女の肩に顔を埋めた。




賛否両論激しいであろう今回の話になる予感です

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