ソードアート・オンライン~知られざる天才剣士~   作:モフノリ

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二刀流

「スイッチ!」

 

「ん」

 

 先程までは自分とキリトがコンビを組んでいたはずなんだけどな、とアスナはぼんやりと思いながら目の前で戦闘を繰り広げている戦闘狂の二人を見ていた。

 一人のPKKによってラフコフは壊滅した。

 その一件の後に犯罪者ギルドがPKKに襲われるようになりはじめ、襲われたレッドプレイヤーは容赦なく殺され、オレンジプレーヤーで戦意を失った人は牢獄送りだが、そうじゃなかった人はこの世界からだけではなく、現実世界からも消えてしまう結果になるという。

 謎のPKKの出現と、人を殺すということに躊躇がないその人物の噂は一気に広がり、犯罪は著しく減った。

 そんな彼を英雄扱いするものもいれば、躊躇なく人を殺せるということで畏怖の感情を持っている人も少なくはない。

 アスナとしても、もう少しやり方があるだろうと思っている。

 そんな噂のPKKが目の前で槍を振るっているレインという少年らしい。

 キリトのように全身真っ黒の服を纏っている。

 背が高くて精悍な顔立ちをしており、この世界では数少ないかっこいい男性の分類に入るのは間違いないだろう。

 アスナはそんな彼に少しだけ昔の自分を重ねていた。

 攻略の鬼と言われていたときの自分にどこか似ていると思ってしまう。

 レインに対するキリトの態度を見れば、仲がいいのはよく分かる。

 二人は否定したが見た目だけではなく、互いに互いの強さを信頼して戦っている二人は本当に兄弟に見える。

 

「スイッチ」

 

「はあ?!今?!」

 

 本来では大きな隙を作ってするはずのスイッチをほとんど隙とは言えないようなものでレインはキリトに要求した。

 レインはまだ敵の至近距離にいる。

 今の状態では下手をするとレインにキリトの剣があたってしまうのは誰が見ても明らかだった。

 あわててアスナが声を上げようとしたが、キリトは文句を言いつつも突っ込む。

 まるでレインがそこにいないかのようにキリトはバーチカルアークを繰り出した。

 V字に敵を切るその技の軌道にはレインがいる。

 あれではあたってしまうとアスナの血の気が引いたが、レインがそれをわかっていないわけもなく、敵の頭をつかんだかとおもうと敵の頭上に飛び上がった。

 たしかに、そこだったらキリトが繰り出しているソードスキルには当たらないだろうが、そんな無茶苦茶なことをしようとする人はいないだろう。

 いや、そもそもそんな動きができる人がいない。

 キリトのソードスキルも見事に当たり、ごっそりと敵のHPを削ったが、あとほんの少しだけゲージが残る。

 まるでそれがわかっていたかのようにレインが上空で身体を捻って槍を突き刺し、敵のHPを全損させた。

 KoBの人たちの中にもランスを使っている人がいるが、これほど鮮やかに使っている人はアスナも見たことがなかった。

 しかも、聞くところによればレインが普段使っているのは片手剣だという。

 そして今日は普段使っている武器を強化してもらっているから槍の練習をしているという。

 なのに、今まで使っていたかのように槍を誰よりも使いこなしている。

 敵が消滅したときの青いパーティクルの中で着地のために態勢を整えているレインをただ見ることしかできなかった。

 

「アスナさん」

 

 先ほどキリトのことを頼まれたときのようにアスナはクラインに声をかけられる。

 

「あいつは平気で人を殺すし、今みたいに無茶苦茶な戦いかたしたり、基本的に冷めてるやつですけど・・・・・・ほんとはただのお人好しで優しいやつで大人びて見えてますけどキリトと変わらないぐらいの子供なんですよ。だから、普通にしてやってください」

 

 困ったように笑いながらそういうクラインはまるで二人のお兄さんのような人だとおもった。

 そして、ずっとレインどこか疑わしくみているアスナにも気付いていた勘の鋭い人でもあった。

 それに気がついたからこそ、今の話をアスナにしてきたのだろう。

 

「わかりました」

 

 アスナは笑ってそういうことしかできなかった。

 地面に着地したレインは剣を背中の鞘に収めるキリトをじろりと見る

 

「わざと俺に当たるようにしただろ」

 

 何も知らない戦闘狂の二人はいつもの言い合いを始める。

 

「無茶なスイッチ要求したお返しだ」

 

 にやりといたずらが成功した子供のように笑うキリトとそれに対して言い返すことはないが眉間にしわを寄せるレイン。

 それはやはり兄弟のようだった。

 レインとキリトに前衛を頼んだほうがいいということで二人を先頭に迷宮を進んでいる。

 おかげでアスナも風林火山のメンバーも特に労することなかった。

 

「そろそろボス部屋のところまで来たんだけどなぁ」

 

 モンスターのポップも落ち着き、マップデータを確認していたキリトがつぶやく。

 

「もう転移結晶でも使って帰ったんじゃないか?」

 

「だといいんだけど」

 

「俺らも帰ろ――」

 

「うわああああああああ!!」

 

 クラインが言葉をいい終わるか終わらないかのあたりで叫び声が響いた。

 間違いなくボス部屋の方からだった。

 それに早く反応したレインとキリトが駆け出す。

 慌ててアスナと風林火山のメンバー達も二人のあとを追った。

 攻略組でも敏捷パラメータの高いキリトとアスナの二人と、敏捷パラメータを大して上げてはいないものの、元から人間離れした速さを有しているレインの三人はクライン達を置いて先に進む。

 ボス部屋まであと少しという所で、視界にモンスター二体が現れる。

 

「俺が対処する」

 

 それだけ言ったレインは、更にスピードを上げて二体のモンスターのタゲを取るために、槍を振るう。

 タゲがレインに向いたと同時にキリトとアスナはレインとモンスターを飛び越え、止まることなくボス部屋に向かった。

 

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 追いついてきたクライン達にもキリトとアスナの援護に行かせたレインは、普段使っていない槍だったということもあり、モンスターの処理に手間取っていた。

 レベルは日々の迷宮区潜りのおかげでかなり上がっているのだが、練習だけのつもりだったために、ドロップしてたまたま持っていた対して強くもない槍を使っている。

 朝から使っているということもあって槍の使い方は慣れてきているのだが、攻撃力がかなり低くなかなかHPを削り切れないのだ。

 ボス部屋まであと少しの場所ではあるが、この先を曲がったところにあるため、あちらがどうなっているのかはわからない。

 太めの槍を振り回し、柄の部分でトカゲのモンスターの後頭部を強打する。

 間髪いれずに槍を回して穂先を首に突き刺した。

 そこでようやく一体目のゲージがなくなり、青いパーティクルを撒き散らして消失する。

 まだ一体残っているのでレインの動きは止まらない。

 槍を持っている腕を思い切り引いてレインの後ろから襲いかかってくるもう一匹の腹に石突を穿ち、振り返りながら押し込む。

 レインから無理やり遠くに押しやられたトカゲにレインは自ら近づき、くの字に折れているトカゲの懐に素早く入ったレインはトカゲの顎目掛けて掌打を食らわせる。

 レインの筋力パラメータと腕の振り上げる速さになす術もなく、トカゲのモンスターは打ち上げられた。

 まだHPゲージがまだ残っているのを確認したレインはまだ飛んでいるトカゲめがけて跳んだ。

 トカゲの横まで跳びあがったレインは身体を回転させて敵を蹴り落とし、止めに上空から地面に蹴り落とされたトカゲの心臓めがけて槍を突き刺した。

 少しオーバーキル気味だったか二体目のトカゲを仕留めたレインは一息付くこともなく、再びボス部屋に向かって駆け出した。

 

「だめぇええええ!!」

 

 アスナの叫び声が響く。

 レインは出せる限りのスピードでボス部屋に向かう。

 

 ボス部屋の前にたどり着いて見たのは、倒れている軍と呼ばれていた人たちを助けているクライン達。

 それから倒れているアスナとそれを助けているキリトだった。

 ドクンとレインの心臓が脈を打つ。

 血が飛び散った小屋とその床に倒れる少女。そして、無様にも生き残ってしまった少年が泣いている姿が思い浮かんだ。

 

「あの時とは違う」

 

 レインは意識することなく小さくつぶやく。

 息を吐いて身体から一度力を抜いた。

 そしてすぐに全身に力をいれて、キリトの前に立つ悪魔に向かって飛び出した。

 今日二度目になるがグリームアイズとの対峙しても、いつもと同じく恐怖心はない。

 キリト達の横を駆け抜けたレインはグリームアイズに槍を突き刺す。

 

「キリト!こいつは俺が引きつける!その間にどうにかしろ!」

 

 レインはそれだけ叫び、グリームアイズに集中する。

 こんなことなら強化を待って、ルインソーサリーを持ってくればよかったと後悔する。

 今もっている槍だとゲージがさっきのトカゲ以上になかなか減らない。

 そして、耐久値も先ほど強引に使ったせいで最後まで持つ自信はなかった。

 柄の部分まで金属製であれば可能性があったが、残念なことに木製でできている。

 さすがのレインも武器が壊れたあと、体術だけで目の前の悪魔に勝てる自信はなかった。

 振り下ろされた大剣をレインは強引に槍で受け流す。

 大剣が地面に突き刺さり受け流すことができたが、今度はレインに向かって拳が飛んでくる。

 でかい図体のくせに俊敏に動く悪魔に舌を巻きながらも、反応できたレインは槍の耐久値のことも考えて左手を握り、あらん限りの力で飛んできた拳に向かって自分の拳をぶつけた。

 ぶつかり合った瞬間、強い衝撃が全身に走るが、何とか受けきる。

 互いに押し合う拳にあらん限りの力をこめつつも、ちらりと自分のHPゲージを確認すると三分の一ものHPが削られていた。

 じわじわと押され始め、急に力をこめてきた悪魔の力にレインは反応することができなかった。

 

「ぐっ」

 

 突き合わせていた左腕は根元から弾け飛び、レインはそのまま殴り飛ばされた。

 空中で何とか体勢を整え、槍を地面に突き刺して跳ぶ勢いをころすことでどうにか着地する。

 左腕を失ってもレインは戦意を失うことはなく、地面を蹴って悪魔に向かって槍を振るう。

 自分以外にタゲがいかないように、全員が逃げれる隙を作るために、目の前で誰も殺させないために、レインはただ悪魔と対峙した。

 

「レイン!あと十秒持ちこたえてくれ!」

 

 キリトの声が聞こえたレインは息を吐いて集中しなおす。

 右腕だけでは力が足りないので足も使って槍で振り回し、悪魔にダメージを与える。

 全神経を研ぎ澄ませた。

 

「スイッチ!」

 

 その合図が聞こえた瞬間、大きな隙を作るために、振り下ろされた大剣に対して槍の耐久値のことも気にせず、全力で槍をぶつけた。

 大剣と槍がぶつかった衝撃で大気は揺れ、レインの槍は青いパーティクルになって消滅した。

 レインは無理やり後ろに飛び退き、キリトとすれ違う。

 背中に二本の剣を背負ったキリトをみて、きっと大丈夫だろうと、安心した。

 無理な体勢でグリームアイズから離れたせいでまともな受身もとれないままレインは地面を転がった。

 痛みがないのと、腕が千切れていてもHPは残っているおかげで死ぬかもしれないとおもうことはなかったが、どうにも動く気にはなれなかった。

 それでも無様な格好を晒すのもがらじゃないとおもい、倦怠感を押し殺して立ち上がり、二本の剣を振るうキリトを見る。

 レインはキリトの二刀流を初めてみるわけではない。

 夜中にレベリングをしていたときにたまたま二刀流を練習しているキリトに遭遇したことがある。

 何かアドバイスとかないかと聞かれたときに、同じく二刀流だった女性を思い出していろいろ言ったのだが、それからというもの頻繁にアドバイスを求めてきたり、デュエルを申し込まれたりしたのだ。

 ゆえに、キリトの二刀流の強さはレインは身にしみて知っている。

 しかし、今のキリトは今までになく速かった。

 ソードスキルによるエフェクトで軌跡が幾重にもかさなる。

 まるで魔剣のオーラが残す軌跡のようなそれを見たレインはただ、現実世界の愛剣である傾国の剣を思い出していた。

 そのとき、ふわりとレインの右手に青いオーラがまとったのを、キリトの猛攻を見ていたレインは気付くことはなかった。

 

 

 

 それからどれぐらいの時間がたったのかわからなかった。

 体感時間は長かったが、キリトのソードスキルが終わるまでの時間は十六連撃とはいえ、それほど長い時間ではない。

 ただ、気がついたときにはグリームアイズは青いパーティクルと成り果てていた。

 倒れるキリトにアスナが駆け寄る。

 一瞬キリトも消えるのかとおもったが、疲れて倒れただけのようで一息つく。

 

「お疲れ」

 

 クラインから放り投げられたポーションを受け取り、そこでようやく自分のHPがレッドゾーンに入っていることに気がついた。

 特に何を言うでもなく、レインはポーションを一気に飲み干した。

 失った左腕も現実世界なら戻らないだろうが、仮想世界であるここでは違う。

 数分すれば戻るはずだ。

 

「にしてもお前、ボス相手に肉弾戦し始めるってどんな根性だよ」

 

「それ以外に方法がなかったんだから仕方ないだろ。それに現実と違って腕が吹き飛ぼうが死なないしな」

 

「だからって、身体を雑に扱っていいわけじゃねぇからな?」

 

 わりと強めにレインの頭を小突いたクラインは意識を取り戻したキリトのところに向かった。

 むすっとした表情で小突かれた頭をかいたレインは、転移結晶を取り出す。

 キリトの二刀流にみんなが興味津々でレインには誰も注意が向いていない。

 一人静かにボス部屋から出たレインは、こんなことの原因になった根源のもとに向かうために、転移結晶を掲げる。

 

「転移、はじまりの街」

 

 その日の午後、軍の横暴を知った片腕の知られざる天才剣士がはじまりの街で大暴れしたのは、キリトの二刀流のニュースの影に隠れてしまったせいで、ほとんどの人に知られることはなかった。

 




最終話が一万文字超えてきてて
やべぇなぁって思ってる今日この頃。

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