アイ・ライク・トブ【完結】   作:takaMe234

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転3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をしているのですか、番外席次」

「お手紙読んでるの。あの人からの」

 

宝物を収めた神殿を守る少女に、漆黒聖典の隊長は声をかける。

彼女の前のテーブルには何本かの本が散乱し、愛用のルビクキューブが転がっている。

 

更に箸を数十本束ねたものを輪っかに通し、倒れないように立ててあるものがあった。

隊長は思い出した。あれはかの領主が宴で考案した余興だという。

輪を落とさない様順番に箸を引き抜いていき、最後の三本まで残せたら勝ち。

シンプルだが緊張感とバランス感覚がものをいうゲームである。

これまでの交流で贈られたおもちゃの中の最新作のようだ。

 

「ああ、【領主様】からですか。そういえば今年の使節がバレイショから戻ったばかりでしたね」

「そうよ。だからお手紙読んでるの」

 

数枚の手紙を、少女はゆっくりと読んでいる。

やや、固い感じの文字がチラリと見えたが隊長は覗き込まないでおいた。

彼女の怒りに触れたら後が怖い。馬の小便怖い。

 

「ふぅ……あの人が実体持ってて、私と子供を作れたら良かったのに」

 

読み終えた手紙を封筒に戻すと、彼女はゆっくりと一本の箸を輪の中から引き抜く。

他の箸を動かさずに抜けた事に満足げに頷くと、少女は横目で隊長を見やりながら囁くように言った。

 

「その前に私を叩きのめして貰ってからだけどね?」

 

非常に物騒な物言いに、隊長は内心で深々と嘆息した。

ある意味、領主……アイダホが実体を持たずに幸運だと思った。

法国の切り札中の切り札の暴挙により、漸く現れた神と敵対化してしまう。

そんな悪夢が発生しなかったことに、隊長は六大神に感謝を捧げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「参ったな」

 

コテージの中、応接間でアイダホ・オイーモはぼやいていた。

目の前にはスレイン法国の使者が持ってきた羊皮紙製の書類が数枚並べてある。

テーブルの大皿には山盛りになった揚げジャガと、瓶に入った乳白色と赤い調味料が並べてある。

その二色の調味料を無造作に揚げジャガに振りかけた後、アイダホはスティック状のソレを暗がりに放り込んだ。

咀嚼して、流し込む。今日もカリッ、ホクホクとしている。

乳白色のマイルドな卵黄の甘さ、赤色の酸味もいい。

鍾乳洞で発見された岩塩はアーコロジーで生成された無毒な精製塩よりもまろやかな味わいだ。

程よい岩塩の塩味が効いて美味いがなんで味覚があるのか分からない。

 

歯ごたえはあるのだが、どこに歯が生えてるのだろうか。

流し込んだブツがどこに行くのかも分からない。このボディには臓器など無い筈だ。

完全分解されているのか、排泄物が出た事は一度もない。

だが、美味いからいいじゃないかとアイダホは開き直っている。

つくづくこのエレメンタルボディは謎構造である。

 

(やっぱり、無理があったかねぇ。国が三つも近くにあって何時までも干渉が無い訳がないんだよな)

 

書類の内容はアイダホにとって頭の痛い案件だった。

即ち、王国と帝国がトブの大森林のど真ん中に位置する街とそれを支配する存在に気付いたからだ。

今までは集落の小ささと大森林の危険性が存在を隠ぺいしていた。

法国がアイダホを認識してからは、頼まれずとも彼らがその存在の隠ぺいに一役買っていた。

 

(しかし、それでも勘づかれた。人が増えすぎたからだな)

 

人口の調整には気を付けていたつもりだった。

段々と増えてきてからは少数に抑えていたつもりだった。

しかし、ほかならぬアイダホが過保護だったのかもしれない。

安全な居住区と豊富な食料を彼らに与えた。

ドライアド達の回復魔法などを借りて重傷者や病人が出てもすぐに癒した。

そう、与え過ぎた。

住民は安定した環境と豊富な食料と衛生環境により増えに増えてしまった。

結婚に適年齢の世代が増えるのが目に見えた為、子供の孤児を多めに招き入れた事も原因だ。

バレイショが町のサイズになり、住居が高層集合住宅になり、ゴブリンを駆逐して新しい人間の居住地を作らねばならない位に人間は増えた。

長期的に見て杜撰なアイダホの入植計画が見事に破たんした結果とも言える。

最近は集落……既に町のサイズにまで拡大したバレイショから法国への出稼ぎを多く受け入れて貰ってすらいる。

ある程度領主の存在を受け入れている法国の方が、王国や帝国よりも面倒を起こさずに金稼ぎが出来るからだ。

無論、これらがアイダホに対する無言の恩になり、カッツェ平野の大掃討などの【法国からのお願い】を受けざるを得ない状況になってきている。

スレイン法国からすれば、アイダホを遠回しに懐柔する手立ての一つになっているのだろう。

相手の思惑が分かるからこそ苦々しい。

 

かと言って余剰の人口を間引くという発想は、ひとでなしである異形種な筈のアイダホにはなぜか思いつかなかった。

思いつかなかった時点で、それこそどこかの牧場経営が趣味な階層守護者の様に『家畜として管理』出来なかった時点で。

トブの大森林における【隠ぺいを前提とした】アイダホの人間社会運営は破綻していたのだ。

 

(これ以上人が増えた場合、外に流すか、森を開くか)

 

トブの大森林における人間が住む場所はあまり余地がない。

開墾して森を切り開けば居住地は増やせるのだが、領主たるアイダホがそれを望んでないのだ。

やり過ぎればこの大森林も人間の消費に耐え切れず荒地と化してしまう。

人間が大森林を食いつぶせるのかこの世界の人間では想像し辛いだろうが、アイダホはそれが出来ると思えてしまっている。

そうなれば残るのは荒野と汚染と飢えた人間だけだとアイダホは考えている。

あんな終わった世界を見て来たからこそ、開発のやり過ぎは人間にとってすら毒だと考えていた。

 

(中が無理なら、森の外周に街を作るかだ)

 

ツリー・ウェイと名付けられた森の街道と森の中心に存在する森林の町バレイショ。

街道沿いに木こりの集落や宿場がポツリポツリと点在しているが、あくまで森林地帯との調和を重視している。

バハルス帝国の帝都アーウィンタールと向き合う位置にオーレ・アイーダと呼ばれる小さな集落が出来、今はそこを中心に開拓している。

スレイン法国の使者もここに滞在してからツリー・ウェイを通過し、バレイショに到着してアイダホに会いに行くのが通例である。

 

(もっとも、そうしたら人目についてしまう)

 

そして、そこまで拡大してしまえば帝国か王国がその存在を認知しない訳がない。

事実、オーレ・アイーダを発見したのは帝国魔法省の魔法使い達だった。

その発見が口伝いに流れ流れて王国の冒険者や間者に伝わり、帝国だけでなく王国もトブの大森林の領主の存在を認識するに至ったのだ。

最後の揚げジャガを口に入れた後で、アイダホは書類を手にする。

羊皮紙に菜種油がべっとりと付着するが気にはしない。

 

(別に、問題は無い筈なんだ。この大森林はどの国の領土にもなってないんだから。前人未踏の地に俺が国作ってても問題は無いんだ)

 

元々トブの大森林はどの国も領有してない。

広大過ぎて、危険過ぎて、維持する国力も足りないからだ。

王国側ではエ・ランテルが森の傍に存在するが領地化はされておらず、大規模な調査すらも行われてない。

東側の端を帝国が所領を主張し、帝国魔法省が一部利用しているが殆ど管理してないといえるだろう。

アゼルリシア山脈のフロストドラゴンが大昔にその領有を主張した事もあり、例のドラゴンもそんな事を言っていた。

 

領主たるアイダホとすれば竜王の主張は「うるせぇ塵屑がwww」としか言いようがない。

 

アイダホの返事は《ブレードネット/刃の網》で拘束してからのやまいこさん直伝のビンタとウルベルト直伝のヤクザキックの嵐であり。

ジワジワとHPを九割八分削られたフロストドラゴンの王は弱肉強食の理に従い、強者であるアイダホに二度と姿を現さない事を誓わされた上で山脈に逃げ帰っていった。

 

「次来たら、お前らの一族どころか、霜の竜の種族纏めて鏖殺だからな?」

 

というアイダホの警告を背中で聞きながら。

アレぐらいやれば、リターンマッチなど考えないだろう。

もし、そんな事を考えて来たら今度こそ二度と企めないようにしてやるつもりだ。物理的に。

 

 

 

 

 

とまれ、ドラゴンの件は既に片付いている。

問題はリ・エスティーゼ王国とバハルス帝国である。

使者の届けた情報に、各国の動きが載せられていた。

 

王国側は脅威度を試す為か冒険者達にトブの大森林への調査を奨励しているようだ。

更に何とかバレイショに辿り着いて王国領へ編入しようと画策しているらしい。

王家としては確認程度のつもりらしいが、実施する大森林近くの領地持ちの貴族は自領へ編入を目論むつもりのようだ。

これで調査結果が出て安全だと判断されたら、トブの大森林の西側を王国領土へと取り込もうとするかもしれない。

アイダホが呆れる位に、露骨にトブの森へ手を伸ばそうとしている。

 

帝国も同じように偵察隊を各地に派遣したり、隊商を装った間者が建設中のオーレ・アイーダに商売を名目に出入りしている。

こちらはあくまで触り程度であり王国程貪欲でも露骨でもない。法国の分析では、国内の改革の方を優先しているからのようだ。

だから当面は王国を遠ざけるのがメインとなるが、彼らの欲深さには自分が俗物である事に自覚的なアイダホも少し呆れていた。

 

(別に、連中が恐れてたものが排除された訳じゃないのにな?)

 

確かにグと言われたトロールとその群れは石像と化し、老獪なナーガは森から去って久しい。

だからと言ってトブの大森林が容易な森に変わったと思ったら大間違いだ。

以前から森への侵入が増えているのを確認していたアイダホは、防衛線を策定し防御戦力の配置を終えていたのだから。

 

ツリー・ウェイや各人間が住まう居住地を除けば、雑多な野獣や亜種達が徘徊しているのは変わらず。

居住地と森との境界線には【迷子っち】と呼ばれる卵状のアイテムを敷設してある。

これらはLv30までの低レベルの相手であれば幻覚によって来た道を引き返させられるという代物だ。

サイズが極小でありガチャの外れアイテムとして袋詰め単位で放置されていた屑アイテムの一つ。

しかし、カンストキャラとそれに相応出来るモンスターが跋扈するユグドラシルでは、小指の先ほども使えなかった屑アイテムもこの世界であれば価値が発生する。

脅威度が三分の一程度なら大概の侵入者はひっかかって引き返す羽目になるだろう。

サイズがピンボールサイズなのも発見率を下げている。

 

迷いの森を抜けても更に奥に入れば防衛の要であるlv50のミスリルゴーレムが複数防衛線を張っていた。

これらはアイダホが所持していたものではない。

八欲王の出城と思しき小規模な拠点で未稼働状態のものを発見。

それをるし★ふぁー謹製の羽ペンを形状としたマジックアイテム《コマンドゴーレム/ゴーレム操作》で己の所有としたのだ。

ゴーレム使いや人形師のバフやパッシブスキルの補正はないが、それでも基礎Lv50であればこの世界では余裕で一国を滅ぼせる脅威を誇る。

他にも巡回タイプのLv35のアイアンゴーレムが十数体存在し、重要拠点の間をうろついて監視を行っている。

敢えて死なない程度に【逃げたら追うな】と設定しておいたのは、ゴーレムの脅威を知らしめる為である。

これで【迷子っちライン】を突破してきた冒険者連中が居たとしても追い払えるだろう。

 

 

(るし★ふぁーの奴。名前を反転して書かないと自動的に敵対化されるとか、やっぱりアイツ頭おかしいわ)

 

というか、こんな仕様にしたら自分が使う時に大変ではなかろうか。

もし、自分の分だけ普通の仕様だったら、最後に別れる前に一発凹っておくべきだったと思う。

 

 

こうして王国や帝国からトブの大森林を守る手立ては着実に築き上げられていた。

しかし、同時にアイダホはその状況が迂遠であるが第三者の手によって望まれた事であるのにも気づいている。

こうしてトブの大森林を支配する隠されたプレイヤーが、王国と帝国の前に姿を現すのを。

 

「法国の連中め……姑息な」

 

アイダホには何となくその先が見えた。

連中はアイダホに歴史の表舞台に出てきて欲しいのだろう。

最善であれば法国の神の座について欲しいのだろうが、それはアイダホに嫌がられている。

ならば、別の国家という形でも人類存続の為に、人類側の勢力として台頭して欲しいという事かもしれない。

 

(新しいプレイヤーによる国家でも作れというのか。糞がっ!!)

 

あいつらがこうなる事を予見してた事については腹は立った。

しかも、こうしてどうしようも無くなってから気づいたので悔しさも倍増だ。

 

(……………だが、あいつらだけが原因じゃない。こうなったのは、俺の甘さが原因でもある)

 

そう、こうなってしまったのはアイダホの自業自得でもある。

手慰みの人間の集落を維持するのであれば、もっと徹底すべきだったのだ。

それこそ、間引きすらも厭わない、生かさず殺さずを完璧に行うべきだった。

彼らの生活を抑制すべきだった。何故、甘やかしてしまったのだろうか。

 

 

 

 

 

「……………なぜ、だろうな」

 

ふと、アイダホは数日前の事を思いだした。

数日前、バレイショ町に住むとある老婆が老衰で死去した。

子供と孫、最近生まれた曾孫に看取られて安らかにこの世を去った。

 

そういえば、彼女は最初期にこの地に連れて来た者達だと思い立ったので最後を看取ってあげた。

 

最初に見た時は倉庫の中で震えていた少女は、皺くちゃの老婆になって町の施療院のベッドで寝かされていた。

 

「アイダホ様……ありがとうございました」

 

老婆は本心からの感謝を込めて、最後に自分の名前を呼んだ。

アイダホは、その言葉を聞いてなんだか無性に気持ちが落ち着かなくなった。

周りで老婆の死を嘆いている者達は涙を流していた。

しかし、アイダホはダークエレメントであるが故にどうしたらいいか分からなかった。

その後、遺族に看取ってくれた事を感謝されたが殆ど内容を覚えてない。

 

(何故、あの子を老婆になれるまで生かしてしまったのだろうか。そんな町を作ってしまったんだろう)

 

こんな人類に優しくない時代である。

老人になれるまで生き延びられるのは幸運であり、その前に病気や戦乱で死んだり果てには棄民されるのも珍しくない。

その事を考えれば、自分が作り出した社会はこの上なく恵まれている。

 

何故、とアイダホは思った。

自分はこんな社会を作り出してしまったんだろうと。

 

【助けて……】

 

少女だった頃の老婆の声が聞こえる。

 

【神様、助けて……】

 

違う、俺は神様なんかじゃない。

法国の連中みたいな事を言うな。

 

「……やめろ!」

 

アイダホは立ち上がると、コテージがある倉庫の一階から出て空へと飛びあがった。

三階建ての家屋が軒を連ねるバレイショの街並みが見える。

まだ夕食時であったが為、全ての窓に明かりがともっていた。

 

アイダホが育てた町。

同時に、望まぬ重みになってしまった存在。

 

「……でも、結局は。これは俺が作ったものだ」

 

バレイショから発した、新しい人類の国は少しずつそのすそ野を広げている。

トブの中央の隠れ里から発した、アイダホに救われた人々の歩みが。

いや、人々だけではない。ハムスケも、リザードマン達も歩んできたのだ。

 

「……壊せるのか?」

 

自分が集めた人々の生活。

自分がヒントを与え、彼らが努力し軌道に乗せたリザードマン達の養殖業。

自分がいない間、領主の名代としてトブの森全体の治安を守る家来であるハムスケ。

彼らを、自分の都合だけで【リセット】出来るものなのか?

 

「壊せるものか……今更」

 

アイダホのつぶやきは、トブの大森林を駆け抜けた風に乗って消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








アイダホさん、法国の超迂遠な策に乗せられグぬぬ
力はあっても受動的なその姿勢と戦略的視線の無さが思いっきり災いしました
所詮中身は一般人だし仕方ないね、助けてデミえもん!



4/25  葡萄味さん、誤字報告ありがとうございました。
    該当部は修正済みとなります。



4/26  蜂蜜梅さん、誤字報告ありがとうございました。
    該当部は修正済みとなります。


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