きっかけは、竜王国での異変からだった。
周期的に発生するビーストマンの攻勢において、奇妙な現象が発生していた。
それは連中の攻勢が終了した後に、彼らの拠点となっていた都市や町での虐殺行為である。
ビーストマンが占領した街の人間を殺戮する。これはわかる。
だが、既に占領した街でビーストマンの軍勢が殺戮されている。
それも、人類戦力が届かない後方で。これは訳がわからない。
そんな現象が度々判明した結果、法国は大儀式による偵察をもってその謎を究明する事にした。
通常の偵察隊では侵入においてリスクが高すぎるし、相手が敵対的だったら危険過ぎるからだ。
法国の戦力は少数精鋭が多く、その分部隊が全滅した場合のツケが全体に波及してしまう。
故に、遠隔操作による魔法での偵察が実施された。
スレイン法国の首都である、神都の神殿の一角。
大儀礼によってこの世界においては奇跡の領域である第八位の魔法《プレイナーアイ/次元の目》が起動した。
自我の無い巫女姫に代わり、補佐する女神官達が《プレイナーアイ/次元の目》を操作する。
「あれが、神官長様の仰っていた」
「竜王国の異変を起こす存在であるのか?」
その戦いを直接確認したものは、今まで存在しなかった。
既に壊滅した戦線から遠く離れた街や都市などであり、弱体化した竜王国の監視網や諜報では直接確認などできない。
漆黒聖典のOBや陽光聖典が漸く戦線を押し上げて確認しても、あるのは大量のビーストマンの死体と僅かな生存者だけ。
生存者達の証言も要領を得ず、何が起こったのか理解の範疇を超えた現象が発生したと繰り返すだけだった。
「お、おお……あれは!」
そして、その日法国は目にすることになる。
それはもう戦闘でない。
ただ、ただ一方的な屠殺だった。
双剣が煌めく度に数百の首が飛ぶ。
攻撃範囲外に居たビーストマン達は慌てて距離を取ろうとするが、異常に伸びた両腕によって剣戟の範囲はさらに伸びる。
逃げる間合いなどないと、無慈悲な剣戟が獣人の体を断っていく。
時には大地をかけ、時には空中を猛烈なスピードで飛翔し、獣たちの戦列を丸ごと切り裂いていく。
宙を舞う血煙の雨の中、フードの中の光が怪しく輝いた。
「《イクスパンディング/範囲拡大》《デバイス・ツインソード/双剣発動》《チェイン・ドラゴン・ライトニング/連鎖する龍雷》」
範囲拡大を上掛けされ、二本の剣から眩い電撃を帯びた雷龍が複数飛び出しところかまわず暴れ狂う。
進行方向のビーストマンがさく裂する雷撃によって吹き飛び感電し全身から煙を上げて倒れていく。
この一撃だけで1000体を軽く超えるビーストマンが成すすべも無く壊滅した。
これが、戦闘と言えるだろうか?
否、戦闘などではない。そんなまともなものではない。
戦いとはお互いが危害を加えあうからこそ戦いなのだ。
一方が圧倒的な力で矮小な相手を弄る、巨象が蟻を踏み潰すかの如きは戦いではない。
事実、彼が惜しまぬ課金によって手に入れた伝説級の武具のどれか一つを使えば。
または神器級の武具、どれか一つを使えば1万のビーストマンの軍勢はあっという間にこの世から消失するだろう。
使用している魔法もMPを節約している為、中威力の魔法を範囲拡大して効率よく敵を巻き込んでいるだけに過ぎない。
つまり、これは単に【駆除】であり【掃除】。
切り札の装備を温存する方式をとっている彼が少々手間と面倒がかかるものの、負担の少ない方法でビーストマンを始末しているだけだ。
ビーストマンという生ゴミの山を掃除機ではなく、箒と塵取りで土間の隅まで掃き集め適当に掻き込んで捨ててるだけの事である。
遥かな異境で行われている戦いではないソレを口元を抑えながら見ていた神官たちが思わず息をのむ。
ローブを着た存在がゆっくりと首を上げる。
その顔が見やる先は………自分達だった。
「……なっ」
別の魔力の波動を受けた巫女姫の体がブルリ、と震える。
《プレイナーアイ/次元の目》の魔力が、他の術式の魔力と干渉した為だ。
ここで相手が攻勢防御なんてえげつないものを仕掛けてたら巫女姫は周囲を巻き込んで大爆発を起こしていただろう。
超高位のマジックキャスターなら攻勢防御を防いだり、無効化するなり出来る。
しかし、非人道な術式を使い、更に大儀式を要してようやく《プレイナーアイ/次元の目》を法国は利用しているのだ。
そんな備えを使える訳もなく、こうして感知されてしまえばどうしようもない。
だが、この相手はそこまでではない。単純に、自分を覗いてた《プレイナーアイ/次元の目》を感知し発見しただけである。
「発見されただと?!」
「《プレイナーアイ/次元の目》が見破られるだなんて、あり得ない!!」
女神官達の混乱はもはや狂騒寸前となった。
そしてソレが覗き込んでいる神官達を睨んだ瞬間、儀式の間の空気が凍り付く。
「な、何という威圧感……」
「術式越しでこれ程の圧力を感じるとは……!!」
緑色のフードの中に渦巻く暗がりから、光る二つの光点に見据えられ。
《プレイナーアイ/次元の目》で竜王国の状況を確認している女神官達もビクリと体を揺らした。
魔法による遠隔情報投影で視認しただけなのに、背筋へ氷柱を押し当てられた様な圧迫感。
何人かの女神官と女儀仗兵は危うく失神しかけており、恐慌はただただ増すばかりだった。
「す、凄まじい。道理で山の様なビーストマンの軍勢が定期的に滅ぼされる訳だ。奴らでは、幾万居ようとアレには勝てぬ!」
魔力の干渉を受けている巫女姫の体が酷く震えているのも無理はない。
恐らく、単騎でビーストマンの国を攻め滅ぼせる超弩級の怪物である。
あれだけの魔力を伴った威圧を受ければ全身に魔力を通してる彼女への影響もむべなるかな。
「恐るべき魔力と圧力、そして万に届くビーストマンを赤子の手を捻るように殲滅してみせるこの武力! ま、まさか……!!」
大儀式を取り仕切る女神官が、驚愕を押し殺すかの様に口元を手で覆う。
揺り返しの周期から外れてはいるが、その可能性は十分すぎる。
この世界に、これ程の力を持つ者が存在するとすれば。
「プレイヤー様?!」
それは、スレイン法国が待ち望む異世界からの救世主であり来訪神。
かつて、滅ぼされる寸前だった彼らの元に来臨し、瞬く間に人間の国を作り上げた六柱の神々。
その救世主にして、神はといえば。
(うわー、なんだよあれ。《カウンターセンス/逆探知魔法》の護符に探知がかかったと思ったらなんだよおい。
シースルーのドレス着て目を隠した女の子ってなんだよ。丸見えじゃないかよ。小柄(推定148cm)な割におっぱい結構でかいぞおい)
アイダホは適当に掴んでたビーストマンの頭を握力で握り潰しつつ、こちらをぽかんと見上げてくる巫女姫の……胸元を凝視した。
隠すどころか煽情的ですらあるシースルーの祈祷衣の下でフルフルと揺れている確実にGはありそうな乳房だ。
(肌真っ白だなぁ。うちの村の娘衆は日焼けして健康的だけどこーいうのも悪くないな。箱入り娘って感じかねこれ? あ、輪もでっかい)
必死のビーストマンの群れの物理攻撃を、神器級の鎧による「上位物理無効化Ⅳ」で悉く無効化し適当に衝撃波を飛ばせる剣を振りまわしつつ熱心に乳房を観察するアイダホ。
偶に覗く村の公共浴場や森の中の水浴び場で見る若い女子も悪くない。
肉体労働で引き締まり、無駄が無く形の良い手頃なサイズのおっぱいもいい。が、こういうのもグッとくるのだ。
もっとも性欲もナニも無いので、綺麗だなぁ、位の感覚であり人間性の名残でしかない。
例えナニがあっても種族の所為で性欲がないと来てるのでむなしいだけだが。
せっかく、人間時代の好みに合う乳房に出会えたのに残念な事だ。
今や彼にとって若い女体は、情欲よりも人間時代の美意識を懐かしむものだった。
それに時たま状況を忘れて無性に勤しむのは、アイダホの中の人の残滓が無意識にリビドーを叫んでいるからだろうか。
そういえば随分と【ご無沙汰】だから、自覚がない内に【溜まっている】のかもしれない。
今はそれはどうでもいい事でもあるが。
(長々と見てる場合じゃないか。誰だか知らないけど観察されるのは面白くないんでね)
《スコーチング・レイ/焼き尽くす熱線》で適当に周囲を薙ぎ払い、辺りを見渡す。
既にビーストマン達は損害の凄まじさに敗走を始めている。
もう邪魔しそうにないし、後は都市の中で作業をして撤退すればいいだろう。
ただ監視してるだけで何かしら眷属や戦力を転移させて来る様子もないのだから。
「《パーフェクト・アンノウアブル/完全不可知化》《テレポーテーション/転移》」
その直後、アイダホの姿は跡形も無く掻き消えた。
アイダホの姿を見失った法国は慌てて捜索を行ったものの、干渉によって巫女姫が消耗した事もあり大儀式を中断。
アイダホに対する追跡も完全に見失う羽目になる。
彼としては邪魔されなければそれでよしなのであり、これで法国の追及から逃げられると思っていた。
アイダホは迂闊であり、相手を甘く見ていた。
六大神降臨から五百年以上かけて人類の存続の為に全てを捧げてきた狂信者の国家を舐めていた。
最後の神であるスルシャーナ神が法国から消えて数百年。
神を奪うだけでなくただ欲望のままに暴れせっかく樹立されていた人類の生存圏を好き放題に荒らした八欲王。
十三英雄に参加したプレイヤーもスレイン法国が望んだ存在にはならず、蘇生を拒否してこの世を去ってしまった。
他にも【口先だけの賢者】の様にプレイヤーと思しき存在はちらほらと出現した。
しかし、誰も彼らの望む存在にはなってはくれなかった。
スレイン法国を興し、異形の国々と戦い。
無数の生と死をくり返し、人類を守る為に彼らは生きのびてきた。
我らが守らずして、神々の去られた今誰が人類の生存圏を守るのかと。
だが、頼るものも、縋るもの無く生きていけるほど人は強くない。
それは人類の守護者を自認するスレイン法国も同じだった。
彼らは明日への希望を探していたのだ。
百年周期で出現すると伝説で謡われる、プレイヤーの存在を。
彼らは飢えていたのである。
自分達を導き、絶大な力を示し、異形種から人類を守護するプレイヤーを欲していた。
そんな彼らが、果たして発見したプレイヤーであるアイダホをあっさりと諦めるだろうか?
答えは、否だった。
法国は彼の存在を偶然察知してから、その所在を長い時間と多大な労力を要いて突き止めた。
散々人類の生存圏とその外側を探し回った末に、法国からそれ程離れてないトブの大森林で拠点を築いていたのには驚いた。
彼は大陸のあちこちに使い捨ても視野に入れた仮設拠点を設置し、その間を瞬間移動で移動していたので長い間足取りを見つけられなかったのである。
プレイヤーが見つかった以上、法国が成すべきことはただ一つである。
大森林中央部にある村へ使者を派遣し、彼に謁見を願い、法国に来臨を願い、人類を導いて欲しいと懇願した。
アイダホの答えは簡潔だったという。
「え、やだよ。大森林と村一つ運営するのにこんだけ苦労してるんだぞ? 国一つ、大陸一つ俺に導けとかないわー、マジでないわー」
その後のスレイン法国にとって、トブの大森林に滞在するプレイヤー……即ちアイダホ・オイーモは非常に頭の痛い存在だった。
何せ、その扱いについて法国の上層部における意見が大きく対立したからだ。
強硬派の神官長は漆黒聖典の切り札であるワールドアイテム【傾国傾城】の使用を訴える。
如何な強大な力を持つプレイヤーとはいえ、あの【抵抗力無効で無条件に洗脳可能】な魔力に抗う術は無い。
そうすれば確実に六柱を【七柱】へと増やし、評議国のドラゴン達にも対抗出来るだけの戦力が手に入る。
敵対的とまではいかずとも非協力的なプレイヤーの変心を待っている暇は無いという意見だ。
穏健派の神官長は今後も何とかアイダホとの接点を増やし、交流によって徐々に変心を促そうと提案した。
六大神が如何に人類を救済したか、人類が今の時代に至っても困難な立場であるかを切々と訴えようと。
そしてそのうえでスレイン法国へ自発的に来て貰う。
つまりは教育によってアイダホを彼らごのみのプレイヤーになってもらおうという心算である。
中立派の神官は現状維持である。
指導者になる気が無いにしても、既に彼が人類に為した貢献は大だ。
破滅の竜王との嫌疑を受けていたザイトルクワエを封印どころか完全に滅ぼし。
その後領土欲を出して大森林へちょっかいをかけてきたフロストドラゴンの王を全殺し寸前にし、大森林への不干渉を一方的に約束させて追い返した。
(全殺しにしなかった理由は芋の収穫期で忙しかった事と、王が倒れたら霜の巨人やクワゴア、ドワーフの問題が表面化して面倒臭くなりそうだったからである)
ゴブリンが増殖し他の種族との諍いが多くなり、奥地と東の森を任せるには不十分との判断を下し彼らの王国を悉く滅ぼして根絶やしにした事。
(これは法国側が森林に侵入する理由をゴブリンの掃討にしていた為、定時連絡以外で立ち入らせる理由を無くす事と中央部集落の人間の生存範囲が増え彼らが邪魔になった事にある)
ビーストマンの侵攻において奴らの主力軍団を幾つも単独で全滅させ、何度も侵攻を早期終了へと追い込んできた事。
リザードマン達を自分達の勢力圏に組み込み共存している事は解せぬが、それでも竜王国から連れて来たと思しき人々は幸せそうだった。
今では王国側と帝国側へと出稼ぎに出ている住人達も増え、大森林内部の治安もかつてとは比較にならない程安定していた。
中立派からすれば、積極的に何かしなくても彼の存在は抑止力として役立つのではないかと。
別に人類に隔意や悪意を抱いている様子もない。それならば自分達の手に負えない大陸規模の災厄などであれば手を貸してくれるかもしれないと。
結局、一番数の多い中立派が基本放置を宣言し。
トブの大森林の領主の日々は「なべて世は事も無し」である。
なお、【傾国傾城】等ワールドアイテムはアイダホ単体にとっては鬼門です。
ゴッズ及び伝説の課金アイテムでがっつり武装&防御してますが、あれらが来ると初見殺し食らう危険性が発生します。
故に【存在と効果を把握している】事と【発動前に先制攻撃でぶっ殺せるか効力の範囲外へ即時逃亡出来る】必要があります。
アイダホが評議国に警戒心を強く抱き、法国とも距離を置いているのはその辺ですね。両方ともプレイヤーと強い因果を持っているので。
法国は「関わるとめんどい、メシアとか神様とかナイワー(ヾノ・∀・`)」というのもあるでしょうけど