アイ・ライク・トブ【完結】   作:takaMe234

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玉座の間にて、大墳墓の主はただ黙って報告を受けていた。

 

「………………………そうか」

 

言葉に含まれた意味。

 

それは、失望。

 

主である、モモンガは深く嘆息し深く玉座に身を沈める。

そのしぐさだけで、階層守護者達に密やかな動揺が奔った。

 

守護者統括であるアルベドはその金色の瞳を酷く震わせ。

第1~第3階層守護者のシャルティア・ブラッドフォールンは悲痛に顔を伏せ。

第5階層守護者のコキュートスは吐息を荒ぶらせて冷気を周囲に撒いた。

第6階層守護者のアウラ・ベラ・フィオーラ、マーレ・ベロ・フィオーレは泣きそうな顔を見合わせる。

第7階層守護者のデミウルゴスは、宝石の両眼を痛ましげに伏せ、不甲斐ない己を堪える様に口を引き結んだ。

現在、外部を捜索中のセバス・チャンはある意味幸運だろう。この悲痛を味合わずに済んでいるのだから。

 

主が、自分達に対して失望しているのではないかという悲観。

それが最強の階層守護者達を動揺させ、慄かせている。

 

(唯一お残りくださった、この御方にも失望されたら自分達は)

 

その恐れは、彼ら、否、ナザリックの下僕達すべての恐怖。

 

 

(要らない、と判断されてしまうのではないか?)

 

 

作られた存在である、NPC達。

己の存在を否定され、棄てられることへの恐れ。

彼らにとっての最大の恐怖はそれだった。

特に、創造主が居なくなったNPC達にとってそれは顕著だった。

 

 

 

 

階層守護者達の不安と恐怖を他所に、大墳墓の主であるモモンガは深い深い思慮に耽っていた。

 

(どういう事だ。アイダホさんは……どこに行った!?)

 

モモンガの優先順序の最優先は、ギルドメンバーであるアイダホ・オイーモの捜索。

他の案件は取り合えず各NPCに仕事を与える事と、状況把握の為でしかない。

 

最終日に居たことは間違いないのだ。

廊下を高速で疾走するアイダホの姿を、通路に配置されたNPC……ナザリックの僕達が目撃している。

玉座の間に通じる通路を順番に移動していった事も確認している。

 

彼がナザリックの内部に居ない筈がない。

そう判断したモモンガは、各階層の守護者に各階層のチェックとアイダホが居ないか確認をさせたのだ。

 

居るのには間違いないと思っていたから、当然モモンガは期待した。

この驚異と奇跡を分かち合える、ギルドメンバーが自分と共にいてくれると。

 

だが、捜索の結果は無情だった。

ナザリック大墳墓に、アイダホ・オイーモは存在せず。

玉座の間へ続く大通路に移動した後の彼の足取りは、ぷっつりと途絶えていた。

 

 

どうすれば、自分が何よりも望むギルドメンバーとの邂逅を果たせるのか……。

思案を続けるモモンガの横顔を、アルベドは傅きつつもそっと見やっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トブの大森林の中央部。

 

緑豊かな大森林地帯において、かつて木々が広大な範囲で枯れ果てていた場所がある。

森に住まうモンスターやドライアドすら近づかなかった場所であったがそれは今は昔。

 

その地は森との境界線に木々が絡み合う様に生い茂り壁の様に構成され囲まれていた。

かつて木々が枯れとある場所を中心に円状の空白地帯が出来ていた広大な場所は、幾つもの畑が作られている。

 

何種類もの野菜や穀物が育てられている畑には、農夫達が何人も行きかい農作業を行っていた。

その畑から離れた場所には数十戸の民家が立ち並び、子供や女性が日々の生活を営んでいる。

 

 

王国と帝国からは認識すらされておらず。

法国からは意図的に無視されている地図に載ってない村。

 

この、森の奥にあるどこにでもありそうな村は、バレイショ村と名づけられていた。

 

 

 

 

「あ、ハムスケ様だ。こんにちわ!」

「おお、大魔獣様、領主様がお呼びでございますか?」

『うむ、そうでござるよ。我が殿がおいでになられてる故、それがしも此処に待機しておるでござる!』

 

滞在時の日課にしている村周囲の巡回を終えたハムスケは、村人と挨拶を交わしながら中央の民家に向かう。

ハムスケが入る事を前提にしているのか、まるで貨物用の倉庫のような無骨さを感じる建物だ。

 

『殿ー、参上仕ったでござる!』

「ああ、分かってるから大声出すな。今、荷ほどきをしているところだから」

 

内部に置かれたコテージの前で、この村の領主であるアイダホは無限の背負い袋から色々と取り出していた。

中からは様々な樽や箱、大袋などがポンポンと飛び出してくる。

これらは全部、壊滅した竜王国の人類側の施設から回収してきたものだ。

無論、占拠していたビーストマンは皆殺しにしてきたのでちゃんと支払いはしてきたつもりではある。

しかし、よく増えるものだ。優に六桁は殺して来たというのに定期的に竜王国へと侵攻してくる。

おかげで発生する廃墟を探って物資調達が出来る訳でもあるのだが。

一応、最近になって外界との交易が始まり外貨収入が出始めたものの、こうして調達しなければ不足品が出る危険性もあるからだ。

 

「ああ、もう、《ゲート/異界門》を取っていればなぁ。それこそ倉庫のブツ丸ごと持ってこれるし。

 わざわざ面倒な手順を踏まなきゃいけないとかさぁ。《グレーター・テレポーテーション/上位転移》じゃ俺と両手分しか連れてこれないし」

 

ブツブツぼやきながら、彼は小さな人型を幾つも並べ始める。

人型は三人程であり、全員が子供だった。

 

『今度の保護した人間はそれでござるか?』

「ああ、最近は人口も安定したからね。村の敷地の面積や田畑のサイズやら考えると調整分としてこれが限度だろ。この村そのものが隠れ里みたいなものだ。出稼ぎは居るが数は多くない上に悪戯に面積は増やせないし周囲との調和もある」

『それがしには人間の村の仕組みはよくわからんでござるが……』

 

尻尾で頭をポリポリと掻いているハムスケ。

 

「お前なぁ、それでよく賢王名乗ってたなおい」

『も、森の賢王であるからして森の事は詳しいって意味でござるよっ』

「全く……そろそろ、元の人間のサイズに戻してやるか」

 

状態異常回復用のポーションを取り出すアイダホと、興味深げに小さな石像を見やるハムスケ。

ハムスケはそのポーションをかけると、人型が人間サイズに戻るのを何度も見てきた。

 

『何度も見てきているでござるが……殿の考えられた人間の運搬方法は凄いでござる』

「《レプラコーン・ナイフ/小人の悪戯用短刀》と《ゴルゴーンソード/石化の長剣》。二つ組み合わせれば運搬量が大幅に変わる」

 

長衣をまとった影は、袖から何かを取り出した。

柄にハンマーが刻まれた緑色の短刀と、禍々しい邪眼が剣身に刻まれた灰色のブロードソード。

これが、竜王国から人間を拉致……もとい、救助する時に利用していたトリックだった。

 

(創意工夫は大事だな。問題は手加減なんだ……苦労したんだよこれが)

 

これを失敗無く行えるようにするのに、数百を超える魔物と夜盗たちの犠牲があった。

小さくなってから真っ二つになったり、石化してから真っ二つになったりと。

アイダホは手加減系のスキルを持っていないので実に苦労したがまぁ何とかなった。

すなわち、延々と練習して加減を経験で習得しただけの事である。

誰も追及しない犠牲なので、アイダホは全く気にも留めなかった。

今では極小の傷を同時につけて、小さな石像を作るのにも手馴れている。

アイダホはこうして、有機物であれば必要なものを運搬出来る方法を確保していた。

 

(いちいち圧縮のスクロールは利用できないし、できるだけ複数回使える方法を編み出して装備を節約しないとやばい)

 

彼が気にしているのは転移してからこの方、消耗する一方の装備品の数々だった。

 

(タブラさんや音改さんみたく、クリエイターが居ればこんな苦労も無かったんだが……)

 

今のアイダホは複数の無限の背負い袋とその他の収納アイテムにかなりの量のアイテムを所持はしている。

遠征用に元々ストックを怠らなかった為に備蓄量はあるが、それらは有限であり使えば使うだけ底に近づく。

各種魔法を込めたワンドやスクロールを生産するメンバーがおらず、それが貯蓄されたナザリックも行方知れず。

彼自身はガチビルドの強力な前衛であるが、それ故に錬金や生産のスキルを一切所持してない。

 

(六大神や八欲王の遺品を除けば、ナザリックが見つかるまでは、マジックアイテムの補給は無いと考えておかないと……)

 

そうでないと、あっという間に詰む。

装備品が尽き果てたプレイヤーは、所詮強大な力を持った個体に過ぎない。

そしてプレイヤーの内情を知る者たちが少なからず存在するのだ。

ギルドという拠点もギルドメンバーという仲間やNPCを持ってないアイダホにとっては、寝首を掻かれる可能性は決して低くない。

 

(ツアーみたいな奴もいるし、以前ドン引きした法国の連中みたいなのも居る。揺り返しでこっちに来て人知れず消えたプレイヤーは、案外連中みたいなのに消されたのかもしれない。八欲王と敵対した評議国の連中は特に警戒心が強いだろうしな)

 

以前、大陸を彷徨ってた頃合いに遭遇した鎧姿の存在。

それが八欲王との戦いで数を減らした竜王達の末裔が操る依り代である事をアイダホはスキルで看破していた。

取り合えず彼が危険視する【世界の秩序を揺るがす存在】ではないと返答はした。

 

『俺はただ、はぐれた友人と合流したいだけだ。火の粉は振り払うけどな』

 

ただ、アイダホはあれでツアーが、あるいは評議国が納得したとは思えていない。

プレイヤーという存在は個々にしても群にしても強大であるのは変わらない。

それは八欲王に散々痛い目に遭わされた竜王達こそが身に染みて理解している事だろう。

だからこそ、彼らは待っているのかもしれない。

その長大な寿命をもってして、待っているのかもしれない。

 

プレイヤーの装備が使い果たされ、自分達でも討ち果たされる程に弱体化するのを。

 

六大神も五人の神は人として寿命を終え、スルシャーナ神のみが残された。

スルシャーナはツアーとの交渉を選んだが、彼が攻撃的であれば単体となった彼を竜王達は寄ってたかって滅ぼしたかもしれない。

 

自分がまだ存在していられるのは、単に世界の勢力図に殆ど影響を与えてない事。

そしていまだ強力な装備を有し、竜王達にとって危険な武力を保持しているからに過ぎないのだとアイダホは考えている。

理由がない限り、彼らにしろ法国にしろ自分を利用するか排除するか、どちらかへと動くに違いないから。

 

(早いとこ、大墳墓を探さないとなぁ……全く、どこに転移してしまったんだか……)

 

地図を頼りに、大陸を行き交いしてなお断片的な情報すら見つかってない。

いっそ、南の砂漠にある天空都市に突撃してみようかしらとすら思ったが無謀なのでさすがにやめた。

スカウトや探索系のスキル無しでの上級ギルド拠点への攻勢など自殺行為以外の何物でもない。

 

(モモンガさーん、早く出てきてくれぇ……この世界って俺にあんまり優しくないからさ!)

 

内心でぼやきながら、人型にポーションをかける。

状態異常である小人化と石化を解除された子供たちは瞬く間にサイズが戻り石像から人間へと戻った。

 

「よう、人心地ついたかな?」

 

彼らが正気を取り戻す前に赤の下地に緑色のラインを入れ、泣いているような怒っているような顔をしたマスクをアイダホは填めていた。

村人等、人間の前に出る時は常に填めているものである。怪しさ爆発であるが、ダークエレメントの部分むき出しよりはずっとましだ。

 

後ろに控える大魔獣に怯える子供達に、怪しげなローブ姿の存在は優しく声をかけた。

 

「バレイショ村にようこそ。これで君達もこの村のファミリーだ」

 

問答無用でパンチでも浴びそうなセリフであるが、彼が新しい村人を迎え入れるにあたって一番よく使うセリフである。

数瞬後、大声で泣き出した子供達をあやすのはすっ飛んできた村の娘達であり。

正座した領主とその部下は彼女らに小言を食らう事になったのだがそれも何時もの光景である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、俺が離れている間も順調に村は運営されてるか」

 

青々と茂る異世界の野菜畑。

特にジャガイモ畑を、アイダホはいとおし気にみやる。

この世界でも当然のように存在した、彼の名前の源流である野菜を。

子供のころ、毎日腹いっぱい食べたいと思ってた揚げ物の原材料の事を。

アーコロジーでも生産総量によって原料は制限されていた為、叶わなかった夢を叶えた畑を。

 

『そうだよ。私達も色々協力はしてるしね。一応、恩人であるあんたが運営してる村だからだけど』

「いや、ピニスンの貢献には感謝してるよ。それに、奴をぶっ飛ばしたのはこの村を作るのに邪魔なだけだったし」

『邪魔なだけって……つくづくアイダホって出鱈目よねぇ。魔樹も厄介な切り株程度の扱いだなんて』

 

バレイショ村。

この村をアイダホが作り出した理由は遅々として進まない世界の攻略の手助けと手慰みの為だった。

人間の組織を作り出しこの世界の人間を理解し把握する為のもの。

おかげでこの世界の言語の読み書きも習得出来たし、自分のモチベーションを維持する事も出来た。

彼からすれば、人間の社会から外れて行動し続ける事は、己の中にある人間としての残滓が薄れていくような感じがしたからだ。

 

中身は人であり、存在は人でないもの。

それがダークエレメントでありアイダホという名前をアバターにつけた人間である存在。

単純に捜索だけで言えば非効率極まりない村の運営は、彼が己を保ち続けるには必要なものだったのかもしれない。

 

人間の心を保ち続ける、その為の行為。

ギルドマスターと大墳墓の捜索を除けば、多くのものを彼はこの村に費やしてきた。

 

森の外に展開している人類国家の干渉が少ない場所を探してて、ここぞと思って降りたらドライアドが騒いでた。

ここに近づくな。世界を滅ぼす魔樹が存在するから危険だ、今はまだ封印されているけど刺激したら拙いと。

 

アイダホがそのドライアド……ピニスンの静止を振り切って偵察を敢行した処、確かにそれっぽい存在がいた。

枯れ果てた木々の中央に潜んでいる、恐らくはレイドボス級のトレントモンスター。

 

「確かにいるな。この世界で言えば危険だろうぜ」

『そうでしょ。だから……』

「今なら見立てでLv75位だろ。手っ取り早く潰そう。お前もその方が安心して暮らせるだろうし」

『ファッ!?』

「じゃ、ちょいとあいつたたき起こして滅ぼしてくる。森の中だから火炎属性使えないけどあの程度ならどうにでもなるし」

 

アイダホがやった事はシンプルイズベストだった。

そいつがでかくなる前に、強制的にたたき起こし、ぶちのめす。

 

そして、不完全なまま巣から出てこざるを得なかった世界を滅ぼす魔樹……ザイトルクワエは。

 

 

 

 

「こんにちわ死ねぇぇぇぇ!!」

 

 

 

十秒も持たずにあっさりと消滅させられた。

開幕ダッシュの多段クリティカルヒットの嵐はあっという間に六本の触手を切り刻み。

種子爆弾を飛ばす暇もなくその中核に《スコーチング・レイ/焼き尽くす熱線》を複数浴びせられて文字通り蒸発させられた。

 

彼曰く「本気のたっちさんなら瞬殺出来た」との事。

 

呆然としたピニスンと、何故か自慢げなドヤ顔のハムスケが印象的だった事件だった。

そうしてザイトルクワエを打ち滅ぼした跡地に作られたのがバレイショ村である。

彼はこの地に自分達の象徴を打ち建て、勝手に所領としたのだった。

 

 

『それで、これが殿がリザードマン達に注文した神の像でござるか!』

「ああ、それが俺たちの象徴だ。俺の像を作り続けて随分とこなれてきたから追加で作らせた。最新verは着色もしてるし状態保存の魔法もかけておいた! カッコいいだろ?」

『かっこいいでござる! 殿の覇気を感じられる像でござるよ~!!』

 

バレイショ村の象徴たる存在。

最初に作られた、向かい合わせで作られた二柱の神の像。

リザードマンが建立したアイダホを形どった戦神の像。

そして、もう一つの像は……。

 

「やっぱ、ギルマスの像は欠かせないよな。俺はいまだアインズ・ウール・ゴウンのメンバーだし?」

 

ペロロンチーノの評する処の【荒ぶる死の支配者のポーズ】を取るモモンガの像を見たアイダホは満足げに頷く。

台座にプレートがはめ込まれて其処には一文が『日本語』で彫り込まれていた。

 

『我が至高なる力に喝采せよ!』と。

 

各地に隠し拠点を作るたびにこれを搬入して飾るのがアイダホの習慣になっていた。

 

「これを見れば、俺がここに居るって事にモモンガさんが気づく一助になるかもしれないしな!」

 

この台詞は人気の無い場所で支配者ロールを練習していたのを、ペロロンチーノが盗み聞きして会話のネタにしたのをアイダホが聞いたのである。

もし本人が居たら絶望のオーラVを噴射しつつ悶絶するか、即座にアイダホに対して《グラスプ・ハート/心臓掌握》を試みるだろう暴挙。

ちなみにネタにされた事がモモンガにばれたペロロンチーノはしばき倒され、暫く口をきいてもらえなかったのは言うまでもない。

 

アイダホはその点について、自分の存在をモモンガに知らせる事を優先して彼がどう思うかについてはあまり考慮してなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 


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