アイ・ライク・トブ【完結】   作:takaMe234

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承2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トロールの集落を滅ぼしてから暫くの後。

【トブの大森林セーフハウス計画】は概ね成功を収めていた。

 

リザードマン達は力を示すとあっさり恭順した。

といっても単純にハムスケを連れて行って偉そうに威圧しただけなのだが。

 

 

概要としては、

 

 

【北側はお前らに任せるから秩序が崩壊しない程度に頑張ってくれ。貢物? 来た時に湖の魚を献上してくれればいいよ】

 

 

以上である。

おおざっぱすぎるにも程があるが、早く世界の情報収集をしたいアイダホにとってはこの程度で十分だった。

 

ゴブリン達はそれ程役に立ちそうにもないので、一方的に東側を任せると通達だけして放置することにした。

彼らは一定の条件が整うと異常繁殖するらしい。が、何故かそうなる前に何者かによってある程度減らされるそうだ。

ならば、叛意を示しても大した事はないだろう。アイダホは気楽にそう考えてしまっていた。

 

そんな杜撰極まりないセーフハウス計画であったが、何とか上手く行っていたようである。

唯一の懸念で言えばゴブリンの繁殖だったが、それについてもアイダホの知らぬ処で間引きが行われてたので問題は無かったのだ。

 

 

「ほー、俺の像を作るってか?」

『その様でござる。殿の偉業を称えようという殊勝な心掛けでござるな!』

 

水辺に近い巨木を切り倒し、それを一本丸々使い人型の何かを数人のリザードマンが木彫りしている。

族長がいうには、服従させて少し経った頃にあったトードマンとの戦いを横合いからの【全てを焼き尽くす爆炎】の一撃で終わらせた神の像を作るそうだ。

何時もなら撃退するのに苦労をかけさせられる湖の向こう側の敵対生物の群れをたった一撃で即死させた。

 

『あなた様は、偉大なる戦士であらせられると共に、偉大なる術師であるのですね』

 

族長と戦士長達は、地に這う様に頭を下げながら圧倒的な勝利をもたらしたアイダホに傅いた。

一斉に頭を下げるリザードマン達になんだかもっともらしく手を掲げてみせて、アイダホは内心でぼやいてた。

 

(《グレーター・ファイアーボール/超火球》をトードマンの群れの真ん中で爆裂させただけなんだけどな)

 

彼がやった事は偶然視察時に仕掛けてきたトードマンの群れを、横合いから忍び寄って第6位階の攻撃呪文をぶちかましただけである。

魔法剣士の秘術呪文注入により剣に封じられた魔法を敵に対して解放した、ただそれだけの事だ。

 

ただ、この世界では自分達にとって大した事がないのを、やたらと有難られるのでアイダホは些か困惑していた。

超火球の飛び火を食らって瀕死になったリザードマンの戦士に一番安物のポーションをかけたらこれぞ奇跡、と言わんばかりに有難がられた。

 

(ハムスケが大魔獣の扱いされてたり、第6位が超位魔法みたく扱われてる。ユグドラシルより脅威度が低いのかね?)

 

アイダホは、自分がこの世界に対して過剰に恐れているのかもしれないと考えた。

ならば、おおまかトブの森が安定した今、外の世界を調べて行ってもいいのかもしれないとも。

 

 

 

「えー、よいっしょっと」

 

外の世界の事を考えながら、湖畔に流れ着いた流木に腰掛ける。

親父臭いセリフだと思いながら、肩をほぐすように動かす。

中身が人形に構成されたエレメント故に、その体はいくらでも柔軟に変えられる。

のだが、本人曰く『どうにも扱いづらい』との事で基本的には人間形態のままで行動している。

やろうと思えば八本腕や蜘蛛の様に足を沢山生やしたりも可能だがアイダホの感性が追い付かないらしい。

 

(まぁ、やり過ぎると何というか……より、人間っぽい考えから離れそうなんだよなぁ)

 

偶に人間の様子を見に村に行った時の異物感。

彼らに対しての同族意識が全く沸かない事に気づいた。

別に憎悪や蔑視は抱かない……が、反面無関心とも言える気持ち。

必要であれば虐殺も救済もためらいもなく行える。

それは自分を神とあがめるリザードマンや、主君と見てくるハムスケも同じ。

 

そんな感情を当たり前の様に感じてる自分に唖然としたものだ。

 

(あー、止めだ止め。考え込むと余分に鬱になる)

 

アンデッドだったら感情抑制が働いていたであろう。

マイナスの情動から逃れる為にアイダホは湖の風景を眺める。

 

今日も晴天で湖も穏やかな湖面を渡り鳥らしき鳥が飛び降りては魚を狙っている。

湖畔に湖水がぶつかる音と、木々とそよぐ風、遠くでリザードマンの子供達のはしゃぐ声が聞こえる。

遠くの頂に雪を帯びた山脈が連なる雄大さは、かつてのリアルでは完全に失われた自然であった。

 

(ブルー・プラネットさんが居たら狂喜乱舞しただろうな。ぶっ倒れるまでフィールドワークしそうだ)

 

彼の住んでいたアーコロジーでさえ、疑似的な自然を作り出すのが精一杯。

その仮初な自然を維持する為に、彼らはアーコロジー以外の全てを犠牲にし搾取していた。

 

(プラネットさんがアーコロジーの『自然』に興味を向けなかったのはしかたない)

 

彼が求めていたのはあんな『紛い物』ではなく。

かつての地球を覆っていたこんな『ナチュラルな自然』だったのだろう。

人工衛星などで確認すれば、そんな大地など完全循環都市内部に取り込まれる形で保護されたもの位しか残っていないが。

 

(そうだ、あの世界に。アーコロジーの中にだって希望なんてありはしない……遅いか、早いかだけだ)

 

かつての世界には未練はない。

ゆっくりと絶滅が侵食していく世界などに。

特権階級ですら絶望を先延ばしにしてるだけの先行きの無い世界などに。

箱庭の生存圏で地位と生き残りにしがみついてるだけの、家族に対しても感慨はない。

 

 

彼が、気になるのはただ一つだった。

 

 

(アインズ・ウール・ゴウンのみんなも、こっちへ来ているのだろうか?)

 

 

アーコロジーの中で上っ面だけの社交にうんざりしていた自分が唯一本音で語り合えた場所。

ただ居るだけで、みんなの賑やかな語らいを見ているだけでうれしく思えた場所。

 

(来ているのかな?)

 

可能性は低いと思う。

金に余裕がある自分は惰性でアカウントは残していたが、ほかのメンバーの大半はすでにアカウントすら消している。

最終日が告知されて久方振りにログインした時のモモンガの話によれば、彼以外のアカウントはアイダホを含め四人だけだという。

もし、この世界に飛ばされる条件の一つにアカウントの有無があるとすれば、来れたとしても最大五人のみとなる。

 

(その中で一番居そうなのは、モモンガさんか)

 

彼なら、絶対にあの最終日にも来ていた筈だ。

彼はギルドマスターとして自分の役割に誰よりも忠実だった。

それこそ、誰も来ないギルドを二年間も継続して維持し続けたほどに。

 

(あの晩に、遅れさえしなければ……!!)

 

今更ながら、遅れてきた自分が恨めしく思う。

親のことなど放っておいてでも、ユグドラシルに急ぐべきだったかもしれない。

こんな事態になるとわかっていればそうしていた。

最も、こんな事態を予測できたとしたら預言者か狂人位だろうが。

そのどちらでもない、単なる富裕層にしか過ぎないアイダホにはどうしようもなかったのだろう。

 

(今更後悔しても始まらない。兎も角、モモンガさんか大墳墓を見つけないと)

 

だからこその、外征でもある。

少なくとも、トブの大森林の近隣にはそれらしいものは見つけられなかった。

これ以上の捜索を続けるとなれば、それは拠点から離れた外征(クエスト)になる。

近隣の村の村長と思しき家から写し取った地図があるが、文字が読めないので参照程度しかならない。

 

トブの大森林では無かった脅威が待ち受けているのかもしれない。

異形種である自分では、近隣の人間社会における調査は困難を極めるだろう。

ここらでは最高でもLv30前後が最高だった敵も、それに倍する存在が居るかもしれない。

だが、このトブの大森林に籠り続ける選択肢はアイダホには無かった。

何としてでも、ギルドメンバーかナザリックを発見しなければならない。

 

そのためには、絶対に負けられない。

 

(そうだ、アインズ・ウール・ゴウンに敗北はない。

 アタックチームが揃えばユグドラシル最強にして無敵……そうですよね、たっちさん)

 

 

だが、ここにいるのは自分だけだ。

自分が付き従った赤いマントの背中も、無双の武人もいない。

周囲を共に固めた桃色粘液やワールド・ディザスターも居ない。

ここにいるのは、軽魔法戦士がただ、一人だけ。

 

(……心細いなぁ)

 

そう、一人だけだ。

たったそれだけで、もう自分は能動的に動けない。

荒れ狂う呪文の雨の中を、矢襖や槍襖を突き破り敵中を笑いながら突撃出来たのに。

仲間が誰も居ないというだけで、こうにも動けなくなってしまっている。

だが、それでも動かなければならない。それがアイダホには辛かった。

 

(寂しい……なぁ)

 

遠く、リザードマン達とハムスケの寝息を聞きながら。

アイダホは何時の間にか訪れていた夜空を見上げ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

竜王国。

 

人類の生存圏において、東南に位置する辺境の一国。

絶えずビーストマンという獣人の襲撃を受ける災厄を背負う国。

かつての六大神の時代、人が異形に虐げられていたころの時代をいまだ続けている場所。

 

そんな斜陽の王国のとある都市では、ビーストマン達の宴が行われていた。

小賢しい人間達が立て籠もる城壁を打ち崩し、駆け上り、城兵を殺して街に躍り込む。

防衛戦闘でやっと五分という、人間とビーストマンの差がなくなればどうなるか?

それは言うまでもなく、一方的な殺戮と凌辱の幕開けだった。

 

 

 

(いたい、いたいよぉ……)

 

暗がりと哄笑の中。

少女は激痛の中、終わらない悪夢を見ていた。

 

自分の住んでいた町が破壊された。

あの獣達が町の中に雪崩れ込んできて殺戮が行われた。

お向かいさんのおじさんが刻まれるのを、よく遊んだ友達が面白半分に引き裂かれるのを。

苦しいこの地で何とか暮らしていた顔見知りの人々が、獣共の嬌笑と共にぐちゃぐちゃにされていく。

 

「逃げて、逃げるのよ!!」

 

家財をバリケードに家のドアを必死に抑えてた自分の母親の最後の言葉。

小窓から逃げ出して、路地を走り出すと背後から母親の断末魔が聞こえた。

 

路地を出た瞬間、無造作に殴られて地面に転がった。

 

「オイ、ニンゲンノガキダ。コレハイイ、メスダゾ」

「ヤワラカソウダ、アトデクオウ、アソコニモッテケ」

 

何匹ものビーストマンが、自分の故郷を滅茶苦茶にしている。

血まみれの武器を肩に担ぎ、口から誰かの血をダラダラと垂れ流している化け物達。

 

抵抗できないよう手足の骨を無造作に砕かれ、まるで家畜の様に運ばれた。

痛くて痛くて泣いたけど、その度に殴られ泣く気力さえ無くなった。

そして、町の倉庫に放り込まれた。

 

「いたい」

「たすけて……」

「おとうさん……」

「だれか……」

「くわれたくないよぉ」

 

倉庫の中は、沢山の街の人々が放り込まれていた。

誰も彼も酷く痛めつけられており、中には死んでしまっている人も居た。

誰もが呻くだけで逃げ出そうともしない。

まるで、屠殺され食肉になるのを待つ家畜の様に。

入り口は見張りのビーストマン達が見張り、逃げる隙間もない。

どいつを一番先に食おうか、等といった話し声が哀れな人間達の絶望をより深めていく。

 

(かみさま、たすけてください。たすけて……)

 

その中の一人。

瀕死の少女もただ泣きじゃくりながら最後を待っていた。

 

嫌だ、死にたくない。

自分の故郷を滅ぼした、ビーストマンに殺されたくなんかない。

引き裂かれて、食い殺されたくない。

 

(たすけて……だれか)

 

必死に祈った。

少女は、必死に祈った。

 

 

 

 

 

 

 

そして、それは現れた。

 

 

 

 

 

 

 

「こいつは、ダメか。こいつに使うのは勿体無い……おっ」

 

気が付くと、何かが自分を覗き込んでいる。

怪我と失血で弱っている所為か、目が霞んでぼんやりとしか見えない。

 

「女の子か。弱っているが体もしっかりしてる。怪我を直せば適合かも」

「たす、けて、ください」

 

必死に差し出された手は、ひょいとかわされる。

自分を覗き込んでるなにかは、ブツブツ呟きながら自分を観察しているようだ。

 

この間は男を多く回収したから今度は女性を多めにでいいか。

しかし、沢山あるとはいえ回復用も限りはあるからあまり重傷は助けたくないな。

かと言って回収者が無いとわざわざ来ている意味がないし、多少のコストは仕方がない。

 

などとつぶやいたかと思うと、少女に話しかけてきた。

 

「よし、君は第一試験は合格だ。次は第二試験といこう。くちは利けるね?」

「あ、え、は、はい……」

「君に選択肢を与えよう。この国ではないが生きていける事になる。その傷も治してあげよう」

 

ぼんやりとした中で見上げるそれは、限りなく黒い何かを内包してて。

それでも人型なそれは、手にした、幾分中身の減った赤い液体の入った瓶を軽く左右に振って見せる。

 

 

「俺専用の農奴になってくれ、衣食住完備、三食おやつ付きだ。ハイか、イイエ、どっち?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルーイン隊長! 生存者は倉庫に居た者達だけです!!」

「そうか、私もそちらに行こう。各小隊気を抜くな! まだ町の中にビーストマンが潜んでるやもしれん。余裕のある治癒係は私に続け!」

 

陽光聖典がその小さな地方都市についたのは、全てが終わった後だった。

別の戦線で中規模の町を防衛していた為、連絡が来たのはあまりにも遅かった。

ビーストマンの獰猛さを考えれば、地方の警備隊と義勇兵達だけではどうにもならない防衛戦。

非戦闘員を含めて3000人程度の都市では、1万体に達するとされるビーストマンの侵攻を止める事など到底不可能だった。

 

事実、ルーイン率いる陽光隊長も現場の確認及び偵察、好機があれば生き残りを救出するという極めて消極的な行動しか選択できてない。

それ程に、この都市の陥落の報告を受けた時は絶望的な予測がされていた……されていたのだが。

 

「……しかし、これは一体どういう事か?」

 

路地、主要な街路は市民達の食われたり弄ばれた遺体が散乱している。

しかし、それ以上にビーストマン達の死体で満ちていた。

 

首を跳ね飛ばされた集団。

上半身と下半身が泣き別れになった集団。

体の一部が消し飛び、ミンチになっている集団。

何かの爆発に巻き込まれたかのように、炭化したり焼き焦げた集団。

雷撃を集団で受けたかのように、感電死している集団。

強酸でも浴びたかのように、全身が焼け爛れてる集団。

石像となって砕かれていたり、氷結していたり、体が内側から破裂したのか破けた風船みたいになっているのもいる。

 

「た、隊長……これは。どうやったら、こんな事が」

「静粛に。狼狽えるな」

 

死体。死体。死体。

見渡す限りの死体の群れ。

メインストリートには、千を超えるビーストマンの死体の文字通り山が築かれていた。

 

(だが、これは……明らかに異常だ)

 

異端である亜人を抹殺する任務も帯びた彼らにとって、死体を見るのは珍しい事でもない。

むしろ、任務の間は日常茶飯事ともいえる。

そんな彼らでも、目の前に広がる光景はあまりにも異常に過ぎた。

 

(漆黒聖典の精鋭達ですら、このような蹂躙は不可能だろう)

 

明らかに敗北し、陥落した街の中で八千体を超えるビーストマンの死体が散乱し。

残りの僅か二千体のビーストマン達は偵察によればこの街を放棄して逃走している。

 

ありえない。

こんな出来事は、あり得ないと陽光聖典の隊長であるルーインは思った。

 

「一体、この都市で、何が起きた?」

 

 

 

ルーインの問いに答えるものは、誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




戦時中の国で、陥落した街から物資や人間が居なくなっても多少はね?
きっとそれはビーストマンかジュラル星人の仕業なのだ

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