アイ・ライク・トブ【完結】   作:takaMe234

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誤字脱字のご報告ありがとうございました。

※オリジナル要素やねつ造要素ありまくりです。
 原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
 原作ネタバレ、及びあちこち改変しておりますので閲覧にはご注意ください。
 
 アイ・ライク・トブを既に閲覧済みであることを前提として書いております。
 また、アイダホさんの設定も変動しておりますのでご留意ください。


蛇足ならぬ芋の尻尾 中編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日記1

現在、破滅の竜王は夜間のみ移動を行っている。

カッツェ平野を横断して東進中。

移動の痕跡の隠蔽については諦めている。

途中で噂でのみ聞いた陸を滑る幽霊船と遭遇。種子の射出により撃沈。

船体は粉砕して焼却。負のエネルギーは術師が浄化。使えそうな物資などは回収。

 

日記2

竜王国に到達。

人気のない山間部経由で東進を継続中。

飛竜騎兵部族の哨戒線に立ち入らない様移動する必要がある。

民間人の目撃が懸念ではあるが、現在はビーストマンが侵攻中であり竜王国民は都市部か集落に籠城してる。

万が一視認された場合は気の毒ではあるが機密保持の為『処理』することになる。

 

日記3

竜王国の最東端に到達。

周辺を警戒してる術師達とカイレ様の疲労が激しいのが気がかりだ。

話し合いの結果、明日は安全な場所で大休止を行う事にするそうだ。

一人師団の偵察により、竜王国軍は完全に王都及び周辺の城塞都市に押し込まれているとの事。

陽光聖典の調査によれば、丁度連中が王国における狩りを終えて撤退を開始する時期に入る筈だ。

竜王国の女王に雇用された形の陽光聖典からも領内を荒らしまわったビーストマン共が帰り支度をしてるという報告が来ている。

しばし本国との協議の上、先にビーストマン国の本土を殲滅する事にした。

奴らの移動速度を計算したところ、その方が各個撃破が出来る上に帰国するビーストマンの軍勢を殲滅する位置として最適と判断された。

漸くだ、あの忌々しい人食いの獣どもに誅罰を下す時が来たのだ。

 

 

日記4

一人師団の偵察によりビーストマンへの移動進路を決定。

なるべく連中の町や集落を巻き込みながら王都を目指す。

しかし、破滅の竜王の破壊力はまさに規格外だ。

数千のビーストマンの群れが抵抗すら許されずに蟻のように踏み潰され、羽虫の様に蹴散らされていく。

今日だけで5つの大規模な集落と二つの町を殲滅した。

その巨体による圧し潰しと長大な触手だけでも恐るべきだが、効率の良さで言えば種子の放出もかなりのものだ。

進撃の直線の外側にある家々や逃げ出していくビーストマン共、それらを逃さず仕留めていけるのだから。

残されたのは奴らの死骸と廃墟のみ。だが、我ら人類にとっては同情の余地もない。人食らいの畜生共が、良い気味だ。

 

日記5

王都に到着。

今まさに、破滅の竜王はその破滅の意味をビーストマン達に示している。

素晴らしい。実に素晴らしい。大打撃。大打撃としか言いようがない。

王都の守備隊も地形を生かした外壁も堅牢に見える城塞も全てが無意味。

種子が炸裂する音、触手が起こす大規模な破壊音、そして合唱の様な獣たちの悲鳴と断末魔。

ビーストマンに兵も臣も民もない。区別の必要などない。平等に獣なのだから全て鏖殺すべし。

聖典の隊員たちを見る。みんな、呆けたような、それでいてうっすらと笑みを浮かべている。

確かにあれを齎している破滅の竜王は所詮六大神の様な神々しい存在ではない。

本来であればどこまで行っても無軌道な破壊を振りまくだけの化け物に過ぎない。

だが、神々がお残しになられた秘宝の御力により人類の為の兵器となって亜人共を殲滅できている。

これぞ神の奇跡というしかあるまい。私はただただ、その場で膝を付き偉大なる神々に感謝を捧げるのみだった。

 

日記6

帰国してきた獣王率いるビーストマン国軍と接敵。

単独で偵察していた天上天下の連絡通り、中途の町や集落の壊滅と破滅の竜王の痕跡を見て帰国を急いできた様だ。

見るからに自国を滅した破滅の竜王への怒りは激しい。が、意味はない。何も意味はない。

等しく滅びるがいい。お前たちは震えながらではなく、藁の様に造作もなく死ぬのだ。

 

日記7

任務中止。

聖典は西方に向けて後退中。

本国の協議待ち。

 

日記8

ビーストマン国は崩壊した。主要な任務は達成されたと言っていいだろう。

しかし、口惜しい。破壊の竜王は滅ぼされてしまった。

空飛ぶ銀の鎧が幾度も放った始原の魔法によって。

あれは真の竜王の傀儡か何かか。何れにせよ今はこれまでだ。

我々はカイレ様を護衛し、本国に帰還する事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レイモン殿。漆黒聖典は無事に帰還したようですな」

「はい、欠員もなく神器たるケイ・セケ・コゥクと担い手であるカイレ殿もご無事であり何よりであります」

「ビーストマン国の殲滅任務も達成できた上です。これも神々のご加護があっての事」

 

法国の首都たる神都の最深部。

六大神の神像が見守る会議室にて、六人の神官衣をまとった男女が円卓に着席し会議をしている。

 

「可能であればあの忌まわしきエルフの王を国ごと滅ぼしてやれれば最上だったのだが」

「それはいささか欲張りすぎかもしれませんな」

「アレは攻城兵器として素晴らしくはありますが目立ちすぎます。投入すれば間違いなく評議国の議長による直接介入を招いたでしょう」

「世界盟約の破棄は確実。最悪、評議国が他の真なる竜王達に呼び掛け共同で攻め込んで来た可能性があります」

「真なる竜王共の介入の危険性さえなければ、東方のビーストマン国よりもエルフ国への侵攻へ即時投入出来たのですが口惜しい限りです」

 

報告とともに報告書を捲る音が会議室に響く。

声音にかすかな苛立ちが混じっているのは、事を邪魔だてした評議国の議長に対する負の感情だろうか。

 

「いずれにせよ、これで竜王国及びその近隣における亜人共による侵攻の懸念は少なくとも数十年は消えた」

「はい、報告書通りであれば王都までの大規模な集落は悉く挽き潰され、彼奴らの王都も王城まで食い破られビーストマンも大半は討ち果たしました」

「さらに竜王があのイビルツリーを滅する時のワイルドマジックの余波により侵攻軍の主力もほぼ壊滅し獣王も本陣諸共滅びる直前に破滅の竜王が踏み潰したとの事」

「少なくとも30万前後のビーストマンを殲滅し国の拠点も破壊できた。欲を言えば切りがないが初期目的は達成できた。実に素晴らしいではないか」

 

場の空気を仕切りなおすように、神官長達は口々に作戦の結果を称える。

これで竜王国絡みの問題、東方からの亜人の侵攻による脅威は当面問題視する必要がなくなった。

 

「後はあのドラウディロン女王がどう動くかであるな」

「それは問題ありませんでしょう。少なくともわが法国と人類にとって悪く動く事はない」

「左様。かの国は長きにわたるビーストマンの脅威により王都から西部以外の領地を戦場とされ荒廃化しております」

「今後数十年は復興と国体の立て直しに勤しむ以外になく、他の竜王と関わる間もないでしょう」

「そも、本土を蹂躙されても他の竜王達の動きはなく、評議国ですら救援を求める使者を門前払いし傍観するのみ」

「実の祖父たるブライトネス・ドラゴンロードもな。つくづく薄情な輩よ」

「して、我々としては如何するかという事ですが」

 

法国としては一応竜王国には立ち直って貰わないといけない。

ビーストマン達の残党もいくらかは残っているだろうし、少し離れた位置にはミノタウロスの国も存在するからだ。

 

「有償の経済支援は女王との交渉次第として、ビーストマンの残党に対しては積極的に狩りを行うべきかと」

「それにつきましては漆黒聖典を派遣する予定です。再起の芽を残さぬよう、念入りに掃討させます」

「陽光聖典はアベリオン丘陵へ。近年十傑と呼ばれる亜人の連合が形成されている故、彼らに対抗させます」

「以前、議題に上がった王国戦士長ガゼフの暗殺計画については、もう否決でよろしいのかな?」

「それでよろしいかと。あの皇弟が近年中にカッツェ平原での戦いで彼を無力化する、と申しておりましたので」

「ああ、彼であれば容易いでしょうな」

 

 

暫しの議事の後、会議はとある議題に移る。

 

「『寵姫』の任務はほぼ順調です。かの皇弟は彼女を傍に侍らせ続けております」

「そうでなくてはな。彼女は法国にとっても神人に次ぐ、逸脱者の領域を目指せる貴重な逸材なのだ。軽んじられては困る」

「して……懐妊の兆候は?」

「まだ、皇弟の子を孕んではいないようです」

「兄の後宮を思えばこそ種無しではないと思うが……彼女にも問題はないのだな?」

「その言葉は聊か性急かと。 彼女が派遣されてまだ一年も経ってないのです。今は調略を進め皇弟との関係強化を密にすべきでは?」

「わかっておるよペレニス。そう睨んでくれるな」

 

最高神官長の苦笑染みた言葉と、火の神官長が不満げに鼻を鳴らす音が卓上に響く。

 

「首尾よく懐妊した場合、彼女は神殿での診察の上で本国への送還となりますが……『寵姫』の不在の間は以前の取り決め通りでよろしいですか?」

「彼女の次、必要であれば各神殿に割り当てる予定だった『巫女』候補も含め任務に最適と言える少女を選定後教育し、次代の『寵姫』とする。でしたね」

「各神殿で一人ずつ候補者は選定済みで、現在は教育中です。後は『寵姫』が懐妊次第最終選定となります」

「あてがえる母体が増えれば、その分確率は高くなりますからな。彼には頑張って貰いませんと」

「しかし、今の『寵姫』は兎も角、そのように代わりを渡されて彼は受け入れるのでしょうか?」

「これは一種の政略結婚なのだ。それに皇籍と継承権はなくとも皇弟も権力者の一族。受け入れるのは当然であろうに」

 

そう、これは法国と帝国の協定の範囲の内側。

法国の女との間に出来た子は、帝国で育成する事も認知する事も認められない。

当然皇族としての血筋は一切認められない。

ジルクニフとしては皇統を法国側に利用される事を恐れての条件付けだが、最高執行機関としては何ら問題はなかった。

 

「もし、皇弟が初代を気に入っているのであれば、数年後に再度送り込んでまた子を作らせるなり傍に侍らせ絆させるなりさせるのがよろしいかと」

「正式な結婚は皇帝が認めないので、内妻としてですな」

「それで構わんでしょう。皇弟の全ての子は我が法国で育て、バハルス帝国皇室に関わらせなければ鮮血帝も異議は言えません」

 

今まで神人として覚醒することがなかった皇族に、ジルクニフが懸念するような価値を法国は求めてない。

彼らが求めるのはスメイロトの異能であり、血統であるエル=ニクス家には価値を感じてなかった。

 

「うむ、わが国にとって神人の確保は急務である。……あの娘があの様子では期待もできんからの」

「皇弟については、目にかなわなかったようですね」

「そうだ。以前一度来訪した時に様子を見ていたようだが、彼では強さの格が足りんと突っぱねておったよ」

 

あの番外席次らしいと言えばらしい言葉に、テーブルのあちこちから嘆息が洩れる。

 

法国では強者や支配層には義務が多い。

婚姻もそうだ。優れた才能や血脈のものは、それを維持したりより高めなくてはならない。

特に神人や逸脱者、英雄級を輩出した家系や個人に対しては重婚すら珍しくない。

 

「やはり、第一席次と皇弟を中心に、次代の神人の誕生を目指すほかないか……」

 

最近着任した第一次席次、隊長と呼ばれる青年の様な少年も事あるごとに神官長達から子供を作れと急かされている。

彼が神人、漆黒聖典のメンバーでも人類の限界に至った逸脱者たる『人間最強』をも容易く捻れる存在だからだ。

法国にとって神人とはまさに切り札であり希望。

スメイロトから次なる神人が生まれる事を欲する法国の執着は、人間が家畜か捕獲しやすい獲物程度にしか見られないこの世界においてある意味当然でもあった。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です、スメイロト様!!」

「おー、ご苦労さん」

 

警邏中の駐在兵の挨拶へ鷹揚に返答する。

スメイロトは、トブの大開拓地の中央にある開拓都市で視察をしていた。

この街はスメイロトが数年かけて開いた開墾地を管理維持する場所。

周囲の大規模農場で収穫された作物はいったんここに集められ、街道を伝って馬車で別の町に送られる。

帝国における新たな穀倉地帯を期待して皇帝肝いりで計画され建設されたこの街は施設の充実さにおいて地方都市の比ではない。

大規模な倉庫街、数階建ての集合住宅、大きな市場、各種農作物を加工する大規模な工房、住む者達を楽しませる娯楽施設の数々。

メインストリートの賑わいは一つ通りを外れた路地裏を進んでいる彼らの耳にも届いている。

 

「見事な酒蔵だろ? 近々、私の農園で穫れた葡萄でワインを作るワイナリーも完成するんだ。美味しく飲めるワインが出来るまで数年はかかるけどな」

「はぁ、そうですか」

 

後ろについてくる、帝国騎士の服装はしているが鎧も着込まずラフな印象を受けさせる蒼い髪の男が気の抜けた返事を返す。

きちんと髭は剃ってあるし服装も清潔であるが、正直なところ騎士の雰囲気からは程遠い。

皇帝相手にすら崩した敬語で話す帝国五騎士の1人、雷光のバジウッド・ペシュメルの方がよほど騎士らしく見えると言ってもいい。

 

「おいブレイン。随分と退屈そうだな。こないだ、ゴブリン・ウォーロードのそっ首を斬り飛ばしたばかりだろ?」

「まぁ、そうなんですけどね。やっぱり、お偉方の見回りのお供よりも、森の中での実戦か鍛錬の方が俺に向いているって言うか……」

「待ちなさい、先ほどからスメイロト様に無礼な口を……!!」

「落ち着けよ。無礼な口って言っても私が許してるんだから君もいい加減慣れなさいって」

「……はい。スメイロト様が仰るのであれば」

 

スメイロトの隣に居るカントリードレス姿の『寵姫』が険しい顔でブレインに噛みつくのを宥める。

誤魔化すように彼女の腰を抱いて引き寄せながら、彼は視察という名の見聞を楽しむ。

 

(最初の開拓村みたいなのがウソみたいだよな。ガキの頃都市経営シミュレーションゲームに嵌ってたけどリアルだとこんな感じなんだろうって思ってた)

 

スメイロトは発展が好きだ。

将来的に成長が見込めるものを見ているのが好きだ。

前世の閉塞しなにもかもが行き詰り、何かを切り捨てる事で見苦しい問題の先延ばしと延命を続けるしかないあの世界がトラウマであればこそ。

改革と新しい国家の創造を掲げるジルクニフを、単なる損得以上に支持しているのかもしれない。

 

「そういえば、近々始まる大森林の打通道路の調査に参加するんだっけ?」

「ええ、そうです。王国領土に繋がる道路の敷設する為に、危険がないか調べる感じでしたね」

「そこにお前好みの強い亜人かモンスターがいればいいって具合だろうに」

「はは、否定はしませんよ」

「あの王国戦士長を倒すために帝国騎士に志願して、強大なモンスターが出るっていうこの大森林への任地を求めるとはな。そこまで勝ちたいか?」

「ええ、どうしてもです。俺はあいつに勝ちたいんです……今の俺にとって、何よりも代えがたい目的なんだ」

「ふぅん、そうか……」

 

『俺はな、たっちさんに勝つのがユグドラシルを続けてるモチベーションなんだ。俺にとってあの人が他のワールドチャンピオンや誰よりも一番勝ちたいって思える人なんだわ』

 

「………勝てるといいな。その為にわざわざここまで来たんだ。結果が出るのを祈っておくよ」

「はは、スメイロト様にそう言われるとプレッシャーですね」

「いや、ブレインが戦士長と一騎打ちしてだな。お前が敗死したら俺がアイツやっつける事になるんだ。そうなると色々大変だから、お前が勝ってくれると嬉しい」

「うわっ、そんな事言わんでくださいよ」

「ふひひ、どうしても勝ちたい奴を俺に取られたくなけりゃ、頑張ってお前が討ち果たしてくれよ? できれば、生け捕りが理想だがね」

 

 

 

 

その日の夜。

 

「ああは言ったけど、英雄級の亜人かモンスターは出そうかな?」

「トブの大森林に住まうと言われる、森の賢王、沼地の双子魔女、西の魔蛇という存在がおります」

 

町で一番大きな私邸。

その中でスメイロトが気合を入れて作った浴室で彼と『寵姫』は浴槽に浸かっていた。

浴槽はトブの巨木から切り出した木材で作った。彼の前世の記憶でいう『総ヒノキ造り』という代物である。

 

「ブレインは英雄級一歩手前だから、相性次第で勝ったり負けたりする感じぐらいか……アイツが逸脱者位強くなるにゃそれ以上が必要だろうけど」

「今の大森林にはスメイロト様が倒された巨大な植物のモンスターは勿論、逸脱者たる人間最強の領域に伍する存在は出そうにないとは思います」

「……あれはなー」

 

隣に居る『寵姫』がちらりとスメイロトを見る。

スメイロトもそうだが、彼女も当時は漆黒聖典の一員として討伐作戦に参加していた。

彼女は知っている。決め手は漆黒聖典の最秘奥たるケイ・セケ・コゥクを使用する隙を、彼の異能が作り出したのを。

あの巨体そのものに全身全力で干渉し、十数秒だけイビルツリーの挙動全てを封じたのだ。

 

「もう、二度とアレぐらいの存在には遭遇したくないぞ。あの時は上手くいったけどおかげで翌日は介護される有様だったんだから勘弁だ」

「それはそうですが……人類の為であればこそ、立ち向かう必要があれば戦うべきかと」

「……まぁね。逃げ出してしまいたかったけど、あいつが東側に暴走したら帝国が終わってたから。だから私もやったんだけどさ」

 

じっと見つめてくる銀色の瞳に、スメイロトは意図的に軽薄な挙動で肩を竦めた。

 

「もう一度やれ、と言われたら逃げない自信がない。私は勇気あるものじゃないからな」

 

それは事実だ。彼は勇気あるものではない。

立場やしがらみで逃げる訳にはいかないから戦っただけだ。

彼は追い詰められてそうせざるを得なくなって、漸く勇気を振り絞れるタイプである。

 

「そのような事を仰らないでください。御身は人類の希望になるやも知れぬ身なのですよ?」

「希望、か」

 

深くため息を吐くと、スメイロトは徐に手を伸ばした。

湯の中の手が『寵姫』の、贅肉の無いくびれた腹部に触れてゆっくりと上下に撫でる。

ん、と軽く鼻を鳴らした『寵姫』の白い頬がかすかに茜色に染まった。

 

「希望たりえるとすれば、私と君の間に出来る子供だろう?」

「……スメイロト様」

「もちろん、普通の子供ではなくて、君の魔力と私の異能を引き継いでしまった神人と呼ばれる存在が、だ」

「……それ、は」

 

彼女と出会ってから、気乗りしないまでも相応の回数は肌を合わせてきたがまだ体調の変化などの予兆はない。

前世でも今世でも権力者の立場にあるスメイロトは、彼女を送り付けてきた法国の思惑を理解してる。

理解しているからこそ立場上彼女を抱かざるを得ないが、終わった後の気分は大概賢者タイムでしかない。

自覚ある種馬とその種馬に宛がわれた女とか、当人達にとっては他人の思惑に振り回されてるようなものだからだ。

 

(神人ねぇ……こっちのご先祖様にもそんな存在はいなかったし兄貴も極めて優れては居るが超人とは違う)

 

エル=ニクス家には神人の血は流れていないのだろう。

だとすれば、前世が異世界の人間であり何故かゲームのアヴァターの能力を引き継いだスメイロトにこそ価値がある。

そう判断した神官長達は求める相手を間違えていない。スメイロトとしてはむかつく事ではあるが。

 

(これが本当の子ガチャって奴か? 神人はSSRだろうからモモンガさんは苦労しそう……)

 

夏のボーナスをアイテムガチャにほぼ注ぎ込んで目的の指輪を一個しか引けず。

絶望のオーラ全開で円卓で突っ伏してたお骨様ならその辺の運気は低そうだなと現実逃避的に彼は思った。

 

 

 

 


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