アイ・ライク・トブ【完結】   作:takaMe234

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樹齢千年は至ってそうな超がつくサイズの巨木。

 

その頂点でアイダホは周囲を見渡す。

 

森、森、森、そして遠くに山脈と湖。

 

 

この世界は、自分にとって全くの未知である。

彼は真実、それを理解した。

 

「ああ、恥ずかしい……ギルメンに見られたら憤死してるぜ」

 

全く、恥ずかしいと数日前の自分を殺してやりたくなる。

たとえ、帰る場所が出来たとして、そこがどこにあるのか。

それすら考えれず、ただ飛び出し、そしてどう探せばいいのか分からない事に考え至り。

 

「あー、恥ずかしい……」

『殿ー、御命令通り巡回を終えてきたでござるよー』

 

木の根っこ辺りから聞こえる陽気な声に、なおさら憂鬱になる。

アイダホは生返事を返し、浮遊《レビテーション》でスルスルと巨木から降りて行った。

 

 

ああ、空はこんなに、信じられない程蒼いのに。

風は甘く大気はすがすがしいのに。

 

どうして自分はこうも憂鬱なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの謎の現象、見知らぬ世界にアイダホが放り出されてから数日が経過した。

 

結局のところ、アイダホは最初に出現した場所である大森林……トブの大森林に滞在したままである。

正確に言えば、南の森を掌握している主である森の賢王……現在はハムスケと命名された存在の巣にいる。

 

森の賢王がハムスケに改名した理由は、

 

「なんだか仰々しい名前だし、呼びにくいからお前今日からハムスケな?」

 

 

という理由である。

ネーミングセンスがいまいちなのは、彼が所属したギルドマスターと同じだと散々からかわれたものだ。

 

『モモンガさんと同じとか誰得』

『もうちょっとセンスを要望』

 

過去の楽しくも忌まわしい思い出にアイダホは、寂しげな舌打ちを一つした後でさっさと忘れる事にした。

 

『ホニョペニョコレベルのセンスwwwうぇうぇwwwワロスwww』

 

 

 

「喧しい腐れゴーレムクラフター!!」

『ぬわっ!?』

 

突然叫んだ自分の主……とハムスケの方で勝手に忠義を誓ってる存在にビクリと背筋を震わせる。

 

(うう、偶に叫ぶのが怖いでござるなぁ……)

 

自分を打ち負かした後で飛び去り、そして数日後に帰ってきたアイダホをハムスケは自分の主と敬い受け入れた。

モンスターらしく弱肉強食の理に沿って、ハムスケは彼を親分としたのだ。

 

アイダホもそれを受け入れている。当然、目論見があっての事だったが。

 

(この世界の常識や知識を知っている手下がいれば心強いし、こいつの領域であれば安全地帯といえる……)

 

彼にとって、外の世界はセーフルームの無いゾンビゲームと同じだった。

拠点無しで世界をさまようのはユグドラシルでも自殺行為だ。

そしてその理はこの異世界においても同じである。

街道上における何度かの遭遇で化け物扱いされた身としては、安寧たる場所が人間によって構成された地域にないのは事実。

属する国も組織も知らないし分からない彼にとって、偶然とはいえ得た西の森は唯一の安全地帯なのだ。

 

(後は……とりあえず、情報収集だな。何とか、ナザリック大墳墓を発見しないと)

 

墳墓の中に居た自分がなぜこの森に飛ばされたのかは不明だ。

だが、アイダホは自分が飛ばされた以上、大墳墓も飛ばされてこちらに来ているのではないかと勝手に期待していた。

今起きている現象が全くの未知であり、あらゆる要素が不明である以上どうしようもない事でもある。

彼はあらゆる知識を蓄えた術者や賢者ではないのだから。

 

「俺は自分が居た拠点に戻りたい。だが、そのためには……足元を固める必要があるし、この森がどうなっているかも知りたい」

『そ、そうでござるか』

 

巣の近くにある周囲と同化した天幕……《ネイチャーズ・シェルター/自然の避難所》には劣るものの所持者以外は不可視となるコテージ。

遠征クエストの先で宿泊回復用にと所持していたものであり、キーワードを唱える事でおもちゃのサイズのそれは大型のコテージへと早変わりする。

 

「ああ、だからまずはこの南の森を完全に安全な状態にしたい。拠点探しの為に離れている間にお前か南の森に異変があってここを失っては本末転倒だ。だから旅に出ても安全なようにしてやる。前に聞いた話では、いくつか勢力が入り組んでるんだったな?」

 

その中、ハムスケの巨体でも入れる居間。

気だるげなしぐさでソファに座っていたアイダホは尋ねる。

 

『その通りでござる。それがしの領域はこの南の森一つでござるよ。他は、それぞれの支配者の傘下にあるでござる』

 

南の主であるハムスケは、アイダホにこのトブの森の現状を説明した。

 

 

東の森にはトロールの集落がある。

そこに住んでいる【グ】というトロールが主だとか。

 

反対側の西の森にはナーガの一族が住んでいる。

姿を消すなど妖術を使うらしく、【グ】より搦め手で来るタイプのようだ。

 

湖と湿地帯に接した北側は、リザードマン達の集落が複数存在しているようだ。

いくつかの小さな集落に別れ、緩やかな連合を構成しているとのこと。

 

他にも南の森のそばには小さな人間の村があったり、中央部にゴブリンの王国やマイコニド(茸の化け物)の集落が鍾乳洞に存在したりするようだ。

どれもやや憶測などに近いのは、南の森の外にはハムスケがあまり出ることがないからだという。

【グ】やナーガが時折出してくる侵攻部隊を返り討ちにする以外は能動的ではなく、森の統一などには興味がないらしい。

 

『それがしが迂闊に動けば三竦みが解けて森の秩序が崩れるでござるよ。それでなくとも、あのトロールはしつこく攻めてくるから厄介でござる』

 

むしろ、馬鹿みたいに攻めてきては均衡を揺るがそうとするトロールに辟易しているようだ。

ナーガにしても自分とトロールが共倒れになる事を期待していて背中を見せる気にはなれないとも。

 

「お前も苦労してるんだな……」

 

アイダホはちょっぴりハムスケに同情した。

馬鹿な支配者が統治する隣国に位置すると、何の生産性もない苦労ばかり背負うのと同じだからだ。

 

「ともあれ、最初はそいつらを排除しようか。三竦みって言っても今の塩梅では何時まで続くのか怪しい代物だしな」

『せ、攻め込むのでござるかっ』

 

驚愕した様子のハムスケに頷き、ソファから腰を上げる。

 

「ああ、トロールとナーガ。データ通りなら強すぎず弱すぎず。実戦の検証にも丁度いいだろう」

 

フードの奥に満ちた暗がりに浮く、二つの光がわずかにほそまる。

ハムスケの背筋にぞくりと怖気が走った。

 

「行くぞ。今日で三竦みは終わり、お前の時代が始まるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【グ】はそいつの言っている事が理解できなかった。

 

 

「お前がいると、うちのハムスケが困るんでな。森から消えるのであればよし、でなければここでくたばれ」

 

 

その妙な暗がりを纏った緑色の人型は、トロールの集落へやってくるなりそういった。

その人型の後ろには自分達の森が広がるのを邪魔する森の賢王が待機している。

 

『馬鹿かお前、そんな馬鹿なお前に名乗るのを許してやる! 名乗れ!』

 

とりあえずそう叫んだ。

長い名前であれば、馬鹿にした上で刻んで食ってやるつもりだった。

東の地を統べる王たる自分に、そんな不遜な言葉を言った時点で生かして返すつもりは【グ】には無かった。

 

「名乗る必要はない」

『必要が、ないだと』

「ああ、無いな。だって……」

 

 

鞘走りが聞こえたと思った瞬間、分厚い肉を切断したような音が周囲に広がる。

 

 

『な、に……』

 

 

視界がずれる、ずれていく。

東の森の王は、自分の首が切断され切り落とされた事に気づいた。

 

「どうせ、もう付き合いが発生しない奴に名乗っても仕方ないだろ?」

 

それは、彼の首が地面に落ちてからだった。

 

「なんだ、この程度か。武具も大したことないが、反応もできないとはLv50以下だな……」

『ふ、フザケルナァァァァ!!!』

 

口から血しぶきを上げつつ、【グ】は自分の首を持ち上げた。

そして驚くべき事に再び自分の首を体に乗せて見せたのである。

 

「驚いた。デュラハンでもあるまいし。首が飛んでもまだ生きてるとは」

『舐めるな貴様、この俺を首を落とした程度で殺せると思うなぁ!!』

 

トロールの再生能力は高い。

それこそダメージの限界まで与えないと死なず、手足を切り落としてもものの数分で元通りになる位だ。

 

そして、【グ】がそんなトロール族の中で王を名乗れる力は膂力だけではない。

同族をして化け物呼ばわりされる異常ともいえる再生能力だ。

 

かつて一族を支配するときに対峙した相手からの攻撃で、頭の半分を粉砕された時でさえ。

崩れた大脳を振り払いながら【グ】は損傷部分をものの数秒で回復してみせたのだ。

そうしてトロールですら数回は余裕で死ねる負傷を受けても戦い続け、相手を文字通り叩き潰して族長の座を得たのだ。

 

だから、首を切断されても【グ】にとっては大した傷ではない。

首を持ち上げ接着すればすぐさま治る程度のものでしかない。

勿論痛いし火炎や酸があれば回復を阻害されるだろう。

だが、幸いにして単に鋭い刃物で切断しただけのようである。

接着した時点で傷は塞がり、何事も無かったかのようになるだろう。

 

『貴様は許さん、すぐに直して、俺の剣で砕いて殺して食ってやる!!』

 

【グ】は首から手を放して地に落ちていたグレードソードを取ろうとし……

 

 

ズル……ドシン

 

 

『あ……れ?』

 

再びずりおちた、首のまま。

【グ】は唖然と呟いた。

トロールの王の首は、相変わらずつながらずそのままだった。

一向に回復しないその有様に、後ろに居たトロール達も驚愕で狼狽えているのが声だけでわかる。

 

「既に治っててもおかしくはない。そう思ったのか?」

 

陰気な声音で、人型は手にした剣を掲げてみせた。

刀身が鎌のように大きく湾曲した形状の剣を。

 

「『ハルパーソード《再生封じの魔剣》』。こいつはな、お前よりも遥かに凶悪なヒュドラの再生能力すら遅延させられる業物だ。

 斬られればもはや回復させる事は適わない……しかし、効力を検証出来たのはいいけど、これでは些か効率が悪い。わざわざ刻んで回るのはなぁ……」

 

まだ何十体も、トロールやらオーガも居るしな。

そう呟きながら、背後に広がる彼の集落を見やる人型を見て、初めて【グ】の中で言いようのない戦慄が迸った。

人型はどこともなくその剣をしまったかと思うと、次に灰色のブロードソードを取り出す。

 

「安心しろ、お前らは死なない。死ねはしない」

 

無造作な突きが見上げる自分の体に突き立てられたと思った瞬間、一瞬で灰色の石像になってしまった。

 

 

【な……】

 

 

そして、絶句している間に、【グ】の意識も灰色に閉ざされてしまった。

 

 

 

彼は、生きたまま、石像へと変えられてしまったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エ・ランテルの冒険者で、トブの大森林にまつわる怪談話がある。

 

 

とある冒険者の一行が、深部まで薬草を摘んで回ったそうだ。

希少な薬草の群生が見つかり、彼らはついつい普段なら踏み込まない奥地まで足を踏み入れた。

結局欲を張りすぎた結果、森の中で夜を明かす羽目になる。

 

野営地から少し離れて用を足した冒険者の一人が、妙なものを見つけた。

森のただなかに、うっすらと白いものがあちこちに転がっているのを。

妙だと思った冒険者は野伏を連れてその場所を探ってみる事にした。

 

 

その白い物体の正体は、荒れ果てた集落の中に散乱するトロールやオーガの石像群だった。

どれもが何か恐ろしいものに追われたのか、絶叫や恐怖に満ちた面持ち、断末魔の形相で石化していた。

 

 

あまりの恐ろしい光景に、一行は野営を取りやめ夜通し歩いてエ・ランテルに逃げ帰った。

あの情景は一体何だったのか。どうしてあのモンスターの集落は壊滅していたのか。

 

結局、ギガントバジリスクが集落に乱入して全てを石化したのではという推論に落ち着いた。

 

だが、あの石化の魔眼を持つ魔獣が、トブの大森林で目撃された事例は無かった。

誰もが納得はしないものの、そうであると無理に結論付けることで片づけたのだ。

 

なぜならば、誰もがそれを確認しに行くのを嫌がったからである。

藪をつついて蛇を出すのと同じ、ギガントバジリスクか、はたまたそれ以上の化け物が出てくるかもしれないのだから。

 

 

 

結局、この【大森林の奥の石像の集落】はエ・ランテルの冒険者により、トブの大森林に向かう冒険者達を脅かす定番な怪談として長々と君臨することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、抜け殻?」

『そうでござる。それがし、降伏勧告に行ったのでござるが、住処は荷物すら残ってなかったでござるよ』

 

西の森の主逃亡。

その呆気ない結果にアイダホは呆れたようにため息をついた。

 

(ああ、そういえば覗き見してた奴がいたけど……あれが奴かな?)

 

 

……実際のところ、西の森のナーガであるリュラリュース・スペニア・アイ・インダルンは、遠くからアイダホと【グ】の戦いを見ていた。

その後の、一方的な集落の殲滅戦すらも。この時点で彼はアイダホとハムスケに対する抵抗を完全に諦めてしまっていた。

 

そして集落に対する容赦の無さを見て、恭順も無理だと悟り森から別の新天地を求めて逃げ出していた。

アイダホとすれば抵抗の意思をくじければと思い覗き見を見つけても放置していたが、思ったよりも効果が出すぎたようである。

 

「あのトロールとはどう見ても交渉の余地は無かったし、ナーガの方を屈服させる為にやりすぎ位がちょうどいいとは思ってたけど……ん、やり過ぎたか?」

 

フードの中にある顎(?)を擦るようなしぐさをアイダホはした。セリフはまるで某自称天才の如き反省の無さである。

ハムスケからすれば真っ暗な平面を手袋で擦っているような見栄えなので、あれで本当に顎を撫でているのかは不明だった。

 

「まぁ、これで取り合えず三竦みは解決した。よかったなハムスケ、これで大まかお前の天下だぞこのトブの森は」

『そ、それについてでござるが殿……それがし単体では全ての森を維持するのは難しいでござるよ』

「ああ、そういえばお前って眷属も居ないし手下もないんだっけか」

『そ、そうでござるよ……うう』

 

そう、ハムスケには同族が存在しない。

正確に言えばこの森に同種が存在しないのであって、大陸の隅々まで探せば同じ存在がいるかもしれないが。

そのためか、つがいがおらず子孫を残す生物の務めを全うできないと度々愚痴っていたがアイダホからすればどうでもいい。

 

(順調であればナーガに面倒くさい事は押し付けるつもりだったんだが……しかたない。他の連中にやらせるか)

 

正直、行き当たりばったりとしか言いようのないやり方であるが、所詮アイダホは前衛のガチビルドであり中身も金持ちのボンボンである。

これで彼らのギルドマスターか軍師役だったぷにっと萌えがいれば、もう少し知略に跳んだスマートかつ計画的なやり口もあっただろう。

だが、今はアイダホ一人であり、彼だけではやり方も多くは力任せになりがちだった。これが彼の限界なのである。

 

「ハムスケ、リザードマンと、ゴブリンの連中に接触するぞ。上手く森を仕切れそうな方を配下にして手薄な森を管理させよう」

 

こうしてアイダホによる成り行き任せの【トブの大森林セーフハウス計画】は、森に棲む面々を振り回しつつ進行していくのであった。

 

 

 




今回の被害者

街道を移動中の人々:お騒がせをしました
グ:一族揃って石像化。箱根彫刻の森ならぬトブ彫刻の森
ナーガ:トロールたちの末路を見てびびり逃走。残れば今の倍の面積を任せて貰えたのだが……


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