アイ・ライク・トブ【完結】   作:takaMe234

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起2

 

『むっ、見慣れぬ異形とは……兎も角、それがしの森を荒らした罪を償うでござるっ!!』

 

 

迫るジャンガリアンハムスターを見て思い出した事がある。

 

 

ギルドのメンバーの一人が、ジャンガリアンハムスターを飼っていたのだ。

一度画像を見せて貰った事があるのだが、確かに可愛かった。

あの世界でペットを飼えるという事はある意味ステータスだったので、女性陣はみんな羨ましがっていた。

 

その後、ジャンガリアンハムスターが死んだ。病死だったという。

 

ギルメンの落ち込みは凄まじく、一週間はログインしなかった。

その後も見栄えがネズミのモンスターなどが出てくる度に冷静さを欠き、果てには泣き出す始末。

 

(思えば、あいつが初期の引退者の中に居たのは仕方が無かったかもしれない……)

 

轟音と共に眼前を爪がかすめていく。

その向こう側にいるジャンガリアンハムスターの顔は確かに愛嬌に満ちている。

 

クリクリとした目つきとふっくりとした顔立ち。

丸っこい体形はまさにハムスターだ。サイズが手乗りどころか人間を複数背に乗せられる具合。

 

(しかし、こいつは俺を殺そうとしている)

 

相手がこちらに害意があるのは明白だ。

つぶらな瞳には怒りが灯り、その攻撃で自分を排除しようとしている。

 

(しかしなぁ………)

 

どうにも、戦意が沸かないのも事実だ。

外観が可愛げなのもあるが、どうにもかつての仲間の様子がチラつくのである。

勿論、たかだかそれだけの理由で攻撃してくるモンスターに手心を加えるのはナンセンスなのだが……。

 

(やめだ、どうにも殺る気になれない。それにこいつ……大した事ねぇし。殺す必要まではないかなぁ)

 

正直、アイダホにとってはハムスターは雑魚レベルの脅威でしかない。

ともあれ、こいつを殺す気にはならなくなった。

 

もし、仮にこのハムスターが彼の言うところの【雑魚な格下】ではなく。

この森に潜んでいるもっとも厄介な存在の、更に上を行くだけの強さであれば。

 

アイダホは、このハムスターを。

一切の躊躇なく、全力で殺しにかかっただろう。

 

逆にハムスターが【ワールドエネミー】級であれば逃走しているとも言える。

基本受動的なアイダホであるが、自分が生き延びるという点に関してはなんら迷いが無かった。

 

 

『ぬぅ、やるでござるな。それがしの連続攻撃を耐え凌ぐとはっ!!』

 

 

巨体と俊敏さを活かした体当たり、両手の猛攻、フェイントで飛んで来る尾っぽ。

彼が所持してるスキルの効力上、わざわざよける必要はないのだが何となく命中されるのが癪なのでよけている。

それらを余裕を持って回避しつつ持ってきている武器を思い出す。

これらを頻繁に使っていた時の敵は基本高位のモンスターか、Lv90以上が当たり前の高位冒険者達。

彼らと戦い、そして生き抜く為に伝説級の装備が腰に縦一列に並んでいた。

 

取り敢えず、普段使っているツインソードを手にした。

これは彼が二刀流である事、一番使用率が高い事にある。

元々のスペックが高い上多段攻撃と連撃で命中すればするほどクリティカルヒットの確率があがる優れものだ。

 

他の宝剣はダメだ。

強力すぎてどれもハムスターをオーバーキルしてしまう。

もっとも、このツインソードにしても普通に攻撃してはどの道ハムスターを殺してしまうだろう。

なおかつ、アイダホの懸念はまだあった。

 

(恐らく、LV100の前衛としては戦えるだろうが……ゲームと同じなのか、そうでないのか?)

 

バトルがゲームと同じ感覚なのか?

今のところ滞り無く回避しているし、パッシブスキル等も発動している。

だが、慣れ親しんだバトルスタイルはあくまでユグドラシルという仮想世界のゲームシステムでの事。

今は、嘘か真かこちらが【リアル】だ。アイダホは、まだ精神と身体がそちらに馴染んではいない。

こんな状態で、果たして戦いに踏み込んでいいのだろうか。彼はまだ中途半端に悩んでいた。

 

『避けてるだけでは、それがしを倒せはせぬぞっ!!』

(こいつらでも一応殺さずに済む可能性が一番高いってだけだ。やまいこさんのガントレットみたく非殺傷じゃない)

 

どうしたものかと、攻撃を回避しながら考える。

木の合間を縫うようにして避け続けるが、ハムスターは時には木を押し倒しなぎ払いながら追いかけてくる。

既に戦闘開始から数分が経過しているが、全く息切れせずに攻撃してるのでかなりタフなのではないだろうか。

ただの巨大生物だとしたら、どの道息が上がるだろうからそれを待つのも悪く無い。

だが、このハムスターの生態なぞ全然わからないし、スタミナがどれ程残っているかも不明だ。

後どれ位こうやってイタチごっこをしてればいいのか分からず、わからぬまま待ち続けるのは不毛にも思えた。

空を飛んで逃げる手もあったが、この程度の相手に逃げ惑うのも正直酌だった。

 

(取り敢えず、威嚇してみるか。それで屈してくれればいいし……それに)

 

手の中で柄をしっかりと握りしめながらアイダホはひとりごちた。

 

(こいつ、喋ってるしな。何かこの辺の事を知ってるかもしれない。まずは情報源確保だ)

 

このハムスターは『縄張り』と言っていた。

おそらくはこの森の所有者か何かなのだろう。

であれば、少なくともこの近隣についての情報は得られるに違いない。

 

(それなら尚更殺すわけには……あ、あの手があったか)

 

丁度いい手を思いつきハムスターに向き直ると、あちらも攻撃の手を休めてこちらに向き直った。

 

『回避するだけで何とかなると思ってるでござるか? せっしゃの切り札、しかと見るでござる!!』

 

身体が一瞬にして膨れ上がったような圧力感。

硬質な体毛に不可思議な文紋が浮かび上がる。

それらに力ある魔が流れ込み効力へと結ばれていく。

 

 

 

『チャームスピーシーズ/<<全種族魅了>>!!』

 

 

 

精神干渉を無効化する種族以外は例外なく魅了の状態へと落とし込む魔法。

今まで数を任せて攻め込んできたよそ者達や、縄張りを奪いに来た別の森の主の手勢を無力化させてきた切り札。

 

『さぁ、どうでござるか!?』

 

自信を持ってハムスターは叫ぶ。

 

無言のまま、アイダホは両手から剣を取り落とした。

森の地面に降り積もった腐葉土の上に、輝く二本の剣が沈み込む。

 

『ふふん、戦意を喪失したでござるな! では……』

 

得意満面になったハムスターは何かをアイダホに命じようとする。

その前に、アイダホは空手になった両手を突き出し……

 

 

『こちらに来るでござ………ぬわーー!!!???』

 

 

異常な長さに伸びてきた両腕の先端、アイダホの両手が丸い顔面をガシッと掴む。

慌てて振りほどこうとするが、掴まれた手から滲み出てきた黒い霧の様なものに触れた瞬間。

 

『こ、これは……なんで、ござるか!? 毒……!!?』

 

一気に魔力を抜き取られ、代わりにとばかりに送り込まれたのは言いようのない恐怖だった。

全身を怖気が這いまわり、狂乱して叫びだしたくなるような不愉快感がハムスターの精神を強烈に蝕んだ。

 

(こっちは種族がダークエレメントだからな。接触すれば魔力を吸い取り、代わりに恐怖を流し込める)

 

エレメントが具現化した上位存在……という設定であるアイダホの種族に依る攻撃である。

接触しただけで相手のMPを吸収し、恐怖(フィアー)を流し込みバットステータスを与えれる。

 

 

『な、何故……せ、せっしゃのチャーム、スピーシーズは……』

「レジストしたよ。こっちは前衛なんだ。搦め手対策の状態異常無効化は基本だぜ」

 

伸ばした腕を縮ませるアイダホ。

途中でしっかりと地面に投げた剣も回収している。

実に余裕のあるしぐさだったが、相手であるハムスターはそれどころではない。

口の端から泡を吹きつつ、ドッタンバッタンとのたうち回っている。

どうやら、狂乱状態にあるようだ。

 

「おい、大丈夫か……できるだけ加減はしたんだけど?」

『は、はわわわわわ……』

 

 

 

目をぐるぐると回転させているハムスターが落ち着くまでに、おおよそ一時間程が必要だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うう、なんで、拙者を殺さぬでござるか……』

 

ぐったりとした状態でハムスターは問いかけてくる。

その間に【収納】していたアイテムのチェックを終えていたアイダホは、面倒くさそうに応える。

 

「お前がもう少しおっかない化物だったら殺してたよ。それに、お前には聞きたい事がある。

 この近隣の事、知っている限り全部話せ。そうしたら、殺さずに離してやる」

 

『知っていることでござるかぁ……それがし、縄張りから出ないのでそれほど……あ、一応森の賢王って名乗ってござるけれども!!』

 

「賢王ねぇ……」

 

物知りでないのに賢王を名乗るとはこれ如何に。

期待外れだったかとは思ったが、それでも森の中のことだけでも聞いておこうと質問していく。

ハムスターは戦意がくじけたのか、従順ともいえる態度でアイダホの質問に答えた。

 

(トブの森……どこだ、ここ? 少なくとも現役時代にそんな地名の森林地帯はユグドラシルで実装されてなかった筈)

 

後期にログインしなくなったアイダホであるが、過疎化によって地形などの追加があまり行われなかったのも知っていた。

しかも、ほかに出てきた地名も全く知りえないものばかり。

 

北側に山脈と大きな湖がある巨大な森林地帯であることは知っている。

先ほど飛行中に見たからだ。それだってユグドラシルのマップで見たことのある形状ではない。

 

(いよいよ、訳が分からなくなった……どうしたもんだろうか)

 

今の自分は、子供のころ電子書体で見たラノベの主人公だろうか?

 

見たこともない場所に降り立ち、謎の力を手に入れ、大活躍!

あれよこれよと立場と地位を手に入れ、美女と美少女もより取り見取り!

やがては一国の王か支配者に……!!

 

「ないわー。そりゃ、ないわー」

 

なれるか、とアイダホはひとりごちる。

ちょっとは羨ましいと思ったが、ああも都合よくいけるとは到底思えない。

自分の前にいるのは薄幸で可憐な美少女ではなく、でっかいジャンガリアンハムスターだ。

 

 

現実は、どこまでも残酷だった。

 

 

チュートリアルも初期目的もない。説明書もない。

糞ゲーのごとき仕様がわが身のいる世界だ。

あの糞運営よりも非ユーザーフレンドリーな製作者が作ったゲームなのかもしれない。

このまま、あそこの小さな村に行けば、自分がどこに行けばいいのか、何をすればいいのかわかるのだろうか?

 

『〇〇の村です。あなたは勇者様なのですね!』

 

とでも言われるだろうか?

もし、なぜかあの村が襲われてて彼が颯爽にしろやる気が無いにしろ関与すれば。

それはそれで何か物語が始まったかもしれない。

だが、現在彼がしたことは見も知らぬ森の中ででっかいハムスターをぼてくりかました事だけだった。

これでは、物語なんて起こりようがないのである。

 

「ないわー。そりゃ、ないわー」

『あ、あのぅ……』

 

この先どうしたらいいのかわからないアイダホに声をかけたのは漸く立ち直ったらしいハムスターだった。

 

「ああ、まだ居たのか。もう聞くことはないし。約束だから逃げてもいいぞ」

『い、いえ。その……あなた様は、どこから来られたのでござるか?』

 

そう問われてアイダホは空を仰いだ。

どこからって言われても、自分でもわからない。

とりあえず、覚えてることだけ言ってみる。

 

「ユグドラシルのヘルヘイム。知っているか?」

『い、いえ、聞いたこともないでござるよ』

「知らないのか。つかねぇー賢王だなぁ」

『うう、申し訳ないでござるぅ……』

 

知らないという森の賢王に、失望を覚えたアイダホは立ち上がった。

 

「さて、行くか」

『どちらに行かれるのでござるか?』

 

そういわれて再びアイダホは天を仰いだ。

 

「それは俺が聞きたいよ」

 

せめて【現在の目標】でもあれば……目標?

アイダホは硬直した。

行けなかった場所が、あった!

 

 

「モモンガさんっ!!」

『ファッ!?』

 

そうだ、なんで忘れてたんだろうか。

訳の分からない現象で仮想世界で生身をもった挙句、現実の如き感覚の様な世界に放り出された。

その所為だろうか、この場所に至る前にしようとしていた事を思い出したのだ。

 

「ナザリック大墳墓だ、モモンガさんも、きっと間違いなく居る!!」

『そ、その様な場所は知らぬでござるが……』

「あー、そうか。知らないならいい。俺は行くぞ。じゃあな」

『あ、あのっ』

 

ハムスターが何やら騒いでいたが、もはやアイダホは気にしなかった。

 

 

彼は飛行《フライ》の指輪の効力を解放し、その体を空中へと飛ばしていった。

その気持ちは、既にあのナザリックへと、そこで待つ自分たちのギルドマスターへのみ向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その墳墓の主は、虚しさに満ちた心持ちで頭上を覆う旗の群れを数えていた。

 

かつてユグドラシルを席巻したギルドメンバーを示す、41の旗の持ち主は自分以外には居ない。

 

この日、姿を現した仲間たちは短い時間でログアウトし、最後に来たヘロヘロもすでに去っていった。

 

来ると言ってくれたギルドメンバーも、何かあったのか来てはくれなかった。

 

(これが、終わりなのか。俺たちの、アインズ・ウール・ゴウンの)

 

激しい怒りの後にきたものは、どうしようもない寂寥感。悲しみと慟哭。

 

一人で必死に維持し続けて来たのに、自分以外の誰にも看取られることなく終わる世界。

 

 

「なんでだよ……みんなで、作ったナザリック大墳墓だろ」

 

かえりみて貰えない事が悲しかった。

リアルを優先したメンバーからすれば、もうナザリックも自分も、過去の存在に過ぎないのだろうか。

 

「どうして、簡単に、捨てられるっ!!」

 

せめて、最後の日だけでも全員に集まってほしかった。

どうして誰も、共に最後の時を迎えてくれないんだ……。

 

無言で顔を手で覆ったその時、玉座の間のドアが軋んだ音を立てた。

 

 

「!?」

 

顔をあげたモモンガは、確かにドアノブが捻られるのを確認した。

あの扉の向こう側に、誰かが来ている?

 

「ひょっとして……」

 

思わず玉座から立ち上がる。

スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが手から離れ、その場に浮遊する。

何かが鳴り響いたような気がしたが、モモンガはそれには注意を払わず足早にドアへと向かう。

いまや、モモンガの心中は焦りと、そしてなにより期待に逸っていた。

 

「アイダホ、アイダホさんですか? 来てくれたんですかっ!?」

「モモンガ様?」

 

傍らで控えていたアルベドが困惑した面持ちで声を出したがそれどころではない。

唖然とした家令とメイド達がモモンガを見上げ、その背中を見送るが気にしている場合ではない。

 

「アイダホさん、返事をしてください!!」

 

もどかしい程に長い。ドアまでの距離が長い。

それでもドアにたどり着く。ドアノブが戻り僅かに軋む音を立てて開き始めた。

 

笑顔のエモートを表示させるのも忘れ、モモンガは顎をカタカタと動かす。

一度は失望した分、来てくれた喜びは跳ね上がった。

モモンガもドアノブに手を伸ばし、早くドアを開くよう押し開いた。

 

もう、時間がないのだから早く来てほしい。

そして共にナザリック大墳墓の最後を看取ってほしい。

 

そうすれば、孤独だった自分もようやく報われる。

この大墳墓を守り続けた自分の行為は、無駄では無かったと感じることができる。

 

 

「アイダホ………さん……?」

 

 

モモンガの叫びは、怪訝そうに小さくなっていった。

 

 

 

開ききったドアの向こう側には、彼が求めていたギルドメンバーの姿はなく。

 

広い廊下だけが広がっているのをその虚ろな眼窩は見ていた。

 

かたり、と下顎が開いて落ちる。

 

後ろでアルベドが何かを叫んでいた。

 

モモンガはしばらくの間、それに応じる事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 


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