原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
ご注意ください。
翌日、バハルス帝国とリ・エスティーゼ王国の初戦が行われた。
両軍の将が互いに舌戦の応酬を行い、帝国軍側はラッパと魔法通信、リ・エスティーゼ王国側は軍楽と号令でお互いの戦闘を開始する。
「ボウロロープ侯の武威を示せ! 我ら精兵の力を帝国軍騎士に見せるのだ!!」
ボウロロープ侯の側近の将が剣を掲げ、全軍に檄を飛ばす。
彼らには王国の為とか、王室の為とかそういった意識はない。
軍閥色の強い貴族軍の中でも特にその傾向が顕著であるボウロロープ侯軍。
その中でもエリートである精兵兵団にとって、軍功を立てるのは領主たるボウロロープ侯の為なのだ。
この時点で既に私戦に入りかけているのだが、大概の貴族軍はそれを大した問題と認識してない。
本陣たる王室直轄の軍と貴族軍達の連絡網が殆ど繋がっておらず、レエブン侯軍を除いて縦割りになっている時点でお察しの状態。
初戦で自軍の精兵を投入したのも、帝国軍への戦術的勝利の為ではなくボウロロープ侯軍の戦功の為である。
両軍の陣容は、
リ・エスティーゼ王国は精兵兵団の内1000名、そして両脇に配置された民兵4000名。
帝国軍は各軍団から抽出された軽装甲兵達の混成部隊約2000名程。
民兵の弱体さを数のみでカバーし、精兵兵団の突破力のみが王国側の強みだろう。
対する帝国軍側は数的にも倍の優劣をつけられ、民兵だけであれば兎も角、精兵兵団の兵たちは厄介だ。
彼らはリ・エスティーゼ王国の中でも珍しい専業兵士達であり、冒険者で言えば銀級の前衛職に勝るとも劣らない戦闘力を誇る。
事実、戦闘が始まってから2000名の軽装甲兵達はジリジリと自軍の陣営側に押されていく。
守りを固めている為、被害は少ないが傍目から見ても不利は明白だった。
「いいぞ、押し通せ! そのままだ!」
正面からは技量も士気も互角な精兵兵団が押し上げて来る。
まともに立ち向かえば、両脇から雪崩れ込んでくる民兵達が煩わしい。
彼らの戦闘力は全く脅威で無いにしても、互角の相手と戦っている時に側面や背面に回り込もうとされるのは非常に厄介だ。
無茶苦茶な突進により民兵の損害は甚大であり、帝国軍を数十m後退させた時点で死傷者は既に500名を超えていた。
しかし、彼らは後退できない。
それは許されないし、背後に控える騎士達の槍は常に民兵の背中を監視している。
敵前逃亡は例外なく即時処刑。
故に全員が悲痛と絶望に満ちた面持ちで帝国兵に挑んでいく。
それは敵である帝国兵から見ても痛々しい程だった。
彼らの悲痛と悲嘆など知らぬとばかり、精兵兵団はここぞとばかりに攻勢を強め、民兵達にも攻勢を強要させる。
民兵達の攻撃は稚拙で武器も粗雑だが、ロングスピアが鎧の隙間に入ったり柄で叩かれれば死傷の原因にもなる。
彼らに対して攻撃を仕掛ければ、その分正面の精兵兵団に隙を晒す事になる。
「くそ、合図はまだか!?」
悲鳴とも叫びともつかない声をあげながら突っ込んできた民兵の頭をハルバートでかち割りつつ、軽装甲兵の中隊長は愚痴る。
左右からの攻撃により精兵兵団の損害は抑えられていて帝国軍の不利は確実となっていた。
無茶な攻勢により民兵の損害率は既に全体の三割を超えていたが、ボウロロープ侯軍の将は許容内と見ていた。
侯から預かっていた兵団の損害が三割を超えていたらひどく焦っていただろう。
だが、民兵達は所詮数合わせで在りこういった戦い方の場合に必要な肉壁である。
彼は六割まで損害が出ても、目の前の軽装甲兵部隊を撃破して勝利出来れば勝利と見ていた。
この将軍は戦術家としては及第点だったが、きわめて貴族主義的な人間性の持ち主であり。
壊滅と判断される三割を超えて六割の民兵達が死傷しても羊皮紙上の数としての損害としか見ず、士気が崩壊した彼らをそれでも無理に戦場へ追い立てる事に何ら良心の呵責を持たない人間でもあった。
貴族軍の民兵を監督する部隊が俗に【牧羊犬】と呼ばれるのも、如何に貴族が民兵を人として見てない証拠とも言える。
さて戦局であるがこの時点で彼らは帝国軍部隊を大きく彼らの陣地の方へと押し込んでいた。
相手の陣形が壊乱してれば既に掃討戦に移ってもいい頃合いとも言える。
「ボウロロープ侯よ! 御身に勝利を……ん?」
勝利は近い。
疲れで軽装甲兵達の陣形に乱れが出て来たのをみて、再度の突撃を指示しようとしたその時。
将の耳に間の抜けた飛翔音が聞こえた直後、帝国軍陣地の上に黄色と赤の煙がさく裂した。
「なんだ、あれは………な!?」
ボウロロープ侯が率いている精兵兵団から見て右翼。
何もない筈の荒野が揺らいだかと思うと、【何かの幕の様なもの】が落ちた。
その幕に隠されていたものが、屈ませていた身をゆっくりと起こし始める。
更にその後ろにたっていた白衣の老魔術師がふわりと弓矢の届かぬ高空に舞い上がると、手にしたスタッフを掲げた。
【我が僕達よ……フールーダ・パラダインの名を持って告げる】
掲げた方向は………自分達、リ・エスティーゼ王国軍。
【目標、正面、王国軍】
白衣の老魔術師……フールーダ・パラダインが、喜悦に満ちた形相でゆっくりと口を開いた。
【蹂躙攻撃を開始せよ】
オオオァァァアアアアアアーーー!!
その場にいた、リ・エスティーゼ王国の全員の心胆を震わせた絶叫。
友軍である筈の帝国軍軽装甲兵達ですら恐怖の視線を向けざるを得ない叫び。
オオオァァァアアアアアアーーー!!
長大なグレードソードを掲げ、半身を覆えそうなサイズのタワーシールドを手にした黒鉄の騎士。
凶悪なフォルムの兜の奥から、生者に対する憎悪を煮え滾らせる伝説のアンデッド。
「あれが、あんな悍ましいものが新兵器か……総隊、防御陣形を取れ。王国軍には攻め入るな! あれが近付いてきたら隊を下げて距離を取れ! 下手に近づけばこちらも危険だ!!」
単体で帝国騎士中隊を半壊させた伝説の死霊騎士は、咆哮と共に突進を開始する。
重々しい地響きと共に接近してくる騎士が目指すのは……王国軍右翼に展開する民兵部隊。
軽装甲兵達との戦いで疲弊し、武装も貧弱な歩兵部隊。
アンデッドゆえに躊躇も容赦もない
そして、蹂躙が始まった。
戦闘ですらない、一方的な虐殺劇の開幕である。
「ははっ、予想よりも遥かに凄まじいなこれは……」
帝国軍陣地の見張り台から、魔法の単眼鏡で戦況を見ていた皇帝ジルクニフはそう呟くしかなかった。
彼が覗き込む先の情景は、自らの意思で肉親を弑してきた男でも顔を顰める殺戮の場。
長大な剣が振り回される度に、十数の死体が生産される。
折れたり吹き飛ばされた槍が宙を舞い、血袋になった民兵の破片がカッツェ平野の地に降り注ぐ。
突き出された槍衾など、剣の一振りで細枝の様にへし折られ、次の一撃で枝を構えてた民兵達が一列分血しぶきに変えられる。
勇気ある兵が何とか届けた槍の一撃も、その分厚い鎧と巨大な盾により、掠り傷一つすら与えられない。
オオオァァァアアアアアアーーー!!
死霊騎士の攻撃は愚直だ。
敵に向かってひたすらに前進し、剣で薙ぎ払い、盾で防ぎ強烈なシールドバッシュを食らわせる。
民兵にとって先ほどまで戦っていた軽装甲兵達の方が遥かにマシだったろう。
技量も士気も遥かに向こうが上だが、それでも鎧の隙間を突けば何とか倒せる可能性は存在した。
だが、今彼らを蹂躙しているこの怪物は何だ。
槍衾に突っ込んでも身じろぎもしない。
明らかに彼らの武器では全く通じず、怪物の攻撃は彼らをまるで玩具の兵隊の様になぎ倒していく。
おまけに倒された者たちは、
低い戦意は瞬時に崩壊し、民兵達に残るのは恐怖と逃避への願望のみ。
皇帝が軽い喉のえずきを堪えている間に、右翼の民兵の陣形は完全に崩壊していた。
後方にいる監視の騎士達が槍を手に後退る民兵達を威嚇しているが全く抑制になってない。
自分達を蟻のように踏み潰してくる相手に、騎士達の威圧ですら意味を無くしているのだ。
農民出自の民兵にとって、貴族の命令と背後から突きつけられた槍は絶対の理だ。
今までの戦いでは、その槍こそが敵よりも恐ろしく無慈悲であり、諦めと絶望に満ちながらも民兵を無謀な戦いへと拘束し続けてきた。
しかし、死と破壊が具現化した様な死霊の騎士によって、それが今打ち壊されたのだ。
死にたくない、あれに殺されたくない。化け物になりたくない。
民兵達は初めて騎士達の槍衾へと走り始めたのだ。
「右翼が崩壊したか。たった一体の投入で王国軍の勝利は潰えた。なら、追加となるとどうなるだろうな?」
皇帝が傍に控えているフールーダ・パラダインの高弟に声をかける。
高弟はメッセージで自分の師と通信した後で、恭しく報告した。
「はっ、陛下。我が師は予定通り第二陣を投入されるそうです。圧倒的な制圧力の次は、機動力及び制空力を示されるとの事です」
「機動力に、制空か……」
再び皇帝は単眼鏡を覗き込む。
混乱状態のリ・エスティーゼ王国の陣営に、大きな影が複数過るのが見えた。
「敵兵にこれ程哀れだという情を覚えるとはな。鮮血帝には相応しくない感情か?」
ジルクニフの呟きは、繰り返される大きな爆発音によって側近達には届かなかった。
王国軍は完全なるパニックにあった。
「ば、ばかな。こ、こんな事があり得るのか」
左翼の民兵達の【真上】へと、思わぬ強襲が舞い降りた。
「うわぁぁぁ!!」
「り、竜だ、骨の、竜だ!!」
三体の
その代償は、強烈なボディプレス。そして長大な尾による薙ぎ払い。
「じ、陣形を組め!」
「む、無理だ。あんなのにどうやって……ぎゃあああああ!!!」
「あ、あんな化け物が三匹、勝てるかっ、逃げろぉぉぉぉ!!」
尾が振り回される度に、哀れな民兵達の【パーツ】が雨あられの様に宙に舞いあげられ地に落ちる。
三体の
更に安全な筈の左翼の中枢へと突如舞い降りて来たので、左翼の民兵達の混乱と恐慌はすさまじかった。
文字通り好き放題に暴れまわる竜達から逃れるべく、それぞれが勝手な方向へと逃走を開始する。
しかし各々がパニックに陥って無秩序に行動した結果、お互いの足を引っ張りあい、逃げれる者すら逃げれなくなる始末。
本来なら彼らの逃走を殺してでも阻止すべき立場である騎士達ですら、精兵兵団の方へ逃げ出すありさまだ。
逆側の右翼でも
右翼では既に生きている民兵よりも、死体か
民兵達が弱兵である事とアンデッドに対する対応について無知だった事が原因であり、急激に増殖した
両翼が壊滅し、残るまともな戦力は中央の精兵兵団。
両側を
そんな彼らを高みから見下ろしつつ、フールーダ・パラダインは仕上げの一言を告げた。
【
フールーダ・パラダインの高弟達が率いる
降下した三体の他、残りの三体は幾つもの大きな樽を包んだ網を前足の爪に引っかけつつ羽ばたき、中央の精兵兵団の上空に差し掛かる。
【投下!】
弓程度では届かない高空に飛んでいた
運の悪い兵士の上、またはカッツェ平野の地面に落ちた樽は、強い衝撃を受けた瞬間に爆発。
樽の内部に仕込んであった
破損した触媒に仕込まれていたファイアーボールが爆発したのである。
しかも中には揮発性の高い高純度の液体燃料が充填されており、ファイアーボールの爆発によって引火した燃料は陣形内へ広く飛散。
たちまちの内に精兵兵団の陣形は火の海に包まれた。
火だるまになった兵士達が、断末魔をあげながら逃げ回り犠牲者を増やし。
引火して恐慌状態になった馬が乗り手を振り落として走り回り、歩兵を次々と蹴り飛ばしていく。
もはや戦いどころではない。
幾ら練度の高い彼らであっても、もはや逃げるしか余地のない状況。
しかし、フールーダ・パラダインが今回の戦いで必要としているのはこの軍用アンデッド部隊の強力さ、実用性。
一番それを皇帝に対して指し示すには……相手を徹底的に……それこそ、全滅させる必要があった。
【残り三体にて退路を断て】
樽を投下し終えた三体の
前方を軽装甲兵部隊、右翼を
そして背後を残りの
更にどうしても隙間が出来る
「ふ、ふざけるな……!!」
空に並ぶ高弟達の詠唱が始まり、手にしたスタッフの前に火球が膨れ上がり始める。
デスナイトの雄たけびと共に、
骨が軋る音を戦場に響かせ、六体の
自分達を慈悲も許容もなく滅ぼす、悪夢の力を前にしてボウロロープ侯の側近の将は絶叫する。
「ふざけるな、こんな、こんな戦いがあって堪るかぁぁ!!!」
飛来した数多の火球によって本陣を吹き飛ばされた彼の、最後の言葉であり。
彼が最後に聞いたのは部下たちの断末魔と、遠くから聞こえるフールーダ・パラダインの高笑いだった。
初日の両軍の損害。
リ・エスティーゼ王国は精兵兵団の内1000名の内978名戦死、そして両脇に配置された民兵4000名の内3855名死亡。
精兵兵団の指揮官は軒並み戦死。5名の騎士と30名の民兵が命辛々リ・エスティーゼ王国陣地へ逃げ込み、残りは帝国軍軽装甲兵部隊の捕虜となった。
帝国軍は各軍団から抽出された軽装甲兵達の混成部隊約2000名前後の内死傷者152名のみ。
リ・エスティーゼ王国軍は初日の対戦にて壊滅的とも言える損害を受け、激しく動揺する事になる。
特に自慢の精兵兵団の一個大隊を軍用アンデッド部隊により成すすべも無く全滅させられたボウロロープ侯のショックは激しく。
明日の戦闘において
しかし、彼らは知らない。
これが翌日の万単位の戦力を動員した戦いにおける、悪夢の序章に過ぎない事を。
彼らは知らないのだ。
あの軍用アンデッド部隊ですら生温く感じる、遥かに恐ろしい存在が自分達と敵対関係である事に……。
リ・エスティーゼ王国フルボッコ回
でも、本番は明日からでした(白目