原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
ご注意ください。
カッツェ平野。
普段であれば負のエネルギーを帯びた薄霧に覆われ、無数のアンデッドが徘徊する魔の領域。
この平野は不思議な事に、帝国と王国が会戦を行う時期になるとまるでそれを察したかの様に霧が晴れる。
まるで、新しいアンデッドとなる兵士を出迎えるかのように。
(今のところ両軍ともスケジュールの進行は予定通り。明日で開戦か)
アイダホはカッツェ平野を見下ろす小高い丘の上に居た。
目の前に広がるのは赤茶けた広大な平野。
そして遠方にある巨大な要塞と、それに対峙するように横幅に大きく広がった野営地。
7万の兵力を格納できる帝国軍陣地と、22万人を擁する王国軍の野営地群だ。
「総員で、30万人に達する大会戦になるという訳だな」
アイダホは手にしていた遠視の魔法のアイテム……双眼鏡を下ろしてから呟いた。
「この一戦で歴史が動くとなると感慨深い。そうは思わないかツアー?」
「思いはある。こういう風でしか人は歴史を変えれないという失望だけどね」
何時の間にか、白銀の鎧が丘に立っていた。
アイダホはゆっくりと振り返り、相対する。
鎧もアイダホをじっと見返す。
両者の中には殺意は無かったが緊張はあった。
「それは皮肉かツアー?」
「いいや、事実だよアイダホ。人が群を持ち、国を為してから延々と繰り返された事実だ」
白銀の鎧が右手を軽く挙げて両軍の陣地を指さす。
「かつて人間だった六大神が築き上げた人間の国を壊滅寸前まで追い込んだのは、他ならぬ人間であるプレイヤーの八欲王だった。アンデッドでありながら人の守護神を担い、この世界との協調を説いた彼を一方的に滅ぼしたのは彼らだ。そして私の同族を残りが僅かになる位にまで滅ぼし尽くし、果てには己自身の強欲によって殺し合い自滅に近い最後を遂げたのも。私は知っているのだよ、彼らの度し難い愚かさを。この世界を自らも含めて滅ぼせる救い難い愚かさをね」
「あんたがプレイヤーを通して人間に対し幻滅しているのは知っている。だが、あちら側の人間がアレだからと言ってこっち側もと言うのは早急じゃないか?」
「いや、規模は違えど彼らと人間の根幹は同じさアイダホ。際限のない欲望と、他者を害してでも欲する気性は同じだ。弱肉強食はこの世界に住む数多の種族に通じる基本だが、人間のそれは際立っていて危険だ」
「だったら、彼らを、人間を滅ぼすのかツァインドルクス=ヴァイシオン?」
アイダホの光点がすっと窄まる。
その腰に下げられた二振りの宝剣は共に竜殺しに特化した伝説級と神器級の宝剣。
今日のアイダホの装備は神器級をメインとしたユグドラシル全盛期時代に揃えた【本気仕様】。
未開拓の地に赴く旅以外では滅多にしない、自分と同格……他のプレイヤーの相手をする時にと想定した装備だ。
「しないよ。我が評議国にも人間の国民は沢山居る。それに、私が手をかけずとも、人間が亡びるならそれは人間自身の手だと思う。私がこうして君達プレイヤーを監視をしているのは、その自業自得にこの世界と、私の同胞や愛する民達を巻き込みたくない。それだけだ」
「俺が、滅びの発端になるというのかあんたは?」
「大いにありうるとも。君は無自覚か過小評価が過ぎる。君達が齎す技術と思考が如何に世界に波及し人を動かす力になるか理解していない。自分が便利だから他者に伝え、それがどういう結末に至るか全く無頓着だ」
例えばの話。
銃という概念が、プレイヤーを介してこの世界に伝わったらどうなるのか?
王国軍の戦力の一割程度でも
如何に専業として鍛え上げられた帝国の騎士達でも、銃列から放たれる数多の銃弾に抗することなど出来ない。
それこそ、物理攻撃を弾くだけの強力な防御魔法をかけない限りは。
それに対して、それだけの攻撃を行える彼らは、短期間の促成訓練を受けただけの農兵達なのだ。
恐らく、銃の概念は人間の戦いを、戦いの歴史を一変させる。
専業の戦士達が消えうせ、国民そのものが戦う者たちに成り代わる。
命中精度、射撃速度が上がり、大口径や砲と呼べる別種の兵器すら登場するかもしれない。
果てには階位魔法とすら掛け合わされ超兵器と化し、この世界を牛耳る異形種達の国々すら駆逐するまでに革新するかもしれない。
プレイヤー達は理解してないのだ。
自分達が及ぼす影響力の重大さに。
歴史や技術への介入に全くその姿勢を見せてなかったアイダホですら、今や二か国の間に立つ国家の君主だ。
いや、本人が望めばスレイン法国に顕現した第七の神にすら成り得た。
個人の悪意も善意も、神とすら言える圧倒的な力の前では幾らでも変異してしまう。
ツアーの立場からすれば、これを危険と言わずなんというのだろうか?
「あんたからすれば、プレイヤーはこの世界にとっての異物で、存在してはならないというのか?」
「招かれざる客人である事は事実だ。八欲王が来る以前であればまた話は違ったかもしれない。ただ、君達の可能性を悪しきものにしか考えられない位……彼らはこの世界から多くのものを奪った。国、人々、私の同族、あまりにも多くを」
「………そうか。分かったよ。ただ、俺も今は倒れる訳にゃいかない。養っている連中が多いからな」
アイダホはため息を大袈裟に吐いて腰の剣の鞘に手を当てる。
出会った頃から、ツアーとはどこか溝があると考えていた。
それがここまで深いものとは。
彼がこの世界の秩序の担い手である限り、アイダホが来訪者であるプレイヤーである限り。
個人的感情の好悪を超えて、二人は相容れる事が出来ないのだ。
「今回はこれでさようならだ。アイダホ。次の出会いも戦いではないと願っている」
「戦いに来たんじゃなかったのか?」
「警告しにきただけだよ。君の返答次第ではまた違ったかもしれない……私も正直君と事を構えたくはないからね」
すっと背中を向けたツアーに、アイダホは声をかける。
場合によっては戦いになると感じてただけに、些か拍子抜けしていた。
「君と対峙するリスクは承知している。今回の戦いの勝利で君が行き過ぎない事を、私からの警告を十分承知してくれる事を心から祈っているよ。ではな」
「そうか……どうしても俺を殺したいなら、俺の国に民主主義が根付いてからにしてくれ。そうすれば俺がくたばっても議会が国を動かせるからな」
根付くのが何百年後になるのかは分からないけどな、とアイダホは心中で呟いた。
ツアーの姿が丘から消えた後、アイダホはポツンと残っていた切り株に腰をかけた。
「逃がしちゃって良かったの? この戦場にあいつが来たら仕掛けて来る可能性が高いって言ったから来たのになぁ。少し期待外れ」
「すまないな。彼の切り札であるワイルドマジックは俺にとっても危険だ。だから戦いになった場合は速攻で仕留める必要があったから君を呼んだ訳だけど……戦わずに済んでよかったよ。君としては期待外れだろうが」
「んー、いいよ。神官長達も貴方のお願いならいいって言ってたし。でもこれって凄いアーティファクトね! 評議国の竜王の感知力を欺けるんだから……でもさ、あいつ倒さなくていいの?」
切り株に座り込んだまま、アイダホは誰かと話し合っていた。
「私もいるんだから、あんな奴二人がかりで倒しちゃえばいいのに」
「あの鎧は彼の端末に過ぎない。倒してもネタ切れまで次が出て来るだけだ。決着をつけるなら本体が居る評議国に攻め込むしかない。ここでの戦いはこちらにとってのリスクが大きすぎる」
倒している内にどんどん金属の質が安くなっていったら面白いなとは思っている。
銅製の鎧のツアーなんて、カッコ悪いの一言だ。
「それは厄介よねぇ……ねぇ、アイダホ」
「ん、なんだ?」
首にかけたままの魔法の双眼鏡を弄りながら、アイダホは姿の見えぬ相手と話し合う。
「アイダホは、なんで人を助けるの? 国まで作って養うの? 黒いエレメンタルで、人間じゃないのに。あの竜王と敵対しそうなのに、わざわざ人間の為にあれこれしてるんだもの」
「異形種が人助けするなんておかしいと思う?」
「うん、すっごく。プレイヤー様だからかな?」
相手の率直な言葉に何となく傷ついたが、アイダホはこう答えた。
「ああ、プレイヤーだからだな。中身は人間であって、
「人間性?」
僅かに空気が揺れる。
相手が首を傾げたのかなと思いつつ、アイダホは心中を吐露していた。
「ずっと考えていた事だ。最初は友達ともギルドとも合流出来ない寂しさを誤魔化す為だけだった。人の社会に近づけない俺が、人の世界に近づける為の手段。俺が、俺である事を確認する為だけの事だった。俺がかつて人間だったって事を。来るかもしれない友と再会した時、人間の残滓すら無くなった完全な化け物でありたくなかったから。あの場所を、バレイショを作ったのも同じことだ。逃避も入っていたかもしれない……思ったよりも入れ込まなければ、村ごと捨ててたかもしれない。少なくとも、俺の国の源を作った時はその程度だったよ」
ハムスケという家来も、あの村に集った故郷を失った哀れな人間達も、都合によって捨ててもいい存在だった。
何時からだろうか。投げ捨てれる存在を、捨てれなくなったのは。
「バレイショを養う為に色々やったよ。生きる為に竜王国を襲ってるビーストマン共を万単位で殺して来た。連中にも理由や都合もあるんだろう。攻め込んで人間を家畜にしなきゃいけない、そうしなきゃいけないんだろう。だけど、俺の都合で連中を殺して横に蹴落として都合を通した。誇りも糞もない、作業だったが必要だからやった。そうしてまで生かした人間の何割かが、感謝しつつも裏側では俺を化け物と恐れているのも知っている。不愉快だったけどあいつらが俺を恐れる理由は理解してたし、次の世代で慣れ切った連中は俺を救世主と言っていた。君ら法国の人々も同じだろう。最初は異物なのかと恐れ、今じゃ信仰すらしている」
最初は調子の良い事だとは思った。
彼の目的である人間性の持続が無ければ、馬鹿らしくなって途中で放り出していたかもしれない。
バレイショも、法国についても。趣味が動機ゆえにそこまでの義理はないのだから。
彼の身は既に人ではない。人間の勢力圏から出ても大して問題ではないのだから。
「それでも、見捨てなかった。それも人間性の確保の為?」
「………そうとしか言いようがない、な」
考えを脳内で転がしてみるが、結論はまだ出てない。
人間性の確保以外の、答えは出ていなかった。
「何にでも答えを返せないプレイヤーには失望を覚えるか?」
「んー、別に? 失望を感じるとしたら子供を作れない位かな」
「……また、その話を蒸し返す」
アイダホはため息を付いた。
ナニがない、というか生殖機能が無いのに子作りも何もないだろうにと。
「ねー、人間に変われるマジックアイテムと無いの? 子作りと敗北も知りたいんだからさぁ」
「そーいう風に強請られると正直あっても使う気が失せるなぁ……」
アイダホとしては、理想の女とは淑やかで儚げな男の後ろ三歩をそっと歩く女性だ。
異世界の祖国では既に絶滅している女性の在り方【ヤマトナデシコ】である。
かつてのギルメンの三人が如く、逞し過ぎる女性は彼の好みの範疇から出るのだ。
『殿ー、いずこに居られるでござるかー!?』
と、丘の下から声と気配がどんどん近づいてくる。
間違いなく第一の家来であるハムスケである。
「何かあったのかな……本陣に戻るか」
「私も行くー」
「わかったわかった。義勇兵の中に紛れてるニグン達が居るところまでは姿は見せないでくれよ」
「やったー」
彼女が自分にとびかかって来たのが、空気を切る音で感知する。
背中に重さがぐっと押し付けられる。
柔らかさは感じるが、本当に申し訳程度な感じではある。
何がとは言わないが。
「見えない何かを背負わされる。まるでコナキジジーみたいだなおい」
「なによそれぇ」
身体ごと揺さぶっているのか、上半身がグワングワンと揺らぐ。
身体が身体であるので、そのままぐにゃりと体を倒しても良かったが彼女の機嫌を損ねるので止めておく。
基本、アイダホは女性に対しては紳士的だ。
勿論、ペロロンチーノなどの紳士的とは違う意味で。
『あっ、殿ー!!』
丘の上を歩いていくと、前から軽い地響きを立てながらハムスケがやってくる。
体毛の紋様が増えて使用可能な魔法が十数種類になり、アイダホの見立てではレベル50代半ばになった。
これも百年近く手合わせをしたり大陸の探索に付き合わせたり、同族が居そうな地に一緒に跳んで婿探しをした成果である。
尚、レベリングとしては成功したものの最優先課題である婿探しについては結果が出なかった。
漸く見つけた大型犬クラスのハムスター(?)っぽいのを番にどうかと勧めてみたが泣いて拒否されてしまった。解せぬ。
『殿ー、ヘッケラン大隊長が探してたでござる。もうじき、王国の使いが来るから本陣に戻って来て欲しいとの事でござるよー。本陣から会見の場まで行くのにも時間がかかるでござる!』
「分かったよハムスケ。本陣に戻るから乗せてってくれ。ちょっとだけ余分に重いけど我慢しろよ」
頭をベシベシと叩かれる。彼女なりの抗議のようだ。
宥める様に叩く手を抑えつつ、アイダホは去っていった龍王に思いをはせた。
(ツアー。あんたが俺を滅ぼすというなら、俺もあんたを殺すよ。この世界の秩序も支配種の矜持も歴史も関係ない。今俺が死ねばあの国は崩壊する。俺が捨てれなくなった連中が寄ってたかって世界から捨てられてしまう。それは嫌なんだ。何故かは知らないけど)
「使者を送る意味があったのでしょうか?」
「形式上必要なのですよ。結局は決裂するにしても」
レエブン候はガゼフにそう声をかけつつ、はるか遠くにあるアインズ・ウール・ゴウンの本陣を見やった。
六大貴族の一人であるエリアス・ブラント・デイル・レエブン。
王国の王国戦士長であり、大陸でも最強格の剣士と名高いガゼフ・ストロノーフ。
カッツェ平野の端に布陣するリ・エスティーゼ王国王国軍の陣地のほぼ中央で二人は語り合っていた。
宣戦布告してきたアインズ・ウール・ゴウンへの対応について、リ・エスティーゼ王国は全く行っていなかった。
森の中であればまだしも、平野に出て来た総人口数万程度の国の軍など鎧袖一触と考えられていたからだ。
加えて異例にも総戦力に近い七軍を動員したバハルス帝国軍に対する対応で手一杯だったのもある。
だからこそ、カッツェ平野の片隅に千人に満たない少数であってもアインズ・ウール・ゴウン軍が姿を現した時、リ・エスティーゼ王国王国軍に動揺が奔った。
横やりを入れるつもりだと多くの貴族が騒ぎ、ボウロロープ侯に至っては5000を数える精鋭兵団を自ら率いて帝国との会戦が始まる前に叩き潰して見せると豪語した位だ。
ただ、ランポッサ三世は会戦時に不要な介入を避ける為、相手の敵意を推し量る為に様子見もかねて使者を送るべきだと珍しく主張。
帝国軍諸共打ち破ればいいと主張する第一王子とボウロロープ侯は激しく反対したが、敵戦力の観察は必要だとレエブン候が援護した為に実施されることになった。
「はぁ……しかし、人選があんまりではないかと」
「気位が高い人物が混じっていれば、交渉をぶち壊しにしてしまいかねないかとガゼフ戦士長は思われてるのかな?」
無骨な戦士肌であるガゼフはレエブン候の問いに応えず、顔を顰めて沈黙した。
レエブン候は政治色を嫌う武辺な戦士長らしい反応に内心苦笑していた。
(それは分かっているのだよガゼフ戦士長。だが、この交渉にはそもそも期待など全くしてないのだ)
この手合いが発生する事は、彼らと大領主の間でも十分想定していたこと。
ボウロロープ侯等の息がかかったものが使節団に混じっている事も予測済みだ。
何しろ、彼らにとってアインズ・ウール・ゴウンの如き小国は敵ですらないという認識なのだから。
だからこそ、あのような人選で使節団に自分達の随員を差し挟むような真似も出来るのだ。
その様な行為が、竜王の尻尾を面白半分に踏むような愚者の行いである事も理解できずに。
そしてそういう軽率な行為こそが、レエブン候達、そして何よりアインズ・ウール・ゴウンの望むところなのだ。
(相手に無礼な態度をとっても問題が無いのは、あくまで相手が格下である場合のみ。連中がそれを知る事になるのは、事態が完全に引き返せなくなってからだろうがな……)
この使節団がアインズ・ウール・ゴウンに対して行うであろう無礼非礼の数々。
それは戦後になってからそれを為した貴族達に数百倍に膨れ上がって襲い掛かる事態への口実になるのだから。
勿論、こちらの状況については配下を通じてアインズ・ウール・ゴウン側に通知済みであり、あちら側もわざわざ粛清の口実を用意してくれる使節団を『歓迎』するとの事だ。
レエブン候やザナック第二王子は、火の粉がかからない位置からどうなるかを見極めればいいだけである。
わざわざ火中に突っ込んでいく連中は哀れとしか思えな――
ゴウ――――――――――!!!
「「なっ………!!??」」
レエブン候とガゼフが、突如轟いた音に驚愕する。
そこはアインズ・ウール・ゴウン軍と王国軍の使節団が会見している、両軍の陣営の丁度中間地点。
そこから、天に向かって青白い一条の光線が放たれていた。
エリアス・ブラント・デイル・レエブンも、ガゼフ・ストロノーフも知らないそれは。
遥かなる異世界においてタウブルグ丘陵と呼ばれる場所に生えた巨塔をモデルとした対空兵装。
数多なる飛空する者達に対して絶大な効果を示したと呼ばれる宝剣……エクスキャリバー。
それがなぜ放たれたかはまだ不明である。
だが、二人だけでなく王国軍、そして傍観者に過ぎなかった帝国軍ですら理解したであろう。
リ・エスティーゼ王国は、本当の意味でアインズ・ウール・ゴウンにとっての敵となったという事に。
あの対空宝剣を回避できるのは戦場の鬼神と片羽の妖精ぐらいですね