LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

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第八話 衝突

空は現実世界ではありえないような、白一色で塗りつぶされている。

 

足元には水があり、ジルクニフは気が付いたときには、その水面の上に立っていた。

 

何処までも広がる水面には僅かな波さえなく鏡面のように輝いていて、その面より下に足が沈むことは無い。

 

(これは・・・あの水球の中か)

 

サレオスと名乗った巨人は、この中でお互いに意思をぶつけ合い勝者を決めよと言っていたことを、ジルクニフは思い出した。

 

「来たな・・・、ジルクニフ」

 

後ろから声がかけられる。

ジルクニフが振り向くと彼はそこにいた。

バレットは先程と全く変わらない格好で、ジルクニフと同様水面に立っていた。

 

「バレット。 お前は何を望んでいるんだ? 帝国を滅ぼすなどと・・・、お前も帝国の貴族なのだろう?」

 

帝国による恩恵を、最も受けているはずの貴族。

そんな彼がどうして帝国を滅ぼすなどと言うのか。

ジルクニフには、理解できていなかった。

 

「貴族、ねえ。 まあ確かにそうだな。 はは、オレがこんなだから誤解されてるかも知れないけどローチェル家は、かなり真面目な家でね。 ガキの頃から、帝国の為、皇帝の為に命を捧げよ。 それが常日頃から民の税で生きている貴族の宿命だって教えられてきた。

親父は小さい頃に死んじまったけど、その言葉だけはよく覚えてるな・・・」

 

目の前の水面に初老の男性が映し出された。

赤毛の、どこかバレットに似た面影がある男性。

バレットもそれを見て声を上げた。。

 

「おお、こんな風になってるのか。 オレの記憶に反応しているのかな・・・。

実際、兄貴たちはその言葉を忠実に果たしたよ。

一番上の兄貴は施しが好きでね。 貧民たちに食料を配ったりしていたけど、貧民街に裕福そうな格好で出入りしていたのがまずかった。 強盗にナイフで胸を刺されて、あっけなく逝っちまったんだ」

 

水面に映し出された場面が変わる。

担架に乗せられた男の体。

胸は赤く染まっており、顔に布がかけられているので、死んでいることが分かる。

 

豪華な装飾がついていたであろう衣服が土に汚れ、ボタンがちぎり取られた跡が見て取れた。

・・・貴族の服のボタンは宝石で出来ていることも多いため、何者かにもぎ取られたのだろう。

 

遺体の横では母親らしい、中年の女性が突っ伏して泣き叫んでいた。

 

「二番目の兄貴は勇敢な騎士だった。 正義感に溢れていて、人からも良く好かれて。

オレは小さい頃から気が小さかったからな。 兄貴はオレとは全く違う、すごい人だと思って憧れてた。・・・でも死んだ。 任務中に遭遇したオーガに頭をかち割られてな。始めに、足を負傷して地面に転んだところを上からズドン。

仲間によると、最後の言葉は"助けて、母さん"だったとさ」

 

映し出されたのは、白い石で作られた墓。

帝国騎士団では、損傷がひどい遺体は遺族に引き渡さず、そのまま埋葬してしまう。

石に刻まれている騎士団の紋章がこれが、その為の墓であることを示していた。

 

「三番目の兄貴は・・・、そうだな、良い人だった。

親父も兄貴たちも死んだ後、ローチェル家を維持する為に必死で頑張ってたよ。 悲しみのあまり体調を崩した母さんの面倒も見ながらな。 オレが騎士団に入ったのも、少しでも家を支えたかったからだ」

 

最期に映し出されたのは屋敷の広間。

美しい絨毯と、シャンデリアが貴族の家である事を示していた。

 

その部屋の壁から突き出ている、帽子などをかける為であろう棒の下。

 

二人の人間が、首にロープをかけてぶら下がっていた。

 

「でも、母さんも兄貴も元々心の強い人達じゃなかった。

オレが騎士団に入って最初の街道警備の任務で、何も出来なかったことは話したよな。

これは、そのすぐ後。 やっぱり騎士なんてオレには無理だ、辞めようと思うって家族に話す為、実家に帰って・・・、そこで二人の・・・、死体を、見つけ、た」

 

バレットが話終えたと同時に映し出されていた光景は消え、元の静かな水面に戻った。

 

「それで・・・、帝国を恨むようになったのか?」

 

「帝国を、てのは、ちょっと違うな」

 

バレットはジルクニフの言葉を首を振って否定した。

 

「そもそも何を恨めばいいのかすら、分からなかった。

一番上の兄貴を殺したごろつきは、とっくに処刑されたし、二番目の兄貴を殺したオーガも仲間にその場で討伐された。 一番下の兄貴と母さんに至っては、自分で死を選んだわけだしな。

・・・まあ一番上と二番目の兄貴も、自分の行動の結果死んだことには変わりねえ」

 

「ならばどうして、帝国を滅ぼすなどと?」

 

「・・・そもそも貴族って何だと思う?」

 

バレットは唐突に話題を変えた。

 

「兄貴と母さんが死んだ後、考えてみたんだ。 結局俺たちは伯爵家に生まれたけどよ、それって要するにオレの先祖が功績を成し遂げて、そんで与えられた爵位を受け継いだだけだろ?

貴族だけじゃねえ。 皇族に生まれたアンタは皇帝になるべく育てられ、貧乏人の子に生まれたガキは分相応に育てられる。 卓越した才能と度胸でもなきゃ、大体決まった道を辿らざるを得ないようになってるんだ」

 

それをジルクニフは否定することなど出来ない。

何故ならジルクニフ自らが望んで、皇帝を目指し始めたわけでは無いからだ。

幼い頃に勝手に才能を見込まれ、自分は将来皇帝になるのだと言い聞かされ続けてきた。

 

「思えばオレの兄弟の誰もかも、知らず知らずの内に始めから決められた道を歩き、そして死んでいった。

死んだのはもちろん本人のせいだ。一番上の兄貴は、貴族として人の悪意を感じる能力に欠けていたし、二番目の兄貴は他人を利用する狡猾さに欠けていた。 三番目の兄貴と母さんは、貴族として生きていくには真面目で、そして弱すぎた。 オレも貴族として、騎士としても臆病すぎたしな」

 

一旦言葉を区切ったバレットは、ここではない世界を見るように視線を宙に漂わせた。

 

「だけど初めから貴族としての道なんて用意されておらず、自由に自分の生き方を選べたなら、みんな、自分にあった道を歩めたんじゃないか・・・? あんな馬鹿な死に方はせずに済んだかもしれねえ」

 

バレットの視線が、ジルクニフに突き刺さる。

 

「みんな生まれた時から、何かに縛られた奴隷だったんだ。 身分だったり、種族だったり、国籍や貧富だったりもする。 自分で選んだわけでも無いものに縛られて、望んでもいない道を歩かされている・・・。

だからオレは思ったんだ。 そんな鎖は、全部オレがぶっ壊しちまおうってな!

家の名を使ってアンタの護衛団に入ったのも、本当はそれが目的だったんだ。 皇帝を殺せば、帝国っていう枠を壊せると思ってた。 だけど・・・、アンタも所詮は縛られた奴隷だと気付いた。 もし殺しても、バハルス帝国は無くならない。 違う奴が皇帝の椅子に座るだけだ。 ・・・しかし別の奴もアンタを殺そうとしたのには驚いたがな。

アンタの為に死ぬつもりも無かったし、直ぐに隠れたが見つかっちまった。

ま、それのおかげでオレの夢をかなえる機会が、こうして巡ってきたわけだが」

 

「・・・お前は、これから何をしようと言うんだ」

 

「サレオスがくれるという力はどんなものでも壊せる、でかい力なんだろ?

オレはその力でこの世界を縛る全ての鎖をぶっ壊す。 全ての生命が自分で選んだ道を自分の意思で歩く、そんな世界を見てみたい。

これがオレが自分で考えて得た答えだ。 皇帝という鎖に縛り付けられて、そんなものの為に命を捨てる?

奴隷同然にクソッタレな運命を受け入れ、生きたいという当然の意思さえ縛られたお前が・・・、オレの邪魔をするんじゃねえッ!」

 

バレットの体から迸り出た鋭い光がジルクニフを貫く。

何よりも強く、純粋な力。

光が貫いた場所に、まるで石のようにヒビが入る。

ジルクニフはバレットの強い意思を受け、自分の心が悲鳴を上げているのを感じていた。

 

 

 

 

 


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