LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

6 / 56
第五話 光の底へ

石で出来た壁の裂け目から、次々と大きな蜥蜴のような生物が這い出てくる。

 

その口には鋭い牙が並び、紫色の液体を地面に滴らせていた。

 

「こいつら毒があるぞ! 牙に触れないようにしろ」

 

魔法のアイテム、一角獣の指輪が持つ毒物探知の能力で毒の存在を知ったジルクニフが叫ぶ。

紫電の刃の特殊能力は既に使い切ってしまっていたが、それでも刃を蜥蜴たちに突き出し真っ直ぐに構える。

刀身を走る雷に蜥蜴の本能が恐怖を訴える為か、何とか蜥蜴を威圧し押しとどめることが出来ていた。

 

<斬撃>

 

バレットのブロードソードによる一撃が大蜥蜴の首を跳ね飛ばす。

 

大振りによって出来た隙を狙い横から別の大蜥蜴が飛び掛かってきたが、それはバレットの予測の範囲内だった。

 

<回避><知覚強化>

 

武技により鋭敏になった聴力で蜥蜴の位置を把握したバレットは、素早い動きで後ろに引く。

毒の滴る牙から逃れつつ剣を一振りすると蜥蜴の胴体は空中で分断され、二つの肉塊となって地面に転がった。

 

水晶宮に入った当初は未知のモンスターに怯えて実力を出し切れていなかったバレットだが、あの水の迷路からここに至るまで多くの修羅場をジルクニフと共にくぐったことで、命がかかる場面でも冷静さを保つことが出来ていた。

 

バレットが今持っているブロードソードはその道中で見つけた、モンスターにやられ死亡したと思われる帝国騎士の遺体から拝借したものだ。

 

遺体は風化が進んで白骨化しており、他の鎧や道具などは使用できる状態ではなかったが、この剣だけは錆避けの魔法が込められた鞘に入れられていたらしく、使用できる状態にあった。

 

だがジルクニフ達が見つけた遺体はせいぜい十数体。

この場所に入った者たちが全員死亡したとするなら、あちこちに死体が積み重なっていてもおかしくない。

多数のモンスターが存在している為、死亡した者の大半はそれらに捕食されてしまったのだろう、とジルクニフは納得していた。

 

「ちぃっ、このっ」

 

ナイフを恐れずに攻撃を仕掛けてきた蜥蜴がジルクニフの腕に嚙みついた。

咄嗟にナイフを首に突き刺し振り払ったが、噛まれた場所から不快な脱力感が広がってくる。

 

「殿下⁉ っとぉ、うしっ、これで最後だ」

 

ジルクニフを横目で見ながらも、バレットは一度も噛まれず全ての蜥蜴を始末した。

 

「大丈夫ですか? 解毒のポーションとかありませんし患部を刺して血を抜いたほうが・・・」

 

帝国軍で教育される毒のある生物に刺された際の応急処置を薦めるバレットだが、ジルクニフはそれを手で制する。

 

「いや、その必要はない。 "毒を癒せ、一角獣の指輪"」

 

ジルクニフの指にあるユニコーンを模した指輪から柔らかな光が溢れだし、全身を包む。

指輪の主を蝕んでいた毒は噛まれた際の傷と共に消え去った。

 

「一日一度までだが、この指輪で毒を癒せる。 しかしもう後が無いな。 水は所々にある湧き水を飲めばいいとして、食料はどうにもならん。 そろそろ出口が近づいていると良いんだが」

 

元々準備をしてこの場所に入ったわけではない二人は、圧倒的に物資が不足していた。

ポーションもなければ食料もロープなどの探索道具も無し。

 

水は湧き水を一角獣の指輪で調査して現地調達が可能だが、食料はそうもいかない。

いかに腹が減っているからと言って、得体の知れないモンスターの肉を食うのは気が進まなかった。

 

一角獣の指輪で毒の有無は確認できるが、たとえ毒が無くても消化に悪かったり、人間の体質に合わないものだと腹を壊す可能性はある。

 

常に命の危険と隣り合わせの今、体調を崩す危険は避けたかった。

 

「だが、どうも気になるな」

 

「えっ、何がですか?」

 

 

「私たちは今まで、多くの罠やモンスターに行く手を阻まれたが辛うじて生き残ることが出来た、だがそれが逆に引っかかってな・・・。

確かに私たちにとっては幾度となく死を間近に感じた道中だったが、アダマンタイト級やオリハルコン級冒険者ならば容易く切り抜けられそうなものだが」

 

「もしかしたら、今はここのモンスター達が大人しい時期とかじゃないですか?」

 

だがバレットも自分で言っておいてなんだが、この推測は希望的に過ぎるな、と考え直す。

 

「又はええと。 この先に凄く強いモンスターがいるとか・・・」

 

「そうだったらまずいな」

 

「ええ、この道中死体が少なかったのは、実は皆は、そのモンスターにやられているってことなら辻褄も合いますね。 で、でも、アダマンタイト級がやられるようなモンスターなんて、オレじゃどうすることも出来ませんよ・・・」

 

当初の予想とは異なり、苦戦しつつも先へ進むことが出来ていることで、もしかしたらここから出られるのではないか、という希望が芽生えかけていたバレットの心に一転暗雲が立ち込める。

 

バレットが落ち込んでいくのを感じたジルクニフは努めて出来るだけ明るい声を出す。

 

「いや、悪かったな。 別に、不安を煽る為に言ったわけでは無かったんだ。 もしかしたら、私かお前のどちらかが、とんでもない幸運に恵まれているのかもしれん。 それなら、私もお前も、両方生きて帰れるかもしれんぞ」

 

ジルクニフはバレットの背中を、ばんばんと強く叩いた。

普段のジルクニフはここまで快活には振舞わない。

強気な態度はバレットを鼓舞する為というより、自分の心を奮い立たせる目的の方が大きかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ここは・・・?」

 

ここまで石畳が敷かれていたり、壊れた燭台らしきものがあったり、罠が仕掛けられているなど人の痕跡を感じさせる場所は所々にあった。

しかし基本的には自然の洞窟そのままと思われる部分が多く、光源も岩肌から突き出た鉱石しか見かけていない。

 

だが今ジルクニフ達がいる部屋は明らかにこれまでと趣が違う、人工的な物だ。

 

壁面には燈台が等間隔で配置されており、蝋燭の代わりに丸く加工された光る鉱石が置かれている。

床は、赤、青、白の小さなタイルが敷き詰められモザイク模様をなしていた。

 

一際目を引くのは部屋の中央の床に開く大きな穴と、その前にある文字が書かれているらしい石板。

部屋の奥には石の扉が見えるが、そこはぴったりと閉ざされている。

 

二人は手分けして部屋の中の捜索を始めた。

 

「この扉は開かないようだな。 押しても手応えがない。」

 

「うわっ、この穴、底が見えませんよ。 落ちたらまず登るのは不可能ですね」

 

「確かにそのようだな。 一体誰が何の目的でこの場所を作ったのか。 とりあえず、石板には何て書いてあるんだ?」

 

だがそこに書かれていたのは、幼い頃より皇族として英才教育を受けてきたジルクニフにも全く見覚えが無い未知の言語。

もしフールーダが、いや、そこまで凄腕のマジックキャスターでなくとも読解の魔法が使えるものがいれば少しづつでも解読することは可能だったのに、と思うが無いものねだりをしても始まらない。

 

「だめだ、全くわからん。 もう少し他の場所を探してみるか」

 

「はい。 何語なんでしょうね、これ」

 

バレットは呟きながら石板の文字を指でなぞった。

 

「おい、まだ触るのは止めておけ。 さっきの落とし穴みたいにまた罠が発動するかも・・・、おいどうした?」

 

石板に触れたまま固まっているバレットをジルクニフが怪訝な目で見る。

その声にバレットは大きく身を竦めた。

 

「い、いえ、何でもないです。 そうですね、俺は壁を調べてみることにします」

 

しばらく二人は無言で作業する。

レンジャー技能は持っていない為ゆっくりと目を凝らしながら。

 

だが、部屋に満ちていた沈黙をバレットが破った。

 

「あの、少し聞きたいことがあるのですが、いいですか?」

 

「んっ、何か発見したのか」

 

「あー、いえ。 そういうわけでは無くて個人的な事です」

 

床を詳しく調べていたジルクニフは、バレットの方を見上げた顔を元に戻す。

 

「そうか。 まあ、いいぞ。 話しながらの方が、作業が捗るかもしれんしな」

 

「殿下はここに来てからも、ずっと冷静な態度を崩してませんよね。 最初なんか必要なら自分を見捨てろって仰ってましたし。 オレなんか、ここに来てから、ずっと恐怖に押しつぶされそうです。 ・・・もしかして殿下は恐怖を感じていないのですか? いや、本来こんな質問は、オレみたいなのが、殿下にするなど恐れ多いのですが」

 

数秒間の沈黙。

ジルクニフが口をゆっくりと開いた。

 

「恐怖、恐怖か。 感じてないはずが、ないだろ。 感じていない振りをする練習を積んで来ただけだ。 私のような立場にいるものが、こんな事、本来は言うべきではないがな」

 

「そ、そうですよね。 はは、やっぱりだ。 殿下も、オレも同じ人間ですから。 

帝国の為なら、自分など死んでもいいって言うのも強がりなんでしょう? そうだ、そうです、生まれた時から、勝手に決められた役目の為に死ぬなんて出来るわけがない。 オレに本当のことを教えてくれませんか。 どうせ生きて帰れる可能性なんて無いんですから」

 

「いや、それは本当だ。 帝国を生かすためならば、私の命を捨てる覚悟は出来ている。 私には、その理由があるからな。 ま、喜んで命を捨てるとまでは言えないが。 やはり、帝国も生かして、私も生きることが出来るならその方が、よっぽどいい」

 

「そんなこと・・・、いえ、そう、ですよね。 なんせ皇族の方ですから、オレとは・・・」

 

バレットが力なく呟く。

もしジルクニフがもっと場数を踏んでいたならば、彼の声に宿る危険な響きを感じ取れたかも知れない。

 

「・・・?  それに生きて帰れる可能性はまだ潰えていないだろ。 石板の文字が分からなくても、諦めるにはまだ早い」

 

「ええ、どうも弱気になってしまっていたようです。 調査を続けますね」

 

また、しばらく沈黙の時間が流れる。

その時だった。

バレットが部屋の中央の大穴の前で、驚いたような声を上げる。

 

「で、殿下。 これを見てください。 穴の中が!」

 

「どうした⁉」

 

ジルクニフは急いでバレットの横に駆け寄った。。

だが、見下ろした先にあったのは、依然として底知れぬ暗闇を湛えている大穴のみ。

 

「何か変化が・・・、ぐはっ、なに、を」

 

背中をバレットの手に押されたのを感じた直後。

 

ジルクニフの体は穴に投げ出されていた。

 

光に満ちた部屋の明かりが、徐々に遠のいていく。

 

それがジルクニフが意識を手放す前に見た、最後の光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。