LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

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第五十五話 八欲王

八欲王と呼ばれるプレイヤー達。

アーラ・アラフの言葉によると、彼らは五百年前に、この世界に現れたという。

 

「この世界に来ていたのが私達の……と今は言っていいのか分かりませんが、ナザリック地下大墳墓だけでは無かったと知った時点で、薄々予想してはいましたが、やはり他にもプレイヤーは来ていましたか」

 

「はい……、法国上層部の間では百年毎にプレイヤーが転移してくる、という憶測もあるようですが、それは確実ではありません。 現在プレイヤーだと断言できるのは、私達とその八欲王。 後、二百年程前に存在した、口だけの賢者と呼ばれるミノタウロスの戦士くらいです。 彼は当時、ミノタウロスの国で食用の家畜として扱われていた人間を、労働奴隷の地位まで引き上げたと伝えられており、この世界に冷蔵庫や扇風機と言ったリアルの概念を持ち込んでいることからプレイヤーであることは確実でしょう。 ……とは言えミノタウロスに与していた時点で、恐らく人間の残滓は残しながらも、精神は変質していたのでしょうが」

 

彼女の声には、微かに刺々しい響きが含まれていた。

 

「種族に精神が引っ張られる……か。 私も心当たりがありますし―――、考えたくは無い事ですが今もそうなのかも知れません。 あなた達と戦ったあの時、何故か急に精神が人間の頃に近づいた気がした。 ……いや、この世界に来てから少しづつ意識しなくなっていた変化を、鮮明に意識したというべきかも知れません。 あれも、あなた達に関係があるのですか?」

 

アーラ・アラフはその質問には即答せず、口元に手を当てて、少し考えた。

 

「恐らくは。 推測になりますが、これも後でお話しましょう。 ええと、プレイヤーと断言できる存在についてまで話しましたね。 その他にも、プレイヤーらしき者はいましたが、現時点で確定的と言える者はそのくらいです。 とは言え、人間が住む領域はこの大陸の一地域に過ぎませんし、スレイン法国の情報網だけでは、大陸全ての情報を収集など出来ないことは確か。 百年毎のプレイヤーの転移という説も、あながち的外れとは言えないかと」

 

少し話がそれましたが、とアーラ・アラフは八欲王の話題へと戻る。

 

「さて、その八欲王は転移して間もなく、私達とは違う道を歩み始めました。 ……何よりも財を、名声を、権力を求めた奴らは、大陸統一という覇道へと乗り出します。 力で各地の勢力を隷属させ、急速に支配領域を拡大していった奴らは、スルシャーナが指導者となっていた私達の国にも、侵略の牙を向けました。 ……プレイヤーの数からして八人と一人、しかもレインフォールは百年の時を経て戦力も弱体化していましたし、スルシャーナが彼らに太刀打ち出来る筈は有りませんでした。 そこでスルシャーナが選んだ道は籠城だったようです。 彼はレインフォール以外の支配領域を放棄して、出来るだけ大勢の人間をつれてギルド拠点に篭りました。 それは妥当な判断だった思います。当時のギルド拠点は転移や情報系魔法を妨害する結界も健在でした。 傭兵NPCもかなりの数がいましたし、戦力を集中させた上で自分のテリトリーに篭られれば、八欲王も大きな犠牲を払わなければ神都は攻略出来なかったでしょうから」

 

ただ……、と彼女は続ける。

 

「当然、この都市だけでは全ての国民を収容することは出来ませんでした。 それは土地の問題もあったでしょうし、或いは各地の民を全て保護するには時間が足りなかった為。 人間の中には当時不満が高まっていたスルシャーナより、八欲王に希望を抱いた者が居たからかも知れません。 詳しい事情は分かりませんが、人間達は、スルシャーナの元に集いレインフォールに篭城した者達と、各地に残り八欲王に支配された者達とに二分されました。私達六人のプレイヤーは、六大神と呼ばれ信仰の対象になっているのですが、現在、周辺国家では私とスルシャーナを除いた四人のみが信仰されています。 法国の記録によると八欲王は、各種族、国家独自の信仰はある程度そのまま引き継ぐことを認めていたようですが、支配下の人間達の、私とスルシャーナに対する信仰は禁止されました。 理由は恐らく、私の信奉者は、特に亜人に対し敵意を抱いているものが多く、全種族を支配下に収めようとしていた八欲王にとっては余計な火種を招くと判断されたからでしょう。 スルシャーナに関しては、理由を考えるまでもありません。 自分達の敵を信仰することなど当然禁止するでしょうから」

 

「しかし、私はこの世界についてまだ知識が浅いですが、現在も各種族間での争いは消えていないことは分かります。 ……つまり八欲王の世界統一は失敗したということでしょうか?」

 

「はい、であり、いいえでもあります。 その後八欲王は目的と手段こそ分かりませんが、この世界の仕組みをユグドラシルに酷似したものに改変してしましました。 この世界の存在にもユグドラシルのスキル、魔法を行使出来るようにしたこと。レベルアップの仕組みを導入したこと、アンデッドを発生するようにしたことなど……。 但し、この世界には、武技と呼ばれる技術の存在、第0位階というユグドラシルには無い位階の存在、既存の魔法を改造して新しい魔法を作成出来ることなど、独自の仕組みもあるようですが。 ……そして年月が経ち、スルシャーナの籠城も二十年近くに及びました。 食料はダグザの大釜を使って何とかしていたのでしょうが、流石に数十万人の食料を確保するとなると出費もかなりの物になったと思います。 しかも、その頃になると八欲王は力ある竜の領域やレインフォールを除く大陸の大部分を支配下に置いており、スルシャーナも限界を感じたのでしょう。 彼はある時、八欲王から持ちかけてきた対話に応じることを決意します。 内容までは伝わっておりませんが、和平か若しくは有利な条件での降伏でしょうか。 彼は百レベルの拠点NPC達と自分が召喚した悪魔の内一体のみを連れ、残りの戦力は拠点防衛の為に残して交渉の場へ向かいますが……、それは卑劣な罠でした。 スルシャーナは八欲王に囲まれて、レベルダウンと蘇生を繰り返しながら戦い……、そしてついにはレベルダウンの限界を迎え消滅してしまいました」

 

アーラ・アラフの手が、握り締められて白く染まる。

それまでは淡々と語っていた彼女だったが、スルシャーナの最後を語るときは多少声が揺れていた。

 

(……仲間がそんな嬲り殺しのような目に遭えば、怒りは当然か)

 

と、モモンガは感じた。

 

「力ある竜達は……、ああ、そういえば竜の説明がまだでしたね。 私が生きていた頃の竜達は現在では始原の魔法と呼ばれている魔法を操っていましたが、全ての竜が使えるという訳ではありませんでした。 始原の魔法を使う者は、特殊な血脈を引き継ぐドラゴン達のみで、彼らはあらゆる自然の中に満ちる魔力を自在に引き出して使用することが出来るらしく、その威力は超位魔法に相当するものもありました。 ……当時のドラゴンからの受け売りですが。 私達は、その一部のドラゴンを力ある竜と呼んでいたのです。彼らは、対話に応じる姿勢を見せたスルシャーナが、無惨にも殺されたという情報を得てこう考えたのでしょう。 もはや、八欲王との対決は不可避。 ならば、我々の力を合わせ、八欲王に決戦を挑もう、と。 ……しかし、決戦に参加した数十体の力ある竜達は幾度か八欲王を殺すことには成功したようですが、レベルを削り切ることは出来ずに敗北。 当時、八欲王の覇業を阻む、最後の障壁であった力ある竜も滅び、八欲王を妨げる者は何も無くなりました。 ですが……ふふっ、奴らその後でどうしたと思いますか?」

 

アーラ・アラフの質問を受けモモンガは、自分ならばどうするかと考えてみる。

 

二十年近くの歳月を掛けて、やっと仲間と共に、大陸統一を目前にした。

ならば……。

 

「唯一残った敵対勢力、レインフォールを攻略する、ですか。 その、トップであるスルシャーナさんが居なくなったならば、時間をかければ少ない損害で攻略することも可能でしょうし……」

 

そのスルシャーナの仲間だったアーラ・アラフの前ということで、モモンガは少し遠慮がちに言う。

モモンガの答えに、アーラ・アラフは口の端をゆがめて笑った。

 

「それが当然の、理性的な思考だと思います。 レインフォールは最早風前の灯火、攻めることは愚か、守ることすら、ままならない程に戦力が低下していますから。 しかし、その状況を受けて、度を越した強欲さを持った八欲王はこう考えたようです。 レインフォールなどいつでも潰せる、最早我々に敵はない。 ならば……、これまでに得たものを独占する為に、他のプレイヤーを排除しよう。 ……そして奴らは互いに殺し合いを始めました」

 

「それは……、何と……」

 

モモンガは呆れるを通り越して、理解すら出来なかった。

突如として異世界に投げ出された八人のプレイヤー。

自分について本当に理解してくれる、唯一無二の存在である仲間達と、そのようなくだらない理由で殺し合うとは……。

 

もしかしたら、彼らも種族やカルマ値の影響を受けたのかもしれない、とモモンガはふと思う。

しかし、モモンガ自身もこちらの世界に来てから、少なからず変わってしまったとは思っているが、だからと言って仲間と殺し合いなど考えたくも無い。

モモンガにとっては、やはり理解出来ない、という感想しかなかった。

 

「八欲王は、そのまま最後の一人になるまで殺し合いました。 そして残った一人は、何故か世界の支配者として君臨しようとはせずギルド拠点と思われる浮遊都市と呼ばれる場所に篭もり、外部との接触を断ちました。 ……八欲王の中でも、仲間に襲われ仕方なく闘っていた者だったのか、仲間を全員失った時に自分の愚かさに気がつき絶望したのかは分かりませんが、結果として八欲王は世界征服をほぼ成し遂げた直後に壊滅、力で押さえつけていただけの各種族が、その後も協力を続けるはずなどなく、世界は再び元の混沌へと戻ります。 ……その中で、八欲王に支配されていた人間と、スルシャーナの元に集まっていた人間達が再び一つとなることはありませんでした。 二十年間の歳月と、スルシャーナに見捨てられた者と守られていた者という立場の差は、両者の間に大きな溝を生み、プレイヤーが不在となった当時のレインフォールでは離れてしまった人の心を再び引き付けることは難しかった。 そうして八欲王の支配下にあった人間達は、国家の樹立、滅亡、統合を繰り返して現在の王国、帝国、聖王国などの四大神信仰が根強い国家へと至り、レインフォールに籠城していた人間達は、現在までの約五百年間、法国を維持して来ました」

 

話が一段落つき、アーラ・アラフは大きく息を吐いた。

 

「……さて、ここで八欲王の件は決着しましたが、現在に至るまでもう一度だけ外せない出来事があります。 それはスルシャーナが八欲王との話し合いに赴く際、拠点の防衛レベルを最大に引き上げたことに起因しています。

これは憶測では無く、ある方法で実際に確かめたので間違いありません。

彼も自分の不在時のレインフォールのことが心配になったのでしょうが、自分が死ぬことは想定していなかったようです。 ……もしものことがあっても逃げるだけならば、何とかなると考えていたのかも知れません。 本来レインフォールは、トラップや迎撃設備を解除し、エリアエフェクトを切った状態ならば拠点の収益と、自動POPするNPCや、傭兵NPCの維持費などの支出が釣り合うようになっていたのですが、スルシャーナの用心深さが災いして、拠点の維持費は一気に増加し、一定期間毎に拠点内に存在するユグドラシル金貨の中から自動で維持費が引かれていくことになりました。 ……とは言え、プレイヤーが誰も居ない以上、拠点の防衛システムを停止させることが出来る者はいません。 残された拠点NPC達は近い将来に迫るギルド休眠という未来を悟り始めました」

 

ギルド休眠。 それはユグドラシルにおいて、ギルドの維持費をプレイヤーが払えなくなった状態のことである。

ギルド武器の破壊とは異なり、ギルドが崩壊してしまうことはないが、拠点NPCのギルドの支配下からの離脱、収益の停止、ギルドを包む結界の消滅など、限りなくギルド崩壊と近い状態になり、再度ギルドを始動させるには、かなりのコストが必要となる。

 

「その時点で十七体存在した拠点NPC達は、ギルド休眠時の自身の暴走を避ける為に、スルシャーナの復活を信じて自らを地下深くへと封印しました。 復活のその時まで眠ったままでいられるように……。 その後、ギルドは休眠して、召喚時の代金とは別にかかる傭兵NPCの維持費も払えなくなり、傭兵NPCも消失。 スレイン法国に残ったのはスルシャーナからそれぞれ都市の守護と、宝物殿の警備を命じられた二体の悪魔のみとなります。 ……しかし、その封印は今から二百年前、法国内部のある過激な思想を持つ教派により破られました。 その教派はスレイン法国の上層部からは異端として認定されて、行動を制限されていたのですが、だからこそ、より先鋭化してしまったらしく………、『眠りし神々が目覚めし時、彼の神々は世界の理を正し、全ての悪しき者に裁きを与える』、という極端な思想へと到達してしまったようでして……。 当然、封印を解いた者達は暴走したNPCに即座に殺され、都市内に解き放たれたNPC達は法国民を殺し始めます。 スルシャーナに都市の警備を命じられたレベル60程度の悪魔と、法国の神官達総出による儀式魔法などでどうにか暴走したNPC達の内三体は仕留めたのですが、残りの十四体のNPCは大陸中へと放たれ、数時間に及ぶ戦闘の余波で神都の中で耐久力の低い建物……、実を言うと六色神殿と中央大神殿以外は殆どそうなのですが……、それらが軒並み倒壊、更には都市を守る悪魔までもが戦闘の中で死んでしまうという最悪の展開になりました」

 

「……それで、その暴走したNPC達はどうなったんですか? この世界の基準では例え三十レベル程度のモンスターでも伝説級と聞きましたし、倒すことはかなり難しそうですが」

 

「解き放たれたNPC達は魔神と呼ばれ、世界中で幾つもの国を滅ぼしました。 彼らが私達の配下だと知っている者達からは、最初以降、沈黙を保ちづつけたスレイン法国を批判する声も上がったようですが、当時スレイン法国は国民の心の支えだったスルシャーナの下僕も居なくなり、軍も戦闘の余波で壊滅状態でしたからね。 しかも他の国では魔神と呼ばれていても、彼らの信仰する神でもあった訳ですし、とても戦える状態ではなかったようです。 幸い、NPC達は大陸を滅ぼす前に、十三英雄と呼ばれる多種多様な種族の英雄達により討伐されました。 彼らの中にはプレイヤーが紛れ込んでいた可能性が高いのですが、当時はスレイン法国の諜報網もかなり打撃を受けていて正確な情報は残っていませんでした。 ……そして現在、再び世界に激動の時代が訪れています。 ギルド拠点、ナザリック地下大墳墓の転移は大きな要素ではありますが……、この時代の始まりとしては別の存在の出現が挙げられるでしょう。 

それはこう呼ばれています。 迷宮(ダンジョン)と」

 

幾度かのプレイヤーの出現毎に、新たな時代が大陸に訪れた。

そして今再び世界は、荒れ狂う大海へと投げ出される。

 

迷宮(ダンジョン)の時代。 

失われた神が蘇り、蹂躙されるのみだった弱者が神に到達しうる牙を手にする時代。

 

かつてない程に、複雑かつ力に満ち溢れた時代に世界は足を踏み入れている。

 

 


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