LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

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屍の街
第五十三話 指針


ナザリックの最奥部、玉座の間の前室である大広間。

 

レメゲトンの悪魔を象った六十七体の悪魔像が、まるで王を守る衛兵のように立ち並び、天井には四色のクリスタルが緩やかに回転しながら複雑な光を部屋全体に投げかけている。

 

それらは、ただの装飾品では無く、ナザリックの最終防衛システムを構成する存在。

百レベルのパーティーを、二つは壊滅させ得る兵器群だった。

 

大広間の奥にある巨大な扉を抜けると、そこには更に圧倒的な光景が存在していた。

 

壁には、ギルドメンバー四十一人を象徴する大きな旗が垂らされ、天井には七色のクリスタルで作られたシャンデリアが、眩い光で部屋を包み込む。

 

部屋の最奥には十数段の巨大な階段があり、その上には現在、三体の影があった。

 

デミウルゴスは現在、部屋の最奥に配置されているワールドアイテム、諸王の玉座に座り、強欲の魔将と嫉妬の魔将の二体を前にしていた。

 

魔将の二人は、恐怖に体を縮こまらせながら言い訳がましいことを交えつつ、エ・ランテル襲撃の顛末を説明してくる。

デミウルゴスは玉座の上で、それを聞くと同時にこれまでの、そしてこれからの事にも思考を巡らせていた。

 

 

玉座に座っている、と言ってもデミウルゴスに自分の権威を強調する目的がある訳ではないが。

デミウルゴスは、モモンガの追跡を諦め指輪を使いナザリックに帰還した後、第八階層、桜花聖域を守っていた筈のオーレオールから、第八階層に配置されていた存在が暴走し始めた旨を聞き、急遽それらを再支配する為に、諸王の玉座へと向かったのだ。

 

幸いデミウルゴスがナザリックに戻るまでの時間が短かったことが幸いし、それらは一体も失われずに無事デミウルゴスが再支配することが出来た。

ただ、その過程でオーレオールの部下であるモンスターの内、七十五レベル以上のモンスターが六体損失したらしいが………オーレオールから聞いた話によると、最悪それら五体の内四体は失われていてもおかしくは無かったらしい。

 

デミウルゴスはオーレオールに聞くまで八階層に配置されていた存在の正体は知らなかったが、諸王の玉座を使用した際に伝わってきた情報によると、それら五体が元ナザリックのレイドボスという存在は本当らしい。

 

高レベルのシモベを六体失ったことは確かに痛いが、レイドボス五体を支配できたのならばお釣りがくる、とデミウルゴスはオーレオールに対しては賞賛の意を先程伝えたところだ。

 

しかしデミウルゴスにとってレイドボス達にまつわる話は、喜ぶべき事柄ばかりでは無かった。

ワールドアイテムは一般的なマジックアイテムとは違い鑑定魔法により情報を得ることは出来ない。

消費型ならば、触れた瞬間に。 そうでなければ使用時に、所有者に対して情報が伝わって来るのだ。

 

(使用時に伝わってきた、諸王の玉座の効果。 正直言ってかなり使いづらいですね……。 モモンガさ――、いや、モモンガがあれらを第八階層に互いに離して封印していた理由が理解できました。 ―――まあ、それでも使いどころは当然ある。 頼もしい戦力が得られたことには変わりはありませんが)

 

そして、もう一つの懸念事項。

 

(オーレオールが自己申告してきた、自身が簒奪の薔薇の影響から逃れたという件。 ……徹底的にリスクを排除するならば、始末するべきですが、それは貴重な戦力の損失となる。 オーレオールにしか出来ない、ナザリック内のゲート管理も不可能になる……、流石に失う物が大きすぎますね)

 

一先ず、第八階層の件を身を危険に晒して解決に導いたことは、ナザリックに、そしてデミウルゴスに対しての忠誠を示した。

ならば、当面は警戒しつつも様子見……ということにするか、とデミウルゴスは結論した。

 

そして意識の重点は目の前の二体に移される。

 

「その突如現れ我々を妨害した女に対し、かなりの手傷を与えることには成功しましたが……、最終的には逃げられてしまいました。 逃走経路は恐らく下水道を利用したものと思われます。 そ、その後ンフィーレア・バレアレの蘇生魔法を利用した探索。 既に攫った男達の検分を行いましたが……」

 

「結局、発見出来なかったと?」

 

淡々とした口調で、デミウルゴスが強欲の魔将の言わんとしている事を先取りする。

その声に、体をより一層強ばらせながらも強欲の魔将は答えた。

 

「は、はい。 ……この失態、どのような罰でもお受けする所存です」

「私も……同様です」

 

失敗者に与えられる、容赦が無いであろう処遇に怯えながらも二人は、はっきりと答える。

ここまで来れば、せめて潔く罰を受け入れるべき、という諦念が声に含まれていた。

 

しかし、デミウルゴスの返答に特に怒りは込められていなかった。

 

「………ンフィーレア・バレアレを取り逃がしたことは確かに失態だったね。 モモンガやアルベドの妨害があれば、成功確率は高くはないと踏んではいたが二人が現れていない状況で失敗、普通ならばありえないミスだろう。 ただ……、その乱入者、金髪の女の情報を持ち帰ったことは手柄と言えるがね。 超位魔法とは異なる巨大な魔法陣、それに伴う我々の視点から見ても巨大かつ強大な魔法。 この世界特有の物かもしれず、それと短時間ではあるが交戦して得られた情報の価値は高い」

 

さらに、デミウルゴスは続ける。

 

「それに、その女、あまりにタイミングが良すぎることも気になるね。 取り敢えず、君達のエ・ランテル襲撃の経験から、この世界の人間の強さは話にならない程弱いことは理解出来た。 無論、あくまで平均の話であろうし、例外も当然あるだろうが……。 その上で、それ程の実力者が今日エ・ランテルに居て、同じくンフィーレアを狙っていた。 これは恐らく偶然では無いだろうね。 もしかしたら、いや、高確率でモモンガが何らかの計略を巡らせた結果だろう」

 

風向きが変わってきたことを悟り、魔将は頭を下げたままデミウルゴスの声に集中し、真意を探ろうとする。

もしかしたら、まだ死なずに済むかも知れない、と。

 

「ギルドを奪い、臣下は僅かにアルベドのみ……という状況まで追い詰めても、やはり相手は智謀において、私の遥か先をゆく神算鬼謀の大マジックキャスター。 この状況で、君達二人が持つ、今日の記憶と力を手放す訳には行かないね。 ……今回の失態に関しては罰は保留としておこう。 不問では無く、保留。 この意味は言う必要は無いだろうね?」

 

「は、はい!」

「二度とこのような失態は繰り返しません」

 

二人の魔将は、緊張した声で答える。

 

不問では無く保留。

二人はこの言葉が示すことは、次は無い、という事だと理解した。

 

 

「では早速働いて貰うとしようか。 ……まずは、他のシモベ、特に階層守護者達の動向の把握だね。 無論簒奪の薔薇の効果により、私をギルドマスターと認識している以上、謀反までは無いだろうが……何らかの私に不利益となる行為をする可能性はある。 あれを使用した当初は、精神的に興奮していたのかナザリックのシモベは時間さえ経てば無条件に私に従う、と考えていたが……よく考えれば、ギルドマスターの命令ならば、どんな物でも全く迷わずに遂行できるとは思えないからね」

 

例えば、とデミウルゴスは考える。

 

以前に、自分がモモンガにウルベルト様を殺せ、と命令されたとすればどうだろうか。

無論、ナザリックのシモベとしてギルドマスターに逆らう事など許されない。 だが自身の創造主であり……、この世の何よりも美しく、叡智という概念の具現化、深淵なる魔導の申し子と今も変わらぬ崇拝を捧げるウルベルト様を殺せと命じられれば?

 

当然、勝ち目など微塵も無いだろうが、それでも戦うことは躊躇われるだろう。

最終的には、創造主とでさえも対峙することを決意出来る、とかつてナザリックのシモベであった者として、心のどこかでは感じる。

 

しかし、同時に命令に反しない範囲で精一杯ウルベルト様の手助けをするだろう、とも思える。

例えば、秘密裏に情報を流すなど……。

 

(アルベドやパンドラズアクターなどは、例え洗脳が上手くいっても、従順なシモベにはならなかったかも知れませんね。 モモンガさ……いや、モモンガに対して個人的な感情が強すぎる者は危うい。 しかし……、モモンガを個人的に慕う、というよりはナザリックのギルドマスターとして崇拝していた者ならば、ある程度は安心して使えるかも知れない? ……とは言え、生物の心などは簡単には見透かせぬもの。 安易な判断は危険、か)

 

暫くの間は傭兵NPC等、明確にナザリックその物に仕えているシモベを使うべき、とデミウルゴスは決定する。

至高の存在への個人的な思い入れが強すぎる拠点NPCが、今後どのような行動を取るのかは不確定要素が大きすぎる。

 

「次は、拠点内に存在する財産の保護だ。 モモンガは、ナザリックの殆どの場所に転移出来るリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを相当数所持していると考えられる。 宝物殿の宝や、至高の存在の個室に存在するアイテム等、何の対策も無ければ拠点外から盗み放題だろうからね。 ……私が知る指輪で直接移動不可能なエリアは玉座の間と桜花聖域。 ……玉座の間は位置的にも守り易いし、防衛システムも磐石。 暫定的に拠点内の貴重なアイテムをここへ移動させなさい。 流石に全ての財産をいつまでも一箇所に纏めておく訳にはいかないから、やがて別の防衛策を考えるべきだろうがね」

 

内部の懸念の内、優先事項が高い物はこんなところだろうか。

次にデミウルゴスは、外部の問題について考える。

 

「それと……、エ・ランテル内の目撃者は全て始末したと言っていたが、それは確かなのかね?」

 

「外部へと通じる門は全て封鎖していましたし、この世界の人間のレベルを見ると転移魔法を使用できる者など、そうそう居るとは思えません。 恐らくは……」

 

そう語る嫉妬の魔将に、デミウルゴスは眉を顰めた。

 

「まさか門を封鎖していただけなのかね? しかも転移魔法を使用できるレベルの人間などいない可能性が高い、など……。 君たちは、そんな水準よりも遥かに強い人間……いや、人間らしき存在と戦ったのだろう? 転移魔法に関しても例外がないと考えるのは楽観的過ぎる。 それに透明化状態で、空を飛んで脱出されたら? ………エ・ランテルには人が通れる大きさの下水道があったと、女の逃走経路について説明していたね。 他の人間もそこから脱出している可能性は? 下水道というからには街の外部にも繋がっているだろう」

 

「そ、それは……」

 

「はっきり言って私が君達の話を聞いて受けた印象は、都市から脱出した人間が複数いる可能性が極めて高い、だね」

 

デミウルゴスに次々と行動の粗を指摘され、魔将達の心が後悔で埋まる。

都市を脱出するのに、卓越した実力など要らない。 

ただ、機転と知識さえあれば脱出の可能性は十分にあったことを自覚させられた。

 

「まあ、過ぎたことは仕方ないにしても対策は必要か。 本来、目撃者を消す指示は、外部の勢力とこれ以上敵対関係になることを防ぐため。 ……私がシモベとしての縛りから自由になった時は、精神的に興奮していたし、モモンガ率いるナザリックと他国を敵対関係にすることで、否応無しにナザリックと世界を敵対させようとしたが……、スレイン法国は思っていたよりも厄介な相手らしいし、エ・ランテルの女のように未知の強者もいる。 ナザリックを掌握し、一先ずの安定を得た今となっては、敵は一つずつ確実に潰していきたい」

 

そして、最初の敵となる存在はスレイン法国だろう。

モモンガがどうして、スレイン法国に向かったのかは謎だが……、自分は何の勝算もない行動をするような愚か者を相手にしている訳ではない。 モモンガが、自分には想像出来ない交渉の切り札を持っていた場合、既にモモンガとスレイン法国は何らかの協力関係にあると思っていいだろう。

 

(すると今すべきは、他の周辺国家を同時に敵に回さないようにすることか。 あわよくば、利用まで出来るといいが……。 そして、回避すべきは今後、ナザリックを共通敵としてスレイン法国と他国に緊密な同盟を組まれることだ)

 

ただ、対外工作を行うためには、まだ国家間の関係などの情報が不足している。

 

当然、情報収集は行うが時間はかなりかかるだろう。

今から、少しでもスレイン法国の動きを牽制するには……。

 

「今ナザリックが対外的に抱える一番の火種は、エ・ランテルか。 あれをナザリックの仕業として宣伝されると、かなり拙い。 ンフィーレアを確保出来ていれば、それに見合うだけの価値はあったが、今となっては只、厄介なだけだ。 ……………ふむ、スレイン法国はモモンガを現在匿っている可能性が高い。 ならそれを利用させて貰うとしよう」

 

「それは、どういう事ですか?」

 

強欲の魔将の質問に、デミウルゴスは不敵な笑みを浮かべながら答える。

 

「確か、自動生成されるアンデッドの中に、死体をアンデッド化させる者がいたね。 不浄なる闇(ヴォイド)と言ったか。 第三位階魔法の《クリエイト・アンデッド/不死者創造》が使えた筈だった。 あれを集めてエ・ランテル内の死体を全てアンデッドにさせなさい。 目撃者達を蘇生されることを防止すると同時に、あの都市を……、劇の舞台としよう。 スレイン法国にとっては、これからのモモンガの扱いは難問の筈。 まさか、昨日都市を襲った相手が自分が属する勢力で居場所を失ったので仲間になります、などとは言えないだろう。 かと言っていつまでも秘密にしていては行動が制限される。 多分、幾らかほとぼりが冷めた後に、適当な理由をつけて勢力へと公式に受け入れるだろうが……、その前にモモンガの印象が悪くなり過ぎたら? 敵にとっては厄介な展開だろう」

 

他の国での大規模な破壊工作は現時点では拙い。

情報不足の中、派手な行動を取ることは、これ以上は避けるべきだ。

 

(情報面で向こうの方が優勢。 ………しかし戦力では、都市の襲撃時の投入戦力からして、こちらが優勢の筈。

勿論あれが全てでは無いだろうがね。 序盤で多少の先行を許すことは仕方ない。 当面の行動は、相手の動きを牽制しつつ情報収集をすることに留めた方が懸命だ。 今はもう焦る時ではないのだから)

 

デミウルゴスが一通りの指示を終えると、二人の魔将が室外へと出て行く。

 

荘厳な玉座の間に一人残されたデミウルゴスは、壁に掛けられた至高の四十一人の旗を見上げた。

 

 

「モモンガ………、いや、モモンガ様。 やはり、努めて呼び捨てにしてみても、激情に身を任せてみても貴方様のことを憎む気にはなれませんね。 だが……、私は自由を得たときに誓ったのです! 私は貴方様より……、ウルベルト様の意思を成し遂げることを選ぶと。 私は暴虐と破滅の具現者、全てを滅ぼす悪魔、デミウルゴス。 そう望まれて生まれた私は、その望みを成し遂げる。 モモンガ様、貴方様の世界征服という望みも私が成し遂げてご覧に入れます。 世界の全てが破滅の旗印の元に、とこしえの静寂を以て統べられることでしょう!」

 

デミウルゴスが視線を、旗から再び正面へと戻す。

その瞳には狂的な信念による、爛々とした光が満ちていた。

 

「ですから………、どうか安らかにお消えください。 モモンガ様」

 

 

 

 


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