LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

51 / 56
第五十話 悪魔の腕の中に

―――エ・ランテル内部にて。

 

エンリは瞬きもせずに目の前の光景を見つめていた。

 

プーカがブレスレットを掲げ、詩文を朗読するように何かを唱えたかと思うと、彼女の体が虹色の泡に包まれる。

そして泡が唐突に弾け、周囲に光の粒となり四散した時には既に先程までのプーカの姿はそこに無かった。

 

鹿のように枝分かれした角を頭から、額からは真っ直ぐな角が一対二本ずつ伸びており、その特徴は亜人を思わせる。 背丈はネムと同じ程度にまで縮んでおり、最も特徴的なのは、その腹部。

 

細い四肢と対比するように、まるで風船のように大きく膨らんでいた。

 

しかし、顔や髪の色にはプーカの特徴も色濃く残っており、それを頼りにエンリは恐る恐る切り出す。

 

「え……、プ、プーカさん、ですよね?」

 

その問い掛けに、目の前の魔人のような姿をした女性は頷く。

 

「魔装を見るのは初めてだな? ふふ、怯えることはない。 この姿はジンとの契約者の証……、あの程度の悪魔など敵ではないわ」

 

プーカは窓から顔を突き出し、冒険者達を襲っている悪魔の方を向いた。

先程の詠唱の際に、プーカの声が聞こえてしまったのか十体程いる悪魔の内、約半数がこちらへと駆け出している。

 

「ひっ!」

 

悪魔達の俊敏な動きに思わず怯えた声を出してしまったエンリだが、プーカはそれに構わず大きく息を吸い込んだ。 一秒、二秒……と非常に深い呼吸により腹部が更に大きく膨れ上がる。

 

そして悪魔達がエンリ達のいる建物の玄関まで後、十メートル程に迫った頃、プーカは溜め込んだ空気を喉を震わせると共に一気に吐き出した。

 

だが、エンリにその声が聞こえることはなかった。

叫びに共鳴しているのか、プーカの体も小刻みに振動していて傍目に見ているエンリにも彼女が叫んでいることは察することが出来る。 だがなぜか、声だけが聞こえない。

 

……しかし、プーカの真正面に捉えられていた悪魔達にとっては違ったようだ。

 

音の無い叫びに感応するように、悪魔達の体が一瞬硬直し、やがて糸が切れるように硬い地面へとぶつかる様に倒れ込んでいく。 それは建物の正面にいる悪魔だけではなく、離れたところで戦っていた冒険者と悪魔達も同様だった。 

 

エンリが何が起こったのか把握出来ない内に、通りの中で動く者は誰もいなくなってしまった。

 

呆気にとられるエンリ達の様子を見たプーカが事態を簡単に説明し始める。

この後、エ・ランテルから脱出するに当たってはエンリ達に自分の能力をある程度は理解させておくことが必要だと判断したためだった。

 

「ザガンは音を媒介にして、相手の精神に語りかける能力を持つジン。 魔力で増幅した声で、"眠れ"と命ずれば、アンデッドのような精神を持たない存在を除けば、この通りだ」

 

「は……、はあ」

 

声で相手を強制的に眠らせる……、先程薬草店の店主を操って見せたプーカならば、魔法でそのようなことも可能なのかもしれない。 

エンリはプーカの能力を見ることは二回目であり、何とかプーカの説明を飲み下すことが出来た。

 

尤も、ジンや契約者という言葉は何を指しているのかエンリの知識では理解出来ず、今の技もこの世界でよく使われる……所謂ユグドラシル産の魔法だと誤解してはいたものの、それはこの場では特に問題にはならない。

 

今重要なのは目の前の人物が何を出来るかを知ることであって、具体的な理屈を聞くことではないのだから。

むしろ、余計な先入観から不要に混乱せずに済んだことは、エンリの無知が功を奏したとも言えるだろう。

 

「あれ? でも私には大声なんて聞こえませんでしたが―――」

 

「……まあ、それくらいなら話してもいいか。 それはゼパルの能力と同時に技法(スキル)も使用していたからだ。 吟遊詩人(バード)の技能で収束音(アンスプレッド・ボイス)という、声の拡散を制御する技を併用した」

 

「あんすぷれっどぼいす、ですか」

 

収束音(アンスプレッド・ボイス)、ユグドラシルでは内緒話と呼ばれることもあった吟遊詩人の初歩的なスキルだ。

 

その効果は単純で、本来口元から放射状に拡散していく音声に指向性を持たせ、特定の範囲にのみ声を届けることが可能。 そして制約として他のスキル、魔法との併用は禁止というものがあった。

 

もしこのスキルを他のスキルと組み合せることが出来れば、狙った相手にのみ呪歌の効果を発動させたりと、かなり有用なスキルになっただろうが、この厳しい制約により一転して不人気スキルの代名詞と呼ばれるようになってしまった非業のスキル。

 

音で反応するアクティブモンスターを刺激しないように仲間に声を伝えるなど、一応使い道は残されていたものの《メッセージ/伝言》の魔法の方が距離制限も無く、使い勝手がいいということで正真正銘の無駄スキルの一つであった。

 

しかしジンの金属器の魔法は、ユグドラシルのスキル、魔法とは異なるものであるからか、金属器を使用したまま、収束音(アンスプレッド・ボイス)を発動することは可能となっていた。

 

偶然によりこの法則に気がついたプーカは、技が大味で関係のない者にも影響を及ぼしてしまうゼパルの魔法をスキルにより制御していたのだ。

 

そして、このスキルはもう一つの恩恵もプーカに齎す。 

収束音(アンスプレッド・ボイス)は音が拡散しない為に、最大五百メートル離れた場所まで少しも減衰していない声を届けることが可能。

即ちゼパルとこのスキルの併用は、射程距離五百メートルの音の狙撃を実現していたのだ。

 

音を絞る範囲は、最大で半径三メートル、最小で半径五十センチの円柱状。

最大半径で放たれた声は、一直線の道路を完全に埋め尽くし、その中に立つものを眠りの世界へと誘った。

 

「そして、この魔法で眠らせた者はこのとおり」

 

プーカの合図と共に、三メートル程もある鱗の生えた人型の悪魔、鱗の悪魔(スケイル・デーモン)がむくりと起き上がり、手に持つ巨大な金槌を振り上げる。

 

一瞬身構えたエンリだったが、その金槌は通りに転がっていた他の悪魔に振り下ろされ、邪悪に歪んだ肉体を肉片に変えていった。

 

「声が届く範囲内ならば、新たな命令を加えることで操ることも出来る。 あの悪魔は羽を持っているし……、あれに抱えられて街の外へ運び出される人間に紛れれば、脱出出来るだろう」

 

その言葉にエンリはただ頷くだけだった。

プーカが悪魔達を眠らせた時は、プーカへの頼もしさの方が強かったものの、この巨体の悪魔を使役する様子を見ると恐怖の感情も湧いてくる。

 

何とか助けてもらう約束を取り付けたは良かったものの、見返りに何を要求されるのだろうか、と。

 

エンリは幼い頃に村に来た吟遊詩人に聞いた話を思い出す。

 

深い森の中に住む邪悪な魔女が、若い乙女の生き血と引き換えに魔導の知識を授けるという伝説。

エンリは脳裏にちらついたその物語を努めて振り払おうとするが、上手くいかない。

 

このすごい力を持つ魔法使いが、特別な才能など何もない自分達を何故助けたのか……。

エンリは自分のスカートを掴んでいたネムの手を握り締め、そのことを尋ねる決心をした。

 

「あ、あの、プーカさん。 今更なんですが、どうして私達を助けてくれたんですか? 自分で言うのもなんですけど、特に凄い知識を持っている訳ではありませんし、特別な技術もありません。 一体私達にどんなお返しが出来るのか気になって―――」

 

横たわる悪魔を次々と叩き潰していく、鱗の悪魔(スケイル・デーモン)を見ながらエンリの言葉を聞いたプーカは意外そうな顔で振り向いた。

 

「知識なら十分に持っているじゃないか? 作物の植え方に、収穫時期、調理法。 肥料の作り方、使い方。 畑の耕し方に運用法……農業に携わる者なのに、それらを知らないのか?」

 

「そ、そのくらいなら昔から農民だったので知っていますけど……。 でも、そんな知識、大したお金にはならないのでしょう? 私じゃなくても農民だったら皆知っているでしょうし」

 

エンリの言葉をプーカは手を振って否定した。

 

「―――多くの者が知っている知識は価値が無い訳がないじゃないか。 そういう知恵こそが本当に重要なものなのだ。 其方には私の国で農業の指導をして貰いたい。 書物から得られる知識だけではない、土との付き合い方を体験的に学習している者の指導が必要なのだ。 ……悪魔のせいで書物さえも得られなかったしな。 ……それに、其方の亜人に対する嫌悪感が強く無いということも大きな要因か」

 

「国っ! む、無理ですよそんなの。 ……というかどこの国ですか? この王国の周りの国家なんて帝国にスレイン法国、後、えーとアーグランド評議国くらいしか知りませんが……、もしかして亜人ってことは―――」

 

なおも話続けようとするエンリをプーカは途中で遮る。

 

「まあ、行ってから教えよう。 少ない時間では説明しにくい場所でな……。 起き上がって私達の存在を知らせられないように、転がっている悪魔も始末したし、そろそろ行くか。 この悪魔の巨体ならば、三人位は問題なく抱えられるだろう」

 

「うっ……、そ、そうですね」

 

直前までは、予想外の話に取り乱してしまったエンリだったが、もしプーカに見込み違いだと思われ、この都市においていかれれば命が無いことを思い出し、一旦黙っておくことにした。

 

エンリにとって、現在最も優先すべきことはネムと共にこの都市を脱出すること。

後のことは脱出してから考えればいい、と思考を棚上げする。

 

だがエンリには脱出する前にもう一つ気になることがあった。

 

「あの……この人達はどうするんですか?」

 

指差す先には、地面で眠っている四人の冒険者の姿があった。

 

革の鎧を身にまとい剣を持った青年。 蜘蛛を思わせる細くしなやかな手足をした痩躯の男。

豊かな髭を蓄えた体格のいい男に、まだエンリと同年代と思われる中性的な短髪の少年。

 

エンリとしては、はっきりと言える程図々しくはないが、暗にこの人たちも助けられないかと伝えたつもりだったのだが、プーカは違う受け取り方をしたようだ。

 

「いや、流石にそれはやり過ぎではないか? 安全を考えれば念のためこの者達も始末するという選択は有りかも知れないが……特に恨みは無い、無抵抗の相手を殺すのも気が引ける。 

……まあ、其方がやると言うなら別に止めは―――」

 

「違います! 違いますから!」

 

いつの間にか残虐非道な提案をする女という立ち位置になっていたエンリは、必死にプーカの誤解を否定した。

 

「その、ですね。 彼らも何かの役に立つかも知れませんし、ついでに連れていってはどうかと……。 戦闘訓練とか魔法の修行とか色々と手伝ってくれそうですよ」

 

「その二つは間に合っている。 冒険者ということは人間を襲う亜人と戦っている訳だし、人を襲わない亜人にも敵対的な考えを抱くかも知れん。 下手に連れて行ってもな……」

 

プーカが、あまり乗り気ではないことを察したエンリだが、何とか彼女の興味を引こうと必死で頭を回転させる。

彼らを助けるような義理は特に無いかもしれない。 しかし、エンリは目の前で命の危機に晒されている人を見捨てることはしたくなかった。

 

その時、エンリはふと、先程プーカが農業に関して高い関心を持っていたことを思い出した。

 

「ぼ、冒険者って農家の次男坊、三男坊出身者が多いんです! 彼らも―――、うん、羽振りが良さそうには見えませんし農家出身だと思います。 私一人だけでは指導の手が行き届かないかも知れませんし、彼らも手伝わせればより効率が、その、増すかと」

 

プーカは、戦闘訓練や魔法の話題の時とは異なり興味を示したように、目を見開いた。

 

「うむ? そうか……。 まあ、そういうことならば、連れて行くか。 暫くは起きないだろうから、眠ったままで運んでしまおう。 また一から説明するのも面倒だしな」

 

何とかプーカを納得させられたことに、エンリはほっと胸を撫で下ろす。

そして心の中で行き掛かり上、彼らを貧乏人呼ばわりした上、今後の方針を勝手に決めたことに謝罪しておいた。 でも命が掛かっていたので、非常事態だったと納得してもらうしかないだろう。

 

(これで、運ぶのは合計七人。 もう一体、悪魔を調達する必要があるな)

 

プーカは空中に狙いを定め、空を飛ぶ悪魔を声で狙撃し意識を刈り取る。

そして直後、悪魔にザガンの魔法を仕込み、操作してこちらへと向かわせた。

 

実はプーカはエンリにザガンの真の能力を告げていない。

 

それはまだエンリと出会って一時間程度しか経過しておらず、信頼関係が存在しなかったからであるが、例え付き合いが長くてもプーカがこのジンの能力を打ち明けた相手は非常に限られていた。

 

ザガンの真価、それは声で精神に語りかけることではなく、意識を失った相手の中に音を媒介として自分のルフ、言い方を変えれば魂の一部を仕込めることにある。

 

ルフの一部を仕込まれた相手はそれを自覚することは出来ないが、相手の聴覚、視覚情報は術者であるプーカが距離に関係なく共有することが出来る。

更には、一時的にではあるが、ルフを仕込まれた相手を遠隔操作することさえ可能という、暗殺、諜報において比類無き力を持つ能力なのだ。

 

プーカが能力を秘匿するのは、この利点を損なわない為の対策であり、逆に言えば彼女から能力を明かすのは絶対に裏切らず、しかも簡単に聞き出されることも無いと確信出来る味方しかいない。

 

翼を持つ悪魔二体を操作した彼女は、自分とエンリ、ネム、そして漆黒の剣の面々を抱えさせ、エ・ランテルから飛び立っていく。

 

ンフィーレア捜索に集中する悪魔達が、それに気が付くことは無かった。

 

 

 




第四十四話、決壊。第三十六話、反転について書き換えを行いました。
修正内容など、詳しくは活動報告の方に記載しています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。