LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

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第四話 水中迷路

袋小路からの出口の先にあったのは、幅十メートル、高さ三メートルほどの通路。

通路の床と壁面はすべて透明で、その向こうがよく見えた。

 

 

ジルクニフとバレットは、眼前に広がる光景に言葉さえも忘れて見入ってしまった。

 

 

上下左右には揺らめく水草や銀色に光る魚の群れが見え、まるで海の中にいると錯覚するようで。

 

どのような業によるものか、この通路は大量の水の中を通っているようだ。

 

先程の鉱石により水中には淡い光が満ちていて、遠くまで見渡せた。

 

 

「す、すげえ」

 

バレットが単純な感想を漏らすが、次から次へと起こる予想外の出来事に驚いているのはジルクニフも同じだ。

 

「ああ。 水中にこんな通路を作ることが出来るとは、ここを作った者はどうなっているんだ? まあ水晶宮は三年前からあるってことは、この通路も最近作られたものではないだろう。 いきなり壊れることはなさそうだが」

 

壁面に指で触れてみると、鉄のような硬さと冷たさを感じる。

材質はどうなっているのだろう。 

目を凝らして見てみるが、壁材と外部の水を隔てる境界は見えない。

 

(まるで海の中を、そのままくり抜いてしまったようだな)

 

 

想像を超えた世界に吞まれかけていたジルクニフだったが、驚いて足を止めている場合ではない事を思い出し周囲を警戒する。

 

自分は魔法のナイフ一本のみという乏しい武装だし、バレットも捕まった際に剣は捨てられてしまった上、食事中の襲撃だったため防具も万全ではない。

 

布の服の上に着たチェインシャツと辛うじてブーツの中に隠すことが出来た、短剣一つを右手に持っているだけだった。

 

「まずいな、ここでは隠れる場所などありそうにないぞ。 モンスターに見つかったら今の武装では太刀打ち仕様がない。 早くここを抜けよう」

 

「はい。 ん?」

 

バレットが天井を訝し気に見上げた。

 

「魚が数匹ほどこっちに向かってきて・・・、まさかっ、前に飛んでください!」

 

ジルクニフは、その大声に反射的に床に転がる。

 

そのすぐ後。

ジルクニフが立っていた場所に、天井の透明な壁を難なく通り抜け魚が降ってきた。

 

大きさは一メートル程か。

口の部分が長く伸び、先端が鋭く尖っている。

銀色の矢と錯覚するような速度で飛び出してきた魚は、そのまま床面に吸い込まれて、水中を泳いで行った。

 

そこに確かに存在しているはずの硬い壁を無視するかのように。

 

「なっ。 まさか、こいつらは壁を自由に通り抜けられるのか⁉」

 

「今度は右から来ます。 屈んで!」

 

床に伏せたジルクニフの頭上を、風切り音を立てて魚が通り過ぎた。

 

「ここは、まずい。 一旦引こう!」

 

ジルクニフはすぐに起き上がり、先ほどまでいた洞窟に走る。

だが確かに通ってきた道引き返したはずだが、途中で水の壁に突き当たってしまった。

 

壁の向こうには洞窟の入口が見えてはいるが、もはや後戻りはできない。

 

「くそっ、体勢を整える暇も与えるつもりはないようだな。 ここを作った奴は」

 

「殿下っ、止まらないで、とにかく動いてください」

 

確かに行き止まりでグズグズしていても、あの魚に串刺しにされるだけだ。

ジルクニフとバレットは退路が塞がれた以上、唯一の道である水の通路の奥へ走るが、その背後では今も魚が飛ぶ音が聞こえる。

 

だが先程のように、躱さなければいけないコースへ飛んでくるものはいなかった。

 

ジルクニフが後ろを見てみると、自分たちに突進してくる魚たちは水中からある程度の加速距離を取り、一直線に突進してくる。

 

突進開始からジルクニフ達に届くまで数秒の時間があるし、途中の方向転換も出来ないようで少し前まで自分がいた場所を魚は通っていく。

 

「動き続けていれば当たらないぞ、走り続けながらここを抜け・・・、あ、あれは⁉」

 

ゆらりと大きな影が水中に揺らめく。

 

風船のような頭に丸太のように太い八本の触手。

 

(確か本で見たことがある。 海に住む生物で蛸とか言ったか。 だが、あの大きさは・・・間違いなくモンスターだ)

 

小さな商船など、易々と絞め潰してしまいそうな規格外のサイズ。

人間など、あの触手ではたかれるだけで全身の骨が砕けてしまいそうだ。

 

「ひぃぃっ、あ、あのモンスター追ってきますよ。 もっと急がないと!!」

 

「分かってる。 っ⁉、分かれ道だと?」

 

前方の道が二手に分かれている。

 

壁越しにそれぞれの道がどこへ伸びているのか確かめようとしたが、外側の水の、透明度が高いためか通路と水中の区別が遠目ではつけられない。

 

「み、右に行くぞ」

 

どちらが正解か分からないならば悩むだけ無駄、とばかりにジルクニフは勘で道を選んだ。

 

幸いにも正解の道を選ぶことが出来たのか、行き止まりに突き当たることは無かった。

だが次は三股の分岐点へと行きあたってしまう。

 

(そうか。ここはただの通路じゃない。 侵入者を惑わせる迷路になっているんだ!)

 

その時、視界の隅に蛸のモンスターの影が映った。

その巨体と鈍重そうな見た目とは裏腹に、滑らかな動作で左手の分岐路の方向へと移動する。

同時に一本の触手を通路の中へと、振り下ろす。

 

彼らの左側の通路を恐るべき勢いで触手が横切った。

 

「うっ。 あんなの当たったら一撃で死にますよ! とりあえず、右の通路へ」

 

そう言って走り出しかけたバレットの手を、ジルクニフが掴んだ。

 

「待て、多分正解は左だ。 あの蛸を突っ切るぞ!」

 

「はぁ⁉ ど、どうしてですか。 そもそも通れませんって」

 

「理由は走りながら話すし、突破する方法は一応考えてある。 とにかく来い! 止まると串刺しにされるだけだぞ」

 

「ちょっ」

 

走り出したジルクニフの後をバレットは一瞬迷った後、追う。

ジルクニフを信用したというよりは、その確信を持った様子に流されたと言ったほうがいいが、それが思いがけずバレットの命を救うことになった。

 

自分のすぐ近くの通路を通ろうとするジルクニフに大蛸が触手を振るう。

 

今度は横なぎの一撃。 まともに食らえば強靭な肉体を持つ上位冒険者でさえ、ただでは済まない威力と重さを兼ね備えた攻撃だが、それが通路の壁を通り抜ける前にジルクニフはナイフを攻撃が迫ってくる壁に当てた。

 

<雷刃撃(サンダー・ブレイク)>

 

ナイフから紫色の雷光が迸り、電撃が刀身から水中へと伝わる。

 

ジルクニフが持つ魔法のナイフ、『紫電の刃(バイオレット・エッジ)』が持つ特殊能力。

一日三回まで、刀身に接触している相手に通常よりも強力な電撃を流す技だ。

 

電気を受け大蛸の触手が一瞬硬直する。

 

ジルクニフとバレットはその隙を突いて、大蛸の下をくぐり抜けることに成功した。

 

(よし! 体や物体は壁を通り抜けることが出来なくても、電気は貫通する可能性に賭けたが・・・成功したようだな)

 

その通路の先にはジルクニフが予想していた通り行き止まりは無く、しばらく二人は長い一本道を走る。

 

「この道は当たりみたいですね・・・、でも、どうして分かったんですか?」

 

「あの蛸は魚と違ってただ私達をがむしゃらに攻撃するのではなく、道を塞ぐように動いていただろ? もし、あれに正しい道筋を記憶するだけの知能があり私達を殺すことを目的に動いているなら、袋小路に誘い込もうとするはずだ。 後ろから、魚のモンスターの攻撃が常に迫ってくるこの通路では行き止まりに追い込まれるのは致命的だからな。 だから、逆に言うと蛸が塞ごうとしている道はこの迷路の出口に繋がる可能性が高いわけだ」

 

「そ、そういえばそうですね。 じゃ、蛸の動きを見て動けば良いんですね?」

 

「・・・まあ、自分の動きを私達がヒントにしていることに気づく程の知能は無いことを祈ろう。 あの技も、後二回しか使えないしな」

 

幸いジルクニフ達は幸運に恵まれたようで、蛸の動きを見極め電撃を用いて活路を切り開き、水中の通路から岩で出来た道へと繋がっている場所を視界に捉えた。

 

だが、水中迷路の出口まで後二十メートル程まで接近した土壇場で蛸が二人に追いつく。

そして先程と同じく、二人の後ろから触手を横なぎに振るう。

 

(避けられないっ!)

 

だがまがいなりにも騎士としての訓練を積んで来たバレットは、自分達を薙ぎ払おうとする攻撃に短剣を向けることに成功した。

 

考える前に最早身に沁みついた防御行動をとる。

 

<要塞>

 

バレットの短剣が白く光り、大蛸の触手を受け止める。

しかし拮抗は一瞬だった。

 

攻撃の威力に耐えられず短剣が砕け散り、バレットの体がはじかれたように飛ばされる。

 

壁面に叩きつけられらば大きな隙を晒すことになり、続く一撃が放たれれば躱すことはほぼ不可能になるだろう。

 

だがバレットとジルクニフは最後まで運に見放されることは無かったようだ。

弾かれた先には迷路の出口が口を開けていた。

 

バレットは、先を走っていたジルクニフに衝突し転がる。

二人は共に岩の壁が取り囲む通路へと逃れた。

 

「はぁ、はぁ、はぁっ。 これは・・・、なかなか洒落にならんな。 一つでも間違えば即死するぞ、ここは」

 

「本当にそうですね・・・。 今生きているのが信じられないくらいですよ。 あの化物の一撃を受けて生き残るような幸運に恵まれるなんて」

 

「骨を砕かれずに弾き飛ばされただけで済んだのは実力があったからだろ。 実力を過信しすぎている奴も問題だが、逆も禁物だ。 迷路は抜けたが外への出口はまだ辿りつかせてはくれないようだからな」

 

命からがら飛び込んだ道は、更に奥深くへと二人を導こうとしていた。

 

 

 




マギ風、迷宮生物解説

銀矢魚(ぎんしうお)
体長約一メートル。
鋭い口による突撃は、鋼鉄の鎧をも撃ち抜く威力。
突進には、長い助走を取る必要があり、常に動き続けていれば回避は容易。
しかし、大人数がひしめき身動きがとりにくい。
袋小路に追い詰められ後がないなどの状況になると、非常に危険となる。

オオアシ・デビルフィッシュ
足まで入れた全長は、四十メートルを超える巨大な蛸型生物。
本来の蛸に比べ、太く強靭な触手を持ち、それを得物に対し振り下ろす攻撃が得意。
得物を行き止まりへ追い込み、銀矢魚と連携して狩りをする習性を持つ。
電撃には弱く、動きを鈍らせることは出来るが、その生命力の高さから、息の根を止めるのは至難の業。
触手を切り落としたとしても、すぐに再生する。

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