LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり

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第四十八話 ケルベロスの咆哮

(来る……)

 

迫り来る強大な気配を最初に察知したのはラナーだった。

 

金属器使いは、魔装による身体能力の向上に伴い、動体視力や知覚能力も底上げされる。

その鋭敏な感覚が、明らかに敵対の意思を持つ存在の接近を見抜いたのだった。

 

ラナーはイビルアイ達に向かい、手で離れるように合図をした。

 

そして数瞬後。 ラナーは勢い良く宙へと舞い上がり、天井を突き破ると同時に、目に入った襲撃者らしき影へ向けて攻撃を放った。

 

獄炎轟衝刃(ケルベル・ハディッサ)

 

斧槍の、赤い宝石で出来た槍先が光輝いたかと思うと、そこから吹き出した炎が数十の刃を形成して、高速で影へと殺到していった。

 

硬い岩盤をも焦がし抉る、高密度の炎。 

どんなに強靭な肉体の持ち主であろうとも、まともに受ければ大きなダメージを受ける筈のその攻撃に影が取った行動は回避でも防御でも無かった。

 

「なっ!」

 

影はあろう事か、真っ向から炎へ向かい突入し、無数の刃の弾幕を強引に突破する。

そして、影が炎から抜け出した瞬間にラナーは襲撃者の姿を正確に認識した。

 

鴉の頭に、人間の女性のような胴体。 

そして手に持つのは、反しのある棘が無数に生えた鎖の鞭。

 

悪魔。 ラナーはその存在を見た瞬間に、そう直感した。

 

自身の攻撃を予想外の方法で破られ、僅かにラナーが動揺した隙を見逃さず、その襲撃者は右腕に持った鎖の鞭を振るう。

 

空気が無い為に少しの唸りも上げず、鞭の先が虚空を切り裂くような速度でラナーの首へと迫る。

 

遠心力により、手元で振るう速度の何倍にも加速された鞭の先端を、ラナーは辛うじて顔を仰け反らせて回避するが、鞭の棘が左の頬を切り、僅かな血が宙を舞った。

 

切り裂かれた痛みを感じたラナーは、相手から本能的に距離を取ろうと後方へと飛行する。

だが、それも敵の想定通りの行動だったようだ。

 

彼女の進行方向にある建物の影から、一体の悪魔、強欲の魔将が現れスキルを発動する。

 

<大罪の雷>

 

強欲の魔将の手から生じた黒い雷は、一筋の槍となって放たれラナーを貫かんと迫る。

 

だが、本来ならば決め手となったであろうその一撃は、ラナーへと到達することはなかった。

 

ラナーが背負う二体の像の内、弓を持った像の口が大きく開かれる。

するとラナーへ向けて一直線に向かっていた雷槍は、吸い込まれるように進路を変えて、像の口へと飲み込まれてしまう。

 

驚愕する強欲の魔将の追撃が無い内に、急いで二体の悪魔から距離を取ったラナーは心中で、胸をなでおろした。

 

(危なかった……、あそこで雷以外の攻撃をされたら勝負は決まってたわね。 ジンの力を過信して、知らず知らずの内に軽率な行動に出てしまったという訳か)

 

それに、先程鴉頭の悪魔が炎を無傷で突破したという事実。

 

ラナーは、新王国で読んだレエブン公の部下が記したという、モンスターについての書物の内容を思い出す。

 

あの書物は、主に自然に存在するモンスターが中心に纏められていて、召喚でもしなければお目にかかる機会の無い悪魔についての記述は殆ど無かった。

 

しかし、モンスターによっては特定の属性を無効化するものもいると言う。

 

だとすれば、あの悪魔には炎が効かない、と見るべきか。 いや、それが悪魔全体の傾向とするならば、もう一体の悪魔も……。

 

ラナーとしては、悪魔は神都を襲撃したというぷれいやーが召喚し、極大魔法を使った後は、その影響を受けないであろうアンデッドのぷれいやーとの勝負になる……、と判断していた為に悪魔そのものについての情報は重要視していなかったのだが、こうなるのであれば、イビルアイに質問をしておけば良かったと悔やまれる。

 

だが、他の金属器使いであれば、ジンはそれぞれ固有の属性を持つ、という性質上、自分のジンの攻撃が効かないというのはかなりの窮地と言えるだろう。

 

だが、ラナーは魔装の切り替えを行わず、二体の悪魔へ向けて武器を構え直した。

 

不意打ちが失敗したと判断した二体の悪魔は、今度はお互いに近づきながら、ラナーとの間合いを計るように、彼女の周囲を円を描いて飛び始める。

 

ラナーも同じく、悪魔たちと一定の距離を取りながら、共に円を描いた。

 

飛行しながら睨み合う双方の間には、当然、言葉など交わされない。

 

しかし両者共に、先程の一合の攻防で得た情報を吟味し、高速で戦略を構築していた。

 

(一対二という数的不利。 そして、高水準の身体能力……、私の実力では接近戦は不利ね。 遠距離攻撃で相手を牽制しながら、一定の距離をとって戦う。 これしかない)

 

とラナーは考えた。

 

その他、相手が炎に対して耐性を持つという厄介な要素もあるが、ラナーの契約するジン、ケルベロスにとっては致命的な状況という訳ではない。

 

 

ケルベロスは三つ首を持つジン。 

それぞれの首が異なる属性を操るという特性を持つ為、ラナーが操る属性は炎、雷、水の三属性だ。

 

遠距離攻撃中心で攻めるとなれば、当然消耗は激しい。

しかし交戦前にイビルアイ達の魔法で、何とか魔力を二割程までは回復できたことを考えると……、極大魔法が切れるまでの後、二分程度は持つ。

 

 

 

 

ラナーがそのように結論する一方で、魔将達も同様に思考を巡らせていた。

 

確かにこの人間の身体能力と、魔法……あるいはスキルの威力は、ありえない水準に到達している。

嫉妬の魔将の攻撃を、動き出しが遅れたにも関わらず紙一重で躱した速度。 炎に対しての完全耐性を持っていなければただでは済まなかったであろう、炎の刃。 そして、強欲の魔将の雷を無効化した奇妙な像。

 

 

あるいは階層守護者に、迫る力を持っているかも知れない……。

かつてナザリックへと侵攻した、恐るべき力を持つ人間たちの連合を知識としては知っていたが、二人にとって自分達の命を脅かしうるような人間と向かい合ったことはこれが初めてだった。

 

かと言って、敵のその強さにはどこか脆さもある、と嫉妬の魔将が判断する。

 

自分の攻撃を正面から突破された程度で心を乱すという、恐らく戦闘経験の少なさから来る精神の隙。

鞭を躱した時の身のこなしから分かるように、自分の身体能力を完全に制御出来てもいない。 

それに戦士としての技術も、能力の割には大したことがない。

 

レベル百の存在に匹敵する能力を持つ割には、あまりに覚束無い戦闘技術……。

 

マジックキャスターの魔法の中には、使用中、自分の身体能力をレベル百の戦士並にまで引き上げるものがあるという知識があるが、それに類するものを使用したのかもしれない。

 

そう判断した嫉妬の魔将は倒せない相手ではない、と思いながらも、真正面から戦うのは拙いと感じてもいた。

 

基本となる能力では、相手の方が上と判断せざるを得ない上に、もう守るものなどエ・ランテルには無いというのに、未だに逃げないということは、自分たちと戦う上で何らかの……恐らく、大きな勝算があるということ。

 

近距離を保ちつつ、様々なスキルでかく乱しながら戦う。

 

二人の魔将は、ほぼ同じ結論に至り、ジェスチャーで軽く意志を示し合わせた後は、再びラナーの方へと向き直った。

 

 

両者の間で緊張の糸が一気に張り詰め……、そして魔将側から最初の一手を打ち出した。

 

〈絶望の呪眼〉

 

強欲の魔将が恐慌のバッドステータスを齎すスキルを発動するが、スレイン法国から精神耐性を付与するアイテムを提供されているラナーは、それを無効化する。

 

しかし、スキル発動時のエフェクトに目を取られていたほんの一瞬の間で、ラナーの懐まで飛び込んだ嫉妬の魔将が鞭を振るった。

 

距離的には先程よりも接近した、嫉妬の魔将の必中圏内。

 

しかしながら、既にこの展開を予測していたラナーは、今回は防御策を講じた。

 

〈要塞〉

 

ラナーの持つ斧槍の斧の部分が光り輝き、鞭による攻撃を受け止める。

 

当然、この程度の武技ではレベル八十後半の嫉妬の魔将の攻撃を無力化することは出来ないが、衝撃の余剰分は、ラナー自身の力で問題なく受け止めた。

 

剣などの近距離武器とは異なり、鞭の場合は攻撃に大きな予備動作を必要とする。 攻撃の失敗を悟り距離を取る嫉妬の魔将に、ラナーは追撃を放つ。

 

 

獄雷獣咬破(ケルベル・ゼイル・バルケッサ)

 

ラナーが背負う、弓を持った像の口から青い閃光が迸る。

溢れ出た雷は巨大な魔犬の顎の形を成し、嫉妬の魔将に襲いかかった。

 

先程の炎とは違い、嫉妬の魔将も雷までは無効化出来ない。

 

嫉妬の魔将は体中を強力な雷に蝕まれ激痛に耐えるが、それを強欲の魔将が助けることはない。

 

なぜなら、彼はラナーの視界が自分自身の攻撃で塞がれる隙を狙い、切り札となるスキルを発動させていたのだ。

 

迸る雷が収まり、ラナーがそれ……強欲の魔将の手に握られた三叉の投槍を認識した時には、既に攻撃が放たれる直前だった。

 

〈暗黒投擲槍〉

 

その一撃はシャルティアのスキルと同じ、必中属性を持つ攻撃。

 

一日に二回しか使えないスキルではあったが、その威力はレベル百の存在に対しても、十分に有効打を与えうる。

 

 

ラナーは旋回し投槍を躱そうと試みるが、槍が飛翔中に向きを変えたことで、驚愕に目を見開いた。

 

(《魔法の矢/マジックアロー》と同じ、誘導する攻撃……。 間に障害物を挟むしか回避方法はないけれど、もう時間が……無い!)

 

躱せないのであれば、被害を最小限に抑えるしかない。

ラナーは迫り来る槍に向け、体の左側……、三鈷を持つ像を向けた。

 

投槍と黄金の像が激しい金属音を立ててぶつかり合う。

像の胸から上が派手に音を立てて、無残に砕け散るが、それは投槍も同様。

 

像を身代わりに、何とかダメージを軽減したラナーだが、あまりの衝撃に空中で大きく体勢を崩した。

 

今追撃を受ければまずい……、と強欲の魔将の次の動きを注視するラナーだが、次の瞬間、背後から吹き付ける濃密な殺気を感じ、顔だけをそちらに向ける。

 

直後、ラナーは顔を強ばらせた。

 

黒く焼けただれた皮膚、翼膜がぼろぼろに崩れ落ちた翼、しかし未だに爛々とした敵意に満ちた目を持つ悪魔がそこにはいた。

 

ケルベロスの雷は並のマジックキャスターが使う魔法など問題にすらならない。

巨木すら一瞬で消し飛ばす破壊の権化だったはずだ。

 

勿論、この悪魔達ならば一撃二撃は耐えるかも知れない、と予測はしていた。

だが、これほどの傷を負いながらも、すぐに再び食らいついてくるとは………。

 

驚愕、後悔、苦渋、恐怖。

それらが綯交ぜになった感情に心を揺さぶられるラナーの目に、嫉妬の魔将の右腕が大きく膨れ上がる様が映った。

 

〈嫉妬の片鱗:羨望の腕〉

 

そのスキルは、原罪を司る悪魔の中でも、高位の者のみが扱える嫉妬の魔将の切り札だった。

 

効果はごく単純。直前に受けたダメージが大きいほどに、その威力を増す。

 

ラナーの放った雷は確かに強力だったが、バッドステータスの付与や、回復阻害などの副次効果は無い単純な攻撃。

 

本来ならば、一旦距離をとって魔法や道具で体力を回復させてから、再び挑みかかるのがセオリーだったろう。

だが嫉妬の魔将は、もう一度強力な攻撃をまともに受ければ、死をも覚悟しなければならない中で、捨て身の反撃を選んだ。

 

それは、このスキルを活かす為でもあるが……、自分が見下していた人間に深手を負わせられた怒りが彼女を駆り立てたからにほかならない。

 

ラナーは、嫉妬の魔将の豪腕を受け、流星のような速度で地面へと落とされていった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

大穴を穿たれた天井から射す光をラナーは見上げていた。

 

地上に落とされたラナーは、どこかの建物の屋根を貫き、石畳の床へと激突したのだ。

 

攻撃を受け止めた瞬間に、骨のひしゃげる音を聞いた。

左腕の感覚が無い。

 

ラナーは、軋む首を無理やり動かして下に目をやり、腕の様子を確かめて……嘆息した。

 

そこには、かつて左腕だったもの……、赤い血の中から、所々白い骨が突き出ている肉塊があるだけだった。

 

(やられたか。 でも、他に致命的な外傷は無い。 ……ついてた方ね)

 

幸いダンタリオンが宿る指輪は右手に嵌めてあった為に無事だ。 しかしながら粉砕された左腕には精神耐性付与の指輪が装備してあり、そちらは衝撃で外れたのか、それとも砕けたのか、どこかへ消えてしまったようだ。

 

あれが無いまま、あの強大な悪魔達と戦っても、あっという間に精神異常に絡め取られてしまうだろう。

 

戦闘開始前の予想とは大きく外れた苦戦を経験し、ラナーは自分に足りなかった物が何かを考える。

 

魔力不足以前の問題。それは恐らく、自分に近い実力者との戦闘経験だろう。

ジンの力はあまりにも圧倒的……、それ故に普通の敵では策を巡らし、技術を競う必要すらない。

 

遠距離から魔法で吹き飛ばせば全ての片が着く環境に置かれている内に、自分の中に慢心が生まれていたのだ。

ラナー自身も他の金属器使いとの戦いを想定して、新王国の兵を相手に戦士としての訓練を積んできた。

槍術を磨き、武技を習得し、数々のモンスターを近接戦闘で葬り、金属器の力だけに頼らない強さを目指してはいた。

 

ただ……、それはやはり、安全な訓練、確実に倒せる相手のみを狙った練習の域を出ない。

本当に実力が均衡した相手と戦う場合には、ありえない精神状態での戦いしかラナーは経験していなかった。

 

(認識が甘かったってことか……。 所詮、ただの人間や雑魚のみを相手にしていたのでは、死線を越えた強さは身につかない。 ……だからこそ、こんな無様を晒している)

 

鍛え直す必要がある。

 

そう結論づけたラナーだが、これは今考えることではないと痛みと衝撃のあまり、暫し脱線していた思考を現実に引き戻した。

 

とにかく今最優先すべきは生き残ることだ、後のことは安全な場所で考えればいい。

 

ラナーは意識を集中し自分の残存魔力を探った。

 

(ダンタリオンの転送魔法に使う最低限の魔力を除けば、小技が一つに大技が……辛うじて一つ、それでほぼ限度か)

 

時間的には、極大魔法の効果が切れるまで、あと三十秒程。

 

しかし、相手も大人しく転移などさせてくれる相手ではない。

イビルアイとデイバーノックも拾わなければならないし、倒せはしないまでも大きな隙を作らなければ、逃走さえ困難だ。

 

(さて、どうしようかしら。 多分、直ぐに悪魔達が突っ込んで来ないのは、あの鴉頭の悪魔の回復をしているから。 ……高位の薬や魔法が使えれば、それほど時間は掛からない)

 

そういえばここはどこだろう。

 

ラナーはそう思い、ふと周囲を見渡してみる。

 

何列にも並べられた長椅子に、台座に置かれた水神の聖印……、どうやら教会のようだ。

 

神官や信者は避難してしまったらしく、人の気配は無い。

 

(ん……、そういえば、エ・ランテルの教会って確か……)

 

ラナーは、転送魔法陣設置係のクレマンティーヌ、アンデッドの製造、誘導係のデイバーノックと協力して行った、アンデッドによる襲撃実験の時を思い出す。

 

あの作戦の前に見た、エ・ランテルの資料の中には……。

 

記憶から、とある図面を引っ張り出したラナーは、その頭脳を回転させ作戦を組み立てた。

 

命を危険に晒すことにはなるが、これが一番勝算が高い。

 

そう確信したラナーは、残された右腕でケルベロスの斧槍を持ち上げ、天井の穴へと向けた。

 

 

 

 

 


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